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2009年11月 3日 (火)

急に寒いよ!! でもレンズ無事帰着☆

Img_123771z 今日やっとレンズが帰ってきました。保証期間ギリギリ前後ということもあり、修理費用は無料でOKでした。
EF-S18-200mmで、Canonのハイアマデジタル一眼ではユーテイリティ性の高い重宝したレンズなんですが、いかんせんスライドがゆるく下を向けるとすぐ伸びてちょっと不安な筐体でした。それだからなのか、使用して半年の春に中でチャリチャリと音がしてスライドが硬くなり、そのうち動かなくなってシャッターも押せなくなりました。
Img_123764z キヤノンに修理に出すと、中のあるビスが外れたようで、はめなおして調整して戻ってきました。当然保証期間内だったので費用は掛かっていません。
しかしまた今回、さらに半年後の今になってやはり同様の症状が出て困りました。厳密には購入日から13ヶ月。保証期間は過ぎましたが、同じ箇所の故障なら半年間は無料対応、の枠に入ったのか入らないのか、微妙な日数でしたが(前回の修理日は忘れた)、なんとか無料にしてもらいました。
いずれにしろ、そんな故障はユーザーの責任とは思えませんよね。むしろリコールものではないのかと想います。今回はスライドが少し硬くなって戻ってきました。下にしても簡単に伸びたりしません。またしばらく、半年使ってみてどうか、ですよね。
Img_123755z さて今日は、急に寒気が下ってきてとても寒くなったんで、外に出るつもりはなかったんですが、ちょっと薬局にと車を走らせると、午後から晴れてきた犀川の上流の山を望むと、かすかに雪景色、といった具合。思わずカメラを取りに戻って数枚。
今年も行けなかった高三郎山にも白いものが目立ってます。金沢は晩秋を通り越してもう冬なのかと想うぐらいの最高気温10度。しかしあさってにはまた20度越えらしく、金沢に永く住む者としてもめずらしい寒暖の激しい11月の始まりとなりました。

お互い身体には気をつけましょう。

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2009年10月14日 (水)

廃止目前の北陸鉄道石川線、加賀一の宮駅周辺☆

Img_120172z 11日は免許更新の後、鉄っちやんで溢れかえってるはずの北陸鉄道石川線、鶴来-加賀一の宮 間を乗りに行ってきました。撮り鉄だけじゃなく乗り鉄でもあるので、現地に自動車で行くのは反則ですw。
金沢市内の野町駅から正しく全線500円払って出発!
加賀一の宮までは日中約1時間一本です。
Img_120174z その野町駅では早くも鉄が数人と、子供連れも記念撮影。半年前の休日ではこんなにぎやかじゃなかったですがね。

一年前に、積み重なる赤字と施設の老朽化を理由に、北陸鉄道が石川線の終端区域、鶴来-中鶴来-加賀一の宮の2.1kmを廃止すると発表しました。
Img_120207z 加賀一の宮は名前のとおり、白山比咩神社への参詣駅。古い木造建築で重厚な印象を持つ駅舎は日本100名駅にも名を連ねています。
それでも尚廃止を謳うのは、会社にとってよっぽどの負担になっていたんでしょう。
名残惜しく、とてもザンネンなことですが、やむをえないことです。
Img_120187z この区間の廃止宣言を受けて、地元自治体や住民からは、当然廃止反対の意見が相次ぎました。しかし会社側も事情から譲らず、自治体主体の法定協議会も検討されましたが足並みがそろわず設置ならず、このまま10月31日をもっての廃止が決定的です。
Img_120181z_2 一年間ほどの猶予の中で、さまざまな延命策も検討され、そのうちのひとつとも思える「合格駅」との名称もあまり効果あったとは感じられません。
地元、白山市、金沢市それぞれの思惑も交錯し、和歌山電鉄などの他地区の成功例もあまり参考にならなかったでしょうか。
Img_120314z さて廃止も3週間後に迫り、やはり全国から鉄たちが集まってきてました。
僕が乗った午前中の便ではそうでもなかったですが、一時間後のこの列車でたくさんの鉄たちが降りてきて、ちょっとした観光スポットに。本来全国の3000もの白山神社の総本社である白山比咩神社こそ観光地だから普段でもこのくらい乗客がいてもいいんですがね。
Img_120200z ここから先の背中も以前の廃止区間。赤錆びた線路の上に下りられるようになってましたが、この視線の向こうも廃止になるとは、センチメンタルをやはり感じてしまいますね。










Img_120195z すでに草深いホーム周辺。以前からも思ってましたが、こんな寂れた空間に今までも現役で電車が走ってることこそが奇跡のようです。
降車ホーム幅も狭く、安全確保や電気設備の更新などに数億円かかることになり、廃止は従前からの規定路線だったみたいです。
Img_120247z ではしばらく、この石川線の7200系の勇姿をごらんいただきましょう。
東急7000系タネ車の中でも、中間車デハ7100形が元で昭和39年製造と僕と同い年。
この日は2編成しかいない7200系の両方ともに遭遇。ある意味貴重だがこの中間車改造の最古参はある意味チープでもあり、廃止区間を見に来たのにふさわしいw。
Img_120291z 七ヶ用水の脇を通る7200系。この姿をここで見られるのもあとわずか。
しかし車で他県から来た鉄も多く、撮影スポットの場所取りも少なからず白熱してました。



Img_120227z 東急の古いステンレスカーは全国のローカル私鉄に売られるほどのロングセラー。
他地区でもよく見られるわけですが、この中間車改造車は珍しくたぶんここだけじゃないですか。



Img_120319z 石川線の最後の?集客プラン。数ヶ月前からアテンダントを導入しました。車掌じゃないですが、先頭車の先頭扉からしか下りられない編成のための乗客の誘導、車内キップ販売などを手がけています。
基本ワンマン運転なんで、途中駅からの乗客は整理券を取り、降車時に現金で料金箱に入れればいいんですが、初詣列車など多客時には車内キップ販売の車掌が同乗してました。
Img_120325z 若くてかわいい子の乗務には絵になりますが、隣の県の某私鉄の二番煎じで話題にならなかったのはザンネンです。
また鉄にはあまり関係ないらしい。撮り鉄の被写体はあくまで電車のようですw。



Img_120324z 彼女から買った車内乗車券です。純白ロール紙の紙にパンチで孔を開ける方式。もはやこういうのも珍しいでしょう。
孔から判読すると、加賀一の宮駅から乗って、11日で、500円払った、と。
この全線通しで35分です。

てなわけで久しぶりの石川線の旅でした。廃止間際にもう一度行くかも知れません。31日は土曜で休みの日ですから。。

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2009年10月 1日 (木)

金沢の沿岸の隠れたスポット☆

Img_119564z 21日は友人と早朝から映画を観た後、そこが海に近いとこだったので銭屋五兵衛記念館に行ってきました。
近くは何度も通ってるのに入るのは初めて。
銭屋五兵衛とは江戸後期、金沢近郊の港町、宮腰(今の金石)にあった豪商。はじめ質屋から北前船で財を築いた金沢では知らぬ者のいない有名人です。
Img_119568z 北前船とは江戸時代に日本各地を寄航しながら土地土地の物産を転売していった船で、主に蝦夷地から日本海沿岸を巡りながら大坂に至るルートを本拠としていました。
展示室では北前船の大型模型や当時の文物の実物が多く並べられていて、子供のころ学校の歴史の時間で習って以来おぼろげにしか覚えてなかった銭屋の生涯を、久しぶりに体感できてよかったです。
Img_119573z わずか一代で巨万の富を築き上げた五兵衛でしたが、加賀藩にその点で尽すも密貿易の疑いがあり、幕府の嫌疑を恐れた藩によって河北潟干拓工事の疑惑から陥れられ獄死するという悲劇のヒーローでもあります。


Img_119582z しかしシルバーウイーク中といえども、こういった地味な記念館には来客が少ないのか、どの地方から来たかわからないお年寄りの団体が風のように過ぎ去ったあとには、僕らだけが取り残されましたw。

五兵衛の旧家の一部と土蔵を移築した「銭五の館」では昔ながらの古い家の造りが保存されていますが、数年前まで住んでた自宅も大正時代に建てられたものなんで、共通点が多くて懐かしい思いに耽ることが出来ました。
Img_119556z 外は庭園のような公園になっていて、お台場が保存されています。

えっ、お台場って。そう、ここ金沢でもお台場があったんですよ。
ご多分に漏れず、幕末には金沢でもお台場が数箇所設えられ、特にここは寺中台場と言われ、敵上陸後の攻撃をするための珍しい内陸の台場でした。
Img_119560z 台場の内側から、ここに大砲を設置して敵に備えたもんなんでしょう。そのときの大砲はどんなものなのか、うまく伝わっていません。
しかしこんなところに固定の台場を設けても、なんの対策にならなかったでしょうな。品川台場ですら役に立たなかったろうと言われているし。
Img_119585z そしてもう少し足を伸ばして金沢港まで来て、大野の「からくり記念館」にきました。
大野とはあのTBSアナの安住伸一郎氏も興味持ってる、日本の五大醤油産地で有名。さらにここには[からくり師弁吉]という大野弁吉でも有名です。
東芝の創業者の[からくり儀右衛門]と並び称される幕末の科学者で、例のお茶運び人形やらエレキテルの改良器やらたくさんの実績があります。
Img_119600z ここは銭五館と打って変わってたくさんの来場者でにぎわってました。いろんなパズルなどの体験からくりも豊富で、久しぶりに頭をひねらせて苦心し、正解を紐解けたときは最近忘れてた爽快感が呼び戻ってきてうれしかったですね。
エントランスでは江戸時代のからくり人形の実演で大人たちも感心しきり。
Img_119590z 底の歯車とカムの仕組みで、ちゃんとUターンする距離を調節できるようになってます。経年劣化の歪みを防ぐため、木材は当時から合板が使われてそうでとてもオドロキました。

ゼンマイの動力で動くわけで、浄瑠璃などでもその材料に鯨のヒゲが使われてるのを知ってたんだけど、誰も館長の問いかけに言わないので僕がこの後もいろいろ答えてしまった。
Img_119606z このアクロバット人形は、バク転しながら階段を下りるけど無動力。そのココロは中の水銀柱の移動で重心が動いてくるくる廻る仕掛け。
江戸時代のこれらの代物は、もう同じ材料と水銀量の調整が不可能に近いので、ベンツ並の価格がするし、今でも車や家電の大企業メーカーの技術者が研究に来るって。
Img_119608z 童心?に帰って充分楽しんだ後は、その隣の「大野お台場公園」へ。

えっ、ここもお台場?
ここは海岸がすぐで、海に向かって築かれた台場跡ですよ。


Img_119611z しかし台場そのものの丘ははっきりせず、公園の外側を廻ってやっとモニュメントを見つけました。
しかしここにある短い砲身の大砲では、決して防衛の役割に適さないのは一目瞭然だし、当時としては付け焼刃で、それはどこでも一緒だったんでしょうね。

海沿いを昼ゴハンも食べずに駆け足で廻ってみました。けど楽しかったですね。

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2009年9月29日 (火)

シルバーウイークの金沢城周辺☆

Img_119358z ようやっとシルバーウイークの話ができますw。しかし遠出はしませんでしたが、金沢市内をいろいろと廻ってそれなりに充実。久しぶりの金沢城レポートから。

宮守堀の工事現場では、鯉喉櫓台石垣の積み上げが佳境に入ってました。水面より5~8m上段まで積むという石垣は、実際あとどれぐらいの高さになるのか興味しんしんです。鉄の足場で見えにくくなってますが、広坂の交差点から金沢城方面の正面に見える石垣は、金沢の新しいランドマークにふさわしいものになるでしょう。
Img_119361z 石垣の内部は栗石で埋められてますが、土をかぶせてないのが気になります。堀は当然水も入るというのに、石垣は崩れてこないか、将来がちょっと心配ですw。




Img_119366z 堀の裏側にもこうやって石垣が積まれてますが、鯉喉櫓とはどんなだったでしょうか。早くから史料がなくて櫓台だけになってるんで、ここに立派な櫓があれば、石垣だけとの比ではなく注目浴びるんですけれども。



Img_119371z 宮守堀の復元堀です。ここに水を湛えるのに、あと半年となりました。県庁跡地も再開発内容が決まり、半年後にはここら一帯は新しい観光スポットとして目立ちますよね。どんな風になるかとても楽しみです。



Img_119373z 玉泉院丸の発掘現場に廻りました。ここもかなり発掘が進み、庭園の池の跡などの全貌が次第に明らかになってきています。
2014年度末の北陸新幹線開業に間に合わないとして、暫定整備の仮公園化が計画されてますが、新幹線の開業がひょんなことから不透明になってきて、もしかして14年度には開通してないかも知れません。
Img_119376z そしたらあわてず、発掘を確かなものにして二度手間掛けずに庭園の完全復元も期待したらいいと思いますが。





Img_119381z シルバーウイーク初日は仕事で、日曜20日でしたがすごくいい天気に恵まれましたよ。
金沢市内の観光客も大勢いらしてて、高速道路1,000円の効果もあって県外ナンバーが数珠つなぎでした。レポートには書きませんでしたがここに来る前に石川県立美術館と歴史博物館に寄りましたが、石川県の職員が来場者にアンケートを配って、どこからどんな手段で、何を目的に来ましたか?などと調査してました。
ジモなんでそのまま書きましたが、ジモの意見はあまり参考にならないかも。しかし設問が多くて観光客にはうざったく思われたかも知れませんよ。
Img_119390z この後は例によって河北門の工事現場に。久しぶり(3ヶ月ぶり)に来たらもう屋根の鉛瓦葺きはほぼ終わってました。
土壁の斑直しもほとんど終わり、あとはいよいよ漆喰を塗る段取りでしょうか。先端の剣梅鉢紋も神々しいです。
この日はまた寄進記名会の日のようで、出席者には正面からの見学が許されてるみたいでした。
Img_119395z いつもの見学台からはもうあまりこれ以上の工事の様子は当分伺い知れないでしょうが、正面からこの段に入れるとなるととても興味深いでしょうね。そういや10月3日にまた見学会があるんですが、その日は仕事で行けません。またメディア付いてしまうキケン?があったですが回避されましたww。
Img_119400z 新丸側に廻って河北門の一の門の様子を。ここはもうほとんど出来上がったようなもので、この上の屋根もあらかた出来てるはずです。
両側の海鼠塀の平瓦も埋められ、それには僕ら寄進者が記名した瓦ももう使われてると思います。どの位置にあるかは端末が用意され検索できるようになるらしいです。今からとても楽しみですね。
Img_119403z さて石川門から城外へ出ます。ご覧のように観光客でひきもきりません。石川門のこの二の門はまだ外側は修復工事の覆いがしたまま。このあと有名な櫓の方も修復に入ります。姫路城同様、今から数年は石川門は工事の覆いがかぶされますが、河北門の方は来春いよいよ完成ですよ。
Img_119409z 広坂に戻って21世紀美術館です。とってもいい青空になって撮影日和ですね。今年の週末の秋はこうやって晴れてくれるといいんですが。

さて、シルバーウイークのレポートはまだまだ続きます。



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2009年9月28日 (月)

梅のない、暑い偕楽園でした☆

Img_119463z 水戸駅前で簡単に食べるところも見つからず、このまま偕楽園に向かうとしましたが、なんとバスが1時間に1本。バス会社2社でようやく2本といったところ。しかもルートも不案内で、時間かかるの覚悟したところすぐに来た茨城オートのバスに飛び乗りました。すると街のメイン通りをぐるっと通った後、偕楽園入口バス停へ。

入口??

それらしきものが見当たりません。県立歴史館ってあるけれど、それとは違う? ちょっとした偕楽園→の看板を見つけ、観光客数人と狭い路地を進んで数分、やっとこさたどりつきました。偕楽園御成門だって。
Img_119464z 中に入って園内地図と市街図を見たら、いわゆる表側でなくて裏側にたどりついたようです。
そしたらまっすぐ表側に行かずに、ぐるっと廻ってみようじゃないかい。
うっそうとした竹林や松林を抜け、坂を下ると常磐線沿いの開けたところに出ました。
Img_119470z ここまで来て気づきましたが、偕楽園って無料なんですね。兼六園も僕の子供のころまで無料でしたが、園内整備の費用を観光客にも負担してもらうことになって、300円掛かります。水戸は弘道館が190円で、幾分リーズナブルに市内観光できると思いました。
今の季節、梅園も緑一色で、なにか特別見るものがあるのか?って感じで観光客も少なめでしたが・・・。
Img_119475z この日は9月13日、夏復活を思わせる日差しで、久しぶりにとても暑くて大汗かきました。水戸城めぐりしてるときからタオルが手放せなかったんですが、偕楽園の外周を廻ってる今が疲労もピーク。
園内から常磐線が撮れるすごくいいアングルも列車が来ないとタカをくくってたらいつのまにかフレッシュひたちが通過。追いかける元気も出てきませんでした。
Img_119485z 偕楽園もこんなもんか・・・と思ってて、最後にきつい坂を上ってどうにか正面側に出たら、なんとそこはとても開けた広場になってました。そして観光客もたくさん来ていて、家族連れとかも大賑わい。のどかな日曜昼下がりに一変です。
そしてなにやらあの奥が騒がしい??
Img_119483z 行ってみるとそこには、あの有名な集団が・・・w。

そう、水戸といえばコレ! 水戸黄門ご一行様たちです。観光客一人一人の、ご希望者と記念撮影に納まってました。もちろんテレビに出てる俳優本人たちではありませんが、無料でご当地でこんなサービスしてくれるなんて粋ですね。
この暑い中役者さんたちもお疲れ様です。
Img_119487z ここは高台にもなっててすごく見晴らしもよく、思わず疲れもふっとびました。
なんだ、偕楽園っていいとこじゃないの。ここにいたるまでいったい何を見てたんでしょうねw。

日本三名園の二つ目にようやく来れましたが、しかしここはマイカー前提の観光地ですかね。もう少し駅から便がよければいいんですが。
Img_119489z 向こうには水戸市街地と千波湖が見えます。シーズンには桜並木とつつじが美しいそうです。
偕楽園といえば梅ですが、今回は全くの季節外ですね。でもシーズン真っ只中で混雑してひどい思いするよりよっぽどのどかでよかったですわ。
Img_119498z さて正面側の東門を出ると、常磐神社がありました。徳川の三つ葉葵の紋を拝むのは意に反しますが、水戸家ならヨシとしますか。
徳川光圀・斉昭が祀られています。黄門さんといえば葵の印籠。それを模した印籠お守りがあったんで思わずゲットです。

友人たちの予定がつかず、今回は全くの一人旅となってしまいましたが、いつも自由時間がなくて関東をあまり回れなかったんで、意外と充実した関東めぐりでしたよ。

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2009年9月27日 (日)

水戸城跡は学校の中?

Img_119413z では水戸観光を駆け足で。
まずは水戸駅前から正面の小高い丘の上、水戸城敷地内三の丸にある、藩校「弘道館」
幕末近く天保12年(1841)に徳川斉昭によって創建。光圀から始まる流れを汲む水戸学の精神を教える総本山です。
この正門と正庁、至善堂が国の重要文化財として残っています。
Img_119416z 正庁の中に入って諸役会所の間。いきなり「尊攘」の掛軸で圧倒されましたw。
天皇(神)を尊び日本古来の倫理道を基本とし、儒教をあがめた水戸学の真髄が早くも篤く伝わってきました。



Img_119419z 正席の間では、大きな拓本の掛軸が。弘道館では藩の精神を謳う各種の石碑を拓本にした掛軸が多く掛かっていました。その石碑の一部は偕楽園でも見かけることが出来ました。
これは弘道館記という弘道館建学の精神と教育方針を記したもので斉昭の筆によるもの。
Img_119423z 奥に入って至善堂御座の間。絵が掛かっているように、大政奉還して江戸城から引き上げた慶喜が恭順謹慎していた部屋です。
決して暗くないですが、質素な空間は当時の状況を想像させて凛とした気持ちにさせてくれました。
Img_119428z 徳川慶喜の写真です。右は光圀の肖像。
水戸家は慶喜の兄弟が跡を継ぎ、現在も15代目斉正氏がご存命ですが、慶喜は宗家別家として明治になってから徳川慶喜家を創立。今は4代目に写真家の徳川慶朝氏がいます。慶喜も晩年、写真を趣味としていました。
Img_119432z 弘道館を出て、本丸に向かいます。元の空堀?をまたいで大手橋。女学生が歩いてました。





Img_119435z 渡りきると徳川斉昭公の銅像が。







Img_119436z 土塁の跡があって、水戸城の案内看板がありました。
水戸城はそのほとんどの史跡は存在せず、空襲その他で焼けてしまったようです。この本丸・二の丸・三の丸も現在公立学校になっています。さっきの弘道館も一部は旧県庁・県立図書館と、三の丸小学校になっていました。
Img_119439z 戦前までは、二の丸に三階櫓が残ってて、これが天守の代わりをしていました。今は櫓台もはっきりとはしていません。





Img_119442z こういった全くの文教地区。水戸二中に水戸三高が両側にあるここが二の丸。この通りが水戸城跡通りと呼ばれてます。





Img_119443z 本丸に向かう橋の下には水郡線が通ってました。ここも空堀だったようです。列車が走ってる瞬間が撮りたかったですが、1時間に一本では待ちきれませんね。




Img_119446z しかしこの橋を平気で渡れたわけではありません。
橋の向こうは水戸一高。学校に用がある人だけが通れるってわけですが、そこは水戸城本丸。城跡見学の人も通ってヨシ、だそうで。校門?前には城を案内する看板が。


Img_119455z 水戸一高の入り口には、移設された水戸城の薬医門が。この門を見学に来た人だけが唯一校内に立ち入りを許可されます。
旧領主佐竹氏時代のものらしいですが、明治維新後あちこちに移され、最終的にここに移設されたようです。
薬医門というと本来寺院にあるものと思ってましたが、城にもあるんですね。
近代的な校舎とはうらはらで、とても異質に感じましたし、門をくぐるとすぐに、コレより奥は立入禁止の看板が。隣のテニスコートで学生たちが汗を流してるし、観光客はいずれにしても来にくい場所ですね。
Img_119459z 水郡線沿いに坂を下りて水戸駅に戻ってきました。なかなか鉄撮りにいいロケーションなんですが、いかんせん本数が少ないので走ってるところが撮れません。時間がないのでこれから偕楽園に向かおうと思うんですが、これもちょっと難儀するとは。

