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2010年11月

2010年11月29日 (月)

金沢検定、超難関!

Kanazawaken 今日先ほど、金沢検定の今年の合格発表が出ました。

中級、みごとに落ちました!


しかし、よくよく発表の数字をみると、中級は535人中わずか26人しか受かってない。たった4.9%だった。
初級も117人、5.7%だけ。これはほぼ史上最低の合格率。

やっぱり超難しかったのは間違いなかった。

超難関で有名な金沢検定は80点で合格。けど各地のふるさと検定はほとんど70点以下でOK。人気集めるためにも易しくしてるのが多い中で、金沢検定は異色と言えるほど難しい。

まぁそれがステイタス保つための方策かもなんだけど。

今年は六回目だけど、それでも第三回と第四回はかなり合格率は高かった。
そこで前回あたりから難易度を高めて絞ってきた、と見る向きがある。もう、問題ネタも尽きてきたしね。

特に若い受験者たちがことごとく落ちてる。みな貴重な時間を費やして受けてるんだから、こうなったらトコトン難しくして、この金沢検定のグレードとかステイタスを落とさないで欲しいな!

僕は何点取れたかは、明日郵送されるまでわからんけど。

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2010年11月26日 (金)

中村神社と秋の眺め

Img_707136z その足で街に戻って、スーバーで買い物。その裏手にあるこれも由緒ある神社「中村神社」に。

創建1100年あり、古くからこの近在の鎮守だった。



Img_707139z 現在の拝殿は昭和40年に移築された、元は金沢城二の丸御殿の能舞台舞楽殿だった。
明治に一度城外に移築され、招魂社になっていたけど護国神社が祀られると長い間放置されていたもの。
災火から免れたのは欄間にある武田友月木彫りの龍のおかげとも。
Img_707152z 秋晴れになるという予報に午後も出歩いたけど、いまいちパッとしない。この秋の紅葉もきれいには色づかなかっただろう。

やっぱり街中を撮るには欲張ってあちこち廻らなくとも、一箇所集中でないとだめだな。









Img_707160z スーパーの駐車場から、曇りがちだけど山奥まで山容が見えた。

それで今までの認識間違いにやっと気づいたけど、高三郎山は自宅から見えてたのと違うようだった。
左に見えるマンションの向こうのが大門山。それが家から見えてた。それが高三郎山だと思ってたけど、実は真ん中やや右の、左腰にとがったピークが見える山がそうだ。
やっぱあそこまでは遠いなぁ。行けるのはいつになるだろうか。

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2010年11月25日 (木)

波自加彌神社って知ってますか?

Img_707114z 金沢検定終わってから、少しバタバタしてブログはお留守にしてました。
昨日は久しぶりに○安行って、その足で以前から寄ってみたかった「波自加彌神社」へ。

八田與一氏の出身、花園地区にある1300年もの由緒ある古い神社。
Img_707119z 手前の河原市用水わきに車を停め、長い階段を登る。さらに左に折れて上まで結構長かった。






Img_707123z ついた。
そんなに広くないのに由緒が古いので祭りが多く、大切にされてるのがわかる境内だ。

波自加彌神社は日本唯一の香辛料の神様。ハジカミとは生姜の古名をさす。


Img_707126z 神社の由緒書きが置いてあったので、それによると、奈良時代に旱魃があって、国造が神社に雨乞いをすると、泉を発見して甦生することができた。神恩に供え物を探したがめぼしいものがなく、旱天下でも自生する生姜を献じたので、以来感謝の祭りを行った。


Img_707129z それで毎年6月15日に「はじかみ祭」を続けているのだけど、そのときには全国から生姜や香辛料の生産業者はもちろん、S&Bとかのスパイスや食品加工会社、漬物、芝舟製造業、調理師、薬種関係者など大勢が訪れる一大セレモニーになるらしい。

Img_707131z 江戸時代には加越能三国の料理屋の主人はすべて参拝したといい、生姜の薬効から医師や薬屋も参詣したという。

全国でも珍しいというか唯一の薬味の祖神。おととい新嘗祭もやったみたい。神輿や鎌倉時代の宝物も数多くあって、隠れたスピリチァルスポットですかね。
Img_707133z そのうち金沢じゅうの神社すべてを制覇したいと思ってたんで、その一環のつもりだけど、ここみたいに市境近くのあちこちや、山奥の林道ぞいの集落のふもととかにもたくさんあるから、バイクとかないと機動的に移動できないからなかなか実現しない。

