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2009年12月13日 (日)

河北門、とうとうその威容を現す!!

Img_126382z 長い風邪が治りきらないまま、前日は会社の若い者の結婚式に呼ばれて、2次会までフル参加だったんでかなりパワーダウンしてしまいました。
しかし日曜はお歳暮を買いに行かなきゃなんで、ムリして街まで。そこで河北門の覆いが外れた金沢城も久しぶりに。来週には雪が続くだろうから今のうちに。

まずは鯉喉櫓台石垣。このたび上部も登れるように整備すると正式発表があったんで、工事の様子を。上面が全部見て廻れるようになるみたいですね。とても楽しみです。
Img_126392z さて石川門から金沢城三の丸に入ると、もうさっそく、河北門の威容が眼前に飛び込んできました!
覆いがすっかり外されて、これから雪でも積もろうかというのにいきなり吹きさらしにするんですなw。


Img_126412z 三の丸広場に菱櫓をバックに一大モニュメントがとうとう姿を現した、というかんじです。

明治の一時代にはまさにこのような様子だったはずで、感慨深いですね。


Img_126396z さてよく見てみましょう。
櫓門である二の門は近づけませんが、ちょうど修復なった石川門の二の門同様太い大梁がむき出しで重厚感があります。




Img_126404z 一の門の鬼瓦のひとつです。鉛板に前田家の梅鉢紋を打ち出している例のやつです。
土の瓦を一切使わず、木の型に鉛板を一枚一枚貼っている瓦です。風雨にさらされると、これよりもっと白くなっていって、それはそれでキレイというんでしょうが、この無垢の状態も今だけなんでとても貴重ですw。
Img_126405z 出窓の部分です。ここは銅板で覆われ、赤銅色に美しい、というとこですが、最初もっと無垢の銅色をしてたと思います。10円玉のようにもう色あせてしまったんでしょうか。



Img_126420z 河北門は枡形門。二の門はほとんど晒されましたが、まだその枡形部分と一の門、ニラミ櫓台が囲われたままです。
枡形の石垣や地面の整地も済んでおらず、そのあたりはこれからでしょうね。しかし数日後には雪が積もる予定?3月の完成は大丈夫でしょうか?
Img_126429z 真新しい白漆喰が美しいものの、完成から10年近くたった菱櫓などに比べると、赤っぽく見えるのは気のせいでしょうか。





Img_126427z その菱櫓と五十間長屋です。
雪吊りも美しい北陸の城、という姿ですね。






Img_126425z こちらは橋爪門続櫓。やはり河北門より青白いんじゃないですか。

今日も金沢城内は多くの観光客がそぞろ歩いてました。雪はまだでそんなに寒くはないですが、北陸の冬は海の幸がおいしいんで、寒さに負けず観光客がたくさん訪れますよ。
Img_126442z 宮守堀側に出ると、工事中の旧県庁の裏側も覆いが外されてました。
ガラス面が美しい、レストランも併用される「しいのき迎賓館」として生まれ変わる旧県庁の建物も、宮守堀、河北門とともに来年3月オープン。ここら一帯は春にはにぎやかになりますよ!!

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2009年11月 3日 (火)

急に寒いよ!! でもレンズ無事帰着☆

Img_123771z 今日やっとレンズが帰ってきました。保証期間ギリギリ前後ということもあり、修理費用は無料でOKでした。
EF-S18-200mmで、Canonのハイアマデジタル一眼ではユーテイリティ性の高い重宝したレンズなんですが、いかんせんスライドがゆるく下を向けるとすぐ伸びてちょっと不安な筐体でした。それだからなのか、使用して半年の春に中でチャリチャリと音がしてスライドが硬くなり、そのうち動かなくなってシャッターも押せなくなりました。
Img_123764z キヤノンに修理に出すと、中のあるビスが外れたようで、はめなおして調整して戻ってきました。当然保証期間内だったので費用は掛かっていません。
しかしまた今回、さらに半年後の今になってやはり同様の症状が出て困りました。厳密には購入日から13ヶ月。保証期間は過ぎましたが、同じ箇所の故障なら半年間は無料対応、の枠に入ったのか入らないのか、微妙な日数でしたが(前回の修理日は忘れた)、なんとか無料にしてもらいました。
いずれにしろ、そんな故障はユーザーの責任とは思えませんよね。むしろリコールものではないのかと想います。今回はスライドが少し硬くなって戻ってきました。下にしても簡単に伸びたりしません。またしばらく、半年使ってみてどうか、ですよね。
Img_123755z さて今日は、急に寒気が下ってきてとても寒くなったんで、外に出るつもりはなかったんですが、ちょっと薬局にと車を走らせると、午後から晴れてきた犀川の上流の山を望むと、かすかに雪景色、といった具合。思わずカメラを取りに戻って数枚。
今年も行けなかった高三郎山にも白いものが目立ってます。金沢は晩秋を通り越してもう冬なのかと想うぐらいの最高気温10度。しかしあさってにはまた20度越えらしく、金沢に永く住む者としてもめずらしい寒暖の激しい11月の始まりとなりました。

