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2009年11月24日 (火)

金沢城の発掘・工事の今の様子。結構進んじゃった。。

Img_123895z 連休中に、久しぶりに金沢城を見に行きました。各地の復元工事・発掘調査が順調に進み、先週と来週の見学会も行けず、ちょっと取り残された感じです。
まぁ人が多くないほうがいいんで、ひっそりと巡ってみましょうか。


Img_123898z まずは広坂側の宮守堀(いもりぼり)、鯉喉櫓台石垣(りこうやぐらだいいしがき)の修復現場へ。
鉄の足場が全部取り払われ、石積みがすべて終わっているようです。石垣の高さは結局ここまで。堀の水が入ってないのでかなり高く感じますね。
足回りも完了し、水を湛えると街側から正面なんでかなりインパクト高いスポットになりますよ。
Img_123900z 広坂交差点の正面から見るとこうです。
柵も作られそうなんで、あの石垣台の上まで登れそうです。だとするとそこから旧県庁や街方向を望めるんで、こりゃ人気でそうですね。



Img_123905z 宮守堀と一体の公園になるわけですが、堀の廻りには木製の柵が工事中。堀端まで近寄れないのはザンネンですが、これで全体の完成イメージがつかめました。
今でも香林坊から百間堀通りへの近道のように歩く人でこの後ろは途切れてませんが、地味ながらもホッとする空間がまたひとつ出来るようでとても楽しみです。
Img_123907z さていよいよ玉泉院丸へ乗り込みます。発掘調査が一段落したんで先週見学会がありましたが、雨で出不精で行きませんでした。S氏からもらった資料と照らし合わせて一人でゆっくり満喫することにします。

すでに見学コースが出来てて、玉泉院丸の中周辺を一周して歩けるようになってます。
Img_123920z 庭園時代に大きな池があったわけですが、かなり深くまで掘り進められた発掘で、大掛かりな池の遺構が出現したようです。石垣や玉石・景石、中島の跡など、意外にもはっきりと残されていました。
度重なる火災や、主のいなくなった外郭での繰り返された造成などが、明治の陸軍による埋め立てもからめ、層になって時代をも追えるようです。
しかしこの日はほとんどグレーシートで覆われてなにも見えませんね。
Img_123916z 玉泉院丸は、それを囲う石垣も多様で、泉水とともに石垣も庭の借景になっていただろうと云われるほどです。
最終的に庭園として整備されるようですが、この石垣の景観も充分満喫できるように復元してほしいですね。今のままでは立ち木が多くてよく見えません。
また、2014年度の北陸新幹線開業に合わせて暫定整備するようですが、広坂緑地や宮守堀のように、超中途半端にならないようにしてほしいと思います。
Img_123921z さて河北門の工事現場も寄ってみました。しかし見学路が取り払われ、中の様子がもう見ることができません。
白漆喰塗りなど外観もほとんど完了したことから、来週の見学会をもって順次覆いも外されていくようです。先週にはまだ中に入れたようで、やっぱりムリしてでも見学会に行くべきでしたかね。
かすかに無垢な白漆喰が見えるでしょうか。
Img_123926z 広坂まで戻ってきました。鯉喉櫓台石垣の道路からの高さがわかりますか。
右後方の辰巳櫓石垣とあわせて、金沢の新しいランドマークになること間違いなしですね。
河北門とともに、公開予定の来春がとても楽しみになってきました。


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