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2008年11月20日 (木)

新「南町」探訪会

Img_102084z フォーラムが終わったあと、参加者を半分の50人にして、南町探訪会に出発しました。前石川近代文学館長の香村幸作氏を先生に、新しい南町を一周します。こういった歴史探訪のイベントに常に参加されてる方も多いようで、先生は「私が解説しなくても充分ご存知の方の顔も何人もいますなw」。僕のようなサラリーマンの若輩者には真似できませんな。
Img_102090z 南町とは、金沢城が加賀一国を治めた一向宗の拠点「尾山御坊」のころからの寺内町で、御坊の南にあったことからついた名です。前田利家が入城し金沢城になり、城の西側に移転されても「南町」の名は残したまま、城下の中枢を形成する町の格付け最高位の「本町」のひとつであった最も古い町のひとつでした。
天保年間・大正時代・昭和初期の古地図のコピーを見ながら、狭い路地を大集団でそぞろ歩く探訪会です。
Img_102093z 文化ホールの裏です。明治期になって、このあたりにはりんご畠が作られ、長野、青森に負けないくらい古い栽培地になる可能性があったそうです。しかしうまく育たず断念。このお宅に唯一、カイドウリンゴという2~3センチのかわいい実がなる当時からのリンゴの木が残されていました。
江戸期の金沢の古地図、特に今回参考にした天保年間の金府大絵図は、その縮尺の正確さも一級品で、長い距離間でも数メートルしか狂ってないそうです。江戸期から太平洋戦争にかけても一度も戦災に遭ってない金沢では、古地図と近代・現代の地図を重ねても、道路がそのまま残っているのが多く、かつての場所が特定しやすいのです。
Img_102094z 表通り、国道157号線に出ました。今も昔も商店・事業所のビルが建ち並ぶ、金沢のビジネス街の中心です。なぜここに企業が集まったのか、実は正確な理由は定かではないといいます。南町交差点ですがしかし、このすぐ北側はもう上堤町(予定地)です。
Img_102097z 南町バス停です。バス停があるので最近までてっきり南町の町名は現行だと思ってました。金沢のバス停は古い町名を名乗っている箇所がたくさんあります。それも町名復活の呼び水になっているかも。
そんな金沢でも、実は2エリアほど、昭和30年代の新住居表示に反対して旧町名が残った区域があります。当時の政治力もあったんでしょうか。片町の隣、大工町から池田町・水溜町・里見町・杉浦町あたり一帯と、日吉町・折違町・柳町・玉井町・木の新保町など金沢駅周辺です。
Img_102099z 尾山神社の前、「南町」のまちしるべに来ました。[旧]の字が埋められ、新しく「南町」だけとなりました。先々週埋めた部分にカバーされてたやつです。旧町名が復活しても、「旧」文字を埋めただけで、しかも色も違ってわりと目立ったままなのが不自然に思ってましたが、単に予算をケチっただけでなく、「旧」だったのがなくなって復活したんだぞ!というのをアピールするためだという、市長の深謀遠慮の結果だそうで、それは恐れ入りましたww。
ここんとこ、取材に来てた北國新聞のカメラに写され、新聞に写真が掲載されてしまいました。フォーラムの写真とともに、僕の後姿が載っかっていますw。
Img_102102z 尾山神社の境内で、ひととおり解説後解散です。小一時間ほどでしたが、気がつくとあたりはもう薄暗くなってきました。北陸の晩秋は日が落ちるのが早いです。
この尾山神社は、正確には旧金沢城内であったここ金谷出丸に、明治6年に藩祖前田利家を祀るために建てられました。なので江戸時代にはなかったのに、よく小説で書かれることがあるようです。
Img_102105z 写真の神門は、明治8年に造立され、オランダ人による設計ですが津田吉之助によって建てられた、和・洋・唐様混在の珍しいデザインです。
見えるように、避雷針が立てられた日本最初の建造物で、重要文化財に指定されています。城の出丸ですから一段高いところにあり、往時は海からの灯台代わりになったともいいます。
夕方5時にちょうどなりました。ステンドグラスの中から明かりが点ってきましたよ。







Img_102106z_2 数分で明るくなりました。水銀灯でも入ってるんですね。こんなちょうどいいタイミング、偶然でも初めて見ることが出来ました。
曇ってますが、一日なんとか降らずにもってくれましたね。充実した、金沢の再発見のできた休日でした。












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コメント

jokerさん、コメントありがとうございました。つまり江戸中期以前の地図と言えるものは、ないということですね。江戸中期のものは金沢市で販売しているのも分かりました。色々とありがとうございました。後日少し高いですが、買いに行こうと思います。

投稿: ゆうた | 2008年12月 5日 (金) 18時58分

ゆうたさん、コメントありがとうございます。
古地図は江戸・東京のものが多く復刻され、僕も大半は東京のものをもってるんですが、他地域のものも含めて、人文社、古地図史料出版などから多くが出ています。

さて金沢ですが、古いものとなると、金沢市史の資料編18、絵図・地図 が金沢市から発売されています。江戸中期から明治期に至るまでの、金沢城下や金沢城図、加賀国図や辰巳用水絵巻など全部で30枚ほどの、バラエティに富んでいる資料です。購入時に、順次ブログでご紹介しようと思ってましたが、なかなか作業はすすみませんでしてw。しかし現在これは、金沢市役所の2階へ行くか、市に問い合わせないと買えません。7,000円です。
他に、刊行社から「かなざわ復刻地図」が発刊され、昭和29年の旧町名の金沢の市街図が、現在の市街図とともに発売されています。1,500円です。
また、変遷を見るには、僕のような地図フェチの聖地、日本地図センターからの、「地図で見る金沢の変遷」があり、明治42年、昭和5年、30年、45年、平成6年の、1/25000地形図から起こした地図がセットで発売されてます。これは3,000円です。

こういったところでしょうか。

投稿: joker | 2008年11月29日 (土) 01時44分

masaruさん、新聞見ました。お恥ずかしいですね。今年これで4回も載っちゃいましたよw。

masaruさんの白山での活動のほうがすばらしいですよw。写真集もすごいですね!

投稿: joker | 2008年11月29日 (土) 01時22分

はじめまして。金沢市に住むゆうたです。古地図のところをざっと読ませて頂きました。出身は県外ですが、大学より金沢中心で活動しておりましす。近々マンションを買い、今後ここに骨を埋める気持ちでおります。それと同時に金沢の歴史を深く勉強したくなりました。特に古地図には興味がありますが、可能なら江戸時代以前よりその地図における変遷を知りたく思っております。果たしてその欲求を満たすにはどうしたら良いでしょうか。何卒ご指南を宜しくお願い致します。

投稿: ゆうた | 2008年11月28日 (金) 22時11分

今朝の北国新聞に、手元にカメラを置いたお姿がばっちり載っていましたね。あなたの行動力を見習いたいものです。でもやっぱり自分には無理ですが…

投稿: masaru | 2008年11月28日 (金) 20時05分

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