鉄道

2009年12月20日 (日)

北陸本線、「リストラ」早まった!

Img_112798z 来年3月13日のダイヤ改正で、北陸本線では古い車両を使った列車群が一気に削減されることが決まりました。
不況や高速道路割引制度で鉄道が打撃を受けた影響で、「リストラ」が早まった格好です。
その中で、すでに夜行の「能登」と「北陸」の廃止はお伝えしてましたが、再来年春廃止予定の485系「雷鳥」も先行して大幅削減。現在10往復が一気に1往復になってしまうと発表されたのです。
Img_112909z 永年親しんだ国鉄色の特急。老朽化と時代の波に抗えないのは仕方なく、覚悟はしてましたが、この鉄道利用への逆風が削減スピードを速めてしまったのがイタイです。

485系だけでなく、683系など先端車両を使ってる「サンダーバード」ともトータルで削減。休日ダイヤを2本減らし、平日の乗車率の低い時間帯のダイヤの車両を9両から6両に減らされる。ここまで順調に運行数を増やしてきたサンダーバードにも、いよいよ縮減の波が押し寄せてくることになってしまいました。
Img_112191z その代わりでもないけど、新型の4000番台を15往復中10往復に投入するって。

盆や正月の帰省時には、毎年のようにニュースで取り上げられる田舎の代表のような金沢駅。その風物詩もここのところ前年比2ケタ減。この年末年始の予約も低調らしい。ダイヤ削減で需要と供給のバランス取る方針だって。そんなJRの弱気を聞くのは初めてくらいです。
Img_112318z 普通列車も運休日拡大で運行本数を減らすようで、ますます新型車両など望めなくなってきました。

3月12日の「能登」「北陸」廃止日に向けて、イベントなども企画されるみたいで、この冬は忙しくなってきました。
とってもザンネンですが、その最期はしっかり見届けたいと思います。
その前に今度の週末、まずは「北陸」のBソロ乗車を再びよく噛み締めて体験してきます。

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2009年12月10日 (木)

緊急報告!「能登」「北陸」廃止!?

Img_113853z この秋冬は超多忙で、ブログ更新がままなりませんでしたが、 昨日の報道から筆を取らないわけにはいかなくなりました。

それは永く北陸方面から東京方面への深夜の足として活躍した、夜行列車の「能登」と「北陸」が、来年3月でとうとう廃止の見通しとなった、というニュースです。
Img_113866z ここのところ毎月のように江戸への手段として使っていた僕には、まさに青天の霹靂。ショックで立ち直れそうにありませんww。

週末にはいつも満席で、Bソロなど発売開始の一ヶ月前に急がないと手にできないくらいでしたが、確かに平日は知らず、乗車率は落ち込んでいたのかも知れません。
Img_118510z 寝台列車はその寝台料金が高く、今となっては敬遠されがちですが、この金沢-上野間の「北陸」は、首都圏往復フリー切符(昼間の特急-新幹線指定席乗り継ぎ&首都圏JR乗り放題→往復料金より安い)でBソロまで乗れるというリーズナブルさから、かなり人気の高かった列車です。

Img_111197z 夜行急行の「能登」はオール座席なんで、これで夜通し8時間は確かにキツイ。僕でもずっと眠りとおせたことはありません。

しかし急行という安さと定時性などから、成田へ早朝飛び立つ女性たちにも人気でレディースカーもあったりして、週末はやはりいっぱいになってたはずです。
Img_118547z そして今やボンネットタイプの489系という貴重さもあり、全国から撮り鉄が金沢駅の夜10時を賑わしています。

昨今のCO2削減問題から鉄道が見直されているのにもかかわらず、数々の名のある歴史的車両や列車が次々と廃止されています。そのニーズから「北陸」「能登」はしばらく安泰、と思っていただけにザンネンでなりません。
Img_111158z この先僕は江戸に行くにはどうしたらいいのでしょう。。

これから毎日、金沢駅の夜10時は日に日に騒がしくなるでしょうね。



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2009年11月 1日 (日)