でもそろそろ塗りつぶしにかかろうと思ってます。街中は結構もう廻ってるからすでに100くらいいってると思う。






Img_707134z 花園小学校近くの旧北国街道に来たら、波自加彌神社の郷社の標柱が。ここから参道は続いてたようだ。そういう跡をチェックするのも楽しい。

やっぱり金沢市内を探訪するのが趣味になっちゃうんだよなぁ。


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2010年11月16日 (火)

北陸新幹線のレールがついにキタ~☆

Img_704211z 金沢検定が終わったんで、やっと別のことができます。

久しぶりに鉄道ネタをアップしますが、けども車両とかじゃなくてジミな話ですいませんが・・。

本日、やっと北陸新幹線のレールが金沢港に入港しました。
Img_704223z 先日事前報道があったんで、とりあえず港に行ってみたら、やってました荷降ろし。

午前11時ころ来たんですけど、朝から貨物船から一本一本降ろしてたようです。

朝一に報道は取材に来てたみたいですが、平日の日中に個人的レポートしに来る物好きなんて僕だけくらいでしょうねww。
Img_704227z 北陸新幹線用のレールは、石川県分だけで6000本。そのうち1000本が本日から入荷。

隣の富山県とかはとっくに入荷されてるみたいで、やっとという感じです。

新日鉄八幡製鉄所から貨物船で来たレールは、新幹線用の60kg/m規格。25mで一本ですからさて一本何kgだ!

答え:1.5トン=1,500kg

一本で印刷用紙2パレット分だから、そりゃ一本ずつクレーンで揚げる、地道で時間かかる作業でんな。
Img_704234z この貨物船から一本ずつトラックに降ろし、約100m先のさっきの場所まで移動して、また一本ずつクレーンで所定の位置に下ろしてく。





Img_704237z 向きを互い違いに並べて、一段ずつ板を這わしてキズつけないように。まだ数十本しか置かれてないから、まだこれからどれだけ時間かかるんでしょう。

いや、よく見たら3本ずつセットだったみたい。4.5トン。そりゃ鉄道5トンコンテナもクレーン揚げされるからそれくらい出来るか。

小雨の中作業員さんたちご苦労さまです。

この後また白山市・津幡市・金沢市と三箇所に分散保管され、敷設工事は来年度からだって。

また敷設時には溶接して何キロ何十キロと繋げるから、昔みたいにガタンゴトンと言わないわけです。

開通まだ何年先ですけど楽しみになってきましたね。

これからも着々と進んできた高架工事の様子とかも順次レポートしていきたいです。

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2010年11月15日 (月)

いよいよ金沢検定、中級受検したよ☆

Img_30215 いよいよ金沢検定中級に受験してきました。

いや~、さすがに難しかった。
今年で6年目の金沢検定、初年度の初級に合格して、その後忙しくて受験自体できなかったけど、この間に難易度の波もあったようで。
一度少し易しくなってから、去年からまた難しくなったみたいで、去年も受験した友人と共に来ましたけど、やはり同じくらい難儀したって。

それと言うのも、この2ヶ月いろいろ講演や博物館めぐったのに、やはり満遍なく一通り覚えても、ある一点の重箱の隅をつつくような問題が多くって。それに得意な歴史よりせっかく苦手な偉人や文化芸術を重点にここんとこ勉強してたら、100問中65問も歴史問題だった。
その歴史もすべてOKってわけにはいかない。6年経ってネタも尽きたか、金沢のというより金沢にさえまつわれば、鎌倉の寺の名を問うていいのか、ってな問題もあったww。

中級の受験者数とかは明日新聞発表もあるだろうけど、会場の金沢学院大学の教室はお年寄りがやはりメイン。初級はそれぞれで去年並に人はいたろうけど道も混んでて別の友人に送り迎いしてもらった。
Img_30216 ラッシュを回避して犀川上流に廻って辰巳ダムの工事現場にきた。

筐体工事も結構進んできたね。両岸が人工的なガケになるのは仕方ないとしても、あすこにコンクリのカベが出来るのはまだ違和感たっぷりだけどね。



Img_30217 左下に見える辰巳用水東岩取水口はなんとか現状維持で保存されるけど、最新の巨大構造物と江戸時代からの人力の小さいけど現役の文化財はなんともミスマッチだよね。


試験問題は持って帰れず、午後に友人と自宅で記憶のおさらいしてみたけど、やはり幾つも間違ったみたい。80点で合格だけど、さてどうかな~、ビミョ~。

しかし疲れました。ここでひとつ区切りがついたから、明日からまた違った勉強だね。

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2010年11月14日 (日)