続きは次回で。。。

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2009年9月26日 (土)

常磐線特急と水戸駅の車両たち☆

Img_119388z ようやく上野駅を出発して一路常磐線を水戸へ。ほぼ同時に発車した上越線の185系「水上」「草津」も日暮里まで並行して走ります。
651系スーパーひたちは、キップが得々だったから指定席に座りましたが、埋まり具合は1/3くらいで、全く静かな車内でゆったりとした時間をすごせました。常磐線の奥地は行ったことなかったんで車窓を楽しみたかったんですが、疲れからか半分は寝てしまいましたね。
Img_119404z 戻りは違いますが行きはなんとノンストップで水戸まで。あっというまに着いてしまいました。
県都の風格もあり、ここから支線が何本も出ているので駅構内も広く、国鉄時代はいまよりも栄えていただろうことが容易に想像できます。
Img_119390z_2 水郡線のキハE130系です。JR東日本の気動車は新型更新がほとんど済んでるので、こういった省エネタイプのカラフルな車両が多いですね。今日は往復に時間が取れないので、一時間に一本の水郡線は乗りません。水戸滞在時間も4時間に設定してますんで。
Img_119400z 構内にはED75EF81の群れが。この赤い車体に、ここが交流電化区間だってことを思い出させてくれました。金沢となんら変わらないじゃないですか。
右のEF81は北斗星塗装されてます。



Img_119405z ついでながら本日は、水戸での鉄道関係を行き帰り分全部お見せします。水戸城とかは明日で。ひっぱるな~w。

E501系とかも厳密には初めて見ました。209系にそっくりですがね。交直両用なんですが、最近は水戸線や水戸以遠の交流区間だけなんでしょうか。
Img_119408z 近代的な水戸駅コンコース。鉄骨むき出しとガラスの明り取りは、最近の流行でしょうか。しかし明るい雰囲気ですごくいいですね。金沢駅も、せめて新幹線ホーム上はこんなに明るくしてほしいんですが。



Img_119515z 一足飛びに、水戸駅の隣、偕楽園臨時駅です。シーズンにはたくさん停まるようですが、今はシーズンじゃないのかな?フレッシュひたちが素通りしていきました。
偕楽園の山の下にあって、たしかにここからならすごく便利です。水戸駅から偕楽園行くのにあんな不便とは知りませんでしたんで。
Img_119519z 帰りのホームには、鹿島臨海鉄道の6000系が停まってました。JRのホームと隣接してて区別はついてません。
これも気動車で2両ないし3両編成。鹿島神宮まで行けるんですね。今日は時間ないんで乗りつぶしのチャンスをみすみす逃し続けていますw。
Img_119522z ホーム上のキオスクではE653系を模したデコレートが。藤沢駅とか、こういうのよく見かけますよね。けど北陸ではないですな。





Img_119526z 向こうではその赤いのが入線してましたw。ここ常磐線水戸周辺では、ホント普通列車より特急車両の方をよく見かけました。そういうとこからも、金沢とも共通点が多いですね。



Img_119537z 上野に戻ってきたら、またカシオペアがいました。今度は本日出発便のようです。このカシオペアスイートは一号車。上野では東京寄りに固定されてるんで出発では最後尾です。もちろん、そうでないと機関車に視界を妨げられるしね。しかし頭端駅の青森-函館間と、上りの逆は機関車の後ろ。上りではほとんどがつまらぬ景色ですよ。
Img_119544z 最後は、この日ちょうどオープンした上野駅の新みどりの窓口。最新設備とすっきりしたレイアウトでどこか高級感。出発時では奥がまだカーテンで閉じられてたけど戻ってきて改めて撮ったら全開店だった。
けどキップは窓口じゃなくて自動券売機で買っちゃったけどね。
鉄道関係はこれで仕舞にして、明日はいよいよ水戸城と偕楽園のレポートを・・。

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2009年9月25日 (金)

上野駅で普段見なかった列車のオンパレード!

Img_119311z まだ先週の話ですいません。13日は思い立って水戸へ行くことに。たぶんあるだろうと思った得々キップを、上野駅の新しくなったみどりの窓口の自動券売機で購入。ひたち往復キップで特急指定がついて7000円。1200円くらい安いのかな?
ホームに出ると人だかりが。おっ、カシオペアだ! 専用のEF81 79号を先頭に?ということは到着便。生で見るのは初めてですね。
Img_119315z このカシオペアスイートは乗りたくても予約がめったに取れないプラチナルーム。いつか誰かと乗ってみたい??





Img_119320z このシルバーの妖しげな?車体は、どこか宇宙を思わせますね。
もうカシオペアも10周年。寝台列車衰退の中で、唯一といっていいほどの元気者。しかし上野-札幌では、こちらに住む者としては縁遠いですわ。


Img_119334z あちらでは北斗星が。グレードは落ちるけど同様に豪華な札幌行き寝台。「北陸」とともにいつまでも残ってほしい列車です。しかし東北本線が上野-東京まで通じて、車両基地が田町に変わるときにどうなるかが一つのターニングポイントです。


Img_119336z こちらでは185系の「水上」「草津」。185系は登場時、東北新幹線が大宮暫定開業だった上野からの「新幹線リレー号」でよく乗りました。そのころは真新しさを感じた規格品特急車両と思ったものですが、直後のJR化から新型特急車両はそのバリエーションを増やし、185系は一気に陳腐化。「踊り子」や東海道本線臨時普通にせり出してもお得感はあまりなかったでしょう。
隣の651系がそのJR特急の先駆です。
Img_119339z クチバシ?に相当するヘッドのTマークが国鉄特急の矜持を表してて僕は好きです。
よく見ると運転室って奥行き広いんですね。




Img_119343z これが今から乗る651系スーパーひたちです。シートは登場時からリニュアルされてるので、疲れず快適でした。1時間ちょっとでノンストップで水戸に着く速達性は、水戸が手軽な都心からの観光地ということで、もっとも集客力のある場所とも思えるんですが。
Img_119346z 向こうに写ってたE653系フレッシュひたちですね。これって何色あるんでしたっけ?
651系とE653系の使い分けがよくわかりません。これは7両固定で、651系は増結可能ということはわかりますが。



Img_119348z 651系のテールランプはLED表示の中にあります。わかりにくいですね。






Img_119360z 先頭に来てみました。ヘッドライトはLEDの上にちゃんとあります。LED表示が前と後ろと微妙に違えてるわけですね。
スーパーひたち15号だと言うことも、表示を見ればわかるようになってるのも珍しいですね。


Img_119363z さて「北斗星」が、一日の運用を終えて、尾久の車両基地へ帰っていきます。
これが東北本線が東京まで通じたら、田町の車両センターへ移設して、東海道本線の車両たちが尾久を根城にする、という入れ替えが画策さてれいます。そうすることで回送をスムースにするらしく、それで早いうちに「富士・はやぶさ」が廃止になったと言います。
Img_119376z 今日は上野駅から出ることあたわず、ここまでにいたしとうございます。
次回はやっと水戸レポートですw。








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2009年9月24日 (木)

キヤノンEOS7D、先行スペシャルプレビュー!

Img_118705z 午後には、来月発売予定のキヤノンの新しいハイアマモデル、EOS7Dのスペシャルプレビューに、品川のキヤノンMJまで行ってきました。
キヤノンフォトサークルに入ってるので、事前案内と招待枠で先行して午前のうちに入場。しかし会場はすでに多くの人の熱気にあふれてました。
Img_118709z 現在のハイスペックデジタル一眼レフは、さまざまな機能が各社一巡したと言ったところ。それでもより高機能を安定して手ごろな価格で、ともなるとそうもいかない。それがこのEOS7Dでは実現できた、というのかも知れない。
1800万画素のCMOSはフルサイズじゃないのが今ひとつで5Dに比して唯一の弱点だが、19点AFのゾーンAFとスポットAFはシビアなフレームに的確にフォーカシングしてくれそうだし、グリッドラインのついたファインダーは水平・アオリの電子水準器と相まってフレームの安定度を増してくれるはず。
Img_118711z それはスペシャルセミナーの鉄道写真家、山崎友也氏にまるで鉄道撮影のために生まれてきたマシンと言わせるほど。

さらに一眼レフでどうかと思うけど、フルHDのムービーもより強化されて搭載。動画撮影中に静止画も高画質で撮影可能というから、なにやらカメラかビデオかわからなくなってきた。
Img_118713z さわった感触は愛機の50Dと違和感ないし、すぐに乗り換えてもいいんじゃないの?ということかも知れないが、こう毎年毎年高機能マシンを更新されても、1年でようやく2万枚写したばかりの身にはまだ早いというかそんなに手は出ませんね。いったい実売いくらになるかこの時点でわからないし。
CFカードも大容量はそんなに安くないですしね。
大盛況のくせに、このうちどれだけの人がすぐに買えることやら・・と思いつつ会場を後にしましたとさw。

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2009年9月 2日 (水)

九頭竜ダムにダムカードをゲット!!

Img_118333z 越前大野を出て、完全単線の山岳部を走破、荒島岳の長いトンネルも抜け、長躯九頭竜湖駅に到達しました。
九頭竜ダムや湖のキャンプ場、ツーリングに山歩きなど行楽に人気のエリアで、駅前はマイカーやバイクでの旅行者のためにも「道の駅」になってて、ちょっとした休憩基地ですでに多くの人であふれてました。
Img_118339z 山小屋ヒュッテ風の駅舎はモダンで、山への雰囲気を盛り上げます。越美北線はここが終点。車止めがさびしいですが、地元の方たちの強い要望で開通した国鉄路線は、名前のとおり岐阜県美濃地方まで直通する夢がありました。


Img_118341z しかし岐阜側からの越美南線と白鳥でつながる前に赤字廃止検討路線に。越美南線は第三セクターの岐阜長良川鉄道になってしまいました。
関口智宏がNHKのJR全線乗りつぶしの番組で、春秋の区切りにこの駅を選んでたのは記憶に新しいです。
駅前は恐竜の町福井にふさわしく、動く恐竜がお出迎えしてくれました。
Img_118346z 早速駅前のふれあい会館でレンタサイクルを借り、九頭竜ダムまで駆け上ることとします。
ずっとなだらかな登りで、ヒーコラ言ってやっとやっと進みます。7kmもあるんですがw。まずは九頭竜ダムの露払い、鷲ダムです。
Img_118431z さすがにしんどくなって、途中何度かチャリは曳いて歩きましたが、坂を行けども行けども到達しなくて、早くも汗だくです。
それでも、やっと見えてきました。目的のものが。



Img_118366z 御母衣、手取など、北中部の大きなダムは、このようにロックフィルダムが多いような気がします。
重力式ダムもコンクリートのパワーに圧倒されますが、自然に近しい岩で出来たロックフィルダムもその巨大さにいつも驚かされます。
Img_118365z なぜダムが好きになるのかは自分でもわかりませんが、大自然の中に突然現れる巨大構造物というギャップがいいのかも知れません。水没した集落の昔日に想いも馳せて。。



Img_118410z 管理棟の見学コーナーは休日でも開いていました。九頭竜湖の全景です。工事の様子もビデオで流してたし、全国の国土交通省管轄のダムも紹介してたし、勉強になります。
そういえば、例のダムカード、九頭竜ダムのをついにゲットしました。わざわざ内線で係員を呼び出さなきゃならんのは気が引けましたが、こちとら遠くからゼイゼイ言って来たんだからこの際遠慮は禁物ですww。
Img_118469z これがダムカード。全国のダムマニアの垂涎の的です。地元石川のも、いずれもらえるところでもらってきましょう。
右は九頭竜湖駅でもらった到着証明書。面白いアイディアですね。のと鉄道の穴水でもできそうですね。
左下は大野市が出してる大野市観光利用券。大野へ越美北線で来た観光客に渡してるさまざまな特典つきのクーポン券。全部使えればだいぶんお得なんだけど、おろしそば無料券にしても僕は全く使いませんでした。
下りのチャリは行きの1/4くらいの時間で済みました。なにしろ疲れて帰りの越美北線内では爆睡してしまったよw。

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2009年8月31日 (月)

越美北線に初めて乗りましたよ。。

Img_118274z 目的地は福井駅で乗り換えです。
北陸新幹線を迎えるため、駅部の高架工事がほぼ完了してる福井駅は、屋根に明り取りと骨組みの露出で、とても明るいホーム造りとなってました。近代的で美しくガラッと変わった福井駅の雰囲気はすごくよくなりましたね。これが求めてるものなんですが、金沢駅在来ホームはもうどうしようもないんでしょうか?
Img_118275z その北陸本線のホームに割り込むように、非電化である越美北線のホームが2番線として南方にありました。
2両編成のキハ120系ワンマン列車です。気動車でディーゼルエンジン。排気ガスを出すのに屋根あり構内で大丈夫でしょうか?七尾線が電化になったんで、気動車自体久しぶりです。
Img_118285z 越美北線は初めて乗ります。北陸地方に永年いても、用がなければローカル線になかなか足を踏み入れません。廃止になった能登線も同様で、結局一度も乗りませんでした。
福井を出発して、次の越前花堂は北陸本線のホームと越美北線のホームは別にあります。左に曲がって越美北線のホームに停まります。
Img_118287z しかし北陸本線のホームとは、この連絡通路でつながってます。北陸本線の米原方からの各駅停車でこちらに乗り換える乗客を待ちます。
すると、芦原温泉でみかけた489系ボンネット車が、米原方へ向かって走り去っていきました。黄色の「団体」ヘッドマークをつけてたんで、関西へ行楽客を乗せて行ったものでしょうか。珍しいシチュエーションを得ました。
Img_118289z 北陸本線から離れると、のどかな田園風景が待ち構えてます。このあたりは以前の仕事のときはたまに通ったもので、単線をのんびり行く気動車にいつかは乗ってみたいと羨望の目で眺めてましたっけ。
ワンマン列車には必須のバックミラーがホームに必ずあります。運転手も駅に着いたら必ず席を立ち、ドアからホームに身を乗り出し左右を見て列車に乗りに来る人がいないか確認してから、車内の後ろを視認して乗客に一礼してからまた席に着きます。
Img_118292z この動作を、人が全く見えず、乗り降りする人がいなくてもどの駅でも必ずしていました。

越美北線は福井から大野市を経て九頭竜湖まで行く旧国鉄時代からの非電化単線。数年前の大雨で足羽川の鉄橋が7本中5本も流され、存続が危ぶまれたものですが、地元の篤い熱意で3年かけて再開にこぎつけたいわくがあります。
Img_118297z だからか、2両ある車両は地元の乗客でいっぱい。日曜だけど学生たちや、おばちゃんたちとかでにぎやかで、地域に愛されてる鉄道だなぁとうれしくなりましたね。

これは流された鉄橋かわかりませんが、川では鮎釣りの人たちもいました。こんなのどかな川のある里が、豪雨の荒れた水で破壊されたとは、想像できないですね。
Img_118300z 第7足羽川橋梁です。これは間違いなく流された後再建された鉄橋ですね。こういう頑丈な鉄橋がいくつもありました。





Img_118306z さて、越前大野駅に着きました。ここから一両切り離して1両編成になるんですが、着くやいなや作業員が運転士にタブレットを渡しました。
目の前でそれは行われたのに、あまりの一瞬のことでその場面を撮ることができません。
運転席に置かれたそれを見て、やっといろいろ理解できました。
Img_118310z この越前大野までは一時間に一本ほど列車があるんですが、この先九頭竜湖までは一日5往復だけ。なるほどその必要がないほどのダイヤだからか、この先は自動閉塞じゃないってわけで、あとでわかったけど途中の駅も、交換施設はありませんでしたよ。

車両の切り離しもあり、15分ほども停まってるんで、何人も降りて外の空気を吸っています。見ると鉄っちゃんも多く乗ってましたね。
Img_118314z 次の週は総選挙。実はこれを書いてる今開票まっさかり。民主党が300議席に迫ろうかという勢いです。
日本のこれからはチェンジの時代なんでしょうか。

九頭竜湖まではこの車両だけですが、乗客の質はガラッと変わって、山登りや行楽客、そして鉄っちゃんと、やっぱり席はかなり埋まりましたよ。
Img_118315z 連結器開放の作業中です。金沢駅と違ってゆっくりされてます。こういうシーンも近在であまり見られなくなりましたね。

次はいよいよ九頭竜湖駅です。







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2009年8月30日 (日)

早朝の「485系雷鳥」乗車記☆

Img_118195z あえて多くを語りませんが、先週末に485系雷鳥に乗る機会を得ました。目的地へ行って日帰るためには、普段より早く起きて10時間以上の行程になりましたよ。
まぁたまにはいいし、そうでないと思い切って出かけられませんしね。どこへ行ったのかはおいおいわかるでしょう。

さて、早朝の金沢駅には、遠路上野から帰ってきた寝台特急「北陸」が停泊。すでに先頭EF81141は連結を福井方から富山方に移し変え、金沢総合車両所へ向かってまもなく金沢駅から回送に発ちます。だからヘッドマークも寝台客車との連結側に着いてますよ。
Img_118200z この日の朝早くは、今にも降りそうな雲行きだったけど、なんとか目的地まで保ってほしいと願うしかない。あっちのほうはなおさらと思うから。
683系しらさぎも、車体の白が雲の色にまぎれて目立たない。


Img_118215z 目指す485系雷鳥が入線。早朝なんで当然大阪からの折り返しでなく金沢総合車両所からの回送。ということは、所属はすべて京都総合運転所だけど、少なくとも1編成は金沢で眠ってるってことに。
金沢駅のホームが特に暗いってことがわかりますね。
Img_118234z 485系乗車は何年ぶりだろう?仕事で大阪行った以来ですかね。
これはA7編成で、改造も極力なされていない古いタイプ?この指定席用4号車サハ481-751はモハ485の電装解除の改造車。アコモはしかしほとんど変わらない。

Img_118236z 洗面台も古いままだ。しかしシンプルで清潔感も感じるのは、永年見慣れたデザインが普遍的で完成されたものという安心感だろうか。
ただ、左側のくぼみは、かつて開き窓があったところ。不審物を捨てたりできないように、トイレなどの特急の開き窓はすべて塞がれてしまった。










Img_118237z 自由席側のアコモ。5号車モハ485-75。これはどうやら全く改造なされてないものか。
荷物棚が昔ながらの金属のバーだし、床もフラット。テーブルも色あせてるものもあって、すごく懐かしい。子供のころは、この車内にあこがれたものだったのに。









Img_118239z 銘板は、「日本国有鉄道」「東急車輛昭和53年」とだけあって、その後に大きな改造を受けていない証しだ。
まぁ手摺りがあるから電装解除した旧1000番台ってわけだけど。



Img_118241z A7編成、クロ481-2301の勇姿。大阪方がパノラマグリーンでないこの編成もまだ残されてるってことは、いったい何番が退役したものか。10月にはまたさらに引退するかも知れないので、早いうちに確認しておきたい。
全廃まであと1年半となっているし。
Img_118261z さて雷鳥は一路大阪へ向けて出発。北陸新幹線の加賀犀川橋梁の工事箇所もさっと走りぬけた。
この橋にいちいち「加賀」と入ってるのは、長野県の信濃川上流にも「犀川」があり、そこにすでに北陸新幹線「犀川橋梁」があるからなんだけど、あちらに改めて「信濃犀川・・」とは入るまい。まぁ、多くは語らないけどww。

旅はまだこれからデス。

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2009年8月29日 (土)

485系の残存を確認する。

Img_118010z まだ盆の話で恐縮ですが、夏休み最終日にはまた鉄を撮りに出ました。

6月から序々に減らされつつある485系の残存?編成を確認したくて、つらつら北陸本線をたどっていって、結局美川の手取川橋梁まで来てしまいました。
Img_118025z 盆休の時期なんでサンダーバードなど長距離特急は軒並み増結編成、12両の長大列車が頻繁に走りぬけて行きましたが、485系雷鳥は当然ながら9両固定を頑固にゆっくり、まるでマイペースにわが道を行くって感じで、今となるとその個性が貴重で独特でってすごく好きですね。

これはA2編成で金沢方先頭は埋め込まれた貫通扉に特急を表すクチバシTマークは塗装という珍しいタイプ。

真っ先に廃車になってしまうのかと危惧してましたがまだ現役でホッとしました。しかし10月にはさらに減らされる予定と聞きます。
Img_118117z この間に現在3往復が設定されてる683系4000番台サンダーバードが通過。営業運転中は初めて遭遇しました。

全国からはこの683系も注目のようですが、今やJR西日本新型特急の最大勢力となった683系には珍しさのかけらも感じられませんよね。まあ珍しいだけがすべてではないですが、非貫通先頭はかっこいいけど、貫通タイプにはデザインセンスのかけらもないと思います。
Img_118126z 美川駅を上り「雷鳥」が通過して、今まさに手取川橋梁を渡ろうとしています。






Img_118148z これはA03編成。パノラマグリーンのあるA01~A06編成を優先に残すことになったんでしょうか?

