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2010年1月

2010年1月28日 (木)

今日の金沢駅夜10時。おとなしかった。。

Img_130177s 今晩も金沢駅のホットな夜10時に出向いてきました。あと一月半となった廃止までの期間、新潟の雪がひどいと運休にもなってしまうんで、貴重な天気のよい運行が確実な日を選んで撮りましょう。

この日は5番ホーム、最前列に陣取りました。前回と違って監視が厳しくなったのか、枠をはみ出す人もなく、わりと整然と皆さん撮影できましたね。
Img_130189z これからまだ何度も来れると思うんで、今日は三脚固定して1アングルからしか撮らないことにしましたが、次回以降は列車到着後は各車両に動き回りたいと思ってます。特に5番ホームは暗くてクリーム4号はいい色に撮れないので。


Img_130201z 今日は動画も撮りました。なかなかブログアップとはいかないと思うんで、時間があれば圧縮して載せてみたいと思います。

今度は金曜日にはまたこれに乗るんで、搭乗レポートはそのときじっくりと。


Img_130203z 撮り鉄は一巡したのか、今日は30人くらいでした。天気はよかったんですが、いくら全国からでもそんなにヒマ人はいないってことですかね。皆さんヒートアップせずに済むんでこれくらいが丁度いいですね。



Img_130219z 金沢駅西口の夜景です。
この西口広場は新幹線開通に向けて再構築の予定。確かに乗用車とか乗りつけるのにすごくやりにくいようで(僕は慣れてしまったけど)、バスステーションと位置を替えるみたい。ついでに富山駅みたいにLRT導入すりゃいいのに。

Img_130222z さてあと何回「能登」「北陸」を撮りに来れるでしょうか。明日からまた雪予報なんですが。それより、金曜夜は「北陸」運行するのかな?
そっちのほうが心配ですw。






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2010年1月25日 (月)

歴史博物館で昔の金沢の正月を懐かしむ・・

Img_130118z 本多の森の後、隣の石川県立歴史博物館で「新春を祝う お正月と大衆娯楽」展を観てきました。

明治から昭和にかけて、金沢ならではの正月の祝い方や、映画や舞台の劇場のパンフなど、懐かしい風習や習俗がゆったりと展示されてました。
Img_130119z 中は撮影禁止なんで写真は外観だけですが、金沢では昔、「天神堂」という天神さまの社(やしろ)を模した木製の模型を正月に飾ってたのを御存知ですか?
それを含め、旗源平や福笑いなど正月遊びなども古ぼかしく並んでいました。

意外だったのは金沢では劇場で舞台や映画が盛んで、今でも繁華街の香林坊周辺や、浅野川沿いの並木町周辺にも多くの劇場がありました。僕も子供のころの思い出で「北国第一」とかの劇場の写真に懐かしさがありましたが、連れのS氏は全く知らないって。僕より10も若くて宇ノ気の人ですからねw。

歴史博物館では、「歴博メイト」という年間会員パスポートがあり、催しの案内とかも来るみたいで、来年度こそ入ってみようと思ってます。
またここで、江戸から明治の金沢城下の習俗を日本画で綿密に描いた、巌如春の画集を手に入れたんで、これもじっくり読むのが楽しみです。

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2010年1月24日 (日)

「本多の森」の穴場発見!

Img_130120z 今日は久しぶりに金沢市の歴史セミナーに。歴史好き友人S氏のオススメで、第10回、市民ふるさと歴史研究会の「加賀八家 本多家の歴史と上屋敷周辺の発掘報告」に二人で行ってきました。



