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2008年11月18日 (火)

初の山口へ出張旅行4

Img_101920z さて山口のレポートも最終回です。萩では松本川の東岸、松下村塾一帯に来ました。松下村塾のホントすぐそばに、伊藤博文の旧宅があって国の史跡になっています。その隣の敷地は公園で博文の像が建っています。これは萩焼でつくられたいわば[陶像]。とても珍しいですね。小振りにも見えますが実際これくらい小さい人だったそうです。
Img_101922z こちらが旧宅。茅葺の小さな家ですが、7室もあります。ただの古い民家なのに、国の史跡にまでなるのは、初代総理大臣の家だからでしょうが、にしても萩は偉人の生家や旧家が多いですね。生家が残されるというのは、単なる歴史上の人物というより、先時代の権力者という部分も多分にあると思います。指定が昭和7年という戦前であることもそう思えるフシのひとつです。
Img_101925z [長州ファイブ]という案内板もありました。
文久3年(1863)に長州藩の後押しでイギリスに密航留学した若い5人を、現在イギリスでも顕彰してそう呼ぶそうです。
伊藤博文・井上馨・山尾庸三・井上勝・遠藤勤助ですが、何人知ってますか?
クールファイブみたいな呼び方も初めて知りましたが、この密航が秘密裏に許可されたものなら、吉田松陰の捨て身の密航未遂はいったい何だったのか!と無念に思いますね。
Img_101931z 伊藤博文旧宅に隣接して、明治40年に東京に建てた別邸の一部が移築保存されています。広大なはずの別邸すべてでなく、玄関、大広間、離れ座敷の3棟を改造接続したものですが、その造りは有名な宮大工の手によるもので、精緻な造りや意匠が施されていました。
ここのボランティアガイドのおじいさんが、わりと熱心に解説されるので有名らしく、ガイドさんたちは常にここで時間オーバーを気にしなきゃいけないそうですw。
Img_101938z さて松陰神社の敷地です。ここには松下村塾もあります。
松陰の有名な辞世の句?である、「親思ふこころにまさる親ごころ けふのおとづれ 何ときくらん」の歌碑があります。
松陰の短くも波乱に満ちた一生はそれだけで大河一作にも匹敵しそうですが、みなもと太郎「風雲児たち」愛読者としては、早く松陰のクライマックスを読みたいものです。
Img_101942z 松下村塾全景です。「風雲児たち」で予備知識はありましたが、わずかの小屋を改造したところから始まったといいますから、想像のとおりとても小さく質素な建物です。ここのわずか2年半の間に、明治維新の立役者や新政府に活躍した多くの逸材が出たわけですからオドロキのものです。
Img_101945z この8畳の講義室からすべては始まりました。こうやって外から開け放しで見通せるわけで、今日は天気がいいからいいようなものの、悪天候だと中の畳や調度が湿気でやられないか心配です。
ここでガイドさんも言わなかったエピソードを、「風雲児たち」から引用。この建物は、門下生が増えたので増築したわけですが、松陰が門下生とともに増築工事中、屋根上から漆喰塗りしてたある門下生が、あやまって土を上から落とし、下を通りかかった松陰の顔を直撃してしまいました!
しかし松陰は怒るどころか、「ホントに師匠の顔にドロを塗った!」と大笑いしてウケたそうです。その後事あるたびにそのことを言いふらして、真面目一辺倒の松陰唯一の愉快な出来事として記録に残っています。
Img_101949z 隣接する松陰神社です。というか松下村塾を含む広い敷地が、松陰を顕彰して山口県から神域として奉納され、明治40年に伊藤博文他の手によって神社として祀られました。やはり日本人は、偉人となったら神として祀られるケースが多いですね。東京の東郷神社や乃木神社も行ってきました。往時はこのあたり畠だけだったらしいですが、今や一大観光エリアです。
Img_101956z さてそろそろ萩を離れますが、山口県のガードレールはそのほとんどが、こういうオレンジ色に塗られていました。注意喚起のためと思ったら、特産の夏みかんをイメージしたものらしく、条例で県管理の道はすべてこの色になってるようです。
今度山口に行くことがあったらぜひ注意してみてみてください。
Img_101960z ようやく丸二日間の長旅も終わりが近付いてきました。といっても帰宅まではまだ5時間以上かかります。旧小郡新山口駅まで来ました。ここから新幹線に乗って新大阪まで戻ります。新幹線ホームから広い在来線ヤードが一望なので、思わず撮りまくりです。
Img_101963z 新山口は山口線の基点の駅。山口線用のキハ40系も集結してるようです。
今回は山口市内は行くことが出来ませんでした。山口線はSLやまぐち号でも有名で、SLにも一度乗ってみたいものです。


Img_101986z N700系のぞみ44号が入線してきました。小郡時代は重視されてなかったこの駅も、県庁所在地の一部になったとたん、のぞみが12往復も停まるようになって、山陽新幹線沿線の各県に必ず停まってるわけで、山口県の面目も施されたことでしょう。

