鉄道

2009年11月 1日 (日)

北陸鉄道石川線「鶴来-加賀一の宮」間廃止、見にいけなかった・・

Img_120189z 北陸鉄道石川線、鶴来-加賀一の宮間が昨日とうとう営業終了してしまいました。
10月いっぱい、廃止目前にしていろいろボルテージが上がってた沿線ですが、昨日の最終日営業の様子や廃止セレモニーには、とうとう行けませんでした。
それもこれも、先週の江戸行きで(後でレポート)一眼レフのレンズがまた故障し、今修理に出して撮影が出来ないからです。
Img_120176z 以前の20Dの時に標準セットだったEF-S17-85mmは、どんなにトラベルのお供にしても頑丈で壊れることはなかったんですが、50DのキットEF-S18-200mmは、望遠スライドが元々ゆるいのか、スカスカ動いてしまいます。それでなのか、使用して半年で中のビスが外れてしまい動かなくなるだけでなく、シャッターも下りなくなって修理に出しました。
保障期間内だったので無料で戻ってきましたが、その後約半年過ぎの今、また同様の症状になったわけです。

微妙に保障期間を一ヶ月過ぎてしまいましたが、これはメーカーの不具合にあたらないのかなぁ。肝心の鉄道セレモニー撮影に使えなくて、不便このうえないです。キヤノンともあろうものが、というザンネンな状態に。
Img_120192z 昨日一日は、全国から大勢の鉄と、地元で永年利用されてた老若男女で沿線はスシ詰めだったようです。
天気も終日おだやかだったようで、廃止日和?に存続を望んでいた地元の方たちも、自治体と鉄道会社の足並みがそろわなかった今回の顛末にあきらめ、受け入れられたようでした。
Img_120208z 記念キップやグッズも発売され、長蛇の列で一日にぎわった加賀一の宮駅でしたが、4年前ののと鉄道能登線のときもそうでしたが、肝心な県内鉄道廃止イベントにいつも出かけることができません。
心が後ろ向きになってさびしい想いをするのがイヤなんでしょうか。偶然なんですが。
Img_120300z それで前回10月11日の写真で濁してます。。

遠く金沢から山を越えて名古屋まで通す遠大な計画のもと敷設されたゆえに、金名線という路線名を名乗りながらも白山下-加賀一の宮が区間廃止。また一時石川総線と称した北陸鉄道のこの鉄道路線も、今回で野町-鶴来間のみとなり、赤字体質が変わらぬ中、それも存亡の危機が続いています。
Img_120199z モータリゼーションに気おされ、いち早く金沢市内の路面電車も廃止し、民鉄弱小県になっている石川の「鉄」の将来はあるのでしょうか?
環境問題からも鉄道に回帰する風潮の中なのに、自治体の意識も薄く、石川は立ち遅れるような気がしてなりません。


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2009年10月21日 (水)

東武「東京スカイツリー」の現況。ただ今174m

Img_120381z 実は先日の日曜、ひょいと江戸まで日帰ってきました。
ちょこちょこっと時間があったので、今話題の新東京タワーの建設現場に寄ってみましたが。上野から浅草に出て東武線を一駅、業平橋まで。


Img_120383z 隅田川に平行してる浅草駅ホームから90度右に曲がって川を渡る東武線は、ホーム突端から急カーブです。相変わらずキツイ。
細かいところは以前にもレポートしてるんで割愛しますが、こんな狭くて曲がってキケンなホームでも端まで歩いていけるんです。
Img_120393z 朝焼けの霞に浮かぶ、都会の近代的な鉄橋群です。手前から吾妻橋・駒形橋・厩橋。東武鉄橋から海へ河口方面。
江戸下町の大川沿いのにぎやかさが目に浮かぶようです。



Img_120398z 30000系の運転台越しに見る朝日に向かって走ると、巨大な構造物が出現。あれが新東京タワー、「東京スカイツリー」です。
中腹まで出来てる今が、まるで当地に近かった浅草12階「凌雲閣」を思わせるシルエットですな。

Img_120417z 業平橋駅に着きました。ちょうど駅前の東武鉄道の敷地内に建設中。ホームの目の前に偉容を見ることが出来ます。

3月に見たときには、まだ地上数階くらいで、あと2年後にちゃんと出来るんかいなぁと思いましたが、半年で一気にここまでくるとはすごいですね~。
現在174m、とわざわざ表示してました。634mでしたっけ、世界一の電波塔になるためアンテナ部分を伸ばすことになったそうで、すると1/4はできてますね。ってかあと4倍にもなるなんて想像つきにくいです。



Img_120414z 現在の東京タワーを目に浮かべると、333mで裾野が広がってる形式。安定感があるけれど、このスカイツリーは倍の高さで足元がこれくらいですぼまってます。
地震・台風その他になっても大丈夫かいな?って心配になりますなぁ。

工事中の脇を電車が通るので、こういうフェンスを用意してるけど、高い位置から落下物があったらこれでも貫通しそうです。
東武鉄道の車庫や本社のあるこの業平橋駅(昔は一時浅草駅を名乗った)は東武城下町。しかしスカイツリー開業の暁には、駅施設や出入口などはこのままじゃキャパ越えて耐えられないでしょうね。

Img_120403z あと2年の間にこの周辺は環境が劇的に変わってそうで、その変貌が今から楽しみですね。

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2009年10月18日 (日)

485系いよいよ運用縮小。。

Img_119652z いまだ国鉄色で現役の定期特急として走っている485系はこの北陸本線「雷鳥」しかありませんが、再来年春にめがけてすべて廃止される予定です。
681系・683系が定期運用している「サンダーバード」には、6月にニューバージョンの683系4000番台が就役し、その本数を序々に増やしています。
Img_119666z そしてその玉突きになるように、余剰にさせた681系などが、「雷鳥」スジに投入されるようになり、この10月には休日最大10往復あった「雷鳥」のうち3往復が681系化され「サンダーバード」に組み込まれました。

元々「雷鳥」の号番号は「サンダーバード」と共通化されてましたから、全体あわせた本数は変わらず、停車駅の多く設定された到達時間の遅い「雷鳥」スジの車両が変わりつつある、というダイヤ改正です。
Img_119681z_2 先月金沢駅や沿線踏切で485系撮りしてる中では日中の「雷鳥」を撮る分には485系でしたが、撮影時間的に都合のいいダイヤの一部も681系化されてしまいました。

女性運転手が特急でもホント増えてきましたよ。

Img_119704z この日も僕一人ではなく、何人もの鉄道ファンが金沢駅にたむろして、新旧の特急車両が集まる北陸本線を堪能していました。

確かに日中でもホーム上にさまざまな車両が同時に写せるなんて、他地区ではメッタにないのかも知れません。

Img_119732z その足で、野々市駅近くの北陸新幹線「金沢-白山総合車両基地」間建設現場の様子を撮りにきました。
先日この間のすべての工区の起工式がなんとか無事執り行われました。一時はどうなるかと・・、いやいやまだ予断は許されない、という状態ですけど。
でもこの野々市駅周辺も空き地だけでなくそこかしこに工事が進捗しだして、なんだか始まるとあっというま、という感じもして期待大です。。
Img_119799z A2編成が通り過ぎていきました。このユニークな顔もあとわずかしか見られないのも寂しいですよね。
置き換えられた本数分の485系10編成のうちどの編成が撤退したのか、まだ判明してません。


Img_119813z_2 来月にかけてしばらく追いかけてみたいと思っています。

また後日のレポートをお楽しみに。
 





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2009年10月14日 (水)

廃止目前の北陸鉄道石川線、加賀一の宮駅周辺☆

Img_120172z 11日は免許更新の後、鉄っちやんで溢れかえってるはずの北陸鉄道石川線、鶴来-加賀一の宮 間を乗りに行ってきました。撮り鉄だけじゃなく乗り鉄でもあるので、現地に自動車で行くのは反則ですw。
金沢市内の野町駅から正しく全線500円払って出発!
加賀一の宮までは日中約1時間一本です。
Img_120174z その野町駅では早くも鉄が数人と、子供連れも記念撮影。半年前の休日ではこんなにぎやかじゃなかったですがね。

一年前に、積み重なる赤字と施設の老朽化を理由に、北陸鉄道が石川線の終端区域、鶴来-中鶴来-加賀一の宮の2.1kmを廃止すると発表しました。
Img_120207z 加賀一の宮は名前のとおり、白山比咩神社への参詣駅。古い木造建築で重厚な印象を持つ駅舎は日本100名駅にも名を連ねています。
それでも尚廃止を謳うのは、会社にとってよっぽどの負担になっていたんでしょう。
名残惜しく、とてもザンネンなことですが、やむをえないことです。
Img_120187z この区間の廃止宣言を受けて、地元自治体や住民からは、当然廃止反対の意見が相次ぎました。しかし会社側も事情から譲らず、自治体主体の法定協議会も検討されましたが足並みがそろわず設置ならず、このまま10月31日をもっての廃止が決定的です。
Img_120181z_2 一年間ほどの猶予の中で、さまざまな延命策も検討され、そのうちのひとつとも思える「合格駅」との名称もあまり効果あったとは感じられません。
地元、白山市、金沢市それぞれの思惑も交錯し、和歌山電鉄などの他地区の成功例もあまり参考にならなかったでしょうか。
Img_120314z さて廃止も3週間後に迫り、やはり全国から鉄たちが集まってきてました。
僕が乗った午前中の便ではそうでもなかったですが、一時間後のこの列車でたくさんの鉄たちが降りてきて、ちょっとした観光スポットに。本来全国の3000もの白山神社の総本社である白山比咩神社こそ観光地だから普段でもこのくらい乗客がいてもいいんですがね。
Img_120200z ここから先の背中も以前の廃止区間。赤錆びた線路の上に下りられるようになってましたが、この視線の向こうも廃止になるとは、センチメンタルをやはり感じてしまいますね。










Img_120195z すでに草深いホーム周辺。以前からも思ってましたが、こんな寂れた空間に今までも現役で電車が走ってることこそが奇跡のようです。
降車ホーム幅も狭く、安全確保や電気設備の更新などに数億円かかることになり、廃止は従前からの規定路線だったみたいです。
Img_120247z ではしばらく、この石川線の7200系の勇姿をごらんいただきましょう。
東急7000系タネ車の中でも、中間車デハ7100形が元で昭和39年製造と僕と同い年。
この日は2編成しかいない7200系の両方ともに遭遇。ある意味貴重だがこの中間車改造の最古参はある意味チープでもあり、廃止区間を見に来たのにふさわしいw。
Img_120291z 七ヶ用水の脇を通る7200系。この姿をここで見られるのもあとわずか。
しかし車で他県から来た鉄も多く、撮影スポットの場所取りも少なからず白熱してました。



Img_120227z 東急の古いステンレスカーは全国のローカル私鉄に売られるほどのロングセラー。
他地区でもよく見られるわけですが、この中間車改造車は珍しくたぶんここだけじゃないですか。



Img_120319z 石川線の最後の?集客プラン。数ヶ月前からアテンダントを導入しました。車掌じゃないですが、先頭車の先頭扉からしか下りられない編成のための乗客の誘導、車内キップ販売などを手がけています。
基本ワンマン運転なんで、途中駅からの乗客は整理券を取り、降車時に現金で料金箱に入れればいいんですが、初詣列車など多客時には車内キップ販売の車掌が同乗してました。
Img_120325z 若くてかわいい子の乗務には絵になりますが、隣の県の某私鉄の二番煎じで話題にならなかったのはザンネンです。
また鉄にはあまり関係ないらしい。撮り鉄の被写体はあくまで電車のようですw。



Img_120324z 彼女から買った車内乗車券です。純白ロール紙の紙にパンチで孔を開ける方式。もはやこういうのも珍しいでしょう。
孔から判読すると、加賀一の宮駅から乗って、11日で、500円払った、と。
この全線通しで35分です。

てなわけで久しぶりの石川線の旅でした。廃止間際にもう一度行くかも知れません。31日は土曜で休みの日ですから。。

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2009年10月10日 (土)

江戸日帰り出張帰りのハプニング☆

091009_195251 9日は急遽江戸の事務所に日帰り出張。朝一の「はくたか」で4時半起き。最終で深夜0時過ぎに金沢着の強行軍。まぁそれはそれで疲れたんだけど、急な予定で普通のキップが取れなかったんでグリーンに乗りました。
そしてその帰り道、上越新幹線を越後湯沢で乗り換えて、「はくたか」のこれもグリーン車に乗ったら、なんとなんと、谷本石川県知事と隣り合わせになっちゃったではないですか!!

この日がなんの日だったか、石川で北陸新幹線の行く末に関心のある者だったら解らぬハズはありません。

全国知事会でもあり、前日は北陸新幹線沿線4県知事が前原国交相と後詰の会談。北陸新幹線の建築認可(駅施設や電気・線路などの設備工事)を巡って、新潟県知事との見解の相違でずっと混迷な状態でした。

ともすると認可の遅れで工事が滞り、14年度末の開業はおろか開業自体の危惧が続いてました。

そしてこの日のネットニュースですでに見てたんですが、とうとう前原国交相が建築認可を英断。予定通り工事が進むことに決定しました!!

ホッと胸をなでおろすとともに、石川県民のほとんどは翌日の朝刊を見て喜びの声をあげるでしょう。新潟には悪いですが、問題は別の次元でこれからも討議する必要があるのでしょう。

そして、そんなご苦労を過ごしてこられた谷本知事が隣に座ったわけです。これはねぎらいたくなるのも人情でしょう。

「御疲れさまです」それ以上でも以下でもない声をかけ、石川県人らしく、奥ゆかしくおとなしく隣で知事を見守りました。軽く会釈した知事は、お付の部下?から渡された明日以降の?会議の資料などをあわただしく目を通しアンダーラインするなど、ひとしきり忙しくしてると、その後は寝るでもなく落ち着かず考え事をして、直江津を過ぎたあたりからやっと落ち着かれた様子でした。

この人も旧自治省から中西前知事に乞われて副知事として石川県に来て、前回の非自民政権の後押しで知事となってから早4期務め、来年の知事選に向けて最近5選出馬を表明したばかり。今日も遅くまで石川県のために馬車馬のように働いて、今日その大変さを間近で垣間見て、頭が下がる思いです。

なんとかこれからも、僕らも地元石川県を盛り上げる一翼を担う想いで、がんばりたいと意を新たにしましたよ☆

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2009年9月26日 (土)

常磐線特急と水戸駅の車両たち☆

Img_119388z ようやく上野駅を出発して一路常磐線を水戸へ。ほぼ同時に発車した上越線の185系「水上」「草津」も日暮里まで並行して走ります。
651系スーパーひたちは、キップが得々だったから指定席に座りましたが、埋まり具合は1/3くらいで、全く静かな車内でゆったりとした時間をすごせました。常磐線の奥地は行ったことなかったんで車窓を楽しみたかったんですが、疲れからか半分は寝てしまいましたね。
Img_119404z 戻りは違いますが行きはなんとノンストップで水戸まで。あっというまに着いてしまいました。
県都の風格もあり、ここから支線が何本も出ているので駅構内も広く、国鉄時代はいまよりも栄えていただろうことが容易に想像できます。
Img_119390z_2 水郡線のキハE130系です。JR東日本の気動車は新型更新がほとんど済んでるので、こういった省エネタイプのカラフルな車両が多いですね。今日は往復に時間が取れないので、一時間に一本の水郡線は乗りません。水戸滞在時間も4時間に設定してますんで。
Img_119400z 構内にはED75EF81の群れが。この赤い車体に、ここが交流電化区間だってことを思い出させてくれました。金沢となんら変わらないじゃないですか。
右のEF81は北斗星塗装されてます。



Img_119405z ついでながら本日は、水戸での鉄道関係を行き帰り分全部お見せします。水戸城とかは明日で。ひっぱるな~w。

E501系とかも厳密には初めて見ました。209系にそっくりですがね。交直両用なんですが、最近は水戸線や水戸以遠の交流区間だけなんでしょうか。
Img_119408z 近代的な水戸駅コンコース。鉄骨むき出しとガラスの明り取りは、最近の流行でしょうか。しかし明るい雰囲気ですごくいいですね。金沢駅も、せめて新幹線ホーム上はこんなに明るくしてほしいんですが。



Img_119515z 一足飛びに、水戸駅の隣、偕楽園臨時駅です。シーズンにはたくさん停まるようですが、今はシーズンじゃないのかな?フレッシュひたちが素通りしていきました。
偕楽園の山の下にあって、たしかにここからならすごく便利です。水戸駅から偕楽園行くのにあんな不便とは知りませんでしたんで。
Img_119519z 帰りのホームには、鹿島臨海鉄道の6000系が停まってました。JRのホームと隣接してて区別はついてません。
これも気動車で2両ないし3両編成。鹿島神宮まで行けるんですね。今日は時間ないんで乗りつぶしのチャンスをみすみす逃し続けていますw。
Img_119522z ホーム上のキオスクではE653系を模したデコレートが。藤沢駅とか、こういうのよく見かけますよね。けど北陸ではないですな。





Img_119526z 向こうではその赤いのが入線してましたw。ここ常磐線水戸周辺では、ホント普通列車より特急車両の方をよく見かけました。そういうとこからも、金沢とも共通点が多いですね。



Img_119537z 上野に戻ってきたら、またカシオペアがいました。今度は本日出発便のようです。このカシオペアスイートは一号車。上野では東京寄りに固定されてるんで出発では最後尾です。もちろん、そうでないと機関車に視界を妨げられるしね。しかし頭端駅の青森-函館間と、上りの逆は機関車の後ろ。上りではほとんどがつまらぬ景色ですよ。
Img_119544z 最後は、この日ちょうどオープンした上野駅の新みどりの窓口。最新設備とすっきりしたレイアウトでどこか高級感。出発時では奥がまだカーテンで閉じられてたけど戻ってきて改めて撮ったら全開店だった。
けどキップは窓口じゃなくて自動券売機で買っちゃったけどね。
鉄道関係はこれで仕舞にして、明日はいよいよ水戸城と偕楽園のレポートを・・。

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2009年9月25日 (金)

上野駅で普段見なかった列車のオンパレード!

Img_119311z まだ先週の話ですいません。13日は思い立って水戸へ行くことに。たぶんあるだろうと思った得々キップを、上野駅の新しくなったみどりの窓口の自動券売機で購入。ひたち往復キップで特急指定がついて7000円。1200円くらい安いのかな?
ホームに出ると人だかりが。おっ、カシオペアだ! 専用のEF81 79号を先頭に?ということは到着便。生で見るのは初めてですね。
Img_119315z このカシオペアスイートは乗りたくても予約がめったに取れないプラチナルーム。いつか誰かと乗ってみたい??





Img_119320z このシルバーの妖しげな?車体は、どこか宇宙を思わせますね。
もうカシオペアも10周年。寝台列車衰退の中で、唯一といっていいほどの元気者。しかし上野-札幌では、こちらに住む者としては縁遠いですわ。


Img_119334z あちらでは北斗星が。グレードは落ちるけど同様に豪華な札幌行き寝台。「北陸」とともにいつまでも残ってほしい列車です。しかし東北本線が上野-東京まで通じて、車両基地が田町に変わるときにどうなるかが一つのターニングポイントです。


Img_119336z こちらでは185系の「水上」「草津」。185系は登場時、東北新幹線が大宮暫定開業だった上野からの「新幹線リレー号」でよく乗りました。そのころは真新しさを感じた規格品特急車両と思ったものですが、直後のJR化から新型特急車両はそのバリエーションを増やし、185系は一気に陳腐化。「踊り子」や東海道本線臨時普通にせり出してもお得感はあまりなかったでしょう。
隣の651系がそのJR特急の先駆です。
Img_119339z クチバシ?に相当するヘッドのTマークが国鉄特急の矜持を表してて僕は好きです。
よく見ると運転室って奥行き広いんですね。




Img_119343z これが今から乗る651系スーパーひたちです。シートは登場時からリニュアルされてるので、疲れず快適でした。1時間ちょっとでノンストップで水戸に着く速達性は、水戸が手軽な都心からの観光地ということで、もっとも集客力のある場所とも思えるんですが。
Img_119346z 向こうに写ってたE653系フレッシュひたちですね。これって何色あるんでしたっけ?
651系とE653系の使い分けがよくわかりません。これは7両固定で、651系は増結可能ということはわかりますが。



Img_119348z 651系のテールランプはLED表示の中にあります。わかりにくいですね。






Img_119360z 先頭に来てみました。ヘッドライトはLEDの上にちゃんとあります。LED表示が前と後ろと微妙に違えてるわけですね。
スーパーひたち15号だと言うことも、表示を見ればわかるようになってるのも珍しいですね。


Img_119363z さて「北斗星」が、一日の運用を終えて、尾久の車両基地へ帰っていきます。
これが東北本線が東京まで通じたら、田町の車両センターへ移設して、東海道本線の車両たちが尾久を根城にする、という入れ替えが画策さてれいます。そうすることで回送をスムースにするらしく、それで早いうちに「富士・はやぶさ」が廃止になったと言います。
Img_119376z 今日は上野駅から出ることあたわず、ここまでにいたしとうございます。
次回はやっと水戸レポートですw。








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2009年9月22日 (火)

今回の江戸は加賀の名残りから・・。

Img_118508z 最近の多忙で、ブログを書かないのに慣れてしまいました。しかし活動してなかったわけでもなく、ネタはたまってしょうがないです。この連休も最終日まで動いてて今まで書けなかったんですが、なんとかこれからまとめてアップしていこうと思います。

まず、先週末に江戸へ行った話から。連休を目前にしてか、わりと遅くなった寝台「北陸」のBソロ予約も久しぶりに空いてたんでラッキーでした。
Img_118510z 寝台で眠れないという人はよくいますが、その非日常に興奮したり、車両の揺れや狭さに落ち着かないなど理由はいくつもあるでしょう。この「北陸」は金沢駅発車が22時18分。上野着が6時19分。車内で楽しむ時間的余裕はなく、すぐに寝てしまわないと早朝の準備に遅れる恐怖?からあせってしまいます。日ごろの疲れからかこの日も富山に着く前にどうやら寝てしまったみたいですw。
Img_118527z このアングルの写真もだいぶたまってきましたw。この日もたくさんの撮り鉄に取り囲まれて、いつまでもこういう図柄が残されてほしいものですが、翌日の上野駅ではこの比じゃなかったのもオドロキです。それはまたのちほど・・。


Img_118547z 運転士さんも撮られるのにはもう慣れっこのようで。
願わくば金沢駅のホームはもう少し明るい空間ならいいんですけどね。




Img_118550z さて、朝江戸に着いたら今回まず行きたかったのは、板橋区の加賀地区です。
この一帯は加賀藩の江戸下屋敷のあったところで、地名や建物などに、加賀を思わせるよすががたくさん残されてます。



Img_118553z この橋も「金沢橋」。このあたりは加賀1丁目です。
都営三田線の新板橋駅から北側の住宅地に下りたところにこの地区があります。金沢ではここらのガイドがあまりないので、下調べは大変でしたが、まぁ探訪してみましょう。

Img_118554z 金沢橋のたもとに板橋区立加賀公園がありました。ここは加賀藩下屋敷の庭園、築山があったところで、広大な屋敷地の名残がわずかにここに残されてるだけのようです。



Img_118556z 板橋区史跡、加賀前田家下屋敷跡の石碑があり、左側の碑は板橋区と金沢市の友好交流都市締結を記念して今年建てられた、尾山神社神門のステンドグラスを模したものです。