金沢検定直前講座、金沢城大学「天下普請・・」

Img_704197z 城と庭の探究講座「金沢城大学」の公開講座第三回「天下普請と金沢城普請」に11日(木)行ってきました。
先月から開講した金沢城大学の公開講座で、初回行ったあと二回目を失念して、計8回のうち6回出席しなきゃ修了証もらえないのに、いけねあまり余裕がなくなりました。

石川県金沢城調査研究所の木越副所長の解説で、戦国末期から江戸初期の統一政権、信長・秀吉・家康による天下普請についての講義です。
Img_704198r その時代、天下普請(公儀による城や城下町の造成)に、全国の外様大名から費用と労働力が駆り出されたのは周知の話ですが、特に大坂の陣後の徳川幕府による大坂城の天下普請について詳しく聞けました。
それによるとやはり加賀前田家は全国で一番多く負担させられ、石垣普請などは最初稚拙ではあったが次第にその技術を高めていったこと。それで江戸城天守石垣の再築を任されたわけです。その石は瀬戸内海の島からもたされたそうですよ。
大坂城の石垣普請では各大名の割り当て地(丁場割)がそれぞれ数間ずつしかも飛び飛びにされているんだけども、そのことを詳しく研究した人はまだいないと言われました。こういう昔のことはもう洗いざらい晒されてるのかと思ってましたが、まだまだ入り込む余地はありそうですねww。
Img_704200z 専門的な話ばかりですいません。しかしこの日も約120人。平日なんでお年寄りメインですけど彼らの集まりはやはりすごく早くて、開始一時間前でもそれなりにもういらしてました。
僕はゆっくり歩いて街撮りしながら30分前に着こうと思ったんですが、午後から晴れ予報なのに突然の雨。家に取って返して車で美術館に停め。雨に打たれて体調くずしそうでした。
Img_704204z みっちり2時間の講義が終わると、また外は青空。撮影にはベストなのに車持ちなんで退散。もったいないことで予定狂ってしまった。美術館の前のわずかな紅葉を撮るのでせいいっぱいでした。

さて、金沢検定直前まで取材ばっかりやって、集中したおさらい勉強ができてません。いよいよ当日を迎えることになりました。さてどうなることでしょう!!

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2010年11月13日 (土)

「ご当主さま、どうぞ!」加賀藩の参勤交代

101110_103343 おととしから10月を歴史遺産探訪月間にしてる金沢市では、そのイベントの最後を飾るにふさわしい特別講演会を10日に開きました。
加賀前田家現18代当主、前田利祐氏の「前田家の参勤交代と日本の近代化に与えた影響」
21世紀美術館のシアター21で事前申込制。平日の会場はお年寄りでいっぱいでしたww。











Img_900211c 本題の前に、6選目の選挙を直前に控えた山出保金沢市長の開会挨拶が予定オーバー。ご当主に持ち時間の心配をさせてなんという不敬なww。






Img_900208c 御当主はよくテレビや新聞などに出てらっしゃるし、石川県人会会長や四高交流館館長など公的なお仕事もされてるからお顔は拝見してましたが、まとまった講演を伺うのは初めて。

参勤交代は現代でも僕がしてるくらいだからww、ひととおりの知識はあるんでそう真新しいお話はなかったけど、数字にまつわる部分はサスガご当主でよりお詳しく把握されてる。
Img_900212c 参勤交代が武家諸法度として制度になってから、実際に前田家が行ったのは190回。事由があり行かなかった37回は参勤御用捨というそうです。
100万石の前田家では当主について江戸に随伴する家老は2人。その家来や用人合わせて多いときで4000人もの大名行列になったそうで、とても一日で全体が同じ行動できない。それで3日ほどに分かれて行列は進んだそうです。
それに費用も多く藩の財政を圧迫するとよく言われますが、ご当主が試算される加賀藩の場合、藩財政の約3%。それよりは江戸での滞在費の方が57%もあって。
参勤交代の風習は、利家夫人まつが江戸へ人質に行き利長が伺候したのが最初で、他の藩に悪しき先例としてよく恨み言を言われるが、実際は江戸と地元の2重生活が負担だったというわけ。

また、参勤交代と鎖国政策によって江戸時代に発達した利点もあり、街道整備や度量衡の統一、方言のみにならない共通言語の確立など、そういった見直しも大切と説かれました。


お殿様のおだやかな話しぶりにあっという間の時間に感じられましたが、時折咳き込まれたり喉を触られたりしてたんで、この日も外はすごく寒かったからお身体大事にしていただきたいと心から思いましたね。もう御年75歳ですし。

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2010年11月12日 (金)