Img_130051z 石川県立美術館の別館、本館の隣にある広坂別館で開催されましたが、ここ自体由緒ある建物。大正11年に、陸軍第9師団の師団長官舎として建てられ、戦後は家庭裁判所や児童会館としても使われ、最近の改修で美術館の別館として生まれ変わりました。
Img_130055z 会場はそんなに広くないですが、予定の90人をはるかに越える120人ですし詰め。電話予約の申し込みに、お年寄りが多くていつも時間より早くいっぱいになる、というS氏の言葉とおり、かなり早く来たのにもうだいぶ後ろの方にしか座れませんでした。お年寄りは気が早いww。
Img_130057z 本多家は加賀八家という前田家の年寄衆の筆頭、5万石を擁する家老です。
去年の大河ドラマ「天地人」に出てきた直江兼続に養子に入った本多政重が始祖です。現在の当主、15代本多政光氏も講演に立ちましたが、だから去年は政重の肖像画の掛軸が米沢や長岡に出張続きで忙しかったそうで。
Img_130059z 話がちょっとそれましたが、5万石の本多家は金沢前田家の城下町にあって、さらに自分の城下町を持つにたとえられるほどの家。加賀八家はみなそうですが、特に本多家は上屋敷、中屋敷、そして10万坪におよぶ下屋敷となる家中町がそろっていました。
今回はその上屋敷の裏手、崖沿いの塀跡や門跡、石垣と坂道などが発掘調査された報告会だったわけです。
Img_130061z 今は県立美術館や歴史博物館などが並ぶ「本多の森」周辺が上屋敷として広大な敷地を誇っていました。そしてその台地の下にやはり同規模の中屋敷があり、ともに金沢城の二の丸御殿にも負けないほどの大きさだったようです。
絵図は上から上屋敷・下屋敷地・中屋敷です。能舞台が中屋敷にしかなく、加賀八家でも本多家にしか許されなかった中屋敷は、前田の殿様が城内で火事など不都合があった場合の避難ために許可されたものだろう、と政光氏の言でした。
Img_130090z さて講演がひととおり終わると、美術館の裏手に廻って、崖の塀跡など現地を探索です。
戸室石を算木積みした立派な門跡がはっきりと残っていました。大半が土に埋もれて、こんな街中に近いところでも詳細な発掘や研究が今までなされてなかったことがオドロキです。
Img_130088z 急な坂の、中屋敷へつながる道跡を下りると、しっかりした何段もの石垣が現れました。
これも最近確認されたもので、子供のころ、自宅に程近いこの街の裏山とも言える場所でこれほどの遺跡?が今まで見逃されていたことにびっくりしました。
Img_130102z ここからは21世紀美術館もよく見えます。きれいに整備して、人も普段から通れる裏道にすると趣きがあるんじゃないでしょうか。




Img_130093z しかし一度に人が来るとたいへんですね。
今日の出席者120名が二班に分かれて美術館の裏をズラズラ歩くと、中の人たちはアッケにとられてたでしょうね。




Img_130105z しかし現在は崖の上、県立美術館のある上屋敷地が石川県、塀の石垣から下の中屋敷地が金沢市の土地です。整備するにも、両者の協力がないとできない、という複雑さが予想されますわ。

いずれにしても、近所にこんな面白い史跡があるとは。いずれ天気のよいときに、また訪れてみたいです。立入禁止区域があるかもしれませんがw。

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2010年1月20日 (水)

ヒートアップしてきた金沢駅の22時はすでにマナー悪し!

Img_129867z_2 今夜も「能登」と「北陸」を撮りに金沢駅に寄りました。

すると平日、火曜の夜だと言うのに大勢の撮り鉄が。最終的に総勢80人くらいはいたでしょうか。

前回を教訓にわりと早い時間に着き、今回は「能登」の着く5番ホームに陣取ってみました。すると先着の方たちはわりと後ろの離れた位置に三脚を立ててるので、僕もそう倣ってみたら、なんと後から来た人たちが前のほうにたむろして、後ろを気にせず白線も越えてバシバシ撮り始め。
Img_129862z マナーも何もあったもんじゃありませんでした。「撮影スポット」の枠線も全く意味をなしません。
後ろの人たちは半ばあきらめで、いつの間にか三脚も移動してたようですが、僕は今日は、5番ホームのロケハンのつもりでここをガンとして動かなかったので、駅員と一緒になって、はみ出して危なげな人たちに声をかけてみましたが、全く効果なしでした。
Img_129856z_2 まぁ後方に居た先発隊?の意味はなかったようですから、次回はわりと近い方に構えようとは思います。
今日はさすがに大勢だったので、地元も少なからずいたようですが、僕はまだ何度も来れますからね。
5番ホームのいい点としては、こうやって「北陸」を台車まで全部撮れるとこでしょうか。「能登」は白熱してキレイには撮り難いでしょうね。
やっぱり「北陸」の6番ホームの方がいいのかも。また今回は初めてムービーでも撮ってみました。あとでゆっくり見てみます。

