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2009年3月 1日 (日)

金沢城河北門、復元工事見学会1

Img_107451z 土曜は仕事が終わった後、急いで金沢城へ駆けつけて、河北門復元工事の第二回見学会に参加しました。
この日は素晴らしく晴れ、金沢城の白漆喰に青空がとても映えています。ホントにこの冬も結局満足に雪が積もりませんでした。

Img_107453z 河北門全体を保護する巨大な覆いです。二階建ての櫓門である大きな二の門と、高麗門である一の門、枡形を囲う土塀と、河北門を構成するそのすべてが覆われ、さながら戦艦大和を秘匿した呉のドックのようですw。

Img_107456z 現在の兼六園側からの入口になっている石川門と、構成はほぼ同じながら、石川門よりひと回り大きくなる二の門はやはりデッカイです(2階床面積、石川門180㎡、河北門220㎡)。2階外側の見学台からは何度か見られても、中に入るのは初めてです。とてもワクワクしますね。Img_107459z
今日は事前申込の案内では定員50名でしたが、多くの希望者が応募したので全員受け付けたそうです。総勢110名ほどとなりました。そんなに中に入りきるのかと思いましたが、このあと皆さん入れてしまいました。
やはり年代的にはお年寄りが多かったですが、若い人たちもチラホラ。城マニアの友人S氏と合流して(僕らも若いほう?)、これから2時間、みっちり見学です。
Img_107470z 工事現場の真っ只中なんで、ヘルメットは必須です。よく人数分足りましたね。二の門の2階部分に集合ですが、110人しっかり入れました。それだけのキャパはあるんですが、思ったほど広くは感じませんでした。
数々の太い梁が縦横に天空を覆ってて、内部にいるとやはり迫力がありますね。
Img_107476z 櫓の周囲はすでに竹小舞が仕込まれていて、壁塗直前の状態。先月に見学したときはまだ全然だったはずなので、この日にあわせて頑張ったでしょうか。今日までに進捗率は55%、某社の影響か予定より1ヶ月近く遅れてるような気はしますが。
使われてる木材は、なるべく県内産をと、能登ひば(アテ)、杉で約61%。県外産は松と欅(ケヤキ)だけど、門下部の主要な部分と太い梁群のほとんどがそう。
Img_107481z しかし職人はほとんど、石川県内の人材で賄おうと。県が誇る文化財を県内の者で創られるようにと、先年菱櫓など復元のときも、若い県内職人を集め体験させ、そして今回は彼らが主要なメンバーになったそうです。「石川の伝統的建造技術を伝える会」がそのとき設立され、大工の石川県建築組合連合会を始め9つの団体が参加。彼らが入れ替わり立ち代り毎日平均80人が工事に携わっています。
Img_107488z さて、今から詳細な解説が始まります。この日はマスコミもいくつか取材に来ています。右下のカメラは北國新聞ですね。この場面が写真載ってました。僕は後ろにいたわけですが。そして、まさにこの対面で、NHKのテレビカメラが僕を捉えていたようです。真剣なまなざしで資料をにらんで正面を見据えた顔が、地方ニュースでドアップで映し出されましたw。今年もメディア露出は頻繁にありそうです。
Img_107493z ここで2班に別れて、先に左官工程の解説を。土壁塗りは二の門ではまだ始まってないので、竹小舞の説明と、あとはパネルで。そして後で石川門の修復工事の土塀で土壁塗りがされているので、実践はそちらをレポートします。
竹小舞に荒縄を巻きつけて、土の付きをよくするわけです。縄は外側にも、あまりを巻きつけて残してあって、土を塗ったあとで補強として埋め込むのです。下部は木材に穴を開けてはめ込む現代建築様式を避け、竹を斜めに切り落として空に浮かせ、水の溜まるのを防ぐ工夫が今回されています。
よく見ると所々の竹材が、樹脂のチューブになってます。コンセント用の電源ケーブルが仕込まれてるようですよw。
Img_107505z 木工事の説明では、ほとんどの木組みでは釘を使わず複雑な継ぎやホゾで組立、伝統工法が引き継がれているということ。
丸太を使った梁でも、柱の先では角材に仕上げて通してあるなど、重厚でも細かい職人の腕が培われているのがよくわかります。
安土城の模型でも参考になることがあるんじゃないでしょうか?
Img_107519z 複雑な小屋組みのひとつひとつに、梁や柱の名前が付けてあります。資料にも細かく図説されてるんですが、よくもまぁ昔の人はここまで作りましたよね。
この小屋組みは、完成した後でも天板が張られないので、このまま中から見ることが出来るはずです。ぜひ興味もってご覧下さい。
Img_107520z 全長27mの櫓に、そこを通す牛梁は当然継がれてるんですが、その一部に、実はこの場所の石垣に先年まで植わってた松材が使われました。それが他の部材と明らかに色が違ってるこれです。上を横に渡る二重梁の一本にも使用されましたが、リサイクルというか、所縁のものを使うという配慮だそうです。
さて、レポートも長くなったんで一旦切ります。

つづく。

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