北陸鉄道石川線「鶴来-加賀一の宮」間廃止、見にいけなかった・・

Img_120189z 北陸鉄道石川線、鶴来-加賀一の宮間が昨日とうとう営業終了してしまいました。
10月いっぱい、廃止目前にしていろいろボルテージが上がってた沿線ですが、昨日の最終日営業の様子や廃止セレモニーには、とうとう行けませんでした。
それもこれも、先週の江戸行きで(後でレポート)一眼レフのレンズがまた故障し、今修理に出して撮影が出来ないからです。
Img_120176z 以前の20Dの時に標準セットだったEF-S17-85mmは、どんなにトラベルのお供にしても頑丈で壊れることはなかったんですが、50DのキットEF-S18-200mmは、望遠スライドが元々ゆるいのか、スカスカ動いてしまいます。それでなのか、使用して半年で中のビスが外れてしまい動かなくなるだけでなく、シャッターも下りなくなって修理に出しました。
保障期間内だったので無料で戻ってきましたが、その後約半年過ぎの今、また同様の症状になったわけです。

微妙に保障期間を一ヶ月過ぎてしまいましたが、これはメーカーの不具合にあたらないのかなぁ。肝心の鉄道セレモニー撮影に使えなくて、不便このうえないです。キヤノンともあろうものが、というザンネンな状態に。
Img_120192z 昨日一日は、全国から大勢の鉄と、地元で永年利用されてた老若男女で沿線はスシ詰めだったようです。
天気も終日おだやかだったようで、廃止日和?に存続を望んでいた地元の方たちも、自治体と鉄道会社の足並みがそろわなかった今回の顛末にあきらめ、受け入れられたようでした。
Img_120208z 記念キップやグッズも発売され、長蛇の列で一日にぎわった加賀一の宮駅でしたが、4年前ののと鉄道能登線のときもそうでしたが、肝心な県内鉄道廃止イベントにいつも出かけることができません。
心が後ろ向きになってさびしい想いをするのがイヤなんでしょうか。偶然なんですが。
Img_120300z それで前回10月11日の写真で濁してます。。

遠く金沢から山を越えて名古屋まで通す遠大な計画のもと敷設されたゆえに、金名線という路線名を名乗りながらも白山下-加賀一の宮が区間廃止。また一時石川総線と称した北陸鉄道のこの鉄道路線も、今回で野町-鶴来間のみとなり、赤字体質が変わらぬ中、それも存亡の危機が続いています。
Img_120199z モータリゼーションに気おされ、いち早く金沢市内の路面電車も廃止し、民鉄弱小県になっている石川の「鉄」の将来はあるのでしょうか?
環境問題からも鉄道に回帰する風潮の中なのに、自治体の意識も薄く、石川は立ち遅れるような気がしてなりません。


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2009年10月21日 (水)

東武「東京スカイツリー」の現況。ただ今174m

Img_120381z 実は先日の日曜、ひょいと江戸まで日帰ってきました。
ちょこちょこっと時間があったので、今話題の新東京タワーの建設現場に寄ってみましたが。上野から浅草に出て東武線を一駅、業平橋まで。


Img_120383z 隅田川に平行してる浅草駅ホームから90度右に曲がって川を渡る東武線は、ホーム突端から急カーブです。相変わらずキツイ。
細かいところは以前にもレポートしてるんで割愛しますが、こんな狭くて曲がってキケンなホームでも端まで歩いていけるんです。
Img_120393z 朝焼けの霞に浮かぶ、都会の近代的な鉄橋群です。手前から吾妻橋・駒形橋・厩橋。東武鉄橋から海へ河口方面。
江戸下町の大川沿いのにぎやかさが目に浮かぶようです。



Img_120398z 30000系の運転台越しに見る朝日に向かって走ると、巨大な構造物が出現。あれが新東京タワー、「東京スカイツリー」です。
中腹まで出来てる今が、まるで当地に近かった浅草12階「凌雲閣」を思わせるシルエットですな。

Img_120417z 業平橋駅に着きました。ちょうど駅前の東武鉄道の敷地内に建設中。ホームの目の前に偉容を見ることが出来ます。

3月に見たときには、まだ地上数階くらいで、あと2年後にちゃんと出来るんかいなぁと思いましたが、半年で一気にここまでくるとはすごいですね~。
現在174m、とわざわざ表示してました。634mでしたっけ、世界一の電波塔になるためアンテナ部分を伸ばすことになったそうで、すると1/4はできてますね。ってかあと4倍にもなるなんて想像つきにくいです。



Img_120414z 現在の東京タワーを目に浮かべると、333mで裾野が広がってる形式。安定感があるけれど、このスカイツリーは倍の高さで足元がこれくらいですぼまってます。
地震・台風その他になっても大丈夫かいな?って心配になりますなぁ。

