古地図

2011年2月22日 (火)

石川県、国勢調査でわずかに人口回復??

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ちょっと遅い話だけど、先週、去年の国勢調査の速報がでたよ。

それによると、石川県の総人口は117万40人。5年前より4,000人弱減少した。5年前でもそうだから、石川県はすでに人口減少県になってしまっている。

しかし各市町村(石川にもう村はないけどね)は毎月人口動態速報を出している。国勢調査直前の昨年10月1日付けのもある。

それによると、集計した石川県全体の人口は116万4,457人だ。

約5,000人あまり差が出たというわけだが、こりゃいったいどういうことだ?

確かに居住者の出入は日々さまざまに流動してるから、多少の誤差はあるだろう。それに国勢調査の調査基準の差もあるはず。

けど、市町村別にその差を比較してみるとよくわかる。確かにほぼ誤差としか思えない自治体は多い。しかし明らかになんらかの間違いがありそうなほど差異が出ている自治体もあった。どことは云わんが。

だからこそ国勢調査が大切なのもわかろうというもの。

野々市町は、今回を前に50,000人を突破して、念願の単独市制の要件を得たが、それも国勢調査の結果を待って正式に手続きに入るという。どっちが重要視されてるかがこれでもわかる。

ところでなんとか、117万人のカベを下回らなくてよかった。まぁ時間の問題だし、10月現在だからそれをもってしても今は下回ってしまってるのは間違いない。

しかも能登地方はどんどん過疎化が進んで、ほぼ加賀地方と面積は等分してるのに、人口は県内のわずか18%でしかない。

北陸地方は新幹線がまだ来てないのもあって陸の孤島から脱却できてないし、気候の違いもあって太平洋側との意識下の格差もまだ大きい。

特にもう今は人口の減少傾向にあるから、こんな人口動態にも敏感になってますよ。

今まで進められた方策とはまた違った過疎対策が、地元からのアイディアとしても、これからより必要になってきますね。

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2010年11月11日 (木)

富山の旅。射水の偉人は地図のプロ

Img_703989z 実は午後から金沢に戻らなければならなかったんで急いで次の目的地へ。

旧新湊市の道の駅「カモンパーク新湊」。ここで地元特産の白エビバーガーを。でっかいバンズに口に入りきれない白エビの掻揚げで食べでがあった。けどお昼に作り置きでさめてて、味もあんまりしなかったんでイマイチ。
Img_703991z いや、白エビが目的じゃなくって、その裏にある「射水市新湊博物館」に用があった。

旧新湊市の歴史が一望でき、特にここは昔放生津潟という湖で、それが干拓などで陸地化されどんどん小さくなり、今では富山新港になってるってわけで。
さらには地元の偉人、石黒信由とその子孫で陶芸の人間国宝、石黒宗麿に関する展示が常設されてます。
Ishiguro この日は特に、石黒信由の生誕250年を記念した特別展があって、これを観に来ました。
「石黒信由」って誰かというと、江戸時代後期に北陸で活躍した和算家・測量家で、伊能忠敬に引けをとらない技術と行動力がありました。彼が残した地図や資料も一級品で、その多くがこちらに保存されています。

ここ射水も、加賀藩だったってことをお忘れなく。石黒信由も加賀藩からの特命で越中・能登・加賀の新田、内検地、寺域・河川境界に関わる測量と精度の高い地図の作製を長年にわたって行ってきました。展示してあるものはまた特に大きいものがあり、畳8畳くらいのも。複製地図を買ってもなかなかそんなのはお目にかかれませんから感動ですね。
伊能忠敬が北陸を測量に来たときに会っているようで、多くの情報交換をしたはずと伝えられています。

複製地図もいろいろ売ってたんですが、あまりに縮小されてて文字が読みにくく、射水郡の一枚だけにしました。
ここと氷見とで過去の展覧会資料をいっぱい買い込んでしまったのもあって。
Img_703981z そうそう、氷見では日宮神社も撮ったんだけど、気の早い七五三が何組も詣でてらした。今や分散型だそうですね。

じゃ、急いで金沢に戻りますよ。次は金沢城です。


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2010年10月27日 (水)

伊能忠敬に逢ってきた!