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2010年1月17日 (日)

デアゴの新たな刺客「週刊 江戸」☆

100117_210146 デアゴスティーニの大長編、「鉄道データファイル」がこのほど300巻でやっと完結したばかりなのに、僕にまた新たな刺客をよこしてくるとは。

その名も「週刊 江戸」。
江戸が東京になるまで、265年の全歴史と文化をたどる、として長い太平の世を多角的にビジュアルで教えていってくれるようだ。

江戸時代のことは、僕らが子供のころ習った内容とまた違い、新発見や新説が常識化していったりして、最近のさまざまな書籍がとても興味深くそれぞれ内容を掘り下げてたくさん出版されている。ひとつひとつ、それらを読み解くのは結構大変だった。
しかしこれは古地図や写真をふんだんに使い、江戸の成り立ちや暮らしぶりなど、見た目にもわかりやすく総合的に解説してくれるからとても読みやすいと思う。
もちろん僕らくらいでは既知の部分も多いけど、うっかり知らなかったこともあっさり書いてあったりする。"藩"って言葉は明治になって一般的に使われたって。

この12日に発売になった第一号は「家康、江戸に入る」で第二号で「江戸城、建つ」だから、デアゴのいつもの得意技で何号で終わるかわからないww。
定期購読するか、これはとても悩ましいゾw。

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2010年1月14日 (木)

一気に積もった夜景をどうぞ。

Img_129777z 夕べからの大雪で、金沢市内でも4年ぶりくらいのドカ雪となりましたよ。
12時間くらいで40cmも積もって、朝から早起きして雪すかし三昧です。家と会社とで、久しぶりのこともあってだいぶ腰にきましたw。

仕事でも、デリバリとかも不安でしたが数年前ほどでもなく、なんとか大事までには至りませんでした。今晩は早めに帰って家の前の雪すかし。
Img_129781z しかし家の前の犀川の夜景が、住宅地のくせになんだかことのほか幻想的だったんで、思わず三脚を立ててしまいましたよw。
最初の写真の真ん中奥は、ネットに雪がへばりついてライトに明るく輝いてるゴルフ練習場です。
雪明りは肉眼で見るより明るい映像をファインダーに残してくれたりします。桜並木が白い樹氷に姿を変えました。
Img_129788z 低く垂れ込めた雪雲ながら、止み間に遠くの山間がはっきりと見通せ、その雲から家々に直に雲の切れ端が襲い掛かってるようにも見えます。

とてもフシギな夜の雪景色です。


Img_129801z 上菊橋は花壇のある橋。雪に覆われた今は灯りが続くこれも情緒ある景色を見せてくれます。





Img_129817z あぁ、また降ってきました。雪に覆われて白くなった金沢は、すべての穢れを浄化してくれるようで僕は好きです。雪すかしで寝不足と腰痛とを引き換えにしてでも。

住むには苦労耐えませんが、寒いときには冬らしく、寒いところに遊びにいらっしゃるのもオツなものですよ。お待ちしておりますw。

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2010年1月12日 (火)

ビジュアルブック「池波正太郎の世界」

100112_224516 「遠山の金さん」とか「水戸黄門」とかの、パターンの繰り返しや時代考証のいいかげんな時代劇に飽き飽きしてて最近は見てなかったんですが、池波正太郎の作品は漫画から入って、特に大島やすいちの「剣客商売」にはハマリました。
江戸中期、田沼意次の時代の生き生きとした活気あふれる江戸の町の暮らしぶりと、当時のほぼ確かな時代背景、地理的描写など、大島やすいちの精緻で丁寧なタッチでその空気が見る者にダイレクトに伝わってきます。そしてなにより、主人公の秋山小兵衛の生き様が飄々としててうらやましい。剣と人生の達人と謂われる所以です。

ドラマでは藤田まことが好演してたようですが、リアルタイムで僕は観てませんでした。再放送も何年か前にしてましたが、当時も何気に見過ごしてました。

さてその「剣客商売」をはじめ、池波正太郎の江戸時代の息遣いが感じられる物語を描きあげた世界を紹介したビジュアルブックが朝日新聞出版から出ました。
僕のように小説から入ってない者でも充分たのしめる、その世界観の奥深さを興味深く教えてくれるシリーズです。