工事中の脇を電車が通るので、こういうフェンスを用意してるけど、高い位置から落下物があったらこれでも貫通しそうです。
東武鉄道の車庫や本社のあるこの業平橋駅(昔は一時浅草駅を名乗った)は東武城下町。しかしスカイツリー開業の暁には、駅施設や出入口などはこのままじゃキャパ越えて耐えられないでしょうね。

Img_120403z あと2年の間にこの周辺は環境が劇的に変わってそうで、その変貌が今から楽しみですね。

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2009年10月18日 (日)

485系いよいよ運用縮小。。

Img_119652z いまだ国鉄色で現役の定期特急として走っている485系はこの北陸本線「雷鳥」しかありませんが、再来年春にめがけてすべて廃止される予定です。
681系・683系が定期運用している「サンダーバード」には、6月にニューバージョンの683系4000番台が就役し、その本数を序々に増やしています。
Img_119666z そしてその玉突きになるように、余剰にさせた681系などが、「雷鳥」スジに投入されるようになり、この10月には休日最大10往復あった「雷鳥」のうち3往復が681系化され「サンダーバード」に組み込まれました。

元々「雷鳥」の号番号は「サンダーバード」と共通化されてましたから、全体あわせた本数は変わらず、停車駅の多く設定された到達時間の遅い「雷鳥」スジの車両が変わりつつある、というダイヤ改正です。
Img_119681z_2 先月金沢駅や沿線踏切で485系撮りしてる中では日中の「雷鳥」を撮る分には485系でしたが、撮影時間的に都合のいいダイヤの一部も681系化されてしまいました。

女性運転手が特急でもホント増えてきましたよ。

Img_119704z この日も僕一人ではなく、何人もの鉄道ファンが金沢駅にたむろして、新旧の特急車両が集まる北陸本線を堪能していました。

確かに日中でもホーム上にさまざまな車両が同時に写せるなんて、他地区ではメッタにないのかも知れません。

Img_119732z その足で、野々市駅近くの北陸新幹線「金沢-白山総合車両基地」間建設現場の様子を撮りにきました。
先日この間のすべての工区の起工式がなんとか無事執り行われました。一時はどうなるかと・・、いやいやまだ予断は許されない、という状態ですけど。
でもこの野々市駅周辺も空き地だけでなくそこかしこに工事が進捗しだして、なんだか始まるとあっというま、という感じもして期待大です。。
Img_119799z A2編成が通り過ぎていきました。このユニークな顔もあとわずかしか見られないのも寂しいですよね。
置き換えられた本数分の485系10編成のうちどの編成が撤退したのか、まだ判明してません。


Img_119813z_2 来月にかけてしばらく追いかけてみたいと思っています。

また後日のレポートをお楽しみに。
 





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2009年10月14日 (水)

廃止目前の北陸鉄道石川線、加賀一の宮駅周辺☆

Img_120172z 11日は免許更新の後、鉄っちやんで溢れかえってるはずの北陸鉄道石川線、鶴来-加賀一の宮 間を乗りに行ってきました。撮り鉄だけじゃなく乗り鉄でもあるので、現地に自動車で行くのは反則ですw。
金沢市内の野町駅から正しく全線500円払って出発!
加賀一の宮までは日中約1時間一本です。
Img_120174z その野町駅では早くも鉄が数人と、子供連れも記念撮影。半年前の休日ではこんなにぎやかじゃなかったですがね。