Img_703273z 地図マニアの崇拝対象、伊能忠敬の測量210年を記念しての「完全復元伊能図全国巡回フロア展」に行ってきました。
去年から全国を順次廻ってるのは知ってましたが、ここ金沢では今回、金沢工業大学の学園祭にあわせて、23・24日に同校第二体育館で開かれたのを、矢も立てもたまらず一番で乗り込みましたよ。
Img_703274z 地図ネタも久しぶりですが、このビッグイベントを取り逃がすともう二度とお目にかかれないでしょうし、伊能忠敬研究会名誉代表渡辺一郎氏の講演とあわせてみっちり2時間堪能しました。

開館時間ちょうどに乗り込んだのに、関係者や研究者、報道など含めもう会場はたくさんの人。早速ながら加賀能登周辺も人だかり。
Img_703277z 一口に伊能図と言ってもピンとこないでしょうが、伊能忠敬がメインとなって10次17年にもわたる測量の成果としての地図は、正式には「大日本沿海輿地全図」。
大図1/36,000・214枚 中図1/216,000・8枚 小図1/432,000・3枚 というもの。
大図を正しくすべて広げるには、50m四方も必要となる膨大なものです。
Img_703280z さらには何をそんなに興奮するべきことなのかというと、伊能図は幕府提出の正本以外に、その製作意図や模写の程度によって、副本・写本・稿本・模写本などさまざまなバージョがある。
しかし正本は維新時に明治政府に引き継がれた後焼失してしまい現存せず、そのほかの図も関東大震災などで失われたりバラバラに散逸して、半分以上は不明のままでした。
Img_703292z しかし2001年になんとアメリカの議会図書館に大図の模写図が207図も発見され、俄然その全貌に近づきました。
そしてまだ未発見だった6図も全く近年になって、国立歴史民俗博物館や海上保安庁で見つかり、とうとうほぼそのすべての図貌が明らかになったってわけです。
そしてそれらを一望できるチャンスは、ごらんのようにこんな体育館とかを使わなきゃならんということで、その希少さをわかっていただけたでしょうか?
Img_703295z 伊能忠敬の事績は、もう語る必要もないくらいでしょうけど、50歳で隠居して天文学の道に進んだこと、10次の測量のうち最初の2次は自費で発ったこと、足掛け17年、35,000km5,000万歩にも及んだこと、そしてなにより、日本の国土の姿を明らかにして、国家百年の計を地でいったことなど、他に比するものがありません。
Img_703301z ではその一部を早速見て行きましょう。

まず当地金沢です。沿海ってからには、基本は海岸線を測量し、必要に応じて内陸の街道や山の方角も測りましたが、金沢の場合宮腰(金石)から金沢城下に入ったものの、近在の村の名もないところ、加賀藩では最低限の協力しかしなかったのではないかという説があります。
Img_703302z もっと言うと非協力的って。けど金沢以外、こうやって能登とかは詳細になっていますから、決してそうではなかっのでは。
畳3畳ほどの能登半島は豪快ですね。




Img_703306z 七尾湾の海岸線も複雑なのがよくわかります。
写真を拡大したら、村の名前とかも読めますか?




Img_703311z 大図の中でいちばん美しいと言われる富士山です。
アメリカで見つかった大図は旧陸軍が模写したものでほぼモノクロでした。それに彩色を施してみたわけですが、山肌の緑が美しいこの国会図書館蔵の図を参考にしたそうです。

Img_703312z 江戸周辺です。ここも精緻でサスガ大都会を当時からも思わせますね。

右側に二つある丸いカラフルなマークはコンパスローズと言って、実はあそこで隣の図と分かれています。図の端に半分ずつ描いて、つなぎ合わせる目印になる接合記号というわけです。
それぞれが微妙に違って、そのマークの緻密な美しさにも見とれてしまいます。
Img_703317z_2 こちらは名古屋周辺です。名古屋の読者も多いものでw。
尾州居城とあるのが名古屋城。1803年当時なのに名護屋と書いてありますね。熱田神宮まで海のそばだったのは古地図で知ってましたが、名古屋の方たちも御存知でした?

