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2008年6月11日 (水)

「金沢市歴史のまちしるべ」16

Img_87503z さて、兼六坂の上から、石碑を探しました。当然尻垂坂に石碑があるものと思ったらそうではなく、脇から細い坂が湾曲して降りていく道にありました。
[小尻谷坂(こじりたにざか)]No319 藩政期の中ごろ尻谷坂(汁谷坂・尻垂坂等)より小さいところから、この名がついたといわれている。
僕も今日まで坂の存在に気づきませんでしたw。
Img_87510z 兼六園下交差点まで降りてきました。
[旧胡桃町(くるみちょう)]No78 この地の東外惣構堀にかかる橋を、橋詰の染師黒梅屋の名によって黒梅橋といったが、俗にくるみ橋と呼んだことから、明治4年この名で町立てされた。
金沢に観光に来られた方なら、必ずこの交差点に降りられたことでしょう。正面に石川門隅櫓が見えます。
Img_87519z 石川橋を渡るために、兼六園側のみやげ物屋の前の坂を登ります。
[紺屋坂(こんやざか)]No320 加賀藩初期に藩の御用染商、館紺屋孫十郎が坂の付近に住んでいたので、この名がついた。
兼六園と金沢城入口のピークです。この石碑をご覧になったことありますか?
さて、では金沢城に入りましょう。
Img_87529z 工事中の河北門二の門石垣です。だいぶ高くまで積まれました。金沢の石工だけで仕上げられている美しい切込みハギです。
急ピッチで積まれている石垣造りの現地説明会が、いずれかのタイミングで開かれるはずですが、まだ情報がありません。

Img_87540z 大手門側の新丸に降りるのに、従来の河北門一の門正面の通路は閉鎖されていて、この裏側から造られた木道を通ることになりました。でもここからの工事現場と五十間長屋の見晴らしはかなりGoodです!


Img_87548z 木道の先端まできました。手前の石垣は一の門の石垣。工事前はでかい松の木が生えていました。そういった植生や経年で、石垣はかなりズレが生じています。それを直すと、新しいものにも負けないくらいのピチッとした切込みハギが戻るはずです。
再来年の完成が待ち遠しい!
Img_87564z 新丸に降りて大手門から城外に出ます。大手門はよほど用がないと通らないので、まるで初めてのように本日まじまじと石垣を観ましたが、藩政期のままの大きな石垣造は、ここが城の正面にふさわしい、というのを充分に体現していました。城の中で一番大きな石もこのあたりで使用されています。
早くに櫓や長屋などを焼失しているので、史料など少ないですが、ここにそれが再現されると間違いなく、内外の注目に値する巨大建造物となるでしょう。
Img_87567z その大手門を出たなり、現在金沢城唯一の水掘、大手掘があります。
[大手町(おおてまち)]No92 藩政時代は金沢城の大手口であったのでこの名がついた。大手先、小坂口とも呼ばれ、大身の武士が住んでいた。

Img_87568z 大手門を出て次の石碑を探していると、金沢の名士、科学者の高峰譲吉博士の家がありました。明治期の人ですから、今のこの家がそうだとは思えませんが。
高峰博士は醸造学者として消化薬の「タカジアスターゼ」や手術に用いる「アドレナリン」の発明者で、医薬会社の「三共」の初代社長でもあります。
Img_87571z その向かいあたり。
[旧梅本町(うめもとちょう)]No96 廃藩直後、加賀藩の老臣一万八千石前田孝敬の邸地を東西に二分して作られた町で、その家紋「角の内梅輪」にちなんで、この名がついたという。
どうも旧町名といえど、明治初期に町割された名前が主に石碑になっているようです。
Img_87577z 裁判所の前の道まで出ました。
[旧味噌蔵町(みそぐらちょう)]No89 藩政初期に軍用の味噌蔵が建てられていたところから、この名がついたという。
正面は味噌蔵消防派出所です。

今日は城のレポートもあったのでここまでとします。明日は石碑に集中しようかな。



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コメント

25人は少ないですね。抽選か早い者勝ちか書いてなかったですね。僕はまた江戸参勤なので、行けません。tadashiさんのレポート待ちとしますw。

投稿: joker | 2008年6月14日 (土) 10時13分

河北門の第一回現場見学会の日程が決まりましたよ。今日の北國新聞の広報いしかわにあります。今月末の土曜日に午前と午後に2回行われるようです。それにしても各25人って少なくないですか?

投稿: Tadashi | 2008年6月12日 (木) 00時31分

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