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2008年10月14日 (火)

誕生日に、金沢総合車両所見聞録1

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今日は14日、鉄道の日ですね。鉄に染まった週末のレポートの続きです。
12日の本当の目的は「鉄」撮りにあり。金沢総合車両所に行くのに東金沢駅へ降り立ちました。金沢には珍しいすがすがしい青空の秋の休日に、列車も鮮やかに写るでしょう。
Img_100831z 東金沢駅と金沢駅の約3kmの間には、広大な金沢総合車両所の車両基地と金沢貨物駅のコンテナヤードがあります。
北陸本線の本線は現在、その車両基地と貨物駅との間を仕切って縫うように通っていますが。

Img_100843z 以前は別のルートを走っていました。そこは・・写真の右に見えるように今は北陸新幹線の高架が通っています。そう、新幹線のために、一番素直に通れる道を譲ったわけです。
そのためこの東金沢駅も、元の場所から海側に100mほどずれたこの位置に新しく造られたのです。
Img_100840z しかしおかげで、しゃれた新しい橋上駅舎になり、線路の南北も自由通路で交流でき、元の駅のあたりは広場や駐車場になって付近は明るい雰囲気に様変わりしました。
階段がかなり広い幅になっているのは、近くの学校へ通学する学生の利用も多いからで、新幹線効果はもうこういったところに顕れています。
Img_100851z コンテナヤードをバックに本線を走りぬけるサンダーバード。厳密にはコンテナヤードとはもう言いませんが、うちに入荷する前の留置きコンテナがこの中のどこかにあるはずですw。
コンテナはかつて荷票といものを貼ってましたが、当該コンテナを探すのに時間と労力が掛かっていたので、現在はICタグを取り付け、GPSで現在位置をリアルタイムに把握、データ管理で目的地によってどの車両に積み込むかも判断できるIT-FRENS&TRACEというシステムが運用されています。
Img_100861z 車両基地の外側の道路まで来ました。
金沢総合車両所の車両留置線は、大きく分けて3箇所に分散されています。それぞれがどういう意味を持つかはイマイチうかがい知れません。
どうもしかしこの場所は、よく撮り鉄がムリしてフェンスでも登ろうとするのか、「監視カメラ作動中」の表示があちこちに貼られていました。
Img_100864z 昼間ここに2編成眠っている489系ボンネットは、ヘッドマークがわざわざ外されていました。もしかして以前に、進入して盗んでしまう輩がいたのかもしれません。味気ないというか、せちがらい仕儀になってしまいましたw。


Img_100871z 新幹線高架がすぐ脇を走っています。元はここが本線の位置でした。だから時折通る在来列車や踏切の音が今はしないので、ここはいたって静か。少し離れた車両のモーター音がかすかにするだけです。



Img_100872z 車では駐車も気にしなければならず、歩いてきたならこそ見つけたスポットですね。
このあと金沢総合車両所の全体像を観るために、乙丸陸橋に向かいます。

つづく。

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コメント

なんへいさん、コメントありがとうございます。
あの写真の背中には、スーパー銭湯ができてました。その2階からは、俯瞰で留置線の列車が見られるのかもしれませんね。
新幹線高架ができて、視界がせばまってしまいましたが、あの高い位置の新幹線車両を、きれいに撮れる建物かアングルを今からロケハンしときたいですw。
僕らの旧本線や列車の思い出と同じように、次の世代が新幹線を当たり前として思い出にのせていく時が来るんでしょうね。

投稿: joker | 2008年10月16日 (木) 00時20分

ナベちゃん。金沢駅も、今は味気ないコンクリ上屋に囲われた暗い高架ホームですが、昔は転車台や機関庫はもちろん、多くの留置線が金沢駅構内を賑やかにしていました。この金沢総合車両所と金沢駅間はずっと、何本もの回送線も含めて繋がってるので一体感もありますが、やはり高架事業、駅西口造成で駅構内は壊滅的に消滅してしまいましたw。
もっと早いうちに金沢総合車両所を撮りに行きたかったですが、記事にも書いたように車では駐車に困り、日中は留置車両が少ないかと思い、早暁チャリで・・と考えてたので二の足を踏んでました。こんなことならもっと以前に来て、新幹線高架の工事もつぶさに観察したかったですね。

投稿: joker | 2008年10月16日 (木) 00時15分

たぶん最後の写真の近くの場所だと思うのですが、昔スイミングスクールがあり、子供の頃は友達とそこの屋上にあがりお菓子片手に往来する電車を眺めていました。
すぐ足もとが線路になってましたから。
青雷鳥や、連結器に白いカバーをした特急白鳥が当時珍しくいつも楽しみに眺めていたことを思い出します。
’80年代はじめの懐かしい光景が当時の特急とともに蘇りました。
どうもありがとうございます。

投稿: なんへい | 2008年10月15日 (水) 13時02分

高架前(地上時代)の姫路駅東側は本当に鉄道パラダイスでした。
駅の東側より市川(いちかわ)という河川ギリギリまで全ての機能が
揃ってましたからね。
姫路電車区・姫路貨物基地・姫路機動区等が犇きあって、レアな機関車や
気動車、たまにSLまで見ました…幼い頃に。
北側の見え難い位置には転車台と転車台に添うように立つ機関庫まで
ありました。
今では姫路駅及び周辺立体交差事業により高架化されて、それらの基地は
全て点々と移設されました。
播但線が部分(姫路~寺前間)電化されたことにより、播但線と姫新線で
共用されてた機動区は姫新線の沿線へと移設され、貨物基地はJR神戸線の
沿線の広大な田んぼを埋め立てて姫路貨物ターミナルとして稼動し、
数年前には乗降客の取扱いとして『ひめじ別所』駅が東金沢駅みたいな
感じで営業してます。姫路電車区に関しては、高架化により本線姫路駅の
東側に留置線として5~6線新設されて、乗務員用の事務所的なものが
新幹線駅内?にあります。そこでは、新快速の増編車両や折り返しの
岡山方面行き115系等が留まってます。
播但・姫新線は今年12月の高架化を予定していて、今も尚地上駅で
営業やってます。そして、日に一往復ほどの221系による播但線の運転と
特急『はまかぜ』の連絡用、播但線専用電車の点検で網干へ向かう為に
地上駅から
神戸線(山陽本線)への長い渡り線があります。以前はそこを本線の新快速とか
が走ってたんですがね。

きっと、金沢駅も同じような後景が見られたと思われます。

投稿: ナベちゃん | 2008年10月15日 (水) 10時01分

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