Img_703346z_2 10次に亘る伊能忠敬の測量の中でも、あまりに海岸線が複雑なため、10数人の測量隊を二手に分けて進んだところもかなりあります。
奥能登においては七尾周辺は忠敬が、輪島一帯は平山郡蔵が廻っています。


Img_703353z_2 この大図の他に中図・小図があって、それは極端に小さくて中図で8枚で済みます。
しかしこれも数奇な運命のもとで発見されました。

それはフランスの片田舎の粗末な別荘の屋根裏から偶然見つかったというもの。

Img_703354z_2 1970年ころに家の持ち主のペイレ博士が屋根裏を整理していたら発見。珍しいものということでとっておかれたのを、渡辺氏が本物の中図の副本であることを確認。しかしそのまま所蔵されていて数年たったら、保存状態が悪く急激に劣化。


Img_703355z_3 急いで日本国内で買い取ってもらえる会社を探して、今は日本写真印刷㈱が所有されることに。そしてなんとか修復してこうやって皆さんの目に入るようになりました。

元の地図はたくさんの種類が複写含めて存在したものの、多くが焼失や散逸するなど不遇な運命の下だったようですが、その再発見も度重なる偶然の産物。そんな数奇な運命には、なにか忠敬の想いも深く込められているような気がしてなりません。
Img_703332z_3 最後に、伊能忠敬がいかにすごい人だったかの究極を。

この伊能図の複写を元に、明治17年以降になって輯製二十万分の一図が陸軍参謀局によって作られました。内陸は明治になって調査したものの、沿岸と街道は伊能図に依存。
そしてその後三角測量の上新しい帝国図として順次置き換えていったわけですが、それは明治後期から大正期にかけて、そして最後まで残ったのは昭和4年。なんと伊能図は108年も残ったということなのです。

他に地図に使用した紙は3層に漉いた特殊な和紙だったとか一度ぬらして完全に乾かしてから描いたとか、語りつくすにはまだまだ誌面が足りません。

けど渡辺氏の話の中で一番印象に残ったのは、伊能忠敬は戦前の修身の教科書に載ったとおりの、なにも特別な天才とか能力のあった人ではない。物覚えも良いほうではなかったようだし、言われるような特殊な商才で巨万の富を残したわけでもない。
ただ、50歳を越えての新しいことにチャレンジした勇気、長年かかって日本全土を測った根気と執念、精度を高めるために払った工夫と努力の跡を思って、混迷の現代を生き抜く元気をもらって欲しい、ということ。まさにそのとおりと思いました。

この度外れた彼の業績を靴下の下に踏みしめながらww、身近に逢えて教えをいただいたような気がして、少しばかりの勇気が出てきた想いです。

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2010年2月15日 (月)

江戸で買った古地図をすべて紹介!!

Img_133482z では、先日の「秦川堂書店」で求めた古地図を一通り解説します。

石川県の地図を3種買いましたが、一つ目は大正13年「日本交通分縣地図」其六石川縣。

これは当時、東宮御成婚記念、つまり昭和天皇の御成婚を記念して大阪毎日新聞が発行した付録で、各家庭へ配布されたもののようです。
だからか、一番多く棚にも並んでて、1,000円という安い値段がついてました。

しかし地図のクオリティは高く印刷もしっかりしており緑と朱が鮮やかで、当時の市町村域、鉄道、山の標高などがよくわかります。特に別表の金沢市街図は、街地と旧町名がはっきりしていて、旧町名時代を調べる上で一級資料ですね。市電の駅名や金沢市内を取り巻く旧村群も興味深いです。じっくり読み込みたいですね。
Img_133485z 続いては、明治41年最新石川縣全図、です。最新って言われても、ですがねw。