なかなか一日中線路にへばりつくわけに行かないので、現在運用の全編成の確認はリーマンには厳しいことですw。
Img_118155z なんとか近いうちに、撮るだけでなく久しぶりに乗ってみたいと考えてましたが、それが思わぬことで実現しようとは、このときには想像だにできませんでした。

それはまた後日・・・。




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2009年8月25日 (火)

お盆の新発見!南加賀山ろく探訪記6

Img_117870z この日の最後はもう少し足を伸ばして「赤瀬ダム」に来ました。
もう夕方5時近いというのに日はまだ高くてよかったですが、小雨がパラついてきました。早足で廻ることにします。



Img_117874z ダムマニアでもある僕はなんとか生きてるうちに石川県内の全ダム制覇をしたいと思ってましたが、「赤瀬」はY氏に連れて行ってもらって助かりました。なかなか思い切った機会がないと到達できないからです。
大杉谷川に掛かる赤瀬ダムは小松市街を流れる下流の梯川の洪水調節が主な目的。
Img_117882z 典型的な重力式コンクリートダムです。
しかしダム湖の水位から、この上部のクレストゲートから吐水されることはほぼありえないと想定されます。


中規模なダムですが、やはり上から下を覗くと迫力ありますね。落ちないように気をつけないとです。







Img_117892z こんな盆や休日でも、ダム周辺ってよっぽどの観光地でないと夕方に人はまばらなもんです。しかしこの日は、ダムそのものを見にバイクのカップルとかもいましたよ。とてもめずらしいことですw。こんなダム見てなにが楽しいんでしょうかねww。


Img_117897z ところでダムマニアには垂涎の的、ダムカードなるものをご存知でしょうか?
日本全国各地の国土交通省管理のダムには、ひとつひとつ、そのダムの写真と特徴が描かれたカードがあって、ダムを見学に行くと無料でくれるんです。
しかし、ダム管理事務所はたいがい週末は開いてないことが多く、僕はここをはじめ数箇所訪れてるのにまだもらったことがありません。管理事務所以外でもらえることもあるようですが、ザンネンながらまたの機会に。
ところでこの下の川沿いから撮ろうとしたら、電撃鉄線が張られて川原に下りれないようになってました。むやみに近づいてもコワイですw。

さて、長々と旅のレポートご覧戴きありがとうございます。盆休み最後は485系を撮りに美川まで暑い中行ってたんで、次回はそちらの方を。Yさん、長時間長距離運転ありがとうございました。

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2009年8月24日 (月)

お盆の新発見!南加賀山ろく探訪記5

Img_117763z その後「尾小屋鉱山資料館」に潜入。石川県立の施設なのに500円の入場料は高めなのかな?と思ったけど、その想像を覆すほどの感動が後に訪れるとは・・。

江戸前期から鉱物が産出され、近代事業化した明治10年頃から昭和37年の閉山まで、全国有数の鉱山として長く繁栄していました。
Img_117770z 亜鉛や銅などを産出した尾小屋鉱山は一時、銅生産日本一を誇ってたこともあるそうです。
昔は夕張のように、大勢の人たちが暮らしてた一大鉱業都市だったみたいで、尾小屋鉄道も必然から生まれた路線でした。

地下深い坑道は縦横に張り巡らされ、長い迷路のような立体模型に、閉所恐怖がちの自分はゼッタイ入りたくないと震えましたw。

Img_117776z この雪ん子と蒸気機関車の印象的な写真は、尾小屋鉄道の記念切符にも使われ、すごく情緒があっていいですよね。
僕もそんなシャシンが撮りたいと、いつも願ってるんですが・・・。









Img_117816z さて資料館を一通り見たら、係りの人からも勧められた、尾小屋マインロードなるものを見に外へ出ました。なんだろうと公園の先に進み、見つけた入口をみて、はぁん、坑道の中を少し入れるんだなぁと、素人考えが浅はかだったのをすぐ思い知る結果になろうとはw。
Img_117782z 入ってすぐに、あたりはこんなに暗い、木枠で囲った通路になってました。じめじめと湿度が高く、しかしとてもひんやりして夏の今なら涼しくてとても気持ちいい感じがしましたが。資料館にもありましたが、坑道は地上に近いところは18度に一定に保たれた空間で作業もしやすかったと思います。深くなるにつれ気温と湿度が高くなり、汗だくになる過酷な重労働だったようです。
Img_117786z さらに進むとより暗くなり天井から水滴も落ちたり、涼しいを通り越してなんだか不気味にもなってきました。二人で来たからいいようなものの、一人だったらかなり怖くなっていたでしょうw。



Img_117789z 中にはこういうところによくありがちな、蝋人形?での作業の解説シーンがところどころに出てきました。
逆にホッとしましたが、昔はこういった手掘りやわずかの道具で掘り進めていったのが現在では信じられないくらいの労力でオドロキますね。
Img_117793z ある場所では下から掘り進んで、上部に行き着くまでこの木の棒で空間保持と足場を確保したようです。奥行きが深くてビックリでした。
写真はわかりにくいでしょうが、上方向を斜めに写したもの。これを手掘りとは恐れ入ります。
先人の労苦が偲ばれ、すごく勉強になりました。
Img_117798z 保存されてる坑道も、結構距離が長くて見ごたえがありました。しかし驚くのはまだ早い!
見る者を飽きさせない?さまざまな工夫が随所に仕込まれてて面白さ倍増、といったところ。
まずはこの奥から、何を意味するのかシャボン玉が機械でいっぱい吹き付けられると、そのうちバチッと灯りが消え機械も止まってしまいました。ドキッと一瞬何が起こったか理解できず、しかしそれ以外なにも変わらないので先に進むことにしました。
Img_117799z 行けども行けどもゴールが見えず、途方にくれていると、ブラックライトで照らされた通路が。裸眼ではうすぼんやりとしか見えなかったけど、撮影してみると写真のように蛍光の光がフシギな空間をかもし出してました。


Img_117801z アップにしてみると何か恐竜の骨格のような?
ものすごく不気味でアトラクション性たっぷり!!これは面白い☆

ひんやりとして勉強になる展示やまるでお化け屋敷のようなビックリする仕掛け。充分「探偵!ナイトスクープ」のパラダイス!に紹介しても申し分なし!の施設です。

Img_117806z ここはあまりの水蒸気で霧がかかったみたいで幻想的。ミスト感たっぷりでマイナスイオンを全身で浴びれそうですよ。

こんなすんばらしい施設が県立でひっそりと存在するなんて、なんともったいない。もっと県民に広くアッピールすべきでしょうね。これで500円はある意味納得できたしむしろ安いくらいですよ。

充分満喫して長い坑道をやっと脱出してきました。




Img_117819z そして資料館を出てから、もうひとつ隣の谷あいに、尾小屋鉱山の象徴である煙突が残されてるのを、森の木々の隙間から発見できて、これもとても感動です!

閉山時にはここ一帯はハゲ山で、森林保全のための植林事業が興され、今ではすっかり森の中になってたので目立つ存在ではありませんでした。大倉山スキー場へ行く途中に見られるんで、ぜひ皆さんも探してみてください。
いろいろと発見と感激の尾小屋鉱山跡周辺でしたw。次は赤瀬ダムです。

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2009年8月23日 (日)

お盆の新発見!南加賀山ろく探訪記4

Img_117706z 少し間があいてしまいましたが、一部にはご存知のように、弊社の会長が事故でみまかってしまいました。生前には各方面にお世話になりました。
金曜に無事葬儀も終わり、未だバタバタ中ですが、これからは残された者でがんばっていきますのでご指導ご鞭撻お願いします。

さて、いろいろありますが、このレポートは続けていきます。
Img_117711z 国道416号をさらに上っていくと、かねてから行きたかった尾小屋鉄道の廃線跡がありました。しかもここは終点の尾小屋駅。廃止から30年近く経ってるので、遺構など何もないと思っていたのに、構内の線路はもちろん、下草を刈るなど管理もされていてとてつもなく感動です。
ホームの跡などもちゃんと残っています。
Img_117724z しかも車庫の中や、これはむき出しですがディーゼルカーも残されていて、ノスタルジーたっぷりでうれしくなりました。

尾小屋鉄道は鉱山鉄道から発し、物資や産出物を積み、街まで往復していました。その後旅客も扱い賑わいを見せていたはずです。
Img_117682z ここにたどり着く前には、国道沿いに古く錆びた鉄橋の跡も発見しました。前後は林道のように杉林の中にひっそりと隠れていて、ここを往時はエンジン音噴かせながら大勢を乗せた車両が行き交っていたなんて信じられません。


Img_117727z 尾小屋駅跡から集落を抜けて上手に上がると、保存施設の「ポッポ汽車展示館」がありました。尾小屋鉄道で活躍してた5号蒸気機関車やキハ3など、大切に展示保存されてる施設があるのは、風の便りでなにかの資料でみてましたが、いざ行こうとは考えてなく、今までうっかりしてました。。

盆休みというのに、ここまでほとんど旅行客も見ませんでしたが、ここにはわずかながらも県外ナンバーの車も見えて少しホッとしましたw。
Img_117735z 木造ながら、極力風雨にさらさぬよう屋根でかこって、味のある建物になってますね。
しかもイベント時には、わずか10数メートルながら動かすってんだから、まがりなりにも動態保存ですかね。



Img_117738z 往時の写真もありました。昔はこのあたりも、こんなにたくさんの子供たちがいたんですね。子供たちにとって、憧れの対象だったのは想像に難くありません。




Img_117740z 直接の廃止のきっかけになった、52豪雪のときの写真です。これで一冬動かせなくなって、そのため廃止が決まった曰くつきのものです。




Img_117749z 一番あたらしいキハ3です。昭和39年に遠州鉄道から来た車両で、尾小屋で最大出力のディーゼルカーでした。





Img_117752z それでも運転台はもうボロボロ。保存開始時にすでにこうだったかわかりませんが、ザンネンなことには違いありません。





Img_117753z 車内はこんな感じ。路面電車に近いでしょうか。
隣の客車ハフ1はもっとみずぼらしいことに、狭くてシートもギザギザに刻まれてます。
大正7年創業以来廃止近くまで使われてた功労車ですがね。

さて次回は、尾小屋鉱山の展示館に潜入します。

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2009年8月19日 (水)

お盆の新発見!南加賀山ろく探訪記3

Img_117647z 山歩きの後は小松市の西尾地区へ来ました。ちょうど前日に、地元NHKの情報番組で、この西尾に珍しい三つの滝があるって特集してたんで気になったからです。
その番組用に市当局が案内したときのサイトを下調べし、最初の滝は国道416号ぞいにあるからわりと簡単に探せるだろうと来てみたら、「西尾八景」って言って地元ではさかんに紹介してるよう。しかも他に5景もあるなんて。
Img_117648z 早速見つけました。「十二ヶ滝」です。
国道と農地の平野部にあるのに、全面岩盤で昔は落差が6mもあったそうです。この川は郷谷川。この滝で川筋が12に分かれたため十二ヶ滝というわけです。



Img_117652z 春過ぎには雪解け水の増水で迫力が増し、5月にはこの上にたくさんの「こいのぼり」を渡して壮観なのが有名だそうです。知らなかったなぁ。

ここは三脚を立ててシャッタースピードを変えて、さまざまな倍率で撮りました。久しぶりに滝撮りを満喫できましたよ。
Img_117827z 西尾八景のひとつ、「観音山」。標高は189mとさほど高くないが、頂上まで550段の階段を上ると名前のとおり観音さまが祀られてるらしい。
「日華石」という石を産出する石の山で、石切場があるふもとの町は、その名も観音下というらしいが、読みは「かながそ」だって。

Img_117829z 次の滝を目指す途中に、有名な岩があるというので車を降りてみたら、烏帽子岩と言って、高さが15間(27m)もあり岩神様として祀られてると言い伝えがあります。
これも西尾八景のひとつです。

確かにおもしろい形してますし、またとってもキケンっぽいですね。以前は真下を道が通ってたのを、危ないからって迂回するルートに変更されてました。
Y氏がトカゲを捕まえたのはここでですw。





Img_117842z そこからもう少し奥地に行くと、あったありました。「鱒留の滝」で、郷谷川上流の西俣川にあります。
幅20m、高さ10mもあり、これ以上鱒が溯上できないってことでこの名がついたようです。

滝つぼから一帯は広く、結構豪快な滝です。マイナスイオンが充満してるって感じで涼しくていい気持ちでしたよ。
シャッタースピードを変えて撮ってみました。
Img_117860z 水が止まったような図も迫力があります。ここは足場が悪く手持ちで撮りましたが、滝も奥が深くて被写体としては好きですね。

この日は盆まっさかり?で、付近の集落にお年寄りが住むご実家に親戚が集まってるのか、たくさんの路駐の車と、外でにぎやかにされてる様子が和やかそうでした。
自然と一体の田舎があるっていいですね。まぁ僕も似たようなものですがw。


さて次回は、南加賀の隠れた鉄道スポットに迫ります!!




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2009年8月17日 (月)

お盆の新発見!南加賀山ろく探訪記2

Img_117542z では今日は、遊歩道で見つけた虫とキノコたちを。と言っても僕は種類はわかりませんw。そこでカメラを写せなかったY氏に代わってブログアップします。

カミキリが交尾してるところですw。
この花によく虫が集まり、特にカミキリ好きのY氏はパッと見で瞬時に種類まで同定します。
僕は言われても右から左に抜けていくので、後でコメントで解説入れてもらいましょうw。
Img_117543z これは蛾ですね。
よく、蝶は止まると羽根を閉じたもの、蛾は開くもの、とか区別するのに言いますが、蛾でも閉じるものもいれば、開く蝶もいるみたいです。キレイなものでも蛾だったりします。
サナギと繭の違いでしたっけ?

Img_117550z これもカミキリの一種です。小さくてもしっかりととがったアゴの先が精悍だよ。

Y氏の手です。よくつまんでも平気ですよね。「あっ、なんとかだ!」と言ってサッとつまんでしまいますw。

しかし当然、殺さないしひととおり見て満足するとパッと放してしまいます。
Img_117627z これはコガネムシの一種ですね。彼が手のひらに取った瞬間、フンをしてしまいましたw。
街でよく見かける種類もあれば、山独特のものもあり、そういった下界でなかなか見られないものをあちこちの山の林道を巡って追いかけるんだそうです。
石川の、特に加賀地方の林道はほとんど制覇したんだって。
Img_117629z そのそばで珍しいナナフシの一種を見つけて喜んでました。ナナフシは草木の枝に擬態して天敵から身を守る虫ですよね。これはあまり枝には見えないけど、下界にはいないタイプでもちろん初めて見ました。
ちゃんと複眼があってりっぱな虫の姿をしています。
Img_117832z 別の場所で見つけたトカゲの子供です。

トカゲは大人になると地味な色をしてますが、子供のころはこんなハデな色彩を身にまとうんだそうです。
これならなんだかカワイイ感じもしますが、いずれにしても飼いたいとは思いませんねww。
Img_117593z 虫の次はキノコです。頂上から下りのうっそうとした道でよく見かけました。Y氏は虫を探して上を見上げるけど、僕は気をつけて歩くため足元を見てるからキノコをたくさん発見してしまいました。

けど、やはり種類は特定できませんね。元々わけのわからないキノコは触りたくもないんでいいんですが、Y氏は「うまそう!」を連発してましたw。






Img_117595z これはリッパなもんですね。金沢弁では、キノコのことを「コケ」とも言いますが、緑のじゅうたんの苔のことではありません。

一見食べられそうだけど、求めて食べたいとは思わないんで、またここの山は個人のものだから採集禁止ですw。

Img_117598z この「コケ」は何という種類でしょう?

Y氏も「コケ」には詳しくなく、素人がむやみに触らんほうがいいですね。毒かどうか区別つきませんから。



Img_117601z これはしめじにも似てますね。これくらいならわかります。

あぁ、このブログを見てたら、白山ろくの勝さんにぜひ特定してもらいたいですねw。



Img_117602z だんだん怪しくなってきました。毒の雰囲気ありありですねw。

見かけはとても小さいですが、不気味です。



Img_117606z しかしまぁ、下りのこの短時間の間に、よくいろんな種類が見つかりますね~。

この山間は日中でも日陰なのも多く、常に湿度が感じられます。湿地帯では先日の大雨に出来たであろう水の流れの跡も登山道を横切っていました。
案外にキノコの宝庫なんかも知れません。







Img_117607z まだまだあります。







Img_117610z 木の幹にも、びっしりとついています。

まぁこんなところにしといてやる、といったところですねw。




Img_117611z 最後に、動物のフンを発見しました。

クマではなさそうですが、この辺でも平気で出没するらしく、周りの物音を気にしながら下山しました。
カモシカとか、他の動物にもめぐり合わなかったけど、ヒグラシみたいな秋のセミや、鳥の声に、もう短い夏は終わった・・、と実感しましたねw。

さて、明日は山を下りて滝を探索したのをお伝えします。

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2009年8月16日 (日)

お盆の新発見!南加賀山ろく探訪記1

Img_117631z 盆休みは地元でゆっくりすることにしましたが、家の整理もほどほどに、最近の僕を心配?して、友人の虫マニアY氏が山歩きを誘ってくれました。
そこで15日は朝から一日、白山麓周辺から南加賀山間部一帯をめぐって、地元にいながらにしてほとんど行ったことがなかった新発見の旅をすることができました。
このボリューム満タンな裏観光地?めぐりの日記を、数日にわたってたっぷりとお届けします。
Img_117633z まずはY氏が、すぐにひざが痛くなる僕の足を気遣って設定してくれた、短時間で巡れる山歩きのスポットを。
手取川ダムを少しさかのぼって、桑島大橋を渡って百合谷の林道を上がっていきます。


Img_117638z ダム湖の手取湖に、百合谷からの川が流れ着くところ。中央奥の山あたりが目的地です。





Img_117614z 林道を車で登って行き着いた広場がここ。キャンプ場にもなってて炊事場など施設も整っています。学校や子ども会なんかにもよく利用されてるみたいで、トイレも清潔に管理されてました。



Img_117621z ここから山道を登ります。「大嵐山遊歩道」と呼ばれ、肝心の大嵐山へは結構ハードですが、一帯のブナの森や春にはミズバショウの群生とかが人気のようです。
夏山の森林浴にもいいところなのに、到着した朝9時では僕ら以外だれもいません。


Img_117546z 足が疲れないようにとY氏のアドバイスで、これほどの山歩きでもちゃんとした登山靴を購入しました。足首がしっかりキープされて、結果2時間歩いてもほとんど痛くならなかったのはサスガです。
Y氏は山はどこででも、虫さえ追いかけられればいい、という人で、傍からすると変わってるかもしれませんが、どんなところにどんな虫がいるか、車の中からでもあれは何という虫かとピタリ当てるなど、その道のプロで、当然ネイチャーを大切にする人で採集が目的ではありません。
Img_117552z だから撮影してナンボなんですが、この日はカメラの電池を忘れられた、ということで、全く僕のためだけの日になってしまって申し訳なかったです。
それでも最低限の装備は忘れちゃいけません。ここのところクマはわりと下界まで下りてきてるんで、クマ鈴を二人とも腰にちゃんとぶら下げてます。それも最近慣れてきてるようですが。この木の皮を剥いだのはクマじゃないかも知れませんが、動物なのは間違いないですしね。看板も外されてます。




Img_117553z 山道は登山道よりは歩きやすかったですが、しかし久しぶりの僕にはリハビリには適度なハードさ加減で、真夏でやっぱり早くに汗だくになっちゃいました。途中コースも間違えたか湿地帯を歩くことになり、大雨から数日経ってるのに道はぬかるんでてちょっと危険なところもありました。
ミズバショウの池と思しきところも、シーズンオフ?の今ではなにもないですね。
Img_117555z 僕は虫はトンとわからないんで、山歩きなら眺望も第一の望みですが、白山や下界の景色の期待したんだけどこの後曇りがちになってあまり見晴らしはダメでしたね。
唯一このあたりの遠景が救いでしたが。



Img_117588z ルートを変えて若いブナ林の山頂につきました。間違えずに行けば子供にも安全な山道で、広くてなだらかなブナの森は森林浴には爽快な場所ですね。
僕の子供のころには知らなかったので最近整備されたんでしょうけど、金沢の学校でもこんなところまで来ないのかなぁ。すごくいいところなのにもったいないです。
Img_117604z 下りの道で木々の隙間からかすかに、手取湖が見えます。春先なら眺望がよかったかもだけど、夏で葉が生い茂るととたんに見えにくくなりますからね。白山も今日は晴れててもダメだったかも。

まずは大嵐山遊歩道をかいつまんで紹介したけれど、Y氏のメインテーマの虫と、キノコの写真をまたこれからご紹介します。この日はそれから僕の好きなスポットをたくさん巡ってくれましたんで、オドロキあり新発見ありの南加賀レポートは、へたな観光地めぐりよりよっぽど楽しかったですよ。これから何日かお付き合いください。

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2009年8月14日 (金)

ご無沙汰してました☆

Img_115637z 永いこと空けてしまいました。最近はホント平日には時間が取れず、週末も家のことしてるとあっという間に時間が経ってしまいますね。各方面にご心配お掛けしたことを紙面?を借りてお詫びします。

さてそれでも、行くことは行ってる江戸参勤で、今月も8・9日と行ってました。夏休み期間ともなるとJRはいっぱいで予約もとりにくくなり、久しぶりに「北陸」でなく「はくたか」の一番で来ました。東京駅の中央線ホームには珍しく「かいじ」のE257系と遭遇。
Img_115758z その足で飯田橋へ行って友人たちと合流。今日は神楽坂で集まりました。毘沙門天は「天地人」の上杉家にも関係があるね。




Img_115935z 神楽坂の屋外にずっといたけど、曇ってたのに高い湿度でみんなで汗ダクになってしまった。いまいちはっきりしない夏だけど、暑さはもう本番なんですな。ほおずきと風鈴が季節感をいやがうえでも増しますね。










Img_116402z 神楽坂は黒い板塀の狭い路地に、料亭や和風のレストランなどが密集する観光スポットでもあるけど、わりと新しく、どっちかと言うと金沢の方が本場だよね。
そしたら金沢麩のお店があった。調べると今年5月にオープンしたばかりの加賀料理割烹みたい。江戸の人に加賀の味を満喫してくれるためにはいいけど、当然高そうで僕らには縁がないだろうw。
Img_116638z お堀端にやってきた。そしたら今ではめったに見られなくなった210系にちょうど出くわす。今日は貴重なシチュエーションで列車と遭遇できてうれしいでんな。




Img_116935z 二日目は都庁の足元に来ました。今シリーズは一人きりの時間が取れず、これ以上都心の鉄道は追えませんでした。
晴れ男のパワーもギリギリで、両日とも夕方には小雨に逢ってしまって申し訳ない。しかしそれでも強運はついてて、20時の地震は新幹線ホーム上でほとんど気づかず、列車もあまり遅れず無事着きました。江戸の豪雨も僕が去ってからのことで、翌日のダイヤの乱れや東海地方の地震の影響にも逢わなかったのは不幸中の幸い?