Img_118558z この一帯にあった加賀藩下屋敷は、21万8000坪にも及ぶ広大なもので、徳川御三家を含む江戸中の大名屋敷地の最大のものだったようです。
下屋敷とは藩主が常駐する上屋敷、隠居藩主などの住む中屋敷とは別に、藩主の別荘的役割・参勤交代の休憩地などとなり、農地や森林・庭園などが備えられたもので、この加賀藩下屋敷では常時50人の藩士が管理に就いていました。兼六園の七倍にも相当する屋敷地には、石神井川もその一部となり、鷹狩りや花火なども興され、宴に招かれた松平容保は「桃源郷のようだ」と評したとか。
在番していた藩士たちは、地元の名主たちとも交流し、寺子屋の師匠などもして地域の教育にもあたるなど、地元の発展に密接に関わった歴史があります。
Img_118581z 屋敷地の一部は明治以降、板橋火薬製造所になり、後に陸軍の造兵廠になりました。その名残は公園敷地を走るトロッコ列車の軌道跡もあり、現在も旭化成の流れを汲む野口研究所が隣接しています。
石神井川は昔の自然の流れとは想像もできないくらい、深い人口用水と化しているようです。
Img_118567z 公園にかわいいねこにゃんがいました。
このへんのノラは人を見てもなんの反応もしませんねw。





Img_118591z さて住宅街をしばらくそぞろ歩きします。
すると見えてきました、「金沢」「加賀」の名前が。これは板橋区立加賀児童館。





Img_118595z これは金沢小学校。ほかにも加賀小学校に加賀中学校もあります。
今は住宅地なのも下屋敷地だったわけで、子供たちが住んでるところも屋敷地だったことから、興味をもったある小学生がレポートした作文が、都知事賞を取ったことがなにかに載ってました。
Img_118596z このマンションにも加賀の名があります。
観光するところがあるわけではないですが、地元金沢からも、こちらへたくさん訪ねに来てほしいですね。僕が住宅街を早朝からカメラ持ってぶらついてても、僕自身は違和感なかったですが、気がつけばこの日は普通の土曜朝。子供たちや近くの帝京大学・高校の学生たちがやおら登校。ちょっと危なかったかもw。
Img_118601z ひょんなことから江戸の都心の一地域と金沢の交流があることを知り、思わず訪ねたくなった今回の探訪でした。








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2009年8月31日 (月)

越美北線に初めて乗りましたよ。。

Img_118274z 目的地は福井駅で乗り換えです。
北陸新幹線を迎えるため、駅部の高架工事がほぼ完了してる福井駅は、屋根に明り取りと骨組みの露出で、とても明るいホーム造りとなってました。近代的で美しくガラッと変わった福井駅の雰囲気はすごくよくなりましたね。これが求めてるものなんですが、金沢駅在来ホームはもうどうしようもないんでしょうか?
Img_118275z その北陸本線のホームに割り込むように、非電化である越美北線のホームが2番線として南方にありました。
2両編成のキハ120系ワンマン列車です。気動車でディーゼルエンジン。排気ガスを出すのに屋根あり構内で大丈夫でしょうか?七尾線が電化になったんで、気動車自体久しぶりです。
Img_118285z 越美北線は初めて乗ります。北陸地方に永年いても、用がなければローカル線になかなか足を踏み入れません。廃止になった能登線も同様で、結局一度も乗りませんでした。
福井を出発して、次の越前花堂は北陸本線のホームと越美北線のホームは別にあります。左に曲がって越美北線のホームに停まります。
Img_118287z しかし北陸本線のホームとは、この連絡通路でつながってます。北陸本線の米原方からの各駅停車でこちらに乗り換える乗客を待ちます。
すると、芦原温泉でみかけた489系ボンネット車が、米原方へ向かって走り去っていきました。黄色の「団体」ヘッドマークをつけてたんで、関西へ行楽客を乗せて行ったものでしょうか。珍しいシチュエーションを得ました。
Img_118289z 北陸本線から離れると、のどかな田園風景が待ち構えてます。このあたりは以前の仕事のときはたまに通ったもので、単線をのんびり行く気動車にいつかは乗ってみたいと羨望の目で眺めてましたっけ。
ワンマン列車には必須のバックミラーがホームに必ずあります。運転手も駅に着いたら必ず席を立ち、ドアからホームに身を乗り出し左右を見て列車に乗りに来る人がいないか確認してから、車内の後ろを視認して乗客に一礼してからまた席に着きます。
Img_118292z この動作を、人が全く見えず、乗り降りする人がいなくてもどの駅でも必ずしていました。

越美北線は福井から大野市を経て九頭竜湖まで行く旧国鉄時代からの非電化単線。数年前の大雨で足羽川の鉄橋が7本中5本も流され、存続が危ぶまれたものですが、地元の篤い熱意で3年かけて再開にこぎつけたいわくがあります。
Img_118297z だからか、2両ある車両は地元の乗客でいっぱい。日曜だけど学生たちや、おばちゃんたちとかでにぎやかで、地域に愛されてる鉄道だなぁとうれしくなりましたね。

これは流された鉄橋かわかりませんが、川では鮎釣りの人たちもいました。こんなのどかな川のある里が、豪雨の荒れた水で破壊されたとは、想像できないですね。
Img_118300z 第7足羽川橋梁です。これは間違いなく流された後再建された鉄橋ですね。こういう頑丈な鉄橋がいくつもありました。





Img_118306z さて、越前大野駅に着きました。ここから一両切り離して1両編成になるんですが、着くやいなや作業員が運転士にタブレットを渡しました。
目の前でそれは行われたのに、あまりの一瞬のことでその場面を撮ることができません。
運転席に置かれたそれを見て、やっといろいろ理解できました。
Img_118310z この越前大野までは一時間に一本ほど列車があるんですが、この先九頭竜湖までは一日5往復だけ。なるほどその必要がないほどのダイヤだからか、この先は自動閉塞じゃないってわけで、あとでわかったけど途中の駅も、交換施設はありませんでしたよ。

車両の切り離しもあり、15分ほども停まってるんで、何人も降りて外の空気を吸っています。見ると鉄っちゃんも多く乗ってましたね。
Img_118314z 次の週は総選挙。実はこれを書いてる今開票まっさかり。民主党が300議席に迫ろうかという勢いです。
日本のこれからはチェンジの時代なんでしょうか。

九頭竜湖まではこの車両だけですが、乗客の質はガラッと変わって、山登りや行楽客、そして鉄っちゃんと、やっぱり席はかなり埋まりましたよ。
Img_118315z 連結器開放の作業中です。金沢駅と違ってゆっくりされてます。こういうシーンも近在であまり見られなくなりましたね。

次はいよいよ九頭竜湖駅です。







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2009年8月30日 (日)

早朝の「485系雷鳥」乗車記☆

Img_118195z あえて多くを語りませんが、先週末に485系雷鳥に乗る機会を得ました。目的地へ行って日帰るためには、普段より早く起きて10時間以上の行程になりましたよ。
まぁたまにはいいし、そうでないと思い切って出かけられませんしね。どこへ行ったのかはおいおいわかるでしょう。

さて、早朝の金沢駅には、遠路上野から帰ってきた寝台特急「北陸」が停泊。すでに先頭EF81141は連結を福井方から富山方に移し変え、金沢総合車両所へ向かってまもなく金沢駅から回送に発ちます。だからヘッドマークも寝台客車との連結側に着いてますよ。
Img_118200z この日の朝早くは、今にも降りそうな雲行きだったけど、なんとか目的地まで保ってほしいと願うしかない。あっちのほうはなおさらと思うから。
683系しらさぎも、車体の白が雲の色にまぎれて目立たない。


Img_118215z 目指す485系雷鳥が入線。早朝なんで当然大阪からの折り返しでなく金沢総合車両所からの回送。ということは、所属はすべて京都総合運転所だけど、少なくとも1編成は金沢で眠ってるってことに。
金沢駅のホームが特に暗いってことがわかりますね。
Img_118234z 485系乗車は何年ぶりだろう?仕事で大阪行った以来ですかね。
これはA7編成で、改造も極力なされていない古いタイプ?この指定席用4号車サハ481-751はモハ485の電装解除の改造車。アコモはしかしほとんど変わらない。

Img_118236z 洗面台も古いままだ。しかしシンプルで清潔感も感じるのは、永年見慣れたデザインが普遍的で完成されたものという安心感だろうか。
ただ、左側のくぼみは、かつて開き窓があったところ。不審物を捨てたりできないように、トイレなどの特急の開き窓はすべて塞がれてしまった。










Img_118237z 自由席側のアコモ。5号車モハ485-75。これはどうやら全く改造なされてないものか。
荷物棚が昔ながらの金属のバーだし、床もフラット。テーブルも色あせてるものもあって、すごく懐かしい。子供のころは、この車内にあこがれたものだったのに。









Img_118239z 銘板は、「日本国有鉄道」「東急車輛昭和53年」とだけあって、その後に大きな改造を受けていない証しだ。
まぁ手摺りがあるから電装解除した旧1000番台ってわけだけど。



Img_118241z A7編成、クロ481-2301の勇姿。大阪方がパノラマグリーンでないこの編成もまだ残されてるってことは、いったい何番が退役したものか。10月にはまたさらに引退するかも知れないので、早いうちに確認しておきたい。
全廃まであと1年半となっているし。
Img_118261z さて雷鳥は一路大阪へ向けて出発。北陸新幹線の加賀犀川橋梁の工事箇所もさっと走りぬけた。
この橋にいちいち「加賀」と入ってるのは、長野県の信濃川上流にも「犀川」があり、そこにすでに北陸新幹線「犀川橋梁」があるからなんだけど、あちらに改めて「信濃犀川・・」とは入るまい。まぁ、多くは語らないけどww。

旅はまだこれからデス。

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2009年8月29日 (土)

485系の残存を確認する。

Img_118010z まだ盆の話で恐縮ですが、夏休み最終日にはまた鉄を撮りに出ました。

6月から序々に減らされつつある485系の残存?編成を確認したくて、つらつら北陸本線をたどっていって、結局美川の手取川橋梁まで来てしまいました。
Img_118025z 盆休の時期なんでサンダーバードなど長距離特急は軒並み増結編成、12両の長大列車が頻繁に走りぬけて行きましたが、485系雷鳥は当然ながら9両固定を頑固にゆっくり、まるでマイペースにわが道を行くって感じで、今となるとその個性が貴重で独特でってすごく好きですね。

これはA2編成で金沢方先頭は埋め込まれた貫通扉に特急を表すクチバシTマークは塗装という珍しいタイプ。

真っ先に廃車になってしまうのかと危惧してましたがまだ現役でホッとしました。しかし10月にはさらに減らされる予定と聞きます。
Img_118117z この間に現在3往復が設定されてる683系4000番台サンダーバードが通過。営業運転中は初めて遭遇しました。

全国からはこの683系も注目のようですが、今やJR西日本新型特急の最大勢力となった683系には珍しさのかけらも感じられませんよね。まあ珍しいだけがすべてではないですが、非貫通先頭はかっこいいけど、貫通タイプにはデザインセンスのかけらもないと思います。
Img_118126z 美川駅を上り「雷鳥」が通過して、今まさに手取川橋梁を渡ろうとしています。






Img_118148z これはA03編成。パノラマグリーンのあるA01~A06編成を優先に残すことになったんでしょうか?

なかなか一日中線路にへばりつくわけに行かないので、現在運用の全編成の確認はリーマンには厳しいことですw。
Img_118155z なんとか近いうちに、撮るだけでなく久しぶりに乗ってみたいと考えてましたが、それが思わぬことで実現しようとは、このときには想像だにできませんでした。

それはまた後日・・・。




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2009年8月23日 (日)

お盆の新発見!南加賀山ろく探訪記4

Img_117706z 少し間があいてしまいましたが、一部にはご存知のように、弊社の会長が事故でみまかってしまいました。生前には各方面にお世話になりました。
金曜に無事葬儀も終わり、未だバタバタ中ですが、これからは残された者でがんばっていきますのでご指導ご鞭撻お願いします。

さて、いろいろありますが、このレポートは続けていきます。
Img_117711z 国道416号をさらに上っていくと、かねてから行きたかった尾小屋鉄道の廃線跡がありました。しかもここは終点の尾小屋駅。廃止から30年近く経ってるので、遺構など何もないと思っていたのに、構内の線路はもちろん、下草を刈るなど管理もされていてとてつもなく感動です。
ホームの跡などもちゃんと残っています。
Img_117724z しかも車庫の中や、これはむき出しですがディーゼルカーも残されていて、ノスタルジーたっぷりでうれしくなりました。

尾小屋鉄道は鉱山鉄道から発し、物資や産出物を積み、街まで往復していました。その後旅客も扱い賑わいを見せていたはずです。
Img_117682z ここにたどり着く前には、国道沿いに古く錆びた鉄橋の跡も発見しました。前後は林道のように杉林の中にひっそりと隠れていて、ここを往時はエンジン音噴かせながら大勢を乗せた車両が行き交っていたなんて信じられません。


Img_117727z 尾小屋駅跡から集落を抜けて上手に上がると、保存施設の「ポッポ汽車展示館」がありました。尾小屋鉄道で活躍してた5号蒸気機関車やキハ3など、大切に展示保存されてる施設があるのは、風の便りでなにかの資料でみてましたが、いざ行こうとは考えてなく、今までうっかりしてました。。

盆休みというのに、ここまでほとんど旅行客も見ませんでしたが、ここにはわずかながらも県外ナンバーの車も見えて少しホッとしましたw。
Img_117735z 木造ながら、極力風雨にさらさぬよう屋根でかこって、味のある建物になってますね。
しかもイベント時には、わずか10数メートルながら動かすってんだから、まがりなりにも動態保存ですかね。



Img_117738z 往時の写真もありました。昔はこのあたりも、こんなにたくさんの子供たちがいたんですね。子供たちにとって、憧れの対象だったのは想像に難くありません。




Img_117740z 直接の廃止のきっかけになった、52豪雪のときの写真です。これで一冬動かせなくなって、そのため廃止が決まった曰くつきのものです。




Img_117749z 一番あたらしいキハ3です。昭和39年に遠州鉄道から来た車両で、尾小屋で最大出力のディーゼルカーでした。





Img_117752z それでも運転台はもうボロボロ。保存開始時にすでにこうだったかわかりませんが、ザンネンなことには違いありません。





Img_117753z 車内はこんな感じ。路面電車に近いでしょうか。
隣の客車ハフ1はもっとみずぼらしいことに、狭くてシートもギザギザに刻まれてます。
大正7年創業以来廃止近くまで使われてた功労車ですがね。

さて次回は、尾小屋鉱山の展示館に潜入します。

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2009年8月14日 (金)

ご無沙汰してました☆

Img_115637z 永いこと空けてしまいました。最近はホント平日には時間が取れず、週末も家のことしてるとあっという間に時間が経ってしまいますね。各方面にご心配お掛けしたことを紙面?を借りてお詫びします。

さてそれでも、行くことは行ってる江戸参勤で、今月も8・9日と行ってました。夏休み期間ともなるとJRはいっぱいで予約もとりにくくなり、久しぶりに「北陸」でなく「はくたか」の一番で来ました。東京駅の中央線ホームには珍しく「かいじ」のE257系と遭遇。
Img_115758z その足で飯田橋へ行って友人たちと合流。今日は神楽坂で集まりました。毘沙門天は「天地人」の上杉家にも関係があるね。




Img_115935z 神楽坂の屋外にずっといたけど、曇ってたのに高い湿度でみんなで汗ダクになってしまった。いまいちはっきりしない夏だけど、暑さはもう本番なんですな。ほおずきと風鈴が季節感をいやがうえでも増しますね。










Img_116402z 神楽坂は黒い板塀の狭い路地に、料亭や和風のレストランなどが密集する観光スポットでもあるけど、わりと新しく、どっちかと言うと金沢の方が本場だよね。
そしたら金沢麩のお店があった。調べると今年5月にオープンしたばかりの加賀料理割烹みたい。江戸の人に加賀の味を満喫してくれるためにはいいけど、当然高そうで僕らには縁がないだろうw。
Img_116638z お堀端にやってきた。そしたら今ではめったに見られなくなった210系にちょうど出くわす。今日は貴重なシチュエーションで列車と遭遇できてうれしいでんな。




Img_116935z 二日目は都庁の足元に来ました。今シリーズは一人きりの時間が取れず、これ以上都心の鉄道は追えませんでした。
晴れ男のパワーもギリギリで、両日とも夕方には小雨に逢ってしまって申し訳ない。しかしそれでも強運はついてて、20時の地震は新幹線ホーム上でほとんど気づかず、列車もあまり遅れず無事着きました。江戸の豪雨も僕が去ってからのことで、翌日のダイヤの乱れや東海地方の地震の影響にも逢わなかったのは不幸中の幸い?




Img_117517z 帰りの越後湯沢駅では、なんと「天地人」列車がお出迎え。
乗り換えの越後湯沢で、北越急行のローカル電車「HK100-5」には大河ドラマの「天地人」ペイントが。妻夫木聡があなたを待っています。ってな感じでww。


Img_117523z 帰りの夕方に少しだけ時間が空いたので、久しぶりに秋葉原のショップへ。しかし僕が行くのは「鉄道」関係で、LAOXのビルが改装でグッズがいろいろ大安売りだったんで思わずなにやら買ってしまった。

鉄道ネタは、4月から今まで江戸へ行ったときなどたんまり残してあるんで、これからまた合間見てアップしていきます。逆に金沢ネタは少ないカモ。
まだまだやめたわけじゃないので、これからもよろしくお願いします。

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2009年7月27日 (月)

いつもの金沢駅、夜10時☆

Img_113853z 先週の連休に江戸へ向かったわけだけど、日に日に、金沢駅の夜10時がラッシュになっていきます。
この二台の希少価値に、全国から?撮り鉄たちが押し寄せてるみたいです。
僕も三脚持って、といつも言ってますが、この日も手持ち。しかしなんとかシャッタースピードを抑えて、わりとクリアに撮れたと思います。
Img_113836z 全体はこんな感じ。もっと後ろにも人はいて、全部で20人以上はいますか。
さっきまでEF81の隣の5番線には683系がいて、2番線の485系3000番台とともに新旧の列車が並ぶいいアングルを、この金沢駅なら毎日拝めます。


Img_113855z おや、なんか前がごっついぞ、と思ったら、なんと連結器が双頭型両用連結器に変わってました。
貨物や客車で使われる自動連結器と、電車に標準の柴田式密着連結器が両方備わってます。
寝台特急北陸に運用されるこのEF81 134号には最近まで着いてなかったのに、別途運用が予定されてるんでしょうか。







Img_113858z 客車とはこのように、自動連結器の方で連結します。ジョイント部がせり出してるため、このように車間がかなり開いてしまいます。ここであれ?って気がついたわけだけどね。
珍しいはずだけど、EF81は長岡まで。関東には行かないんですあしからず。
Img_113877z 新旧揃い踏みです。
夜の金沢駅のなせる技だけど、昼のホームは暗くていけません。
最近、JRと地元自治体、識者で新幹線駅をどうデザインするか、現地調査と会合が開かれましたが、在来線ホームと表玄関のもてなしドームとを、一体感なく設計したもんだから、今更ながらに困惑してるのがわかります。あれらをどうつなげるんでしょうか。いっそ、駐車場になってるこのホーム上屋を取っ払って、開放感ある一体的デザインに作り変えてほしいと思いますが。
Img_113879z さぁ、まもなく出発です。最近はこの夜行特急の人気も高く、連休もあり予約開始の一日後(帰り便も同時に取りたいからね)にキップを取ろうとしても、Bソロはすでに完売してました。
首都圏往復フリー切符の威力はいつもながらすごいです。それがなくて寝台券だけ取ろうとすれば、大枚かかってしまいますからね。今日もやむなく2段ベッドです。しかし上段なら、通路上のスペースに物が置けるので便利ですよ。

子供たちも夏休みが始まって、珍しい列車に乗れておおはしゃぎしてました。そのせいじゃないけど、最近には珍しく長岡で目が開いたら、その後はうつうつと熟睡できませんでした・・・。



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2009年6月20日 (土)

「北陸新幹線建設促進石川県民会議」

090620_113835 今日は仕事がてら、あるイベントに行ってきました。
「北陸新幹線建設促進石川県民会議」総会。僕ごときがなんですが、自社の会長の代わりに出席。県内の政財界、自治体町会、各種業界団体総勢約1,000人が集結。
一日も早い北陸新幹線の開業を目指して昭和58年から活動が続いています。毎年約700万円の予算で、これまで北陸新幹線の早期実現に向けた各種広報宣伝活動、各種協議会の運動、関係各所への陳情など、石川県官民一丸の活動の総本山ってわけです。






090620_105310 ですから出席者も、谷本石川県知事はもちろん、商工会議所会頭や県内各市長、県会議員、そして森喜朗氏はじめ県内選出国会議員など錚々たるメンバー。もしここにテポドンが落ちたら、石川県は機能しなくなるってくらいw。

そしてここでは、取材陣も多かったんで翌日の新聞でも詳細は載るでしょうが、普段では聴けない話もあったんでかいつまんで取り上げます。
090620_113750 森元総理は南加賀の人。北陸新幹線金沢開業が石川県内で金沢だけの恩恵になってはならず、白山総合車両基地まで回送線がくるならば、九州の博多-博多南間のように車両基地に駅を設けてはどうかと。ちょうど岡田参議院議員が国土交通省運輸政務官なんで、省内と白山市に検討委員会を開設する提案をするようです。
確かに面白い話ですが、バックボーンになる人口が少ないんで、実現はかなり難しいように思います。どだい在来線に平行してるんで、金沢駅まで在来線を使ってもそれまででしょうし。

また、馳衆議院議員が言うまでもなく、僕ももし民主党が政権を取ったらこのあとどうなるんだろう?と心配してました。単純に公共事業の予算を半額にするらしく、一川参議院議員が欠席したのは、その点を指摘されるのを避けるためか。けど、北陸新幹線への予算配分がどうあれ、アンチ自民への流れはもう防ぎようがないとも思います。今日出席の自民党国会議員が、2ヶ月後何人残ってるんだ?

ともあれ、地元新聞でも連日北陸新幹線ネタが挙がってるほど最近はヒートアップしてます。あと5年半に迫った金沢開業まで、無事生きていられるんでしょうかww。

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2009年6月 7日 (日)

旧国鉄色「雷鳥」485系10編成、完全紹介!!

Img_111465z この週末は金沢百万石まつりだったけど、土曜のパレードは仕事で全く見られませんでした。なんで今年のレポートはありません。そこで今日は先日来の485系旧国鉄色「雷鳥」縮小退役開始を前に、今までで撮った10編成を紹介しましょう。
まずはA01編成。大阪方先頭はクロ481-2001。
JR化後の改造で出現した先頭パノラマグリーン車は「スーパー雷鳥」運用。681系登場後は「しらさぎ」にも投入されましたが、いずれも当時オリジナル塗色。そして683系が「しらさぎ」導入された2003年以降に「雷鳥」運用に収斂されて、ここで初めて旧国鉄色に塗装変更されました。
Img_112360z A2編成のクロ481-2002。種車はサロ489-1006。つまりパノラマグリーン車は元々中間車両のグリーン車からの改造で充当されています。一両を除いては。
なぜかヘッドライト周辺部の溶接が甘くて?赤色2号の塗装が剥げかかってるのが多いんですが、A2編成は塗りなおされてました。
Img_112909z A03編成のクロ481-2003はよく見ると剥げたままです。
グリーン車を表す「ロ」はイロハのロ。旧2等車というわけで、「イ」の1等車は廃止、現在の普通車「ハ」は旧3等車という意味。グリーン車は座席列ごとの小窓が特徴なのがわかるでしょうか。
Img_112031z A4編成は金沢方9号車クハ481-322。パノラマグリーンはA01からA6編成の大阪方に組み込まれています。金沢方は非貫通の高運転台タイプに統一されてますが、その形態は一部貫通タイプが改造されたのもあります。A2編成は貫通扉が埋められ、特急を表すクチバシのようなTマークも塗装というありさまです。
Img_112599z A5編成はここ数ヶ月に撮りに行ったとき、日中によく出会ってました。一番元気そうに見えて、2年後いっぱいまで活躍してくれそうな気がします。手取川橋梁で撮る金沢方先頭はクハ489-702。現在の10編成は481系から489系、「きらめき」「しらさぎ」などいろんな経歴から寄せ集められた改造編成です。
Img_100406z A6編成のクロ481-2101は、写真では見えませんが残るパノラマグリーン車の中で唯一、サハ481が種車の改造。つまり普通車だったことから側窓が大型タイプです。
10編成それぞれも、皆全く同じでなく、見るところによって瞬時に区別がつけられるのもおもしろい点です。
Img_111897z A7編成の金沢方クハ489-604。A7からA10編成は両側とも高運転台。A7編成のこれは貫通扉を外側から大きく溶接。なんだかブルドッグみたいな顔してませんか?




