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2009年1月24日 (土)

09年、鉄の始まりレポート 1

Img_104862z また寒くなってきましたね。外は久しぶりに雪が積もりだしました。今週末はおとなしくしてますんで、今年に入って2回出かけた関東への、鉄道レポートをやっとたっぷりアップしたいと思います。
最初は10年ぶりに乗った「能登」。自由席だったんで489系トップナンバーの先頭車に座りました。金沢駅のホームはなにしろ暗いんで、写真写りも悪いんですが、さすが上野駅に着いたら明るいホームで色温度も正確に撮れました。
Img_104863z 出発のときは5分ほどしかタイムラグのない「北陸」と、上野に到着すると20分も早く着いてしまうんですね。そのため「北陸」が6時19分に着くころには、折り返しの準備の出来た「能登」はさっさと尾久へ向けてホームをするするっと滑り出してしまいます。両車を一緒に撮るチャンスはほんの一瞬です。だから明るい上野駅で「能登」をじっくり撮るためには、それこそ「能登」に乗るしかないんですw。
Img_104872z 上野駅地平ホームには、東北地方からの出稼ぎや集団就職などで賑わった往時をしのぶ、石川啄木の歌碑が今も健在です。
「ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを 聴きにゆく」

これだけ足繁く通ってるんだから、僕も一句ひねってみたくなりましたよ。

「ふるさとと 鉄路がつなぐ 江戸の朝」
Img_104877z そろそろ「北陸」が到着してきました。直流路線を長岡から走ってきたEF64 1053は、最近の希少となったブルトレを慈しむ時流に乗って、大宮から出場してきたばかりなのか、ものごっつピッカピッカです。この早い時間に上野で見られるブルトレは「北陸」のみ。どうも連日、たくさんのカメラマンが待ち構えるようになりました。
Img_104882z ほら、これ、見てください。この角度だけでこんなに居るんですが、列車正面や別角度をあわせると、60~70人くらい居ます。朝の6時20分です。大げさではありませんw。僕自身はもう何年もこうやって江戸へ通って?るんですが、年々増えてきましたね。撮り「鉄」だけじゃなく、一般の人たちもノスタルジーと希少性を感じて駆けつけてるんじゃないでしょうか。まだ廃止なんて全然決まってないのにw。まだ当分「北陸」は需要があるので大丈夫ですよ。
Img_104887z この日は三郷へ行くのに武蔵野線に乗りました。沿線は放射状の路線を横断する郊外路線なので、都市部と拓けたところとが繰り返される感じでめまぐるしかったですね。こうやって路盤に立ち枯れた雑草もはげしく茂ってますし。
山手線から駆逐された205系のこれは5000番台?関東近郊は、地方者からするとどこも似たり寄ったりなんですが、やはりちゃんとそこここの"色"というか"空気"が違う感じがするのが、ようやくわかってきましたよw。

では次は11日~のレポートです。

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コメント

「富士・はやぶさ」は、着後の10時ころも、出発前の夕方のも、東京駅で見た、というか撮ったことがあります。そんなにボロボロではなかったような記憶があるけど。
これでとうとう、北陸スジと東北線しか、寝台列車が無くなってしまいますね。トワイライトエクスプレスにしろ、当たり前のように視ている今を大切にしたいです。

投稿: joker | 2009年2月 3日 (火) 00時12分

ある意味、『憎き新幹線』とでも言うんでしょうか…。
新幹線の発達・エリアの拡張=在来線特急・寝台列車の乗車率激減による廃止
的な方程式がありますからね。
僕の居る播磨地方も、新幹線が東海道区間のみか~岡山開業時代には
地元でも、この489系とそっくりな『鷲羽?』だとか『こだま』等、九州直通や
宇野線宇野駅(備讃連絡船利用者の為の)行特急電車が走ってたみたいです。
岡山地区のキハ181系に関しては、備讃連絡船フェリーにそのまま乗車して
高松へと送られ、そこから予讃線を走って松山や途中から土讃線に入り高知へ
向かってたとか。

3月には、いよいよ我が東海道・山陽本線を走り九州へ向かうブルートレインが
全廃します。あの『富士・はやぶさ(通称:富士ぶさ)』ですが、確か…広島~名古屋間
ノンストップで深夜を走るタイムスケジュールだったんで、最後だけど
見に行く気になれません。深夜の2時3時辺りに地元を僅か1分もない時間で
目の前を通過する姿は…ちょっとね。
『なは・あかつき』は朝の通勤時間帯辺りに姫路駅に停車するんで楽勝ですがね。
暫定で西の新幹線が鹿児島中央まで途切れない線路で結ばれるのは嬉しいこと
なんですが、高度成長時代の宝というか、動く重要文化財的な0系新幹線や
ブルートレイン車両が失われることは、非常に悲しいです。
『なは・あかつき』のラストラン数日前に撮影に行った時、ブルーの寝台車は
大半が廃止を見込んで痛々しく塗装が剥げ落ちた保存状態最低の車両が走ってましたが
『富士・はやぶさ』のラストランへのカウントダウンで走る車両はそんな事が
ないように祈ってますが…東南アジアへの良質寝台車両の譲渡や、現存する寝台列車
(jokerさん愛用の『北陸』や『日本海』)への車両組み込みで、たぶん2~3編成しか
残ってないんで、おそらく超ボロ車両で引退後廃車を見込んで走らせるでしょうね…。

投稿: ナベちゃん | 2009年1月26日 (月) 11時43分

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