この版形はふた周りも小さく、東京博愛館から発売された定価七銭のものですが、2,100円しました。
縮尺が大きすぎて、郡境はわかるものの、村境は全くわかりませんね。そういったとこ、江戸時代の国絵図に似てるかも知れません。
この地図の面白いのは、当時の公共施設が欄外に羅列してあることです。すなわち、第四高等学校(今の金沢大学)や金澤第一中学校(泉が丘の前身)など学校が13。郡役所や裁判所、陸軍管区の連隊名とか。


Img_133486z 石川県最後は昭和16年、大日本分縣地図石川縣です。
現在の教科書地図に通ずる色組み合わせになってきましたが、戦時に突入する当時、地図も統制に入り、日本統制地図株式会社の発行です。
金澤市域の軍事施設、つまり最初の地図でわかる金沢城跡の第九師団や野田の陸軍騎兵第九連隊など詳細は全く空白とされています。

それでも金沢市以外に七尾市や小松市、大聖寺町と温泉郷とか、市街図が別枠に詳しく描かれ、各地の街も発展していった様子が窺えて面白いです。

石川県内の私鉄も、このころがピークでしょうか、あちこちに朱線が引かれてたのもしいです。北陸鉄道として統合されたのもこのころでしょう。
裏面には石川縣の地誌と、各市町村と集落名が列記され、時間があれば読みふけって恍惚にひたりたいんですがw。これは2,000円でした。
Img_133487z さて次は、最近実測金澤市街地図。最近と言っても大正9年です。版形はかなり小さいんですが、そのころの市街図は以前からほしくて、定価拾五銭でしたが4,200円はたいて買いましたw。
まだ市電は全通しておらず、主要地についてる赤点は何を指すのかわかりませんが、江戸時代の金澤絵図と同じ範囲・向きで主な道もほぼそのままの、大正年間のくせに江戸時代からワープしてきたくらいの面白さがあります。旧町名もバッチリです。戦災に遭わなかった金沢は、今でもそれらの道のほとんどは追えるんですよ。
Img_133489z ここからは石川を離れ、番地入東京市全図、明治45年金松堂発行です。
江戸図と同じ、江戸城大手門を下向きに描く図は、ほぼ明治期は踏襲されてるようです。
まだ中央停車場、つまり東京駅は計画線ですが、市電の朱線が縦横に走り、堀はまだほとんど埋め立てられず、水の都市として地面すれすれを人々が行き交う、視界の開けたクリーンな街のにぎわい、というのが目に浮かぶようです。このころの東京にぜひ行ってみたいと思ってました。
最新横濱図が欄外のオマケで、今の埋立地はほとんどないんですね。
Img_133490z 裏面は朱色で市電の路線図と、浅草公園や上野公園・動物園など観光スポットが絵図で描かれ、居ながらにして東京を遊びまわる空想ができます。
東京の沿革が長い文章で書かれ、これはとても面白いです。秩父別当重綱が初めて江戸太郎と号す、とあり、まるまる筆記してデータに記録したいくらいですね。
版形も大きいこれは5,000円しました。
Img_133492z 最後は、少年倶楽部第十六巻第十一号付録の、昭和4年、大日本全図です。3,100円也。
全国の鉄道網が、全駅や計画・工事線もあわせて描かれ、鉄道ファンにはたまらない地図のひとつでしょう。少年倶楽部の付録としては人気の的だったんじゃないでしょうか。当時は沖縄にも軽便鉄道がありました。
またこのころ、朝鮮・台湾・樺太と、併合していたこともあり、当地の地図もすべて載っています。
Img_133495z 裏面は東京大絵図として東京全体をパノラマした絵図。俯瞰絵図で昭和初期に有名な吉田初三郎氏の筆によるものです。
下には明治神宮や東京駅など名所の建物が写真で紹介され、ちょっとした歴史資料です。
国会議事堂が今の形をしていないのが新鮮ですw。
そんなこんなで、たっぷりとお届けしてしまいましたが、興味のない方にはうっとおしかったでしょうかw。
ではまた。。

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2010年2月11日 (木)