Img_78214z A08編成は唯一最近逢えなかった車両。2年前の小松駅でのヒトコマ。旧急行色にリバイバルされている475系とランデブー。大阪方のクロ481-2302は非貫通タイプ。




Img_111373z A9編成の金沢方はクハ481-228。唯一貫通扉の改造が原形に近く、今も開けそうですがそうはいかない。しかしなにしろ485系の貫通扉の運用は、国鉄時代の全盛期にはついに使われなかったという事実もあります。
左目のタイフォンカバーが開いたままなのが気になりますが、このあたり、早期の退役も予感させるんですが・・。
Img_100229z 最後のA10編成は大阪方クロ480-2301。A7からA10編成の大阪方非貫通クロは、パノラマとは逆にA7~A9がクハからの改造。このA10編成が唯一サロの先頭車改造のため小窓が並んでいます。しかしいずれもスーパー「かがやき」「きらめき」時点でクロ改造された3列ハイグレードグリーン車。雷鳥のグリーン車に乗るには、パノラマか3列シートか、の豪華な選択肢があったわけですね。

さて今月に入って、いずれかの編成が運用撤退したはずです。来月にも683系4000番台のサンダーバード運用増備があり、さらなる雷鳥置換えが予想され、この伝統的な赤2号・クリーム4号の車体に逢える確率はどんどん減っていきます。再来年3月の完全撤退を前に、これからは時折「乗り鉄」にもチャレンジしていきたいです。

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2009年6月 6日 (土)

北陸鉄道「ラッピングバス」もコンプリート!!

090604_074056 金沢市内を走る北陸鉄道の路線バスに、去年から初めてラッピングバスがお目見えしてたんですが、計10台、見かけてはいてもすべて撮ることはできてませんでした。
しかしとうとう最後の「名鉄エムザ」バスをこのたびゲット!485系もそうですが、なんでもいつも中途半端になってました。しかし最近はなんとかコンプリートすることも増えてきたんで、これからなにかに生かしていきたいですねw。

毎朝の通勤時に寺町通りで、今までコカコーラバスとすれ違ってましたが、6月1日からのたぶんダイヤ改正で、待望の「名鉄エムザ」バスと遭遇。シャッターチャンスを逃すまいと毎日心の準備をしてました。もちろん危険なんでちゃんと車を停めてから撮ってますw。
これで全10種、「星稜」「北陸大学」「金沢学院」「北國銀行」「北國新聞」「金沢フォーラス」「コカコーラ」「もりもり寿し」「NTTdocomo」そして「名鉄エムザ」です。景観に配慮を求められる金沢にしては珍しく、こんなラッピングバスも最近になってようやく出現してきました。みなさんも金沢の街中を訪れた際にはぜひ探してみてください。

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2009年6月 1日 (月)

やっと逢えたA03編成!

Img_112815z いよいよこの日を迎えました。平成21年6月1日は、485系国鉄色特急「雷鳥」の、現役10編成の削減が開始される日です。
約40年に亘って全国津々浦々の国鉄線の特急需要を担ってきた、交直両用60・50Hzの3電源対応車の、当時からのカラーリングを残す最後の活躍の場が、この北陸本線「雷鳥」でした。
Img_112865z 683系4000番台のサンダーバード営業運転が始まり、押し出されるように既存の681系などが「雷鳥」運用に就くため、485系の置換えとなるわけです。これから約2年かけて、10編成すべてが退役させられる予定です。6月にはまず2編成が除籍させられる可能性があり、5月中にどうしても全編成を撮っておきたかったんですが、この週末はあいにくの天気、土曜に1往復撮った後雨が降ってきて撤収。
しかし北陸新幹線工事で埋蔵文化財調査もスタートし、視野と駐車を確保できる踏切撮りもそろそろ危うくなることもあり、最終日の31日夕方、雨上がりに思い立って最後のA03編成を求めて車を走らせました。
Img_112909z 出かける前に時刻表を見て、日曜運転の夕方便、雷鳥42号を最後に賭けて、急いで米永踏切に向かいました。
そしたらなんと! やってきたのは待ち焦がれていたA03編成そのものでした!!
大阪方パノラマグリーンのヘッドライト周りの塗装は、痛んだままなのでこれも先行置換え対象のひとつかも知れず、今日やっと逢えたのは天啓かも知れません。
冷たい風に急いで来たのでTシャツ一枚では寒かったですが、そんなのも吹き飛ぶくらいホットになりましたw。これでとうとう10編成すべてを撮影できましたよ。近いうちにそれらを並べてご紹介します!

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2009年5月24日 (日)

485系を今日も追う☆

Img_112329z 23日は仕事のあと再び鉄撮りに。北陸新幹線白山総合車両基地の建設予定地になる、白山市米永踏切に来ましたが、前回ではただの空き地だったところに、もう工事の鍬跡が入ってました。
ここら一帯は先日の試掘で、弥生-室町時代の集落や館跡など10ほどの遺跡が集中し、文化財保護法に基づく発掘調査が必要なのがわかりました。
開業前倒しも議論される中、この埋文調査がいかほどの支障になるのか見当がつきませんが、工期に影響を与えないようにと、来年度までに同時に複数箇所の発掘を実施するようです。
米永踏切の両側では、すでに写真のように掘り起こしが始まってました。
Img_112345z 北陸本線のここ周辺は北東-南西に直線が続くエリア。田圃を突っ切ったレールはホントに地平線までまっすぐでした。
工事や発掘が始まり、もう今年しかじっくり踏切で撮り鉄してる余裕はなさそうですね。



Img_112360z ここでやってきた485系はA2編成でした。あとA3編成の撮影で全10編成完了するんですが、なかなか遭遇できません。
このA2編成クロ481-2002はヘッドライト周辺の塗装が上塗りされてて、


Img_112376z さらに金沢方クハ481-801は貫通扉を改造して、特急車先頭を表すくちばしマーク(Tマーク)はペイントなんで、なんだか退役第一号のような気もします。




Img_112400z 今日は雨も予報されてましたが、まだ雪に白い白山の山頂が顔を覗かせてました。
石川県内の北陸本線沿線を高みから雄大に見守る姿です。北陸新幹線金沢到達列車の愛称は「はくさん」しか考えられないのをわかってもらえるでしょうか。


Img_112411z ちょっと足を伸ばして、旧美川町の手取川橋梁まで来ました。ここも鉄のいい撮影スボットです。
西側の空も晴れてきて、明るくすがすがしい空気になってきました。線路をはさんだ対岸に先客があり、僕はこちら側に構えましたが、
Img_112488z ははぁん、そろそろこいつが来る時間。そう、トワイライトエクスプレスです。しかし調べてなかったのか、僕に確認に問われました。土曜だから大阪発があること、金沢着時間から逆算してもうそろそろやってくることをお教えしました。
僕は長編成はこちら側がいいと思いましたが、この後の485系には対岸から撮ることにします。
Img_112516z 確かに憧れの車両、トワイライトEXの寝台客車ですが、しかしコンデジでどこまでよく撮れるもんでしょうか。しかもそんなに接近して。
こちら側には子供づれもいらっしゃいました。この直後の貨物列車もすきそうです。


Img_112526z 直後の貨物列車が通過するのを知ってたようで、地元の方なんでしょう。小さい女の子が手を振って喜んでます。貨物に感動を覚えるとは、将来がとても楽しみな子ですねw。
EF81129の牽引するコンテナ車には、空きがだいぶ目立ってました。この時勢で貨物がかなり減ったもんなんですかね。
Img_112554z 撮影場所を転じるのに鉄橋をくぐってたら、上りの485系通過に間に合いませんで、やむなく下のアングルから撮ることに。車両NoからA1編成と知れましたが、こんな珍しい写真もたまにはいいんじゃないですか。ちょっと贅沢ですね。


Img_112575z 空もかなり晴れ渡ってきたら、遠く獅子吼高原から、パラグライダーがいくつも飛んできました。鶴来のレジャースポット、獅子吼高原はパラグライダーのメッカとして、全国から愛好者がやってきます。
気持ちよさそうですが、下になにもないのは結構怖そうですね。列車が鉄橋を渡るのとシンクロして撮れなかったのはザンネンです。







Img_112599z お目当ての、485系雷鳥はザンネンながらA5編成でした。
今日はこれを最後に帰るとします。なかなかA3編成にめぐり合えません。




Img_112616z これは来週末も晴れを期待して撮りに来なきゃいけませんね。いきなり全廃ってわけじゃないですが、6月1日からまず2編成が退役させられそうです。そして2年後の3月には全廃が待っています。他地区へこの国鉄色のまま転属されればいいですが、にしても短編成化されそうだし、余剰気味でもあるのでこのまま廃車が濃厚のようにも思われます。
悔いのないように追っかけていきたいです。

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2009年5月22日 (金)

485系の雄姿、金沢駅撮り☆

Img_111937z さて金沢駅へ戻ってきました。次の雷鳥がもう入線して、折り返しの出発を待っています。A4編成です。
ライト周辺の赤い塗装がはげて痛々しいです。なぜ塗りなおさないのかフシギに思ってましたが、あと長くても2年で退役となると、ほおって置かれるもんなんでしょうか。

Img_111942z 真横からのアングルはこうです。走行中を真横から流し撮りはなかなか難しいもので案外この図はあまり撮ってませんでした。金沢駅ホームは暗いから駅撮りに適さないので、今度じっくり撮るロケハンに悩みます。小松駅も高架構内になってしまいましたしね。
Img_111951z うっ、サンダーバードの乗務員交代の儀式ですね。この日は4月29日。多分新年度から運転業務に就く若手運転手に、指導員が同行して監督してるようです。二人ずつのペアで乗り降りされてました。ういういしさと、りりしさが同居しててなんだかかっこよかったですよ。
Img_111959z さっきのA4編成では、なんと女性運転手が指導を受けてました。あっ、目?が合ってしまいましたw。
見た目にも若い女性運転手に、いまさら485系の運転指導をしても、とは思っちゃいますが、少なくともあと2年は運行するんだから今必要と言えば必要ですがね。ここでは二人掛りで後ろに付いてました。
Img_111992z さて、雷鳥の出発です。発車時に、ホームで子供連れが運転手にバイバイと手を振ったので、笑顔で応えた女性運転手の顔が、連射のコマの中でずっとほほえんでたのがなんだかうれしいですね。
485系(に限らないけど)が注目の車両だ、という意味も含めて、列車運転手に誇りを持ってもらった瞬間のような気がするのはおこがましいでしょうか。
Img_112021z A4編成金沢方クハ481-322です。
来月から減らされる485系国鉄色に対して、今月末から撮り鉄が鈴なりになってしまうでしょうか。それまでに、いい撮影スポットを手に入れたいですね。なかなか県外に行けはしないので、石川県内だとほぼ直線が多いですけど。
Img_112031z トップ画像も485系に変えたほど、思い入れは深いので、また撮ってきましたら、おいおいアップしたいと思います。


ではでは。

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2009年5月21日 (木)

485系を追いかけよう!

Img_111765z では朝から、金沢駅から「雷鳥」485系10編成撮りつぶし?いたしましょう。
金沢車両所から入線してきたのは、A5編成の481-2005。大阪方がこのようにパノラマグリーン車なのはA01からA6編成まで、A7~A10編成はノーマルの非パノラマ。


Img_111779z スーパー雷鳥時代やその後しらさぎなどにも運用されたときはオリジナル色に塗装されてましたが、しらさぎもすべて683系に置き換わった後、国鉄色に再塗装されて雷鳥運用に就きました。



Img_111791z 金沢駅のホームで出発を待つA5編成に、写メで撮るギャラリーが引きもきりません。北陸本線にはこのクリーム4号・赤2号の車体を追っかける撮り鉄が今日もどこかで出張ってることでしょう。



Img_111810z 複雑な金沢駅小松方構内路線を左にくねくねと渡っていった先に、「北陸」の14系客車が待避線で休んでいました。14系と485系のランデブーは金沢車両所を除くとこのとき以外にはありえません。金沢を境に東西で運行が別れるからです。


Img_111853z さて走行中の雄姿を撮るため、今度は西金沢駅に向かいました。構外の駐車場からいいアングルでキャッチするためです。
先にこの「雷鳥」を淘汰する張本人、683系サンダーバードが通過。あれっ?おかしい、右目が開いてませんよ。ヘッドランプの整備不良です。こんな点検もせずに運用に就かせるなんて、メンテックはいったい何をしてるんでしょうか!
GW初日からこれでは、JR西日本の安全思想が疑われるのもムリはないです。
Img_111892z 気を取り直して、やってきたのはA7編成、クロ481-2301です。こちらは大阪方非パノラマ。





Img_111897z 金沢方はクハ489-604です。貫通扉を溶接している、ちょっとみっともない顔になってます。
これで撮ってないのはA3編成だけとなりました。6月1日から運用が外れるのが、何番編成なのかわかりませんが、何とか残り少ない週末に追いかけてみたいと思います。ああそう、撮るだけじゃなく、最後に乗ってもみないとね。梅雨を前に、天気も心配なところです。

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2009年5月19日 (火)

金沢駅に入る車両たち☆

Img_111670z 北越485系が入線してきました。先頭グリーン改造車なので、厳密に言うとクロハ481系1000番台、ということになります。これら「北越」運用車はJR東日本新潟車両センター所属。旧上沼垂色ってわけで、これに乗って新潟県の青海川駅周辺もまた撮ってみたいですね。
Img_111673z 知る人ぞ知るですが、同じ日本海側で金沢-新潟間は近いと思われるフシがありますが、なんと金沢-名古屋間よりまだ50km以上遠いです。だから新潟も気軽に行けません。確実に晴れる日を見越して、充分なロケハンの上で臨みたいですね。


Img_111684z しらさぎ683系の入線と、能登の489系が金沢総合車両所へと引き上げていきます。上野では夜行に就く前の夕方に、北関東への帰宅ニーズの利用にホームライナーとして快速運転しています。しかし金沢ではゆっくり晩まで休みます。そのため日中の金沢総合車両所には、2編成半の489系ボンネットと出会えますよ。
Img_111687z 車両所への引き上げには、JRの運転士が運転しないって知ってますか?
関連子会社のジェイアール西日本メンテックの社員が運転します。運転席に作業服を着てる人が見えますか。メンテックはさまざまな駅業務をJRから委託されていて、深夜の改札業務をしてる中年?女性とかも実はメンテックの方のはずです。最終のはくたかで帰ってくると、女性だとなぜだかホッとするのはどうしてでしょうww。
Img_111729z そのはくたかが入ってきました。北越急行所有の681系スノーラビットがはくたか3号として今朝の任務に就きます。
北陸新幹線が開通したらまず、この列車は廃止の憂き目に会うでしょう。北越急行には重荷だから、JR東日本とかに譲渡するでしょうか。まぁなんやかやと、20年近く就役するわけだから、充分償却は済むでしょうが。
Img_111736z このフォルムもいつまでも新しいわけではないですね。サンダーバードとして登場した白い681系は鉄道模型としても購入してあり、まぁ全然走らせてませんが、最初はかなりかっこいいと思ったのに、今はどうってことないですね。それより北陸新幹線に新型車両がほしいです。賛否はあるけど、僕は水戸岡さんにお願いしてもいいと思うけど。
Img_111753z さて金沢駅のホームに降りてきました。これから485系の駅撮りとかするつもりで。
北越急行のスノーラビットが発車を待ってます。するとこの5番線で、へんなことに。小松方面の普通列車に、ふたつの419系が。583系を改造した両車が、左は妻面を運転席に改造した、このように2タイプがあります。どれも3両編成で、同じホームに2編成並んでるってわけ。
結局左の妻タイプが先に小松へ向けて発車していきました。次いで右の車両も出発。こういうこともあるんですね。

じゃあこのあとは、485系国鉄色をたっぷりとお届けします。

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2009年5月18日 (月)

早朝の金沢駅の始まり☆

Img_111567z さてGWに入る4月29日に、683系4000番台の見学会にあわせて、早朝から金沢駅へやってきて夜行列車の撮り鉄にいそしんでました。4月は「鉄」をかなり撮ってて、GWにまとめてアップしようとしてたんですが、PCが逝かれてしまったんで今になってしまいました。
トップ画像も6月より順次去り行く485系を偲んでかっこよく作り変え、しばらくは鉄道ブログとしゃれ込みましょうか。
Img_111586z もう具体的な時間は忘れてしまいましたが、たしか4時半に起きて金沢駅の立体駐車場「時計駐車場」の屋上に停め、そこから富山方を望みます。この日は快晴の予報でしたが陽はもう高いとはいえ6時前の早朝はまだ肌寒く、ウインドブレーカーを着てても冷えて、この後の風邪引きさんになる原因になったかな。
北陸新幹線の高架は遥か富山県境までもう繋がっています。6時になるころまず青森から日本海縦貫の寝台特急「日本海」
Img_111590z 南下、続いて上野から金沢終着の「北陸」がやってきました。東海道スジの「富士・はやぶさ」が廃止、いわゆる"ブルー"トレインは残り4列車となってしまいましたが、そのうち二つが相次いで早朝の金沢に一日の始まりを知らせてくれます。


Img_111597z これはとても貴重なことと謂わざるをえません。上野での3列車は時間が離れているからです。しかも秋冬には暗いうちになるので、これから晩秋までの季節、このシャッターチャンスを得られるのは金沢ならではですよ!
曲がりなりにも近代的な金沢駅周辺と、昔ながらの寝台列車はミスマッチとは言えない風情があります。願わくば高架のコンクリ上に乗っかる北陸新幹線が開通しても走り続けてほしいですがね。
Img_111605z 「北陸」入線直後、今度は夜行急行「能登」がまだヘッドライトを照らしてやってきました。金沢から上野へ向かう上りでは、約10分差で「能登」が先ですが、下り金沢着では「北陸」が先です。現在では同じルートを、毎日つかず離れずで仲良く連れ添う貴重な両列車。
Img_111619z ボンネットタイプの旧国鉄色旧特急編成は、この「能登」運用が通常運用の最後の砦である489系です。金沢総合車両所に3編成半(9両3編成と、波動用7両編成)あります。
正月に久しぶりに乗りましたが、やっぱりなかなか眠れませんね。オール座席はしんどいです。
Img_111662z そして夜行列車たちの入線をまるで合図に、一日のスタートとばかりに各列車たちが続々と入線してきました。
3km先の金沢総合車両所から始業に就くものや、富山方面から乗客をすでに乗せてきたものなど。いよいよGWの始まりですね。
ヘッドライトでわかるように、この3編成ともこちらに向かってるんですよ。

つづく

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2009年4月30日 (木)

683系4000番台試乗見学会レポート 2

Img_112097z さて車両を出て先頭車の顔を撮ろうと前に出ると、子供たちと金沢駅長、4000番台との記念撮影の行列になってました。ん~、今日はまぁ仕方ないか。多くの子供たちが、電車好きになっていっぱい旅行してくれると、日本の将来のためにもなるしw。けど子供たち、何が新しいのかわかってるのかな~。
Img_112118z 外観は従来の683系2000番台と基本的にはほとんど変わらない。下部の車両ナンバーもプレート式でつまらない。今日はいちおうこの第一編成全車両のナンバーを記録しました。
僕ら物好きがよくよく見比べて4000番台と認識するには、ナンバー以外にパンタグラフがシングルアームということと、先述したように各車両の大阪方が乗車口、そしてなにより9両固定なんで6・7号車間が運転台じゃないってこと。
Img_112137z 車内見学のあとも撮り鉄に限らずたくさんの人がホームで撮影中。あっ、下りトワイライトエクスプレスの入線時間だ。7番線ではトワイライトグリーンのEF81103をみんなで取り囲んでしまってるw。
4000番台はこちら9号車は増結可能な貫通運転台なんで、見た目正面からでは区別できない。営業運転前なのに、毎日試運転してるから早くも汚れが目立ってます。この正面ののっぺりしたデザインなんとかならんのかなぁ。
Img_112142z GWにトワイライトエクスプレスでゆったり北海道旅行としゃれ込む老夫婦。僕もそのころにはぜひそんな優雅な生活をしてみたいんですが。




Img_112151z トワイライトが出発です。この背中のホーム末端では、行き過ぎるアングルを撮るために撮り鉄があちら向きでダンゴ状態でした。安全には気をつけてほしいですがね。




Img_112161z 金沢方先頭のクモハ683-5501。
683系はほくほく線内で営業してるように、設計最高速度は160km/h。しかしサンダーバードの最高運転速度は130km/h。このため現在サンダーバード運用のみの想定なので130km/hに制限した仕様。なのでM車は5000番台にしてるっていうからややこしい。ブレーキ装置を変更するだけで160km/h運転できるらしいんで、気密化工事は済んでるみたい。
Img_112168z 683系は3M6T。JR西日本は1M完結儀装が基本仕様。付随車のTp系には交直流用機器を下部に積載。雪対策にスカートで覆わず、むき出しだけどボックス化することによって付着する雪や氷を剥離しやすくしてます。まぁこれは従来どおり。


Img_112180z 6番ホームから1号車側に回りこみました。表面のツヤはやはり新しいからか、テカリ具合がいいですね。この大阪方グリーン先頭車は貫通運転台だけど、ほろカバーが開かないようになってます。資料では準備工事ということだけど、多分増結は金沢方に統一されるでしょう。だったら従来どおり非貫通のかっこいい先頭形状でいいじゃない。まぁ運転台の共通化は必要だったんでしょうけど。
Img_112191z 同じ683系のしらさぎが入線してきました。新旧の683系の揃い踏みです。見た目の違いはこの面ならわかるでしょう。
しらさぎは基本5両に3両ずつ増結だから、6両+3両のサンダーバードと共通運用はできません。側面のラインも東海カラーのオレンジが入ってて違うしね。

Img_112198z 側面からです。あと事故時にオフセット衝突対策というのも施されています。連結面の切妻面に三角形状のものが装着され、衝突してもずれていくことで、客室の破壊を小さくする工夫です。
まぁそんなことで、見た目にはほとんど新しくなってないのに、これが永年慣れ親しんだ485系の代わりなのかと思うと、拍子抜けというかザンネンでたまりません。JR西日本のデザインセンスのなさには以前からあきらめも入ってます。
そんなこんなで、6月1日から上りサンダーバード10号・40号、下り19号・49号に置き換わります。7月からは2号・32号と11号・43号にも加わります。こうやって順次増えていく新しい683系4000番台をこれからよろしくお願いします。

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2009年4月29日 (水)

683系4000番台試乗見学会レポート 1

Img_112057z みなさんGWはいかが過ごすのでしょう。僕は暦どおりですがあまり出かけず家でたまった本やデータ視聴してようと思います。
しかし今日だけは金沢駅へ向かいました。朝5時起きで「北陸」「能登」の到着シーン、485系「雷鳥」を撮ったのですが、それは後日お伝えするとして、メインはこの6月1日から営業運転される、新型サンダーバード683系4000番台の試乗見学会です。15時からということで余裕持って出直したんですが、なんと45分以上前から大勢の行列でビックリしました。駅舎からはみ出して200m先の列に付きましたよ。
Img_112063z GW初日ということで、ほとんどが子供連れ。よほど告知がうまくいったんでしょう。たかが?新番台で外観は違わないのに、金沢駅内でこんな長い行列は初めて見ました。一般の旅行客など驚かれてましたよ。
はたしてどんな段取りで見せてくれるのか。停まってる5番ホームに誘導されましたが、そのわりには結構ザンネンな案内。9両編成のうち4号車から1号車まで中に入らせてくれたのに、なんの説明もなく立ち止まらないで歩き通して、と言われても、素人?の人には何のアピールにもならないんじゃ??
Img_112067z 4号車は最新のバリアフリー対応。この多目的室(授乳や急病などに利用)をはじめ広い車椅子対応多機能トイレなど、新しいガイドラインに準拠しています。炎検知装置もあって喫煙防止の効果もあります。
そうそう、この6月1日からJR西日本も特急で全車両禁煙になりますから気をつけてくださいね。
Img_112072z 普通車のモケットは偶奇数で変えてるのは以前と同様だけど、JR西日本プランにあわせて青系に統一。頭部もより大きくなってゆったりと固定できる。肘掛下のスライド式テーブルも大きくなりました。



Img_112080z 3号車にレディスシートが設けられ、その後ろのトイレは女性専用。
なにしろ立ち止まれないので駆け足で撮影。そして皆さんあちこち見ながらも座ってみることも出来ないんで、僕は事前に下調べしてきたけど、今までの違いとかわかるんでしょうか?荷物棚とかも大型化されましたよ。
Img_112085z 車端部の座席には大型のテーブルとモバイル用コンセントが常備されました。ビジネスマンならあえて1番席とかを指定して車内で仕事しなきゃいけないかもですねw。新幹線では当たり前になってきたこういう設備が、いよいよ北陸本線在来線にも忍び寄ってきましたよ。
Img_112087z 1号車、グリーン車です。インテリアも木目調になって、高級感を醸し出してます。床のカーペットも今日はビニールシートで保護されてました。ずるいですね。
報道陣もたくさんレポートしに撮りまわってましたが、今日はジャマとしか思えません。


Img_112088z グリーン車のシートです。枕が大きくなってますし、全座席にコンセントが配備されました。あぁ、大阪行くときにしか利用できないんだった。
この683系4000番台は、現サンダーバードの681系を順次置き換え、以前と違い9両固定編成です。もちろん増結は出来ます。2年間で12編成投入され、余剰となった681系は485系「雷鳥」スジにこの夏から順次導入、2年後の2011年3月に「雷鳥」全廃を目論見ます。
Img_112093z 1号車の先端、運転室へのドアです。今までと違うのは、この横に出入口があること。号車によってまちまちでわかりにくかった出入口を、大阪方に統一して便利にしました。従来は3・4号車の間に出入口なかったんですよ。


Img_112095z 先端まで行ったんで、ほうほうの体で追い出されましたw。いゃぁとてもたくさんの人で、1000人ほども来たでしょうか?