お互い身体には気をつけましょう。

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2009年10月14日 (水)

廃止目前の北陸鉄道石川線、加賀一の宮駅周辺☆

Img_120172z 11日は免許更新の後、鉄っちやんで溢れかえってるはずの北陸鉄道石川線、鶴来-加賀一の宮 間を乗りに行ってきました。撮り鉄だけじゃなく乗り鉄でもあるので、現地に自動車で行くのは反則ですw。
金沢市内の野町駅から正しく全線500円払って出発!
加賀一の宮までは日中約1時間一本です。
Img_120174z その野町駅では早くも鉄が数人と、子供連れも記念撮影。半年前の休日ではこんなにぎやかじゃなかったですがね。

一年前に、積み重なる赤字と施設の老朽化を理由に、北陸鉄道が石川線の終端区域、鶴来-中鶴来-加賀一の宮の2.1kmを廃止すると発表しました。
Img_120207z 加賀一の宮は名前のとおり、白山比咩神社への参詣駅。古い木造建築で重厚な印象を持つ駅舎は日本100名駅にも名を連ねています。
それでも尚廃止を謳うのは、会社にとってよっぽどの負担になっていたんでしょう。
名残惜しく、とてもザンネンなことですが、やむをえないことです。
Img_120187z この区間の廃止宣言を受けて、地元自治体や住民からは、当然廃止反対の意見が相次ぎました。しかし会社側も事情から譲らず、自治体主体の法定協議会も検討されましたが足並みがそろわず設置ならず、このまま10月31日をもっての廃止が決定的です。
Img_120181z_2 一年間ほどの猶予の中で、さまざまな延命策も検討され、そのうちのひとつとも思える「合格駅」との名称もあまり効果あったとは感じられません。
地元、白山市、金沢市それぞれの思惑も交錯し、和歌山電鉄などの他地区の成功例もあまり参考にならなかったでしょうか。
Img_120314z さて廃止も3週間後に迫り、やはり全国から鉄たちが集まってきてました。
僕が乗った午前中の便ではそうでもなかったですが、一時間後のこの列車でたくさんの鉄たちが降りてきて、ちょっとした観光スポットに。本来全国の3000もの白山神社の総本社である白山比咩神社こそ観光地だから普段でもこのくらい乗客がいてもいいんですがね。
Img_120200z ここから先の背中も以前の廃止区間。赤錆びた線路の上に下りられるようになってましたが、この視線の向こうも廃止になるとは、センチメンタルをやはり感じてしまいますね。










Img_120195z すでに草深いホーム周辺。以前からも思ってましたが、こんな寂れた空間に今までも現役で電車が走ってることこそが奇跡のようです。
降車ホーム幅も狭く、安全確保や電気設備の更新などに数億円かかることになり、廃止は従前からの規定路線だったみたいです。
Img_120247z ではしばらく、この石川線の7200系の勇姿をごらんいただきましょう。
東急7000系タネ車の中でも、中間車デハ7100形が元で昭和39年製造と僕と同い年。
この日は2編成しかいない7200系の両方ともに遭遇。ある意味貴重だがこの中間車改造の最古参はある意味チープでもあり、廃止区間を見に来たのにふさわしいw。
Img_120291z 七ヶ用水の脇を通る7200系。この姿をここで見られるのもあとわずか。
しかし車で他県から来た鉄も多く、撮影スポットの場所取りも少なからず白熱してました。



Img_120227z 東急の古いステンレスカーは全国のローカル私鉄に売られるほどのロングセラー。
他地区でもよく見られるわけですが、この中間車改造車は珍しくたぶんここだけじゃないですか。