金沢城玉泉院丸の遺構確認調査説明会☆

Img_704003z 駆け足で金沢に戻って、急な発表のあった金沢城玉泉院丸遺構確認調査現地説明会になんとか間に合いました。

ここは金沢城でも大規模な庭園があった場所で、近年まで石川県の体育館が建ってました。金沢城の発掘復元の一環で、北陸新幹線開通対策など金沢の観光の魅力を高めるため、この庭園地も復元の計画が立ち上がってます。
Img_704006z おととしから発掘調査を部分的に進め、昨年も調査説明会があったんですが都合付かず行けなくて、今日の会は心待ちにしてました。
特に今回、城の二の丸からの庭園泉水導入部と想定される箇所の発掘が進められ、大掛かりな滝があったであろう跡が発見されました。

Img_704011z_2 池の底面は現在の平面より約4mも低く、体育館が建ってた割にはそれもあってかなり良好な状態で残っていました。
ところどころ見える円柱は体育館の基礎として打ち込まれたものです。




Img_704055z いや、説明が始まる前に誰も居ない発掘現場を撮ってたんですけどね。
この日も地元歴史ファンが約200人も。土曜ですがお年寄りがやっぱり多くて若者の興味の外なんですよね。先日の画家末松智氏も見えてました。
報道も来てましたがNHKじゃなかったみたい。

Img_704067z 人数が多いんで2班に分かれて、僕らは最初玉泉院丸を囲うように築かれてる、特徴ある石垣の説明を。

僕らには既知ですが改めて言うと、金沢城は長い藩政期に数次にわたって石垣が建設修築され、その当時のトレンドや技術の特徴が色濃く残ってます。右側の縦長に見える石を短冊、四角いのを色紙と見立てて、色紙短冊石垣、と築いた者たちは呼んでたようです。
庭園の同じ面を角度を変え複雑に織り成す石垣の段々は、他の城には見られないここ固有の景色。まさに"魅せる"ために造られたんではないかと。
Img_704079z さて滝の部分の説明です。ちょっと聞き取りにくくすべては把握できませんでしたが、高い位置からも段差をつけて段落ちの滝になっていたこと、数次にわたって庭園は改造され、末期には廃止されたり明治の軍隊に触られたりした。けど削られたより盛り土されたようで、遺構はよく残ってるほう。
しかし自然石による立体的な石組みはかなり抜き取られ、そのうち約140個は兼六園の明治紀念之標の石台に使われてる。
Img_704087z 池の底面では、庭園の改修時に池の範囲を狭めて護岸石組を整備した跡もわかると。

女性の説明員もいらっしゃいましたが、彼女も金沢城調査研究所の職員なんでしょうか。うらやましいです。最近市役所よく行ってるんですが(この人は県の人)、公務員も選んどけばよかったなぁと、己の運命をちょっと嘆きましたww。
Img_704101z 説明が一通り終わってガケの上へ登れることに。すると下では第3班の説明が。いつのまにか人が増えてたんですね。
みなさんでこちらを注目されるのを上から見ると、ちょっとシュールな画面になりましたww。


Img_704118z 広大な玉泉院丸の一部づつを掘って発掘しているこのペースでは、とても新幹線には間に合いません。それで4年後までには暫定整備と称してお得意の無味乾燥な芝生地にでもする予定です。
まぁそれはそれでヤムないんですが、市街中心部からのエントランス部分の位置になるから大切な場所だ、と県が言ってるんですから、本格整備にはちゃんと大規模な泉水のあるすばらしい庭園に復元してほしいものです。僕が生きてる間にww。





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2010年11月11日 (木)

富山の旅。射水の偉人は地図のプロ

Img_703989z 実は午後から金沢に戻らなければならなかったんで急いで次の目的地へ。

旧新湊市の道の駅「カモンパーク新湊」。ここで地元特産の白エビバーガーを。でっかいバンズに口に入りきれない白エビの掻揚げで食べでがあった。けどお昼に作り置きでさめてて、味もあんまりしなかったんでイマイチ。
Img_703991z いや、白エビが目的じゃなくって、その裏にある「射水市新湊博物館」に用があった。

旧新湊市の歴史が一望でき、特にここは昔放生津潟という湖で、それが干拓などで陸地化されどんどん小さくなり、今では富山新港になってるってわけで。
さらには地元の偉人、石黒信由とその子孫で陶芸の人間国宝、石黒宗麿に関する展示が常設されてます。
Ishiguro この日は特に、石黒信由の生誕250年を記念した特別展があって、これを観に来ました。
「石黒信由」って誰かというと、江戸時代後期に北陸で活躍した和算家・測量家で、伊能忠敬に引けをとらない技術と行動力がありました。彼が残した地図や資料も一級品で、その多くがこちらに保存されています。