一年前に、積み重なる赤字と施設の老朽化を理由に、北陸鉄道が石川線の終端区域、鶴来-中鶴来-加賀一の宮の2.1kmを廃止すると発表しました。
Img_120207z 加賀一の宮は名前のとおり、白山比咩神社への参詣駅。古い木造建築で重厚な印象を持つ駅舎は日本100名駅にも名を連ねています。
それでも尚廃止を謳うのは、会社にとってよっぽどの負担になっていたんでしょう。
名残惜しく、とてもザンネンなことですが、やむをえないことです。
Img_120187z この区間の廃止宣言を受けて、地元自治体や住民からは、当然廃止反対の意見が相次ぎました。しかし会社側も事情から譲らず、自治体主体の法定協議会も検討されましたが足並みがそろわず設置ならず、このまま10月31日をもっての廃止が決定的です。
Img_120181z_2 一年間ほどの猶予の中で、さまざまな延命策も検討され、そのうちのひとつとも思える「合格駅」との名称もあまり効果あったとは感じられません。
地元、白山市、金沢市それぞれの思惑も交錯し、和歌山電鉄などの他地区の成功例もあまり参考にならなかったでしょうか。
Img_120314z さて廃止も3週間後に迫り、やはり全国から鉄たちが集まってきてました。
僕が乗った午前中の便ではそうでもなかったですが、一時間後のこの列車でたくさんの鉄たちが降りてきて、ちょっとした観光スポットに。本来全国の3000もの白山神社の総本社である白山比咩神社こそ観光地だから普段でもこのくらい乗客がいてもいいんですがね。
Img_120200z ここから先の背中も以前の廃止区間。赤錆びた線路の上に下りられるようになってましたが、この視線の向こうも廃止になるとは、センチメンタルをやはり感じてしまいますね。










Img_120195z すでに草深いホーム周辺。以前からも思ってましたが、こんな寂れた空間に今までも現役で電車が走ってることこそが奇跡のようです。
降車ホーム幅も狭く、安全確保や電気設備の更新などに数億円かかることになり、廃止は従前からの規定路線だったみたいです。
Img_120247z ではしばらく、この石川線の7200系の勇姿をごらんいただきましょう。
東急7000系タネ車の中でも、中間車デハ7100形が元で昭和39年製造と僕と同い年。
この日は2編成しかいない7200系の両方ともに遭遇。ある意味貴重だがこの中間車改造の最古参はある意味チープでもあり、廃止区間を見に来たのにふさわしいw。
Img_120291z 七ヶ用水の脇を通る7200系。この姿をここで見られるのもあとわずか。
しかし車で他県から来た鉄も多く、撮影スポットの場所取りも少なからず白熱してました。



Img_120227z 東急の古いステンレスカーは全国のローカル私鉄に売られるほどのロングセラー。
他地区でもよく見られるわけですが、この中間車改造車は珍しくたぶんここだけじゃないですか。



Img_120319z 石川線の最後の?集客プラン。数ヶ月前からアテンダントを導入しました。車掌じゃないですが、先頭車の先頭扉からしか下りられない編成のための乗客の誘導、車内キップ販売などを手がけています。
基本ワンマン運転なんで、途中駅からの乗客は整理券を取り、降車時に現金で料金箱に入れればいいんですが、初詣列車など多客時には車内キップ販売の車掌が同乗してました。
Img_120325z 若くてかわいい子の乗務には絵になりますが、隣の県の某私鉄の二番煎じで話題にならなかったのはザンネンです。
また鉄にはあまり関係ないらしい。撮り鉄の被写体はあくまで電車のようですw。



Img_120324z 彼女から買った車内乗車券です。純白ロール紙の紙にパンチで孔を開ける方式。もはやこういうのも珍しいでしょう。
孔から判読すると、加賀一の宮駅から乗って、11日で、500円払った、と。
この全線通しで35分です。

てなわけで久しぶりの石川線の旅でした。廃止間際にもう一度行くかも知れません。31日は土曜で休みの日ですから。。

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2009年10月10日 (土)

江戸日帰り出張帰りのハプニング☆

091009_195251 9日は急遽江戸の事務所に日帰り出張。朝一の「はくたか」で4時半起き。最終で深夜0時過ぎに金沢着の強行軍。まぁそれはそれで疲れたんだけど、急な予定で普通のキップが取れなかったんでグリーンに乗りました。
そしてその帰り道、上越新幹線を越後湯沢で乗り換えて、「はくたか」のこれもグリーン車に乗ったら、なんとなんと、谷本石川県知事と隣り合わせになっちゃったではないですか!!

この日がなんの日だったか、石川で北陸新幹線の行く末に関心のある者だったら解らぬハズはありません。

全国知事会でもあり、前日は北陸新幹線沿線4県知事が前原国交相と後詰の会談。北陸新幹線の建築認可(駅施設や電気・線路などの設備工事)を巡って、新潟県知事との見解の相違でずっと混迷な状態でした。

ともすると認可の遅れで工事が滞り、14年度末の開業はおろか開業自体の危惧が続いてました。

そしてこの日のネットニュースですでに見てたんですが、とうとう前原国交相が建築認可を英断。予定通り工事が進むことに決定しました!!

