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2011年5月 5日 (木)

大河「江」にちなんで虎御前山と小谷城山に登る!

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順不同と言いましたが、3月からこっちの分は、舞い戻って北陸周辺のトピックは順に記事にしていきます。

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まずは3月9日の、近江浅井の虎御前山と小谷城探索へ。友人に連れ立って虎御前山の探訪会に参加。

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ふもとから、150mほどなだらかに登って、信長が小谷城を攻めたときに陣地にしていた虎御前山に。

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浅井長政のこもる小谷城を眼前に1年も陣を張って監視していた。その山城の陣容が近年の発掘で大規模なものだと再発見されて、ひときわ注目をあびるようになったそうで。

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各曲輪には[伝木下秀吉陣地]とか、各々の武将が任された陣が配置されてて、往時が偲ばれる。

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平らな曲輪と起伏のはげしい堀切とかが意外に明瞭で、それも長年経って木々が生い茂ったから分かりにくかったようだけど、地元の有志の方達が整備されてここまではっきりしてきた。
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この日は地元のTV局も取材に来てて、ただでさえ歴史的遺跡の多い近江にまたひとつ注目に値するスポットができたようだ。

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もともとこの山は古くからの古墳が多数あったようで、信長は古墳の山を利用して山城を築いたことになる。削られた古墳や、そのままこの丘が古墳ではないだろうかという跡も探索することができた。特に前方後円墳だと言うのだが、さて。
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さて虎御前山を降りて、次はいよいよ小谷城山を、下から登山する。大河ドラマ「江」で今年脚光をあびた浅井郡だが、3月当時はまさにピーク。臨時の展示場やバスツアーもあってふもとは賑やかだが、僕らはひっそりと急な徒歩ルートを登ることにする。

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30分以上かけてどうにか登ってきた。向こうに見える小高い山が、午前に登った虎御前山だ。これから小谷山城の核心部に入る。

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この番所跡までは車道もあって、バスで来ることができる。だから小谷城めぐりはお年寄り・子供もなんとか訪れることができる今をときめくレジャーになっている。
けど下から登山してくるのは結構ハードだよ。
この峰の頂上、山王丸跡まで登ることにする。
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この御馬屋跡もたぶん森だったのがきれいに切り払われ、すごく見通しのいい平地になっている。こんな平たい曲輪が段々に連なってるのが小谷城だ。

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こんな感じで様々な曲輪が段々に連なっている。そのつどこういう解説板があってわかりやすい。

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ピンクのジャンバーを着たガイドのおっちゃんが、たどたどしい足でバスツアーのお客に解説。こんな集団があちこちにあった。

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ここにふたつある石は、大河で長政の時任三郎と市の鈴木保奈美が立った場所だという。石にも名前が書いてあった。こんなんじゃ誰かに動かされてしまうだろうに。確かにここからの琵琶湖の見晴らしはとても素晴らしい!

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城内中腹の大広間。ここに三姉妹が住んでたという、確かにただっ広い曲輪だ。
NHKの「江」にまつわったクイズ番組でここをロケしてたが、なんか同じ場所に来たと思うと感動だな~。

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一段上に本丸があって、そこに長政が住んでいた。そこからさらに奥に進むのに、右側の急なスロープを滑るように下ったが、とうとうそこで転んでしまった。カメラも少しドロつけてしまったが、なんとか事無きを得た。少しずつ残雪も見えるようになってきて気を付けないと。
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さらに京極丸まで登ると、一面白銀の世界に。足元もぬかるんで大変になってきたが、ここまで来たら頂上まで登らないと気が済まないよねぇ。

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曲輪の境目の坂も足元悪くかなり登りにくくなってきたが、なんとか登り切るとやっと頂上に到着。山王丸だ。標高は400mに達する。左にはここより高い峰の大嶽城跡も見えるが、もう体力が尽き果てた。
下りももちろん徒歩だが、却って下りのほうが膝の痛みに堪える。
汗と寒さと痛みに耐えながら、それでもなにか達成感を得られて、ちょっと辛かったけど満足いく山城登山でした。 もういいけどねw。

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