2011年5月16日 (月)

福井を堪能した一日☆

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では、「江」姫たちの戦国展へ、福井県立美術館。
今年に入って、東京、この福井、そして7月に長浜へと回る巡回展。
「江」ゆかりの品となると、織田家・豊臣家・徳川家どれも関係あるのでさまざまに並んでました。けど展示スペースは狭かったですね。歴史博物館じゃなくて美術館ってのがネックだったか。
ギャラリトークには100人くらい連れ立ってましたがそれで満杯で、解説の声も聴きにくくなったんで途中で諦めました。
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けどパンフレットにもある、祐天寺の崇源院宮殿(くうでん)は素晴らしかった。
位牌を安置する厨子だが2m以上もの大きさがあり金箔と極彩色で彩られた豪華な造り。
家康のものと謂われてたのに近年の調査で「江」ものもとわかった。
徳川将軍家の半分が葬られていた増上寺の徳川家墓地は、空襲でそのほとんどの豪奢な建造物を失った。今もあったら世界遺産になってもおかしくないだろうにね。これだけは残念に思う。
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さて展覧会を観終わったら、かねてから行きたかった一乗谷へ。

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友人に車を飛ばしてもらって、夕方閉館間際の時間に資料館から観て回りました。

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史跡の谷あいに入るには、まず大きな土塁の城戸に入らねばなりません。用水が整備されてキレイでした。
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大きな石垣に挟まれた虎口は、確かにここしか開いてなければ、堅固な要塞に思えますね。ワクワク感が否が応にも増して来ます!
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今となっては自動車でスイスイ入れる谷には、観光地の端くれ?として夕方ではあるもののGWとあって観光客もかなりの人数残ってました。
ここで取引先だったメーカーの営業をすれ違いで見かけたんですが、声を掛けるタイミングを失ってそのままに。まぁあっちも人連れだったんでいいか。
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さぁいよいよ朝倉氏の屋敷跡に潜入です。

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館の跡はほどよく整備され、昔のよすがを偲ぶにはいい感じ。静かな雰囲気はそこはかとない侘しさもあって、
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想像どおりの空気感で感動しましたね。日本人には、こんなそっとした場所がとても癒されるんじゃないですか?
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朝倉義景公の墓もありましたよ。風が強くなってきて、ろうそくがすぐ消えてしまったのが残念でしたが、なんかここを残してくれてありがとう、って祈りました。
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奥の台地には泉水の庭が発掘復元され、林立した岩石群の威容も素晴らしいです。ここも完全埋没していたらしく、よくぞ残っててくれましたね。
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谷あいは一乗谷川の両岸に、御殿と復原された街並があって、集落も一部あるんですが、まさに谷ごと遺跡。広いといえば広い、広くないと言えば広くない。越前を支配する城下町を、開けた福井平野の真ん中じゃないここに造った朝倉家の真意が、来てみてなんか得心できた気がします。
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上城戸まで来ました。この土塁で完全に谷を封鎖。今に至るまでこんな大規模な土塁が残されてたなんて、すんごいことです。ぐるっと歩き廻ってみましたが、向こう側は田んぼですよ。
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寺院や屋敷跡だった復原地区。小さい家にも皆井戸があったようです。
シダレ桜が点々と、満開すぎくらいで風情をいっそう醸しだしてました。
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思わず夕方なのに時間を忘れて、暗くなる直前まで堪能してしまいました。他の人影もいつの間にかいなくなって。でも最近陽も長くなって、7時頃でもまだ撮影できるくらい。
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帰り道に、丸岡城にも寄ってくれました。

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自粛ムードの今でも、ライトアップしてるだろうからと。天守だけ煌々と明るかったですが、ここに登るまでがとても暗く、しかも風が強くて木々がこすれあう音が、より雰囲気を出してなんか怖かったですね。
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ここを建てたときに人柱になったお静の慰霊碑というのもあって、怖さ倍増ww。上からの夜景もキレイだったですが、撮るのはやめました。
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友人の三脚を借りてなんとか風に負けず撮りきって、さぁもう帰りましょう。ひとりではとても来れませんね。今日は有難う。

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2011年2月 7日 (月)