Img_120319z 石川線の最後の?集客プラン。数ヶ月前からアテンダントを導入しました。車掌じゃないですが、先頭車の先頭扉からしか下りられない編成のための乗客の誘導、車内キップ販売などを手がけています。
基本ワンマン運転なんで、途中駅からの乗客は整理券を取り、降車時に現金で料金箱に入れればいいんですが、初詣列車など多客時には車内キップ販売の車掌が同乗してました。
Img_120325z 若くてかわいい子の乗務には絵になりますが、隣の県の某私鉄の二番煎じで話題にならなかったのはザンネンです。
また鉄にはあまり関係ないらしい。撮り鉄の被写体はあくまで電車のようですw。



Img_120324z 彼女から買った車内乗車券です。純白ロール紙の紙にパンチで孔を開ける方式。もはやこういうのも珍しいでしょう。
孔から判読すると、加賀一の宮駅から乗って、11日で、500円払った、と。
この全線通しで35分です。

てなわけで久しぶりの石川線の旅でした。廃止間際にもう一度行くかも知れません。31日は土曜で休みの日ですから。。

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2009年10月 1日 (木)

金沢の沿岸の隠れたスポット☆

Img_119564z 21日は友人と早朝から映画を観た後、そこが海に近いとこだったので銭屋五兵衛記念館に行ってきました。
近くは何度も通ってるのに入るのは初めて。
銭屋五兵衛とは江戸後期、金沢近郊の港町、宮腰(今の金石)にあった豪商。はじめ質屋から北前船で財を築いた金沢では知らぬ者のいない有名人です。
Img_119568z 北前船とは江戸時代に日本各地を寄航しながら土地土地の物産を転売していった船で、主に蝦夷地から日本海沿岸を巡りながら大坂に至るルートを本拠としていました。
展示室では北前船の大型模型や当時の文物の実物が多く並べられていて、子供のころ学校の歴史の時間で習って以来おぼろげにしか覚えてなかった銭屋の生涯を、久しぶりに体感できてよかったです。
Img_119573z わずか一代で巨万の富を築き上げた五兵衛でしたが、加賀藩にその点で尽すも密貿易の疑いがあり、幕府の嫌疑を恐れた藩によって河北潟干拓工事の疑惑から陥れられ獄死するという悲劇のヒーローでもあります。


Img_119582z しかしシルバーウイーク中といえども、こういった地味な記念館には来客が少ないのか、どの地方から来たかわからないお年寄りの団体が風のように過ぎ去ったあとには、僕らだけが取り残されましたw。

五兵衛の旧家の一部と土蔵を移築した「銭五の館」では昔ながらの古い家の造りが保存されていますが、数年前まで住んでた自宅も大正時代に建てられたものなんで、共通点が多くて懐かしい思いに耽ることが出来ました。
Img_119556z 外は庭園のような公園になっていて、お台場が保存されています。

えっ、お台場って。そう、ここ金沢でもお台場があったんですよ。
ご多分に漏れず、幕末には金沢でもお台場が数箇所設えられ、特にここは寺中台場と言われ、敵上陸後の攻撃をするための珍しい内陸の台場でした。
Img_119560z 台場の内側から、ここに大砲を設置して敵に備えたもんなんでしょう。そのときの大砲はどんなものなのか、うまく伝わっていません。
しかしこんなところに固定の台場を設けても、なんの対策にならなかったでしょうな。品川台場ですら役に立たなかったろうと言われているし。
Img_119585z そしてもう少し足を伸ばして金沢港まで来て、大野の「からくり記念館」にきました。
大野とはあのTBSアナの安住伸一郎氏も興味持ってる、日本の五大醤油産地で有名。さらにここには[からくり師弁吉]という大野弁吉でも有名です。
東芝の創業者の[からくり儀右衛門]と並び称される幕末の科学者で、例のお茶運び人形やらエレキテルの改良器やらたくさんの実績があります。
Img_119600z ここは銭五館と打って変わってたくさんの来場者でにぎわってました。いろんなパズルなどの体験からくりも豊富で、久しぶりに頭をひねらせて苦心し、正解を紐解けたときは最近忘れてた爽快感が呼び戻ってきてうれしかったですね。
エントランスでは江戸時代のからくり人形の実演で大人たちも感心しきり。
Img_119590z 底の歯車とカムの仕組みで、ちゃんとUターンする距離を調節できるようになってます。経年劣化の歪みを防ぐため、木材は当時から合板が使われてそうでとてもオドロキました。

