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2010年9月

2010年9月29日 (水)

名古屋へ展示会強行軍だぎゃぁ2

Img_700211z 名古屋城を出て、徳川美術館へ行くのに、地下鉄とかを使うと駅まで遠くて便がわるそうでした。
そしたらバスを調べると、「メーグル」って言う市内観光ルートバスがあって、ちょうど名古屋城から徳川美術館へ直通する循環バスがありましたよ。
おかげでこれで一気に時間短縮を図れました。
Img_700216z ここ徳川美術館は、徳川園という庭園と蓬左文庫という尾張徳川家が保存していた古書の図書館とセットのヒストリープレイスで、その開園75周年を記念して「大名古屋城展」が開かれていました。
つかもう翌日が最終日です。名古屋城でないのに名古屋城展なのがややこしいです。
ここも何室にもわたる展示室に、尾張徳川家と名古屋城にまつわる文物が山ほど。
名古屋城は戦火に消えたものの、事前に大量の襖絵や調度を避難させていたなど、多くの史料が残されていたので、本丸御殿の再建にもかなり有用になりました。
Img_700248z 特に幕末、14代当主慶勝が自ら撮影した古写真による名古屋城周辺の様子が、往時のよすがを伝えてくれます。
しかし、空襲で焼ける天守の炎に包まれた白黒写真の迫力には、なんともせつない、心に詰まる思いになりましたね。


Img_700247z 徳川園の池の鯉。
もう夕方になって、丸一日、よくがんばって廻りましたね。久しぶりの丸々の旅で、運転してもらったのにかなり疲れてしまいました。
ここでPLフィルターをなくしたのにも気づき(いや名古屋城でかな)、高いフィルターだったからかなりショック大で落ち込んだのもありますかね。
疲れは翌日にも響き、いくら毎日休みwwとはいえ超ハードで、いつも平気で廻れるS氏には感心しました。今度は近場でお願いしますww。

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2010年9月28日 (火)

名古屋へ展示会強行軍だぎゃぁ1

Img_700101z 日々髀肉之嘆を虚しゅうしても詮無きことなので、誘われるままに名古屋の歴史展覧会をハシゴすることにしました。

歴史好きの友人S氏の運転&案内で、6時に家を出る強行軍で、まずは名古屋市博物館。風格あるどっしりした建物ですが、この土曜はようやく秋になったはずの空が夏に逆戻りの予報。ハードな一日の始まりの予感です。
Img_700109z この日から始まった特別展「変革のとき 桃山」

名古屋開府400年にあわせて各館で盛り上がってる展覧会のメインイベントとも言える催し。初日午前なのにすでに大勢の来館者でにぎわってました。信長・秀吉・家康の活躍した激動の時代の中心地尾張にふさわしく、ふんだんな文物の連続に圧倒されましたね。
いつもの企画展のスペースよりさらに広く取ってあるようで、予定の時間を遥かに越え、午前いっぱいかけてしまいました。
Img_700119z 続いては、地下鉄を乗り継いで名古屋城へ。城に入るのは何年かぶりで、本丸御殿の復元工事見学をチョー楽しみにしてきました。
城内の展示展は「武家と玄関 虎の美術」で、戦国・江戸期に描かれたさまざまな虎の意匠、特に襖絵が迫力とユニークさをもって僕らの前に現れてくれました。ほとんど見たこともないようなトラをよくああまで描けたと思います。
Img_700132z さてその天守に入る前に、早速本丸御殿の工事現場に入ります。
名古屋城は戦災までは、本丸においてはその威容は江戸時代以来の姿をほぼ残しており、国宝としても一級品で規模もハンパでなく、今も残っていたら姫路城をはるかに凌いで世界遺産だったことは間違いないです。
けど、昭和20年5月14日の空襲で灰燼に帰してしまいました。
Img_700147z 中に入ってみると、さすが名古屋城、御殿の復元にはとても大規模な木工事が。見学通路は3階に相当して平屋の屋根がこの高さです。御殿の玄関だけでこの大きさ。これだけの重量物にもなるんで、木組みの複雑さもあって丸太の部材も数多いです。それでやっぱり接合にはどうしても金属部材を使ってるようですね。
土曜でも工事の槌音が本格的でした。
Img_700153z 広い体育館を思わせる覆いの部分も、3期10年に亘る大規模な本丸御殿復元工事の、それでも約半分しか入りませんね。
これでは、金沢城二の丸御殿はチャチイものですわ。



