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2009年5月30日 (土)

金沢城の各工事現場、今日のレポート

Img_112704z 久しぶりに金沢城、宮守堀(いもりぼり)復元工事現場に来ました。ここでは、堀の兼六園側の端にあった櫓、鯉喉櫓(りこうやぐら)の土台であった石垣の復元積み増し工事が進められています。
明治末期に石垣上部が取り崩されで埋められ、6年前の発掘で発見された後、上部の石垣約240個は近くに展示されてました。このうち約200個を、今回の積み増しに再利用します。
写真の石垣にスジのように見える部分がわかるでしょうか。先年までその下は土で埋め戻され、今回以前の発掘した深さまで改めて掘りなおされました。
Img_112713z これが再利用する石垣の石材です。6月下旬から積み増し工事を始め、先ほどの高さからさらに3mほど高くなる予定です。
広坂という、21世紀美術館や兼六園の入口になる金沢の観光の中心部。そこに突如巨大な石垣の威容が姿を現すことになるので、新しい名所になるのは間違いないところ。
Img_112717z そのすぐ脇の、宮守堀、水堀化工事現場です。向こうの土壁の奥が鯉喉櫓台石垣になります。
だいぶん工事が進みました。この様子では、このむき出しの底部が堀の底になるようです。向こう岸の芝生を貼りつけてる面から想像すると、とても浅いですね。こんなもんなんでしょうか。
Img_112720z 首を右に振ると。実際の宮守堀はもう少し長く、旧消防署跡地近くまであったはずです。今はその手前を道路が横切ってるんで、社会資本を優先にしたんでしょう。
この水堀化復元は来年3月ころ完成予定。対岸の旧県庁の再利用工事とあわせて、来年度には新しい金沢の顔になる予定です。
Img_112722z さて城内を進むと、玉泉院丸ではもう埋蔵文化財調査の掘り起こしが始まってました。玉泉院とは二代前田利長の正室、織田信長の娘「永」のことで、利長亡きあとこの地の御殿に住んだことから玉泉院丸と称し、玉泉院亡き後は大きな泉水のあった庭園であったとされています。
多様な石垣群を借景にし、辰巳用水の水を引き入れたとする伝説の庭園の遺構を解明し、北陸新幹線開業前に暫定整備を目標に進められる埋文調査。都度の見学会などがとても楽しみです。
Img_112732z 河北門の工事の様子も見学しようと三の丸に足を進めると、先日から報道のあった石垣の雑草取り清掃の様子に出くわしました。この時期一気に伸びる雑草も、そんなに目に付かないと思ったら、こんな努力が裏にあるんですね。お疲れ様です。


Img_112736z 河北門復元工事の上屋の中に入ってきました。もう鉛瓦の葺き工事がここまで進んでいます。
前回GW中に見た屋根板は、その上に瓦を敷くんじゃなくて、半円形の棒を間隔を置いて這わして、その間に鉛板をはめているわけです。

Img_112741z ここでは金属を扱うので、板には平気で釘を打ち付けてます。大きく平たいタガネのようなもので鉛の形を整えていました。





Img_112738z このあと、半円形の棒状の板にも鉛を這わせて完成です。先端には加賀前田家の梅鉢紋があしらわれています。

6月中旬の見学会が楽しみです。
この後、夏に向けて土壁も斑(むら)直しが進み、今年中には白漆喰に壁面が覆われるでしょう。

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