特に物語の舞台としての江戸を現代と比較しながら追いかけられる特集、そして付録の古地図(ストーリーの舞台、注目スポットが記されてるのがいい!)などとあわせて、地図好きにはたまらないおもしろさが満載。まさに江戸そのものが描かれてるシリーズです。
池波正太郎といえば、必殺シリーズや鬼平犯科帳など人気作もたくさん。それらが複数回にわたって紹介される、全30巻の週間ブックです。ぜひ手にとってみてください。

剣客商売 5 (SPコミックス)

剣客商売 5 (SPコミックス)

著者:大島 やすいち,池波 正太郎

剣客商売 5 (SPコミックス)

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2010年1月11日 (月)

金沢駅、夜の10時劇場☆

Img_129544z 差し迫ってきた「能登」「北陸」の廃止の前に、何度か夜10時の金沢駅にトライアルしようと思ってます。

しかしこれは先日の写真。くしくも翌日の地元新聞で、このホームに描かれた「撮影スポット」が取り上げられてました。

Img_129572z いつも江戸へ行くときは、手持ち撮影でブレないように気を配りながらだったんで、イマイチのばかりでしたが、三脚持参のこの日は今度は多くの撮り鉄たちに囲まれ、「スポット」から動けないという制約があってやはりイマイチ、となってしまいました。
10時18分発の「北陸」の入線前には、隣の5番線に683系しらさぎが帰着。新旧の列車が並びます。
Img_129578z しらさぎがホームから回送後、金沢総合車両所から489系「能登」が入線。夜の闇の中から旅情をさそう灯りがやってきました。





Img_129650z 金沢駅5番線に入線して、いよいよ「北陸」「能登」が揃い踏みです。
「能登」「北陸」より先に出発するくせに後から入線。しかもスイッチバックするんで運転手が準備出来次第早々に発車となります。
だからこの2両がともにヘッドライトを点灯させて停まってる時間は案外に長くありません。
Img_129667z 「能登」は最近では例の事件?で去年の正月に急遽江戸へ行ったときに利用しただけですし、それも何年かぶりでした。
若いころはよく乗ってましたが座席夜行だからかなり疲れます。
けど導入時からあまりアコモ改善されてない古ぼかしい座席には懐かしさと愛着があって、いつまでも乗っていたいって気になりますね。廃止までにもう一度利用してみようかな。
Img_129693z 「能登」が去った後、「北陸」の6番線でも、まだ発車まで3分あるのにあれだけ居た撮り鉄がさっと居なくなりました。
どうやら皆さん観光客みたいで、「北陸」に乗り込んだようです。三脚持ちながらの旅は大変ですね。僕も月末はそうなるかも。

ホームには小さいながらもJRからの廃止案内が。けどもうちょっと大々的になにかしてほしいですね。もっと廃止が近づいてくると何かあるのかな?
Img_129698z 10時前後には各ホームで特急たちが激しく着発してた金沢駅も、10時18分、この「北陸」の発車でしばらく静かになります。
「能登」「北陸」が廃止になったらそのにぎやかさも半減以上になっちゃうんだろうなぁ。


Img_129716z その「北陸」も一路上野へ向かって走り去っていきました。ノスタルジーですね。

やっぱりムービーもほしいなぁ。と強く思ったんで、コンデジが壊れたのを期に新しいコンデジ(高画質ムービーが撮れるよ)を今日買っちゃいました。
またそれを引っさげて近日再トライします。



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2010年1月10日 (日)

痩せたのでついに行きました、「献血」☆

100110_163226 昨日減量最軽量値を更新したのを記念して、以前から行きたかった献血に今日出かけました。

母が壮年のころ50回も献血してたのに、自分は太ってたから数値が悪く献血が出来ないと思い、ずっと今までガマン?してました。

しかし去年からの減量で13kgもダウン。健康診断の数値もよくなっていたので、新年からの目標としてこれから献血をコンスタントにしにいこうと決意しました。

金沢では県庁前の血液センターは日曜休みなんで、街中、片町のファッションビル「ラブロ」にある献血ルームに。

昔は献血って言ったらバスにベッドがあって病院みたいに機械的に、とかイメージがありましたが、今の献血スペースはなんともアットホームな雰囲気なんだろう、とむしろこっちが落ち着かずそわそわしてしまいましたw。