ゼンマイの動力で動くわけで、浄瑠璃などでもその材料に鯨のヒゲが使われてるのを知ってたんだけど、誰も館長の問いかけに言わないので僕がこの後もいろいろ答えてしまった。
Img_119606z このアクロバット人形は、バク転しながら階段を下りるけど無動力。そのココロは中の水銀柱の移動で重心が動いてくるくる廻る仕掛け。
江戸時代のこれらの代物は、もう同じ材料と水銀量の調整が不可能に近いので、ベンツ並の価格がするし、今でも車や家電の大企業メーカーの技術者が研究に来るって。
Img_119608z 童心?に帰って充分楽しんだ後は、その隣の「大野お台場公園」へ。

えっ、ここもお台場?
ここは海岸がすぐで、海に向かって築かれた台場跡ですよ。


Img_119611z しかし台場そのものの丘ははっきりせず、公園の外側を廻ってやっとモニュメントを見つけました。
しかしここにある短い砲身の大砲では、決して防衛の役割に適さないのは一目瞭然だし、当時としては付け焼刃で、それはどこでも一緒だったんでしょうね。

海沿いを昼ゴハンも食べずに駆け足で廻ってみました。けど楽しかったですね。

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2009年9月29日 (火)

シルバーウイークの金沢城周辺☆

Img_119358z ようやっとシルバーウイークの話ができますw。しかし遠出はしませんでしたが、金沢市内をいろいろと廻ってそれなりに充実。久しぶりの金沢城レポートから。

宮守堀の工事現場では、鯉喉櫓台石垣の積み上げが佳境に入ってました。水面より5~8m上段まで積むという石垣は、実際あとどれぐらいの高さになるのか興味しんしんです。鉄の足場で見えにくくなってますが、広坂の交差点から金沢城方面の正面に見える石垣は、金沢の新しいランドマークにふさわしいものになるでしょう。
Img_119361z 石垣の内部は栗石で埋められてますが、土をかぶせてないのが気になります。堀は当然水も入るというのに、石垣は崩れてこないか、将来がちょっと心配ですw。




Img_119366z 堀の裏側にもこうやって石垣が積まれてますが、鯉喉櫓とはどんなだったでしょうか。早くから史料がなくて櫓台だけになってるんで、ここに立派な櫓があれば、石垣だけとの比ではなく注目浴びるんですけれども。



Img_119371z 宮守堀の復元堀です。ここに水を湛えるのに、あと半年となりました。県庁跡地も再開発内容が決まり、半年後にはここら一帯は新しい観光スポットとして目立ちますよね。どんな風になるかとても楽しみです。



Img_119373z 玉泉院丸の発掘現場に廻りました。ここもかなり発掘が進み、庭園の池の跡などの全貌が次第に明らかになってきています。
2014年度末の北陸新幹線開業に間に合わないとして、暫定整備の仮公園化が計画されてますが、新幹線の開業がひょんなことから不透明になってきて、もしかして14年度には開通してないかも知れません。
Img_119376z そしたらあわてず、発掘を確かなものにして二度手間掛けずに庭園の完全復元も期待したらいいと思いますが。





Img_119381z シルバーウイーク初日は仕事で、日曜20日でしたがすごくいい天気に恵まれましたよ。
金沢市内の観光客も大勢いらしてて、高速道路1,000円の効果もあって県外ナンバーが数珠つなぎでした。レポートには書きませんでしたがここに来る前に石川県立美術館と歴史博物館に寄りましたが、石川県の職員が来場者にアンケートを配って、どこからどんな手段で、何を目的に来ましたか?などと調査してました。
ジモなんでそのまま書きましたが、ジモの意見はあまり参考にならないかも。しかし設問が多くて観光客にはうざったく思われたかも知れませんよ。
Img_119390z この後は例によって河北門の工事現場に。久しぶり(3ヶ月ぶり)に来たらもう屋根の鉛瓦葺きはほぼ終わってました。
土壁の斑直しもほとんど終わり、あとはいよいよ漆喰を塗る段取りでしょうか。先端の剣梅鉢紋も神々しいです。
この日はまた寄進記名会の日のようで、出席者には正面からの見学が許されてるみたいでした。
Img_119395z いつもの見学台からはもうあまりこれ以上の工事の様子は当分伺い知れないでしょうが、正面からこの段に入れるとなるととても興味深いでしょうね。そういや10月3日にまた見学会があるんですが、その日は仕事で行けません。またメディア付いてしまうキケン?があったですが回避されましたww。
Img_119400z 新丸側に廻って河北門の一の門の様子を。ここはもうほとんど出来上がったようなもので、この上の屋根もあらかた出来てるはずです。
両側の海鼠塀の平瓦も埋められ、それには僕ら寄進者が記名した瓦ももう使われてると思います。どの位置にあるかは端末が用意され検索できるようになるらしいです。今からとても楽しみですね。
Img_119403z さて石川門から城外へ出ます。ご覧のように観光客でひきもきりません。石川門のこの二の門はまだ外側は修復工事の覆いがしたまま。このあと有名な櫓の方も修復に入ります。姫路城同様、今から数年は石川門は工事の覆いがかぶされますが、河北門の方は来春いよいよ完成ですよ。
Img_119409z 広坂に戻って21世紀美術館です。とってもいい青空になって撮影日和ですね。今年の週末の秋はこうやって晴れてくれるといいんですが。

