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2008年8月10日 (日)

浅野川上流の現状 緊急レポート!

Img_90275k 10日は朝から活動しました。撮り鉄に石碑制覇とか。ホントは時系列にお伝えしようと思ったのですが、午後、最後の石碑を撮りに車で錦町へ行って、その足で浅野川洪水その後の現状を見に、上流を走ったら、その爪あとは深くまだまだ残っていたので、とりあえず先にレポートします。
案内看板では、富山県境の道は寸断されたまま。赤バッテンがしてありました。
Img_90276k 東浅川小学校前で。看板やガードレールがひしゃげています。路肩にドロの跡が、砂浜の砂のようになってずっと残っていました。
田上の街からすぐのこんなところで、いきなり見せられましたが、こんなのは、実はまだ序章にすぎなかったのです。
Img_90280k 浅川橋周辺には、流されてきた流木があちこちに山積みされてました。ニュースにも出てた梨農家はこのあたりです。川の法面は寸断されたりドロにうずもったりしています。
左奥が東浅川小学校です。川からかなり離れたところまで砂が残っています。
Img_90283k 少し上流へ走ったところ、激しい崖崩れの跡が生々しく残ってました。
こういった川沿いの崖はあちらこちらに崩れた跡があり、山肌も、かなり高い位置で崩れているのも数え切れないほど見ることが出来ました。
午前に浅野川大橋周辺を撮り、穏やかながらもまだ茶色い流れだったので、いつ清流に戻るのかと考えてましたが、当分それは望むべくもないということですね。
Img_90285k こちらでは、法面が完全に崩され、道路がなくなっていました。この先何キロにも亘って、上流に行くに従い、濁流の爪あとはさらに深くなっていきました。これは、完全復旧にはかなりの時間と費用がかかりそうです。

Img_90287k 写真のすぐ左外が浅野川ですが、ここまで道路がえぐれています。手前はこれでも田圃なんですが、跡形もありません。
農業被害もかなりのようです。中流域の観光地などは、洗って営業再開すれば、なんとか復旧?を見込めますし、見た目にも大丈夫、と思えますが、農業は一年がかり。上流域の被害は、こうして実際見てみないとわからない部分が多いですよね。
Img_90290k こちらは応急の土嚢がたくさん積まれています。農地の法面もあちこちで崩されていました。別のところでは川よりだいぶ離れたところまで流木が積まれている田圃がありました。


Img_90299k ここも道路まで水が溢れた地点です。玉石が散乱しています。近在の方たちが集会所?に集まっているようで、今後について話し合いでしょうか。僕は遠慮しがちに、それでも川にカメラを向けます。好奇というより、現状をこうやって伝える意味があると思うからです。
Img_90293k_2 湯涌温泉まで来ました。営業再開した宿も多くなったようですが、温泉街入口の橋からみると、より一層被害の状況がわかりました。川床は既にブルが入って均されていますが、本来川底の玉石が散在しています。奥のピンクの保育園は1階が浸かったようです。橋の上も砂まみれなんですが、この地点でこれだけの川幅があるにもかかわらず、あの日午前だけで一気に増水したわけで、改めて水の怖さを感じました。
Img_90295k 湯涌温泉観光協会ホームページでは、それでもほとんどの旅館が営業再開しているのをアピールしています。能登の地震でもそうでしたが、風評被害が一番の悩み。夏休みの書き入れ時なのでなおさらの、来客の回復を待ち望んでいます。
金沢方面へ戻っていく車も多かったです。ぜひ立ち寄っていただきたいですね。

しかしこれほど大規模な被害とは思ってませんでした。また余裕のなくなることですが、石川県や金沢市にも、手厚い復旧や保護の手を期待しています。


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