Img_117517z 帰りの越後湯沢駅では、なんと「天地人」列車がお出迎え。
乗り換えの越後湯沢で、北越急行のローカル電車「HK100-5」には大河ドラマの「天地人」ペイントが。妻夫木聡があなたを待っています。ってな感じでww。


Img_117523z 帰りの夕方に少しだけ時間が空いたので、久しぶりに秋葉原のショップへ。しかし僕が行くのは「鉄道」関係で、LAOXのビルが改装でグッズがいろいろ大安売りだったんで思わずなにやら買ってしまった。

鉄道ネタは、4月から今まで江戸へ行ったときなどたんまり残してあるんで、これからまた合間見てアップしていきます。逆に金沢ネタは少ないカモ。
まだまだやめたわけじゃないので、これからもよろしくお願いします。

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2009年7月27日 (月)

いつもの金沢駅、夜10時☆

Img_113853z 先週の連休に江戸へ向かったわけだけど、日に日に、金沢駅の夜10時がラッシュになっていきます。
この二台の希少価値に、全国から?撮り鉄たちが押し寄せてるみたいです。
僕も三脚持って、といつも言ってますが、この日も手持ち。しかしなんとかシャッタースピードを抑えて、わりとクリアに撮れたと思います。
Img_113836z 全体はこんな感じ。もっと後ろにも人はいて、全部で20人以上はいますか。
さっきまでEF81の隣の5番線には683系がいて、2番線の485系3000番台とともに新旧の列車が並ぶいいアングルを、この金沢駅なら毎日拝めます。


Img_113855z おや、なんか前がごっついぞ、と思ったら、なんと連結器が双頭型両用連結器に変わってました。
貨物や客車で使われる自動連結器と、電車に標準の柴田式密着連結器が両方備わってます。
寝台特急北陸に運用されるこのEF81 134号には最近まで着いてなかったのに、別途運用が予定されてるんでしょうか。







Img_113858z 客車とはこのように、自動連結器の方で連結します。ジョイント部がせり出してるため、このように車間がかなり開いてしまいます。ここであれ?って気がついたわけだけどね。
珍しいはずだけど、EF81は長岡まで。関東には行かないんですあしからず。
Img_113877z 新旧揃い踏みです。
夜の金沢駅のなせる技だけど、昼のホームは暗くていけません。
最近、JRと地元自治体、識者で新幹線駅をどうデザインするか、現地調査と会合が開かれましたが、在来線ホームと表玄関のもてなしドームとを、一体感なく設計したもんだから、今更ながらに困惑してるのがわかります。あれらをどうつなげるんでしょうか。いっそ、駐車場になってるこのホーム上屋を取っ払って、開放感ある一体的デザインに作り変えてほしいと思いますが。
Img_113879z さぁ、まもなく出発です。最近はこの夜行特急の人気も高く、連休もあり予約開始の一日後(帰り便も同時に取りたいからね)にキップを取ろうとしても、Bソロはすでに完売してました。
首都圏往復フリー切符の威力はいつもながらすごいです。それがなくて寝台券だけ取ろうとすれば、大枚かかってしまいますからね。今日もやむなく2段ベッドです。しかし上段なら、通路上のスペースに物が置けるので便利ですよ。

子供たちも夏休みが始まって、珍しい列車に乗れておおはしゃぎしてました。そのせいじゃないけど、最近には珍しく長岡で目が開いたら、その後はうつうつと熟睡できませんでした・・・。



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2009年7月11日 (土)

富士山静岡空港便、あなたは乗りますか?

Img_113730z いゃぁ、毎日暑いっす。僕の苦手なシーズンになりました。こんな日の週末は家でゴロゴロ、というわけにも行かず、用事のついでに小松空港に来ました。久しぶりに飛行機でも撮りましょうか。
ヤンキースの松井の看板が見送る、地元小松空港は今日も活気であふれてます(ホントか?)
Img_113687z 送迎デッキに上がると、何人ものカメラマンが並んでレンズを滑走路に向けてました。実は昨日から、23日から就航予定のフジドリームエアラインズの飛行機がテスト飛行してるんで、僕もそれをターゲットに来たわけですが、今日はもう遅かったみたいです。
先月開港した静岡県の富士山静岡空港。そこから熊本、鹿児島が一便ずつ、そして小松が二便、予定されています。
写真はカーゴルクスの貨物ジャンボ。
Img_113697z 一日最大20往復便が就航してる小松空港に、新たな空の旅の選択肢が増えるわけです。静岡はまさに富士山の魅力とJR浜松工場と、時間をかけてゆっくり訪れたい場所だったんで、ぜひにも行ってはみたいです。
しかし片道通常23,800円はいかにも高いですw。28日前予約で割り引かれるドリーム28では14,800円。
Img_113698z 飛行機はその高度だけでなくやっぱり高いですね。しかも小松まで行かなきゃだし、静岡の空港も市街地からどれだけ離れてるでしょうか。
それに定時性も鉄道の方が安定してますし。


Img_113703z 今日のカメラマンたちは5~6人いたのに、自分まぜて皆Canonユーザーでした。40Dに白い砲台つけてた人はうらやましかったですねw。
飛行機を撮りに行くといつも、お目当ての機体に逢えなくてハズしますが、今日もFDAの飛行機は撮れず、この後のEVA(エバー航空)の台北便も待ちきれませんでした。
Img_113717z なんとか日本トランスオーシャン航空の那覇便をゲットしただけでも可w。






Img_113733z フロント階に戻ると、フジドリームエアラインズ(FDA)のカウンターが設置されてました。23日開業に向けて準備OKでしょうか。
同社で一日二便あるのは小松便だけ。FDAは機体が赤と青の2機をブラジルのエンブラエル社から購入。ほぼ全身をベタにした斬新なデザインの機体が毎日飛ぶまであともうすこしです。
Img_113734z 富士山静岡空港は、あと那覇・福岡・新千歳への便がありますが、初年度全便満席でも赤字というしまつ。
先週のサンデープロジェクトでは、能登空港が優等生として紹介されてましたが、静岡の前途は厳しそうです。大都市圏に近い地方の新空港開業ラッシュで、その存在価値が疑問視されてますし、その上茨城でも開港するというんでしょう。大丈夫でしょうか。
この小松にしても、北陸新幹線が金沢まで開通したら、一気に減便は避けられません。
FDAの機体は就航してからまた撮ることにします。

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2009年6月21日 (日)

犀川で暑い中、水鳥観察☆

Img_113459z 日曜は昼前から急激に晴れてきて、思わずチャリで出歩いてしまいました。日差しはもう夏で影も立体的。気温も30度超えでしょう、おかげで汗だくで少しダイエットになったか?
家の向かいの犀川、鞍月用水堰。昨年氾濫した浅野川の治水に絡んで、今年度から5年計画で撤去が決まりました。
ダムを持てない浅野川が、洪水時に犀川へ分水するための放水路があるものの、犀川の治水が中途半端なため能力の2/3しか使えず、昨年の被害にもつながりました。
Img_113477z そこでこの鞍月用水堰を撤去し、そこから上流600mまでの間に2箇所の落差工を施し、川底の勾配を緩やかにして、流下能力を1.5倍にする計画。
それで浅野川の治水対策にもなるというなら一石二鳥なんでしょうか。


Img_113420z しかしもうここはごらんのように水鳥たちのコロニー。先日の鮎釣り解禁を待って、たくさんの鳥たちも魚を漁るべく待ち構えてました。

そこで僕としては鮎の溯上か鳥の漁を撮りにきたわけでw。

Img_113438z ゴイサギが群れをなしてました。公園が近く、人間が近くにいても、魚しか目がないのかあまり逃げることもありません。
コンクリの魚道で待ち構えてますが、もう昼だし暑いからかちっとも上ってきません。



Img_113425z 彼らにも縄張りがあるのか、一羽が別のに近づいてくるとギャァギャァ鳴き声を立てて牽制します。
褐色のはゴイサギの幼鳥だそうで、大きさは成鳥と変わらないのに。



Img_113448z 堰の流路ではアオサギが小魚をみごとに捕食!
鮎とはいかなかったけど(たぶんオイカワ)こいつはいい場所を独占してるのか、見てる間2・3度魚を捕まえてました。ゴイサギは全くの不漁ww。


Img_113471z ある一羽は場所を移して上ってくるだろう魚を待ってるようですが、これも全くのカラブリ。けどこんな水道も魚は飛び跳ねて上るようですよ。




Img_113473z 鳥の観察も楽しかったですが、なにしろ暑い。まだ梅雨も始まったばかりじゃなかったっけ?
水辺の緑地では上半身裸で芝生に寝そべってる野郎たちや、全裸の子供たちが釣り人を前に水遊びしてましたw。
僕もそうしたい思いを振り切り、買い物と探検に今から街へチャリを飛ばします。


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2009年6月19日 (金)

先週の江戸は「ガンダム」フェア☆

Img_113234z さて見学会が終わって、足早に帰って来ました。晩の「北陸」に乗って江戸へ行くためです。
夜10時の金沢駅は、日に日にカメラマンが増えてきてます。都会から古い列車がなくなるたびに、よりこのツーショットの貴重さが際立ち、各地から撮り鉄だけでなく普通そうな人たちもカメラを構えだしました。
Img_113244z 僕はこの日も乗るわけだから手持ちなんで、ブレブレでいいショットがなかなか撮れません。一度三脚持って、撮るためだけに来なきゃいけませんね。




Img_113246z 江戸へ行った目的は友人たちに会うためですが、朝早く着いたのでちょうどいい、その前に例のガンダムを見に行きました。
夏休みにあわせて、巨大な等身大のガンダムを建造する計画?で、そのほぼ完成された外観が姿を現したのがニュースになってました。
お台場の潮風公園にそれはあるというので、ゆりかもめで向かいました。
Img_113249z 朝焼けの光の中に立つ影は、ミラーマンならぬガンタムです。
離れたところからもその姿が見え、近づくにつれだんだんとその大きさが実感できてきました。


Img_113256z なんだか巨大なガンプラみたいですね。全長18m強。実寸大です。






Img_113258z_3 完成すると50箇所から光を照らし、数箇所のギミックが動いて煙も吐くというじゃないですか。
7月11日のオープンを大勢のガンダムファンが待ち望んでることでしょう。僕は世代がちょっと上でアニメは見てなかったんで、申し訳ないけど思い入れは全くありませんw。










Img_113282z_2 足元まで来ると、さすがに迫力はありますね。なかなかこういうものの近くに居ることなんて出来ませんからね。かなり精緻にできています。一時的なものにするのはとても惜しいです。



Img_113313z 建設中のフェンスにまだ囲まれてる状態で、早朝で周辺も静かなんですが、未完成ながらすでに100人以上のギャラリーが思い思いに撮りまくってました。

18m、確かに大きいですが、時代は数多の高層ビルを林立させ、都会の中ではその存在感は他を圧倒するほどではないように感じました。
Img_113322z ゆりかもめ、台場駅からの眺めです。公開中はたくさんの人で混雑するでしょうけど、この景色には合わないような気もします。
ガンダムが台場で暴れて?も大して建造物も破壊できず、滑稽に過ぎないと思います。ゴジラのように50mもあれば別かもしれませんが。えっ、壊し屋じゃないって?

この日は鉄は撮りませんでした。精神的疲れもあって、午後に友人たちと会ってそれでおしまい。東京駅で最終新幹線までゆっくりしてました。歳ですかね、元気出ないですw。

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2009年6月18日 (木)

金沢城河北門復元工事見学会3 下巻

Img_113177z 後半は、鯉喉櫓台石垣の加工現場へ。金沢城は江戸時代の藩政期を通じて再建・増改築・修理が続き、年代ごと、工事責任者ごとのさまざまな石垣が見られ、石垣の博物館とも喩えられています。
この二の丸西数奇屋敷北空堀縁の石垣も、布積み、金場取残し積みの典型で美しい景色です。
Img_113182z さて現在、石垣加工の現場となっている藤右衛門丸に来ました。ここは普段石川県職員以外は立入禁止で、初めて立ち入れる貴重な経験です。かなり広い敷地で驚きました。
ここでこれから石切の実演をしてくれるというので楽しみです。
Img_113187z 金沢城の石垣は、ほぼすべてが金沢郊外の戸室山の石が原料。約40万年前の噴火で出来た、小さいながらも立派な火山で、古いため表面の岩が崩れ地中に埋もれた安山岩の塊を、掘り出して石材にしているというわけ。戸室石と名づくその石材は、江戸年間数次にわたって切り出され、長い石引きの道を曳いて金沢城まで運ばれました。城内には推計、15万個もの戸室石が石垣を形作っています。
Img_113185z 石を割るための道具類です。大きな石を石垣にふさわしい大きさまで割るのに、タガネで割れ目を入れてからクサビを打ち込みますが、昭和40年ころまではその方法で。後年はドリルで穴をあけてからの打ち込みで、掛かる時間は1/3になったそうですが、基本的に穴にクサビを打ち込んで割るのは、何百年の昔から現代になっても変わらないのにビックリしました!
Img_113194z まずは先時代的実演です。現在はほとんどこの方法をとらないというのですごく貴重です。表面にクサビを打ち込む穴を等間隔につくり、大きなかなづちでそのクサビを均等に打っていきます。この道の熟練ならではで、クサビの頭を確実に捉えるのに感動しました。
Img_113202z この大きい石で、この面の8つのクサビだけで割れるんです。一瞬パキっと音がして石にヒビが入りました。これで割れたみたいです。




Img_113204z 戸室石は金沢城の五十間長屋など最初の建物復元時にも、当時新たな切り出しが見込めず不足となると危惧されてましたが、県の石材組合や地元企業の尽力で大量の採掘・切り出しに成功。復元の安定供給はもちろん、金沢の名産として各種の公共施設や道路、庭石にまで幅広く使われるようになりました。
Img_113209z 現代の工法です。ドリルで穴をあけた後に打ち込むと中で開くクサビをハンマーで打ち込みます。確かにこちらの方が短時間で割れました。
石質は斜方輝石を含む角閃安山岩で、石英、黒雲母の斑晶も含有。凍寒や耐火性も強く、圧縮強度はコンクリートの2~6倍あります。
Img_113221z 中を重機で開いてみると、ひとつの石で違った色が。溶岩噴出の温度と酸化作用の違いで赤と青の違いが出るようで、赤戸室・青戸室と言われています。今は赤戸室のほうが多いようです。
今では数多くの加工品も発売され、庭の敷石や縁石、工芸品もあるようです。思わずほしくなってしまいました。
金沢城は当分、復元工事が続きます。金沢では、不況知らずの業種がここにありましたよ!!

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金沢城河北門復元工事見学会3 上巻

Img_113063z 土曜は第三回の、金沢城河北門復元工事見学会があり行ってきました。雨予報だったのに曇りから晴れ間も見え、晴れ男の面目躍如でした。しかし気温はさほどでないものの湿度が高く、二の門の覆いの中で汗びっしょりに。これが後で効いてしまいました。
城に入る前に歴史好きの友人S氏と合流。宮守堀の現状を確認。
Img_113069z 水堀の底は土がつき固められ、およその水深は1.5mか2mといったところ。しばらくは土手の芝生の養生にかかるでしょうか。
一転、堀の南東端には鯉喉櫓台石垣の復元工事中。芝土手の堀部とも土盛りで今は塞がれてます。この底面ともレベルは同じと思えないので、下部は少し埋められるのでしょうか。ここからまだ5段ほど石垣が積み上げられる予定です。思ったより高くならないんじゃ。
Img_113072z 積まれる予定の石垣です。発掘した石垣をそのまま使うのです。向こう側が外側。内側はこのように細長く、永久歯のような形をしています。端がギザギザになってるのわかるでしょうか。後で出てきますが、石を割るときのタガネの跡です。


Img_113107z さて城内に入って、見学会がスタートです。今回も大勢の予約者で、100人弱が集まりました。だんだん増えて、TV各局も取材に来てるので、注目度が高まっていくのはいいことですね。
壁板に名前を書く寄進の枠がまだ余ってて、さかんにアピールしてましたが、そこに見慣れた苗字が並んでてビックリしました。しかし親戚でもなんでもありませんw。
Img_113108z いつものように、まず外で説明。約100人を二班に分けて、別班は鯉喉櫓台の石垣加工現場を先に見学するそうです。後半は楽しみですね。
僕らは河北門へ向かいます。



Img_113147z  二の門の二階の現場に入りましたが、全体が覆われてるので湿度でムッとします。だからか、中央部の床板が外され吹き抜けになって、工事現場用扇風機が大回転してました。
今日は主に屋根瓦の説明。金沢城は他藩と違って屋根瓦に鉛板を使います。いろいろ説があって、有事に鉄砲玉に使うからだとかありますが、どれもはっきりしません。しかし緩やかにサビて白っぽくなった屋根は、陽に光って美しく輝くことになります。
Img_113150z 瓦と言っても鉛の塊ではなく、胴などを混ぜた合金の2mmの鉛板を、能登ヒバの板に貼っていくわけです。雨水が中に入らないように下から1/3ずつ重ねていきますが。平板も真ん中が少し反るようになっていて接合部に雨がなるべく入らないよう工夫されています。上部までそうなのが河北門の復元での特徴で、菱櫓のときは下部だけだったそうです。鉛と相性のいい胴のクギで止めていきます。
丸瓦の梅鉢紋が加賀藩の証。上ではTVカメラがにらんでますw。
Img_113167z 鬼瓦を加工しているところ。実際に触らせてもらいましたが2mmとはいえ鉛は非常にやわらかく、またよく伸びます。そこで鬼瓦も表面に鉛を打ち出し加工。若い職人たちが丁寧に打ち上げてます。時折先輩の厳しい指導がw。


Img_113168z 正式には剣梅鉢紋の加賀前田家の家紋。内側の剣の再現は難しいようですが、ベテランは手早く披露してくれました。

ここでまた突然のことが! 横で取材してたNHKの若い女性レポーターが、僕にマイクを向け「感想はいかがですか?」と抜かしましたw。
「屋根がもうほぼ鉛瓦で覆われ、とても壮観でした。地元の誇りですから、完成がもうじきのようでうれしいですね。」みたいなこと言ったはずなのに、適当に切られアナウンサーの声とかぶって何言ってるかわからんくらいになってましたが、なんとまたNHKに出てしまいましたよww。蒸し暑い汗で首周り濡れてましたがw。
Img_113174z 石川テレビではカメラを構えてるところを撮られてるし、やっぱり今年もマスコミづいてますな~。

平瓦用の鉛板です。特殊に胴とかを混ぜた合金で貴重な材料で高いので、形を整え端を切ると、捨てずに再利用してました。

河北門は、そのほぼすべてが覆われてて、その他の工事現場がなかなか見えないんでザンネンですが、土壁の斑直しが終わった今年後半、白漆喰塗りのときにまた公開されるでしょうか。

後半は石垣加工現場を直撃です。

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2009年6月 7日 (日)

旧国鉄色「雷鳥」485系10編成、完全紹介!!

Img_111465z この週末は金沢百万石まつりだったけど、土曜のパレードは仕事で全く見られませんでした。なんで今年のレポートはありません。そこで今日は先日来の485系旧国鉄色「雷鳥」縮小退役開始を前に、今までで撮った10編成を紹介しましょう。
まずはA01編成。大阪方先頭はクロ481-2001。
JR化後の改造で出現した先頭パノラマグリーン車は「スーパー雷鳥」運用。681系登場後は「しらさぎ」にも投入されましたが、いずれも当時オリジナル塗色。そして683系が「しらさぎ」導入された2003年以降に「雷鳥」運用に収斂されて、ここで初めて旧国鉄色に塗装変更されました。
Img_112360z A2編成のクロ481-2002。種車はサロ489-1006。つまりパノラマグリーン車は元々中間車両のグリーン車からの改造で充当されています。一両を除いては。
なぜかヘッドライト周辺部の溶接が甘くて?赤色2号の塗装が剥げかかってるのが多いんですが、A2編成は塗りなおされてました。
Img_112909z A03編成のクロ481-2003はよく見ると剥げたままです。
グリーン車を表す「ロ」はイロハのロ。旧2等車というわけで、「イ」の1等車は廃止、現在の普通車「ハ」は旧3等車という意味。グリーン車は座席列ごとの小窓が特徴なのがわかるでしょうか。
Img_112031z A4編成は金沢方9号車クハ481-322。パノラマグリーンはA01からA6編成の大阪方に組み込まれています。金沢方は非貫通の高運転台タイプに統一されてますが、その形態は一部貫通タイプが改造されたのもあります。A2編成は貫通扉が埋められ、特急を表すクチバシのようなTマークも塗装というありさまです。
Img_112599z A5編成はここ数ヶ月に撮りに行ったとき、日中によく出会ってました。一番元気そうに見えて、2年後いっぱいまで活躍してくれそうな気がします。手取川橋梁で撮る金沢方先頭はクハ489-702。現在の10編成は481系から489系、「きらめき」「しらさぎ」などいろんな経歴から寄せ集められた改造編成です。
Img_100406z A6編成のクロ481-2101は、写真では見えませんが残るパノラマグリーン車の中で唯一、サハ481が種車の改造。つまり普通車だったことから側窓が大型タイプです。
10編成それぞれも、皆全く同じでなく、見るところによって瞬時に区別がつけられるのもおもしろい点です。
Img_111897z A7編成の金沢方クハ489-604。A7からA10編成は両側とも高運転台。A7編成のこれは貫通扉を外側から大きく溶接。なんだかブルドッグみたいな顔してませんか?