今年最初の江戸参勤 5 ブラタモリ 1古地図

100130_141035 東京駅を離れて今度は、先日NHK「ブラタモリ」でやってた神田界隈へ。
「ブラタモリ」は坂と鉄道、地図地形に造詣の深いタモリが東京の隠れスポットを巡りながら、江戸のよすがを偲ぶという番組。「タモリ倶楽部」でそんなテーマだったとき目の色を変えてたタモリに、NHKがアタックして実現したかのようなプログラムです。
僕もまさに趣味がストライクなんで、欠かさず録画しています。そこでこの日はブラタモリをオマージュして後追いしてみました。

さて最初に寄ったのは神田神保町の古書店街「秦川堂書店」。ここは古地図の専門店で、店に一歩入ってみると、そこはテレビに映ってたままの、僕らからすると楽園、つまりパラダイスでした!!

複製でないホントの古地図、それからさまざまな鉄道書籍、各地の郷土史や古い写真ハガキなど、ヤバイ、一日あっても足りません。

入ってすぐに、東京の古地図の棚が僕を釘付けにしてしまい、時間も忘れて物色しちゃいました。

明治から昭和の市販されてた地図なんですが、それほど高くなく、複製古地図に毛が生えた程度でモノホンが手に入るとは思ってませんでした。まぁ、高いものは高いし、江戸の地図は値が張りますけどね。

Img_133482z いくつか買おうと迷ってたら、隣の隣の棚に、地方別の地図も積まれてて、あったありました、石川縣の地図が・・。

こりゃ買わずにおれません。金沢にいても地元の古い地図はなかなか手に入らないのに、さすが江戸です、なんでもそろうのにオドロキです。

財布といちおう相談しながらも、ほとんど衝動買いのいきおいで、6~7枚カウンターに持っていってしまいましたww。

東京のをむしろ2枚だけにして、あと兼六園の古写真ハガキセットも。

僕のワガママで、少し広げてたサイズでの梱包を、元の折り目まで小さく折りたたんで袋詰めなおしてもらい恐縮です。リュックに入れねばなりませんもので・・。

タモリも興奮した「秦川堂書店」。僕らのシュミ者には聖地のひとつとして挙げられますね。10年くらい前は神保町は何度もきてたのに、その存在をいままで知りませんでした。これから何度も足を運びそうですww。

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2010年1月12日 (火)

ビジュアルブック「池波正太郎の世界」

100112_224516 「遠山の金さん」とか「水戸黄門」とかの、パターンの繰り返しや時代考証のいいかげんな時代劇に飽き飽きしてて最近は見てなかったんですが、池波正太郎の作品は漫画から入って、特に大島やすいちの「剣客商売」にはハマリました。
江戸中期、田沼意次の時代の生き生きとした活気あふれる江戸の町の暮らしぶりと、当時のほぼ確かな時代背景、地理的描写など、大島やすいちの精緻で丁寧なタッチでその空気が見る者にダイレクトに伝わってきます。そしてなにより、主人公の秋山小兵衛の生き様が飄々としててうらやましい。剣と人生の達人と謂われる所以です。

ドラマでは藤田まことが好演してたようですが、リアルタイムで僕は観てませんでした。再放送も何年か前にしてましたが、当時も何気に見過ごしてました。

さてその「剣客商売」をはじめ、池波正太郎の江戸時代の息遣いが感じられる物語を描きあげた世界を紹介したビジュアルブックが朝日新聞出版から出ました。
僕のように小説から入ってない者でも充分たのしめる、その世界観の奥深さを興味深く教えてくれるシリーズです。

特に物語の舞台としての江戸を現代と比較しながら追いかけられる特集、そして付録の古地図(ストーリーの舞台、注目スポットが記されてるのがいい!)などとあわせて、地図好きにはたまらないおもしろさが満載。まさに江戸そのものが描かれてるシリーズです。
池波正太郎といえば、必殺シリーズや鬼平犯科帳など人気作もたくさん。それらが複数回にわたって紹介される、全30巻の週間ブックです。ぜひ手にとってみてください。

剣客商売 5 (SPコミックス)

剣客商売 5 (SPコミックス)

著者:大島 やすいち,池波 正太郎

剣客商売 5 (SPコミックス)

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2009年12月24日 (木)

「地図中心」に江川達也登場!!