ライトアップ冬の段2011 金沢城

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続いて金沢城内に入ります。石川門の修復が進んで、この櫓も正月前に覆いが外され、漆喰がキレイになりました。けどやっぱり吹雪や嵐もあったんだから、あせらず春まで待ってもよかったんですがね。
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二の門をくぐったらかわいい雪ダルマが。今年の干支でウサギなんかな。左のは何かわかりませんね。
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三の丸では冬のライトアップ初となる河北門がお目見え。ご覧のようにやはり雪が積んであります。
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雪で芝生広場には入れませんから、ここから遠望です。
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暗い中の河北門も趣きがありますね。友人は建造物撮るのに人物が入るの嫌がりますが、僕は人知れず入るのは風景にマッチしていいと思うんです。常にとは言いませんが。
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夜に見てもデカイですね。
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さて、ブログのトップ画像にもあるように、河北門ができてからここからのアングルは秀逸です。河北門一の門・ニラミ櫓台、菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓と最高!。もう少し僕にタッパがあればパーフェクトなんですがww。
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もはや定番となった菱櫓流しの眺め。夜景に映えます。
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この反対側にある、河北門のニラミ櫓台に登れたらまた最高のアングルが撮れるはずなんですが、立入禁止です。ザンネン。
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内堀に菱櫓が映るかと思ったんですが、ここは樋から放水されててダメでした。春には桜に囲まれてすばらしい眺めになるところです。
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堺雅人さんも通った橋爪門は、二の門の復元工事のためずっと締切です。橋には雪が積もったまま。けどこの図も今だけですよ。
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これもどこから撮っても絵になりますね~。
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さてここから改めて、雪景色初となる河北門をじっくり撮ります。明治の写真のママのアングルもいいです。
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二の門ごしに菱櫓もいいですね。ライトに白漆喰がうつくしい。
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この写真が撮れて思わずあっと声が出ました。
出来たばかりの木目が汚れてない一の門がキレイです。数年するとくすんでもうダメですから、とっても貴重になりますよ。
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ここから見上げたアングルもすばらしい。
河北門一の門・ニラミ櫓台、菱櫓です。ライトアップによって、河北門が出来てたくさん見所が増えましたね。これをもっと観光客向けに発信したらいいのに、兼六園に比べてまばらな人出だったのがザンネンです。
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じゃぁ最後は定番のアングルで。やっぱり覆いは外して正解。正月の観光客にガッカリされてはいけませんからね。
久しぶりのアップでしたが、やっと調子が出てきました。写真データはこれまでの分全て整理してあるんで、これから順調に更新できるでしょうか?  では。

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2010年12月11日 (土)

金沢城の紅葉と武士の家計簿と松平氏

Img_707209z 12月1日その後は、金沢城の紅葉をしばらくご覧頂きながら、玉泉院丸の発掘現場を通って、元NHKアナウンサー松平定知氏の講演を聞きにいったのをレポートします。





Img_707217z 今年の紅葉はやっぱりキレイとまではいかなかったですね。現実はもう雪直前で、これも12月1日の景色とも思えません。






Img_707234z 三十間長屋をバックに。金沢城は古い建造物はそこかしこにありますが、紅葉とうまくマッチするようなロケーションはあまりありません。






Img_707249z せいぜいこんな、極楽橋とのコラボでしょうかね。















Img_707242z_2 玉泉院丸の発掘現場です。報告会のときと違ってあけすけになってましたが、そろそろ雪が降る季節、もう今年の発掘は終わりでしょう。












Img_707257z 数人が残って記録を取っているようです。これ以降、冬のあいだ単にシートを被せるだけか、それとも土を盛ってしまうのか、ちょっと気になります。





Img_707265z 発掘現場と紅葉、他では得がたい珍しい光景ですね。金沢城では、まだ数年こんな景色が続くことになります。













Img_707267z さて、北國新聞の赤羽ホールへ、松平定知氏の講演に。
併設の今月から始まった映画「武士の家計簿」展を先に観て、友人と食事を摂ってから出直してきましたが、開場1時間前というのにすでに長い行列が出来てました。平日夕方ですからそのほとんどを占める、お年寄りパワーはこんなところで発揮されて恐れ入りますね。
Img_707268z 「武士の家計簿」は加賀藩の会計担当が長年記録してた家計簿。いみじくも幕末当時の武士の生活がにじみ出た資料からの映画化ですが、その丹念な記録が今に残ったのもすごいけど、なぜそれが流出したのか、そして神田古書店街で見つけた原作者磯田氏の執念もすごいとは思います。
話題の家計簿の実物が見られて感動!細かい書き込みにビックリです。
Img_707269z 映画は果たして全国的にはヒットしてくれるものでしょうか、心配だし期待したいんですが、僕は理由あってまだ観てません。けどご当地金沢では、平日でもまだ、やっぱりお年寄りとかでいっぱいらしいですよ。