Img_78214z A08編成は唯一最近逢えなかった車両。2年前の小松駅でのヒトコマ。旧急行色にリバイバルされている475系とランデブー。大阪方のクロ481-2302は非貫通タイプ。




Img_111373z A9編成の金沢方はクハ481-228。唯一貫通扉の改造が原形に近く、今も開けそうですがそうはいかない。しかしなにしろ485系の貫通扉の運用は、国鉄時代の全盛期にはついに使われなかったという事実もあります。
左目のタイフォンカバーが開いたままなのが気になりますが、このあたり、早期の退役も予感させるんですが・・。
Img_100229z 最後のA10編成は大阪方クロ480-2301。A7からA10編成の大阪方非貫通クロは、パノラマとは逆にA7~A9がクハからの改造。このA10編成が唯一サロの先頭車改造のため小窓が並んでいます。しかしいずれもスーパー「かがやき」「きらめき」時点でクロ改造された3列ハイグレードグリーン車。雷鳥のグリーン車に乗るには、パノラマか3列シートか、の豪華な選択肢があったわけですね。

さて今月に入って、いずれかの編成が運用撤退したはずです。来月にも683系4000番台のサンダーバード運用増備があり、さらなる雷鳥置換えが予想され、この伝統的な赤2号・クリーム4号の車体に逢える確率はどんどん減っていきます。再来年3月の完全撤退を前に、これからは時折「乗り鉄」にもチャレンジしていきたいです。

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2009年6月 6日 (土)

北陸鉄道「ラッピングバス」もコンプリート!!

090604_074056 金沢市内を走る北陸鉄道の路線バスに、去年から初めてラッピングバスがお目見えしてたんですが、計10台、見かけてはいてもすべて撮ることはできてませんでした。
しかしとうとう最後の「名鉄エムザ」バスをこのたびゲット!485系もそうですが、なんでもいつも中途半端になってました。しかし最近はなんとかコンプリートすることも増えてきたんで、これからなにかに生かしていきたいですねw。

毎朝の通勤時に寺町通りで、今までコカコーラバスとすれ違ってましたが、6月1日からのたぶんダイヤ改正で、待望の「名鉄エムザ」バスと遭遇。シャッターチャンスを逃すまいと毎日心の準備をしてました。もちろん危険なんでちゃんと車を停めてから撮ってますw。
これで全10種、「星稜」「北陸大学」「金沢学院」「北國銀行」「北國新聞」「金沢フォーラス」「コカコーラ」「もりもり寿し」「NTTdocomo」そして「名鉄エムザ」です。景観に配慮を求められる金沢にしては珍しく、こんなラッピングバスも最近になってようやく出現してきました。みなさんも金沢の街中を訪れた際にはぜひ探してみてください。

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2009年6月 1日 (月)

やっと逢えたA03編成!

Img_112815z いよいよこの日を迎えました。平成21年6月1日は、485系国鉄色特急「雷鳥」の、現役10編成の削減が開始される日です。
約40年に亘って全国津々浦々の国鉄線の特急需要を担ってきた、交直両用60・50Hzの3電源対応車の、当時からのカラーリングを残す最後の活躍の場が、この北陸本線「雷鳥」でした。
Img_112865z 683系4000番台のサンダーバード営業運転が始まり、押し出されるように既存の681系などが「雷鳥」運用に就くため、485系の置換えとなるわけです。これから約2年かけて、10編成すべてが退役させられる予定です。6月にはまず2編成が除籍させられる可能性があり、5月中にどうしても全編成を撮っておきたかったんですが、この週末はあいにくの天気、土曜に1往復撮った後雨が降ってきて撤収。
しかし北陸新幹線工事で埋蔵文化財調査もスタートし、視野と駐車を確保できる踏切撮りもそろそろ危うくなることもあり、最終日の31日夕方、雨上がりに思い立って最後のA03編成を求めて車を走らせました。
Img_112909z 出かける前に時刻表を見て、日曜運転の夕方便、雷鳥42号を最後に賭けて、急いで米永踏切に向かいました。
そしたらなんと! やってきたのは待ち焦がれていたA03編成そのものでした!!
大阪方パノラマグリーンのヘッドライト周りの塗装は、痛んだままなのでこれも先行置換え対象のひとつかも知れず、今日やっと逢えたのは天啓かも知れません。
冷たい風に急いで来たのでTシャツ一枚では寒かったですが、そんなのも吹き飛ぶくらいホットになりましたw。これでとうとう10編成すべてを撮影できましたよ。近いうちにそれらを並べてご紹介します!

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2009年5月31日 (日)

3年目の南運動公園のバラ・・・。

Img_112749z 土曜は曇り空でしたが、午前の金沢城の後、車でさらに撮りまわりしましたよ。
金沢南運動公園のバラ園もそのひとつ。撮ったのは今年で3年目になるけど、今がちょうど盛りで人も大勢でした。
そんなに広くはない園内に色とりどり、いちいち名前も覚えきれないほどたくさんの品種であふれてます。
Img_112753z しかしまず、そんな幸せな雰囲気に緊張感を走らす来訪者が。堂々のビッグなスズメバチです。10センチはありましょう。目の前数十センチのとこにいるのに、とりあえず撮ってから離れましたが、人が手植えした花壇とはいえ、自然の環境は俺様が主役とばかりに飛び回ってましたが、幸いに他誰も気づいてませんので、多分刺されなかったでしょう。無視してれば案外に攻撃してきません。
Img_112765z 気を取り直して撮影を続けましたが、どうにも人工的なのか大味なのか、花花しすぎてて正直感動があまり沸きません。3年目ともなると飽きたんでしょうか。
どんよりと曇ってて明かりが弱く、鮮やかさも現れてきません。


Img_112777z 花を撮るのは上手くはないですが、もっと自然の山とかに場数を踏まないと、本当の美しさが見えてこないのかも知れませんね。そういうところは行くだけでも大変です。



Img_112782z マクロレンズを持ってくるのも忘れたんで、望遠にしてブレもあるでしょう。どうも乗ってません。
家族連れもいますが老夫婦が多いですね。写メやコンデジで撮られてますが、それでもピュアな感動を収められてる様子で、なんだか身が入らない自分に疲れてそそくさと退散することにしましたw。
Img_112788z これから夏に向けて、草花や動物が生き生きとしてくる季節。もうちょっと腰をすえてそういったものの感動を受け止められるようにしたいと思います。





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2009年5月30日 (土)

金沢城の各工事現場、今日のレポート

Img_112704z 久しぶりに金沢城、宮守堀(いもりぼり)復元工事現場に来ました。ここでは、堀の兼六園側の端にあった櫓、鯉喉櫓(りこうやぐら)の土台であった石垣の復元積み増し工事が進められています。
明治末期に石垣上部が取り崩されで埋められ、6年前の発掘で発見された後、上部の石垣約240個は近くに展示されてました。このうち約200個を、今回の積み増しに再利用します。
写真の石垣にスジのように見える部分がわかるでしょうか。先年までその下は土で埋め戻され、今回以前の発掘した深さまで改めて掘りなおされました。
Img_112713z これが再利用する石垣の石材です。6月下旬から積み増し工事を始め、先ほどの高さからさらに3mほど高くなる予定です。
広坂という、21世紀美術館や兼六園の入口になる金沢の観光の中心部。そこに突如巨大な石垣の威容が姿を現すことになるので、新しい名所になるのは間違いないところ。
Img_112717z そのすぐ脇の、宮守堀、水堀化工事現場です。向こうの土壁の奥が鯉喉櫓台石垣になります。
だいぶん工事が進みました。この様子では、このむき出しの底部が堀の底になるようです。向こう岸の芝生を貼りつけてる面から想像すると、とても浅いですね。こんなもんなんでしょうか。
Img_112720z 首を右に振ると。実際の宮守堀はもう少し長く、旧消防署跡地近くまであったはずです。今はその手前を道路が横切ってるんで、社会資本を優先にしたんでしょう。
この水堀化復元は来年3月ころ完成予定。対岸の旧県庁の再利用工事とあわせて、来年度には新しい金沢の顔になる予定です。
Img_112722z さて城内を進むと、玉泉院丸ではもう埋蔵文化財調査の掘り起こしが始まってました。玉泉院とは二代前田利長の正室、織田信長の娘「永」のことで、利長亡きあとこの地の御殿に住んだことから玉泉院丸と称し、玉泉院亡き後は大きな泉水のあった庭園であったとされています。
多様な石垣群を借景にし、辰巳用水の水を引き入れたとする伝説の庭園の遺構を解明し、北陸新幹線開業前に暫定整備を目標に進められる埋文調査。都度の見学会などがとても楽しみです。
Img_112732z 河北門の工事の様子も見学しようと三の丸に足を進めると、先日から報道のあった石垣の雑草取り清掃の様子に出くわしました。この時期一気に伸びる雑草も、そんなに目に付かないと思ったら、こんな努力が裏にあるんですね。お疲れ様です。


Img_112736z 河北門復元工事の上屋の中に入ってきました。もう鉛瓦の葺き工事がここまで進んでいます。
前回GW中に見た屋根板は、その上に瓦を敷くんじゃなくて、半円形の棒を間隔を置いて這わして、その間に鉛板をはめているわけです。

Img_112741z ここでは金属を扱うので、板には平気で釘を打ち付けてます。大きく平たいタガネのようなもので鉛の形を整えていました。





Img_112738z このあと、半円形の棒状の板にも鉛を這わせて完成です。先端には加賀前田家の梅鉢紋があしらわれています。

6月中旬の見学会が楽しみです。
この後、夏に向けて土壁も斑(むら)直しが進み、今年中には白漆喰に壁面が覆われるでしょう。

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2009年5月24日 (日)

485系を今日も追う☆

Img_112329z 23日は仕事のあと再び鉄撮りに。北陸新幹線白山総合車両基地の建設予定地になる、白山市米永踏切に来ましたが、前回ではただの空き地だったところに、もう工事の鍬跡が入ってました。
ここら一帯は先日の試掘で、弥生-室町時代の集落や館跡など10ほどの遺跡が集中し、文化財保護法に基づく発掘調査が必要なのがわかりました。
開業前倒しも議論される中、この埋文調査がいかほどの支障になるのか見当がつきませんが、工期に影響を与えないようにと、来年度までに同時に複数箇所の発掘を実施するようです。
米永踏切の両側では、すでに写真のように掘り起こしが始まってました。
Img_112345z 北陸本線のここ周辺は北東-南西に直線が続くエリア。田圃を突っ切ったレールはホントに地平線までまっすぐでした。
工事や発掘が始まり、もう今年しかじっくり踏切で撮り鉄してる余裕はなさそうですね。



Img_112360z ここでやってきた485系はA2編成でした。あとA3編成の撮影で全10編成完了するんですが、なかなか遭遇できません。
このA2編成クロ481-2002はヘッドライト周辺の塗装が上塗りされてて、


Img_112376z さらに金沢方クハ481-801は貫通扉を改造して、特急車先頭を表すくちばしマーク(Tマーク)はペイントなんで、なんだか退役第一号のような気もします。




Img_112400z 今日は雨も予報されてましたが、まだ雪に白い白山の山頂が顔を覗かせてました。
石川県内の北陸本線沿線を高みから雄大に見守る姿です。北陸新幹線金沢到達列車の愛称は「はくさん」しか考えられないのをわかってもらえるでしょうか。


Img_112411z ちょっと足を伸ばして、旧美川町の手取川橋梁まで来ました。ここも鉄のいい撮影スボットです。
西側の空も晴れてきて、明るくすがすがしい空気になってきました。線路をはさんだ対岸に先客があり、僕はこちら側に構えましたが、
Img_112488z ははぁん、そろそろこいつが来る時間。そう、トワイライトエクスプレスです。しかし調べてなかったのか、僕に確認に問われました。土曜だから大阪発があること、金沢着時間から逆算してもうそろそろやってくることをお教えしました。
僕は長編成はこちら側がいいと思いましたが、この後の485系には対岸から撮ることにします。
Img_112516z 確かに憧れの車両、トワイライトEXの寝台客車ですが、しかしコンデジでどこまでよく撮れるもんでしょうか。しかもそんなに接近して。
こちら側には子供づれもいらっしゃいました。この直後の貨物列車もすきそうです。


Img_112526z 直後の貨物列車が通過するのを知ってたようで、地元の方なんでしょう。小さい女の子が手を振って喜んでます。貨物に感動を覚えるとは、将来がとても楽しみな子ですねw。
EF81129の牽引するコンテナ車には、空きがだいぶ目立ってました。この時勢で貨物がかなり減ったもんなんですかね。
Img_112554z 撮影場所を転じるのに鉄橋をくぐってたら、上りの485系通過に間に合いませんで、やむなく下のアングルから撮ることに。車両NoからA1編成と知れましたが、こんな珍しい写真もたまにはいいんじゃないですか。ちょっと贅沢ですね。


Img_112575z 空もかなり晴れ渡ってきたら、遠く獅子吼高原から、パラグライダーがいくつも飛んできました。鶴来のレジャースポット、獅子吼高原はパラグライダーのメッカとして、全国から愛好者がやってきます。
気持ちよさそうですが、下になにもないのは結構怖そうですね。列車が鉄橋を渡るのとシンクロして撮れなかったのはザンネンです。







Img_112599z お目当ての、485系雷鳥はザンネンながらA5編成でした。
今日はこれを最後に帰るとします。なかなかA3編成にめぐり合えません。




Img_112616z これは来週末も晴れを期待して撮りに来なきゃいけませんね。いきなり全廃ってわけじゃないですが、6月1日からまず2編成が退役させられそうです。そして2年後の3月には全廃が待っています。他地区へこの国鉄色のまま転属されればいいですが、にしても短編成化されそうだし、余剰気味でもあるのでこのまま廃車が濃厚のようにも思われます。
悔いのないように追っかけていきたいです。

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2009年5月22日 (金)

485系の雄姿、金沢駅撮り☆

Img_111937z さて金沢駅へ戻ってきました。次の雷鳥がもう入線して、折り返しの出発を待っています。A4編成です。
ライト周辺の赤い塗装がはげて痛々しいです。なぜ塗りなおさないのかフシギに思ってましたが、あと長くても2年で退役となると、ほおって置かれるもんなんでしょうか。

Img_111942z 真横からのアングルはこうです。走行中を真横から流し撮りはなかなか難しいもので案外この図はあまり撮ってませんでした。金沢駅ホームは暗いから駅撮りに適さないので、今度じっくり撮るロケハンに悩みます。小松駅も高架構内になってしまいましたしね。
Img_111951z うっ、サンダーバードの乗務員交代の儀式ですね。この日は4月29日。多分新年度から運転業務に就く若手運転手に、指導員が同行して監督してるようです。二人ずつのペアで乗り降りされてました。ういういしさと、りりしさが同居しててなんだかかっこよかったですよ。
Img_111959z さっきのA4編成では、なんと女性運転手が指導を受けてました。あっ、目?が合ってしまいましたw。
見た目にも若い女性運転手に、いまさら485系の運転指導をしても、とは思っちゃいますが、少なくともあと2年は運行するんだから今必要と言えば必要ですがね。ここでは二人掛りで後ろに付いてました。
Img_111992z さて、雷鳥の出発です。発車時に、ホームで子供連れが運転手にバイバイと手を振ったので、笑顔で応えた女性運転手の顔が、連射のコマの中でずっとほほえんでたのがなんだかうれしいですね。
485系(に限らないけど)が注目の車両だ、という意味も含めて、列車運転手に誇りを持ってもらった瞬間のような気がするのはおこがましいでしょうか。
Img_112021z A4編成金沢方クハ481-322です。
来月から減らされる485系国鉄色に対して、今月末から撮り鉄が鈴なりになってしまうでしょうか。それまでに、いい撮影スポットを手に入れたいですね。なかなか県外に行けはしないので、石川県内だとほぼ直線が多いですけど。
Img_112031z トップ画像も485系に変えたほど、思い入れは深いので、また撮ってきましたら、おいおいアップしたいと思います。


ではでは。

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2009年5月21日 (木)

485系を追いかけよう!

Img_111765z では朝から、金沢駅から「雷鳥」485系10編成撮りつぶし?いたしましょう。
金沢車両所から入線してきたのは、A5編成の481-2005。大阪方がこのようにパノラマグリーン車なのはA01からA6編成まで、A7~A10編成はノーマルの非パノラマ。


Img_111779z スーパー雷鳥時代やその後しらさぎなどにも運用されたときはオリジナル色に塗装されてましたが、しらさぎもすべて683系に置き換わった後、国鉄色に再塗装されて雷鳥運用に就きました。



Img_111791z 金沢駅のホームで出発を待つA5編成に、写メで撮るギャラリーが引きもきりません。北陸本線にはこのクリーム4号・赤2号の車体を追っかける撮り鉄が今日もどこかで出張ってることでしょう。



Img_111810z 複雑な金沢駅小松方構内路線を左にくねくねと渡っていった先に、「北陸」の14系客車が待避線で休んでいました。14系と485系のランデブーは金沢車両所を除くとこのとき以外にはありえません。金沢を境に東西で運行が別れるからです。


Img_111853z さて走行中の雄姿を撮るため、今度は西金沢駅に向かいました。構外の駐車場からいいアングルでキャッチするためです。
先にこの「雷鳥」を淘汰する張本人、683系サンダーバードが通過。あれっ?おかしい、右目が開いてませんよ。ヘッドランプの整備不良です。こんな点検もせずに運用に就かせるなんて、メンテックはいったい何をしてるんでしょうか!
GW初日からこれでは、JR西日本の安全思想が疑われるのもムリはないです。
Img_111892z 気を取り直して、やってきたのはA7編成、クロ481-2301です。こちらは大阪方非パノラマ。





Img_111897z 金沢方はクハ489-604です。貫通扉を溶接している、ちょっとみっともない顔になってます。
これで撮ってないのはA3編成だけとなりました。6月1日から運用が外れるのが、何番編成なのかわかりませんが、何とか残り少ない週末に追いかけてみたいと思います。ああそう、撮るだけじゃなく、最後に乗ってもみないとね。梅雨を前に、天気も心配なところです。

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2009年5月19日 (火)

金沢駅に入る車両たち☆

Img_111670z 北越485系が入線してきました。先頭グリーン改造車なので、厳密に言うとクロハ481系1000番台、ということになります。これら「北越」運用車はJR東日本新潟車両センター所属。旧上沼垂色ってわけで、これに乗って新潟県の青海川駅周辺もまた撮ってみたいですね。
Img_111673z 知る人ぞ知るですが、同じ日本海側で金沢-新潟間は近いと思われるフシがありますが、なんと金沢-名古屋間よりまだ50km以上遠いです。だから新潟も気軽に行けません。確実に晴れる日を見越して、充分なロケハンの上で臨みたいですね。


Img_111684z しらさぎ683系の入線と、能登の489系が金沢総合車両所へと引き上げていきます。上野では夜行に就く前の夕方に、北関東への帰宅ニーズの利用にホームライナーとして快速運転しています。しかし金沢ではゆっくり晩まで休みます。そのため日中の金沢総合車両所には、2編成半の489系ボンネットと出会えますよ。
Img_111687z 車両所への引き上げには、JRの運転士が運転しないって知ってますか?
関連子会社のジェイアール西日本メンテックの社員が運転します。運転席に作業服を着てる人が見えますか。メンテックはさまざまな駅業務をJRから委託されていて、深夜の改札業務をしてる中年?女性とかも実はメンテックの方のはずです。最終のはくたかで帰ってくると、女性だとなぜだかホッとするのはどうしてでしょうww。
Img_111729z そのはくたかが入ってきました。北越急行所有の681系スノーラビットがはくたか3号として今朝の任務に就きます。
北陸新幹線が開通したらまず、この列車は廃止の憂き目に会うでしょう。北越急行には重荷だから、JR東日本とかに譲渡するでしょうか。まぁなんやかやと、20年近く就役するわけだから、充分償却は済むでしょうが。
Img_111736z このフォルムもいつまでも新しいわけではないですね。サンダーバードとして登場した白い681系は鉄道模型としても購入してあり、まぁ全然走らせてませんが、最初はかなりかっこいいと思ったのに、今はどうってことないですね。それより北陸新幹線に新型車両がほしいです。賛否はあるけど、僕は水戸岡さんにお願いしてもいいと思うけど。
Img_111753z さて金沢駅のホームに降りてきました。これから485系の駅撮りとかするつもりで。
北越急行のスノーラビットが発車を待ってます。するとこの5番線で、へんなことに。小松方面の普通列車に、ふたつの419系が。583系を改造した両車が、左は妻面を運転席に改造した、このように2タイプがあります。どれも3両編成で、同じホームに2編成並んでるってわけ。
結局左の妻タイプが先に小松へ向けて発車していきました。次いで右の車両も出発。こういうこともあるんですね。

じゃあこのあとは、485系国鉄色をたっぷりとお届けします。

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2009年5月18日 (月)

早朝の金沢駅の始まり☆

Img_111567z さてGWに入る4月29日に、683系4000番台の見学会にあわせて、早朝から金沢駅へやってきて夜行列車の撮り鉄にいそしんでました。4月は「鉄」をかなり撮ってて、GWにまとめてアップしようとしてたんですが、PCが逝かれてしまったんで今になってしまいました。
トップ画像も6月より順次去り行く485系を偲んでかっこよく作り変え、しばらくは鉄道ブログとしゃれ込みましょうか。
Img_111586z もう具体的な時間は忘れてしまいましたが、たしか4時半に起きて金沢駅の立体駐車場「時計駐車場」の屋上に停め、そこから富山方を望みます。この日は快晴の予報でしたが陽はもう高いとはいえ6時前の早朝はまだ肌寒く、ウインドブレーカーを着てても冷えて、この後の風邪引きさんになる原因になったかな。
北陸新幹線の高架は遥か富山県境までもう繋がっています。6時になるころまず青森から日本海縦貫の寝台特急「日本海」
Img_111590z 南下、続いて上野から金沢終着の「北陸」がやってきました。東海道スジの「富士・はやぶさ」が廃止、いわゆる"ブルー"トレインは残り4列車となってしまいましたが、そのうち二つが相次いで早朝の金沢に一日の始まりを知らせてくれます。


