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2011年5月14日 (土)

野田山の前田家墓所は壮大ナリ

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先月末、加賀藩、前田家の野田山墓地に行ってきた。

ここは前田利家公以下、歴代の藩主や正室、子女などの墓がほぼすべて集められている、一大墳墓である。

前回一年半前の秋に来たときは、枯葉が足元を滑らせるくらい積もってたんで、山肌の急斜面の石階段も危ないと思って一部しか廻らなかった。
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利家公の墓。前田家の墓は3段の方墳になって、まるで古墳のよう。特にこの利家公の墓は大きく、幅は19mあり高さは5mもありそうだ。

他の墓は正面から拝するようになっているが、利家公のだけ入口は横を向いている。

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3代利常公の墓。明治になって神式に改められ、どの墓にも鳥居がある。

数ある大名家の墓地でも、こういった墳墓形式でひとつひとつが広く、全員一箇所に揃っているのも他にないだろう。
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利常公の正室、珠姫の墓。薨して天徳院。徳川将軍家の、今をときめく"江"と秀忠の次女なんで、利常公より高い場所に位置している。

これは二代利長公の正室"永"(玉泉院)が主君織田信長の娘なんで、利長公より上にあるのと同じ、いやこの墓地全体でも一番高いところにある。
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十二代斉広の夫人、真龍院の墓。ときおりいくつかの墓は、あんなふうに鉄門扉がひらきっぱなしだった。

ひと気は僕くらいしかなく、入ろうと思えば入れそうだったが、不敬になるからもちろんやめた。

ここは平成18年には発掘調査を行って堀などの遺構を確認し、平成21年にはこの広大な規模と風格とで、国の史跡に指定されている。
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深い森の中でもあるわけだが、そこからちょっと離れたひらけた一角に、近代のお墓が。

先代の利建さんの墓だ。その隣には奥さんの政子さんの、そして。
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奥には「累代之墓」とある。右横の墓碑にはまだ名がない。

当代の利祐氏以下が入るのだろう。この後はずっとこの中に入られるのか?
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こういった墳墓が8.6haもの敷地に大なり小なり80基ほどある。

生暖かい空気と湿度とで、途中から汗が止まらなくなってきて、一番下の列の見学をやめて切り上げることにした。

案の定、夕方から大雨になった。
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木々の切れ間から、下界がほの見えた。

あっ、そうか。このとき気づきましたよ。

当時はそんなに木々も茂ってなかったろう。ここから金沢城下が一望に見下ろせる。

藩主たちは薨したとしても、金沢の町と人々をここから見守ろうと思ったに違いない。

それに藩士や庶民も、常にお殿様に思いをして、この野田山を仰ぎ拝んだことでしょう。

願わくば、もう少し足元を整理して、どなたでも来やすくすれば、今よりさらに顧みられるようになるんじゃないだろうか。

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