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2008年2月

2008年2月29日 (金)

また買ってしまったフィギュア!

Img_77932s もはや食玩とは言えない、ミニ完成品フィギュア。先日もつい買ってしまった。
会社からの帰り、週刊マンガを買いにコンビニに寄ると、菓子コーナーの横にある食玩スペースをいつも見やる。最近はこれといった物はないので安心していたが、水曜日にトンデモないものに出会った。
造形師として名高い酒井ゆうじ氏原型製作のゴジラシリーズだ。ゴジラ・キンゴジ・モスゴジ・デスゴジと4種ある。ミニ食玩には異例の1,000円也。酒井ゆうじ氏のものなら間違いない。しかし値は張るのでデスゴジ(ゴジラvsデストロイアのゴジラ)だけ購入。体内の炉心の暴走で、真っ赤に燃えるゴジラの勇姿?である。太高は約10センチとそんなには大きくないが、精密で立体感の迫力がある氏の造形は、家で開けてそのクオリティを確認したら、他の3点も凄くほしくなったくらいだ。
Img_77941s この日は他にも、戦国武将の甲冑姿を模した「戦国覇王」シリーズや、F1フェラーリ歴代シリーズの組み立てキットなど、箱も大きく食玩のスケールを越えたアイテムが発売されてたのを思わず買ってしまった。ホントはコミック「乱」と、わずかばかりのコンビニ弁当を買って、つつましやかに過ごそうと思っていたのに。
2枚目の写真は寝室のフィギュアケース。ビオゴジとメカゴジラのソフビは自己製作だ。昔は自分で造らないと飾れなかった。F1プラモもよく造ったが、もうかなり前からそんな時間はないw。でも完成フィギュアはまた手ごろなの買いそうだなぁ。

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2008年2月28日 (木)

最後の金貨は3,210万円

Old03 先日16日にも既報した、財務省の最後の近代金貨オークションが週末行われました。銀座の会場には結局行かなかったけど、約1400枚が出品。落札総額は3億9000万円にもなった。
この日の目玉は政府も一枚しか所有してない、明治13年「旧2円」3,210万円というかなりの高値で落札された。事前鑑定では約2,000万円との指摘だったが、予想以上の価格に参加者も興奮してたよう。これこそ一生に一度あるかないかだから、参加申込券はあったのだから行ってみたかったなぁ。
写真は前回のネットオークションでの明治10年「旧2円」。これも1,513万円付いている。これまで7次以上に亘って競売された政府保有の近代金貨。33,000枚近くが出品され、60億円ほどの収入は一般会計の歳入に計上されるという。
これで最後となった金貨オークション。「新10円」と「旧1円」を落札できたが、古銭収集家としては金貨を持つのは夢の一つ。転売のつもりはないが地金高騰のおり、希少価値も含めて後世に残せるものができてよかったw。

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2008年2月27日 (水)

週末の強風顛末 2

Img_77604z 東京駅に着いたら、どうも様子がおかしい。上越新幹線は、定刻の5分遅れ着だったが、どうやら東北新幹線が強風で動いていないようだ。
写真をよく見てほしい。現在11時30分。真ん中の上越新幹線掲示は、この後のダイヤが表示されてるが、左の東北新幹線では、まだ8:28のはやて・こまち7号が案内表示されている。東北・上越新幹線は、一部車両を融通しあってる。東北の遅れは、上越に間違いなく影響がくる。今まずしなければいけないのは、帰りの列車の運行予測だ。
精算窓口で、現在の状況を確認する。するとまもなく東北は運行開始するという。この後の天気次第だが、もし運行するなら、どんなに遅れても接続の列車(この場合[Maxとき347](今気がついたが、3月のダイヤ改正でMaxでなくなる。200系か? 12両E1系から8両E4系に、そしてMaxですらなくなるとは。最終便の利用者は減っているのか?)の接続[はくたか24]のこと)は必ず待って運行するそうだ。少し安心したが、かなりの遅れは容易に想像でき、なるべく前の接続ダイヤに、自由席立ってでも早く帰ろうと思う。
Img_77609z とりあえずM氏と連絡取って、(つくばEXも遅れてるらしい)待ってる間、東海道新幹線を撮ろう。ホントはまもなく東海道スジから消え行く500系を撮りたかったが、[北陸]にも乗れずやっと11時30分に江戸に着いた身には、もう4往復しかいない青いとんがったマシンとは逢えなかった。代わりに12往復に増えたN700系と遭遇(まぁ調べてたんだけど)。いずれ当たり前になるこの車両ではあるが、普段お目にかかれない者としてはまだまだ新鮮だ。
Img_77610z 東北新幹線ともランデブー。右からN700系・300系・200系・E2系である。
やはり東京駅が一番車両が多彩だ。しかし東北新幹線も、カラーリングのルールがあり、まとまってないようで統一感はある。