あっと肝心な松平氏の講演ですけど、「現代に生きる戦国武将の知恵」と題しながら、金沢を意識して「お松さま」のえらいとこばかりお話されて、地元には既知のことばかりだったんでちょっと期待はずれでした。
もっと「その時歴史は動いた!」の裏話しとかしてくれるとうれしかったんですが、主催の銀河テレビに遠慮されたでしょうか。CSはまだ観る気がしないなぁ。

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2010年12月10日 (金)

12月1日の郊外と金沢城。冬目前!

Img_707174z 種々事情があって、なかなか記事アップできませんでした。12月1日にさかのぼってこれから書いてきますね。

12月1日、この日は講演会があったんで、友人と一緒に市内を廻ってから行くことに。

まず、この年の瀬目前になって今年度の発掘調査が始まった「塩硝蔵」へ。
Img_707164z この果樹園一帯と住宅地をまたいで、兼六園以上の広さのエリアにあった塩硝蔵は、数年前から細々と発掘調査がされてますが、こういった梅林の間とかまだ私有地のところを掘らなきゃならないのもあって、遅々として進みません。
それに今年度は報告会もないと言うことで、何が見つかるものか遠巻きにしか見られないと全くわかりませんね。
Img_707176z あまり得るものがなかったんで、次は街中の方へ。
観光写真でおなじみの、金沢城石川門は、ただ今保存修理工事中。シンボルの櫓は覆いにかこわれてます。
観光客の皆様にはザンネンですが、白漆喰もかなり汚れてたから、きれいによみがえるのが楽しみです。
Img_707181z 櫓の覆いが取れるのは来年4月ころ。附属左方太鼓塀はまだそれから2年かかります。
昭和34年以来、約50年ぶりの全面修理工事。





Img_707187z 石川門櫓門をくぐると、つい先日設置された、「金沢大学誕生の地」の石碑が。戦前は陸軍が、戦後になって金沢大学が置かれた金沢城内は、今やっと旧に復してるところです。大学時代にはたとえ市民でも通常立入禁止だったんで、遠い存在でした。けど大学が角間に移転してはや10年以上。大学が城内にあったのは50年ほどなんで、もうそんなに経ったかなという感慨がありますね。
Img_707193z 本格的な冬を前にして、平日の城内はちょっとさびしい。内堀の水も清掃の前なのか少なくて汚いw。






Img_707195z 雪吊りの準備もそこかしこで。









Img_707227z その後改めて復元工事の始まった橋爪門二の門の工事現場へ。

中央に見えるのは橋爪門続櫓。その右に橋爪門の一の門。その手前の人々がいる四角い空間に枡形と櫓門の二の門が復元されます。


Img_707205z 二の門の石垣も掘り出され、発掘調査も本格的に進んでるようだ。
これだけ大人数か城内を発掘してるシーンは、これまで長年通ってても初めて見た。やはり平日に見にいけるのの醍醐味は違う!



Img_707200z 櫓の石垣にも、数多くの刻印が刻まれてるようでチョークでなぞられてる。卍とか見えるでしょうか。
これは調査報告会が楽しみだけど、いつ開かれるだろう。冬が終わらんとムリかな。




Img_707228z 今はまだ発掘調査の段階で、建築工事はまだまだこれから。北陸新幹線開通までには間に合わせるつもりのようだけど、さてどうなるか。




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2010年11月14日 (日)

金沢検定直前講座、金沢城大学「天下普請・・」

Img_704197z 城と庭の探究講座「金沢城大学」の公開講座第三回「天下普請と金沢城普請」に11日(木)行ってきました。
先月から開講した金沢城大学の公開講座で、初回行ったあと二回目を失念して、計8回のうち6回出席しなきゃ修了証もらえないのに、いけねあまり余裕がなくなりました。