係りの方たちは皆さんカジュアル服で、広い待合ソファーに水分補給のジュース飲み放題。

100110_185518 けど、45歳にして献血ルーム初めて来ました、って受付すると、いろいろ問診票に事細かく記入させられ、つい先日まで太ってていろんな薬飲んでたり既往症があったりしてたから、軽い診断受けたんですが合格?するかハラハラドキドキしましたww。

献血するにも、今やさまざまに条件が厳しく、厳密なチェックがあるんですね。
(この一年間に)麻薬を使用したり、男なのに男性と性的接触をしたり不特定多数と性的接触したり、輸血を受けた人、4週間以内に外国から帰国したかや3日以内に歯科治療、はては指定育毛剤使用まで、普段訊かれにくいことまで堂々と問われますw(PCでね)。

さて無事難関?をクリアして簡単な血液検査後(O型で間違いなかったw)、いよいよ採血ベッドに座ります。
今回僕は400ml献血を選びましたが、血小板や血漿などの成分献血もあります。しかし成分献血は一時間ほどの長時間になるということだったんで、早く済む全液献血にしました。
僕は健康診断のときもいつも、利き腕でない左腕で採血してもらうんで今度もそうお願いしたら、左には太くてまっすぐな立派な血管があるから早く済むわ、だそうで。
血を抜かれてる間じゅう、看護婦さんといろいろしゃべってたら、約10分くらい、あっという間に終わってしまいましたよ。
終わってから20分は安静にするように、ということだけど、ぜんぜんフラフラすることなかったですね。どうもまだまだ血の気は多いようですw。

やっぱり太ってて血液検査の数値が悪かったら、献血する資格なし、みたいで、今まで行けなかったのは正解だったみたいです。それとここは金沢のど真ん中のファッションビル。結構若い子たちが多く来てて感心するし、正月過ぎだから今日は少ないけどいつもはこの3倍くらい混雑するっていうから、献血する意識が高い人がたくさんいらっしゃるみたいでまだまだ捨てたもんじゃないなぁ。

それでも、1月2月は血液が不足するってカードが入ってましたし、なにしろ驚いたのは、400ml献血したら、次回まで3ヶ月開けなきゃいけないんだって。200ml献血時代だった母のころは毎月できたはずだったのに、同じ人が年4回までしかできないとなると、やはり献血する人口をもっと増やすようアピールしなきゃいけませんね。

成分献血なら2週間ごとでもいいらしいし、ハンドソープとかお土産もいっぱいもらいましたw。
ぜひみなさんも、お近くの献血センターに足を運びませんか。全然痛くなかったですよww。

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2010年1月 7日 (木)

「北陸号」「能登号」撮影スポット☆

100107_214746 今日は仕事帰り、前もって準備してて金沢駅まで「北陸」「能登」を撮りに行きましたよ。

旅立ちゃしないんで、やっと三脚で撮ることができる。とホームに乗り込みましたが、木曜深夜なのに、すでにたくさんの撮り鉄が。地元ばかりじゃなく旅人も多くて、「北陸」側の6番ホームで撮ってるほとんどの人は、後で「北陸」に乗っていっちゃいました。

そしていつものホーム富山寄り先頭側に向かうと、なんとホームに写真のようなスポットマークが!