ここ射水も、加賀藩だったってことをお忘れなく。石黒信由も加賀藩からの特命で越中・能登・加賀の新田、内検地、寺域・河川境界に関わる測量と精度の高い地図の作製を長年にわたって行ってきました。展示してあるものはまた特に大きいものがあり、畳8畳くらいのも。複製地図を買ってもなかなかそんなのはお目にかかれませんから感動ですね。
伊能忠敬が北陸を測量に来たときに会っているようで、多くの情報交換をしたはずと伝えられています。

複製地図もいろいろ売ってたんですが、あまりに縮小されてて文字が読みにくく、射水郡の一枚だけにしました。
ここと氷見とで過去の展覧会資料をいっぱい買い込んでしまったのもあって。
Img_703981z そうそう、氷見では日宮神社も撮ったんだけど、気の早い七五三が何組も詣でてらした。今や分散型だそうですね。

じゃ、急いで金沢に戻りますよ。次は金沢城です。


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2010年11月10日 (水)

富山の旅。氷見で見つけたキャラ!

Yamajiro 土曜は歴史好きの友人とまた出かけました。

まずはお隣富山県へ。氷見市立博物館では「山城探訪」の特別展が。氷見周辺の中世戦国の山城跡をずらっと解説。海に近い氷見ではその地勢もあって、南北朝時代から上杉氏や織田氏の勢力が相対する時代まで、小高い裏山といったところにおよそ60箇所もの山城が築かれたようです。
尾根筋のくぼんだ堀跡や土塁、郭として使われた平坦面とか、今でもひっそりと中世の名残があるとか。
数々の山城跡が図面や模型で紹介され、ビジュアル的にもわかりやすかったですが、海岸に岬のように突出している阿尾城跡は有名でしたが、あとは全く知りませんでした。

Img_703948z 氷見は小学5年のとき、父の都合で7ヶ月だけ住んでました。そのん十年前に比べて太い道路もあちこちに伸び、こんな立派な図書館兼博物館も出来て、さぞや発展した市になったと思いきや、中心道路の商店街は実は寂れる一方。数年ごとに訪れると、逆にどんどん悲しくなっていってるみたいです。
Img_703952z しかし悲しんでばかりいなくてもいいようです。ここには、こんな救世主がいますからね。
ほらっ、お寺の門の向こうに何かみえませんか?





Img_703955z おやっ? 門の向こうに見えるのは、なにやら可愛げな石像ですね。







Img_703959z そう、ここ氷見は、藤子不二雄A氏の生まれ故郷。しかもこの光禅寺は氏の生家にあたります。
水木しげる氏で有名になった境港の例もありますが、富山の氷見や高岡では以前から藤子不二雄列車とか公園とか、コラボした施設がたくさんあります。

Img_703962z これら藤子不二雄A(安孫子素雄)氏の生み出したキャラの石像は、昨年建立?されたばかり。市中心部の裏道にあたるところから、結構ファンとかが詣でていらしてもいいのにと思うんだけど、まぁただの土曜だったらそんなに人は来ないか。

でも愛らしい表情がいいですね。金沢でも、案外に知られてない出身漫画家が多いです。ペリカンロードの五十嵐浩一氏もそうだとは最近やっと知りました。そんな作家たちのキャラの像を街中に・・・。ちょっと合わないかww。





Img_703964z ニンニン!

けどもう、子供のころはハットリくんなんてしてなかったけどなぁ。あっ、実写のやつね。












Img_703973z 氷見はこれから紅葉もそうですが、冬の味覚、カニやブリで騒がしくなります。
ぜひ本場の味を楽しみに来てみてほしいですね。

このあとは旧新湊市へ。

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2010年11月 9日 (火)

湯涌の旅も検定対策2 温泉と夢二

Img_703890z それから江戸村のすぐ、金沢の奥座敷といわれる湯涌温泉に来ましたよ。何年ぶりかなぁ。

はるか昔からひなびた温泉街として落ち着いた雰囲気から、明治から昭和のころにはよく文人たちが湯治にきたようです。その中の一人、竹久夢二には特にエピソードがあり、
Img_703874z 金沢市立の博物館めぐり最後の15館目、「金沢湯涌夢二館」があります。
ここは、夢二の愛した3人の女性のゆかりの金沢にふさわしく、長逗留した湯涌温泉に夢二の足跡を残した記憶のヤカタです。
僕にも記憶のヤカタですww。

しかしなんでまた夢二ってのはこんなにモテルんでしょうね。
Yumeji たまき・彦乃・お葉という、3人の女性についてクローズアップした展示に、当時の大正ロマンの雰囲気と夢二の魅力がたっぷりでした。
彼は今でも女性に人気のようで、温泉旅行者の"おねえさん"たちがキャーキャーと騒ぎながら廻ってたのにはビックリ!

