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2010年11月 8日 (月)

湯涌の旅も検定対策1 江戸村

Img_703754z 今週末の金沢検定に向けての実地勉強もいよいよ佳境です。先週の行動を駆け足でお伝えします。

金沢市郊外の湯涌地区に、江戸村という藩政期の建物が保存移築されてた施設がありました。しかし運営母体が破綻して久しく寂れていたところに、金沢市が引き継いで場所も少し開けたふもとに移転し、この9月に再オープンしました。
Img_703800z 元の江戸村のころから、一度行けば充分と、あまり興味がない人らならなおさらで、僕ですら子供のときに一回行っただけという集客に疑問の施設だったんで、寂れるのもやむなし、ですな。
しかし市立の「金沢湯涌江戸村」となって開けたこの明るい場所に移り、平成の御世になり古き良きものの再評価が進む時代になった今、改めてこれから注目の施設になるかも知れません。
Img_703757z 実は4日(木)の平日日中なのに、どこかの自治体から視察の一行もあって賑やかで、隣の湯涌温泉の温泉客と思える方々も数組いました。

この日は一日秋晴れでさわやか、平日は天気を選んで行動できるからいいですね。

Img_703759z 建物の中は、それぞれ商家や本陣など、旧来の日本家屋の特徴がよく現されています。中の物に説明札が立ってますが、すべてカタカナで、ことアジアからの観光客対策がされてるなぁ、といまどきのやり方にしみじみww。


Img_703760z 部屋から庭の景色を望むと、なにか懐かしい感覚がよみがえってきました。元の自宅の建物も大正時代の家。庭に同じ石灯篭もあって、昔は日本家屋はみな共通点あったろうなぁと、この後もノスタルジーに耽ることに。


Img_703771z 特に金沢の和室はこのように土壁が鮮やかな色のが多いです。今でもひがし茶屋街なんかそうですね。うちでは2階の奥の部屋がそうでした。

右の座敷縁も昔のとおり。金沢は直接土間になるのが特徴です。


Img_703779z 越前で本陣を張ってた旧石倉家です。ソリのある大屋根は寺院の庫裏のようです。中の天井もとても高いものでした。






Img_703785z 明治11年の明治天皇の北陸巡幸の際休憩所として使われた威厳を今に伝えています。
玉座ってあんなふうに一段畳をホントに上げていたんでしょうか。




Img_703798z 山間部のふもとに位置するここに、すべての窓や入り口は開け放し。だから部屋の中はハエやカメムシがブンブン飛んでて、実はちょっとイマイチ。けど昔はそれが当たり前だったんでしょうしね。




Img_703803z こういったのどかで静かな場所にあります。自宅から車で30分。金沢は海も山もあるいいところですよ。

しかし2年前には下の浅野川が大暴れましたけどね。
このへんの被害も大きく、川沿いの幼稚園は水に浸かって、今は跡形もなくなくなってました。
Img_703806z 農家ゾーンです。茅葺きの屋根って茅だけで作ってるわけじゃないんですね。稲藁とかいろいろブレンドしてるようです。十数年くらいで葺き替えなきゃならなくて、この施設の屋根を保存していくために、わざわざ畑というか林が地元の方々で管理されています。


Img_703816z 農家はさすがにノスタルジーはなかったんですが、つい数十年前までそんな生活を金沢でもされてた家があったんですね。

こちらではちょっと撮影スタイルも工夫してみました。


Img_703828r 金沢は干し柿をよく作ります。家でも母親がよく吊るしてました。秋の風景によく合いますね。






Img_703834r ちょっと気に入ったんで何枚か撮ってしまいましたが。








Img_703847z ここには今8棟の建物が移築されてて、まだ2棟が予定され、さらに2棟入る余地があります。
金沢市は結構、民間から引き継いだり資料を寄贈されたりして建てた施設が多いですね。文化財保存のためにもすごくいいことだと思います。


Img_703861z 引き続いて湯涌温泉の施設に行きます。

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