石川県金沢城調査研究所の木越副所長の解説で、戦国末期から江戸初期の統一政権、信長・秀吉・家康による天下普請についての講義です。
Img_704198r その時代、天下普請(公儀による城や城下町の造成)に、全国の外様大名から費用と労働力が駆り出されたのは周知の話ですが、特に大坂の陣後の徳川幕府による大坂城の天下普請について詳しく聞けました。
それによるとやはり加賀前田家は全国で一番多く負担させられ、石垣普請などは最初稚拙ではあったが次第にその技術を高めていったこと。それで江戸城天守石垣の再築を任されたわけです。その石は瀬戸内海の島からもたされたそうですよ。
大坂城の石垣普請では各大名の割り当て地(丁場割)がそれぞれ数間ずつしかも飛び飛びにされているんだけども、そのことを詳しく研究した人はまだいないと言われました。こういう昔のことはもう洗いざらい晒されてるのかと思ってましたが、まだまだ入り込む余地はありそうですねww。
Img_704200z 専門的な話ばかりですいません。しかしこの日も約120人。平日なんでお年寄りメインですけど彼らの集まりはやはりすごく早くて、開始一時間前でもそれなりにもういらしてました。
僕はゆっくり歩いて街撮りしながら30分前に着こうと思ったんですが、午後から晴れ予報なのに突然の雨。家に取って返して車で美術館に停め。雨に打たれて体調くずしそうでした。
Img_704204z みっちり2時間の講義が終わると、また外は青空。撮影にはベストなのに車持ちなんで退散。もったいないことで予定狂ってしまった。美術館の前のわずかな紅葉を撮るのでせいいっぱいでした。

さて、金沢検定直前まで取材ばっかりやって、集中したおさらい勉強ができてません。いよいよ当日を迎えることになりました。さてどうなることでしょう!!

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2010年11月12日 (金)

金沢城玉泉院丸の遺構確認調査説明会☆

Img_704003z 駆け足で金沢に戻って、急な発表のあった金沢城玉泉院丸遺構確認調査現地説明会になんとか間に合いました。

ここは金沢城でも大規模な庭園があった場所で、近年まで石川県の体育館が建ってました。金沢城の発掘復元の一環で、北陸新幹線開通対策など金沢の観光の魅力を高めるため、この庭園地も復元の計画が立ち上がってます。
Img_704006z おととしから発掘調査を部分的に進め、昨年も調査説明会があったんですが都合付かず行けなくて、今日の会は心待ちにしてました。
特に今回、城の二の丸からの庭園泉水導入部と想定される箇所の発掘が進められ、大掛かりな滝があったであろう跡が発見されました。

Img_704011z_2 池の底面は現在の平面より約4mも低く、体育館が建ってた割にはそれもあってかなり良好な状態で残っていました。
ところどころ見える円柱は体育館の基礎として打ち込まれたものです。




Img_704055z いや、説明が始まる前に誰も居ない発掘現場を撮ってたんですけどね。
この日も地元歴史ファンが約200人も。土曜ですがお年寄りがやっぱり多くて若者の興味の外なんですよね。先日の画家末松智氏も見えてました。
報道も来てましたがNHKじゃなかったみたい。

Img_704067z 人数が多いんで2班に分かれて、僕らは最初玉泉院丸を囲うように築かれてる、特徴ある石垣の説明を。

僕らには既知ですが改めて言うと、金沢城は長い藩政期に数次にわたって石垣が建設修築され、その当時のトレンドや技術の特徴が色濃く残ってます。右側の縦長に見える石を短冊、四角いのを色紙と見立てて、色紙短冊石垣、と築いた者たちは呼んでたようです。
庭園の同じ面を角度を変え複雑に織り成す石垣の段々は、他の城には見られないここ固有の景色。まさに"魅せる"ために造られたんではないかと。
Img_704079z さて滝の部分の説明です。ちょっと聞き取りにくくすべては把握できませんでしたが、高い位置からも段差をつけて段落ちの滝になっていたこと、数次にわたって庭園は改造され、末期には廃止されたり明治の軍隊に触られたりした。けど削られたより盛り土されたようで、遺構はよく残ってるほう。
しかし自然石による立体的な石組みはかなり抜き取られ、そのうち約140個は兼六園の明治紀念之標の石台に使われてる。
Img_704087z 池の底面では、庭園の改修時に池の範囲を狭めて護岸石組を整備した跡もわかると。