Img_102048z 薄暮の中、入線してきたN700系のえも言えぬ先頭車の微妙な曲線フォルムが、屈曲した光のラインも鮮やかに描いて、神々しくも美しく見えたのはひいきスギでしょうか。今回0系を見ることあたわずだったので、せめてこの未来の車両を堪能することにしましょう。
あぁ、言い忘れてましたが、行きで広島から新岩国まで100系こだまに乗り換えましたが、あの旧グリーン車の深いシートにはビックリしました。ぐっと沈み込むあの感触は、長く乗っていたい、という落ち着き感をかもし出しますね。かなりいいです。全シートあれにすればいいのに。
Img_102052z 帰りの車窓から、徳山でのコンビナートの夕景です。失敗しました。全く準備してなかったのでシャッタースピードを設定できませんでした。
今回の狙いのひとつに、工場を撮る!というのを想定してて、製紙工場は内部撮影禁止で、宇部の夜はセメント工場では光ってないだろうしと、半ばあきらめでしたが、ここでこんなシチュエーションが用意されているとは。徳山のコンビナートは美しいと思ってましたが、新幹線の車窓ではいいロケーションないだろうと思って心積もりしてませんでした。肉眼では夕闇せまる瀬戸内と、金属がライトに輝く構造物とのコントラストが、北陸ではなかなか見ることの出来ない情景となって、この旅行最後にプレゼントしてくれたおみやげに思われました。しかし撮れなかったのはザンネンな心残りです。

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コメント

今回はプライベートではないので、さまざまな制約があると思い、鉄撮りも真剣に準備はしませんでした。座席にしても取引先が用意したものですから、帰りに海側に座れたのも全くの偶然です。
しかしそれにしてはあまりにも、薄暮の湾岸のコンビナートという美しい図を突然目にして、慌てないではいられません。スピードは緩まってたとは思いませんが、案外に長くその車窓が続いたので、最初あきらめてたのにおっとりカメラを取り出し、そのままオートで撮ったのでブレブレになりました。
まぁプライベートならそんなヘマはせずにいこうと思いますけどw。久しぶりの山陽新幹線で、広島-新大阪間など一瞬でしたね。太平洋ベルト地帯の優遇さを、改めて実感しましたよw。

投稿: joker | 2008年11月22日 (土) 00時25分

徳山を通過する時は、全列車が必ず大きくスピードダウンしていたと思いました。
なので、急いでカメラを取り出しても撮影する時間に僅かながらも余裕があったのでは
ないか?とも思われます(笑)。

山陽新幹線では、いわゆる『新!新幹線』というキャッチフレーズのダイヤ改正にて
岡山以西へ向かう東京からの『直通ひかり』が無くなり、700系やN700系を用いた
のぞみが大増発されました。
それまで、広島行きや博多行きの似たような停車駅で700系を用いた『ひかり』の
運用が沢山あったんで、『のぞみ』として登場して姫路・福山・新山口に停まる
ようになっても、感動はほとんど無かったですね。
でも、N700系が地元の最寄新幹線駅の姫路に停まったのを初めて見た時は
感動が込み上げました。まぁ、『新!新幹線』ダイヤ改正の影響で、全ての『ひかり』も
姫路駅に停まるようになりましたし。それまでは恥ずかしながら、レールスターも
半数近くが姫路を通過してたんですよ(笑)。岡山行・広島行の『ひかり』との調整で。
現在も、東京からの直通『博多行』や新大阪発博多行の『500系のぞみ』は、
姫路駅を停車しません。こちらは『ひかり』『こだま』が姫路で待避しますんで…。

jokerさんも、『100系こだま』のあのシートに驚かれましたかぁ~。
僕も姫路から新倉敷まで乗った時には、本当にびっくりしました。
500・700・N700系とは違ったグリーン車の座席の質感で、沈み込む感じが
本当に凄かったです。500系とは微妙に似てたかも…(笑)。
その新倉敷へ向かう時に、岡山駅で30分近い待ち合わせを喰らいましたけどね。

0系は、今の運行時間帯は早朝と夜中メインです。
夕方に岡山から博多へ向かう便が1本ありますがね。
そして、夜中となると、博多発岡山行の16両編成(のぞみ仕様)の『500系こだま』
が走ってます。あと、午後になると700系レールスター仕様の『こだまレールスター』も
最近ではよく目にするようになりました。
以前は九州地区や山口県・広島県内の山陽新幹線区間でしかお目にかかれませんでしたが。

あと、山口県内の山陽新幹線区間では、世界最速の営業スピードも出しますが、
JR西日本の新型車両のTest Runも行ってますよ。
デビュー前の500系もTest Runしてたし、最近ではN700系改の九州新幹線直通車両の
Test Runも始まってます。まぁjokerさんの時間の都合もあるんで、目撃するのが
難しかったのでは?とも思いますが。

自分の東海道・山陽新幹線の乗車記録は…区間で言えば東京~広島間でして、
乗車した車両は、0系・100系・300系・500系・700系(RS含む)・N700系です。
うち、普通車指定席に乗ったのは700系・700系レールスターで、グリーン車指定席に
乗ったのは、500系・700系・N700系です。グリーン車を使用したのは全て
jokerさんが知ってる江戸遠征でですが…(笑)『新!新幹線』時代突入前に
比べて、グリーン車も一般にだいぶん受け入れやすくなって、価格も下がりましたよ。
日帰りの江戸遠征では、日帰り出張のビジネス客で満席の普通車自由席より
あれだけの長時間を新幹線の車内で費やすし、ゆとりが欲しいんで、グリーン車は
ほぼ必要不可欠です。新大阪~東京のビジネス客の乗車率は、ほんと半端なものじゃ
ないですよ!!だから、東海道新幹線は朝のラッシュ時はJR神戸線より過密な○分単位で
新幹線が走ってるんですよね。

投稿: ナベちゃん | 2008年11月19日 (水) 11時09分

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