さて、シルバーウイークのレポートはまだまだ続きます。



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2009年9月28日 (月)

梅のない、暑い偕楽園でした☆

Img_119463z 水戸駅前で簡単に食べるところも見つからず、このまま偕楽園に向かうとしましたが、なんとバスが1時間に1本。バス会社2社でようやく2本といったところ。しかもルートも不案内で、時間かかるの覚悟したところすぐに来た茨城オートのバスに飛び乗りました。すると街のメイン通りをぐるっと通った後、偕楽園入口バス停へ。

入口??

それらしきものが見当たりません。県立歴史館ってあるけれど、それとは違う? ちょっとした偕楽園→の看板を見つけ、観光客数人と狭い路地を進んで数分、やっとこさたどりつきました。偕楽園御成門だって。
Img_119464z 中に入って園内地図と市街図を見たら、いわゆる表側でなくて裏側にたどりついたようです。
そしたらまっすぐ表側に行かずに、ぐるっと廻ってみようじゃないかい。
うっそうとした竹林や松林を抜け、坂を下ると常磐線沿いの開けたところに出ました。
Img_119470z ここまで来て気づきましたが、偕楽園って無料なんですね。兼六園も僕の子供のころまで無料でしたが、園内整備の費用を観光客にも負担してもらうことになって、300円掛かります。水戸は弘道館が190円で、幾分リーズナブルに市内観光できると思いました。
今の季節、梅園も緑一色で、なにか特別見るものがあるのか?って感じで観光客も少なめでしたが・・・。
Img_119475z この日は9月13日、夏復活を思わせる日差しで、久しぶりにとても暑くて大汗かきました。水戸城めぐりしてるときからタオルが手放せなかったんですが、偕楽園の外周を廻ってる今が疲労もピーク。
園内から常磐線が撮れるすごくいいアングルも列車が来ないとタカをくくってたらいつのまにかフレッシュひたちが通過。追いかける元気も出てきませんでした。
Img_119485z 偕楽園もこんなもんか・・・と思ってて、最後にきつい坂を上ってどうにか正面側に出たら、なんとそこはとても開けた広場になってました。そして観光客もたくさん来ていて、家族連れとかも大賑わい。のどかな日曜昼下がりに一変です。
そしてなにやらあの奥が騒がしい??
Img_119483z 行ってみるとそこには、あの有名な集団が・・・w。

そう、水戸といえばコレ! 水戸黄門ご一行様たちです。観光客一人一人の、ご希望者と記念撮影に納まってました。もちろんテレビに出てる俳優本人たちではありませんが、無料でご当地でこんなサービスしてくれるなんて粋ですね。
この暑い中役者さんたちもお疲れ様です。
Img_119487z ここは高台にもなっててすごく見晴らしもよく、思わず疲れもふっとびました。
なんだ、偕楽園っていいとこじゃないの。ここにいたるまでいったい何を見てたんでしょうねw。

日本三名園の二つ目にようやく来れましたが、しかしここはマイカー前提の観光地ですかね。もう少し駅から便がよければいいんですが。
Img_119489z 向こうには水戸市街地と千波湖が見えます。シーズンには桜並木とつつじが美しいそうです。
偕楽園といえば梅ですが、今回は全くの季節外ですね。でもシーズン真っ只中で混雑してひどい思いするよりよっぽどのどかでよかったですわ。
Img_119498z さて正面側の東門を出ると、常磐神社がありました。徳川の三つ葉葵の紋を拝むのは意に反しますが、水戸家ならヨシとしますか。
徳川光圀・斉昭が祀られています。黄門さんといえば葵の印籠。それを模した印籠お守りがあったんで思わずゲットです。

友人たちの予定がつかず、今回は全くの一人旅となってしまいましたが、いつも自由時間がなくて関東をあまり回れなかったんで、意外と充実した関東めぐりでしたよ。

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2009年9月27日 (日)

水戸城跡は学校の中?