女性の説明員もいらっしゃいましたが、彼女も金沢城調査研究所の職員なんでしょうか。うらやましいです。最近市役所よく行ってるんですが(この人は県の人)、公務員も選んどけばよかったなぁと、己の運命をちょっと嘆きましたww。
Img_704101z 説明が一通り終わってガケの上へ登れることに。すると下では第3班の説明が。いつのまにか人が増えてたんですね。
みなさんでこちらを注目されるのを上から見ると、ちょっとシュールな画面になりましたww。


Img_704118z 広大な玉泉院丸の一部づつを掘って発掘しているこのペースでは、とても新幹線には間に合いません。それで4年後までには暫定整備と称してお得意の無味乾燥な芝生地にでもする予定です。
まぁそれはそれでヤムないんですが、市街中心部からのエントランス部分の位置になるから大切な場所だ、と県が言ってるんですから、本格整備にはちゃんと大規模な泉水のあるすばらしい庭園に復元してほしいものです。僕が生きてる間にww。





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2010年11月10日 (水)

富山の旅。氷見で見つけたキャラ!

Yamajiro 土曜は歴史好きの友人とまた出かけました。

まずはお隣富山県へ。氷見市立博物館では「山城探訪」の特別展が。氷見周辺の中世戦国の山城跡をずらっと解説。海に近い氷見ではその地勢もあって、南北朝時代から上杉氏や織田氏の勢力が相対する時代まで、小高い裏山といったところにおよそ60箇所もの山城が築かれたようです。
尾根筋のくぼんだ堀跡や土塁、郭として使われた平坦面とか、今でもひっそりと中世の名残があるとか。
数々の山城跡が図面や模型で紹介され、ビジュアル的にもわかりやすかったですが、海岸に岬のように突出している阿尾城跡は有名でしたが、あとは全く知りませんでした。

Img_703948z 氷見は小学5年のとき、父の都合で7ヶ月だけ住んでました。そのん十年前に比べて太い道路もあちこちに伸び、こんな立派な図書館兼博物館も出来て、さぞや発展した市になったと思いきや、中心道路の商店街は実は寂れる一方。数年ごとに訪れると、逆にどんどん悲しくなっていってるみたいです。
Img_703952z しかし悲しんでばかりいなくてもいいようです。ここには、こんな救世主がいますからね。
ほらっ、お寺の門の向こうに何かみえませんか?





Img_703955z おやっ? 門の向こうに見えるのは、なにやら可愛げな石像ですね。







Img_703959z そう、ここ氷見は、藤子不二雄A氏の生まれ故郷。しかもこの光禅寺は氏の生家にあたります。
水木しげる氏で有名になった境港の例もありますが、富山の氷見や高岡では以前から藤子不二雄列車とか公園とか、コラボした施設がたくさんあります。

Img_703962z これら藤子不二雄A(安孫子素雄)氏の生み出したキャラの石像は、昨年建立?されたばかり。市中心部の裏道にあたるところから、結構ファンとかが詣でていらしてもいいのにと思うんだけど、まぁただの土曜だったらそんなに人は来ないか。

でも愛らしい表情がいいですね。金沢でも、案外に知られてない出身漫画家が多いです。ペリカンロードの五十嵐浩一氏もそうだとは最近やっと知りました。そんな作家たちのキャラの像を街中に・・・。ちょっと合わないかww。





Img_703964z ニンニン!

けどもう、子供のころはハットリくんなんてしてなかったけどなぁ。あっ、実写のやつね。












Img_703973z 氷見はこれから紅葉もそうですが、冬の味覚、カニやブリで騒がしくなります。
ぜひ本場の味を楽しみに来てみてほしいですね。

このあとは旧新湊市へ。

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2010年10月22日 (金)

「金沢城大学」入学しました!?