車内はこんな感じ。この後外観編をお伝えします。




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2009年4月27日 (月)

485系雷鳥、カウントダウン前に撮る!

Img_111268z 先週の日曜は貴重な青空になったので、さらに貴重な485系国鉄色「雷鳥」を撮りに行ってきました。昭和39年東海道新幹線開業とほぼ同時に、交直両用の特急型電車481系が誕生して44年。以来西日本の交流60Hz東日本の50Hzとの3電源対応の485系が全国の主要本線を席巻していました。分割民営化のJRを経て、クリーム4号・赤色2号のいわゆる特急型国鉄色をまとっている現役特急は、全国唯一、この北陸本線「大阪-金沢」間を毎日走っている「雷鳥」のみとなってしまいました。
Img_111288z しかしこの慣れ親しんだフォルムにも、いよいよ別れのカウントダウンが刻まれることになりそうです。
先日発表され、今試運転中の683系4000番台が、6月1日から順次サンダーバードの681系より置き換えられ、捻出された681系が、この夏から485系に取って代わって「雷鳥」スジに使用されるということです。現在10編成ある485系が、その「雷鳥」運用すべてに置き換わるのに2年を要しそうですが、カウントダウンのゴングは既に鳴ったと覚悟するべきです。
Img_111293z そこでサヨナラで大騒ぎする前に、10編成すべてを写真に収めようと活動開始です。
まずは先日も来た田中道踏切で、A10編成をキャッチ。現在の「雷鳥」10編成は、A01~A06までが大阪方がパノラマグリーン車。非パノラマのこのA10編成の大阪方クロ480-2301は元〈かがやき〉〈きらめき〉として活躍。小窓が他と違う特徴です。
Img_111373z 次のA9編成は金沢方481-228の貫通型。今はたぶん溶接されてると思いますが前部が開くタイプだけど、485系は国鉄時代を通じて貫通運用された実績がありません。
左目にあたるタイフォンカバーが開きっぱなのが気になりますw。


Img_111381z いちおう編成ナンバーの呼称はA09とか表現してますが、スカートに塗られてる編成NoはA9としか書いてないですね。僕の確認ではA2・A6編成も0が表記されてません。3・5・7編成はまだ撮れてないです。



Img_111465z 大阪方がパノラマグリーン車のA01編成です。写真は2000番台トップナンバーのクロ481-2001。
パノラマグリーンはJR化後のスーパー雷鳥時代に改造されたグレードアップ。塗色もオリジナル色の白っぽいものになりましたが、スーパー雷鳥が681系化しすべてサンダーバードとなるに従い、先祖がえりした「雷鳥」運用で国鉄色に戻されました。
Img_111484z A01編成の金沢方。クハ481-323です。そういやさっきから松任より南側の米光踏切に来ています。この辺一帯も白山総合車両基地の予定地ですかね。去年までこがね色に実ってた田圃は、今年はもう田植え直前の水が張られてなきゃいけないのに、放置されたままです。今年から工事の槌音がここらに響き渡るのでしょうか。
Img_111431z もちろん485系ばかり追っかけてないで、683系とかも撮ってますが、日中のわずかな時間だと3編成撮るのがやっと。A2・A04・A6・A08編成は以前に西金沢駅や手取川橋梁で撮ってるので、あと3・5・7編成を別の機会にゲットしたいですね。



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2009年3月28日 (土)

江戸からの帰り、いつもの心象風景とは

Img_108318z さてやっと今月の江戸訪問レポートをラストにします。
二日間フルに動き回って、また日曜の夜の東京駅東北・上越新幹線ホームに来ました。いつもこの時間は、二日間の疲れと翌日早朝からの仕事への想いとで独特の気持ちになります。気重になるだけとは違って、なにがしかナチュラルハイになっているので、どんなに疲れてても帰りの列車の中では眠れません。
Img_108319z まぁそれも、乗り換えありの4時間、という移動時間のなせるわざで、北陸新幹線が金沢まで通じると座って2時間半で終点ともなれば、安心してグゥ~といけるのかも知れません。
その前に、友人M氏(顔がちょっと見えてる)を送るのにE3系に初めて中に入ってみました。「こまち」だけでなく「なすの」にも運用されてるってはじめて知りました。自由席なのにふっかりしたモケットで、当然2×2席。こんな快適な座席で乗り換えなしで東京まで来れるなんて、秋田の人はうらやましいです。
Img_108321z 僕ら上越新幹線では日中なら、オール二階建てのE1系。天井の低い3×2シートでいつも窮屈な思いをして参勤しています。
しかもE4系とともに最速は240km/hなので、二階建て車両は今後の東北新幹線高速化計画からは外れて、上越新幹線のみの運用となりそうです。
僕はわりと好きな車両ですが、北陸新幹線にもまわってくることになるんでしょうか。
Img_108325z 結局友人を送ってから、こちらの帰りの便が来るまで1時間以上あるので、夜の新幹線撮りにホームを駆けずり回りますw。
右がE4系。8両基本編成で、連結して16両のときは定員1634人で、高速車両では世界一の定員になります。今はそういう運用はしないようですが。
左は東海道新幹線の700系ですね。14番線ですが、となりの東北・上越新幹線ホームは23番線。これは複雑なホーム工事の経緯でそうなりました。
Img_108327z 山形新幹線400系つばさ ですね。92年にデビューした新在直通運転のさきがけの車両も、今年から順次引退を余儀なくされています。最高速度240km/hで、東北新幹線高速化の構想からはずれ、275km/hあるE3系にすべて譲る予定です。


Img_108331z この車両も乗ったことないですが、近いうちになくなる前に、みっちり撮っておきたかったんでよかったです。





Img_108337z E4系との連結部分。僕もこの前に撮りましたが、こうやって撮り鉄が必ず押さえておきたい箇所ですね。
しかし東北・上越新幹線ホームも、東海道新幹線同様、このようにホーム柵が順次設置されつつあります。安全のためには大事なことですが、やっぱり興ざめですよね。

Img_108345z 東京駅の夜です。







Img_108352z







Img_108360z N700系。







Img_108363z







Img_108368z 200系です。東北・上越新幹線の最古参。先ほど引退した0系に近いフェイスを持っています。開業時はどの新幹線もこの顔だけでしたがね。100系と同じ顔をしたものもいます。初登場から25年以上経っているものの、210km/hから240km/hに最高速をアップしたり、さまざまな改造をしてるので、まだまだ走れる現役車です。最近は、最終はくたかに乗り継ぐ20:12とき347号はこの車両なんですが、やはり内装は陳腐化してるのは否めませんね。
毎回乗ってる上越新幹線ホームで、見飽きてる場面ですが、ブログにはあまり載せてませんでしたから久しぶりにレポートしてみました。

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2009年3月26日 (木)

都会の喧騒に疲れてしまった??

Img_108276z ちょっと間が空いてしまいましたが、横浜線からの続き。
八王子から菊名まで来ました。快速だったこともあり以外に時間はかかりませんでしたね。これなら予定どおり表参道に着けそうです。東急東横線に乗り換え。
東京メトロ日比谷線の03系車両がここまで来ていました。ここからさらに東武鉄道の東武動物公園まで乗り入れてます。地下鉄を乗り入れて両側の私鉄の端から端まで、これもまた時間があったら乗りとおしてみたいもんです。
Img_108280z 9000系に乗って東急東横線の渋谷駅に到着。これも急行に乗ったんで、結局八王子から1時間強で着けましたよ。
ダブルフィニッシュというつや消しと、コルゲート波板がスタンダード感たっぷりのステンレス車です。
ところで今年は横浜開港150年だそうで、記念事業がたくさん待ち受けていそうです。イメージキャラクターの「たねまる」が車両を処狭しとラッピングしてますね。
Img_108284z 東急渋谷駅をいったん外に出て、なにか食べるものを探してたんですが、近くにはありません。このまま、この下の副都心線に乗りたいんであまりあちこち歩き回りたくかなったんで。
そしたら、「いちごシュー」180円を発見。外人も交えてそれなりに行列。時間がタイトになってきたんで、どうしようか考えてるうちに、どんどん列に並ぶ人が・・w。
Img_108287z 結局なにも食べずに行くことにw。
副都心線は以前にもレポートしたんでここは意外なものだけ。改札前のコンコースには乗り換え案内のサインが、色分けの大きなパネルで表現。各地下鉄や私鉄をイメージカラーで分けていると、こんなときに便利ですよね。こういうインダストリアルデザインやインテリアデザインは好きで、本当は手がけたいとも思ってたんですがね。
Img_108293z さて表参道に着きました。友人と待ち合わせて某所へ行くんですが、なにしろ相変わらず人で溢れてます。まぁここに限らないんでしょうけど、やっぱり東京の繁華街は人のパワーに気おされて息苦しいです。いつまでたっても慣れませんね。なんだか疲れも感じてきました。

Img_108297z_2 さて街を歩いてたら、なんだか変な行列に出くわしました。新しいファッションスポットなのかも知れませんが、このビルの一室に、これだけの人が一度に入れるとも思えません。こういうのを見かけるだけでも、なんだか場違いなエリアに来たような気がしますw。
おとなしく、鉄道と歴史を追っかけるだけでいいのかも。この後の集まりでもちょっと疲れを見せて元気なくしてしまいましたw。




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2009年3月23日 (月)

こちら首都圏205系情報局 joker版

Img_108161z さてやっと8日(日)のレポートです。この日も実は表参道に集まるんですが、時間までまたいくつか鉄道スポットを廻ることにします。
最初は、高架工事の延長をしている中央線。三鷹以遠の踏切解消のため立川まで全線高架工事をしているわけだけど、ここ武蔵小金井駅でも工事の真っ最中。
Img_108163z 下り線はもう高架に切り替わったけど上り線はこのようにまだまだ。まぁ路盤は上がってるみたいだけど実質この武蔵小金井以遠は進んでません。目標の2010年度完成まで最長であと2年。1996年から始まった大事業だから掛かる費用や工程もバカにならないでしょう。
Img_108165z この中央線も車両が新しくE233系が揃い、路盤もこうやって更新してるのは、小田急線とイメージが重なりますね。都心はあくなき鉄道工事の槌音が鳴り止まないんで、こうやって時々追っかけてないとガリバーになってしまいますよ。


Img_108184z 武蔵小金井駅の先の車両基地。
ここまで来てなんですが、宮本武蔵に子供が居たか知ってますか?実は伊織って養子を迎えたらしいですが、実子はいなかったようです。
以前なにかの番組で宝田明氏が、昔かの長谷川一夫氏から上記のクイズをされたと言ってました。わからないと返事すると、「むさしこがねい」と長谷川一夫が答えて噴出したそうです。しかし劇場のエレベータで、これを毎日聞かされたって閉口してましたw。
Img_108189z_2 西国分寺から武蔵野線に乗り換えて府中本町に。ここで南武線に合流するわけですが、武蔵野線はここを終点にして折り返ししてます。このまま川崎まで行ってもよさそうなのに。



Img_108198z まぁ編成両数や仕様が異なるんだろうけど。205系は山手線のように第一線からの退役グループもあるけど、東京近郊の埼京線・京葉線・武蔵野線・南武線・鶴見線・横浜線・相模線・川越線など、主要衛星線に多く採用され、総両数は1000を越える一大グループ。登場から最長20年を越えてるんで、退役廃車も進むだろうなぁと、この際幾線か撮ってみようとおもったわけで。
Img_108207z 左側は武蔵野線の終点待避線。ホームで折り返すんじゃなくて一旦あそこまで待避してから運転手が向きを換える。しかし次から次へとホームに入線してくるから、日中は必ずホームか待避線には居る勘定にはなるみたい。
右は南武線が川崎方向から進入してきた。武蔵野線ホームを囲むように、離れて南武線上下ホームがある。
Img_108219z 南武線は6両編成。ちなみに武蔵野線は8両。もちろん多数を占めるわけだが、この日撮れたのはすべてオリジナルスタイルの先頭車。改造タイプの洗練された先頭車は短時間ではなかなか見かけられない。



Img_108229z 武蔵野線の車両を管理しているのは千葉方の京葉車両センター。だからか、この府中本町には待避線以外には目立った施設がない。車両も他線からの転用組がほとんどとなってるのは「鉄道ファン」で既報。
このM15編成は転用組?


Img_108235z 貨物列車が通りすぎていった。本来の用途目的である武蔵野線の需要は減ってないのだろうか。





Img_108248z さて南武線に乗り換えて立川から中央線と、一足飛びに八王子まで来てしまいました。
ここから横浜線に乗って菊名から東横線で渋谷まで出れば、時間には間に合うだろう。
横浜線は開業100周年だって。偶然で知らなかった。これらはすべて旧山手線の車両。205系は改造車なんかももっと追っかけたいシリーズですね。
Img_108271z では今日の最後に中央本線特急E257系「かいじ」を。
JR東日本の、JR後の快適そうな特急車両に一度も乗ったことないしなぁ。甲府の史跡を巡るのも、西からじゃなく新宿からこれに乗ったほうが早いんでしょうね。中央線は八王子以西に行ってないから、それだけでもいつか経験しときたいです。
首都圏往復フリー切符で、行ける範囲の全制覇も目論み中w。

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2009年3月21日 (土)

お久しのつくばEXPから、小田急車両を満喫まで

Img_107869z 結局バスで八潮駅まで来たんですが、このつくばEXPの新しい駅は、開業以前までこの周辺が何もなかったことを考えると、東京最近郊でもまだまだ開発の余地があるんだなぁとしみじみ。駅周辺はキレイなショッピングビルも出来てますが、まだ開発途上という様子。もっと発展するんでしょうね。ここだけで石川では野々市くらいの規模も越えてるでしょう。
Img_107877z ここから一気に秋葉原駅へ戻り、JRで川崎までいくつもりです。
久しぶりにつくばEXPの車両を撮りました。あれからもう2年半も経つんですな。某社のO氏は名古屋勤務からこの4月で東京へ転勤になり、地元茨城近くに居を構えるようですけど、このつくばEXP沿線も調べたら、もう各駅周辺はかなり高騰してたようです。守谷駅周辺とかの発展にびっくりしたって。
Img_107879z 川崎から、鶴見線にチャレンジしようと思ったんですが、京浜東北線にてこずったり(乗ったのが蒲田行きだった)、六町でムダに歩いた時間がだいぶロスだったんで今回はあきらめました。代々木周辺に行かなきゃいけないんで、南武線で登戸へ行って小田急線に乗ることにします。
登戸駅は2年前に来たときより、様相が全く変わってたので驚きましたよ!
Img_107881z JRから小田急に乗り換えるエントランスも広々ときれいになって、土曜午前の今、列車が着くたびに大勢の人の波がここを行ったり来たり流れてました。
ところで花粉症で目がかゆくなってるんですが、ここの薬局でやっとそれ対応の目薬を買って、早速射してみました。江戸へ来るとアレルギーなら石川と違って少しは楽になるのかと思ったら、ダメでしたw。
Img_107886z 登戸駅のホームに登るとw、さらにびっくり!複々線に対応した、超近代的駅に様変わりしてます。僕が藤沢にいた頃の、狭い対向2面2線のホームに人がひしめいてたのと比べ物になりませんw。
これならゆったりと広いホームの端で、駅撮りに思う存分いそしめます。
Img_107882z 去年制定された新しいブランドマークを貼り付け、クリーム色を当初より濃くした(僕の印象では)8000形です。もう二十年選手ですが、僕はこいつに乗った覚えはありません。



Img_107885z_2 多摩川を挟んで、和泉多摩川方面、つまり新宿方面を見ます。小田急の複々線化工事は、かなり大規模で長期にわたり、沿線住民の反対や裁判にも遭い、えらい難儀していると聞いてます。けどここまでよくぞ進み、この先梅が丘までの広くて新しい高架の路盤は、今までの密集住宅地の脇を地平複線で走り沿線に溶け込んでた様子からは、180度赴きを変えてしまいました。
Img_107888z この2000形ももう登場して10年以上。しかしこの新しいスタイルは、小田急も車両によって特に各停か急行かって分けてないから、遠目でみて区別つきません。まだまだ新旧の車両が混在してる鉄道です。



Img_107897z 30000形ロマンスカーEXE。
それまでの赤を基調としたロマンスカーの車体から斬新にデザイン変更したEXEは、登場当初驚きをもって迎えられました。しかしこれもすでに10年以上。最近の相次ぐ新型の出現で、立場がかすんで見えたりします。

Img_107902z おっと今度は7000形LSEが入ってきました。短い時間にバライティ豊かな車両を続けざまに撮れてラッキーです。小田急はロマンスカーの運行頻度も高くて車種も多いから撮り甲斐があります。箱根周辺で撮れるともっといいでしょうw。


Img_107918z 今世紀になって登場した3000形はJRのE231系の流れを汲む小田急には異色の車両。いろんな仕様が今までの小田急カラーからはかけ離れてるんで、すごく違和感がある人も多いとか。
けどこの車両も乗ったことないなぁ。そういやさっきから写してる列車、どれも乗ったことないぞww。
Img_107923z やっぱり小田急といえばこのフェイスでしょう。これは5000形だけど、僕がいたころは何種類もの形式が基本この顔をしてましたよ。
正面ドア下の行先表示が未だにあるのが泣かせますが、英語で[SHINJUKU]と加えられてるのが新鮮ですw。ブランドマークも付いて外観は少しずつ変わってるかもしれませんが、これでも「急行」。じゃぁこのなつかしい車両に乗って代々木上原へGOです。

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2009年3月20日 (金)

千代田線、北綾瀬支線乗りつぶし

Img_107843z 東武伊勢崎線を北千住まで行って東京メトロ千代田線に乗り換えて綾瀬に来ました。
綾瀬車両基地までのルートを旅客化した北綾瀬駅までの盲腸線を乗り潰しにです。ここも2両編成の5000系専用車両が運行を担ってますが、やはり土曜の午前なのに混雑しています。僕はこの先の車両基地を見に行くわけだけど、このたくさんの人たちは主にどこへ行くつもりなんでしょう。
Img_107845z 右側はこのままの直進で常磐線ってわけですが、ポイントの先左にカーブを切って車両基地へ入っていくんです。





Img_107847z 2.1kmの支線でわずか一駅ですが、通しでわりとゆっくりで、車両基地までの引込み線という意味もありますから、線形にも赴きがあってじっくり楽しめました。
北綾瀬駅も単線一面ホームの折り返しなんで、しかもすれ違いもありませんでしたから、少なくとも日中はこの1編成だけでこなしてるのかも知れません。
Img_107849z 北綾瀬に着いてその先の車両基地側を撮りました。よく公開もされてるようですが、この日はロケハンのつもりで中に入るでもなく、留置車両のあてがいもないのにブラっと来てしまって、車両がひとつも見られなかったらどうしましょう、ですわw。


Img_107853z 駅を降りて、とりあえず基地に向かって歩いていたら、なんと偶然小田急のロマンスカー60000系MSEの入線に出くわしました。
地下鉄を初めて走る青いロマンスカーの根城はここ綾瀬車両基地でもあります。まぁ、こいつに出会えたらなぁ、と淡い期待を持って来たんで、とてもラッキーでした。
Img_107854z 都心で青空の下こいつを拝めるのはここだけですからね。そういや、去年の颯爽たるデビューは丁度1年前ということになります。あのときは北千住駅構内で地下で撮ったんで、こういう野外で離れて撮ると、ちゃんと列車を撮ったって気になってうれしいです。
Img_107863z_2 しかもちょっとはしたないですが、公園のブロック上に登ってこうやって撮ると、フェンスなどなんの障害物もなくキレイにキャッチできました。
ロマンスカーは藤沢時代にも、ついに乗れなかった代物ですから、いつかはこの青いやつに乗って箱根まで行ってみたいですね。あこがれますw。
Img_107864z さて、基地から出場する千代田線6000系とすれ違いますが、ここで敢えてこれを撮ったのには理由があります。今まで自分だけ知らなかったのかも知れませんが、車両基地から出場する編成は、その正面のヘッドランプと赤色灯、両方灯すんでしょうか?
写真の6000系はそうなってますね。
Img_107866z やり過ごしてみた後部は、ほら両方とも点いていません。そういうルールでしたっけ?
それともこの列車だけミスってるのかも。
ちょっとだけミステリーの発見でした。

この後、基地に入れるわけでもないんで、歩いてわりと近くのつくばEXP六町駅へ行こうと思ったらさぁ大変。首都高6号線をくぐれず、北に向かってつらつら歩き続けるハメに。予定が狂ってムダに時間を潰すわけにも行かず、結局バスに乗ってつくばEXP八潮駅に向かうことに。  つづく

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2009年3月19日 (木)

