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2008年11月 9日 (日)

金沢城本丸に、最古の庭園跡を見た!

Img_101432z_2 今日は金沢城に、発掘調査の現場説明会に行ってきました。
河北門の工事や石川門の修復と、あちこちでなにかと工事中の金沢城ですが、ここでは何の発掘かというと、本丸の北の端で、江戸時代初期の遺構が発見されたということなのです。
江戸時代中に数次にわたって造成されていたこの地点は、明治に入って陸軍の手によって写真のように切り通しにされ、弾薬庫になってました。
Img_101551z_2 そのためこの崖面を少し掘るだけで、江戸時代の造成の様子がまるで地層のように明確に判別できたというわけです。
するとここは三代前田利常のころの元和期には、庭園だったということが判りました。



Img_101426p 写真の大きな石は、その大きさやしわの景色などから庭石と予想され、一帯は池だったと見られます。
元和6年(1620)の本丸大火後に造営され、寛永8年(1631)の城下をも巻き込む大火後には再普請で埋め立てられ、わずか10年ほどの間の庭でした。
Img_101428p その後二の丸に御殿が造られたので、金沢城本丸は政庁としての機能を失い、現在は深い森になって自然保護の観点から発掘調査はなかなか進まず、金沢城の中でも特に謎に包まれたエリアになっています。早い時期に焼失した天守も、厳密に言えばどの位置に建っていたか詳しいことはわかっていません。
Img_101439z 発掘で発見された人工の石材です。落葉の季節なので横の松葉やケヤキ?の葉は大きさ比較のためではなく偶然にハコに落ちましたw。
今日の説明会の情報は地元新聞に載ってましたが、教えてくれたS氏は到着がギリギリだったので、石川県金沢城調査研究所の方の説明が一通り終わってから落ちあいました。

この後河北門の工事の様子や昨日から公開してる石川門の中を見学に行きます。

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