Img_703135z 今日は久しぶりに金沢関係のセミナーに参加。

でもこれは「いしかわ県民大学校」教養講座。いわゆる平日のリタイヤー向けの教養セミナー。つまり参加者はお年寄りばかりなんですが。
けどフリーランスや平日休みの人も当然来ていいはずで、でも半年に亘る教養講座で参加希望者も多く、定員制の歴史・文化コースは3倍の倍率に抽選負けしてしまった。
Img_703139z 城と庭の探求講座「金沢城大学」ってのがそうで、けどそのうち、公開講座オンリーの城と庭の魅力コースは参加自由。今日の第一回は重複する公開講座で「加賀藩の伝統文化」と題して石川県立美術館館長の島崎丞氏の講演。
これから不定期木曜にある公開講座、全8回のうち6回参加すれば修了証がもらえるみたいだから、2月まで職が決まらなきゃねww。
Img_703136z そして初回の今日はなんと今年復元したばかりの河北門二階櫓の中で夕方の開催。主催の金沢城・兼六園管理事務所ではこの河北門内部の時間貸し一般利用も勧めていて、今回はその栄えある第一回!

ざぶとん敷かれて、100人くらい入ったでしょうか、やっぱりたぶん、僕が一番若そうで。
Img_703142z 最初に管理事務所所長からのご挨拶。そして初回ということでお祝いに横笛奏者の藤舎眞衣さんの演奏。透き通ったしかし時に激しい音曲で迫力満点だったけど、丁度金沢城は閉場の時間。城内アナウンスと重なって魅力半減。藤舎さんに申し訳ないくらい。これは主催側のミスだなぁ。

Img_703145z この後ようやく本日のメインエベント。島崎館長の2時間にわたる独演会。

なんと申しましょうか、前置きが結構長いし抑揚無くとめどなく流れて話されるんで、最初の既知な話は単調であっちの世界に行きそうだったんですが、中盤から話も深くなって俄然面白くなって聞き入ってしまいしまた。
県立歴史博物館では「徳川将軍家と加賀藩」特別展をやってるんですが、それに展示されている文物の紹介もあり、明日にも行って見たくなりましたよ。
島崎氏の話はときおりユニークに、徳川と反目する矜持を持ち続けるべき加賀人の本音も見え隠れし、とても興味深かったですよ。
ちょうど今、来月中旬に迫った金沢検定のいい予習になりました。
Img_703148z あっという間の2時間で、外はすっかり暗くなってしまいました。特別な日じゃないのに、閉場時間過ぎても中に居られるのは珍しいので思わずパチリ。

明日は検定対策で、文学館を初め金沢市立のミュージアムをハシゴしようと思います。

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2010年10月 8日 (金)

今度は福井の、歴史探訪2

Img_700419z 次は、県庁の本丸を離れて、街中心をまたいで柴田神社へ来ました。当然柴田勝家を祀った神社ですが、ここに城跡の遺構が発掘調査の上露出され、一大歴史スポットになっています。
それというのも福井城とは越前松平家が入ってからの名称ですが、それ以前柴田時代は北の庄城と称してたわけで、それらは福井城時代と混在され不明な点も多いとされてきました。
Img_700432z しかしこの地に当時のものであろう石垣や土居の跡が発見され、ここが北の庄城跡、としてクローズアップされることに。
展示館の二階から俯瞰するとよくわかるでしょうか。けど、福井城も今残ってる本丸以外にこのあたりも城域であり、北の庄城の本丸も福井城の本丸と同じとも言われています。観光客に、あっちが福井城、こっちが北の庄城・・、というように誤解されないでしょうか。
Img_700423z あくまでここは柴田神社、柴田勝家の像が・・。






Img_700409z お市の像もあります。夫婦であった期間はわずか1年。夫に殉じたお市と勝家の像は互いにあさっての方を向いて・・。
以前はお互いを見つめてたようですが、発掘が進んでスペースを組みなおした結果のようです。
傍らに三姉妹神社があって、来年の大河「江」にはひそかな注目を浴びるかも知れませんよ。
Img_700444z さて郷土歴史博物館に戻ってきました。
2名2時間のみっちりした講演会に、60席の会場は御老体で満席。福井の城下と城の移築建造物について建築史専門の講師の話は、福井自体に興味がないとちょっとついていけませんでしたね。最初半分居眠りしてしまい恐縮ですw。
展示はしかし、江戸末期から明治初期に描かれた、福井城下の俯瞰と各要地の絵図が豊富にあって面白く、まるで当時にタイムスリップしたみたいで頭にその景色が思い浮かぶようでした。
水堀が幾重にも張り巡らされた城下は結構広く、明治から昭和にかけてそのほとんどが埋め立てられ市街地化されたのは、歴史好きには惜しかったと思います。けど、戦火や震災に遭った福井市民からすれば、早期の復興のため広い道路を必要としたのは当然のことでしょう。そういった一連の福井史がここで観ることができます。
Img_700447z その後博物館に隣接する「養浩館庭園」に入りました。
ここは御泉水屋敷と言った松平家の別邸で、明治になって城が政府に明け渡された後も、松平家が長く所有し、戦災で焼けた後、平成になって市の手で復元されたということです。