東武線沿線探訪3 旧本線の亀戸線

Img_107811z 東武鉄道の中でも、都心の盲腸線、亀戸線を乗り潰すことにした。業平橋からまた一駅の曳舟駅で下車、亀戸線専用ホームへ渡ると、単線一面ホームにちょうど着いたばかりの2両編成の8000系からたくさんの乗客が降りてきた。
中間駅3駅、わずか3.4kmの支線に、存続危機もありうるかと思ってたのに、休日と言えど学生を含めラッシュ顔負けに乗り込む電車に逆に驚いたw。
Img_107814z 休日日中10分間隔、終点までわずか12分の行程、対向一度のすれ違いなのに、全線複線のしっかりした路線。駅間隔も長短あってかなり不自然に思えるんで、後日Wikiとかで調べてみるとなるほど、と感心した。
東武鉄道の都心起点駅は紆余曲折してて、ホントは曳舟から湾岸の越中島まで延伸したかったらしい。
Img_107815z そこで曳舟から亀戸まで路線を延ばし、当時総武鉄道だった現JR総武線に亀戸から両国まで乗り入れた時期もあった。それでこの亀戸線が一時期本線扱いだったよう。
しかし越中島延伸は夢と消え、改めて現業平橋の当時浅草駅を開業し、亀戸線は支線となって総武鉄道との乗り入れも解消。
Img_107813z 戦災でいくつかの中間駅も焼け、現在の3駅に移設したわけです。しかし中間駅のひとつ「東あずま駅」とは秀逸ですね。"ひがしひがし"って言ってるわけだからw。
終点亀戸駅です。2両編成の都心ローカル線は、それでも運行密度は充分濃いので、平日に限らず3両、4両と編成を増やしたらいいのにと思いますね。
Img_107821z さて曳舟駅にもどって、しばらく駅撮りにいそしみます。
30000系は本線の標準車両。一部半蔵門線にも乗り入れる。




Img_107824z 10000系はさらにオーソドックスな伊勢崎線用。コルゲートの波板が側面上下にびっちりと波うってます。





Img_107828z 100系特急スペーシアです。JR新宿駅乗り入れで最近注目されましたが、もう登場から20年近く経ってるんですね。
鬼怒川温泉とか、行ったことないなぁ。関東には何度も行ってても、私鉄特急でのんびりってしたことないです。


Img_107834z 東急の5000系です。半蔵門線を介して、東急田園都市線まで直通するので、ここも東京メトロと3社の車両が競演する場所なわけですね。




Img_107837z さてそろそろ、今度は北千住駅へ行くのに車両に乗ります。先頭車の窓越しに、フォギーのかかったような図柄を撮って、なんだか雰囲気が出てていいです。




Img_107838z 途中、鐘ヶ淵駅では急行をやり過ごします。この駅の配線は複雑で、駅構内で上り下りとも複線化するものの、急行線は本線上よりポイントでカーブする方に割り当てられてます。それで正面に見える急行は、一度ホームをかすめた後、目の前を左にカーブを切って追い越していきました。それで各停の最後尾は、ホームのこんな途中になって非効率です。

そんなこんなの東武線でしたが、次は綾瀬から千代田線の盲腸線?北綾瀬までのレポートです。

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2009年3月18日 (水)

東武線沿線探訪2 東京スカイツリー工事現場

Img_107796z さて浅草駅を出てすぐ隅田川を渡るために90度カーブして鉄橋を走ります。急カーブを超低速度で進み2番線から下り線に渡るためシーサスクロッシングをゆっくりクロスします。
業平橋駅まで1kmに満たないくらいなのに、だからこそ距離があるように充分感じました。
Img_107797z この日の朝は雲も低く垂れ込めて肌寒かったですが、実は昼になったら晴れ間が出て暖かくなりました。晴れ男はメッタなことで雨を降らせません。隅田川も穏やかな流れですが、増水すると下町の0m地帯が危険にさらされるため、頑丈な水門が幾つも設置されてて、タモリ倶楽部でやってたように、僕も巡ってみたいですね。カラフルな言問橋が見えます。
Img_107800z 東武鉄道のベーシック、8000系とすれ違い。東武沿線には普段縁がなかったんで、最近になってやっといろんな車両に乗れてます。学生時代の関東在住中には、西武沿線に親戚もあったんでよく乗ってましたから、今は逆に乗らないようにしてますがw。

Img_107802z さて業平橋駅に着きました。曳舟駅方向には大規模な留置線があり、半蔵門線直通で押上駅乗り入れまでは、都心側の重要地点であったことが窺えます。
業平橋駅は開業当時、吾妻橋駅という名で(業平橋は吾妻橋の別名)、一時廃止、後終着駅として浅草駅を名乗るなど、流転の駅生を過ごしてきました。
Img_107807z 都心側の起点である重要性は長く、東武鉄道の本社も隣接していることでわかります。
貨物営業時代には広い貨物ヤードもあり、後に頭端式終着ホームになりましたが、その跡地に今回東京スカイツリーが建設されることになったのです。
Img_107806z それがここです。右側の鉄骨がツリーです。4階部くらいまで積みあがってますね。東京タワーより反り部が小さく、やはりそれを支える足場?になる部分のスペースは小さそうです。まだこの程度であと2年半でちゃんとできると思いますか?
東武鉄道の土地なんで、「東武タワースカイツリー株式会社」というのが事業主体です。
Img_107809z 下町の静かな朝です。そういや、まだ7時くらいなんでした。道路を跨ぐ跨道橋の上までもホームが続いてるわけです。
15分も待てば次の電車で、隣の曳舟駅へ行って、今度は盲腸線の東武亀戸線に乗り込みます。

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2009年3月16日 (月)

東武線沿線探訪1 浅草駅のハミ電

Img_107770z これは先週の話ですが、江戸にはいつもの友人たちに会うためにやってきました。今や大変貴重になったブルトレ「北陸」では、この日の早朝も上野駅でたくさんの写メラマンに囲まれてしまいましたw。
今日は昼近くまで時間が空いてしまったので、ゆるりと鉄撮りの旅をしますか。最初は東武浅草駅で。先日のタモリ倶楽部でやってた「ハミ電」を見に。
Img_107771z そうそう、この後は一つとなりの業平橋へ行って「東京スカイツリー」の工事現場を確認しに行くのです。本当に2011年の地デジだけになるときまでに完成するのでしょうか?
図で見る限り、東京タワーよりも足場が狭いのに、倍近い高さになるって信じられないくらいですね。
Img_107775z さて何を見に来たかというと、先日のタモリ倶楽部では、駅のホームが短すぎて、電車の車両がホームよりはみ出して停まるときがある、といういわゆる「ハミ電」っていうのをやってました。意外にそんな駅は多く、首都圏でも10箇所近くあります。先日東急大井川線に乗ったときも2箇所の駅ではみ出してましたし、横須賀線では田浦でトンネルの中で停まりました。
Img_107777z そしてここ東武浅草駅も採り上げられてました。厳密に言うとハミ出してませんが、6両編成を8両に増やしたとき、ビルの中に造られた駅はそのビルをはみ出してホームを延長。さらに隅田川を渡るため90度にカーブするシビアな線形の途中まで伸びたため、針のように細い先端になってしまいました。
Img_107780z そこで以前にも行ったことがあってもあまり撮らなかったので、今回じっくりレポートしようと来てしまいました。
先ほどからの写真の1番ホームは、あれでも白い斜線のところまではりっぱな人が通れるホームです。柱がジャマになる部分は幅30cmもあるでしょうか。大変キケンです。それでも列車の走行時に、つねに駅員が監視してるわけでもありません。僕が撮ってても誰も注視するそぶりはありませんでした。
そしてこの2番ホーム。カーブ途中で電車が停まってるから、ホームと車両との隙間がこんなに開いています。子供だったら間違いなくスッポリ落ちてしまいそうです。「足元にご注意」っていくら書いてあっても一緒で、そりゃ注意しちゃいますよw。

Img_107784z ホーム先端はこんな様子です。狭いホームの真ん中に柵がしてあって、1番ホーム側は進入禁止になってますが、2番ホームとしては先端まで行けるようになってます。
他の鉄道の駅でハミ電、つまりドアが閉まって降りられない車両を設定してるのに、ここ東武浅草ではムリをしてでも降りられるようになっています。ラッシュで中から押し出されるようなことがあったらすごくキケンですよね。
Img_107785z その先端に立って内側を。左の1番ホームは入れません。しかし白斜線の2番ホームはここまで来ていいんですw。やはり車両との隙間もあってキケンですね。しかし都会のど真ん中でまだこんな許容がされていて、逆に感動しました。


Img_107786z 最近は安全優先の名の下に、ホームドアとかいう情緒全くなしの世知辛い設備が増えてきて、単なる人を運ぶハコと化してきた鉄道も多い中で、こんなに特殊な風情のある駅がまだ健在なのはとてもうれしいですね。
国道6号江戸通りも駅から丸見えです。おもしろい。
Img_107788z その先端部です。あの先端に立って、左の車両とかも撮りましたが、運転手も珍しくないのか、僕を全く注意するでもなく平然としてました。僕もだからといって落ちそうでこわいということもなかったですよ。実はあの先に階段があって路盤に降りられ、左右の線路を渡る板が見えると思いますが、駅員や保線DJはしょっちゅう行き来してるんでしょうね。
Img_107793z さて、特急「りょうもう」の200系が入線してきました。
そろそろ東京スカイツリーの工事状況を見に行きましょう。




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2009年3月15日 (日)

野々市駅周辺でレポートの続き

Img_107705z さて、長いことご無沙汰してしまいました。先週末はまた江戸へ行ってましたが、平日の仕事では切羽詰った作業があり、毎日夜の12時前後までかかっていました。昨日の土曜も仕事だったんで、今やっと東京のデータを整理したとこです。結局鉄道ネタになるんですが、前回の北陸新幹線工事記事にも続きがあるんで、それから先にお伝えします。
Img_107706z 野々市駅前にも、更地が広がってきました。もういつでも準備OKですね。最初の写真は駅のホームにもかかる線路脇まで道路が湾曲してて、僕もよく利用する道ですが、あの線路脇に新幹線高架が建てられるので、右側の民家用地を取得して道路工事が進められています。その背中側が野々市駅前です。
Img_107708z 長池道踏切を渡って海側から野々市駅を写します。JR野々市駅は野々市町中心部から離れた位置にあり、開業当初は何もないところでした。北陸の主要駅はそういうところが多く、金沢をはじめ津幡などもそうです。蒸気煙や騒音を嫌ったようです。
しかし今は住宅地が迫り、付近の学校などへ通学にもよく使われる町民に親しまれている駅です。この線路反対側、山側に高架が続くことになります。
Img_107709z 長池道踏切山側より小松方面を臨む。この真上を高架が通ります。
ここ白山・横江高架橋地域はすでに工事が開始されてますが、金沢-白山車両基地間は、もう3月中旬だけど今年度中には、用地取得が9割に達するようです。当初計画は8割だったので順調に進んでいることになります。
Img_107711z 全11工区のうち多くはまだ入札したばかりです。石川県内の報道では既報ですがここで言うと、最近の7工区での入札では受注した共同企業体に県内業者も参加し、大手の下請けを担っています。しかしこの不況下で、かなり低い価格で請け負っているという現状があるようです。
7工区の予定価格に対する落札率は平均87%。
Img_107716z 既に着工している3工区では一次下請け31社のうち県内事業者は8割にのぼり、負担のしわ寄せがないよう、県議会でも保護を県に働きかけています。
北陸新幹線の新しい列車の名称については、知事はJRに北陸のイメージにふさわしいものをと、強く要請すると言っています。とするともう、「はくさん」しか選択肢はないと思うんですが、どうでしょうw。
Img_107722z ところで、変な話を小耳にはさみました。長野県の商工会議所が、北陸新幹線の名称を「長野北陸新幹線」にするよう国に働きかけてるようです。とんでもない話ですw。オリンピックに間に合わすために、急遽高崎から長野まで先行開業した北陸新幹線を、東京駅の表示も苦肉の策として「長野行新幹線」としていたのをいつのまにか「行」を外したのにもあきたらず、ですねw。
Img_107733z 永年沿線各県が「北陸新幹線」という名称で要望や広報に取り組み「北陸新幹線建設促進同盟会」にも長野県が参加している、という点で知事は常識的に考えてそれはない、と安心しきってますが、のんきに構えてるとどうなるかわかりません。


Img_107725z けどまぁ、開通後の沿線各県の交流も計画され密になることから、あまりお互い目くじらはたてないでおきましょう。
また来月、すこし暖かくなったころには、白山車両基地建設予定地へ行って485系国鉄色「雷鳥」全編成を確認などしたいですね。




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2009年3月 4日 (水)

北陸新幹線、白山車両基地までの着工区間を見る

Img_107642z 遅ればせながら、日曜にはまた北陸新幹線の工事現場へ。金沢駅から西へ、白山総合車両基地までの11.8km、10工区すべてが新年度早期に着工されます。既に着工されている部分を含め、おいおいまたオッカケご報告します。
この日は野々市駅からさらに西の、田中道踏切へ来ました。ここは白山横江高架橋区間。新工区の入札はまだこれからだったりしますが、ここは東急建設や小田急建設系の企業が落札。
Img_107638z やっぱり地元ゼネコンより、中央の、しかも鉄道系の建設会社が受注できるようですね。北陸はゼネコンが不況下と大手の倒産で大打撃を受けてる真っ只中。こういう安定した公共工事は是が非でも関わりたいでしょうけどね。
この一帯は既に高架橋の地盤整備が済んでるようで、線路からこの道路までの間が高架橋下の幅になりそうです。
Img_107640z このあたりは路盤工事がところどころ、といった状態で、逆に視界は広がってるけど、たぶん新年度早々には槌音で一気に騒がしくなるのだろう。まだ使用されてないさっきの道路の路肩に停めて、撮ろうと思ったら今なら一日じっくり撮れそうです。


Img_107644z あと6年で北陸新幹線が開通するとして、この在来線の車両は第三セクターに移管されるかもしれない。ただ金沢以東がそうなっても、以西の福井方面はJRのまま。車両の所管や運行形態はどうなるんだろう。



Img_107656z しらさぎやサンダーバードも廃止にはならない。すべて金沢始発になるだけだと思う。そういうことからも、この681系や683系はまだ当分北陸本線を賑わすんだろうけど。




Img_107685z その代わりこの485系国鉄色は、ヘタすると今年から順次減らされて、2年後くらいには683系新番台から玉突きになった681系などの車両で「雷鳥」から退役させられそう。北陸スジから京都に戻っても、もうこのままの形態の定期運用は難しいかも知れない。
Img_107697z この「雷鳥」運用の485系は10編成が現存。とても貴重な存在で、全国からの注目度も高いけど、サンダーバードより多く停車して、大阪まで約3時間半。やっぱり乗り通すには疲れるようで、先日会社で社長のためにキップをプランしてみたら、あとで不興を買いましたw。僕も去年乗ったときは、全然平気だったけどもww。


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2009年2月22日 (日)

阿弥陀仏を買いましたよ☆

Img_107415z 県立美術館から、香林坊を経由して武蔵が辻まで歩いてしまいましたよ。
せっかくなんで、年末に1階だけ仮オープンした近江町市場へ久しぶりに入ってみます。古いアーケード街からビル化リニュアル工事が続いていた観光客にも有名な金沢市民の台所?どれほど様変わりしたでしょうか。
Img_107417z って入ってみたけれど、ビル脇のアーケード部は雰囲気は以前とほとんど変わりませんね。設備が多少新しくなった程度で、良かったのか悪かったのか。昔はとうに亡くなった叔母とかも勤めてましたが、観光客には珍しさと賑やかさで人気でしょうけど、あまり武蔵が辻に来ない市民からすると、あえて求めて来るほどのことはありません。
Img_107419z 品物は豊富で種類も多いけど、決して安いとは思えないんだなぁ。地物ばかりとも限らないし。
けど土曜で観光客らしき人たちで溢れてたんで、4月のグランドオープンに向けてぜひ繁盛してほしいですね。


Img_107425z そうそう、なかなか続きが撮れなかったラッピングバス。これまでひととおりすべて見かけてたけど、撮影するチャンスがなかったんで、今日はなんとか2台撮りました。
地元の北國新聞バス。うまく全体が写らなかったけど、後方にはCMに出てる金沢出身の田中美里の写真が。「能登の花ヨメ」にかこつけたCMが今でも流れててまぁ面白いっちゃぁ面白いけども・・。
Img_107435z 次は地元地方銀行、「北國銀行」バス。いちおう北陸は"きたぐに"ではあるけれど、東北や北海道よりは北じゃないね。それでも、神奈川の高校時代に、修学旅行で金沢に行くことになったとき、クラスメートから「きたぐに新聞」「きたぐに銀行」と揶揄されたのには閉口しました。都会の者ってそんなものww。
これで10種類のうちあと2種だけ。この武蔵のデパート「めいてつエムザ」「コカコーラ」バスだけです。
Img_104264s さて武蔵が辻に来たのは、横安江町の仏具店に行くためでした。実は故会って縁続きの古い仏壇を引き継ぐことになったので、先日自宅にそれが届きました。そして不足というか新しく代えたい仏具を買いに来たというわけ。
横安江町は浄土真宗東本願寺別院のある門前町。2年ほど前からアーケードを取り払って表参道を名乗って物議をかもしてました。家は確かに真宗大谷派だけど、別院には一度も行ったことはありませんw。仏具の知識も全くなかったので、ネットで最低限の情報武装をして来店。
Img_107442z 幸い親切な店員さんにやさしく教えてもらいながら、宗派に合った香台や燭台を選び、そしてせっかくなんでほしかった、木彫の阿弥陀仏の仏像を求めました。
真宗大谷派では、背中に頭光だけついたもの、西本願寺派ではさらに身光がついたものが正式なんですが、知ってました?

そして帰宅して安置したんですが、実は先週からの咳が止まらなかったのが、もしアレルギーだとしたら、この仏壇を据え付けてからの時期と合致します。そういやこの部屋に来てからよく咳もします。う~ん、なにか空気のせいなのか、それとも・・・。

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2009年1月31日 (土)

09年、鉄の始まりレポート 8

Img_107288z_2  さて、帰りの最終ダイヤ、20時12分発の上越新幹線で帰路につくと、越後湯沢駅に着いたら力の抜けるアナウンスが。踏切事故で北陸本線のダイヤが乱れ、折り返しの「はくたか」が何時に着くかわからないって。いつも長距離のこの往復、どんなアクシデントでもいつも覚悟してますから、またやってくれたな、とカラ笑いw。
Img_107282z_2 まぁおかげで、いつも短い乗り換え時間でゆっくり撮れてなかった越後湯沢駅在来ホームを激写することに。
北越急行ほくほく線のローカル電車、HK100形。時折見かけてても、乗ったことはやっぱりないです。柱にある時刻表を見ると、だいたい1時間に1本。「はくたか」と同じだけの本数とは、少なすぎ?どっちが主役かわかりませんね。
Img_107294z 上越線の115系も雪をまとって停まってました。ごくたまには見かけてましたが、撮れたのは初めてです。一度は越後湯沢で在来線に乗り換えて、ゆっくりローカル線で山越えして江戸に向かうのも乙なもんだと思ってます。まぁリタイヤしてからですかね。それまで鉄道が残ってればねw。
しかし今だ来ぬ「はくたか」を待って、自由席の列に寒いホーム上でたくさんの方が並んでいます。
Img_107300z とんだ旅行になってしまった人も多いでしょう。まして最終便ですから、待つしか手はありません。
幸いにも、30分ほど待ってやっと683系の3点ライトが見えてきました。冷たい中待ってた身には、とても暖かく見える希望の明かりですw。僕はあちこち撮りまわってたので、もう来たか、て感じですがw。そしていいアングルを求めて、ホームの端の雪の上にしゃがみましたよw。
Img_107320z それがこれ。スニーカーのままこの位置から一人撮ってるのを、つかれ切った他の乗客は奇異の目で見てたでしょうかw。





Img_107318z しかし1月中旬でも、越後湯沢の雪がこれくらいの積もり具合では、少なすぎですね。ひどいときは、ホームの端にうず高く積み上げられて、列車は走り出すと、まるで雪の壁伝いを通り抜ける感覚だったのを覚えてます。
結局今日31日までも、金沢市内の積雪はたいしたことありませんでしたし。
Img_107313z いずれにしても、やっとの思いでたどりついた「はくたか」北越急行所属683系。折り返しの車内清掃後、約40分遅れで発車。金沢に着いたのは日付変わって0時45分ころでした。おつかれさん。
今年になってはや2度の江戸参勤、鉄道レポートも長くなってしまいましたが、おつきあいありがとうございましたw。


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2009年1月30日 (金)

09年、鉄の始まりレポート 7

Img_106291z 今月ももう終わるというのに、12日の江戸の様子ですw。
都内某所、と言ってもわかりますよね。中央線E233系と丸の内線の02系が交差するところ。神田川の橋の上から撮りました。さて何橋でしょうw。
このあたりもじっくりと鉄道撮影散歩できたらいいですね。
Img_106373z_2 中央線緩行線の松住町架道橋です。交差点をまたぐため、橋脚が立てられないので支間を広く取れるアーチ橋が採用された、昭和7年竣工の橋です。二重のアーチが美しい、某所を象徴するランドマーク的存在で、映画やドラマにも採用される、デザインに優れた有名な鉄道橋です。
Img_106383z 某交通博物館跡です。つまり某旧万世橋駅跡なわけで。今でも屋上の中央線にはホームと引込線が残っていて、一部構内通路も昔のままの部分があるとか。
博物館としての役割は終えても、万世橋駅というモニュメントを部分的にでも復元して、準鉄道記念物として後世に残せる保存をしてほしいと思います。
Img_107270z_2 某所で某用事を済ませたら、めずらしいバスが通ったので急いでカメラを構えました。
これは都営なんでしょうか? 路線バスには間違いないようですが、都のマークは見えません。とてもおしゃれな外観で、都内のバスには珍しいです。思わず乗ってみたくなりますね。ホントはバスも追っかけるのは好きで、金沢の北鉄ラッピングバスも、まだ撮れてない4種類、早く写したいです(3種までは見かけはしました)。

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2009年1月29日 (木)

09年、鉄の始まりレポート 6

Img_106178z JR横須賀駅から約200m、京急久里浜駅で乗り換え。2年前の3月にインフルに罹って朦朧とした身体で上野駅で並んで買ったSuica・Pasmo共通化記念カードで入札。三浦半島はJRより京急が我が物顔で長い路線を走ってますが、いつも羽田から都心に向かうとき利用してる京急も、三浦半島では初めて乗ります。ここから成田空港までも繋がってるんだからすごいですね。
Img_106185z タモリ倶楽部でも以前紹介されてた、京急ファインテック久里浜車両管理区、まぁ車両基地ですね。京急が大発展を遂げたのは、やはり羽田や都心、成田との直通が叶ったのが大きいと思います。今ではその最新鋭の新1000系など、話題の車両や浅草線や北総線など多彩な車両が行き交う路線としても注目の的です。
Img_106187z 横須賀中央駅に着きました。初めて新1000系にも乗りましたが、これは平成14年登場のアルミ車の方。ドア開閉チャイムや各種バリアフリー、エコにも配慮した現代のスマートな車両でした。
横須賀の繁華街、中心部に駅があるのは京急の方。ここから歩いて、カレー本舗や三笠へ行ってきました。
Img_106263z 米軍基地脇をひた歩き、横須賀本港とヴェルニー公園を過ぎた街外れに、ようやくJR横須賀駅があります。京急の駅よりはそりゃ数段早く開業してますが、当時は港湾の物資を積み込む貨物駅としての役割もあって、この地に出来たのも必然だったようです。今はあちらに比べたらかなりわびしい感もしますが。
Img_106265z そのJR横須賀駅前に、京急のバスターミナルがあるのもなにか皮肉っぽくていいですw。海に面した駅前上空に、こうやって有料道路の高架が通ったのはなにか景観を損ねますね。



Img_106266z 横須賀駅のホームです。久里浜まで続くのは、ここから単線のみになるこのホームだけです。貨物の時代の名残として、引込み線が数本あり、今はジョイフルトレインの停泊地になってるようです。



