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2008年7月14日 (月)

小雨の金沢、ひとやすみ

Img_89770z 昼からは金沢城に寄って、説明会後の河北門の石垣工事の様子を見に来ました。あいにく雨が降ってきたけど、とうとう鉄骨の基礎の上部部分まで積み上げられてました。7段でしょうか。あとは8段目の、上面が綺麗に削られフラットになったのを積むだけですね。
この面でなく右側なのですが、明治時代の古写真が残っているので、その面の石垣それぞれの大きさが忠実に再現されたそうです。先週の説明会の資料を、行ってきたS氏からいただきました。
Img_89773z その後いろいろ廻ってひがし茶屋街をまた寄ってみました。夕方雨に濡れて、暗い壁がより引き立つ光加減もいいですね。




Img_89775z 中を公開している、「懐華楼」です。金沢市指定保存建造物に登録されてます。昔の雰囲気を残したままの造りです。朱塗りの壁が鮮やかで、こういうところを金沢らしいと観光客が押し寄せるのでしょうか。
ふすまの絵とかが、なんだか現代風で意外でした。誰に描いてもらったものか??

Img_89778z 10帖の客間は群青色の壁だ。数年前まで住んでた大正時代の家の2階にも、こんな部屋があったなぁ。もう壊してしまったけど。最後は物置になったしねw。


Img_89779z 通りに面した縁側で。
ところで以前、この懐華楼の入場券は、うちの会社でカード型CDとして受注してたけど、この日もらったのは単なるレザック66の説明書としおり。まぁ費用も嵩んだろうしね。
茶屋街は、古いといっても文政3年(1820)くらいからで、もう幕末も近いころだし、この店は「越濱」の名で昭和初期まで続いてたそう。約100年間ほどのことだ。
Img_89784z この部屋は茶室。にじり口、というほどでないが、入口は狭かった。ずっと暗くしてあるのは、この下の畳が金箔で出来ているからか。お手を触れないで下さい、の注意書きも暗くて読めなかったから、しっかり触れてしまったw。金箔畳にしたのは最近だろうか。
まぁこんな感じの一日でした。


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コメント

まーぼうさん。初コメありがとうございます。
なるほどよく知らなかったのですが、そういう経緯ですか。この日は閉館間際の17時に入ったもので、誰からも解説はもらえず、中でうろうろしてしまいました。茶屋文化を体感するでもなく、古い建物の造りは、以前住んでた古い自宅を追体験した程度でしょうか。
志摩さんの方がよいのですかね。入場料もそちらの方が安かったみたいです。

投稿: joker | 2008年7月14日 (月) 22時04分

  「東」の歴史を調べているまーぼうといいます。お初に書き込みさせていただきます。
 KK楼さんには困った物ですね。あれが、金沢の茶屋の典型と思われては、ちょっと困る、イヤ大いに・・・という態のシロモノではないかというのが、私の意見です。はっきり言ってさらに、怒りまでwこみ上げてくるというと熱くなりすぎているかも知れませんね。
 現代的なのも道理で、私の知り得たところでは、
 お書きになっている美人画ですが、今は忘れましたが、作者名は画の隅に描いてあったはず。それを辿ると、まだご存命の金沢の素人画描きのもので、デッサンがくるっていますね。
2回の階段をあがたトコロで突然目に入る、ごちゃごちゃして判りづらい墨絵の戯れ画は、隣の主計町に長年住んで、今年の2月に他界された、、米人版画家Mr.カーフ氏のもの。、いずれも即興で描いたにしても、あんまりな品性、茶屋の時代のものであるわけはなく、KK楼として開店したときに、今の経営者の「見識」で描かれたものづす。茶屋文化についてナミの知らぬ経営者であること歴然としています。兼六園のKK御亭(おちん)の経営ではむべなるかな・・・です。
 いずれも、東の廓、ひいては金沢の恥ではないかと愚考します。
 斜め向いの国の重要文化財「志摩」さんとは大違いですね。

投稿: まーぼう | 2008年7月14日 (月) 12時23分

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