Img_119413z では水戸観光を駆け足で。
まずは水戸駅前から正面の小高い丘の上、水戸城敷地内三の丸にある、藩校「弘道館」
幕末近く天保12年(1841)に徳川斉昭によって創建。光圀から始まる流れを汲む水戸学の精神を教える総本山です。
この正門と正庁、至善堂が国の重要文化財として残っています。
Img_119416z 正庁の中に入って諸役会所の間。いきなり「尊攘」の掛軸で圧倒されましたw。
天皇(神)を尊び日本古来の倫理道を基本とし、儒教をあがめた水戸学の真髄が早くも篤く伝わってきました。



Img_119419z 正席の間では、大きな拓本の掛軸が。弘道館では藩の精神を謳う各種の石碑を拓本にした掛軸が多く掛かっていました。その石碑の一部は偕楽園でも見かけることが出来ました。
これは弘道館記という弘道館建学の精神と教育方針を記したもので斉昭の筆によるもの。
Img_119423z 奥に入って至善堂御座の間。絵が掛かっているように、大政奉還して江戸城から引き上げた慶喜が恭順謹慎していた部屋です。
決して暗くないですが、質素な空間は当時の状況を想像させて凛とした気持ちにさせてくれました。
Img_119428z 徳川慶喜の写真です。右は光圀の肖像。
水戸家は慶喜の兄弟が跡を継ぎ、現在も15代目斉正氏がご存命ですが、慶喜は宗家別家として明治になってから徳川慶喜家を創立。今は4代目に写真家の徳川慶朝氏がいます。慶喜も晩年、写真を趣味としていました。
Img_119432z 弘道館を出て、本丸に向かいます。元の空堀?をまたいで大手橋。女学生が歩いてました。





Img_119435z 渡りきると徳川斉昭公の銅像が。







Img_119436z 土塁の跡があって、水戸城の案内看板がありました。
水戸城はそのほとんどの史跡は存在せず、空襲その他で焼けてしまったようです。この本丸・二の丸・三の丸も現在公立学校になっています。さっきの弘道館も一部は旧県庁・県立図書館と、三の丸小学校になっていました。
Img_119439z 戦前までは、二の丸に三階櫓が残ってて、これが天守の代わりをしていました。今は櫓台もはっきりとはしていません。





Img_119442z こういった全くの文教地区。水戸二中に水戸三高が両側にあるここが二の丸。この通りが水戸城跡通りと呼ばれてます。





Img_119443z 本丸に向かう橋の下には水郡線が通ってました。ここも空堀だったようです。列車が走ってる瞬間が撮りたかったですが、1時間に一本では待ちきれませんね。




Img_119446z しかしこの橋を平気で渡れたわけではありません。
橋の向こうは水戸一高。学校に用がある人だけが通れるってわけですが、そこは水戸城本丸。城跡見学の人も通ってヨシ、だそうで。校門?前には城を案内する看板が。


Img_119455z 水戸一高の入り口には、移設された水戸城の薬医門が。この門を見学に来た人だけが唯一校内に立ち入りを許可されます。
旧領主佐竹氏時代のものらしいですが、明治維新後あちこちに移され、最終的にここに移設されたようです。
薬医門というと本来寺院にあるものと思ってましたが、城にもあるんですね。
近代的な校舎とはうらはらで、とても異質に感じましたし、門をくぐるとすぐに、コレより奥は立入禁止の看板が。隣のテニスコートで学生たちが汗を流してるし、観光客はいずれにしても来にくい場所ですね。
Img_119459z 水郡線沿いに坂を下りて水戸駅に戻ってきました。なかなか鉄撮りにいいロケーションなんですが、いかんせん本数が少ないので走ってるところが撮れません。時間がないのでこれから偕楽園に向かおうと思うんですが、これもちょっと難儀するとは。

続きは次回で。。。

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2009年9月26日 (土)

