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2011年7月13日 (水)

金沢市内の神社めぐり 2

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それでは久しぶりに金沢の神社をレポートする。
前回5月のの続きで同じ4月13日に廻ったものだ。あれから80以上も廻ってるんで、ストックがたまってしょうがない。ゆっくりおつきあいください。

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野田にある日吉神社。創立は不詳だが往古からの産土神とある。
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およそ本殿の体をなしていない建物だ。扉にもカギが掛かっていて、神社名の掲額もないのがザンネン。
そこそこの敷地の半分は日当たりもよく、満開の桜が鮮やかに美しかった。開発された大桑への新しい道がすぐ脇を通って、静かな環境とは言いがたくなってしまったようだ。
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野田から一気に山側環状を長駆チャリを飛ばして山科までたどり着いた。
山科神社だ。だいたい神社は深い森を今だ有してるから遠くからでも場所の見当はつく。
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ここも創立年は不詳。元は八坂社といったようだ。金沢の名の由来になった芋掘り藤五郎の像を祀る祠があるようだが見落とした。この先の満願寺山の麓にある藤五郎を祀った神社とも関係があるらしいんで行ってみる。
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山側環状を跨ぎ、伏見川を越して坂を登ると、中腹に見えた藤五郎神社。
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金沢の名の由来となった芋掘り藤五郎を祀ってある。
山芋掘りの藤五郎が、今は兼六園、金澤神社の脇にある金城霊沢で山芋を洗ったら砂金が出てきたというのが顛末。
藤五郎はここ山科村の出身で、昭和になってから先の山科神社にあった碑をここに祀ったらしい。それでか神社庁の管轄とはなっていない。
社殿造営は昭和63年と新しい。
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山科の奥の谷、伏見川には珍しい甌穴という天然記念物がある。そこへの道には藤五郎夫婦の仲睦まじい像があった。
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ここは2~300万年前の大桑砂岩層にある化石と、甌穴で国指定天然記念物のエリアになっている。
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甌穴というのは、写真ではちょっとわかりにくいが、石ころが川の流れで回転して河床の岩肌を削って穴を作っていく現象。竹やぶに阻まれていいアングルで撮れなかったが、なかには大きなのもあってたくさんの穴が両岸に見える。
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そう、あたりはうっそうとした竹やぶで町からも離れ静か。いや、風で竹がこすれあって時折バキバキ!という音だけが響いてちょっとブキミ。熊がいつ出てきてもおかしくないww。
早々に退散しよう。
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街へ降りて三馬(みんま)の白山神社。
石川県には、白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)が加賀一の宮として、全国3000ともいわれる白山神社の総元締として君臨している。当然金沢にも白山神社は多くて18社ある。
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しかし白山神社と書いて(はくさんじんじゃ)と読むか(しらやまじんじゃ)と読むかは分かれるところだ。ここ三馬は(しらやま)と読む。そして創立はここも不詳。なんとも頼りない。
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久安まできて御馬神社(みうまじんじゃ)。ここは古い由緒がはっきりしている。
平安時代の律令制にまとめられた延喜式神名帳に記載された石川郡十座のひとつ、とある。
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古くは国幣社とか社格などもしっかりと細分制定されていた。延喜式とかこむつかしい話はおいおいするとして、そのわりには住宅地のただ中にあって境内はさほど広くなくなってしまっている。
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それでも社殿は立派で、年中行事など看板に書かれ、地元の崇敬が深いのは偲ばれる。
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境内に加賀国守護の富樫氏から勧進された稲荷も祀られている。
市内の神社は、近い距離にあっても千差万別だ。昔の郷里、村集落ごとにさまざまな神社が大切に祀られて今日まで来てるんだなぁ、としみじみしつつ、けふはここまで。

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