Img_111597z これはとても貴重なことと謂わざるをえません。上野での3列車は時間が離れているからです。しかも秋冬には暗いうちになるので、これから晩秋までの季節、このシャッターチャンスを得られるのは金沢ならではですよ!
曲がりなりにも近代的な金沢駅周辺と、昔ながらの寝台列車はミスマッチとは言えない風情があります。願わくば高架のコンクリ上に乗っかる北陸新幹線が開通しても走り続けてほしいですがね。
Img_111605z 「北陸」入線直後、今度は夜行急行「能登」がまだヘッドライトを照らしてやってきました。金沢から上野へ向かう上りでは、約10分差で「能登」が先ですが、下り金沢着では「北陸」が先です。現在では同じルートを、毎日つかず離れずで仲良く連れ添う貴重な両列車。
Img_111619z ボンネットタイプの旧国鉄色旧特急編成は、この「能登」運用が通常運用の最後の砦である489系です。金沢総合車両所に3編成半(9両3編成と、波動用7両編成)あります。
正月に久しぶりに乗りましたが、やっぱりなかなか眠れませんね。オール座席はしんどいです。
Img_111662z そして夜行列車たちの入線をまるで合図に、一日のスタートとばかりに各列車たちが続々と入線してきました。
3km先の金沢総合車両所から始業に就くものや、富山方面から乗客をすでに乗せてきたものなど。いよいよGWの始まりですね。
ヘッドライトでわかるように、この3編成ともこちらに向かってるんですよ。

つづく

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2009年5月17日 (日)

金沢「神明宮」あぶりもち神事

Img_112296z 16日はじっくりPCを触ろうと思ってたら、前日母親が入院してしまいました。腸炎で微熱がずっと続いてたってことで、大事をとって一週間くらいなんで大丈夫と思いますが、まぁ高齢だからだいぶ弱ってましたね。これ幸いと甘えの部分もあるでしょうがw。それでちょうど行こうと思ってた神明宮のあぶりもち神事に見舞い前に訪れましたよ。
Img_112298z 金沢五社のひとつで、室生犀星で有名な雨宝院のすぐそばにある「神明宮」では、毎年5月と10月の15・16・17日に「あぶりもち神事」というのがあります。悪事災難の厄除けとして、300年以上の歴史がある全国唯一の神事で、四角く小さく切った餅を御幣のように串に刺して、玄関の高いところに供えるお守りとして、また火にあぶって食べることで、一年の厄除けを祈ります。
Img_112300z 中原中也の「サーカス」の舞台だったり、樹齢1000年を超える大けやきがあり普段は神聖で静かな空間の境内も、前田利長が始めたというこの神事の期間は、早朝から大勢の参拝客でにぎやかです。10時前なのにあぶりもちを買い求める人の列が早くも長蛇に。
一人で家族分など何十本も買われる方もあり、この裏では氏子のおばさまたちが待たせないよう一心に大量の餅を焼いてました。飾るほうはこのように、焼かないまま神棚に飾ったり玄関につるします。
Img_112301z 僕も病気の母のためや、永いことそう遠くない場所に住んでるのに祭りのときに来てなかったんで、いっぱい買い込みました。
買った人には小さい焼きたても振舞われ、これは生姜だれが利いてておいしかったですね。


Img_112302z 正月の左義長の、金沢での始まりもここからだったそうで、金沢城内の注連縄などは、寺社奉行立会いでここで焼かれたとか。
元和年間の伊勢踊りは、江戸の神田・浅草の三社祭に匹敵するほど盛大に、犀川大橋を渡って金沢城まで練り歩かれたといいます。今はまったくの街中で、そんなよすがは感じられないほど境内も狭くなってしまいました。
Img_112304z 行列が拝殿の上まで連なってしまいました。僕はまだ早めだったんで10分くらいの待ち時間で済みましたが、伝統と祈りを大切にする方たちが廃れず多くいらっしゃるのはうれしいですね。



Img_112307z さぁチャリで自宅に戻って早く病院へ行こうと思いましたが、目の前に模様替え完了した犀川大橋の勇姿が。そういえば、銘板の塗装も終わって掲げられたんでした。中央上部に燦然と輝く「橋大川犀」の文字。



Img_112306z 縁取りにきらびやかな金沢金箔が施されました。しかし橋そのものは国道上にあるので国の管轄、もしくは石川県だと思うんですが、この金箔にした費用は地元住民が負担したといいます。そういうとこもオールラウンドで官庁が負担してほしいものですが、なにかオプションすると決まって地元に重荷がかかってきます。新幹線にしたってそうですよね。
さぁ、病院へ急ぎましょう。

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2009年5月16日 (土)

復活!金沢レポート

Img_112224z 長いことごぶさたしました。実はPCが壊れて、GW期間中新しいマシンの構築やリカバリーに追われて時間がとられてしまいました。思わぬ出費で結局どこも出かけてません。やっとこの週末になってPC設定も落ち着き、ようやくブログ再開です。
ハードディスクが突然クラッシュして、大事なデータがすべてパーになって、やむなく新しい筐体を買いました。Core2Duoは初めてで、なにしろ調べたら6年ぶりの購入だったからSATAも初めて。XPもそろそろ買えなくなるんでちょうどタイミングはよかったですが。早いマシン環境を得るのに潮時だったんでしょうが、ハードディスクのリカバリーに新マシン以上費用が掛かったんでどこも出かけなかったのに散々な散財です。当分身動き取れないでしょうねw。
Img_112250z それでその間、4月からのブログへのトピックがいろいろあったのに載せられなかったんで、これから順次お伝えします。
GWスタートの5月2日には、氏子である石川県の県社「石浦神社」の祭りに奉賛金を納めに、次いで金沢城の河北門工事の現状を確認に行きました。

Img_112235z もうすでに二の門の櫓には屋根板が敷き詰められていて、壁には荒壁土塗りの下地がもう完了してました。あっという間ですね。今年度末には完成の目標なんで、ちょっと目を離すと進捗が早いのが驚きです。



Img_112237z 白木の瓦板です。この上にさらに鉛板を貼った瓦が乗っていきます。軒付には銅版が貼られています。





Img_112232z 土が塗られている壁がよく見えるところまで降りてみました。塗るための土は荒壁土といってワラなどを漉き込み、1年ほど発酵させたものを使います。乾燥すると当然こんな割れ目ができるので、この後割れ目を埋め込む斑直し(むらなおし)という作業があり、ぶら下がっている縄は下縄伏せ込みと言いそのときに伸ばして埋め込みます。
Img_112244z 一の門へ通じる土塀の屋根部(あるいは一の門)は土居葺きが完了してました。たしか能登ヒバを薄く裂いた板を使ってたはずです。
このように木地がまんま見えているのもわずかな間だけなんで、これからも毎月ちょくちょく見学に来ないといけませんね。そういえば、宮守堀(いもりぼり)の水堀化工事で、喉鯉櫓台(りこうやぐらだい)の石垣を発掘当初の下部まで掘り下げる工事が始まりました。さらに発掘済みの石垣の積みなおしで、広坂側に高台となる石垣の威容がもうすぐ復活します。堀を掘り込んだ残土は、城内の新丸広場に積み上げられ、起伏を残した広場に再整備するというのでそれも面白いですね。
まだまだこれからも逐次工事の様子をお伝えするのでこれからもよろしくお願いします。

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2009年4月30日 (木)

683系4000番台試乗見学会レポート 2

Img_112097z さて車両を出て先頭車の顔を撮ろうと前に出ると、子供たちと金沢駅長、4000番台との記念撮影の行列になってました。ん~、今日はまぁ仕方ないか。多くの子供たちが、電車好きになっていっぱい旅行してくれると、日本の将来のためにもなるしw。けど子供たち、何が新しいのかわかってるのかな~。
Img_112118z 外観は従来の683系2000番台と基本的にはほとんど変わらない。下部の車両ナンバーもプレート式でつまらない。今日はいちおうこの第一編成全車両のナンバーを記録しました。
僕ら物好きがよくよく見比べて4000番台と認識するには、ナンバー以外にパンタグラフがシングルアームということと、先述したように各車両の大阪方が乗車口、そしてなにより9両固定なんで6・7号車間が運転台じゃないってこと。
Img_112137z 車内見学のあとも撮り鉄に限らずたくさんの人がホームで撮影中。あっ、下りトワイライトエクスプレスの入線時間だ。7番線ではトワイライトグリーンのEF81103をみんなで取り囲んでしまってるw。
4000番台はこちら9号車は増結可能な貫通運転台なんで、見た目正面からでは区別できない。営業運転前なのに、毎日試運転してるから早くも汚れが目立ってます。この正面ののっぺりしたデザインなんとかならんのかなぁ。
Img_112142z GWにトワイライトエクスプレスでゆったり北海道旅行としゃれ込む老夫婦。僕もそのころにはぜひそんな優雅な生活をしてみたいんですが。




Img_112151z トワイライトが出発です。この背中のホーム末端では、行き過ぎるアングルを撮るために撮り鉄があちら向きでダンゴ状態でした。安全には気をつけてほしいですがね。




Img_112161z 金沢方先頭のクモハ683-5501。
683系はほくほく線内で営業してるように、設計最高速度は160km/h。しかしサンダーバードの最高運転速度は130km/h。このため現在サンダーバード運用のみの想定なので130km/hに制限した仕様。なのでM車は5000番台にしてるっていうからややこしい。ブレーキ装置を変更するだけで160km/h運転できるらしいんで、気密化工事は済んでるみたい。
Img_112168z 683系は3M6T。JR西日本は1M完結儀装が基本仕様。付随車のTp系には交直流用機器を下部に積載。雪対策にスカートで覆わず、むき出しだけどボックス化することによって付着する雪や氷を剥離しやすくしてます。まぁこれは従来どおり。


Img_112180z 6番ホームから1号車側に回りこみました。表面のツヤはやはり新しいからか、テカリ具合がいいですね。この大阪方グリーン先頭車は貫通運転台だけど、ほろカバーが開かないようになってます。資料では準備工事ということだけど、多分増結は金沢方に統一されるでしょう。だったら従来どおり非貫通のかっこいい先頭形状でいいじゃない。まぁ運転台の共通化は必要だったんでしょうけど。
Img_112191z 同じ683系のしらさぎが入線してきました。新旧の683系の揃い踏みです。見た目の違いはこの面ならわかるでしょう。
しらさぎは基本5両に3両ずつ増結だから、6両+3両のサンダーバードと共通運用はできません。側面のラインも東海カラーのオレンジが入ってて違うしね。

Img_112198z 側面からです。あと事故時にオフセット衝突対策というのも施されています。連結面の切妻面に三角形状のものが装着され、衝突してもずれていくことで、客室の破壊を小さくする工夫です。
まぁそんなことで、見た目にはほとんど新しくなってないのに、これが永年慣れ親しんだ485系の代わりなのかと思うと、拍子抜けというかザンネンでたまりません。JR西日本のデザインセンスのなさには以前からあきらめも入ってます。
そんなこんなで、6月1日から上りサンダーバード10号・40号、下り19号・49号に置き換わります。7月からは2号・32号と11号・43号にも加わります。こうやって順次増えていく新しい683系4000番台をこれからよろしくお願いします。

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2009年4月29日 (水)

683系4000番台試乗見学会レポート 1

Img_112057z みなさんGWはいかが過ごすのでしょう。僕は暦どおりですがあまり出かけず家でたまった本やデータ視聴してようと思います。
しかし今日だけは金沢駅へ向かいました。朝5時起きで「北陸」「能登」の到着シーン、485系「雷鳥」を撮ったのですが、それは後日お伝えするとして、メインはこの6月1日から営業運転される、新型サンダーバード683系4000番台の試乗見学会です。15時からということで余裕持って出直したんですが、なんと45分以上前から大勢の行列でビックリしました。駅舎からはみ出して200m先の列に付きましたよ。
Img_112063z GW初日ということで、ほとんどが子供連れ。よほど告知がうまくいったんでしょう。たかが?新番台で外観は違わないのに、金沢駅内でこんな長い行列は初めて見ました。一般の旅行客など驚かれてましたよ。
はたしてどんな段取りで見せてくれるのか。停まってる5番ホームに誘導されましたが、そのわりには結構ザンネンな案内。9両編成のうち4号車から1号車まで中に入らせてくれたのに、なんの説明もなく立ち止まらないで歩き通して、と言われても、素人?の人には何のアピールにもならないんじゃ??
Img_112067z 4号車は最新のバリアフリー対応。この多目的室(授乳や急病などに利用)をはじめ広い車椅子対応多機能トイレなど、新しいガイドラインに準拠しています。炎検知装置もあって喫煙防止の効果もあります。
そうそう、この6月1日からJR西日本も特急で全車両禁煙になりますから気をつけてくださいね。
Img_112072z 普通車のモケットは偶奇数で変えてるのは以前と同様だけど、JR西日本プランにあわせて青系に統一。頭部もより大きくなってゆったりと固定できる。肘掛下のスライド式テーブルも大きくなりました。



Img_112080z 3号車にレディスシートが設けられ、その後ろのトイレは女性専用。
なにしろ立ち止まれないので駆け足で撮影。そして皆さんあちこち見ながらも座ってみることも出来ないんで、僕は事前に下調べしてきたけど、今までの違いとかわかるんでしょうか?荷物棚とかも大型化されましたよ。
Img_112085z 車端部の座席には大型のテーブルとモバイル用コンセントが常備されました。ビジネスマンならあえて1番席とかを指定して車内で仕事しなきゃいけないかもですねw。新幹線では当たり前になってきたこういう設備が、いよいよ北陸本線在来線にも忍び寄ってきましたよ。
Img_112087z 1号車、グリーン車です。インテリアも木目調になって、高級感を醸し出してます。床のカーペットも今日はビニールシートで保護されてました。ずるいですね。
報道陣もたくさんレポートしに撮りまわってましたが、今日はジャマとしか思えません。


Img_112088z グリーン車のシートです。枕が大きくなってますし、全座席にコンセントが配備されました。あぁ、大阪行くときにしか利用できないんだった。
この683系4000番台は、現サンダーバードの681系を順次置き換え、以前と違い9両固定編成です。もちろん増結は出来ます。2年間で12編成投入され、余剰となった681系は485系「雷鳥」スジにこの夏から順次導入、2年後の2011年3月に「雷鳥」全廃を目論見ます。
Img_112093z 1号車の先端、運転室へのドアです。今までと違うのは、この横に出入口があること。号車によってまちまちでわかりにくかった出入口を、大阪方に統一して便利にしました。従来は3・4号車の間に出入口なかったんですよ。


Img_112095z 先端まで行ったんで、ほうほうの体で追い出されましたw。いゃぁとてもたくさんの人で、1000人ほども来たでしょうか?

車内はこんな感じ。この後外観編をお伝えします。




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2009年4月27日 (月)

485系雷鳥、カウントダウン前に撮る!

Img_111268z 先週の日曜は貴重な青空になったので、さらに貴重な485系国鉄色「雷鳥」を撮りに行ってきました。昭和39年東海道新幹線開業とほぼ同時に、交直両用の特急型電車481系が誕生して44年。以来西日本の交流60Hz東日本の50Hzとの3電源対応の485系が全国の主要本線を席巻していました。分割民営化のJRを経て、クリーム4号・赤色2号のいわゆる特急型国鉄色をまとっている現役特急は、全国唯一、この北陸本線「大阪-金沢」間を毎日走っている「雷鳥」のみとなってしまいました。
Img_111288z しかしこの慣れ親しんだフォルムにも、いよいよ別れのカウントダウンが刻まれることになりそうです。
先日発表され、今試運転中の683系4000番台が、6月1日から順次サンダーバードの681系より置き換えられ、捻出された681系が、この夏から485系に取って代わって「雷鳥」スジに使用されるということです。現在10編成ある485系が、その「雷鳥」運用すべてに置き換わるのに2年を要しそうですが、カウントダウンのゴングは既に鳴ったと覚悟するべきです。
Img_111293z そこでサヨナラで大騒ぎする前に、10編成すべてを写真に収めようと活動開始です。
まずは先日も来た田中道踏切で、A10編成をキャッチ。現在の「雷鳥」10編成は、A01~A06までが大阪方がパノラマグリーン車。非パノラマのこのA10編成の大阪方クロ480-2301は元〈かがやき〉〈きらめき〉として活躍。小窓が他と違う特徴です。
Img_111373z 次のA9編成は金沢方481-228の貫通型。今はたぶん溶接されてると思いますが前部が開くタイプだけど、485系は国鉄時代を通じて貫通運用された実績がありません。
左目にあたるタイフォンカバーが開きっぱなのが気になりますw。


Img_111381z いちおう編成ナンバーの呼称はA09とか表現してますが、スカートに塗られてる編成NoはA9としか書いてないですね。僕の確認ではA2・A6編成も0が表記されてません。3・5・7編成はまだ撮れてないです。



Img_111465z 大阪方がパノラマグリーン車のA01編成です。写真は2000番台トップナンバーのクロ481-2001。
パノラマグリーンはJR化後のスーパー雷鳥時代に改造されたグレードアップ。塗色もオリジナル色の白っぽいものになりましたが、スーパー雷鳥が681系化しすべてサンダーバードとなるに従い、先祖がえりした「雷鳥」運用で国鉄色に戻されました。
Img_111484z A01編成の金沢方。クハ481-323です。そういやさっきから松任より南側の米光踏切に来ています。この辺一帯も白山総合車両基地の予定地ですかね。去年までこがね色に実ってた田圃は、今年はもう田植え直前の水が張られてなきゃいけないのに、放置されたままです。今年から工事の槌音がここらに響き渡るのでしょうか。
Img_111431z もちろん485系ばかり追っかけてないで、683系とかも撮ってますが、日中のわずかな時間だと3編成撮るのがやっと。A2・A04・A6・A08編成は以前に西金沢駅や手取川橋梁で撮ってるので、あと3・5・7編成を別の機会にゲットしたいですね。



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2009年4月23日 (木)

さくらんぼが満開!!

Img_111239z 自宅のさくらんぼの木に今年ようやくたくさんの花が咲き誇りました。1mの棒を植えて苦節6年。何度か枝を剪定しましたが、約4mのりっぱな木に成長し、昨年からわずかな花をつけましたが、今年は見事な白い花さかりとなりました。
ホントにネコの額ほどの庭を自作し、1畳ほどの植え込みにフルーツトマトを豊作したこともありましたが、メインとすべきさくらんぼの木にはなかなか花は咲きませんでした。
この木はさくらんぼでもオーソドックスな「高砂」という品種。ホントは1苗では実が付かず、全く観賞用にしかならないんですが、ただの桜を植えるより、おもしろいかなぁと思って選びました。



Img_111226z さくらんぼの花を見たことありますか?
こんなふうに白い花です。枝からの付き方も桜とはちょっと違って、かなりまとまって一箇所から束になって茎が出ています。
葉っぱの方が先に広がりだして、ソメイヨシノが満開を迎えるころなのに花が見えず、今年もダメかと思ったら直後に一斉に咲き出しました。19日の日曜の写真なんですが、ソメイヨシノよりは遅く、そして長く満開が続いてましたよ。







Img_111238z わずかな季節の一時期だけですが、自宅で満開の花を楽しめるのはいいですね。最近はいろいろと忙しくて、庭の手入れが全く出来てませんでしたが、久しぶりに少しまたイジろうかな。空いてるところはここ数年母にまかせっきりだったんで、自分の知らない草木が生えてます。たいして花や実をつけてないのにw。








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2009年4月15日 (水)

金沢の桜を満喫しまっし! 3

Img_110761 日曜には家の前から犀川の児童会館の公園まで桜を撮りまわりました。
あそこは金沢中から家族連れで毎年たくさん憩いに来るスポットです。車が駐車で渋滞になってもおかまいなし。まぁいいところ?に住ませてもらってますw。

Img_110789 まぁ余計なことは言わず、今年の桜を楽しんで下さい。






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Img_110854 自宅の庭です。桜とは違ってさくらんぼの木です。高砂という品種で、2本並んでないと実がつきませんが。
これはまず葉っぱが出だしてから花が咲いてくるようで、まだほとんどツボミです。



Img_110859 家を建てたときは1mの棒だったのに、6年でここまで成長しました。去年は花もわずかだったけど、とうとう今年は近いうちに満開を迎えたくさんの花が咲き乱れると思うとうれしいですね。
でも火曜から天気も崩れるとのこと、毎朝どこまで撮れるかチャレンジしてみたいです。
Img_110867







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2009年4月14日 (火)

ひがし茶屋街とおわら節はマッチする?