Img_700169z ではいよいよ天守に入ります。
雲はあるもののホント晴れ渡ったいい天気になりましたが、いや暑い。夏に逆戻りみたいに汗かいてしまいました。




Img_700185z 中に、本丸御殿の模型が展示してありましたが、手前右手がさっき工事を見てもらった玄関部です。あの大きい屋根部分だけでこの玄関になりますし、この模型はまだ1期工事分、つまり約1/3です。
また、藩主が政務を執った二の丸御殿は本丸御殿の10倍はあったようです。

Img_700186z 名古屋城全体の模型はこんな感じ。手前の北側にはまださらに広い下御深井御庭があり、南の三の丸には現在は県庁など官庁街になっています。




Img_700191z 外へ出ると、天守の石垣にも目がいってしまいますね。
加藤清正が築いたという名古屋城天守は、築城の神様らしく工夫の跡もあります。見えにくいですが銘も彫ってあります。
江戸初期の石垣は整列して並んでないことが多いですが、石の間にわずかの隙間もなく小さい石で埋められてるのには感嘆しました。
Img_700192z 名古屋城名物、金のシャチホコです。
手前の枝がジャマですが、青空に輝いて美しいですね。確か、愛・地球博で降ろされて磨きなおされたハズで、名古屋人の誇りなのがよくわかります。
現代は避雷針がこれらを守ってるんですね。

さてさて次は、その名古屋人もメッタに行ったことのないという? 徳川美術館へ向かいます。

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2010年9月24日 (金)

「金沢おどり」を観劇して"感激"☆

100924_094038 9月に入って、いろいろあってこんなことしてる場合じゃないのかも知れませんが、でもこんなこともしたいのも人情w。

もはや金沢の風物詩のひとつともなった、「金沢おどり」が今年もいよいよ始まりました。

金沢の三茶屋街「ひがし・にし・主計町」の芸妓総出演のあでやかな踊り舞台。

藩政期からの金沢の粋な伝統文化とでもいいましょうか。芸妓さんたちの三味線・太鼓・笛、そして大和楽による謡いと踊り。年に一度のこの一大イベントに向けての厳しい稽古が偲ばれる熱のこもった舞台に、本場京都はもとより、全国からお目当ての観客がやってくる壮大なステージとなりました。

去年業者からチケットをもらって初めて観て、最初軽く思っていたのに、観劇するとそのすばらしい迫力ある舞台に圧倒され、それこそ感激して魅せられてしまったのを覚えています。

それで矢も立てもたまらず今年もチケットをもらって行ってきました。
100923_123205_2 まるで歌舞伎のヒトコマのような劇が、かわるがわる立て続けに繰り出され、その華やかさと美しさに釘付けになり、ベテランにはさすがプロとうなされる迫力満点の風格の漂いも感じます。

芸妓さんたちのここまでの本格的な踊り舞台は、やはり全国的にみてもめずらしいようで、つねに舞台の専門家たちからも高い評価を受けています。

作家の村松友視氏も魅せられた一人で、最後に全芸妓さんが出てきて披露する総おどり「金沢風雅」を作詞し、毎年金沢に来られています。今日も僕らの席の近くにいらっしゃるのをお見かけしました。

は~ぁ、今の自分の身の立場を忘れww、今年も魅了されたひとときの一時間半はあっという間に過ぎました。

舞台はまだ26日まで開催されています。チケットは残り少ないと思いますが、よかったらぜひ観にきてください。

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2010年9月22日 (水)

久しぶりに富山の歴史めぐり 2

Img_700032z さて富山城の後は、富山市内の田圃の真ん中にひょっこり姿を現した、安田城跡に来ました。
秀吉が佐々成政を攻めるときに、本陣とした呉羽山の白鳥城の支城として築かれた砦です。


Img_700035z 平地に広い堀で囲まれた、本丸・二の丸・右郭の三つの郭でできた、典型的な平城。というか砦ですね。
でもずっと保存状態もよく、2.4mの土塁で囲まれていた様子もきれいに復元できています。
土塁の上に登りましたが、案外高くていい気分。けどモグラの穴で危なくなったところもあるみたいで・・。
Img_700036z でもやっぱり、日曜なのに訪れる人は皆無に近いですね。立派な資料館も併設されてるんですが、係りの人はいなくて展示DVDが見れませんでした。よく見ると二の丸で草むしりしてる人がいらっしゃいます。あの人が係りの人なんでしょうか?
のどかで静かな農地にぽっかりと浮かぶ安田城跡。ある意味癒されますが、さびしいのも確かww。
Img_700044z 最後には、越中・加賀境の山城、松根城跡に登りました。
ここは佐々軍と前田軍が対峙したときの佐々軍の前線砦になった山城で、狭いながらも本丸・二の丸・三の丸や、堀切などもはっきり残っている立派な山城でした。