Img_106271z 見慣れないジョイフルトレインが停まってます。帰って調べてみたら、JR東日本千葉支社の「ニューなのはな号」だそうで。よく見ると485系改造車じゃないですか。485系はもう、なんにでも造り変えられて、外観だけでは全くわかりませんw。
デビューして10年。お座敷やボックスシートにも、団体のニーズに合わせて座席を変形できるという、ユニークな電車です。
Img_106276z なんで千葉支社の車が横須賀にあるのかわかりませんが、横須賀線と総武本線はそれほどに密接ということでしょうか。10年選手なのに、テッカテカに光る車体はうらやましくもあり、利用回数が少ないのかな?という懸念もありw。
いろんな列車を見られたなつかしの三浦半島の旅でしたが、この日はまた横須賀線を東京駅までタダで戻りました。
あとまた、翌日の分をもうちょっとお伝えします。もう二週間以上前の話なんですけどw。

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2009年1月28日 (水)

09年、鉄の始まりレポート 5

Img_106132z 新横浜から横浜線に乗って横浜駅へ。って横浜ばかりですねw。
横須賀線を待つ9番線には、成田エクスプレス253系も入線してきました。海外旅行したことないので、成田空港に行ったことなくて、つまりはこの253系に乗ったことないです。それなのにもう、次世代車両に置き換えが計画されてるって。1991年デビューからまだそんなに経ってないのに、これはやはり、日暮里駅改装後の京成電鉄の新しいスカイライナー対策でしょうかね。
Img_106140z 戸塚駅に着いたら、おやめずらしい、東海道仕様のE217系が。以前東京駅でも撮りましたが、なかなか遭遇できない編成に逢えてラッキーです。




Img_106143z と思ったら、なんと次の大船駅では、さっきの編成を含めて、上り下りの両側に2編成ともE217系をツーショット。
こんなシーンはとてもめずらしいんでしょうか? それとも、僕が知らないだけで、もっとたくさんの編成が東海道色してるんですかね。
Img_106153z さて、すんごく久しぶりに横須賀線に進入しました。それも鎌倉から南に進むのは子供のとき以来?
横須賀線に毎日乗ってる人には当たり前でも、ちょっとめずらしい仕様があるので紹介すると、鎌倉の次の逗子で15両編成から4両を切り離して11両で先は進みます。それも後ろじゃなくて前を切り離すんです。僕は最後尾の15号車に居て、すいてるクロスシートでのんびり待ってましたw。
Img_106164z 東逗子の次の田浦はトンネルの間の駅。11両では収まりきらず、一部はトンネルの中に停まって乗降できません。それも前部が。つまり下りは久里浜方が、上りは東京方がです。帰りの上りは先頭にいたんですが、かなりトンネルに食い込んで停まったんで、そうとうの両数が乗り降りできないはずです。
Img_106168z 横須賀から先は単線なんで、横須賀駅の2線のホームのうちひとつは頭端式でした。横須賀止まりの列車はそこで停まるようです。終点の久里浜では、一つ前の写真とともに、ダイヤ上2線のホームの両方に停泊することも多そうです。
おや、よく見ると左右の編成のE217系、先頭車の顔のデザインが微妙に違います。製造会社の違いか、あるいは明らかな番台区別があるんでしょうか?みなさんは気づかれましたか?
Img_106175z 横須賀線の終着、久里浜駅です。あぁ、そういやここから、海まで2キロ歩いて(浜、というくせに海までまだ遠いんですよw)、東京湾横断フェリーで対岸の千葉県金谷まで行ったことあったんでした。たしか高校時代? 館山まで行ってのテニス合宿でしたよ。
当時の風景は全く覚えてませんね。ここらをぶらつくつもりでしたが、なにもないので時間がもったいなく、じゃ京急久里浜から横須賀へ戻ろうと、フリー切符の効果ない私鉄に乗り換えしました。
まだ続きますよw。

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2009年1月27日 (火)

09年、鉄の始まりレポート 4

Img_106051z さてやっと、レポートも東京駅に着きました。いろいろ考えた結果、富士を見ようとみどりの窓口で時刻表をめくって、こだまで約一時間でいけるとわかって早速乗り込みます。
こだまだと約半分の車両が自由席。指定に乗らなくてもこの早い時間なら大丈夫だよね。なにせ東海道新幹線でプライベートで関東方面から乗るのは何十年ぶりか。
Img_106057z 冬の7時前は日の出前後でまだ暗いですね。この時間から撮ってる人間はいませんでしたw。
最近の東海道新幹線は詳しくないので、ひかりやこだまはほとんど300系なんですね。700系やN700系に乗る機会はやっぱりありません。ムリすれば乗れますけどw。以前試乗のつもりで新横浜までは乗りましたよ。
Img_106059z 東京駅は一日中居ても飽きないでしょうね。10時ころの寝台列車の入線まで待てば、新在両方でたくさんの車種を撮る事ができます。でも今日はそんな気分ではありません。  ・・とか言いながら、結構撮ってますけどw。


Img_106061z 300系の車内です。車内風景は「鉄道ファン」なんかでもいろいろ掲載されて、旅情豊かに感じられるんで僕もホントは乗るたびに撮りたいんですが、やっぱり乗客が多いと遠慮してしまいますね。
今はほぼ車両にお客さんがいないのでチャンスとばかりに撮りましたが、この300系もいつまで現役でいられるんでしょうか。これも数回しか乗ってないんですけど。
Img_106121z 富士の風景は先日掲載したんで、もう新富士駅からの帰りです。
ホームの様子をあちこち撮ってたら、音もなく?突然N700系が猛スピードで通過。気がつくのが遅くて通り過ぎかけた写真になっちゃいました。通過列車の予告ってしないんですね。

Img_106122z 新富士駅へ行った証拠写真ですw。まだ戻りでも10時半なんですが、朝早くから行動してなにも食べてなかったんで駅弁を買いました。悩みましたが富士市富陽軒の「駿河ちらし」。630円でお手ごろ価格です。12月からの何回かの江戸参勤で、今まで平気に捨ててた駅弁のパッケージや包み紙を、取って置くようにしてます。東京駅の牛肉弁当なんか、冷たくてもすごくおいしくて、よく帰りの新幹線で食べたりしてます。包みは今度まとめてご紹介しましょう。
Img_106127z さぁ、戻りのこだまが着きました。やはり300系です。
新横浜で横浜線に乗り換えて、横須賀線から久里浜へ向かうことにします。




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2009年1月26日 (月)

09年、鉄の始まりレポート 3

Img_106043z 「北陸」14系寝台車の内部です。
B寝台の2段ベッドがズラッと並んでいます。狭そうですがこれでもまだましで、以前は3段ベッドでしたし、14系はベッド幅が70cmもあります。












Img_106044z 上段ベッドは上に跳ね上げられますが、時間の短い「北陸」では、最初からベッド仕様で供され、下の座席で知らぬ同士がくつろぐ、といった昔見かけられた旅情はありませんね。
転落防止のヒモがノスタルジックですw。
上段は窓はありませんが、廊下の屋根部に物が置けるようになっていて、その分下段より広い感じがします。








Img_106045z 洗面所です。ここも古い感じがしていいでしょ。
しかし変なところが最先端で、水量節約のため手をかざして自動で水が出る蛇口です。すると顔を洗うのに、いちいちセンサーの反応を待って水を出すので、間が持てませんよね。やはり洗顔は水出しっぱなしがいいですw。









Img_106046z Bソロの室内です。この日は2階の部屋が取れました。1階の方がまだ天井が少し高いので、通常1階優先のようですが、僕は2階が好きです。高いところ、という子供が好む?理由だけでなく、入口が通路側にあり、ムダに明り取りの窓がやはり通路側にあって、人通りが気になる1階より、密室感があって落ち着くからです。
Img_106047z いちおう、背もたれと肘掛のある椅子?があるんですが、22時18分発、6時19分着では、座ってる間もなく、すぐベッドに横になりますね。
それに申し訳程度の読書灯だけでは、いまいち暗くて本も読みにくいので、部屋の明かりはだいたいつけたままです。
Img_106049z 2階はこのように、枕木平行のベッドと部屋に、垂直向きの入口があります。隣の部屋がちょっとだけ見えますかね。
外の窓がカーブしててかっこいいでしょ。まぁだいたいブラインドしてるんですけどね。
物入れのヘコミがその横にあって、その下にバッグを置いたんですが、実はそこに暖房の噴出し口があって燃えるほど熱くなりかけました。ここは気をつけなきゃいけませんよ。
Img_106050z Bソロのスハネ14の廊下です。入口が見えるのは1階の部屋です。ホテルの部屋のように、中の向きが互い違いになっていて、2部屋ごとに小さい階段があります。
それを登りきると、両側に2階の部屋があるという仕組みです。
シャワー室のある2号車は14室で、他は20室あります。

いかがでしたか。寝台車に乗る機会はあまりないでしょう。僕みたいな物好き以外ではw。

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2009年1月25日 (日)

09年、鉄の始まりレポート 2

Img_105997z 10日夜10時の金沢駅では、やはり最近「撮り鉄」さんたちが増えてきました。ちゃんとした人はホーム上が暗いので三脚持参です。僕はこれから列車に乗るので持ち合わせてませんが、いつか江戸へ行く際にも、三脚担いでいきたいと思ってますw。


Img_106008z 彼らのお目当てはこれ!
今や貴重な財産となった、国鉄色ボンネットの夜行急行「能登」489系と、この世から消えてなくなる危険にさらされてる、ブルートレイン寝台特急「北陸」EF81と14系客車です。
この希少な2車が揃ってランデブーするのは、約20分間も並んで撮れるここ金沢駅だけです。上野駅は一瞬でしかもホームは2本先だし、先日の眠れぬ「能登」で、長岡駅では能登出走の後「北陸」入線を確認しましたw。
しかも同方向へ向かうくせに、「北陸」の入線は小松方からEF81を先頭に、ですが(乙丸の金沢車両所に停泊中は小松方にEF81は連結。一度西金沢方面へ走りぬけ、機関車を付け替えてから入線してることになる。いつか確認してみたい)、「能登」は富山方の金沢車両所から入線。そのときはこの先頭車は後方確認灯の赤いランプ。このように両車ともヘッドランプが並ぶのはほんの数分のことです。
Img_106024z さて入線時におもしろい動作を発見。実は列車を入線させるのは、JRの外郭会社ジェイアール西日本メンテックの社員(必ずしもそうではないですが)。この「能登」に乗務する車掌は金沢駅のホームから乗り込みます。普通の電車なら、乗務員扉から入れ替わりで乗ればいいですが、誰も乗っていない客車なら?
偶然見ていると、5号車の写真中央下部のフタになっているところを開けて、そこにある扉開閉レバーをひねって扉を開けてました。今更に見かけた新発見ですが、だからといってイタズラしたらいけませんよw。
Img_106027z スハネ14 755は、Bソロ寝台車です。普通のB寝台は白線ですが、A寝台同様の金線が車体を流れています。屋根近くまで2階の窓があってカッコイイですw。
「北陸」は14系寝台車が8両。AシングルDXのオロネ14が1両。最近人気の高いBソロ スハネ14が3両。なぜなら首都圏往復フリー切符でBソロまで乗れるからです。週末のキップは発売開始である一ヶ月前に速攻で売り切れます。
あとB二段寝台がスハネフ14が3両とオハネ14が1両です。
Img_106028z 「北陸」用には、この日上野から出る別編成の、毎日2編成と、予備車の1両、計3両しかない14系A寝台シングルDXです。富士・はやぶさが廃止されると、もうこれしか残らないです。
この日は14系8両すべてをじっくり撮っておきました。

Img_106035z 7番ホームには富山行き「しらさぎ」が入線。新旧の車両が揃い踏みです。2番線には485系3000番台の「北越」も居ます。普通列車もいて夜の10時台の金沢駅はとても賑やかですよ。

日付が変わったら、「北陸」14系寝台車の内部を公開ですw。


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2009年1月24日 (土)

09年、鉄の始まりレポート 1

Img_104862z また寒くなってきましたね。外は久しぶりに雪が積もりだしました。今週末はおとなしくしてますんで、今年に入って2回出かけた関東への、鉄道レポートをやっとたっぷりアップしたいと思います。
最初は10年ぶりに乗った「能登」。自由席だったんで489系トップナンバーの先頭車に座りました。金沢駅のホームはなにしろ暗いんで、写真写りも悪いんですが、さすが上野駅に着いたら明るいホームで色温度も正確に撮れました。
Img_104863z 出発のときは5分ほどしかタイムラグのない「北陸」と、上野に到着すると20分も早く着いてしまうんですね。そのため「北陸」が6時19分に着くころには、折り返しの準備の出来た「能登」はさっさと尾久へ向けてホームをするするっと滑り出してしまいます。両車を一緒に撮るチャンスはほんの一瞬です。だから明るい上野駅で「能登」をじっくり撮るためには、それこそ「能登」に乗るしかないんですw。
Img_104872z 上野駅地平ホームには、東北地方からの出稼ぎや集団就職などで賑わった往時をしのぶ、石川啄木の歌碑が今も健在です。
「ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを 聴きにゆく」

これだけ足繁く通ってるんだから、僕も一句ひねってみたくなりましたよ。

「ふるさとと 鉄路がつなぐ 江戸の朝」
Img_104877z そろそろ「北陸」が到着してきました。直流路線を長岡から走ってきたEF64 1053は、最近の希少となったブルトレを慈しむ時流に乗って、大宮から出場してきたばかりなのか、ものごっつピッカピッカです。この早い時間に上野で見られるブルトレは「北陸」のみ。どうも連日、たくさんのカメラマンが待ち構えるようになりました。
Img_104882z ほら、これ、見てください。この角度だけでこんなに居るんですが、列車正面や別角度をあわせると、60~70人くらい居ます。朝の6時20分です。大げさではありませんw。僕自身はもう何年もこうやって江戸へ通って?るんですが、年々増えてきましたね。撮り「鉄」だけじゃなく、一般の人たちもノスタルジーと希少性を感じて駆けつけてるんじゃないでしょうか。まだ廃止なんて全然決まってないのにw。まだ当分「北陸」は需要があるので大丈夫ですよ。
Img_104887z この日は三郷へ行くのに武蔵野線に乗りました。沿線は放射状の路線を横断する郊外路線なので、都市部と拓けたところとが繰り返される感じでめまぐるしかったですね。こうやって路盤に立ち枯れた雑草もはげしく茂ってますし。
山手線から駆逐された205系のこれは5000番台?関東近郊は、地方者からするとどこも似たり寄ったりなんですが、やはりちゃんとそこここの"色"というか"空気"が違う感じがするのが、ようやくわかってきましたよw。

では次は11日~のレポートです。

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2009年1月 1日 (木)

あけましての、石川線レポート2

Img_104724z さて、そんなに待たずに頂上到達。ここで上の駐車場からの参拝者と合流するのだけれど、全く混乱なく自然と流れました。石川県民の奥ゆかしさもあるんでしょうかw。去年の浅草寺のことを思えばとてもおとなしくて静かな行列w。


Img_104729z 警察が出てて参拝制限と交通整理してるけど、ほとんど必要ないくらい。いつも2年参りはこんなもんなんだろうか。MRO北陸放送のテレビクルーが撮影してたけど、例年のことなんでしょう、特段のニュース性のものを追っかけてるという雰囲気は感じられません。
そぼ降るミゾレにみなさん寒そうにしてたのもあってか、ホントは不景気のときには初詣客多くなるはずなのに、金沢市内の神社より少ない気がしますね。





Img_104734z 拝殿にはいっていよいよお参り。このときも場内放送で二礼二拍手一拝を誘導され、御祓いを全員にするなど余裕の体。
なんだかギュウギュウの押しあいへしあいを期待?してたのに拍子抜けです。やっば石川県は人口が少ないんでしょうか。。
Img_104739z お守りを買う列は長く待たされるほどでしたが、左隣の別の棟では待たずに買えました。この辺も要領ですが、あまり居残っても風情が感じられず、早々に帰りの電車に乗り込むことにします。
病気平癒2個と心願成就2個と交通安全とお札で6,800円也。いい商売ですねw。自分の分は交通安全とお札だけです。
Img_104749z 加賀一の宮駅では、普段は無人化されてしまったのに、今日は3人以上出張っています。無人化前のようにキップも手売りしてました。これだけの活気がせめて平日通勤時や休日にでもあれば、廃止の心配もないでしょうに。今北陸鉄道では国土交通省への申請で11月の廃止時期を少しでも前倒ししようとしています。逆に地元民は廃止撤回を上申するなど、実際はどうなるのかまだ混沌としています。
まぁ廃止自体は避けられないでしょうけど、僕らみたいな「鉄」にしてもこんなときしか来ないんじゃぁ(こんなときでも少ない!)、廃止しないで、という声も大きくは言えませんね。
帰りも野町駅から歩いてしまって、却ってハイになって結局4時まで眠れませんでした。
昼間は例年どおり金沢市内の初詣と金沢城へ出向きましたよ。

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あけましての、石川線レポート1

Img_104735z みなさん、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
今年はいろんな意味で厳しい年となるでしょうけど、こういった趣味の広場では楽しく前向きな話題でいきましょう!
さて、宣言どおり北陸鉄道の初詣列車に乗って、加賀一の宮である白山比咩神社にお参りに行ってきました。なかなかハイで眠れないので今のうちにレポートしますw。
Img_104678z 野町駅まで歩いて30分。えぇこの小雪降る寒空に犀川沿いを歩いてきましたよ。
加賀一の宮駅に新年変わる30分前に着く22時58分発のダイヤは一番混むと思ったんですが、駅に着いてみると電車は入線していたものの10数人しか居ません。周りも暗く、かろうじて改札に赤い横断幕を掛けてあるだけ。やはり電車は金沢では利用する人はわずかなのか・・。
Img_104682z モーターが始動する前に、係員が屋根に登ってパンタ周辺を点検しだしました。加賀一の宮駅に着いても同様の行動があったので、なにか異常な点があるのかもしれません。結局運行には問題なかったんですが、貴重なシーンを撮れた気がします。
連絡バスが着いてから、案外に乗客が増えて、ほぼ座席満杯の80名くらいの乗車で出発です。
Img_104687z 今日はワンマンではなく車掌が乗務。途中無人駅から乗り込んだ乗客に、キップを販売しています。昔路面電車などでよく見た光景ですが、最近ではとても珍しいですね。石川線でも今日から3が日だけのことでしょうから、来年以降はどうなるかわかりません。
乗車地点と収受料金にパンチするんですよ。
Img_104688z なんやかやで、途中駅からかなり人も乗り込み、通勤列車並みに満員になって加賀一の宮に着きました。やれやれですが、「鉄」とおぼしき人は、僕を含めて2~3人くらい。もう少し「鉄」業界?でも話題になってもいいと思うんですがw。
このダイヤは石川線で1編成のみの旧京王井の頭線3000系の7700系。裾がすぼまってるんで、ホームとの間がかなり空いていて結構危険です。子供など怖がってだっこしてもらってました。
この光景は多分、僕はもう見ないことでしょうか。
Img_104699z 加賀一の宮駅前です。テントが張られてていつもと雰囲気が変わってましたが、まだ日付が変わる前だし、人は幾人かいるものの静かな周囲でした。
「テロ警戒中」の看板がかなり目を引くので、意趣半減ですw。


Img_104715z 加賀一の宮駅前には、こんなふうに長く続く白山比咩神社への参道があるんですが、もっと坂の上に、境内からすぐの広い駐車場があります。そこからの参詣者も居るでしょうから、わざわざこの暗い坂の参道を登る人の方が少ないんでしょう。
しかし行き着いたところ50mほどの列があって、そこで新年を迎えることになりました。はっぴはニューがいいや。





つづく?



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2008年12月30日 (火)

最後の初詣列車に乗る予定。

Img_104677z 30日の今日は朝から大掃除です。でも外は大荒れの天気だから飾りつけはやめときます。いつも全くやらないところの掃除は気持ちはサッパリするもののやはり疲れますね。1階を今やっと終えて、2階部分はどうしようか、といったところw。
そこで先に記事を書くことにします。以前にもお伝えしたように、北陸鉄道石川線の終端部、白山比咩神社直近の加賀一の宮駅は来年秋には廃止の憂き目となりました。毎年年始には初詣列車がダイヤ組されるのに、今まで利用してきませんでしたから、とうとう最後のチャンスということで、大晦日の晩から乗り込もうと思います。
お得な往復前売券も発売。電車線全線となる、野町駅から加賀一の宮駅まで往復850円。また今年は、金沢駅から北鉄バスを利用するとセットで1200円のチケットも販売。共に臨時ダイヤを用意しています。電車線は元旦は大晦日深夜から24時間、約30分間隔で終日運転。赤字路線が一年の中で唯一の書き入れ時、でしょうか。どの時間帯が一番混むのか気になるところですが、天候もずっと悪い予報。無事たどり着けるかも判りませんが、0時のお参りが済めばさっさと帰りたいところですw。当然その勇姿を撮影しにも行くわけだけど、嵐だったらムリかも知れません。期待しないで待っててくださいww。

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2008年12月21日 (日)

一年ぶりの「てっぱく」!!

Img12010s 土曜はまた「鉄道博物館」に行ってきました。開館以来の一年ぶりの来訪です。あのときはオープン間もなく、すごい人であふれてたけど、一年たったから少しは空いたかと思って、あのとき廻りきれなかったエリアに行ってみます。


Img12014s そのひとつが、この「模型鉄道ジオラマ」。すごい行列待ちで時間がなくてあきらめたここだったけど、入場のしくみがやっとわかって今日は時間を見越して入りましたよ。

特別な30分の解説ステージが日に四回くらいあるのに行列してて、その間の入退場は不可。それ以外の時間はフリーで、10分くらいで済むDVD解説が繰り返される。それに入りました。ちゃんと日の出から深夜まで、一日のシーンが600両という迫力ある広いジオラマで展開してましたよ。
Img12105s 企画展では特急型電車の歴史をやってて、151系から485系の全国展開。現在のJR各社の新型車両までそのすべてをあますとこなく。

北陸スジでは、雷鳥の国鉄色485系はもちろん、583系きたぐにや489系能登も現役で走ってる「イマ」なんだけど、この関東だともう歴史の一部になっちゃってるんだろうね。めずらしがられてもねw。583系の三段寝台のしくみに皆さん驚いてたww。
Img12114s 仮想上野駅で切符切りのおじさんは、国鉄OBのボランティア。僕の50Dに興味もたれて少しお話を。全国の山を登られてカメラがご趣味だそうで。お元気そうでなにより。最近平日の昼間ならさすがに来場者も少ないそうで、ボランティアさんたちは、週末はすぐ予約でいっぱいになるSLトレインシュミレーターをたっぷり堪能できるそうですよw。プロの目からみても、とてもクオリティ高いシュミレーターだって。向谷さんすごい!!
Img12119s_2 先日お亡くなりになったO系。ここや大阪の交通科学博物館で静態・カットモデル保存されてるだけだと、かなりさみしいね。SLだって動態保存、走行させてる区間もあるのに、新幹線と言えどぜひどこかで動態保存してもらいたいと思う。浜松工場でもいいから。どれだけ国鉄・JRがこの車両で儲けさせてもらったと思ってるんだ~、と言いたいくらいw。

この日は前回廻れなかった三階や屋上からのビューなど、つらつら廻ったけど、確かに人出も落ち着いてレストランとかも待たずに座れるくらいにはなった。しかし各種体験アトラクションは完全予約制で、しかも一日のキャパが少なすぎてすぐにいっぱいになる。ふらっと寄った人は絶対体験できない。それと見学の動線が複雑すぎて初めて来た人は廻りきるのが難しい。食堂・弁当屋があちこちに点在してて場所によって繁盛・ヒマが極端に出てる。

など不満?というか改善したら?というとこが結構目に付いた。開館一年で200万人突破の超ビッグ博物館なんだから、ぜひあぐらかかずに永く続く僕らの夢のスペースであり続けてほしい!