Img_110700 金沢城の後、浅野川園遊会の一環として、ひがし茶屋街で越中八尾おわらの流し踊りがあるというのでやってきました。
去年まで浅野川上に演台を設けて、泉鏡花の滝の白糸を実演してた一大ページェントだったのに、なぜか発展解消といって今年からやらなくなりました。犀川の人間としては一度も見に行けてなかったんで、残念でしたが、今日は珍しく八尾の踊りが見られるので長距離をいとわず歩きましたよ。
Img_110745 実は着いたころ片道の踊りは終わって休憩中でした。しかし狭い通りに大勢の観客が取り囲んで中の様子が見えなかったので、折り返しを期待して先に通りで待つことに。
するとフランソワ・モレシャンさんが前を通ったんで、主催者から呼ばれたなと。しかしS氏に訊いたら、誰それ? って知名度がないなぁw。外人、特にフランス人なんてこんなイベントすごく興味深いでしょうなぁ。
Img_110719 だいぶ待たされたけどようやく踊り流しが前に来ました。一つの組?十数名だけでしたが、一人の謳いと胡弓の寂しげな音色の中、音も立てず静かに踊り歩きます。やっと生をはじめて観ました。こんな踊りだったんですね。意外に動きが早いので、やむなくストロボを焚いての撮影。
Img_110723 八尾は夏の風の盆では全国からたくさんの観光客が行くと聞いてたので、面倒で行ったことがありませんでした。けど案外に茶屋街の景色に合いますね。
編笠を深く被って、どなたも踊る様から美しく見えますw。


Img_110734 ひがし茶屋街のメインルートを西から東へ、約100mを十数分。あっと言う間でした。
主催は北陸中日新聞ということで、告知が偏ってほとんどの方は知らないんじゃなかろうか?ぜひまた来年も期待したいですね。


Img_110737 胡弓、三味線、太鼓とともに、一人の謳い手が「越中で立山、加賀では白山・・」とおわら節を謳います。
さいとうたかをに似たおじさんが一人悦に入って謳ってるのが、なんとも言えず気楽さが出てていいですはんそん。

Img_110749 もう夜も9時半を過ぎて、やっと帰路につきますが、街中は花見客で渋滞。ここから40分かけて歩いて帰ることに。まぁ桜の街をそぞろ歩くのもいいもんです。
浅野川大橋ではおぼろ月夜に夜桜もいい感じで撮影スポットに。僕が撮ってるといつのまにか大勢が撮り出しましたw。



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2009年4月13日 (月)

金沢の桜を満喫しまっし! 2

Img_110570 兼六園は相変わらずたくさんの人出。最近は特にハングルや中国語が賑やかで、おじさんに僕たちもどこから来た?みたいな顔をされてしまった。ジモティなのにw。
園内の桜は人だらけでいいアングルで撮れないんで、卯辰山に面した崖沿いの桜はいい撮影スポットになってます。
ちょっと人酔いしそうだし、夜景の兼六園は飽きてるんで、早々に金沢城へ向かいます。
Img_110587 お約束?の観光写真。背中に夕日を浴びた石川門二階櫓。近いうちにこれも修復のため全体が覆われることになります。今のうちだよ~。




Img_110602 石川門への入口、石川橋の上から百間堀通りを。ここは一年で一番華やかになりますね。
右下の広場は城内なのに、花見宴会の場所取りのブルーシートでいっぱいです。無料で無断で花見のできる城跡って他にないと思うんですがどうかw。

Img_110603 このあたりも、実は僕の周りでは東南アジア系の人たちでいっぱい。国際都市にもう充分なってますね。新幹線が開通したらいったいどうなってしまうんでしょう。




Img_110610 河北門の建設現場も久しぶりです。もう18時なんで中には入れませんでしたが、よく見るとニラミ櫓台には、上に登る階段が設えてました。あれを実際登れるのかイマイチ不明ですが、ぜひ登れるようにしてもらいたいです。あのアングルから撮るのもいいロケーションになるはずです。

Img_110617 このあたりを歩いていると、谷本石川県知事に出くわしました。軽く会釈すると、「おっ、ご苦労さんっ」と、カメラを提げてる僕らに声をかけられました。確かに撮影は骨折りですがねw。人出を視察して廻ってたのか、単に桜を愛でたのかw。


Img_110651 さて今日のメインエベントです。数日前、地元新聞にも載ったこの撮影スポットは、堀の水面にライトアップされた桜が反射して美しく映し出されて注目間違いなしでした。場所に着くとそれの張り紙とかもあって、人が殺到することが目に見えてたんで、まだ明るいうちに三脚立てて頃合をじっと待ってました。
新聞ほどまでは行きませんでしたが、まぁまずまずのできばえでしょうか。








Img_110675 このあと金沢城内のライトアップされた桜を満喫してください。






Img_110678 石川門二階櫓の裏側です。







Img_110690 大手門の石垣と。







Img_110694 そこから見る菱櫓と桜。
NHK金沢放送局からいつもオンエアされるアングルもこっちからですよね。





Img_110697 このあと東山茶屋街で越中八尾おわら踊りがあるというので、2人で歩いていくことにしました。

つづく。

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2009年4月12日 (日)

金沢の桜を満喫しまっし! 1

Img_110440 長いごぶさたしてました。まぁあいかわらずいろいろありましたんで。先週はまた江戸へ行ってたんですが、データ整理のヒマなく今に至るうち、とうとう金沢でも桜満開のシーズンになりましたので、先に今週末のレポートをお届けします。
土曜午前まで仕事の後、歴史好き友人S氏とともに小立野寺院群を散策。前田家の菩提寺の宝円寺からです。
Img_110462 前田家の傍系か幼くして逝去した子たちの墓などが並んでいました。おそらく野田山の墓地同様、明治になって建てられた鳥居の後ろに、墓標と小山状の墳墓があり、またよくよく見るとそれを中心に方形のくぼみがあるので、堀を模したか実際に水が湛えられたかも知れません。

Img_110461 墓地には前田家の庇護をうけた絵師、俵屋宗達の墓碑もあり、江戸時代の銘のある墓石や無縁墓と思えるものなども多く、また巨木も平気に由緒ありげの墓に植わっているので、深い歴史の空間を充分に思わせる場所です。


Img_110460 墓地の裏手は源太郎川の流れる木曽坂の谷になっています。小立野台地を削った川の威力がはっきりとわかりますね。





Img_110423 そうそう、桜を撮りにきたんでした。週末の古寺は僕ら以外誰も居なかったのに、この後大阪から観光バスで10数人が乗り込んできました。中に入って住職の話を聞いているので、観光なのかお参りなのかわかりませんでしたが、曹洞宗のことは僕は良くわかりません。

Img_110479 さて天徳院に来ました。有料なんで実はまだ入ったことなかったんです。戸室山から金沢城までのこの石曳きの通りは、天徳院までの参詣道でもありました。昔はもっと寺域が広かったはずで、中に入ってみると想像よりは狭かったかな。
ちょうどカラクリ人形の上演にあわせて入ったらもう時間的余裕はありませんでした。4時半に閉まってしまうとは。
Img_110494 カラクリ人形は正直・・。まぁまだ見てない人のために明言は避けますw。
中はほとんど撮影禁止だったんで見せられませんが、本堂の天狗やカラス天狗、狐の巨大な面などはもっと話題とればいいのに、と思うくらい珍しく赴き深いものでしたよ。

Img_110516 実はとなりの「てんとくようちえん」の扉がひらいてたんで、休みと知りつつ見事な桜に惹かれてグラウンドに入ってきました。
平日はもちろん、休みでも普段なら扉は閉まってるでしょうに、なにか工事関係の人が作業してて、黙って入ってしまいました。おかげで滅多に撮れないシーンを独占です。

Img_110526 ここのところの晴天続きで、一時開花の早い予想がずれてたのに、一気に満開まで進んだのでこの週末は行きすぎたかと思ったけど、丁度いい具合でした。青空もバックにできる一週間連続の晴天は、やはり北陸には珍しい気候で、暑がりには汗ばんでしょうがないですw。
Img_110540 ここは隠れた桜の名所ですね。観光客はもちろん、地元の人でもなかなか遭遇できないチャンスでした。天徳院よりここに感動を覚えましたよw。

つづきは金沢城のライトアップです。

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2009年3月29日 (日)

懐かしいあのころを訪ねて。

Img_108471z たびたび旅行の話ですが、先週は母親の誕生日を祝って兄弟とドライブに連れまわしました。僕が幼少のころ住んでたことのある、羽咋氷見に。
今回は僕の車でずっと運転したんで、こんな長距離ドライブ久しぶりでした。最近は一人で動くことはあっても、長距離は疲れるんで敬遠してましたが、家族と一緒だと気がまぎれて、逆にあまり疲れないことを発見しましたよ。
Img_108473z 約40年前に父親の仕事の都合で2年間だけ住んでた羽咋市の家周辺は、10年ほど前来たとき元の家は更地になってたのを覚えてたんで、新しい別の人の家になってたのを再確認。思い出の家の移り変わりを見るのは感慨深いですね。この前で姉とボール投げした写真が残ってますw。
二つ目は千里浜保育所。僕の通った保育所ですが、当時は木造でこの位置はグラウンドでした。以前はこの中を見せてもらった記憶がありますが、最近はいろいろとやかましいでしょうから、前を通り過ぎるだけにします。
Img_108478z そこからすぐ浜辺に出て、観光地でもある千里浜なぎさドライブウェイ。全国でも珍しい、8000mもある車の通れる砂浜です。
そこの公営レストハウスで、母親も勤めてたことがあります。
夏には海水浴客であふれるここも、最近は波の浸食が激しくて砂浜の幅も極端に狭まってしまいました。
Img_108495z 以前はこのもう1.5倍はあったと思います。日本海側は波の浸食というか地盤沈下?で国土が減少傾向にあり、太平洋側は逆に隆起で広がる傾向のようです。
この日は予報どおり陽も射してきていい日和になったんですが、やはりまだまだ肌寒いんで、そんな海岸に人出は少ないですね。
Img_108485z 波は穏やかじゃない日本海ですが、この辺でサーファーなんて見かけませんよ。どうしてですかね。





Img_108521z 「鉄」としては駅も押さえとかなきゃなりません。羽咋駅は住んでたころは何度となく利用してたはずですが、大人になって訪れるときはこうやって車なんで、構内に入ったことがないです。家族連れでなければ駅撮りとかもするんですが。七尾線は本数が少ないので待ち時間も掛かりますしね。
Img_108523z さてそこから1時間ほどのんびり車を走らせて、今日のお泊り、一気に和倉温泉に来ました。和倉温泉駅もパシャっと。ここまでサンダーバードの3両編成がやってきます。関西の奥座敷の風情はまだ健在だからです。どうやら北陸新幹線が金沢まで来てもそれは続けられるでしょう。
Img_108526z 宿に着く前に、母の誕生を祝って予約したたケーキを買いに。わが石川の誇る世界的パティシェ辻口博啓氏の地元七尾に、彼の美術館併設のカフェ「ル・ミュゼ・ド・アッシュ」。能登の牛乳と健康卵を使った誕生日用のセゾン・ド・ガトーは上品な甘さとしっとりとした食感で、サスガ世界の辻口、と僕らは大満足のおいしさだった。当人は普段東京に居るはずなんで、実は職人によって当りはずれがある、ってうわさだったけど、翌日の新聞でこの日ここに居て別の旅館で子供相手にケーキ教室を開いてたって。
もしかしたら食べたケーキは当人が作ったものかもw。
自由が丘や六本木、二子玉や八重洲にもお店があるのに、江戸の人たちにはあまり知らない、といわれてちょっとガッカリなんだが。
Img_108527z 宿の部屋に着いたら海側のデカイ窓から丁度夕日が見えていいアングルで撮れた。
この季節、このご時世でも加賀の温泉なら閉館もあって厳しい状況らしいけど、ここ和倉温泉はまだまだ強いブランド力があるよう。2週間前のネット予約をしたんだけど、ほとんどの旅館でどんな高いプランでもほぼ満杯。当然例の「加賀屋」でもね。
そしてここ「大観荘」だけリーズナブルなプランが空いていた。湯もビューもよかったんで、まぁ満足してもらえたみたい。
Img_108531z しかしこのあと、カメラのレンズの調子が悪くなって、とうとうシャッターも降りなくなった。先日からシャッターが切れないタイミングがあったんで気になってたけど、まさか壊れてしまうとは。それで翌日の氷見を廻った旅はお伝えできません。5年生のとき半年だけ住んでたんだけど。みんなにも懐かしがってもらえて運転手としては頑張った甲斐がありました。
幸いレンズだけだったんで、本体は20Dのときのレンズを装着して今は問題なく使えます。CanonEF-S18-200mmレンズはすぐにキヤノンSSに出して、10日ほどで帰ってくるみたいだけど、どんどん精密になってくるとちょっとのことで繊細なダメージをうけるのかな。

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2009年3月28日 (土)

江戸からの帰り、いつもの心象風景とは

Img_108318z さてやっと今月の江戸訪問レポートをラストにします。
二日間フルに動き回って、また日曜の夜の東京駅東北・上越新幹線ホームに来ました。いつもこの時間は、二日間の疲れと翌日早朝からの仕事への想いとで独特の気持ちになります。気重になるだけとは違って、なにがしかナチュラルハイになっているので、どんなに疲れてても帰りの列車の中では眠れません。
Img_108319z まぁそれも、乗り換えありの4時間、という移動時間のなせるわざで、北陸新幹線が金沢まで通じると座って2時間半で終点ともなれば、安心してグゥ~といけるのかも知れません。
その前に、友人M氏(顔がちょっと見えてる)を送るのにE3系に初めて中に入ってみました。「こまち」だけでなく「なすの」にも運用されてるってはじめて知りました。自由席なのにふっかりしたモケットで、当然2×2席。こんな快適な座席で乗り換えなしで東京まで来れるなんて、秋田の人はうらやましいです。
Img_108321z 僕ら上越新幹線では日中なら、オール二階建てのE1系。天井の低い3×2シートでいつも窮屈な思いをして参勤しています。
しかもE4系とともに最速は240km/hなので、二階建て車両は今後の東北新幹線高速化計画からは外れて、上越新幹線のみの運用となりそうです。
僕はわりと好きな車両ですが、北陸新幹線にもまわってくることになるんでしょうか。
Img_108325z 結局友人を送ってから、こちらの帰りの便が来るまで1時間以上あるので、夜の新幹線撮りにホームを駆けずり回りますw。
右がE4系。8両基本編成で、連結して16両のときは定員1634人で、高速車両では世界一の定員になります。今はそういう運用はしないようですが。
左は東海道新幹線の700系ですね。14番線ですが、となりの東北・上越新幹線ホームは23番線。これは複雑なホーム工事の経緯でそうなりました。
Img_108327z 山形新幹線400系つばさ ですね。92年にデビューした新在直通運転のさきがけの車両も、今年から順次引退を余儀なくされています。最高速度240km/hで、東北新幹線高速化の構想からはずれ、275km/hあるE3系にすべて譲る予定です。


Img_108331z この車両も乗ったことないですが、近いうちになくなる前に、みっちり撮っておきたかったんでよかったです。





Img_108337z E4系との連結部分。僕もこの前に撮りましたが、こうやって撮り鉄が必ず押さえておきたい箇所ですね。
しかし東北・上越新幹線ホームも、東海道新幹線同様、このようにホーム柵が順次設置されつつあります。安全のためには大事なことですが、やっぱり興ざめですよね。

Img_108345z 東京駅の夜です。







Img_108352z







Img_108360z N700系。







Img_108363z







Img_108368z 200系です。東北・上越新幹線の最古参。先ほど引退した0系に近いフェイスを持っています。開業時はどの新幹線もこの顔だけでしたがね。100系と同じ顔をしたものもいます。初登場から25年以上経っているものの、210km/hから240km/hに最高速をアップしたり、さまざまな改造をしてるので、まだまだ走れる現役車です。最近は、最終はくたかに乗り継ぐ20:12とき347号はこの車両なんですが、やはり内装は陳腐化してるのは否めませんね。
毎回乗ってる上越新幹線ホームで、見飽きてる場面ですが、ブログにはあまり載せてませんでしたから久しぶりにレポートしてみました。

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2009年3月26日 (木)

都会の喧騒に疲れてしまった??

Img_108276z ちょっと間が空いてしまいましたが、横浜線からの続き。
八王子から菊名まで来ました。快速だったこともあり以外に時間はかかりませんでしたね。これなら予定どおり表参道に着けそうです。東急東横線に乗り換え。
東京メトロ日比谷線の03系車両がここまで来ていました。ここからさらに東武鉄道の東武動物公園まで乗り入れてます。地下鉄を乗り入れて両側の私鉄の端から端まで、これもまた時間があったら乗りとおしてみたいもんです。
Img_108280z 9000系に乗って東急東横線の渋谷駅に到着。これも急行に乗ったんで、結局八王子から1時間強で着けましたよ。
ダブルフィニッシュというつや消しと、コルゲート波板がスタンダード感たっぷりのステンレス車です。
ところで今年は横浜開港150年だそうで、記念事業がたくさん待ち受けていそうです。イメージキャラクターの「たねまる」が車両を処狭しとラッピングしてますね。
Img_108284z 東急渋谷駅をいったん外に出て、なにか食べるものを探してたんですが、近くにはありません。このまま、この下の副都心線に乗りたいんであまりあちこち歩き回りたくかなったんで。
そしたら、「いちごシュー」180円を発見。外人も交えてそれなりに行列。時間がタイトになってきたんで、どうしようか考えてるうちに、どんどん列に並ぶ人が・・w。
Img_108287z 結局なにも食べずに行くことにw。
副都心線は以前にもレポートしたんでここは意外なものだけ。改札前のコンコースには乗り換え案内のサインが、色分けの大きなパネルで表現。各地下鉄や私鉄をイメージカラーで分けていると、こんなときに便利ですよね。こういうインダストリアルデザインやインテリアデザインは好きで、本当は手がけたいとも思ってたんですがね。
Img_108293z さて表参道に着きました。友人と待ち合わせて某所へ行くんですが、なにしろ相変わらず人で溢れてます。まぁここに限らないんでしょうけど、やっぱり東京の繁華街は人のパワーに気おされて息苦しいです。いつまでたっても慣れませんね。なんだか疲れも感じてきました。

Img_108297z_2 さて街を歩いてたら、なんだか変な行列に出くわしました。新しいファッションスポットなのかも知れませんが、このビルの一室に、これだけの人が一度に入れるとも思えません。こういうのを見かけるだけでも、なんだか場違いなエリアに来たような気がしますw。
おとなしく、鉄道と歴史を追っかけるだけでいいのかも。この後の集まりでもちょっと疲れを見せて元気なくしてしまいましたw。




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2009年3月23日 (月)

こちら首都圏205系情報局 joker版

Img_108161z さてやっと8日(日)のレポートです。この日も実は表参道に集まるんですが、時間までまたいくつか鉄道スポットを廻ることにします。
最初は、高架工事の延長をしている中央線。三鷹以遠の踏切解消のため立川まで全線高架工事をしているわけだけど、ここ武蔵小金井駅でも工事の真っ最中。
Img_108163z 下り線はもう高架に切り替わったけど上り線はこのようにまだまだ。まぁ路盤は上がってるみたいだけど実質この武蔵小金井以遠は進んでません。目標の2010年度完成まで最長であと2年。1996年から始まった大事業だから掛かる費用や工程もバカにならないでしょう。
Img_108165z この中央線も車両が新しくE233系が揃い、路盤もこうやって更新してるのは、小田急線とイメージが重なりますね。都心はあくなき鉄道工事の槌音が鳴り止まないんで、こうやって時々追っかけてないとガリバーになってしまいますよ。


Img_108184z 武蔵小金井駅の先の車両基地。
ここまで来てなんですが、宮本武蔵に子供が居たか知ってますか?実は伊織って養子を迎えたらしいですが、実子はいなかったようです。
以前なにかの番組で宝田明氏が、昔かの長谷川一夫氏から上記のクイズをされたと言ってました。わからないと返事すると、「むさしこがねい」と長谷川一夫が答えて噴出したそうです。しかし劇場のエレベータで、これを毎日聞かされたって閉口してましたw。
Img_108189z_2 西国分寺から武蔵野線に乗り換えて府中本町に。ここで南武線に合流するわけですが、武蔵野線はここを終点にして折り返ししてます。このまま川崎まで行ってもよさそうなのに。



Img_108198z まぁ編成両数や仕様が異なるんだろうけど。205系は山手線のように第一線からの退役グループもあるけど、東京近郊の埼京線・京葉線・武蔵野線・南武線・鶴見線・横浜線・相模線・川越線など、主要衛星線に多く採用され、総両数は1000を越える一大グループ。登場から最長20年を越えてるんで、退役廃車も進むだろうなぁと、この際幾線か撮ってみようとおもったわけで。
Img_108207z 左側は武蔵野線の終点待避線。ホームで折り返すんじゃなくて一旦あそこまで待避してから運転手が向きを換える。しかし次から次へとホームに入線してくるから、日中は必ずホームか待避線には居る勘定にはなるみたい。
右は南武線が川崎方向から進入してきた。武蔵野線ホームを囲むように、離れて南武線上下ホームがある。
Img_108219z 南武線は6両編成。ちなみに武蔵野線は8両。もちろん多数を占めるわけだが、この日撮れたのはすべてオリジナルスタイルの先頭車。改造タイプの洗練された先頭車は短時間ではなかなか見かけられない。



Img_108229z 武蔵野線の車両を管理しているのは千葉方の京葉車両センター。だからか、この府中本町には待避線以外には目立った施設がない。車両も他線からの転用組がほとんどとなってるのは「鉄道ファン」で既報。
このM15編成は転用組?


