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2010年10月 8日 (金)

今度は福井の、歴史探訪2

Img_700419z 次は、県庁の本丸を離れて、街中心をまたいで柴田神社へ来ました。当然柴田勝家を祀った神社ですが、ここに城跡の遺構が発掘調査の上露出され、一大歴史スポットになっています。
それというのも福井城とは越前松平家が入ってからの名称ですが、それ以前柴田時代は北の庄城と称してたわけで、それらは福井城時代と混在され不明な点も多いとされてきました。
Img_700432z しかしこの地に当時のものであろう石垣や土居の跡が発見され、ここが北の庄城跡、としてクローズアップされることに。
展示館の二階から俯瞰するとよくわかるでしょうか。けど、福井城も今残ってる本丸以外にこのあたりも城域であり、北の庄城の本丸も福井城の本丸と同じとも言われています。観光客に、あっちが福井城、こっちが北の庄城・・、というように誤解されないでしょうか。
Img_700423z あくまでここは柴田神社、柴田勝家の像が・・。






Img_700409z お市の像もあります。夫婦であった期間はわずか1年。夫に殉じたお市と勝家の像は互いにあさっての方を向いて・・。
以前はお互いを見つめてたようですが、発掘が進んでスペースを組みなおした結果のようです。
傍らに三姉妹神社があって、来年の大河「江」にはひそかな注目を浴びるかも知れませんよ。
Img_700444z さて郷土歴史博物館に戻ってきました。
2名2時間のみっちりした講演会に、60席の会場は御老体で満席。福井の城下と城の移築建造物について建築史専門の講師の話は、福井自体に興味がないとちょっとついていけませんでしたね。最初半分居眠りしてしまい恐縮ですw。
展示はしかし、江戸末期から明治初期に描かれた、福井城下の俯瞰と各要地の絵図が豊富にあって面白く、まるで当時にタイムスリップしたみたいで頭にその景色が思い浮かぶようでした。
水堀が幾重にも張り巡らされた城下は結構広く、明治から昭和にかけてそのほとんどが埋め立てられ市街地化されたのは、歴史好きには惜しかったと思います。けど、戦火や震災に遭った福井市民からすれば、早期の復興のため広い道路を必要としたのは当然のことでしょう。そういった一連の福井史がここで観ることができます。
Img_700447z その後博物館に隣接する「養浩館庭園」に入りました。
ここは御泉水屋敷と言った松平家の別邸で、明治になって城が政府に明け渡された後も、松平家が長く所有し、戦災で焼けた後、平成になって市の手で復元されたということです。

Img_700457z 夕闇迫る時間帯に入ったんで、ちょうど雰囲気ただよういい絵になりましたよ。
敷地は決して広いとは言えませんが、外国人旅行者が選ぶ日本庭園で常に第三位に入るくらいの評価を得てるようです。時折外のマンションが見える画角がザンネンですが、なるほどこの建物と池がひっそりした日本庭園の静けさに合って風情が出てますよ。
Img_700492z EOS7Dの威力を最大限使っての撮影に勤しみましたが、こんな暗くなるんだったらやっぱ三脚を持ってくればよかったですね。
これで紅葉の時期はかなりいいロケーションになったでしょうね。



Img_700487z ここはちょっと軽く考えてましたが、ばかにならないくらいいいところですよ。建物も広く部屋数も多いし、湯殿とかもあってユニークです。
夕闇迫る中でも開いてて(19時まで)人が少なかったんで撮り放題でしたが、もう少し明るい景色も撮りたかったですがね。
撮影技術を、やっぱり真剣に勉強しようと思いなおしましたww。
Img_700498z 外に出て博物館側に戻ると、水路沿いの夜景のライトアップもきれいでした。

福井城の舎人門遺構も復元され、夕闇に浮かび上がる姿は、福井県人もあまり知らないんじないかと思うくらい、隠れたビュースポットですよ。

Img_700502z ぜひみなさん、来られてみたらいいんじゃないでしょうか??




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