常磐線特急と水戸駅の車両たち☆

Img_119388z ようやく上野駅を出発して一路常磐線を水戸へ。ほぼ同時に発車した上越線の185系「水上」「草津」も日暮里まで並行して走ります。
651系スーパーひたちは、キップが得々だったから指定席に座りましたが、埋まり具合は1/3くらいで、全く静かな車内でゆったりとした時間をすごせました。常磐線の奥地は行ったことなかったんで車窓を楽しみたかったんですが、疲れからか半分は寝てしまいましたね。
Img_119404z 戻りは違いますが行きはなんとノンストップで水戸まで。あっというまに着いてしまいました。
県都の風格もあり、ここから支線が何本も出ているので駅構内も広く、国鉄時代はいまよりも栄えていただろうことが容易に想像できます。
Img_119390z_2 水郡線のキハE130系です。JR東日本の気動車は新型更新がほとんど済んでるので、こういった省エネタイプのカラフルな車両が多いですね。今日は往復に時間が取れないので、一時間に一本の水郡線は乗りません。水戸滞在時間も4時間に設定してますんで。
Img_119400z 構内にはED75EF81の群れが。この赤い車体に、ここが交流電化区間だってことを思い出させてくれました。金沢となんら変わらないじゃないですか。
右のEF81は北斗星塗装されてます。



Img_119405z ついでながら本日は、水戸での鉄道関係を行き帰り分全部お見せします。水戸城とかは明日で。ひっぱるな~w。

E501系とかも厳密には初めて見ました。209系にそっくりですがね。交直両用なんですが、最近は水戸線や水戸以遠の交流区間だけなんでしょうか。
Img_119408z 近代的な水戸駅コンコース。鉄骨むき出しとガラスの明り取りは、最近の流行でしょうか。しかし明るい雰囲気ですごくいいですね。金沢駅も、せめて新幹線ホーム上はこんなに明るくしてほしいんですが。



Img_119515z 一足飛びに、水戸駅の隣、偕楽園臨時駅です。シーズンにはたくさん停まるようですが、今はシーズンじゃないのかな?フレッシュひたちが素通りしていきました。
偕楽園の山の下にあって、たしかにここからならすごく便利です。水戸駅から偕楽園行くのにあんな不便とは知りませんでしたんで。
Img_119519z 帰りのホームには、鹿島臨海鉄道の6000系が停まってました。JRのホームと隣接してて区別はついてません。
これも気動車で2両ないし3両編成。鹿島神宮まで行けるんですね。今日は時間ないんで乗りつぶしのチャンスをみすみす逃し続けていますw。
Img_119522z ホーム上のキオスクではE653系を模したデコレートが。藤沢駅とか、こういうのよく見かけますよね。けど北陸ではないですな。





Img_119526z 向こうではその赤いのが入線してましたw。ここ常磐線水戸周辺では、ホント普通列車より特急車両の方をよく見かけました。そういうとこからも、金沢とも共通点が多いですね。



Img_119537z 上野に戻ってきたら、またカシオペアがいました。今度は本日出発便のようです。このカシオペアスイートは一号車。上野では東京寄りに固定されてるんで出発では最後尾です。もちろん、そうでないと機関車に視界を妨げられるしね。しかし頭端駅の青森-函館間と、上りの逆は機関車の後ろ。上りではほとんどがつまらぬ景色ですよ。
Img_119544z 最後は、この日ちょうどオープンした上野駅の新みどりの窓口。最新設備とすっきりしたレイアウトでどこか高級感。出発時では奥がまだカーテンで閉じられてたけど戻ってきて改めて撮ったら全開店だった。
けどキップは窓口じゃなくて自動券売機で買っちゃったけどね。
鉄道関係はこれで仕舞にして、明日はいよいよ水戸城と偕楽園のレポートを・・。

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2009年9月25日 (金)

上野駅で普段見なかった列車のオンパレード!

Img_119311z まだ先週の話ですいません。13日は思い立って水戸へ行くことに。たぶんあるだろうと思った得々キップを、上野駅の新しくなったみどりの窓口の自動券売機で購入。ひたち往復キップで特急指定がついて7000円。1200円くらい安いのかな?
ホームに出ると人だかりが。おっ、カシオペアだ! 専用のEF81 79号を先頭に?ということは到着便。生で見るのは初めてですね。
Img_119315z このカシオペアスイートは乗りたくても予約がめったに取れないプラチナルーム。いつか誰かと乗ってみたい??