Img_700057z 本丸跡は公園とも言えるくらいの広い空間で、小学校の遠足や課外授業にも耐えられるくらいの場所だと思います。実際に利用されてるかも知れませんが。




Img_700059z 本丸の脇に、三角点基準点標が埋められていました。
三等三角点「内山」です。標高308m。
この三角点探訪も僕のテーマのひとつにしなけりゃいけませんね。



Img_700064z 松根城跡の石碑と案内看板です。公園整備自体は25年くらい前からされてたようですが、例の大河ドラマ「利家とまつ」からかなり費用もかけて再整備されたみたいです。
しかしそれから10年近くたって、その後のケアはもうあまりしてないみたいで、看板の文字は陽に焼けて読み取るのが難しくなっていました。
Img_700065z 富山県側、小矢部の平野が見えます。石川県側も開けて見える、見晴らしのいい場所なんですが、この日はもう夕方近いこの時間、雲って立山も日本海も見通せませんでした。やはり誰もいない山、一人ではとてもさびしくて来たくないかもw。クマも出るかもしれません。今年は金沢市でももう麓に下りてきたようで、この間ニュースになりましたしねw。
Img_700091z もともとここは小原越という峠道の脇。古道もこの部分が整備され、先の一番高いところが小原峠です。こりゃ遠足にはやっぱりいいですよね。

今日は一日、失職の身には楽しい?リフレッシュになりました。まぁ今後もいろいろ頑張りますよ。。

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2010年9月20日 (月)

久しぶりに富山の歴史めぐり 1

Img_700005z 会社を辞めてからもすることは日々なにかとあるもんで、それにかまけてバタバタ落ち着かなかったんですが、世間は今3連休とかで、いい機会だからと歴史好きの友人に誘われて富山県の城めぐりに同行しました。

まずは富山城に。加賀藩を分家した富山藩の富山城は天守はなかったんですが、戦後模擬天守を建てて博物館としました。
そこでの特別展「秀吉 越中出陣-「佐々攻め」と富山城」を観に行ったわけで。
Img_700013z それでも建てて50年以上経った模擬天守を、数年前修築してリニュアルした博物館は、小さいながらも充実した展示内容でした。中世から強い主を持たず、隣国の勢力に翻弄された続けた越中の、乱世の最後に佐々成政が秀吉勢に降伏してその混乱に終止符が打たれました。富山の史料はその後支配した加賀前田家ゆかりのものが多くなるわけで、石川の者からするとちょっとフクザツでしたね。佐々成政は統治期間は短かったですが、越中の人にはかなり人気があるようですね。来場者も結構いらっしゃいました。
Img_700021z 富山城跡は、他に発掘なり日本庭園整備なりを、ちょこちょこっとされてるみたいですが、予算がないのかどこも中途半端に中断してる感が否めず、この庭園も誰に見せるとかにもなってナサゲです。工事中に古い井戸跡とかも見つかったようですが、それもコンクリでふたをしてしまってました。
なにしろ本丸のど真ん中に、地下駐車場をデンと設えられてるのにはオドロキです。
Img_700024z このほかにも、隣接する佐藤記念美術館で、遺跡から発掘された中世の調度などの遺物の展示を見てきました。中世より古くから交流のある岐阜というか美濃との関係性も説いてました。佐藤美術館は通常、陶器のコレクションが主に展示されてて、遺物も陶器などが多かったんですが、富山は越中瀬戸、が多く作られ使われてたようで、九谷焼は全くありませんでした。
写真は2階の庭園の手水鉢で水を飲むヤマガラ。
Img_700016z 城跡から出て歩道にくると、富山市がやってるレンタルサイクルのシステムを発見!
なんとカード式の全自動のようですね。
メンバーに加入してカードをもらうと、このボードの読み取り部にかざして、それで自転車にもセンサーがあって、スイッチを入れるとキーが解除される仕組みのようです。なんとも最先端!!
金沢が先日導入したばかりのレンタサイクルとは雲泥の差です。あれは街中に設定された複数のレンタルポートのどこでも返せる、という便利なシステムですが、係員のいる人力ですからね。
Img_700029z 富山城跡にある数少ない銅像に、2代藩主前田正甫(まさとし)のがありました。富山売薬の基礎を作った人として、越中では崇め奉られてる人です。
僕の父でもあります(ある意味ホントとウソww)。