「北陸号」「能登号」撮影スポット。というマークがいくつか並んで、白線で囲われてました。これが「北陸」が停まる6番線と、「能登」が停まる5番線とに描かれて、それを守るか守らないかビミョーな位置に皆さん並んでましたがw。

あと2ヶ月強にせまった廃止まで、連日にぎわうと想定したJR金沢駅が、廃止御案内掲示など随所に心遣いを。

撮影にキケンはないか駅員さんも複数監視?にも来られたし。

三脚の効果の出来具合はまだチェックできてないけど、これから何度も違うシチュエーションを撮りに行こう。

たくさんと言っても今日は30人くらいだったから、週末やこれからはもっと増えてくでしょうね。白熱しちゃう前に撮りためたいです。

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2010年1月 3日 (日)

2日は初売りと「加賀万歳」

Img_129435z 元旦は時折の吹雪でもあったので、母を連れ出すのは2日にして、その後尾山神社へも初詣へ。ここ最近は護国神社・石浦神社・尾山神社と3箇所も行ってしまうようになった。
前田利家を祀る尾山神社がやはり金沢では一番人出が多いようで。
Img_129438z 有名な神門も正月には周りは人でこんな様子。門の中ではいつも、生年月日で占うおみくじが売ってますよ。あまり当てにしないんで買ったことないですけど。




Img_129433z 境内には前田利家の銅像が、信長の小姓時代、赤母衣衆の騎馬姿で再現されてます。
揮毫は現前田家18代当主利祐(としやす)氏によるもの。











Img_129441z さてお守り御札その他購入したものですが、護国神社では絵馬を掛けずに買ったまま持って来ちゃいました。
というのも石川護国神社らしく、絵に空母加賀が描かれてて手放すのがもったいなかったからです。他に戦車や戦闘機(隼だったかな)のものもあり、よそでは珍しいですよね。
Img_129443z 2日には母親を連れて去るところへ行くのに、その前に珍しく大和デパートへ寄り「東本願寺の至宝展」を見に行きました。鮮やかな襖絵や明治時代の再建の図面など貴重な文物が一堂に会したものでしたが、まぁそれより新年初売りのデパートは久しぶりでした。
食堂のある8階ホールには獅子舞が練り歩き、新春を寿ぐムードたっぷりでしたが、各階で売り子が必死に叫んでいる福袋各種の売れ行きはイマイチのようで。福袋を買う習慣が僕にはないんで素通りするだけでしたが、どこかやっぱり不況の寂しさが見え隠れする盛り上がりに欠ける正月、という感じでしたね。
Img_129469z さてそんな沈滞ムードを吹き飛ばすべく、母を連れてきたのは「加賀万歳」の舞台です。去年から毎年正月2日に金沢能楽美術館で演じられるようになり、知事公舎とか公の場ばかりで一般の方には今までメッタに見られなかったんで、勇んで駆けつけました。

Img_129452z 「加賀万歳」とは、数人の演者が軽妙な語りと謡いで年賀の祝いに披露するという古典芸能です。前田利家が越前府中の領主だったころの越前万歳から始まり、利家が加賀金沢に移ってから加賀万歳に発展。藩主の前で新春を寿ぎ披露した後、藩のお歴々の家中を訪問して廻ったそうです。
Img_129491z 演目は必ずまず最初に「式三番叟」が演じられ、長寿と屋形の繁栄を願った祝言です。
その後「町尽くし」「北国下道中」が披露され、金沢市内の古い町名や、江戸までの参勤交代の道中、北国街道や中仙道の宿場や名所が織り込まれ、軽妙な掛詞として謡いこまれています。
Img_129508z 加賀万歳は、太夫という大きな鶴が描かれた黒い素袍(すおう)という独特の衣装を着た謡いと、才蔵という黒の紋付に派手な袴を着た素囃子とで演じられます。
時に二人が方言を使って掛け合いし、観客を大いに笑わせてくれます。今日は津幡まで遠いからJRで行ったらいかんのか、とか言ってました。
Img_129531z 才蔵は北国下道中という番物という演目のときは、写真の「かます帽」というものをかぶり、こっけいさをより引き立てています。番物のときは囃さずに、太夫と二人で掛け合いながら舞いゆったりと謡います。