Img_703878z 湯涌には誰でも入れる総湯「白鷺の湯」もあります。この湯治客で今日も駐車場はいっぱいでした。ちょっと離れた手前のはスキスキなんでそこに停めましたけどね。
塩化物・硫酸塩泉で無色透明、なめらかな肌ざわりで人気です。
この日は入らなかったけどw。
Img_703880z 温泉街を見渡せる坂の上には足湯とかもあるし、その上には八幡社と氷室もあります。
ここのあずまやには、昔元カノとの思い出もww。





Img_703881z 赤い鳥居は最近塗りなおしたのかとても鮮やかな色をつけてました。







Img_703882z 湯涌は氷室の里でもあります。
今はここのは使われてないのかわかりませんが、江戸時代に幕府に隷属してた証にww、金沢の氷を昔の夏である6月に将軍に献上するために江戸まで運んだ風習があって、氷室祭りとして数年前に復活させました。
ここんとこの温暖化で、しかし雪の確保は最近はタイヘンみたいです。去年は少し多かったようですが、さて今年は・・。

湯涌のちょっとセンチを含めた久しぶりの旅でした。

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2010年11月 8日 (月)

湯涌の旅も検定対策1 江戸村

Img_703754z 今週末の金沢検定に向けての実地勉強もいよいよ佳境です。先週の行動を駆け足でお伝えします。

金沢市郊外の湯涌地区に、江戸村という藩政期の建物が保存移築されてた施設がありました。しかし運営母体が破綻して久しく寂れていたところに、金沢市が引き継いで場所も少し開けたふもとに移転し、この9月に再オープンしました。
Img_703800z 元の江戸村のころから、一度行けば充分と、あまり興味がない人らならなおさらで、僕ですら子供のときに一回行っただけという集客に疑問の施設だったんで、寂れるのもやむなし、ですな。
しかし市立の「金沢湯涌江戸村」となって開けたこの明るい場所に移り、平成の御世になり古き良きものの再評価が進む時代になった今、改めてこれから注目の施設になるかも知れません。
Img_703757z 実は4日(木)の平日日中なのに、どこかの自治体から視察の一行もあって賑やかで、隣の湯涌温泉の温泉客と思える方々も数組いました。

この日は一日秋晴れでさわやか、平日は天気を選んで行動できるからいいですね。

Img_703759z 建物の中は、それぞれ商家や本陣など、旧来の日本家屋の特徴がよく現されています。中の物に説明札が立ってますが、すべてカタカナで、ことアジアからの観光客対策がされてるなぁ、といまどきのやり方にしみじみww。


Img_703760z 部屋から庭の景色を望むと、なにか懐かしい感覚がよみがえってきました。元の自宅の建物も大正時代の家。庭に同じ石灯篭もあって、昔は日本家屋はみな共通点あったろうなぁと、この後もノスタルジーに耽ることに。


Img_703771z 特に金沢の和室はこのように土壁が鮮やかな色のが多いです。今でもひがし茶屋街なんかそうですね。うちでは2階の奥の部屋がそうでした。

右の座敷縁も昔のとおり。金沢は直接土間になるのが特徴です。


Img_703779z 越前で本陣を張ってた旧石倉家です。ソリのある大屋根は寺院の庫裏のようです。中の天井もとても高いものでした。






Img_703785z 明治11年の明治天皇の北陸巡幸の際休憩所として使われた威厳を今に伝えています。
玉座ってあんなふうに一段畳をホントに上げていたんでしょうか。




Img_703798z 山間部のふもとに位置するここに、すべての窓や入り口は開け放し。だから部屋の中はハエやカメムシがブンブン飛んでて、実はちょっとイマイチ。けど昔はそれが当たり前だったんでしょうしね。




Img_703803z こういったのどかで静かな場所にあります。自宅から車で30分。金沢は海も山もあるいいところですよ。

しかし2年前には下の浅野川が大暴れましたけどね。
このへんの被害も大きく、川沿いの幼稚園は水に浸かって、今は跡形もなくなくなってました。
Img_703806z 農家ゾーンです。茅葺きの屋根って茅だけで作ってるわけじゃないんですね。稲藁とかいろいろブレンドしてるようです。十数年くらいで葺き替えなきゃならなくて、この施設の屋根を保存していくために、わざわざ畑というか林が地元の方々で管理されています。