Img_108235z 貨物列車が通りすぎていった。本来の用途目的である武蔵野線の需要は減ってないのだろうか。





Img_108248z さて南武線に乗り換えて立川から中央線と、一足飛びに八王子まで来てしまいました。
ここから横浜線に乗って菊名から東横線で渋谷まで出れば、時間には間に合うだろう。
横浜線は開業100周年だって。偶然で知らなかった。これらはすべて旧山手線の車両。205系は改造車なんかももっと追っかけたいシリーズですね。
Img_108271z では今日の最後に中央本線特急E257系「かいじ」を。
JR東日本の、JR後の快適そうな特急車両に一度も乗ったことないしなぁ。甲府の史跡を巡るのも、西からじゃなく新宿からこれに乗ったほうが早いんでしょうね。中央線は八王子以西に行ってないから、それだけでもいつか経験しときたいです。
首都圏往復フリー切符で、行ける範囲の全制覇も目論み中w。

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2009年3月22日 (日)

ファッション最先端の地と都会の俯瞰

Img_108144z まだ7日(土)の話なんですが、この日の夕方には、友人と表参道を歩きました。若者には不況は関係ないのか、週末の、今や世界のファッション最先端の街の歩道は、いろんなおしゃれをした多国籍の若い子たちで溢れかえってました。
場違いを身にしみて感じたんだけど、せっかくだから少しでも関わりがあるんだよってとこを示そうと思って、取引先のショップを訪ねることにしました。裏通りの住宅地に入ったところの一角に、あったありました。大阪の封筒メーカー、ハグルマ封筒さんが運営してる、ウイングド・ウイール
素材にこだわった封筒・カード・便箋を扱う手紙用品専門店。最初アンテナショップのつもりだったのが、その卓越したファッションセンスもあって口コミから広まり、奥まって目立たない立地なのにいつもたくさんの若者でいっぱいだって。しゃれたデザインとフォーマルにもふさわしいことから、ブライダルを控えたカップルが招待状や案内状などのニーズも高まってる。この日も野郎2人で訪れたのに、わりと狭い店にはそんなカップルが10組くらいもいてギュウギュウで、お店の人も僕らを相手するヒマないくらいw。最近はファッション先進のヨーロッパの雑誌にも紹介されて、インターナショナルに社名のとおり羽ばたいてるようだよ。
近くにこられた方はぜひ寄ってみてください。わかりにくいところにあるけど。

ってOさん、しっかり紹介しといたからww。

Img_108149z 夜になって宿に着いたら、最上階の18階を案内された。エレベータホールにはでかいガラス窓があり、神田駅方向が一望できる。東北・上越新幹線や山手線なども走る姿が都会の夜景の灯りにリンクして、ずっと見ていたい衝動に駆られる。
正直、ビルの林立する景色は好きなほうではないが、はっきりと動く灯火とともにある夜は、そんなわずかなものでも旅情を感じてうれしくなってしまう。深夜にもう一度この景色を見たときは、高いビルのテッペンはすべて赤いライトが点滅してたよ。そういうルールなんでしょね。
Img_108160z 朝の同じ景色です。曇ってて映えないけど、都会のど真ん中で、高い位置から鉄道が小さく見えて走る様子を俯瞰できるなんて、まるで鉄道模型のレイアウトだよね。
最近は、鉄道がじっくり見られる部屋を、それをうたい文句にアピールして、予約をがっちりつかんでいるホテルが増えてるって。そんなの以前から立地でわかってるんだから、気づくの遅すぎだよw。
Img_108153z ホテルの部屋からはこのアングルが見えます。下を走るは総武線緩行線。左はヨドバシカメラ、と言えば、ここはどこだかわかるよね。広い140cm幅のベッドに見晴らしもいいんで、最近はよくここを利用しています。移動するにも便利な場所だしね。

ではこのあとは、二日目のレポートです。

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2009年3月21日 (土)

お久しのつくばEXPから、小田急車両を満喫まで

Img_107869z 結局バスで八潮駅まで来たんですが、このつくばEXPの新しい駅は、開業以前までこの周辺が何もなかったことを考えると、東京最近郊でもまだまだ開発の余地があるんだなぁとしみじみ。駅周辺はキレイなショッピングビルも出来てますが、まだ開発途上という様子。もっと発展するんでしょうね。ここだけで石川では野々市くらいの規模も越えてるでしょう。
Img_107877z ここから一気に秋葉原駅へ戻り、JRで川崎までいくつもりです。
久しぶりにつくばEXPの車両を撮りました。あれからもう2年半も経つんですな。某社のO氏は名古屋勤務からこの4月で東京へ転勤になり、地元茨城近くに居を構えるようですけど、このつくばEXP沿線も調べたら、もう各駅周辺はかなり高騰してたようです。守谷駅周辺とかの発展にびっくりしたって。
Img_107879z 川崎から、鶴見線にチャレンジしようと思ったんですが、京浜東北線にてこずったり(乗ったのが蒲田行きだった)、六町でムダに歩いた時間がだいぶロスだったんで今回はあきらめました。代々木周辺に行かなきゃいけないんで、南武線で登戸へ行って小田急線に乗ることにします。
登戸駅は2年前に来たときより、様相が全く変わってたので驚きましたよ!
Img_107881z JRから小田急に乗り換えるエントランスも広々ときれいになって、土曜午前の今、列車が着くたびに大勢の人の波がここを行ったり来たり流れてました。
ところで花粉症で目がかゆくなってるんですが、ここの薬局でやっとそれ対応の目薬を買って、早速射してみました。江戸へ来るとアレルギーなら石川と違って少しは楽になるのかと思ったら、ダメでしたw。
Img_107886z 登戸駅のホームに登るとw、さらにびっくり!複々線に対応した、超近代的駅に様変わりしてます。僕が藤沢にいた頃の、狭い対向2面2線のホームに人がひしめいてたのと比べ物になりませんw。
これならゆったりと広いホームの端で、駅撮りに思う存分いそしめます。
Img_107882z 去年制定された新しいブランドマークを貼り付け、クリーム色を当初より濃くした(僕の印象では)8000形です。もう二十年選手ですが、僕はこいつに乗った覚えはありません。



Img_107885z_2 多摩川を挟んで、和泉多摩川方面、つまり新宿方面を見ます。小田急の複々線化工事は、かなり大規模で長期にわたり、沿線住民の反対や裁判にも遭い、えらい難儀していると聞いてます。けどここまでよくぞ進み、この先梅が丘までの広くて新しい高架の路盤は、今までの密集住宅地の脇を地平複線で走り沿線に溶け込んでた様子からは、180度赴きを変えてしまいました。
Img_107888z この2000形ももう登場して10年以上。しかしこの新しいスタイルは、小田急も車両によって特に各停か急行かって分けてないから、遠目でみて区別つきません。まだまだ新旧の車両が混在してる鉄道です。



Img_107897z 30000形ロマンスカーEXE。
それまでの赤を基調としたロマンスカーの車体から斬新にデザイン変更したEXEは、登場当初驚きをもって迎えられました。しかしこれもすでに10年以上。最近の相次ぐ新型の出現で、立場がかすんで見えたりします。

Img_107902z おっと今度は7000形LSEが入ってきました。短い時間にバライティ豊かな車両を続けざまに撮れてラッキーです。小田急はロマンスカーの運行頻度も高くて車種も多いから撮り甲斐があります。箱根周辺で撮れるともっといいでしょうw。


Img_107918z 今世紀になって登場した3000形はJRのE231系の流れを汲む小田急には異色の車両。いろんな仕様が今までの小田急カラーからはかけ離れてるんで、すごく違和感がある人も多いとか。
けどこの車両も乗ったことないなぁ。そういやさっきから写してる列車、どれも乗ったことないぞww。
Img_107923z やっぱり小田急といえばこのフェイスでしょう。これは5000形だけど、僕がいたころは何種類もの形式が基本この顔をしてましたよ。
正面ドア下の行先表示が未だにあるのが泣かせますが、英語で[SHINJUKU]と加えられてるのが新鮮ですw。ブランドマークも付いて外観は少しずつ変わってるかもしれませんが、これでも「急行」。じゃぁこのなつかしい車両に乗って代々木上原へGOです。

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2009年3月20日 (金)

千代田線、北綾瀬支線乗りつぶし

Img_107843z 東武伊勢崎線を北千住まで行って東京メトロ千代田線に乗り換えて綾瀬に来ました。
綾瀬車両基地までのルートを旅客化した北綾瀬駅までの盲腸線を乗り潰しにです。ここも2両編成の5000系専用車両が運行を担ってますが、やはり土曜の午前なのに混雑しています。僕はこの先の車両基地を見に行くわけだけど、このたくさんの人たちは主にどこへ行くつもりなんでしょう。
Img_107845z 右側はこのままの直進で常磐線ってわけですが、ポイントの先左にカーブを切って車両基地へ入っていくんです。





Img_107847z 2.1kmの支線でわずか一駅ですが、通しでわりとゆっくりで、車両基地までの引込み線という意味もありますから、線形にも赴きがあってじっくり楽しめました。
北綾瀬駅も単線一面ホームの折り返しなんで、しかもすれ違いもありませんでしたから、少なくとも日中はこの1編成だけでこなしてるのかも知れません。
Img_107849z 北綾瀬に着いてその先の車両基地側を撮りました。よく公開もされてるようですが、この日はロケハンのつもりで中に入るでもなく、留置車両のあてがいもないのにブラっと来てしまって、車両がひとつも見られなかったらどうしましょう、ですわw。


Img_107853z 駅を降りて、とりあえず基地に向かって歩いていたら、なんと偶然小田急のロマンスカー60000系MSEの入線に出くわしました。
地下鉄を初めて走る青いロマンスカーの根城はここ綾瀬車両基地でもあります。まぁ、こいつに出会えたらなぁ、と淡い期待を持って来たんで、とてもラッキーでした。
Img_107854z 都心で青空の下こいつを拝めるのはここだけですからね。そういや、去年の颯爽たるデビューは丁度1年前ということになります。あのときは北千住駅構内で地下で撮ったんで、こういう野外で離れて撮ると、ちゃんと列車を撮ったって気になってうれしいです。
Img_107863z_2 しかもちょっとはしたないですが、公園のブロック上に登ってこうやって撮ると、フェンスなどなんの障害物もなくキレイにキャッチできました。
ロマンスカーは藤沢時代にも、ついに乗れなかった代物ですから、いつかはこの青いやつに乗って箱根まで行ってみたいですね。あこがれますw。
Img_107864z さて、基地から出場する千代田線6000系とすれ違いますが、ここで敢えてこれを撮ったのには理由があります。今まで自分だけ知らなかったのかも知れませんが、車両基地から出場する編成は、その正面のヘッドランプと赤色灯、両方灯すんでしょうか?
写真の6000系はそうなってますね。
Img_107866z やり過ごしてみた後部は、ほら両方とも点いていません。そういうルールでしたっけ?
それともこの列車だけミスってるのかも。
ちょっとだけミステリーの発見でした。

この後、基地に入れるわけでもないんで、歩いてわりと近くのつくばEXP六町駅へ行こうと思ったらさぁ大変。首都高6号線をくぐれず、北に向かってつらつら歩き続けるハメに。予定が狂ってムダに時間を潰すわけにも行かず、結局バスに乗ってつくばEXP八潮駅に向かうことに。  つづく

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2009年3月19日 (木)

東武線沿線探訪3 旧本線の亀戸線

Img_107811z 東武鉄道の中でも、都心の盲腸線、亀戸線を乗り潰すことにした。業平橋からまた一駅の曳舟駅で下車、亀戸線専用ホームへ渡ると、単線一面ホームにちょうど着いたばかりの2両編成の8000系からたくさんの乗客が降りてきた。
中間駅3駅、わずか3.4kmの支線に、存続危機もありうるかと思ってたのに、休日と言えど学生を含めラッシュ顔負けに乗り込む電車に逆に驚いたw。
Img_107814z 休日日中10分間隔、終点までわずか12分の行程、対向一度のすれ違いなのに、全線複線のしっかりした路線。駅間隔も長短あってかなり不自然に思えるんで、後日Wikiとかで調べてみるとなるほど、と感心した。
東武鉄道の都心起点駅は紆余曲折してて、ホントは曳舟から湾岸の越中島まで延伸したかったらしい。
Img_107815z そこで曳舟から亀戸まで路線を延ばし、当時総武鉄道だった現JR総武線に亀戸から両国まで乗り入れた時期もあった。それでこの亀戸線が一時期本線扱いだったよう。
しかし越中島延伸は夢と消え、改めて現業平橋の当時浅草駅を開業し、亀戸線は支線となって総武鉄道との乗り入れも解消。
Img_107813z 戦災でいくつかの中間駅も焼け、現在の3駅に移設したわけです。しかし中間駅のひとつ「東あずま駅」とは秀逸ですね。"ひがしひがし"って言ってるわけだからw。
終点亀戸駅です。2両編成の都心ローカル線は、それでも運行密度は充分濃いので、平日に限らず3両、4両と編成を増やしたらいいのにと思いますね。
Img_107821z さて曳舟駅にもどって、しばらく駅撮りにいそしみます。
30000系は本線の標準車両。一部半蔵門線にも乗り入れる。




Img_107824z 10000系はさらにオーソドックスな伊勢崎線用。コルゲートの波板が側面上下にびっちりと波うってます。





Img_107828z 100系特急スペーシアです。JR新宿駅乗り入れで最近注目されましたが、もう登場から20年近く経ってるんですね。
鬼怒川温泉とか、行ったことないなぁ。関東には何度も行ってても、私鉄特急でのんびりってしたことないです。


Img_107834z 東急の5000系です。半蔵門線を介して、東急田園都市線まで直通するので、ここも東京メトロと3社の車両が競演する場所なわけですね。




Img_107837z さてそろそろ、今度は北千住駅へ行くのに車両に乗ります。先頭車の窓越しに、フォギーのかかったような図柄を撮って、なんだか雰囲気が出てていいです。




Img_107838z 途中、鐘ヶ淵駅では急行をやり過ごします。この駅の配線は複雑で、駅構内で上り下りとも複線化するものの、急行線は本線上よりポイントでカーブする方に割り当てられてます。それで正面に見える急行は、一度ホームをかすめた後、目の前を左にカーブを切って追い越していきました。それで各停の最後尾は、ホームのこんな途中になって非効率です。

そんなこんなの東武線でしたが、次は綾瀬から千代田線の盲腸線?北綾瀬までのレポートです。

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2009年3月18日 (水)

東武線沿線探訪2 東京スカイツリー工事現場

Img_107796z さて浅草駅を出てすぐ隅田川を渡るために90度カーブして鉄橋を走ります。急カーブを超低速度で進み2番線から下り線に渡るためシーサスクロッシングをゆっくりクロスします。
業平橋駅まで1kmに満たないくらいなのに、だからこそ距離があるように充分感じました。
Img_107797z この日の朝は雲も低く垂れ込めて肌寒かったですが、実は昼になったら晴れ間が出て暖かくなりました。晴れ男はメッタなことで雨を降らせません。隅田川も穏やかな流れですが、増水すると下町の0m地帯が危険にさらされるため、頑丈な水門が幾つも設置されてて、タモリ倶楽部でやってたように、僕も巡ってみたいですね。カラフルな言問橋が見えます。
Img_107800z 東武鉄道のベーシック、8000系とすれ違い。東武沿線には普段縁がなかったんで、最近になってやっといろんな車両に乗れてます。学生時代の関東在住中には、西武沿線に親戚もあったんでよく乗ってましたから、今は逆に乗らないようにしてますがw。

Img_107802z さて業平橋駅に着きました。曳舟駅方向には大規模な留置線があり、半蔵門線直通で押上駅乗り入れまでは、都心側の重要地点であったことが窺えます。
業平橋駅は開業当時、吾妻橋駅という名で(業平橋は吾妻橋の別名)、一時廃止、後終着駅として浅草駅を名乗るなど、流転の駅生を過ごしてきました。
Img_107807z 都心側の起点である重要性は長く、東武鉄道の本社も隣接していることでわかります。
貨物営業時代には広い貨物ヤードもあり、後に頭端式終着ホームになりましたが、その跡地に今回東京スカイツリーが建設されることになったのです。
Img_107806z それがここです。右側の鉄骨がツリーです。4階部くらいまで積みあがってますね。東京タワーより反り部が小さく、やはりそれを支える足場?になる部分のスペースは小さそうです。まだこの程度であと2年半でちゃんとできると思いますか?
東武鉄道の土地なんで、「東武タワースカイツリー株式会社」というのが事業主体です。
Img_107809z 下町の静かな朝です。そういや、まだ7時くらいなんでした。道路を跨ぐ跨道橋の上までもホームが続いてるわけです。
15分も待てば次の電車で、隣の曳舟駅へ行って、今度は盲腸線の東武亀戸線に乗り込みます。

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2009年3月16日 (月)

東武線沿線探訪1 浅草駅のハミ電

Img_107770z これは先週の話ですが、江戸にはいつもの友人たちに会うためにやってきました。今や大変貴重になったブルトレ「北陸」では、この日の早朝も上野駅でたくさんの写メラマンに囲まれてしまいましたw。
今日は昼近くまで時間が空いてしまったので、ゆるりと鉄撮りの旅をしますか。最初は東武浅草駅で。先日のタモリ倶楽部でやってた「ハミ電」を見に。
Img_107771z そうそう、この後は一つとなりの業平橋へ行って「東京スカイツリー」の工事現場を確認しに行くのです。本当に2011年の地デジだけになるときまでに完成するのでしょうか?
図で見る限り、東京タワーよりも足場が狭いのに、倍近い高さになるって信じられないくらいですね。
Img_107775z さて何を見に来たかというと、先日のタモリ倶楽部では、駅のホームが短すぎて、電車の車両がホームよりはみ出して停まるときがある、といういわゆる「ハミ電」っていうのをやってました。意外にそんな駅は多く、首都圏でも10箇所近くあります。先日東急大井川線に乗ったときも2箇所の駅ではみ出してましたし、横須賀線では田浦でトンネルの中で停まりました。
Img_107777z そしてここ東武浅草駅も採り上げられてました。厳密に言うとハミ出してませんが、6両編成を8両に増やしたとき、ビルの中に造られた駅はそのビルをはみ出してホームを延長。さらに隅田川を渡るため90度にカーブするシビアな線形の途中まで伸びたため、針のように細い先端になってしまいました。
Img_107780z そこで以前にも行ったことがあってもあまり撮らなかったので、今回じっくりレポートしようと来てしまいました。
先ほどからの写真の1番ホームは、あれでも白い斜線のところまではりっぱな人が通れるホームです。柱がジャマになる部分は幅30cmもあるでしょうか。大変キケンです。それでも列車の走行時に、つねに駅員が監視してるわけでもありません。僕が撮ってても誰も注視するそぶりはありませんでした。
そしてこの2番ホーム。カーブ途中で電車が停まってるから、ホームと車両との隙間がこんなに開いています。子供だったら間違いなくスッポリ落ちてしまいそうです。「足元にご注意」っていくら書いてあっても一緒で、そりゃ注意しちゃいますよw。

Img_107784z ホーム先端はこんな様子です。狭いホームの真ん中に柵がしてあって、1番ホーム側は進入禁止になってますが、2番ホームとしては先端まで行けるようになってます。
他の鉄道の駅でハミ電、つまりドアが閉まって降りられない車両を設定してるのに、ここ東武浅草ではムリをしてでも降りられるようになっています。ラッシュで中から押し出されるようなことがあったらすごくキケンですよね。
Img_107785z その先端に立って内側を。左の1番ホームは入れません。しかし白斜線の2番ホームはここまで来ていいんですw。やはり車両との隙間もあってキケンですね。しかし都会のど真ん中でまだこんな許容がされていて、逆に感動しました。


Img_107786z 最近は安全優先の名の下に、ホームドアとかいう情緒全くなしの世知辛い設備が増えてきて、単なる人を運ぶハコと化してきた鉄道も多い中で、こんなに特殊な風情のある駅がまだ健在なのはとてもうれしいですね。
国道6号江戸通りも駅から丸見えです。おもしろい。
Img_107788z その先端部です。あの先端に立って、左の車両とかも撮りましたが、運転手も珍しくないのか、僕を全く注意するでもなく平然としてました。僕もだからといって落ちそうでこわいということもなかったですよ。実はあの先に階段があって路盤に降りられ、左右の線路を渡る板が見えると思いますが、駅員や保線DJはしょっちゅう行き来してるんでしょうね。
Img_107793z さて、特急「りょうもう」の200系が入線してきました。
そろそろ東京スカイツリーの工事状況を見に行きましょう。




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2009年3月15日 (日)

野々市駅周辺でレポートの続き

Img_107705z さて、長いことご無沙汰してしまいました。先週末はまた江戸へ行ってましたが、平日の仕事では切羽詰った作業があり、毎日夜の12時前後までかかっていました。昨日の土曜も仕事だったんで、今やっと東京のデータを整理したとこです。結局鉄道ネタになるんですが、前回の北陸新幹線工事記事にも続きがあるんで、それから先にお伝えします。
Img_107706z 野々市駅前にも、更地が広がってきました。もういつでも準備OKですね。最初の写真は駅のホームにもかかる線路脇まで道路が湾曲してて、僕もよく利用する道ですが、あの線路脇に新幹線高架が建てられるので、右側の民家用地を取得して道路工事が進められています。その背中側が野々市駅前です。
Img_107708z 長池道踏切を渡って海側から野々市駅を写します。JR野々市駅は野々市町中心部から離れた位置にあり、開業当初は何もないところでした。北陸の主要駅はそういうところが多く、金沢をはじめ津幡などもそうです。蒸気煙や騒音を嫌ったようです。
しかし今は住宅地が迫り、付近の学校などへ通学にもよく使われる町民に親しまれている駅です。この線路反対側、山側に高架が続くことになります。
Img_107709z 長池道踏切山側より小松方面を臨む。この真上を高架が通ります。
ここ白山・横江高架橋地域はすでに工事が開始されてますが、金沢-白山車両基地間は、もう3月中旬だけど今年度中には、用地取得が9割に達するようです。当初計画は8割だったので順調に進んでいることになります。
Img_107711z 全11工区のうち多くはまだ入札したばかりです。石川県内の報道では既報ですがここで言うと、最近の7工区での入札では受注した共同企業体に県内業者も参加し、大手の下請けを担っています。しかしこの不況下で、かなり低い価格で請け負っているという現状があるようです。
7工区の予定価格に対する落札率は平均87%。
Img_107716z 既に着工している3工区では一次下請け31社のうち県内事業者は8割にのぼり、負担のしわ寄せがないよう、県議会でも保護を県に働きかけています。
北陸新幹線の新しい列車の名称については、知事はJRに北陸のイメージにふさわしいものをと、強く要請すると言っています。とするともう、「はくさん」しか選択肢はないと思うんですが、どうでしょうw。
Img_107722z ところで、変な話を小耳にはさみました。長野県の商工会議所が、北陸新幹線の名称を「長野北陸新幹線」にするよう国に働きかけてるようです。とんでもない話ですw。オリンピックに間に合わすために、急遽高崎から長野まで先行開業した北陸新幹線を、東京駅の表示も苦肉の策として「長野行新幹線」としていたのをいつのまにか「行」を外したのにもあきたらず、ですねw。
Img_107733z 永年沿線各県が「北陸新幹線」という名称で要望や広報に取り組み「北陸新幹線建設促進同盟会」にも長野県が参加している、という点で知事は常識的に考えてそれはない、と安心しきってますが、のんきに構えてるとどうなるかわかりません。


Img_107725z けどまぁ、開通後の沿線各県の交流も計画され密になることから、あまりお互い目くじらはたてないでおきましょう。
また来月、すこし暖かくなったころには、白山車両基地建設予定地へ行って485系国鉄色「雷鳥」全編成を確認などしたいですね。




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2009年3月 3日 (火)

金沢城復元工事見学会 石川門の今

Img_107592z 河北門の次は、数年にわたって櫓・土塀の修復工事が進んでいる石川門の様子を見学。石川門右方の土塀は、去年の見学会のときよりかなり作業が進捗しているようです。
垂直の控柱が堂々と据えつけられ、土塀には竹小舞がみっちり括られ、屋根の角には銅板が貼られていつでも土壁塗り準備OKのようです。
Img_107597z と思ったら、土曜なのに土壁塗りの作業をされてました。河北門のところで触れませんでしたが、この荒壁土はワラ屑も練りこんで1年発酵させ熟成するので、近寄るととてもクサイです。しかし適度に水分を含み、乾ききらないうちに上塗りを重ねます。この職人たちは、手でこねながら直に塗りたくってます。
Img_107601z 荒壁塗りが終わったところ。屋根の部分までゆるやかにカーブを描いています。
このあと乾くとどうしても割れ目が発生するので、それを埋める斑直しと、中塗り、漆喰塗りという工程を経て、白く美しく輝く壁面となるのです。