しかしなにしろ僕とても、加賀万歳は初めて観ました。毎年正月には知事公舎での披露をニュースで取り上げられてますが、ごくごく一部だけで、どんな囃し方なのかセリフなのか、全く見当がついてませんでした。
Img_129500z しかし今日ひととおり、3演目約30分の舞台でしたが、とても貴重なものを観られてとても楽しかったです。
謡いそのものは素朴でかつ正月という目出度さに乗る華やかさもあり、古典芸能の典型のようなもので。決して現代の漫才のような滑稽で派手な笑いはないんですが、「町尽くし」で町しるべを制覇したからこそわかる古い町名がたくさん織り込まれてるのにニヤついたり、上品な軽妙さが金沢らしい、と言えますでしょうか。
Img_129477z この貴重な催しに、NHKや地元ケーブルテレビなど各報道陣も押しかけて、会場はにわかに静かな熱気に包まれてました。
今日の開催を教えてもらった友人S氏によると、昨年は告知不足でか30名くらいだったそうですが、今日は報道によると200名くらい来場したようです。そんなにいたようには思えませんでしたが、正月とあってこの能楽美術館ともども入場無料。この貴重な舞台を見るメッタにないチャンスに、来年はもっとたくさん来ていただくといいですね。

帰りにモタモタしてると報道につかまるよ、と思ったら、母がケーブルテレビのインタビューにつかまって、なにやらクドクドとノタマッテました。ケーブルに入ってないんで、誰かオンエアされたか教えてもらえませんか?ww

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2010年1月 2日 (土)

元日、雪景色の金沢をどうぞ。。

Img_129379z 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

ここのところは忙しくてなかなか更新できませんが、活動は相変わらず定期的にしてるんで、江戸とかの話や鉄の話もタイムリーでなくても追ってアップしていきたいと思います。
今回は金沢でも珍しく?なった雪の正月をお伝えするために、あえて吹雪の初詣にカメラ持参しましたよ。
Img_129382z いつもは氏子である石浦神社へ行くんですが、事情があって明日にするので、元旦の今日は広坂の上にある石川護国神社へ。
戦争で亡くなった家族はいないんですが、毎年参りに行ってます。明治初期の創建時には卯辰山にあった招魂社を、交通の便も悪く狭いというので昭和になってこの地に遷座されました。
掲額は「顕忠」という最後の藩主前田慶寧の筆によるもの。
Img_129384z その足で兼六園へ。もはや普段ならいちいち行かないしシャシンも撮りませんが、雪で白くなった兼六園は写す価値もあろうかと。
時折の吹雪で観光客も大変そうですが、カメラを構えてる方も少ないですね。


Img_129392z 雪吊りは木々に積もった雪の重みから枝を守るものですが、地面にそこそこ積もってても、枝にはあまり残ってませんね。金沢市内の積雪量は、寒波が来てもホントに少なくなりました。



Img_129396z この景色をみなさん見に来られるんですよね。
観光客はこの両側にたくさんいらして、人の切れ間の瞬間に撮りましたよ。

金沢の冬らしい冬の姿です。


Img_129407z さて金沢城にも進入しました。
雪の河北門は果たしてどうだろう、とも思ったんですが、雪景色に囲まれてはいるものの、屋根にはほとんど積り残ってませんでした。
他の建物にはかなり残ってるんで、傾斜が高いのか中が暖かいのか・・。ある意味安心しましたが逆に言えばザンネンともw。
Img_129411z 枡形に廻ると、一の門の覆いが外されて露出してました。あとはニラミ櫓台だけですが、枡形の全容が見えるようになりました。
やはり石川門に比べるとこじんまりした感がありますが、早く中に入ってみたいですね。



Img_129425z 橋爪門と続櫓です。一の門だけの復元が完了してるわけですが、このたび新幹線が開業する2014年度末までの二の門復元整備が決まりました。
ここも河北門同様枡形門を形成し、本丸から移った政庁の役をしていた二の丸御殿への入口として重要な門でした。石川門・河北門とあわせて三御門と言われ重んじられてました。







Img_129428z その橋爪門一の門には毎年正月に注連飾りが飾られます。これは江戸時代の文献・絵図を近代になって復元した図が残されてたので、忠実に再現できるようになったからです。
先日ロケが始まった来年の松竹映画「武士の家計簿」で堺雅人さんがここをくぐった写真が新聞にも載ってましたね。
Img_129430z さていつもの定点観測地点での撮影です。城内が真っ白になるのも、年何日も最近ないので、ある意味貴重なショットです。地元のケーブルテレビも僕の直前にここでカットを撮ってました。何に使うんでしょうね。僕はブログトップの置換えに使うんで、そろそろでしょうかね。

ではまた今年も飽きずにお付き合いください。

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