Img_77621z 500系の着くはずの16・17番線のホーム端。先頭車両先頭部に乗車口がない案内板の表記も、7往復分から消されて4往復分しか示されていない。「鉄道ファン」に載っていたのを確認できた。
やっぱりさみしい限りだ。山陽新幹線でまだ頑張るとはいえ、8両、しかも[こだま]となるのはちょっとしまりがないw。毎日の走行距離はハンパではなかったが、10年で退役は早すぎろう。北陸には40年選手がいるというのにw。
Img_77646z ホームに入線した700系、ひきつぎのひとコマ。やはり女性に目がいってしまうなぁw。この方は車掌だが、女性が最先端のマシンに係わるのが増えてきた。すごいことだ。
ホーム上に居ても、ときおり強い風が吹き、フレーミングもさだまらないときがある。車掌氏のもつ分厚い角ばったカバンも、バタっと倒れたりした。
よほどすごい低気圧で、このとき常磐線・宇都宮線・中央快速線・総武線・東海道線などが軒並み運転見合わせで止まっていた。
Img_77615z このN700系、最初は700系とあまり区別つかなかったが、よく見ると角度によって表情がさまざまに変わって見える。結構味のある奴かもしれない。500系よりもカーブを速く走れる最新マシンが席巻するのもむべなるかな。
この後N氏と落ち合って、日曜で古書店が軒並み休みの神保町へカレーを食べに行って、某所へわずか3時間寄って、そしてまた帰途につくため東京駅へ。丁度来た上越新幹線(ダイヤは1時間30分遅れてた)の自由席に立って越後湯沢へ着いたら、一つ前の[はくたか22]が待っていて、やはり自由席に立って出発。福井まで行く一番たくさん止まるタイプで結局戻りも5時間近く掛かったが、どうにか当日中に金沢駅に着いた。
今回はかなり超ハードで、すごく疲れた日帰り参勤交代となったw。

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2008年2月25日 (月)

週末の強風顛末 1

Img_77563z 週末はまた江戸へ上京したが、トンデモナイ日程となった。土曜の夜、寝台「北陸」の予約だったが、強風で早々と運休。やむなく日曜朝一の「はくたか1号」自由席で向かう。
すると、なんとうれしいサプライズ。489系ボンネット車「はくたか」でお出迎えだ!
そういえば前日、戻りの最終24号が運休。車両充当できないわけで、同じく運休だった急行「能登」の日中の空きを使って久しぶりの「はくたか」運用。なんのことはない、毎日「能登」でお目見えできるのだが、「はくたか」ヘッドマークを見て、思わず出発時間まで撮り捲り。
Img_77568z_2 6号車のサロンカー。古ぼけた内装が昔のままで味がある。この数両は488-2など、いわゆる横川-軽井沢間碓氷峠、EF63協調運転対応「白山」用489系の初期ロットである。(反対側、上り方は500番台)



Img_77576z デビュー以来約40年。ソファーのモケットすら更新してないのか、という内装。リクライニングもレバーをひきながら座面をスライドしないと倒れない。テーブルのドリンク穴も、ビン対応の小ささ。683系に慣れてると、テーブルも凄く小さく感じる。
おかしい、10年くらい前までは「能登」はよく利用してたのに、既に懐かしいのか?

さて、6時8分。定刻に出発したものの、果たしてダイヤどおり到着するのか?以前485系3000番台など充当されていた「はくたか」だが、683系がデビューしてから681系と統一され、「北越急行」線内は最速160kmに揃えてタイトなダイヤになったはずだが、この列車がそんな芸当できるとは思えないのに、車内放送は平気で定刻通りの越後湯沢着を予言する。

Img_77577z_2  富山県に入って、明らかに681系とは比べ物にならないくらいのんびりの走行音。しかし風も強いようで日本海の波も高い。親不知近辺では、沿岸の民家など大丈夫かと思えるくらいだった。後に入善で大きな高波被害があったと新聞で見た。この苦労も遊びの上なので申し訳ない気分ではある。
糸魚川に着くと、強風で遅延になってる先行車が直江津で詰まってるから、としばらく停止となった。その後ものろのろ運転が続き、定刻2時間半の湯沢着も案の定、3時間半かかり、接続の新幹線Maxとき310は当然いない。

結局二つ後の新幹線になり江戸に着いたのは11時20分。予定の1時間半遅れだ。幸い自由席でも座れたので事なきを得たが、東京駅では強風のため、JR各線が軒並み運転見合わせ!トンデモな状態になっていた。

つづく・・。

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2008年2月24日 (日)

