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2008年10月11日 (土)

4年ぶりの金沢総合車両所公開! 3

Img_100708z またも平日がすごく忙しくなってしまったので中断してましたが、松任本所レポート再開です。
工場内を一通り廻ったあと資料館に来ました。懐かしい写真パネルや模型、特急のヘッドマークなど展示してあります。明治時代からあった国鉄の工場なので、戦後の上空からの航空写真でも、周囲は田圃ばかりなり、でした。地域の方々の誇りや期待が当時なら特に深かったろうと想像できます。
Img_100710z 昔の優等列車のパネルです。寝台特急「日本海」「トワイライトエクスプレス」、夜行急行「きたぐに」は今でもありますね。
昭和40年代までは急行が隆盛、「立山」「加賀」は覚えがありませんが(そんな昔から遠出してないし)、「くずりゅう」は記憶がある、最後まで残ってた北陸本線の昼行急行です。パネルにはいませんが。
Img_100711z 夜行急行「能登」と特急「白山」のヘッドマークです。大型なのでボンネット型専用ですね。「能登」は今でも現役で、毎晩金沢駅で489系の鼻先で光っています。
「白山」は、そのルートを踏襲する北陸新幹線の金沢行列車の名前としてぜひ復活してほしいですね。よほどのことがない限りこれに決まるでしょうが。
Img_100713z 列車にはめられていた行先サボです。
上段の白いのは車両の乗車口脇上部の枠に、横スライドして取り付けるタイプで、裏返すと別の行先が書いてあります。
中段のは、昔の客車の中央窓下に、吊り下げるタイプで今はほとんど見かけませんね。
昔金沢駅が地平ホームだった頃、改札入って右すぐの七尾線ホーム脇に、このサボがまとめて立てかけてある棚があって、いろんな行先の表示を見てとてもわくわくしてた覚えがあります。今鉄道グッズショップでも置いてますが、ホンモノは1万以上しますしね。いつかは気に入った行先のをゲットしたいです。
Img_100714z 国鉄時代の松任工場で改造や修理の終わった車両に取り付けられるプレートです。
ちゃんと年号も入り場所もわかるので、どこの駅で見かけても、車籍はどこかわかるものです。まぁ車両に直接「金サワ」とかペンキされますがね。
「日本国有鉄道」のプレートは、以前国鉄共済の施設で購入しました。今でも京都の梅小路機関車館とかで買えるのかな。ずっしりと重い鋳鉄製です。
Img_100715z いまはなきw、輝く「JNR」マークプレートです。これが485系の先頭に燦然と光ってた車両を見ると、旅への期待感となにか誇らしげな気分になったものです。祖父が国鉄マンだったこともあったでしょうか。僕もそのうち、と思ったらなくなってしまいましたw。
Img_100716z 松任工場に入場してきた蒸気機関車をはじめ往時の車両たちの写真です。北陸本線の様子もあります。
国鉄OBでしょうか、お年寄りたちが当時のことを話されながら、写真を見て盛り上がっています。車両所公開は、こういった方々にとっても貴重な機会なんですね。4年ぶりに開かれて、喜んでる人たちは大勢います。JRも心してほしいですね。
Img_100824z グッズ売り場にて、思わずいろいろ買ってしまいましたが、複製のものはそりゃ安いですが、ホンモノでも欲張らなければ手ごろな価格で買えます。
中央の鉄製の号車札と、右の運転士が持つ運転時刻表はモノホンです。ある日のその列車運行のスケジュール表で、着発の秒数、駅間の制限速度までしっかり記載されてます。

久しぶりに「鉄」に染まった日でしたが、まだ午前中。そうだ、高岡へ行こう!
つづく。

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コメント

回転式種別表示では、これも小型複製ですが雷鳥タイプのがありますよ。サボは残念ながらホンモノは持っていません。
祖父の思い出の品としては、なにやら勲章めいたものが手元にいくつかあります。
戦時中、甲府駅駅長をしてたくらい古い人なので、家を建替えたときに、名古屋駅竣工記念の素焼きのパネルというのが出てきました。しかし戦前ですから前の前の代のやつかも知れません。これも紛失してしまいましたが。
数年前の祖母存命のときまで、国鉄のカレンダー(JRになってからは鉄道機構の)が毎年届いてました。
祖父からは貴重な鉄道話をたくさん聞きたかったですが、僕の生まれる前に他界してます。

投稿: joker | 2008年10月14日 (火) 00時49分

僕は、223系と683系の回転式種別表示が欲しいです。
あの『新快速』ロゴや『サンダーバード』ロゴは、若干斜めに向けてあって
尚且つ文字の細部に亘って模様を付けて、速さをイメージしたデザインに
なってますからね。

『能登』といえば、寝台特急『北陸』と全く同じルートを、似たような時間帯に
上野へ向けて走る夜行急行列車でしたよね。
金沢行は時間帯がずれますが、上野駅の東北・高崎線の優等列車の
行止り式の特別なホームに『北陸』ならお尻からバックで入線してきて、
ブルートレインの帯の色やカニ24系電源車でない部分でも違いますが、一見
『北斗星』とも間違えそうです(爆)。

鉄話なだけに…コメントの内容が脱線してしまいましたが(笑)、北陸鉄道の歴史の
思い出として、jokerさんはサボは何かゲットされたんでしょうか?
岡山のお祖父さんの遺品整理中に、時効ですが国鉄時代の制帽とか、新幹線用?の
大きなレールの文鎮というか錘とか国鉄車掌現役時代の写真とか出てきましたよ。

地元・加古川でも、加古川駅高架化完成記念イベントで、国鉄の前の
山陽鉄道?時代のパネルとかも展示されてたのを見た覚えがあります。
隣町の高砂という町に軍事工場があった影響で、後の国鉄・高砂線となる
路線があったんですが、僕が幼い頃に廃止されました。その高砂線が走ってる
姿とかもパネルで残ってましたよ。
高砂線現役時代に、父親の車に乗って国道2号線を走ってる時に、DE10らしき
ディーゼル機関車がワムの貨車や小型のタンク車とか繋いでオーバークロスして行った
光景を今でも覚えてます。とても懐かしいですし、jokerさんにも是非
見てもらいたかった加古川に昭和の鉄道史が集中した年頃でした。

投稿: ナベちゃん | 2008年10月13日 (月) 10時12分

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