ホッと胸をなでおろすとともに、石川県民のほとんどは翌日の朝刊を見て喜びの声をあげるでしょう。新潟には悪いですが、問題は別の次元でこれからも討議する必要があるのでしょう。

そして、そんなご苦労を過ごしてこられた谷本知事が隣に座ったわけです。これはねぎらいたくなるのも人情でしょう。

「御疲れさまです」それ以上でも以下でもない声をかけ、石川県人らしく、奥ゆかしくおとなしく隣で知事を見守りました。軽く会釈した知事は、お付の部下?から渡された明日以降の?会議の資料などをあわただしく目を通しアンダーラインするなど、ひとしきり忙しくしてると、その後は寝るでもなく落ち着かず考え事をして、直江津を過ぎたあたりからやっと落ち着かれた様子でした。

この人も旧自治省から中西前知事に乞われて副知事として石川県に来て、前回の非自民政権の後押しで知事となってから早4期務め、来年の知事選に向けて最近5選出馬を表明したばかり。今日も遅くまで石川県のために馬車馬のように働いて、今日その大変さを間近で垣間見て、頭が下がる思いです。

なんとかこれからも、僕らも地元石川県を盛り上げる一翼を担う想いで、がんばりたいと意を新たにしましたよ☆

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2009年9月26日 (土)

常磐線特急と水戸駅の車両たち☆

Img_119388z ようやく上野駅を出発して一路常磐線を水戸へ。ほぼ同時に発車した上越線の185系「水上」「草津」も日暮里まで並行して走ります。
651系スーパーひたちは、キップが得々だったから指定席に座りましたが、埋まり具合は1/3くらいで、全く静かな車内でゆったりとした時間をすごせました。常磐線の奥地は行ったことなかったんで車窓を楽しみたかったんですが、疲れからか半分は寝てしまいましたね。
Img_119404z 戻りは違いますが行きはなんとノンストップで水戸まで。あっというまに着いてしまいました。
県都の風格もあり、ここから支線が何本も出ているので駅構内も広く、国鉄時代はいまよりも栄えていただろうことが容易に想像できます。
Img_119390z_2 水郡線のキハE130系です。JR東日本の気動車は新型更新がほとんど済んでるので、こういった省エネタイプのカラフルな車両が多いですね。今日は往復に時間が取れないので、一時間に一本の水郡線は乗りません。水戸滞在時間も4時間に設定してますんで。
Img_119400z 構内にはED75EF81の群れが。この赤い車体に、ここが交流電化区間だってことを思い出させてくれました。金沢となんら変わらないじゃないですか。
右のEF81は北斗星塗装されてます。



Img_119405z ついでながら本日は、水戸での鉄道関係を行き帰り分全部お見せします。水戸城とかは明日で。ひっぱるな~w。

E501系とかも厳密には初めて見ました。209系にそっくりですがね。交直両用なんですが、最近は水戸線や水戸以遠の交流区間だけなんでしょうか。
Img_119408z 近代的な水戸駅コンコース。鉄骨むき出しとガラスの明り取りは、最近の流行でしょうか。しかし明るい雰囲気ですごくいいですね。金沢駅も、せめて新幹線ホーム上はこんなに明るくしてほしいんですが。



Img_119515z 一足飛びに、水戸駅の隣、偕楽園臨時駅です。シーズンにはたくさん停まるようですが、今はシーズンじゃないのかな?フレッシュひたちが素通りしていきました。
偕楽園の山の下にあって、たしかにここからならすごく便利です。水戸駅から偕楽園行くのにあんな不便とは知りませんでしたんで。
Img_119519z 帰りのホームには、鹿島臨海鉄道の6000系が停まってました。JRのホームと隣接してて区別はついてません。
これも気動車で2両ないし3両編成。鹿島神宮まで行けるんですね。今日は時間ないんで乗りつぶしのチャンスをみすみす逃し続けていますw。
Img_119522z ホーム上のキオスクではE653系を模したデコレートが。藤沢駅とか、こういうのよく見かけますよね。けど北陸ではないですな。





Img_119526z 向こうではその赤いのが入線してましたw。ここ常磐線水戸周辺では、ホント普通列車より特急車両の方をよく見かけました。そういうとこからも、金沢とも共通点が多いですね。