Img_700457z 夕闇迫る時間帯に入ったんで、ちょうど雰囲気ただよういい絵になりましたよ。
敷地は決して広いとは言えませんが、外国人旅行者が選ぶ日本庭園で常に第三位に入るくらいの評価を得てるようです。時折外のマンションが見える画角がザンネンですが、なるほどこの建物と池がひっそりした日本庭園の静けさに合って風情が出てますよ。
Img_700492z EOS7Dの威力を最大限使っての撮影に勤しみましたが、こんな暗くなるんだったらやっぱ三脚を持ってくればよかったですね。
これで紅葉の時期はかなりいいロケーションになったでしょうね。



Img_700487z ここはちょっと軽く考えてましたが、ばかにならないくらいいいところですよ。建物も広く部屋数も多いし、湯殿とかもあってユニークです。
夕闇迫る中でも開いてて(19時まで)人が少なかったんで撮り放題でしたが、もう少し明るい景色も撮りたかったですがね。
撮影技術を、やっぱり真剣に勉強しようと思いなおしましたww。
Img_700498z 外に出て博物館側に戻ると、水路沿いの夜景のライトアップもきれいでした。

福井城の舎人門遺構も復元され、夕闇に浮かび上がる姿は、福井県人もあまり知らないんじないかと思うくらい、隠れたビュースポットですよ。

Img_700502z ぜひみなさん、来られてみたらいいんじゃないでしょうか??




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2010年10月 7日 (木)

今度は福井の、歴史探訪1

Img_700368z 日曜には歴史好きの友人S氏に連れられて、福井へ行ってきました。遊んでばかりですねw。
福井市立郷土歴史博物館での講演会と展示会に。
金沢では、石川県立歴史博物館の低迷からリニュアルを検討されてるって言うのに、金沢市立の歴史展示館もなく、福井のように福井市をターゲットにした歴史館があるのはいいですね。
Img_700371z さてその展示を観るのは後にして、先に福井城その他を見て廻ります。
福井は前の仕事で、市内の何箇所もある店舗を何度も訪れてたし、まぁそれは10年以上前ですけど、福井城は一度も立ち寄ってませんでした。
福井城は本丸だけが残って、それを内堀が今もぐるっと囲んでいます。
Img_700378z 本丸内部は福井県庁がほとんどを占め、最近建てなおされた近代的な巨大なビルとなっていにしえの地盤の上に建ってます。
手前は2年前に復元された御廊下橋。




Img_700384z 藩主の住む御座所を、本丸でなく西三の丸に置くことが多かった歴代藩主のために、本丸西の内堀に架ける橋に屋根をつけました。こういう橋はとても珍しいようで、明治期まで残ってたものを、福井築城400年を機に再建したそうです。


Img_700388z 城の中に入っていくと、ところどころの石垣がかなり老朽化して崩れたところが目立ちました。
城内で古い建造物や復元した建物もなく、史跡としてはこれでいいんでしょうけど、すこしさびしい気がしました。けど、何箇所がその石垣の上に登れるところがあるのでそれはうらやましいですね。
Img_700396z そのうちのひとつ、天守台跡です。りっばな広い天守台があり、登りはきつい階段でしたが、見晴らしはサイコーでした。
福井城の天守も早々と1669年に焼失し、以来再建されませんでしたが、内堀に囲まれた本丸の他の隅櫓は明治まで残ったようです。

Img_700393z その天守台にある、福の井という井戸です。福をもたらすという意味で当然「福井」の語源になったようで、今も満々と水を湛えていました。この高い位置にあるのにフシギっちゃぁフシギですけどね。






続きます。。

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