さて、意外に浅かった富山の歴史の知識の中で、後編は古い砦のような城跡を巡ることにします。運転は友人S氏ですけどね。


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2010年9月18日 (土)

ごぶさたしてる間にトンデモないことに・・。

Img_149330z 長らく御無沙汰しておりました。
公私ともにバタバタしておりましたら、そのうちになんと、勤め先が倒産してしまい、現在路頭に迷っている最中となってしまいましたw。
今後はどうするか全くの未定ですが、とりあえずじっくり考えますので、お知り合いの方々、暖かく見守ってやってくださいませ。
Img_149311z 失職していてもこの間、なにもやることがないわけでなく、なんだか仕事中以上に忙しい日々を過ごしています。日中の時間ってあっという間に飛び去っていきますねww。

さてそんな中、そうは言ってもこのブログもいつまでもほおっておくわけにも行きません。実は一年以上前から御案内できてないトピックは山ほどあるんですが、記事にする時間がずっと取れずにいました。
Img_149334z 失業後久しぶりの記事アップに、そんな古いものから載せるのもどうかと思い、やっと今日金沢市内のイベントに出かけたんで、せめて地元の今の話題から、っとやっと書き込むことにしました。




Img_149338z 先ほどから載せてる写真は、毎年この時期に金沢は広坂周辺に繰り広げられる電飾オブジェ「月見光路」のイベントです。

金沢工大と地元広坂商店街などがタイアップ。街を活性化させるプロジェクトも今年で8年目。タイトル通り月見の時期に合わせてなんですが今は半月。
そういやもうそんな時期? つい先日まで猛暑だったんで、台風一過後やっと朝晩が涼しくなってきてホッとしましたね。
毎年「月見光路」にはチャリで出かけますが、いつも周り中から秋の虫の音が聞こえてきてたのを思い出します。


Img_149358z 今年も耳を澄ますと道路の両脇からしっかと大合唱が聞こえてきました。鳴らしてるのはオスばかりですよね。みんな、頑張るんだぜww。

さて本題の「月見光路」。まずいつものように金沢21世紀美術館から。今年は正面ではなく、市役所側にズラッと並んでました。確かに、ここのほうが美術館の外のオブジェと合わさっていいかもしれません。しかし今日は市役所が珍しく遅くまで煌々と灯りが点いてて、ひそやかな風情とはいきませんでした。
Img_149361z でもって早々に信号わたって旧県庁側にきました。
旧石川県庁の古い建物は、「しいのき迎賓館」として生まれ変わって、毎日のようにイベントが企画され人々が集まって大盛況のようです。フレンチレストランやカフェもテナントとして入り、毎晩遅くまで灯りがともって、金沢の新しいシャレたスポットとして注目を浴びています。
Img_149366z その裏庭側は、復元なったいもり堀をはさんで金沢城本丸石垣がライトアップされて、これも真夏でも一服の清涼感あったステキな空間となりました。

今日はこの広坂緑地にたくさんのさまざまな光のオブジェが散在していますよ。
Img_149368z なんと城内の三十間長屋もライトアップされてました。わずかに林の木々が伐れて、遠くからでもかすかに望めるようになってたわけですが、この際もっと伐り広げて、存在をアピールしたらいいと思いますのに。



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Img_149393z 辰巳櫓の四段石垣といもり堀の鯉喉櫓台石垣もライトアップされてます。幻想的でいいんですが、やっぱり辰巳櫓が復元されたほうがサマになりますね。





Img_149387z 旧県庁、いしのき迎賓館の周りは、イベントコンサートステージとかもあって賑やかです。
ここ何ヶ月も、いろいろ多忙で市内のイベントに顔を出してませんでした。これからは少し、いやたくさん、今まで並に出かけて、記事レポートだけでなく自分のストックにしておきたいと思ってます。

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Img_149397z 旧石川県庁正面の、迎賓館の名前の由来の「しいのき」です。正面両脇に2本。丸く育った珍しい樹齢300年の天然記念物です。

では、またこれからは多少頻繁に更新できると思います。ので、よろしくお願いします。
あっ、「月見光路」は20日まで毎晩開催されてます。

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