Img_119537z 上野に戻ってきたら、またカシオペアがいました。今度は本日出発便のようです。このカシオペアスイートは一号車。上野では東京寄りに固定されてるんで出発では最後尾です。もちろん、そうでないと機関車に視界を妨げられるしね。しかし頭端駅の青森-函館間と、上りの逆は機関車の後ろ。上りではほとんどがつまらぬ景色ですよ。
Img_119544z 最後は、この日ちょうどオープンした上野駅の新みどりの窓口。最新設備とすっきりしたレイアウトでどこか高級感。出発時では奥がまだカーテンで閉じられてたけど戻ってきて改めて撮ったら全開店だった。
けどキップは窓口じゃなくて自動券売機で買っちゃったけどね。
鉄道関係はこれで仕舞にして、明日はいよいよ水戸城と偕楽園のレポートを・・。

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2009年9月25日 (金)

上野駅で普段見なかった列車のオンパレード!

Img_119311z まだ先週の話ですいません。13日は思い立って水戸へ行くことに。たぶんあるだろうと思った得々キップを、上野駅の新しくなったみどりの窓口の自動券売機で購入。ひたち往復キップで特急指定がついて7000円。1200円くらい安いのかな?
ホームに出ると人だかりが。おっ、カシオペアだ! 専用のEF81 79号を先頭に?ということは到着便。生で見るのは初めてですね。
Img_119315z このカシオペアスイートは乗りたくても予約がめったに取れないプラチナルーム。いつか誰かと乗ってみたい??





Img_119320z このシルバーの妖しげな?車体は、どこか宇宙を思わせますね。
もうカシオペアも10周年。寝台列車衰退の中で、唯一といっていいほどの元気者。しかし上野-札幌では、こちらに住む者としては縁遠いですわ。


Img_119334z あちらでは北斗星が。グレードは落ちるけど同様に豪華な札幌行き寝台。「北陸」とともにいつまでも残ってほしい列車です。しかし東北本線が上野-東京まで通じて、車両基地が田町に変わるときにどうなるかが一つのターニングポイントです。


Img_119336z こちらでは185系の「水上」「草津」。185系は登場時、東北新幹線が大宮暫定開業だった上野からの「新幹線リレー号」でよく乗りました。そのころは真新しさを感じた規格品特急車両と思ったものですが、直後のJR化から新型特急車両はそのバリエーションを増やし、185系は一気に陳腐化。「踊り子」や東海道本線臨時普通にせり出してもお得感はあまりなかったでしょう。
隣の651系がそのJR特急の先駆です。
Img_119339z クチバシ?に相当するヘッドのTマークが国鉄特急の矜持を表してて僕は好きです。
よく見ると運転室って奥行き広いんですね。




Img_119343z これが今から乗る651系スーパーひたちです。シートは登場時からリニュアルされてるので、疲れず快適でした。1時間ちょっとでノンストップで水戸に着く速達性は、水戸が手軽な都心からの観光地ということで、もっとも集客力のある場所とも思えるんですが。
Img_119346z 向こうに写ってたE653系フレッシュひたちですね。これって何色あるんでしたっけ?
651系とE653系の使い分けがよくわかりません。これは7両固定で、651系は増結可能ということはわかりますが。



Img_119348z 651系のテールランプはLED表示の中にあります。わかりにくいですね。






Img_119360z 先頭に来てみました。ヘッドライトはLEDの上にちゃんとあります。LED表示が前と後ろと微妙に違えてるわけですね。
スーパーひたち15号だと言うことも、表示を見ればわかるようになってるのも珍しいですね。


Img_119363z さて「北斗星」が、一日の運用を終えて、尾久の車両基地へ帰っていきます。
これが東北本線が東京まで通じたら、田町の車両センターへ移設して、東海道本線の車両たちが尾久を根城にする、という入れ替えが画策さてれいます。そうすることで回送をスムースにするらしく、それで早いうちに「富士・はやぶさ」が廃止になったと言います。
Img_119376z 今日は上野駅から出ることあたわず、ここまでにいたしとうございます。
次回はやっと水戸レポートですw。








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2009年9月22日 (火)

今回の江戸は加賀の名残りから・・。

Img_118508z 最近の多忙で、ブログを書かないのに慣れてしまいました。しかし活動してなかったわけでもなく、ネタはたまってしょうがないです。この連休も最終日まで動いてて今まで書けなかったんですが、なんとかこれからまとめてアップしていこうと思います。