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2008年12月14日 (日)

北陸新幹線、金沢-福井延伸認可へ

Img_88433z 整備新幹線の延伸について、2009年末までの認可区間をこのたび与党がとりまとめ、政府も合意する方針となった。
北陸新幹線について具体的言うと、金沢以遠について敦賀まで一括延伸を陳情していたものを、金沢-福井延伸、敦賀駅部整備、に段階を踏んで申請。認可取り付けを容易にすることにした。また、特に森喜朗氏の根回しで、2009年度末ではなく年末、にしたところもミソ。認可が済めば9年度内の着工も実現を帯びるという。
今回は北陸だけでなく、北海道新幹線も札幌-長万部間、九州新幹線の長崎駅部も対象となった。ひとえに選挙対策がみえみえだが、なんでもいいから早々に認可・着工と進まないと、北陸は特に東海道のバイパス機能という、東海道新幹線開業直後から叫ばれてた必要性が達せられない。東海地震は来ないほうがいいが、万一のときは重要なルートとなる。
しかし財源についてはまだ不透明な部分が多いのも確か。現在の試算で今回の認可区間3線あわせて1兆2000億円というが、見通しが立ったのは半分の6000億円という。地元へのさらなる負担増は今後避けられないと思うが、地方というのはそれでもインフラの更なる整備を求めるものです。

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2008年12月12日 (金)

50Dで江戸を撮る! 2

Img_102287z 「北陸」で上野に着くのは朝6時19分。14番線ではやはり、にわか撮り鉄で最近はいっぱいになってます。
ちょっと時間までいつももてあますので、関東鉄道乗りつぶしの小旅行に出ています。今回は新京成電鉄へ。
上野からそのまま常磐線で松戸まで。そしてここ松戸駅の新京成ホーム。関東ローカルの電車は茶目っ気のある顔をしたのが多いです。これは古い型の昭和53年からの8000系。決して大きい路線ではないですが、千葉ののどかな田園地帯を通って都市間を結んで、学生たちも多く乗り込み地元の貴重な足になってるのがよくわかります。
ホントは終点京成津田沼まで行きたかったですが、富岡八幡宮など寄り道の時間もあって、北習志野で降りて東葉-東西線で門前仲町へ向かいました。
Img_103299z 台場ではM氏とラーメン国技館で食べてから、夜景にチャレンジ。今週からレインボーブリッジも特別な照明になったそうで。
ここから見ると東京タワーもちょうど重なって、都会のきらびやかなナイトビューに、この周りは実は人だらけw。塀の上にカメラをタオル越しに置いて、ゆっくりシャッターを押す。ブレは限りなく抑えられたかな。
Img_103306z 50Dで、いつかは江戸でもちゃんと三脚を使って夜景を撮りたいとは思うけど。何回か露出を調整しながらベストショットを。感度はオートでISO1600になったけど、少しも荒れた感じは見受けられない。



Img_103309z ちょっと開くとこんな感じ。これも雰囲気出てていいね。
まぁ今回は久しぶりにこられて、誰かさんの元気な顔も見られたんでホッとしました。けど明日もつづくけどね。






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2008年12月10日 (水)

金沢駅、夜10時

Img_102265z 週末はまた江戸へトンボ帰り? 金沢に24時間も居ませんでしたw。
プライベートで行くのは4ヶ月ぶり。「北陸」乗車も久しぶりです。JR東日本が、寝台牽引の電気機関車をJR貨物のEF510導入によって、EF81など置き換えるとの発表がちょうど先週あり、この赤いマシンもあと一年ちょっとかと思うノスタルジックを背負いつつ発つことにします。
Img_102281z 489系の「能登」もいつまであるかわかりませんし、金沢駅の夜10時に集う、新旧のこの車両たちの図柄はいずれ、思い出の彼方に消えてしまうのでしょう。北陸新幹線と引き換えに。

まぁそんなことはさておき、このところ出発前の列車を撮りに来る人が増えてきてるように思います。それも三脚担いだ本格的な撮り鉄から、コンデジや写メなどお手軽派までさまざま。
Img_102273z まぁ鉄ちゃんは僕をはじめ、気ままに目的の電車をいつ何時でも追いかけるのを楽しみにしてるもんですが、一般の人にもこのいずれ見られなくなる車両たちなどを容易に出会えるように、なにかしら簡単なガイド的なツールで提案できる方法を、JRや各自治体に考えてほしいですね。
現在「鉄」のメッカとなっている北陸を、もっとそのことでアピールしてもいいと思うんです。
Img_102272z それこそ各地方に既にある、鉄道遺産を使った「博物館」的なものをこの北陸にも造れたらいいだろうし、動態保存する路線を残してもいいでしょう。新幹線開通後、第三セクターになってしまう在来線の赤字化が今から懸念される中、少しでも利用客を繋ぎとめたり、魅力的なスポットとして遠方からの集客を図ったりするのにいい方策と思いますが。
のと鉄道では穴水駅構内で運転体験できるコースを設定したりしてます。
Img_102276z 江戸へ行く前に、金沢駅でたくさん撮らなきゃいけないので、つらつら北陸の鉄道の今後を考えてしまいましたが、いつまでもこの状態を続けられないのがわかりきっているので、つい余計なことを書いてしまいましたw。
そういやあのころ響子さんが上野から飛び乗った急行「能登」は、14系客車でしたなぁw。

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2008年11月30日 (日)

同い年の「0系」最後の勇姿

Img_88237z とうとう新幹線「0系」いちおう最期の日がやってきてしまいました。ひととおりニュースも見ました。
前もってわかっていても、なかなか山陽道まで行くことが出来ず、指をくわえているしかありませんでした。なにしろダイヤ的にも新大阪口で、早朝深夜しか逢う事ができないのでは、遠くの者としては制約が多すぎです。
ザンネンながら廃止が話題になってからついに行けませんでしたが、僕と同様東京オリンピックの申し子として生まれてきたw新幹線「0系」、引退となると自分の身に重ねて衰えを感じずにはいられません。やむなく写真は東京駅のN700系と700系です。
0系は下に紹介した本を買ってDVDで懐かしむこととします。東海道スジとあまり縁がなく、0系に乗ったのも多分数えるほどしかありませんでしたが、みなさんの思い出はいかがなものでしょうか。

追憶 新幹線0系 (キャンDVDブックス)

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著者:持田 昭俊

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2008年11月15日 (土)

初の山口へ出張旅行1

Img_101574z 今週は出張に行ってきました。それもほとんど観光旅行みたいでしたがw。
江戸以外の遠出はホント久しぶりです。山口県は足を踏み入れるのも初めてでしたが、山陽新幹線も5年ぶりくらいですね。
新大阪駅を8時30分くらいに行かなければならないので、北陸本線ではサンダーバードの一番電車でも間に合わないところ、待ち合わせの「のぞみ1号」に京都から乗り込むことでなんとか解決。
Img_101587z だからこの写真は京都駅です。のぞみ1号はもちろんN700系。あっ、この車両は1号じゃありませんよ。早朝に数分毎に入線してくる東海道スジの新幹線は、山手線並みの過密ダイヤですね。中間駅の京都でもそれはヒシッと感じます。北陸新幹線のダイヤグラムはどういう頻度になるでしょうか。
Img_101625z せっかくの山陽新幹線乗車ですから、今月にとうとうなくなってしまう「0系」を写したかったですが、新大阪でも早朝深夜しかお目にかかれないダイヤだし、今回は代理店主催の団体行動なので断念です。
ちょっと今月中にまた関西に来るのはムリっぽいですね。
Img_101664z 工場見学があるのですが、まずは広島で乗り換えた「こだま635号」で新岩国へ。
いきなり観光ですw。駅からすぐの、有名な錦帯橋です。ホントなら、そこからすぐ山頂に見える岩国城へ登りたかったですが、滞在わずか30分ではロープウェイにも乗れませんw。
しかしこの一泊二日の行程すべて快晴の、秋のさわやかな絶好の観光日和でした。さすが晴れ男ですな。
Img_101674z ところで、岩国といえばシロヘビだそうです。初めて知りました。藩政期になってから発見され、有益で幸運を呼ぶ守り神として大切に保護されてきました。今では国の天然記念物として、保存会が施設で飼育管理しています。なぜこの辺一帯だけで生息してるのかは謎のようですが。脱皮した全身の皮も展示してありました。キモイですか?
Img_101691z さて肝心の錦帯橋です。この錦川が度々増水するので、藩政期に毛利家の分家吉川家3代広嘉が、頑丈な湾曲した橋を造らせたのが始まりだそうです。
以来近代昭和25年の台風まで流されなかったようです。

Img_101696z それでも2001年から順次、このほとんど木だけで造られた橋の架け替え工事が行われ、そういやNHKでその伝統技術の特集番組していたのを思い出しました。
複雑なアーチの木組みを丹念に計算して組上げていく労苦は、橋桁の下の部分を見るとよくわかりますね。
橋は通るのが有料で、往復300円です。スロープの急なところは階段状になってました。
Img_101705z わりと早い時間だったので最初すいてましたが、戻りになると修学旅行生がわんさかやってきました。引率の先生たちが僕より明らかに年下なのにちょっと愕然??
奥の山頂に見えるのが岩国城です。行ってみたくなる距離でしょうw。ロープウェイ駅の向こうには、白山比咩神社があったと後で気づきました。これは行くべきでした。

このあと昼食をいただいて、さぁ工場見学です。
Img_101712z 工場とは、製紙工場で、岩国からすぐ隣の広島県境、広島県側の大竹市にある、日本大昭和板紙大竹(北)工場です。今年の春まで三島製紙のものだったんですが、日本製紙グループの複雑な合併経緯から、今年にグループ会社と生産工場分社化を整理統合、隣接する元々の日大板紙大竹工場と同一化されました。
工場内は撮影禁止なので外観だけですが、昨今の不況下から生産用紙のダブつきのため、現在休転中。倉庫内にもたくさん製造後の用紙があまってました。
Img_101720z 逆に今、休転を利用してオーバーホール中のマシンの作業を垣間見ることも出来たのでよかったですが、こんなのが何ヶ月も続くと大変なことになりますよ。
工場群のある大竹港です。ここから出荷することもあるようですが、近隣には別の業種の工場も林立し、北工場と本工場との1.5kmの間に、ボイラー蒸気を融通するパイプラインが他社の敷地を通っているのにはオドロキました!
バスからで撮れなかったですが、左枠外には宮島がでっかく見えます。
Img_101730z 日本大昭和板紙の大竹工場の方です。正面にみえる高い構造物は建設中のバイオマスボイラー。チップからパルプを精製するときに出る黒液を燃料として再利用する、近年はやりのエコな施設です。最近はバイオマスボイラーはどこの工場でも常識になってきました。
製紙工場って昔は臭いがひどいって印象だったですが、最近は処理が進んでてあまり匂いません。
Img_101738z さて一気に山口県の中央部、瀬戸内海に面した宇部市にやってきました。ここは宇部興産の企業城下町。専用道路もあって一般の人は利用できないといいます。ビックリですね。
翌朝のホテルの部屋からの眺め。沿岸は工場だらけです。この日も一日いい天気でスタートですw。


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2008年11月 6日 (木)

連休最後の金沢駅☆

Img_101364z 姉を送りに金沢駅のホームに来たけど、レポート魂は忘れないw。
連休最後の文化の日では、街中も相変わらずイベント三昧のようだから、白山ろくから国道ぞいに大きく迂回して金沢駅に着いた。その方が早かったろう。ホームでは観光帰りの乗客で混雑中。
写真は北越急行所有の681系スノーラビット。9両全編成同系のキレイな編成。時々基本6・増結3がJR西と混成することがある。この直後この手前の増結3両が和倉温泉へと旅立った。
Img_101368z 先日から金沢駅では、ホームの列車案内係りとして、女性が各ホームに就いている。前日は姉を迎えに来たとき、金沢止まりのしらさぎの入線が、このホームで良かったか早速尋ねてみたところだ。電光掲示にその次の列車しか表示されなかったからだが、「直前に点きます」というお応えはホントだったw。
おやっ?その後ろの列車、珍しいねぇ。
Img_101374z 思わず、姉を送ったあと一人でこのホームにやってきた。こりゃキハ65「シュプール&リゾート」。今はまだシーズンじゃないから、いわゆる団臨だな。七尾線まで電化したから、金沢駅では気動車はめずらしくなってしまった。京都総合運転所所属で定員56名(1両あたり)とあるから、ちょっとした会社の団体旅行として、そうだ列車を貸しきるってのもいいなw。
Img_101378z 反対側では、サンダーバードの連結作業の真っ最中。和倉から来た増結編成との合体だけど、金沢駅では毎日何回も行われてる。しかし旅行者にはメッタに見られない機会だろうから大勢で取り囲んでるよ。けどこっちも何度見てもやっぱり注視しちゃうね。
家族と付き合う自由のない週末だったけど、ちょっとの隙をねらってシャッターチャンスを追っかけてました。まだ続くけどね。

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2008年11月 5日 (水)

加賀一の宮駅、栄枯盛衰?

Img_101321z 先日紹介した、廃止が決定的となった北陸鉄道石川線の終点、加賀一の宮駅へ行ってきた。と言ってもこの週末は仕事と法事があって、自由時間はほとんどなし。3日に長姉を送りがてら、母親と次姉と姪も連れてドライブとなったわけで。
旧国道ぞいにひっそりと建つ風格ある和風建築は、杉崎行恭氏の日本の名駅舎100選にも選ばれている。
Img_101323z 唐破風の玄関も貫禄のある駅舎は、昭和2年の建立。金名線の華々しさ、白山比咩神社への玄関口として、隆盛を誇ったよすがが偲ばれる。
何もなければタイムスリップした感覚も魅せられると思うけど、「テロ警戒中」はいただけないw。
昼間で、広角といえど18mmではここまでが限界だけど、yamaさんのブログでは幻想的な夜景の撮影をされています。サスガですw。
Img_101327z 連れがいるから駅舎を見るだけのつもりだったけど、運良く1時間に一本の電車が入ってきた。乗ってここまで来るのはまた次回にしようと思うので、あまり写さなかった。
しかし偶然には驚いたが、ここで以前の会社の同僚Y氏とばったり会った。わりと近在に住んでるので、逢わないこともないと思ってたけど、彼もシャシンが趣味のようで、Macのノートから白山の紅葉の画像をたくさん見せてもらった。やはりそんな雄大な画は、そこまで行かないと撮ることは出来ないw。
Img_101336z 廃線のニュースのおかげか、休日のこの日に鉄ちゃんらしき数名が降りてきて、にわかに賑やかな駅周辺に変わった。しかしそれでも数名が限度w。
駅舎前では、マーライオンばりにどこかの子供が車酔いのリバースを大量に披露。我が女どもは僕とY氏の話し込みにかまわず、駅横で長話。一気に騒々しくなった。まぁ時間の余裕はあるから、今日一日は姉にあげたつもりでゆっくり行きましょうか。
Img_101339z ホントは駅の上の白山比咩神社へ来るのが目的。姉に久しぶりに参詣させてあげたかった。初詣に来たことはないが、今年は最後の初詣列車で訪れてみたい。
あっ、忘れてたけど今は七五三の季節。ちっちゃい和装のお子ちゃまたちが入れ替わりでやってきてた。七五三はしてもらった記憶はかすかにあるが、和服など着たことないのは間違いないw。
Img_101340z せちがらいご時世なので、そんな子たちに何気にカメラを向けたら怪しまれるのでw、写してません。
しかしこのビッグな絵馬?には驚いた。版権ムシと思われるメジャーな主人公勢ぞろいで、こんなんアリでしょうか。

Img_101342z 白山比咩神社は今年御鎮座二千百年。10月にはさまざまな奉祝行事が行われてたけど、行く余裕はなかった。しかし今日は明治節。本殿では礼祭がひらかれてた。ちょうどいいタイミングだったのでこちらをちょっと失礼させてもらったよ。

このあと吉野谷まで手打ちそばを食べに行ってから金沢駅まで。


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2008年10月26日 (日)

「麻生」にしてやられたw。

Img_101071z 九州新幹線で高架橋に剥離や脱落の恐れがあるパネルが使用されていた問題で、鉄道建設・運輸施設整備支援機構は、他4箇所の高架橋でも使われていたと発表があった。
九州新幹線の新八代-鹿児島中央間では、53工区に及ぶ地点で問題のパネルが使われ、目視や打音検査を早急に行い、安全性や耐久性に問題がないか調べるとのこと。
この九州新幹線以外の4箇所とは、東北新幹線の岩手県二戸の晴山高架橋、つくばエクスプレスの埼玉県八潮市、木曽根高架橋。それに現在工事中の北陸新幹線、石川の金沢高架橋と、写真の津幡町、倉見高架橋です。東北新幹線の高架橋では、二枚のパネルに剥離による最大5mmの隙間があったという。つくばエクスプレスの全線についてはまだ調査中。現在走行中の路線で危険な状態というのも問題だが、ここ石川の工事がとっくに完了してるはずの2本の長い高架橋の点検と、必要とあらば再工事となり、また開通が遅れてしまう可能性も。
その問題のパネル材は、麻生総理の実家の会社「麻生」が製造・販売した「ASフォームI型」。森元総理からすれば、恩を仇で返されたようなものかw。早急の対策が求められる。

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2008年10月24日 (金)

北陸鉄道石川線、部分廃止決定!

Img__5648z 今日、他の地域の人にはどうでもよいことですが、天変地異、驚天動異なニュースが石川県を覆いました。あの北陸鉄道石川線が、部分廃止を届出したのです!
金沢市内の野町から、延長15.9kmのうち、鶴来駅以南の加賀一の宮駅まで2.1kmの廃止を北陸信越運輸局に届出ました。当初予定として来年10月31日までです。
北陸鉄道は戦前の統制令で石川県内の民間鉄道がすべて合併して出来た会社で、それぞれの路線が不統一に点在し、効率運用が出来ずじまいで経営環境は当初より厳しいものでした。
Img__5651z 石川線は以前は旧吉野谷村の白山下まで路線があり、金名線と名乗り名古屋まで延長するという、壮大な計画がありました。80年代に災害で橋梁や路盤が崩れ、なし崩し的に廃止、加賀一の宮までとなったのです。
急遽、3年前の写真を引っ張り出しました。思えばこのブログの初レポートもこの石川線搭乗記でしたよ。あれ以来、2度ほどしか乗ってないので何をかいわんや、ですな。
Img__5653z 現在の利用者数は、10年前より25%ダウン、最盛期の1/5だそうです。毎年5900万円の赤字、この廃止区間の平日の乗車数は列車あたり5人、と言われれば、地元の惜しむ声があろうとも、やむをえないのかも知れません。それでも900万円だけの赤字解消で、北陸鉄道はバス事業も含めて、常に厳しい状態が続いています。
Img__5657z 加賀一の宮駅ホームから、さらに南、かつて線路が白山下まで延びていました。写真の奥の木立でレールは途切れています。
県内のあちこちに小規模の路線を抱えていた北陸鉄道は、高度経済成長のモータリゼーションの流れとともに、昭和40~50年代に相次いで廃線。現在残る石川線15.9kmと、浅野川線6.8kmが最後の砦としてその後20数年間頑張ってきました。両線をはじめ、なにしろ繁華街を通過しない、極めて接続の悪い鉄道でしたから、そのピンポイントエリアの通勤通学、居住者の利用しかおぼつかないものでした。
Img__5662z しかし鶴来-加賀一の宮間がなくなると、白山比咩神社への参拝客への便はどうなるんでしょう。初詣列車とかも賑わってましたから、再来年の正月には、不便をかけることは間違いないです。代替バスを出すらしいですが、運賃や乗換時間などて苦労します。より鉄道利用が減ってしまいますね。しかし今度の正月は、最後の初詣列車に乗ってみるか!
Img__5663z 北陸鉄道は、維持費用に膨大な経費は掛かるので、地元の理解が得られれば廃止の時期は早めたい、との意向なので来年の11月まで保たないかも知れません。
約80年間走り続けてきた旧金名線区間。石川線の存在意義のひとつでもあった加賀一の宮駅は、名駅舎100選にも選ばれるほどの、貫禄ある和風造りの古い木造駅舎。廃線になってもこの建物だけは残しておいてほしいですね。
ラスト1年、これから何度か訪れてみましようか。

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2008年10月23日 (木)

金沢のカラフルなバスを紹介!

Img_101220z 金沢城を出たら、香林坊まで来て、バスを追いかることにします。先日14日から、金沢市内の主要路線バス事業者「北陸鉄道」が、ラッピングバスを走らせているので撮りにきました。
まずは通常の路線バスを。近年の新し目のバスはこのデザイン。元々の色合いを残しつつ、金沢らしく金の曲線ラインを入れて豪華さを増しました。
Img_101207z 旧来のデザインはこの赤のライン。車両メーカーは金沢に工場のある日野車体が多いですが、あと三菱ふそうが次に多いですかね。
他に赤いフリルのラインのデザインや、高速バスとかでは和風に扇のデザインがあります。
ノンステップバスも多く採用され、入口扉は仏壇のような観音扉で広いですw。
Img_101230z 以前にも紹介した100円バスです。金沢駅から繁華街を一周します。新幹線開通を見据え、買物客や観光客の利便のために、週末日中に10分ごと交互に発着しています。



Img_101231z 金沢商業活性化センターが主宰し、西日本JRバスが運行する、金沢ショッピングライナー「まちバス」です。
金沢駅から武蔵が辻-香林坊-片町-21世紀美術館-香林坊、そして金沢駅、と廻ります。ショッピング客を主な目的として、当初競合する北陸鉄道に協力を依頼しましたが拒否され、JRが運行に名乗りをあげました。
Img_101234z その「まちバス」はやはり大人気で、金沢駅では行列に積み残しが出るありさまです。北陸鉄道もやはり影響を受けるのが避けられず、やむなく競合車を導入しました。
「兼六園シャトル」と名づけ、金沢駅-香林坊-出羽町-兼六園下-香林坊、そして金沢駅、と観光客を主に対象にしています。
この100円バスで新幹線後の新しい交通需要に対応する実験も含まれてるようですが、しかしより交通渋滞を招いてるようで、やはりCO2排出を減らすためにも、路面電車かあるいは電気自動車バスの導入を真剣に考えてもらいたいと思います。
Img_101199z さていよいよラッピングバスです。まちなかに新しいアートを標榜する金沢で、北陸鉄道も「走るアート」をめざし、9台の広告ラッピングバスを走らせることにしました。しかしやはり和の街金沢なので、京都同様街の景観との調和を求められ、決してハデなデザインは取り入れられません。
まずは金沢駅前のファッションビル「金沢フォーラス」のバスです。ファッションビルだけど、深い青と白のシックなデザイン。胴体にはその駅前のもてなしドームとフォーラスの図が意匠されてます。
Img_101213z 次は「もりもり寿し」。金沢はおいしい魚が豊富。もりもり寿しは回転寿しのチェーンですが、どのチェーンの回転寿しも飛びぬけて美味です。回転寿しの回転台は、石川県のメーカーが全国のほとんどをカバーしています。


Img_101243z 星稜高校で有名な、「稲置学園」のバスです。幼稚園から大学まであります。あっ、小学校はないですね。以前は金沢経済大学と言いましたが、ブランド統一で金沢星稜大学と変えました。
しかし最近の星稜高校はなかなか甲子園に行けませんね。やはり全国的知名度はバツグンなので頑張ってほしいです。
Img_101250z 「金沢学院」バスです。以前は金沢女子短期大学と言いましたが、少子化のため男女共学、高校もそうしました。「金沢学院」とブランドも統一。うす水に色えんぴつの学校をイメージしたおとなしいデザイン。
9台のうち学校が3つもあるのでちょっと単調になりがち。それらは通学路線しか走らないかと思いましたが、この香林坊に3台とも来ました。
Img_101255z 3つ目の「北陸大学」。大学は医王山へ行く途中にあるので、向きは反対です。
ラッピングバスというので、どんだけ~と思ったのに、景観気にしすぎで全くおとなしいですね。まぁクリームと赤の通常の路線バスとは全然違いますが、金沢は観光地。この間にも全国各地から観光バスがたくさん通りましたが、それらと見分けがつかないくらいでしたw。
Img_101263z 「NTT docomo」バス。ラッピングバスのこの日の最後でしたが、小1時間で9台中6台にめぐり合えたのはラッキーとしか言いようがないw。
他の3台は「北國銀行」「北國新聞」「めいてつ・エムザ」です。これらの方が、今日の6台よりハデのようですw。後日挑戦しましょう。
Img_101223z さて、金沢の路線バスにはまだ違ったのがいます。「城下町かなざわ周遊」と銘打った循環バス。金沢の裏道・表道の観光地をゆっくりと走るボンネットバスです。
全国の観光地でも同様に使われている、三菱ふそうKK-BE63EG改を採用。金沢の三文豪の名を冠した色違いの3台です。
これは徳田「秋声」号。
Img_101258z「鏡花」号。
しかし運賃は通常のバス同様200円です。狭くて座席も少ないので、僕はまだ乗ったことがありません。




Img_101265z 最後は室生「犀星」号。
やはり観光客を相手にしてナンボだと思います。

ラッピングバスを撮るために、金沢の街を走るバスを一通り紹介しましたが、またの機会に残り3台も撮ってお届けします。
みなさんもぜひこのバラエティに富んだ金沢のバスを乗りに来てください!