Img_703816z 農家はさすがにノスタルジーはなかったんですが、つい数十年前までそんな生活を金沢でもされてた家があったんですね。

こちらではちょっと撮影スタイルも工夫してみました。


Img_703828r 金沢は干し柿をよく作ります。家でも母親がよく吊るしてました。秋の風景によく合いますね。






Img_703834r ちょっと気に入ったんで何枚か撮ってしまいましたが。








Img_703847z ここには今8棟の建物が移築されてて、まだ2棟が予定され、さらに2棟入る余地があります。
金沢市は結構、民間から引き継いだり資料を寄贈されたりして建てた施設が多いですね。文化財保存のためにもすごくいいことだと思います。


Img_703861z 引き続いて湯涌温泉の施設に行きます。

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2010年11月 4日 (木)

雨の卯辰山に久しぶりに登ったら。。

Img_703637z 続いて月曜日、しの降る雨をついて「金沢卯辰山工芸工房」へ。

ここでは金沢の伝統工芸への人材育成をするための工房が市営にて開かれてるところ。
市民に開放する市民工房や収蔵作品の展示スペースもあり、市立博物館になってるわけです。
Img_703638z 特に今日は、「茶道具」展があり、幕末から昭和にかけて地元金沢ゆかりの作家によって制作された、茶道具一式の伝統工芸品がズラリと並んでました。
茶道は正式なのはしたことがないんで、香合や銅鑼など、およそ直接お茶には関係ないだろうってのも茶道に必要なものとは知りませんでした。
ここ卯辰山は春日山窯など、陶器製作にかかわるいわれのある場所。ここに加賀藩御細工所につながるこういった施設を作ったのも意味がありますね。
Img_703644z 次いで、そのすぐ隣にある、宇多須神社奥宮も寄りました。ここは麓にある金沢五社のうちのひとつ宇多須神社の奥の宮。
元々はこの地にあったようです。




Img_703661z うっそうとした森の中、て感じで、しとど降る雨に足元充分気をつけなきゃ、と濡れた枯葉や石に滑らないように入りました。もう尻打つのはカンベンで。





Img_703656z 暗くさみしい森にひっそりと鎮座してるって姿に、こんな雨の平日に省みられないところに来ている自分にも投影してしまいましたねww。
意外にこじんまりしていたのが印象的です。




Img_703648z そこからの街の見晴らしはGOODですね。重たそうな雲が北陸の冬の到来を思わせます。天気悪くても意外に見通しが良くてよかった。





Img_703676z 山頂の望湖台からの眺めもよかったですが、そこにある徳田秋声の文学碑がキモ。先日の金沢偉人の一人、文化勲章受章者の建築家谷口吉郎氏の設計です。





Img_703677z そこにあった室生犀星の賛辞が目を引きます。氏の直筆をなぞったものでしょうか。正直読みにくいです。
以前犀星が我が菊川町小学校の校歌を作詞した原本を展示で見ましたが、あれも薄い鉛筆?書きにか細い字で儚く読みづらかったのを思い出しましたww。

この後雨が激しくなって暗くなってきたので、平日の夕方前に犀星の字同様心細くなって帰ってきました。  今は心も寒いですww。

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2010年11月 3日 (水)

金沢城復元図のオンパレード!

Img_703613z 次はその向かいにある、石川国際交流サロンで開かれてる、「末松智 金沢城とローマの遺蹟復元画展」へ。

大正時代の民家を利用した施設で、国際交流の団体やサークルに貸し出される異文化交流の場として普段は使われてます。

Img_703632z 末松智先生は、金沢工業大学などで、文化財科学や建築史を研究された方で、金沢城やギリシャ神話にまつわる建造物の復元絵画を描かれることで有名になりました。
最近では、遠い将来復元が望まれる金沢城辰巳櫓の復元想像図なども描かれて、そのときもこちらで展示会があって見に行った覚えがあります。
Img_703619z そのときの絵がこれですが、この日も展示してありました。
明治時代に崩れた高石垣を再現し、その上にそびえた辰巳櫓。
京都西本願寺の飛雲閣のように、同じ面に唐破風と千鳥破風が並んでる超珍しい櫓ということで、再建が待ち望まれてる建物です。
ここまですばらしく往時を思わせる復元図はなく、当時話題になったものです。







Img_703626z これは丑寅櫓。これも今は現存していません。

この日はいくつもの金沢城の建造物の復元想像図が展示されてましたが、メインはローマでの石造り舞台などのあちらでの作品。そのスケールの大きさにも驚きましたが、ちょっと撮影はできませんでした。