Img_119320z このシルバーの妖しげな?車体は、どこか宇宙を思わせますね。
もうカシオペアも10周年。寝台列車衰退の中で、唯一といっていいほどの元気者。しかし上野-札幌では、こちらに住む者としては縁遠いですわ。


Img_119334z あちらでは北斗星が。グレードは落ちるけど同様に豪華な札幌行き寝台。「北陸」とともにいつまでも残ってほしい列車です。しかし東北本線が上野-東京まで通じて、車両基地が田町に変わるときにどうなるかが一つのターニングポイントです。


Img_119336z こちらでは185系の「水上」「草津」。185系は登場時、東北新幹線が大宮暫定開業だった上野からの「新幹線リレー号」でよく乗りました。そのころは真新しさを感じた規格品特急車両と思ったものですが、直後のJR化から新型特急車両はそのバリエーションを増やし、185系は一気に陳腐化。「踊り子」や東海道本線臨時普通にせり出してもお得感はあまりなかったでしょう。
隣の651系がそのJR特急の先駆です。
Img_119339z クチバシ?に相当するヘッドのTマークが国鉄特急の矜持を表してて僕は好きです。
よく見ると運転室って奥行き広いんですね。




Img_119343z これが今から乗る651系スーパーひたちです。シートは登場時からリニュアルされてるので、疲れず快適でした。1時間ちょっとでノンストップで水戸に着く速達性は、水戸が手軽な都心からの観光地ということで、もっとも集客力のある場所とも思えるんですが。
Img_119346z 向こうに写ってたE653系フレッシュひたちですね。これって何色あるんでしたっけ?
651系とE653系の使い分けがよくわかりません。これは7両固定で、651系は増結可能ということはわかりますが。



Img_119348z 651系のテールランプはLED表示の中にあります。わかりにくいですね。






Img_119360z 先頭に来てみました。ヘッドライトはLEDの上にちゃんとあります。LED表示が前と後ろと微妙に違えてるわけですね。
スーパーひたち15号だと言うことも、表示を見ればわかるようになってるのも珍しいですね。


Img_119363z さて「北斗星」が、一日の運用を終えて、尾久の車両基地へ帰っていきます。
これが東北本線が東京まで通じたら、田町の車両センターへ移設して、東海道本線の車両たちが尾久を根城にする、という入れ替えが画策さてれいます。そうすることで回送をスムースにするらしく、それで早いうちに「富士・はやぶさ」が廃止になったと言います。
Img_119376z 今日は上野駅から出ることあたわず、ここまでにいたしとうございます。
次回はやっと水戸レポートですw。








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2009年9月24日 (木)

キヤノンEOS7D、先行スペシャルプレビュー!

Img_118705z 午後には、来月発売予定のキヤノンの新しいハイアマモデル、EOS7Dのスペシャルプレビューに、品川のキヤノンMJまで行ってきました。
キヤノンフォトサークルに入ってるので、事前案内と招待枠で先行して午前のうちに入場。しかし会場はすでに多くの人の熱気にあふれてました。
Img_118709z 現在のハイスペックデジタル一眼レフは、さまざまな機能が各社一巡したと言ったところ。それでもより高機能を安定して手ごろな価格で、ともなるとそうもいかない。それがこのEOS7Dでは実現できた、というのかも知れない。
1800万画素のCMOSはフルサイズじゃないのが今ひとつで5Dに比して唯一の弱点だが、19点AFのゾーンAFとスポットAFはシビアなフレームに的確にフォーカシングしてくれそうだし、グリッドラインのついたファインダーは水平・アオリの電子水準器と相まってフレームの安定度を増してくれるはず。
Img_118711z それはスペシャルセミナーの鉄道写真家、山崎友也氏にまるで鉄道撮影のために生まれてきたマシンと言わせるほど。

さらに一眼レフでどうかと思うけど、フルHDのムービーもより強化されて搭載。動画撮影中に静止画も高画質で撮影可能というから、なにやらカメラかビデオかわからなくなってきた。
Img_118713z さわった感触は愛機の50Dと違和感ないし、すぐに乗り換えてもいいんじゃないの?ということかも知れないが、こう毎年毎年高機能マシンを更新されても、1年でようやく2万枚写したばかりの身にはまだ早いというかそんなに手は出ませんね。いったい実売いくらになるかこの時点でわからないし。
CFカードも大容量はそんなに安くないですしね。
大盛況のくせに、このうちどれだけの人がすぐに買えることやら・・と思いつつ会場を後にしましたとさw。

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