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2008年10月21日 (火)

倶利伽羅周辺の上と下

Img_101127z 源氏と平家の倶利伽羅峠の戦いとは、寿永2年(1183)、木曽義仲が10万の兵を率いる平維盛と激突。耳に松明を燃やした500頭の「火牛」で突撃した義仲軍に、驚いた維盛軍は夜半の奇襲に逃げ惑い、地獄谷に軍馬もろとも落ち重なって、過半数が死亡。あとは散り散りになって大敗したという有名な戦い。これで平氏の命運が決まった一戦。
Img_101109z 火牛の像もありました。しかし500頭もの牛を、気づかれずにこんな山の上まで連れてきたとは考えにくいですが、源平盛衰記にもはっきりと書かれている史実?のようです。



Img_101111z 倶利伽羅峠は旧北国街道でもあり、参勤交代や、芭蕉の奥の細道でも当然往来され、「義仲の 寝覚めの山か 月かなし」という句碑もあります。
舗装されず、江戸時代の原状をとどめる旧街道も、付近に約3kmも残っており、このたび地元の津幡町の文化財指定を受け、将来石川県の指定へ格上げも期待される。道本体の文化財指定は特に珍しく、距離も長く、往時の面影を残す学術的価値が極めて高いと評価されています。
Img_101088z 峠から東方を望むと、遥かに富山県の砺波平野が見られました。
晴天でも、遠くが霞んでいて、立山連峰はさすがに見られません。しかし往時のひとたちは、峠越えのたびに、こういう眺めを満喫できてたんですね。

Img_101120z 拡大してみました。ユニーがはっきり見えますw。砺波といえば、散村平野と習いましたが、今でもしっかりとその様子が窺えます。以前医王山からもよく見えてました。




Img_101144z さて、峠を戻ってきました。ここまで来てここに来ないわけにはいきません。
JR倶利伽羅駅です。津幡町でも富山県境に近いこのあたりは、駅はあるものの利用客がそう居るとは思えません。昔ながらの駅舎には見えますが、造りはそう古くないと思われます。
Img_101145z 中を覗くと、無人ではあるものの切符の自販機がありました。いや、さっきゴミを出してた人がいたので、管理する人は居るようです。改札があるとは思いにくいですが、入場はともかく、出るときはどうするんでしょう。北陸本線では、車掌が切符回収しないと思いますが・・。
左の各駅停車の時刻表を見ると、デイタイム一時間に1~2本です。これでは北陸鉄道となんら変わりませんね。
Img_101148z 駅の駐車場から、本線を撮るアングルが案外にいいです。島式1面2線のホームですが、その両側に待避線がある意外に広い構内に、架線柱がそんなにジャマしません。
この日はロケハンも兼ねてるつもりなので、いずれたっぷりと撮りに来ましょう。

Img_101153z 少し金沢寄りに戻ると、道の駅「倶利伽羅 源平の郷」の立派な施設が。歴史資料館や、飲食・温浴・宿泊・研修施設もある、いたれりつくせりの建物です。真新しく、近年に国交省と津幡町とで作られました。
しかし、国道8号線は今年バイパスが完成し、この前の道は県道に格下げ。往来する車も遠方からのは極端に減ったと思われます。
Img_101159z 今となっては僕のような物好きが、ちょろっと金沢から来るだけで、だいたいが近在の方の社交場になってる感があります。売店も地元の物産よりもコンビニに並んでそうなものがほとんどで、掛かる費用を考えると、また自治体の負担になるハコ物ということなんでしょうか。

静かな源平の里を後にして、陽の落ちるのが早くなったので、急いで残りの高架を撮りに戻ります。。

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2008年10月19日 (日)

北陸新幹線 高架橋めぐり

Img_101046z また先週の話ですいませんが、鉄道記念日の14日の前の月曜祝日、秋の休日の好天がもったいないので、やはり表に出ました。
津幡・倶利伽羅方面に、まず鉄道がらみで、北陸新幹線の構造物を確認。既にこのあたりの富山県境の間のトンネルや高架橋は完成から5年ほど経過しています。使用する前に早くも汚れが目立つところも・・w。
Img_101048z 最初の写真と繋がってますが、トンネルに囲われてる地域の中では一番長い高架橋、杉瀬(すぎのせ)高架橋です(トンネルは名前・長さは公開されてますが、高架橋は不明、仮に命名しました)。
富山県境の新倶利伽羅トンネルと、石川県内で一番長い明神トンネルとの間には4本の高架橋があります。今からそれらを探してみましょう。
Img_101051z 春まで国道8号線のバイパスの分岐点(工事中)だった刈安北から県道219号をさらに北に向かうと、田屋の集落に突如巨大な構造物が現われます。田屋高架橋としますが、このように高架への上り口がありました。「保守用設備を作っています」とJRの看板がありましたが、長いトンネルに挟まれて、あとはこういった高架がところどころ、という線形では、高架への保守点検設備が短い距離間に必要なようです。
Img_101058z 高架橋をくぐって反対側です。こういう、何気ない集落の中に、突然ズカン!とコンクリのカタマリがあると、田舎ののどかな風景も現代の時間に引き寄せられている感がします。しかしすぐ1km南にも、国道8号線の新しいバイパス高架が長く続いている処です。
Img_101064z 岩崎高架橋でしょうか。県道218号を西へ、倉見から山間部を回り込みました。
位置関係はわかりにくいと思うので、まず富山県側からトンネルを。新倶利伽羅トンネル3362m、岩崎トンネル260m、宮谷トンネル450m、杉瀬トンネル378m、明神トンネル2880m、花園八幡トンネル720m、第一月影トンネル280m、第二月影トンネル249m、です。田屋高架橋が富山県側より、新倶利伽羅トンネルを抜けて石川県側最初の高架橋、次がこの岩崎高架橋です。
Img_101071z 宮谷トンネルを挟んで西側の、倉見高架橋ですかね。
新幹線が通ると、この高台の道からがいい撮影ロケーションになると思われます。今は全く静かな山間ですが、開通後は新幹線の騒音とともに、いろいろ騒がしくなることでしょうw。
さらに杉瀬トンネルを抜けると、最初の写真、杉瀬高架橋になります。その次は、長い明神トンネル。一気に金沢市に入ります。
Img_101170z 他に二つ高架橋がありますが、行く道が見つからないので、山間部最後の第一・第二月影トンネルに挟まれた、月影高架橋。スノーシェードか防音壁に囲われた、一番短い高架橋でもあります。くぐる道の上には、「つらら注意」の看板もあり、開通はまだ6年先なのに、既に地元の生活は高架橋とともにあるようです。
Img_101173z 最後の第二月影トンネルを抜けると、あとは金沢駅までずっと高架です。
長野-金沢間は、山を抜けるのでトンネルが多いと思われがちですが、高架が全体の55%あります。データによると、最高設計速度が260km/h、最急勾配28‰(パーミル)。東北新幹線も高速化が予定されてるので、一番速度が遅い区間といえるでしょうか。
Img_101177z 夕方は陽が落ちるのが早くなった、さすがは北陸の秋です。この調子でずっと金沢まで高架が続きます。
あまり早くに高架が出来てしまって、地震で開通前に崩れないか心配してしまうほどですw。ただ、レールを敷くのに1年半、運行訓練に半年以上掛かるのを考えると、工事の槌音がやんだこの区間も、そわそわと騒がしくなるのにそう遠い時間はかかりませんね。

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2008年10月15日 (水)

誕生日に、金沢総合車両所見聞録2

Img_100876z 金沢総合車両所の中心を横断する、県道204号、主要地方道八田金沢線、乙丸陸橋の上に来ました。
ここはやはり車で来るには駐車スペースが心配で、いつか早暁にチャリで来てやろうと思ってましたが、昼間でもかなり車両が留置されていて安心しました。
485系雷鳥運用車です。このA2編成クハ481-801は中央貫通タイプでクチバシ?は平板貼り付けなので好きませんw。
Img_100889z 乙丸陸橋から西方、金沢駅方面を望みます。中央が車内整備を含めた始業準備線、右の上屋と枠外の建物が運用検修センター、 左の高架が北陸新幹線です。
日常北陸本線の運行に就いてる主な車種が一堂に並んでいます。

Img_100892z 左から681系、683系、475系、485系です。どうやら日中の方が、この折り返し用始業線は忙しいようです。




Img_100904z 乙丸陸橋の銘板です。昭和45年完成、一等橋とあります。橋に等級というものがあるんですねぇ。

ところで乙丸陸橋の歩道にいた約1時間の間、他に歩道を通る人はついぞありませんでした。かなり交通量の多い主要幹線ですが、歩きで利用するには危険?と思ってるんでしょうか。おかげで思う存分撮れましたがw。
Img_100914z 今度は東方、富山側を見ます。寝台特急「北陸」が一編成まるごと休んでいます。当然ながら、通常2編成が交互に東京尾久車両センターと、その眠る場所を入れ替えてます。しかしこの14系客車の配属はすべて尾久車両センターで、金沢総合車両所は間借りというわけです。
Img_100920z その脇の本線を、サンダーバードが駆け抜けていきました。左側は金沢貨物駅。なんと丁度、冬に向けて貨物駅の配線のポイント部に、融雪のためのスプリンクラー可動テストが始まりました。濡れているのがわかるでしょうか。


Img_100925z さらに東奥のほうに、まとまった留置線があります。ここの一番奥が前回の記事の写真の場所です。右から2列目に489系ボンネットが見えるでしょうか?
オイスターホワイトにコバルトブルーのラインの車両たちは北陸本線カラーの475系や413系415系など。3両編成固定、多客時間帯は連結6両で普通列車として、長期にわたってこの日本海側を席巻しています。
右端のブルーのは七尾線用の415系。
Img_100934z さて真上から撮ってみましょう。ここにも489系がいますが、金沢総合車両所所属は9両編成が3本、7両編成(通常は団臨)が1本です。そしてどうやらこれが7両のH04編成のようです。
少なくとも9両の1本が今朝上野に着いて、今頃尾久で休みながら、夕方の北関東のサラリーマンを自宅まで送り届ける「ホームライナー」の準備でもしてるでしょうか。








Img_100993z 本線上を金沢へ向けて走る681系です。確かに上から見たらカバにも見えますね。他線区の新型車両のように、ヘッドマークを付けられないのが寂しいです。「はくたか」か「サンダーバード」か正面からじゃ見分けがつきませんw。











Img_101021z_2 最後はJR東日本、新潟車両センター所属の485系3000番台の「北越」です。一時「はくたか」運用にも就いてましたが、683系増備によってすべて160km/h対応ダイヤにするべく、運用を外れました。しかし今でもダイヤ混乱で車両のやりくりがつかないとき、先ほどの489系が「はくたか」として走ります。今年の冬に489系「はくたか」に乗りましたが、それでも当初ダイヤが681系同様160km/hのままだったのが納得いきませんでした。当然というかそれ以上にダイヤは乱れ、どのみち1時間以上遅れましたがw。

それでは、金沢総合車両所、楽しんでいただけましたでしょうか? 誕生日のこの日はこのあと、金沢駅まで歩いて、バスで真っ直ぐ帰って銭湯行って、結局一日しゃべりませんでしたww。

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2008年10月14日 (火)

誕生日に、金沢総合車両所見聞録1

Img_100827z_2
今日は14日、鉄道の日ですね。鉄に染まった週末のレポートの続きです。
12日の本当の目的は「鉄」撮りにあり。金沢総合車両所に行くのに東金沢駅へ降り立ちました。金沢には珍しいすがすがしい青空の秋の休日に、列車も鮮やかに写るでしょう。
Img_100831z 東金沢駅と金沢駅の約3kmの間には、広大な金沢総合車両所の車両基地と金沢貨物駅のコンテナヤードがあります。
北陸本線の本線は現在、その車両基地と貨物駅との間を仕切って縫うように通っていますが。

Img_100843z 以前は別のルートを走っていました。そこは・・写真の右に見えるように今は北陸新幹線の高架が通っています。そう、新幹線のために、一番素直に通れる道を譲ったわけです。
そのためこの東金沢駅も、元の場所から海側に100mほどずれたこの位置に新しく造られたのです。
Img_100840z しかしおかげで、しゃれた新しい橋上駅舎になり、線路の南北も自由通路で交流でき、元の駅のあたりは広場や駐車場になって付近は明るい雰囲気に様変わりしました。
階段がかなり広い幅になっているのは、近くの学校へ通学する学生の利用も多いからで、新幹線効果はもうこういったところに顕れています。
Img_100851z コンテナヤードをバックに本線を走りぬけるサンダーバード。厳密にはコンテナヤードとはもう言いませんが、うちに入荷する前の留置きコンテナがこの中のどこかにあるはずですw。
コンテナはかつて荷票といものを貼ってましたが、当該コンテナを探すのに時間と労力が掛かっていたので、現在はICタグを取り付け、GPSで現在位置をリアルタイムに把握、データ管理で目的地によってどの車両に積み込むかも判断できるIT-FRENS&TRACEというシステムが運用されています。
Img_100861z 車両基地の外側の道路まで来ました。
金沢総合車両所の車両留置線は、大きく分けて3箇所に分散されています。それぞれがどういう意味を持つかはイマイチうかがい知れません。
どうもしかしこの場所は、よく撮り鉄がムリしてフェンスでも登ろうとするのか、「監視カメラ作動中」の表示があちこちに貼られていました。
Img_100864z 昼間ここに2編成眠っている489系ボンネットは、ヘッドマークがわざわざ外されていました。もしかして以前に、進入して盗んでしまう輩がいたのかもしれません。味気ないというか、せちがらい仕儀になってしまいましたw。


Img_100871z 新幹線高架がすぐ脇を走っています。元はここが本線の位置でした。だから時折通る在来列車や踏切の音が今はしないので、ここはいたって静か。少し離れた車両のモーター音がかすかにするだけです。



Img_100872z 車では駐車も気にしなければならず、歩いてきたならこそ見つけたスポットですね。
このあと金沢総合車両所の全体像を観るために、乙丸陸橋に向かいます。

つづく。

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2008年10月12日 (日)

高岡の今の鉄道事情

Img_100770z まだ先週の高岡ですけどw。
高岡市内は万葉線という路面電車が走っています。元々高岡エリアの民鉄、加越能鉄道のものでしたが、赤字路線から廃止の申請をしていました。しかし市民などから反対の声が上がり、今は高岡市を主体に2001年から第三セクターとして運営されています。
写真は2004年に導入された新型車両「アイトラム」
Img_100796z 新型路面電車としては流行の2車体連接超低床車。休日の今日は地元出身の立川志の輔の車内放送が流れてました。そういった工夫も金沢は参考にしてほしいです。
しかし市民の声で残った万葉線も、普通の週末の日中では車内もこのありさま。高岡駅前の末広町商店街も、日曜なのにシャッターがたくさん下りています。
Img_100803z さて、高岡駅に戻りました。高岡駅は今、橋上駅舎化の工事中。北陸新幹線がこの高岡駅を通らないので、代りに橋上駅化の予算が下りたわけです。
平成24年度末に、南北自由通路とともに完成予定(ステーションデパートは26年度)。すでに改札正面には白い鉄板で目隠しされ、ホームへ向かう階段も仮設のものに。
Img_100805z その跨線橋から。ホームの屋根が取り外され、この位置に橋上駅舎が建造される工事の真っ最中。北陸の主要駅はこうやって次々と変わっていきますね。金沢駅の新幹線ホーム上屋工事はいつから始まるでしょうか。


Img_100822z この高岡駅から南北に二つの枝線が通っています。氷見線城端線。非電化の2路線のためにある、高岡鉄道部全景ですが、駅構内に何本も線路の走る広いヤードが現役である光景は、昔は珍しくなかったのに今は「鉄」にはたいへん貴重な場面です。
Img_100815z 681系「はくたか」、北越急行所有のスノーラビットです。日中の閑客時にはこのように6両単独編成で走るときもあります。
久しぶりになった高岡でしたが、次に来る時には、橋上駅舎の形が少しでもあらわになってるでしょうか。






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2008年10月11日 (土)

4年ぶりの金沢総合車両所公開! 3

Img_100708z またも平日がすごく忙しくなってしまったので中断してましたが、松任本所レポート再開です。
工場内を一通り廻ったあと資料館に来ました。懐かしい写真パネルや模型、特急のヘッドマークなど展示してあります。明治時代からあった国鉄の工場なので、戦後の上空からの航空写真でも、周囲は田圃ばかりなり、でした。地域の方々の誇りや期待が当時なら特に深かったろうと想像できます。
Img_100710z 昔の優等列車のパネルです。寝台特急「日本海」「トワイライトエクスプレス」、夜行急行「きたぐに」は今でもありますね。
昭和40年代までは急行が隆盛、「立山」「加賀」は覚えがありませんが(そんな昔から遠出してないし)、「くずりゅう」は記憶がある、最後まで残ってた北陸本線の昼行急行です。パネルにはいませんが。
Img_100711z 夜行急行「能登」と特急「白山」のヘッドマークです。大型なのでボンネット型専用ですね。「能登」は今でも現役で、毎晩金沢駅で489系の鼻先で光っています。
「白山」は、そのルートを踏襲する北陸新幹線の金沢行列車の名前としてぜひ復活してほしいですね。よほどのことがない限りこれに決まるでしょうが。
Img_100713z 列車にはめられていた行先サボです。
上段の白いのは車両の乗車口脇上部の枠に、横スライドして取り付けるタイプで、裏返すと別の行先が書いてあります。
中段のは、昔の客車の中央窓下に、吊り下げるタイプで今はほとんど見かけませんね。
昔金沢駅が地平ホームだった頃、改札入って右すぐの七尾線ホーム脇に、このサボがまとめて立てかけてある棚があって、いろんな行先の表示を見てとてもわくわくしてた覚えがあります。今鉄道グッズショップでも置いてますが、ホンモノは1万以上しますしね。いつかは気に入った行先のをゲットしたいです。
Img_100714z 国鉄時代の松任工場で改造や修理の終わった車両に取り付けられるプレートです。
ちゃんと年号も入り場所もわかるので、どこの駅で見かけても、車籍はどこかわかるものです。まぁ車両に直接「金サワ」とかペンキされますがね。
「日本国有鉄道」のプレートは、以前国鉄共済の施設で購入しました。今でも京都の梅小路機関車館とかで買えるのかな。ずっしりと重い鋳鉄製です。
Img_100715z いまはなきw、輝く「JNR」マークプレートです。これが485系の先頭に燦然と光ってた車両を見ると、旅への期待感となにか誇らしげな気分になったものです。祖父が国鉄マンだったこともあったでしょうか。僕もそのうち、と思ったらなくなってしまいましたw。
Img_100716z 松任工場に入場してきた蒸気機関車をはじめ往時の車両たちの写真です。北陸本線の様子もあります。
国鉄OBでしょうか、お年寄りたちが当時のことを話されながら、写真を見て盛り上がっています。車両所公開は、こういった方々にとっても貴重な機会なんですね。4年ぶりに開かれて、喜んでる人たちは大勢います。JRも心してほしいですね。
Img_100824z グッズ売り場にて、思わずいろいろ買ってしまいましたが、複製のものはそりゃ安いですが、ホンモノでも欲張らなければ手ごろな価格で買えます。
中央の鉄製の号車札と、右の運転士が持つ運転時刻表はモノホンです。ある日のその列車運行のスケジュール表で、着発の秒数、駅間の制限速度までしっかり記載されてます。

久しぶりに「鉄」に染まった日でしたが、まだ午前中。そうだ、高岡へ行こう!
つづく。

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2008年10月 7日 (火)

4年ぶりの金沢総合車両所公開! 2

Img_100661z 電車の心臓、モーターです。これはMT54形主電動機といって、昭和40年代の主力モーターでした。当時165系や113系に採用され、出力アップと高い安定性能がありました。しかしこの直流直巻電動機は、かなりデカイ! 誘導モーターと違い、整流子とプラシのスペースも必要だからだが。

Img_100663z ひるがえってこれは、681・683系用のWMT103・105形主電動機。現在主流のVVVFインバータ制御の交流モーター。これで在来線最速の出力220kw、160km/h走行に対応した性能を誇ります。MT54に比べて二回りほども小さい!


Img_100683z 次の上屋では車体クレーン移動実演中でした。683系しらさぎが、大型クレーンで吊り上げられています。
車両が工場内に入場すると、まず筐体と台車が切り離され、筐体はこのように吊り上げられて、移動用の仮台車に設置されます。台車は分解され、前述のようにバネや連結器、車輪やモーターと、細かく検修されますし、筐体は電気系のチェック、全検のときは座席モケットの張替えまでもします。
Img_100688z 仮台車に鎮座した683系。外板の塗装もされますし、この車両はあとは台車と組み合わされるのを待つだけのようですね。30トン以上ある大きな車両が目の前の空中を静かに通り過ぎたときは、迫力あってたくさんのギャラリーも喜んでました。


Img_100690z 「やった作業にヌカリはないか!」
どこの工場にも安全第一!は大切ですね。よく見るとこの工場はJR西日本子会社、「ジェイアール西日本テクノス」が運営してるようです。JRは車両所での点検や回送運転、はては駅の改札や清掃なども、子会社や外郭団体に業務を分社委託するようになってきています。
Img_100672z 工場上屋の外ではラッセル車を配し、開閉実演もしています。
DE15は最近、石川県内での活躍は極端に少なくなっていることでしょう。38豪雪のころは、蒸機が雪に埋もれて動かなくなったと聴きますが、今ではおよそ考えられませんw。

Img_100692z さてこの大きな覆いのマシンは、トラバーサーです。車両をこの中にすっぽり載せて、横移動させるための機械です。何ヶ月か前、タモリ倶楽部で京急工場見学のときに実演してたでしょう。
藤沢時代、小学校の鉄道クラブで国鉄大船工場へ見学に行ったときも見ましたが、解説の人が「おトラばぁさん」と言ってたのを覚えていますw。
Img_100701z 外に出たら、富山の高岡鉄道部から、地元の藤子不二雄列車が遊びに来てました。忍者ハットリ君と記念撮影のサービスも。
そうそう、富山は藤子不二雄なら、石川は永井豪だ。七尾線の電車に、デビルマン列車なぞどうだろう?ハレンチ学園電車でもいいぞw。 石川は富山と違って遊び心が少ないなぁ。
Img_100703z さらには利長くんもやってきた。高岡は来年、開町400年の記念。町を開いた前田家二代目、前田利長がイベントの顔になって今年からアピール。そういや百万石まつりにも来てたし、高岡コロッケも全国に発信。そういうところは大いに学ぶべきだ。
そうだ、午後はこのあと、高岡へ行こう!

まだまだ松任本所レポートは続きます。

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2008年10月 6日 (月)

4年ぶりの金沢総合車両所公開! 1

Img_100736z 日曜はJRの松任工場の一般公開に行きましたよ。