まず、先週末に江戸へ行った話から。連休を目前にしてか、わりと遅くなった寝台「北陸」のBソロ予約も久しぶりに空いてたんでラッキーでした。
Img_118510z 寝台で眠れないという人はよくいますが、その非日常に興奮したり、車両の揺れや狭さに落ち着かないなど理由はいくつもあるでしょう。この「北陸」は金沢駅発車が22時18分。上野着が6時19分。車内で楽しむ時間的余裕はなく、すぐに寝てしまわないと早朝の準備に遅れる恐怖?からあせってしまいます。日ごろの疲れからかこの日も富山に着く前にどうやら寝てしまったみたいですw。
Img_118527z このアングルの写真もだいぶたまってきましたw。この日もたくさんの撮り鉄に取り囲まれて、いつまでもこういう図柄が残されてほしいものですが、翌日の上野駅ではこの比じゃなかったのもオドロキです。それはまたのちほど・・。


Img_118547z 運転士さんも撮られるのにはもう慣れっこのようで。
願わくば金沢駅のホームはもう少し明るい空間ならいいんですけどね。




Img_118550z さて、朝江戸に着いたら今回まず行きたかったのは、板橋区の加賀地区です。
この一帯は加賀藩の江戸下屋敷のあったところで、地名や建物などに、加賀を思わせるよすががたくさん残されてます。



Img_118553z この橋も「金沢橋」。このあたりは加賀1丁目です。
都営三田線の新板橋駅から北側の住宅地に下りたところにこの地区があります。金沢ではここらのガイドがあまりないので、下調べは大変でしたが、まぁ探訪してみましょう。

Img_118554z 金沢橋のたもとに板橋区立加賀公園がありました。ここは加賀藩下屋敷の庭園、築山があったところで、広大な屋敷地の名残がわずかにここに残されてるだけのようです。



Img_118556z 板橋区史跡、加賀前田家下屋敷跡の石碑があり、左側の碑は板橋区と金沢市の友好交流都市締結を記念して今年建てられた、尾山神社神門のステンドグラスを模したものです。



Img_118558z この一帯にあった加賀藩下屋敷は、21万8000坪にも及ぶ広大なもので、徳川御三家を含む江戸中の大名屋敷地の最大のものだったようです。
下屋敷とは藩主が常駐する上屋敷、隠居藩主などの住む中屋敷とは別に、藩主の別荘的役割・参勤交代の休憩地などとなり、農地や森林・庭園などが備えられたもので、この加賀藩下屋敷では常時50人の藩士が管理に就いていました。兼六園の七倍にも相当する屋敷地には、石神井川もその一部となり、鷹狩りや花火なども興され、宴に招かれた松平容保は「桃源郷のようだ」と評したとか。
在番していた藩士たちは、地元の名主たちとも交流し、寺子屋の師匠などもして地域の教育にもあたるなど、地元の発展に密接に関わった歴史があります。
Img_118581z 屋敷地の一部は明治以降、板橋火薬製造所になり、後に陸軍の造兵廠になりました。その名残は公園敷地を走るトロッコ列車の軌道跡もあり、現在も旭化成の流れを汲む野口研究所が隣接しています。
石神井川は昔の自然の流れとは想像もできないくらい、深い人口用水と化しているようです。
Img_118567z 公園にかわいいねこにゃんがいました。
このへんのノラは人を見てもなんの反応もしませんねw。





Img_118591z さて住宅街をしばらくそぞろ歩きします。
すると見えてきました、「金沢」「加賀」の名前が。これは板橋区立加賀児童館。





Img_118595z これは金沢小学校。ほかにも加賀小学校に加賀中学校もあります。
今は住宅地なのも下屋敷地だったわけで、子供たちが住んでるところも屋敷地だったことから、興味をもったある小学生がレポートした作文が、都知事賞を取ったことがなにかに載ってました。
Img_118596z このマンションにも加賀の名があります。
観光するところがあるわけではないですが、地元金沢からも、こちらへたくさん訪ねに来てほしいですね。僕が住宅街を早朝からカメラ持ってぶらついてても、僕自身は違和感なかったですが、気がつけばこの日は普通の土曜朝。子供たちや近くの帝京大学・高校の学生たちがやおら登校。ちょっと危なかったかもw。
Img_118601z ひょんなことから江戸の都心の一地域と金沢の交流があることを知り、思わず訪ねたくなった今回の探訪でした。








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