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2010年1月24日 (日)

「本多の森」の穴場発見!

Img_130120z 今日は久しぶりに金沢市の歴史セミナーに。歴史好き友人S氏のオススメで、第10回、市民ふるさと歴史研究会の「加賀八家 本多家の歴史と上屋敷周辺の発掘報告」に二人で行ってきました。



Img_130051z 石川県立美術館の別館、本館の隣にある広坂別館で開催されましたが、ここ自体由緒ある建物。大正11年に、陸軍第9師団の師団長官舎として建てられ、戦後は家庭裁判所や児童会館としても使われ、最近の改修で美術館の別館として生まれ変わりました。
Img_130055z 会場はそんなに広くないですが、予定の90人をはるかに越える120人ですし詰め。電話予約の申し込みに、お年寄りが多くていつも時間より早くいっぱいになる、というS氏の言葉とおり、かなり早く来たのにもうだいぶ後ろの方にしか座れませんでした。お年寄りは気が早いww。
Img_130057z 本多家は加賀八家という前田家の年寄衆の筆頭、5万石を擁する家老です。
去年の大河ドラマ「天地人」に出てきた直江兼続に養子に入った本多政重が始祖です。現在の当主、15代本多政光氏も講演に立ちましたが、だから去年は政重の肖像画の掛軸が米沢や長岡に出張続きで忙しかったそうで。
Img_130059z 話がちょっとそれましたが、5万石の本多家は金沢前田家の城下町にあって、さらに自分の城下町を持つにたとえられるほどの家。加賀八家はみなそうですが、特に本多家は上屋敷、中屋敷、そして10万坪におよぶ下屋敷となる家中町がそろっていました。
今回はその上屋敷の裏手、崖沿いの塀跡や門跡、石垣と坂道などが発掘調査された報告会だったわけです。
Img_130061z 今は県立美術館や歴史博物館などが並ぶ「本多の森」周辺が上屋敷として広大な敷地を誇っていました。そしてその台地の下にやはり同規模の中屋敷があり、ともに金沢城の二の丸御殿にも負けないほどの大きさだったようです。
絵図は上から上屋敷・下屋敷地・中屋敷です。能舞台が中屋敷にしかなく、加賀八家でも本多家にしか許されなかった中屋敷は、前田の殿様が城内で火事など不都合があった場合の避難ために許可されたものだろう、と政光氏の言でした。
Img_130090z さて講演がひととおり終わると、美術館の裏手に廻って、崖の塀跡など現地を探索です。
戸室石を算木積みした立派な門跡がはっきりと残っていました。大半が土に埋もれて、こんな街中に近いところでも詳細な発掘や研究が今までなされてなかったことがオドロキです。
Img_130088z 急な坂の、中屋敷へつながる道跡を下りると、しっかりした何段もの石垣が現れました。
これも最近確認されたもので、子供のころ、自宅に程近いこの街の裏山とも言える場所でこれほどの遺跡?が今まで見逃されていたことにびっくりしました。
Img_130102z ここからは21世紀美術館もよく見えます。きれいに整備して、人も普段から通れる裏道にすると趣きがあるんじゃないでしょうか。




Img_130093z しかし一度に人が来るとたいへんですね。
今日の出席者120名が二班に分かれて美術館の裏をズラズラ歩くと、中の人たちはアッケにとられてたでしょうね。




Img_130105z しかし現在は崖の上、県立美術館のある上屋敷地が石川県、塀の石垣から下の中屋敷地が金沢市の土地です。整備するにも、両者の協力がないとできない、という複雑さが予想されますわ。

いずれにしても、近所にこんな面白い史跡があるとは。いずれ天気のよいときに、また訪れてみたいです。立入禁止区域があるかもしれませんがw。

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コメント

tokuさん、ご丁寧にありがとうございます。

金沢はまだまだ奥が深いので、これからもレポートしますんでよろしくご愛読お願いします。
そう言いながら忙しい平日はもちろん、週末も行動してたら載せるヒマがあまりなくて・・(>_<")

投稿: joker | 2010年2月 4日 (木) 12時41分

こんばんは
 jokerさんへ

政重氏は5万石ですか。さすが加賀前田家の筆頭家老ですね。
 本多家長男の正純氏は知っていましたが、3男・忠純氏の事は知りませんでした。
しかし、今も残っているのは次男・政重氏の家系だけとは…。
 上杉家に現存する、直江兼続氏の養子時代の政重氏の起請文を見ると、かなりヤンチャな感じなんですが、そういうご子息の方の家がご健在で実績を残しておられる、というのも歴史は面白いと思いました。
 金沢市は城下町という土地柄なのか、記念館が多いのですか。素敵な所ですね。
「藩老?本多蔵品館」へも行かれるのですか?
書状や甲冑もたくさん展示されているのでしょうか。興味深いですね。
身近に歴史物があるというのも、興味が尽きず楽しそうで良いですね。
自分も いつかお訪ねしたいものです。

 それでは色々とコメントしてしまいましたが、貴重な史蹟を掲載してくれて、ありがとうございました。
これにて失礼致します。

投稿: toku | 2010年1月27日 (水) 02時28分

tokuさん、コメントありがとうございます。
本多家は5万石もあり、ちょっとした大名並みです。
そして今回改めて驚いたのが、政重は本多家の次男。長男正純は史実わかってるんでともかく、三男忠純も旗本として後廃れ、残った本多家は金沢の政重家だけだったそうです。

博物館の多い金沢でもマイナーでいつも人が少ない、藩老本多蔵品館に、今度また行ってきたいと思いました。。

投稿: joker | 2010年1月26日 (火) 22時38分

こんにちは
  失礼します

 記事を拝見しました。
本多家は父上・正信氏といい大物ですね。
 昨年の大河ドラマ「天地人」ではスパイとして描かれて残念でした。
書状や上杉家にも本多政重氏の書が残っており、その史実通り描けば面白い話になったと思うので、たいへん残念でした。
 以上、まずは感想まで失礼しました。

投稿: toku | 2010年1月26日 (火) 17時39分

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