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2008年5月 5日 (月)

金沢五社めぐり!

Img_84932z 今日は29日のレポートをします。この日は歴史好きのS氏と一緒に金沢散策。
金沢五社めぐりと町名碑探索、他盛りだくさんに、市内を15kmほども歩き通したんですが、最後はへろへろになりました。
町名碑など数多いので、今回は金沢五社を重点にご案内します。出発前に、自宅前の犀川の川原で、鴨たちがお出迎えしてくれました。ホントにここの鳥は人間に近付いても動じませんw。
Img_84944z 川原を歩いて通称W坂から寺町台に上がります。昭和の日の今日は快晴、過ごしやすい陽気に、どこかのウォーキングの団体が集団で降りてきました。回も重ねたいろんな世代が参加のイベントで、地元新聞にも告知は見なかったけどなぁ。
寺町の高台からの犀川と街の眺めは、アマ画家がこぞって題材にする風景です。犀川でもよく見かけます。
Img_84954z さて、最初の目的地、犀川大橋たもとの「神明宮」へやってきました。五社めぐりとは、藩政期の前田家の厚い待遇をうけ、藩主自ら参詣を奨励して、すべて巡れば開運招諸願成就なるということです。五社とも僕は今回初めて訪れます。
「神明宮」は全国三神明に数えられるそうです。春秋のあぶりもち神事や、金沢の左義長の元祖もここと言われます。
Img_84956z 境内には、樹齢1,000年を越える大ケヤキがあり、金沢市の天然記念物になって親しまれています。高さ33m、周囲8mほどもあります。昔は境内は大祭でにぎわい、幼年期にいた中原中也の「サーカス」の詩の元だったり、裏に住んでいた室生犀星の遊び場だったそうです。
そんな有名な社(やしろ)に、そんなに遠くないのに一度も来たことなかったとは!今日の五社は全部そうなんですけどねw。






Img_85080z さて次は、ここまで繁華街から金沢城をじっくり廻って石引通りを上ったうえでやってきた、大学病院裏の「椿原天満宮」です。
ここはかつて金沢城の出城の砦の役割もしてました。社殿の後ろの鬱蒼とした森の中に本殿があるようで、石垣の上に建つ社の前の急な階段は、威厳と隠密性を感じさせます。
Img_85093z 境内脇の急な天神坂は、かつて小立野台から桜町方面へ抜ける貴重な街道(今は立派なトンネルが出来た)。僕も昔はよく通ってたのに、やはり急な階段で上る広い境内のある天満宮の中には今日初めてでした。社殿の中には、由緒ありそうな縁起絵とかあったけど、かすれてほとんど見えませんでした。
Img_85119z 桜町からバスに乗って、一気に金沢駅前まで来ましたよ。「安江八幡宮」です。
金沢の郷土玩具「加賀八幡起上りこぼし」の発祥の地だそうです。




Img_85124z 社殿の横には、見事なサツキの花が満開!氏子総代が、樹齢100年を越えるサツキをちょうど10日ほど前に寄進したばかりだそうだ。1本で美しい紅白の花を咲かせるのはとても珍しいらしい。挙式利用が増えた神社で宮司も喜んでいる、と偶然数日後の新聞に載ってましたw。

Img_85163z さて、五社めぐりも佳境。ここまで浅野川ぞいも散策して、いよいよ東山の「小坂神社」前まできました。ちょうど[県社]の碑の横に、同時に探索している町名碑[山の上町]もありました。これも町の辻辻にたくさん建っているので、このレポートも後日報告します。

Img_85177z 小坂神社の上まで登ってきました。左右には四社の末社があり、芭蕉の句碑などもいくつもありました。末社のひとつ鳴滝社では、義経に付き従う弁慶がこの前で「鳴るは滝の水」を舞ったとか。
伊勢神宮の式年遷宮まであと5年。僕が氏子になってる県社の石浦神社でも奉賛金を納入しろと袋が廻ってきたが、ここにも幟が立ってましたw。
Img_85200z いよいよ最後の「宇多須神社」。歴史は古いがかつては卯辰神社といって、江戸時代初期には前田利家を祀っていました。
18時近くなりだいぶ陽も翳ってきました。しかしそれでも陽は長くなったね。この後は観光地化して初めて訪れる東廓とかも歩きましたが、それらは明日またお届けします。
なにせこの日は、金沢に長く住んでても、まだまだ行ったことのない地も多いのの再確認をしましたw。金沢、かなり奥が深いですよ! 五社めぐりのご利益あるかな。。

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