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2008年11月23日 (日)

日々進む景観整備

Img_101196z 先日の寒波で、北陸でも早い目の積雪があってあせりました。冬の準備はまだ誰もしてなかったくらいで、車もこの連休にスタッドレスに換えなくちゃ。けどミゾがつぶれてるので新たに買う必要があり、ここんとこの資材高騰でタイヤも例外なく、結局なんやかやで5万近く掛かってしまいました。22日は他に、通院で1万、書籍で6000円、そして某PCで35,000円と、10万ほど出費。またも江戸が遠くなりましたw。
Img_101290z それで23日はおとなしくしてるんですが、先日来のことをあれこれ。金沢城石垣回廊が、現在尾山神社である金谷出丸との間の鼠多門周辺の市道の部分まで完成。最初の写真の玉泉丸石垣の下部にも歩道ができたようです。ようですというのは、まだ行ってないからで、金沢の天気もいよいよ冬モード、冷たい雨続きで外歩きは思うにまかせません。
だもんで先月に城歩きしたときの写真で濁してますが、尾山神社の前の用水を開渠化したあとの写真を。戦後にここ一帯はかなりの距離ふさがれたんですが、最近のこまちなみ保存事業の一環で、金沢の歴史的景観のひとつである各地を流れる用水を再び見えるようにしようと開渠化工事が進んでいます。
しかし結局数メートル分のわずかな長さ。橋というほどのこともありません。
Img_101288z そこでこの用水についての解説板があります。しかしこれも、尾山神社に向けて正面にあるわけでなく、尾山神社側からしか見ることが出来ず、さぁ今から、と尾山神社に来られる人には気がつきません。
そして、「辰巳用水」と表記してあるのも問題視され、物議をかもしました。
用水が出来たときは、「西内惣構堀」とされ、辰巳用水完成後は、その水の一部がここに流されたことから、辰巳用水の分流扱いになったわけです。
Img_102109z 結局、「西内惣構堀」跡、と修正されることになり、先日の南町探訪会のときに確認しました。写真は一緒ですが、説明文はかなり変更されてましたよ。

それと、主計町から登る小さい坂に、「暗がり坂」と「明かり坂」がありますが(作家の五木寛之氏が命名)、暗がり坂だけだったまちしるべの石碑が、明かり坂にも先日設置されました。これも近いうちにチェックしに行かねばなりませんw。金沢の歴史的景観保護のための整備は、日夜進んでいるんですよ。

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