« 「金沢市歴史のまちしるべ」3 | トップページ | 「金沢市歴史のまちしるべ」5 »

2008年5月13日 (火)

「金沢市歴史のまちしるべ」4

Img_85159z さて、29日のラストをお伝えします。森山へ向かって[旧上田町(うえだまち)]No161 山ノ上町から分立して、用水の上方にある田地だったことから。




Img_85163z 五社のひとつ小坂神社の参道口まで来ました。[山ノ上町(やまのうえまち)]No162 室町期からある名ですが、河北郡小坂庄山ノ上村の一部だったことから。
ここにちょうど、五社めぐりの案内板と卯辰山山麓寺院群を巡る「心の道」地図があります。寺院群はまたいずれかの機会で。
Img_85189z 小坂神社から内側の道は意外に険しく、東山へ向かうのに結局159号線へ降りてきました。
[旧高道町(たかみちまち)]No158 藩政期には、北陸道はもう少し西側にあり、ここは山側ですこし高いところにあったのでこの名がついた。

Img_85192z [旧森下町(もりもとまち)]No153 馬場小学校の目前です。森下村の郷士亀田大隅の子孫が染工になって住んでいたから。
馬場小は、泉鏡花、徳田秋声がOBとしている歴史ある学校です。


Img_85196z 五社のラスト、宇多須神社の前まで来ました。[旧八幡町(はちまんまち)]No151 旧宮名が卯辰八幡宮だったので。
だいぶん陽が翳ってきました。そろそろラストスパートです。



Img_85265z 東廓を廻ったあと、円長寺の前にて、[旧木町(きまち)]No150 材木問屋が集まっていたので。最初卯辰ノ木町、四丁木町などと呼ばれていた。
石碑は、寺の表敷地内に建てられることもよくありました。この後多く見かけます。

Img_85269z さて、この日最後は[橋場町(はしばちょう)]No107 天正年間に、懸作(かけづくり。仮屋のこと)を作って商人がこの浅野川の川原で商売をしていた。藩政期に橋爪町・橋端町とも呼んだことから。
浅野川大橋のたもとです。実はこの園内にもうひとつ、字名で[懸作]の石碑があったのですが、やり過ごしてしまいました。後日GW中に訪れてちゃんとゲット。後にレポートします。
Img_85275z これが浅野川大橋。3連アーチも美しい古い石橋です。以前にも書きましたが1922年建造の国の登録有形文化財です。

やっと29日のレポートが終わりました。次からは5月GW中です。


|

« 「金沢市歴史のまちしるべ」3 | トップページ | 「金沢市歴史のまちしるべ」5 »

コメント

yamaさん、昔からの風景がなくならない金沢は住む者にとってうれしいですよね。寺を追う心の道は今回はあまり寄ってませんが、石碑もあとから地図で見ると、結構飛ばしてしまいましたw。また次回、じっくりとyamaさんの心の原風景に立ち寄らせていただきますww。

投稿: joker | 2008年5月15日 (木) 23時01分

地元の風景をJOKERさんの写真で見ると、いつもより余計に懐かしく、改めて良いところだと感じてしまいましたw
心の道は風景も良いのでとても楽しめると思います。
ただ、夏になるとスズメバチが怖いです。。。
自分はかつてかくれんぼをしたり、蟻地獄などの虫を採ったり、いたずらして怒られたのも心の道ですw
たくさんの道徳を学びましたw

投稿: yamanao999 | 2008年5月14日 (水) 00時02分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「金沢市歴史のまちしるべ」3 | トップページ | 「金沢市歴史のまちしるべ」5 »