それというのも、末松先生本人がお見えで、他の方に解説されてて遠慮してしまいました。
現地で何日も粘ってその場で描かれるというのはもちろん、鉛筆にもメーカーによって濃さや色の風合いが微妙に違うので描き分けているのもビックリでした。


Img_703629z それぞれを想像で描かれてるってのもスゴイことです。
この三十間長屋に付いてる唐門は、今は尾山神社の東神門に移築されている登録有形文化財です。今日の目玉のひとつですが、光の反射のぐあいでよく写ってないですね。



Img_703622z 本丸の三階櫓です。金沢城は天守が築城以来すぐ焼失してしまったので代わりに建てられたものです。

この三階櫓も数度の火災に遭い、再建を繰り返し最長で宝暦9年(1759)までは存在してました。


こうやって往時の図を見ると、今でもその場に建っていればとザンネンに思うと同時に、ズラリと城内に存立している姿を想像してワクワクしてしまいますね。

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2010年11月 2日 (火)

「金沢ふるさと偉人館」で、ゆやゆよ~ん!

Img_703614z 続いて金沢歌劇座の裏にある、「金沢ふるさと偉人館」へ。ここも初めてです。

金沢出身やゆかりの、近代日本を支えた偉人たちってことで、特に17人をピックアップでしたが最近一人増やして18人に。


Img_703615z 去年映画にもなった高峰譲吉博士など正面横庭に銅像が。映画「サクラサクラ」は続編が編集中、来年公開です。






Kana_ijin 第一回文化勲章受章者の地球物理学の木村栄博士や近代建築の巨匠谷口吉郎氏など、今までなじみの少なかった方々もチェックチェック。

けど、日曜午前なのに観に来たのは僕一人。相変わらずさびしいマイナーな活動をしてるってわけですかねw。

Nakahara 今回の特別展は「中原中也展」。
若くして夭折した近代文学の抒情詩人中原中也は、幼少のころ軍医の父の転勤で金沢に住んでました。彼の人間形成に少なからず影響した金沢での思い出の足跡をたどると、僕にもなにか懐かしい昔の金沢がよみがえってくるようでした。戦前は生きてなかったのにww。

「ゆやーん ゆよーん ゆやゆよーん」のフレーズで有名なサーカスの詩は、近所の神明宮で観た記憶が元ですし、当時木造だった犀川大橋を、幼稚園に通うのに渡ると揺れて怖かったそう。庭の大きな松の木に吊り下げられた話は、寺町台の崖上だからそんな危険なことはしないとの後の母御のお話の記録とか。
ユニークな金沢でのエピソードもあって、偉大な詩人も少し身近に感じられました。

地方ではメッタに観られない展覧会、今週末が最後です。そのまま週末でもほかしてあるのはもったいないですよ。

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2010年11月 1日 (月)

中村記念美術館「紺谷光俊展」☆綺麗

Img_703607z 金沢の、展覧会レポートがまだしばらく続きます。金沢検定対策に今集中して廻ってるんで、もう少ししばらくお付き合いください。

それもこれも、フリーパスを買ったのもあって、自宅にほど近いのに今まで来てなかったところにもやっと訪ねることができて、まぁいい機会でしたが。
本多町にある中村記念美術館もそのひとつ。
Img_703605z ここは美術品を蒐集していた中村酒造の中村栄俊氏の収蔵品を元に、一般開放された後に市立美術館になったものです。九谷など陶磁器をメインに絵画・蒔絵・象嵌とか、重要文化財もある小さいながらもしっかり芯のとおった美術館です。

以前の旧家をここに移築して、最初はこの家が展示館でしたが、今は最初の写真の建物を新築。
Kontani_2 そこで今、特別展「紺谷光俊展」が開かれてました。
生誕120周年ということで、明治以降近代金沢を代表する日本画家、なんだそうですが、いや全く知らなかったww。

京都の円山派に学び、人物・動物・花鳥・山水に長けてて、54歳で若くして亡くなったものの遺された作品数は抜群に多いということ。しかし個人蔵が多く、このように一堂に会することはめったにないってことで、あまりに多いんで会期中3度に分けて展示替えするんだそうです。

特に繊細優雅な美人画の名手ってことで、数々の日本髪を結った美しい姿の掛軸のオンパレードに見とれて、ここに掛けるつもりのなかった時間配分が狂ってしまいましたww。ん~、こんなすばらしい絵を描く人が、金沢ゆかりにまだまだいらしたとは。。

9月から始まってこの31日日曜は第二期。12月に第三期入替があるそうだから、またぜひ見に来たいですね。フリーパスだしねww。

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