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2009年1月 4日 (日)

「金沢は"城下町"じゃ」小京都にあらず

Img_70176s  地元の「北國新聞」に2年に亘って連載してた、北陸新幹線開業後の問題提起をした「ふるさと探査2014年」が年末に終わりました。そこで今年からはその北國新聞が出版してる雑誌「アクタス」で大西巷一が連載中の漫画、「おてんば珠姫さま!」主人公の珠姫が活躍?する、「金沢は"城下町"じゃ」が今日から始まりましたよ。
戦災に逢わずに、藩政期の遺構が街並の各所に反映している城下町金沢の魅力をあますところなく伝えてくれる、新聞一面にデッカク載ってる連載コラム。第一回は金沢の街に二重に張り巡らせていた惣構堀という金沢城の外堀機構。今でもその七割方が残ってますよ。

珠姫とは、前田家三代利常に幼少から嫁いだ、二代将軍秀忠とお江与の娘のこと。漫画ではまだまだ子供でおてんば振りを発揮する元気なお姫様を演じてて、コラムでもその調子で読者に金沢の歴史を教えてくれるみたい。
珠姫が言うには、城を中心として、堀と土居で防御された遺構の残る金沢の街は、京都とは全く違う武家の街じゃ!ということ。小京都と言われる面々もいらっしゃるがお門違い。
写真の「加賀国金沢之絵図」でもその構造ははっきりお分かりいただけるでしょうか。

これから珠姫がどんな金沢の魅力を伝えてくれるのか、連載が楽しみになってきましたよ。

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コメント

このブログの、2008年5月の記事に、まちしるべ標柱レポートに「茨木町」を載せています。よろしかったらご覧ください。

投稿: joker | 2009年4月16日 (木) 19時24分

「茨木家とは、鱗町近くの茨木町の所縁の家ということでしょうか。」

そうです。

昔は色々とあったみたいですね。本当は自ら金沢へ行って色々と調べたかったのですが、日本にいたおりには仕事で忙しく、現在はスペインに住んでいるので、金沢がますます遠くなってしまいました。

祖父の故郷のお話、これからも楽しみにしております。

投稿: Murasaki Shikibu | 2009年4月15日 (水) 22時03分

MurasakiShikibuさん、コメントありがとうございます。
茨木家とは、鱗町近くの茨木町の所縁の家ということでしょうか。歴史を感じますね。お家騒動ということも、すごいお話です。
また金沢のことを書いていきますので、遠くからぜひごらんください。

投稿: joker | 2009年4月14日 (火) 18時56分

母方の父は金沢の出身で、養子に出される前は茨木家の長男でした。尾山神社ができた当初はこの祖父の祖先が寺社奉行を勤めていたと聞きます。茨木家の初代は前田利家の小姓組に7歳(?)で入ったそうです。祖父は1899年12月生まれで、もう亡くなりましたが、幼少の頃のお家騒動のためかなりさびしい思いをしたらしく、「家」というものを嫌い、そのため、当家の墓所には○○家と刻まれた石はなく、ただ「墓」と記されています。

投稿: Murasaki Shikibu | 2009年4月11日 (土) 18時03分

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