091224_212045 地図マニアのバイブルのひとつ、日本地図センター発行の月刊「地図中心」に革命が起こった!!

定期購読してるんで今日、郵便受に入ってた雑誌に、ああ地図中心が来たな、と思ったらなにやら見慣れぬ表紙が。
お堅い誌面で頭から最後まで綴られてるこの本にしては、突然マンガチックな子供ウケでもしそうな表紙に、正直見た瞬間は愕然とガッカリしてしまった。

ところがよくよく見ると、「特集 江川達也連載開始 地図漫画 脳内散歩地図」
ええっ、するとこの表紙は江川達也デザイン??

漫画家江川達也は知る人ぞ知る地理地形地図フェチ。あのタモリ倶楽部にも準レギュラーで、東京の地形探訪の回には必ず顔を出している。
そうか、その江川達也が「地図中心」に描いてくれるんだな。

ページを開くともっとオドロイタ!Macを駆使して東京の1/10000地形図や明治の測量原図に等高線などを加工して、延々と30ページに亘って用水の歴史やそれにまつわる想像図を面白く紹介してる。僕らが手軽にできない地図上での夢想イメージを、彼の手で具体的にカラー画像とマンガで見せてくれる。元々それが永年の趣味だった、というからもっとビックリだ。

地図を加工する時間も能力も少ないけど、同じ趣味を求めてる人がこんな有名人でもいるんだと思うとスゴクうれしいですよね。全48ページしかないのに30ページも江川達也のマンガで占めさせるなんて、地図センターの英断にもオドロキましたが、これは一回目のスペシャル。これからの連載は4ページくらいだって。

NHKの「ブラタモリ」など、最近は江戸の地誌を追う街あるきが流行ってるみたいだし、またゆっくりあちこち歩き回ってみたくなりましたよ。この週末は空いた時間どうしようか、まだ未定なんだけどw。

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2009年9月23日 (水)

日本の水準はどこにあるのか?

Img_118680z その後は永田町へ。週が明けて水曜には新しい内閣が出来る、今一番ホットなスポットを目前に、一体何しに来たんだ?というと別に国会議事堂に用があったわけではありません。
しかし新政府誕生を前に、なにやら工事してますな。

Img_118684z 僕が用事あったのはここ。国会議事堂前庭の、憲政記念館がある側に、あったありました。
地図マニアの聖地のひとつ、日本水準原点標庫
水準原点とは、日本全体の標高を決めるために、その元となる高さの基準を設けたもの。この国会前の、国土地理院の前身、旧陸軍参謀本部陸地測量部のあった安定した台地の上に、明治24年に竣工設置されました。
Img_118687z 安定した、というくせに、関東大震災で地盤がわずかに沈下し、設置時点の標高(東京湾平均海面T.P.)24.5mから現在は、24.414mになっています。
原点はこの建物の中にあり、これはそれを保護するための標庫。石造りのローマ風神殿建築のすばらしさから、千代田区の特別登録有形文化財として登録されています。
「點原準水」というレリーフと、扉の菊の御紋が厳かですね。
Img_118691z 小雨がきつくなってきました。予定してませんでしたが、隣接する憲政記念館に入ることにします。今ちょうど国会が盛り上がることになるでしょうしね。
土曜午前では来場する人もまばらで、ゆっくり静かに落ち着いて見ることができましたが、それでいいんでしょうか?
Img_118694z 中は基本的に撮影禁止でしたが、一部OKのところだけちょっと。
国会議事堂の現在の模型です。左脇の衆議院の一部が現在工事中でしたね。自民党・民主党の議員控室のレイアウト変更にも関係してるんでしょうか。


Img_118695z 議場の中の模型です。展示では、国会開設からの歴史がつぶさに紹介されてましたが、もちろん教科書以上に貴重な写真映像や書物、肖像画などもあって大変興味深い。これも国立で当然運営されてるわけで、もっと外向けにアピールしてほしいですね。

Img_118697z 撮影OKのブースに模擬議場がありました。7/10のスケールでコンパクトですがモノホンに近いです。





Img_118701z どっかの町議会議場にピッタリかも知れませんが、雰囲気は出てますねw。






Img_118703z 実際、このモケットに座ってみました。テレビではあんな狭いとこに・・、とか思ってたんですが、意外に余裕ありました。
ふっかりしてても90度なんでシャキッとしますし、居眠りなんてね・・w。
名札は出席時に立てて退場時に倒すようになってます。賛成票の白票、反対票の青票は机に数枚ずつ用意されてるんですね。

数日後には新しい日本の政治が始まる時に、タイムリーな体験ができて面白かったです。

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2009年7月 5日 (日)

映画「劔岳 点の記」に感動☆

090705_210721 待望の映画「劔岳」点の記、を見てきました。地図フェチとしては外せない作品で、2年前の地図力検定を富山でやったときから注目してました。
新田次郎原作で、明治時代に三角点測量のため今の国土地理院の前身である陸軍参謀本部陸地測量部の測量官が未踏の剣岳を踏破するという実話に基づいた作品。
邦画の歴史ともいえる50作もの映画の撮影をしてきた木村大作氏初の監督。既報のとおり2年に亘ってCGや空撮を使わず実際にキャストとともに登山を続けて撮った、超リアルな映像。過酷な天候や大自然の山々の迫力に立ち向かう執念は、映画の原点を思わせる圧倒的なスケールを観るものに与えてくれた。
浅野忠信のとつとつとした中にある強い意志、香川照之の深い演技の幅。長い過酷なロケで、男たちに芽生えた高い仲間意識はスクリーン越しにも強烈に伝わってきました。

山のすばらしさ、怖さを改めて教えられました。そして三角測量では、何万点もの標柱が山々に埋められているわけで、明治以来の先人の努力で今の地図があるんだなぁと、いまさらながらに思い起こされました。2年前の雑誌「地図中心」にも特集され、主人公の柴崎芳太郎は知ってましたが、当時から軍部で評価されなかった彼の業績は、新田次郎の小説を経てこの映画で見事世間に認知されたと思います。「人がどう評価しようとも、何をしたかではなく、何のためにそれをしたかが大事です。」という古田盛作の言葉が心に残りました。

ところでこれは、すばらしい富山県の映画になりました。まったくうらやましいです。けど8月にはオール石川県ロケで、パラグライダーがテーマの青春映画「RISE UP」が公開します。パラグライダーといえば獅子吼高原。予告では空からの金沢平野と日本海がきれいでした。今までめったに劇場に行かなかったのに、去年あたりからちょくちよく観るようになりました。また次が楽しみです。

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2009年1月 4日 (日)

「金沢は"城下町"じゃ」小京都にあらず

Img_70176s  地元の「北國新聞」に2年に亘って連載してた、北陸新幹線開業後の問題提起をした「ふるさと探査2014年」が年末に終わりました。そこで今年からはその北國新聞が出版してる雑誌「アクタス」で大西巷一が連載中の漫画、「おてんば珠姫さま!」主人公の珠姫が活躍?する、「金沢は"城下町"じゃ」が今日から始まりましたよ。
戦災に逢わずに、藩政期の遺構が街並の各所に反映している城下町金沢の魅力をあますところなく伝えてくれる、新聞一面にデッカク載ってる連載コラム。第一回は金沢の街に二重に張り巡らせていた惣構堀という金沢城の外堀機構。今でもその七割方が残ってますよ。

珠姫とは、前田家三代利常に幼少から嫁いだ、二代将軍秀忠とお江与の娘のこと。漫画ではまだまだ子供でおてんば振りを発揮する元気なお姫様を演じてて、コラムでもその調子で読者に金沢の歴史を教えてくれるみたい。
珠姫が言うには、城を中心として、堀と土居で防御された遺構の残る金沢の街は、京都とは全く違う武家の街じゃ!ということ。小京都と言われる面々もいらっしゃるがお門違い。
写真の「加賀国金沢之絵図」でもその構造ははっきりお分かりいただけるでしょうか。

これから珠姫がどんな金沢の魅力を伝えてくれるのか、連載が楽しみになってきましたよ。

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