デアゴスティーニの「大和」

080223_161505 デアゴスティーニの「週刊 戦艦大和を作る」で、ホントに「大和」を作った人が居ました!!
親戚の床屋のおじさん。いつも刈ってもらってるんだけど、先日その店舗にド~ンと鎮座ましましてましたw。
他でもない、デアゴスティーニの大和だと聞いてビックリ!あんなの、ホントに作る人居るんだ? いやいや、おどけてるんじゃなくて、毎週毎週、少しずつのパーツが来て、定期購読してても根気が続かないんじゃないかと・・。
080223_161527 しかも毎週約1,000円。それが90巻もあるんだから、かなりの額に。でも確かに、精巧な金属・木製パーツもふんだんに使われ、ただのプラモデルとわけが違う。アンテナやケーブルも糸で這わして綺麗にできてる、おじさんの腕もスゴイと驚いた!
専用ケースも付いて、完成者にはネームプレートもサービスとは、模型マニアの製作意欲もそそる。
今日あらためて、写メで撮らせてもらったが、僕は作りかけも何個もあり、それ含めて最近プラモを作ってる時間がない。ほかの事に費やしてるからねw。
デアゴスティーニのHPでは、6月までサイト開いててバックナンバー買えるようだから、今から10万出せる人は、ぜひ挑戦してみたら?




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2008年2月23日 (土)

オリゼーがやって来た!

Img_77557s マンガ「もやしもん」6巻出ました!
今回は限定版、オリゼーのぬいぐるみ付き!
予約してなかったんだけど、書店でフリー在庫があったので思わず買ってしまった。でも差額1,800円くらいだし、よかったと思う。開けてみると、透明ブックカバー(ロゴ入り)も入っててお得☆
しかもマンガ本体のカバーが、ノーマル版と違う。こりゃもひとつ買えってことか?商売上手だな。買わんけどw。
「もやしもん」は連載読んでないから、この単行本が特に楽しみで待ってる作品。酵母など細菌ものだから、同じネイチャー繋がり?ということで、取引先の仲良くさせてもらってる印刷オペ、虫マニアのY氏に紹介したらハマってくれた。
アニメもしてるようだが、こんな田舎ではやってくれないので見られないww。
今日は強風で明日早起きとなってしまったけど、オリゼー抱いて寝るか??



もやしもん 6―TALES OF AGRICULTURE (6) (イブニングKC)

もやしもん 6―TALES OF AGRICULTURE (6) (イブニングKC)

著者:石川 雅之

もやしもん 6―TALES OF AGRICULTURE (6) (イブニングKC)

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2008年2月21日 (木)

辰巳櫓の立体模型作成

Img_47100s 財団法人北國総合研究所の「金沢城辰巳櫓復元調査検討委員会」は来年度の活動計画として、辰巳櫓の立体模型と細密な復元画の作成に乗り出すことを決めた。
辰巳櫓跡は市内中心部から一番目立つ南東の位置の高石垣の上にあり、毎日ライトアップもされている。1759(宝暦9)年の大火で消失し、1839(天保10)年、再建のために絵図が描かれたが建設に至らず、そのときの図面を参考にする。
ただし写真のように、現在の三段構造になったのは、1907(明治40)年。当時城内に居た陸軍第九師団が上部を壊してしまった。そのため復元はそれ以前の高石垣、約27mを想定する。2種類の大きさで、細部もわかるような模型を1年がかりで造り、大勢の人が鑑賞できる場所で公開する予定。
以前金沢城菱櫓など細密な復元画を仕上げてきた末松智金沢学院大学非常勤講師が作成メンバーに新たに加わり、その実力を発揮してくれる。金沢城全体の現況の模型は、石川門内側の管理事務所で展示しているが、藩政期当時の精密な模型はこれが初めてとなろうか。大いに期待したい!

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2008年2月18日 (月)

辰巳用水の三段石垣

Img_77506s 江戸時代に辰巳用水の維持管理のために造られた三段石垣が、このたび確認された。新聞の報を見て矢も盾もたまらず、休日のこの日、雪が激しく降るさなかにも係わらず、犀川上流の辰巳町へ車を走らせた。
ここは以前、犀川探訪で上流域を訪れたときに通ったが、今でも畑の脇、辰巳用水が暗渠から開渠になるところ、普段でもむき出しのはずである。草木の茂みや土に覆われていたとはいえ、伝えがあれば今まで見つからなかったのがおかしいくらいだ。
Img_77514s 昨年11月から金沢市埋蔵文化センターが伐採を進め、全長260m、高さ8mの壮大な三段石垣がその姿を現した。
昨日からの大雪に、かなり埋もれてしまったがその重厚さがわかるだろうか?「文化6(1809)年辰巳用水絵図」にも現在と似た形状で描かれ、発表時の写真で隅石には大きな石材を使用したり構築方法が複数あるなど、城の石垣とも遜色のない造りになっている。
Img_77526s 前田家が辰巳用水を重要視していた証左だ、と埋蔵文化財センターも国史跡指定への弾みとして、今後石垣の調査を進めていく予定だ。
忽然とこの普段静かな農地の谷あいに、大規模な史跡が現れたようで、同じ犀川河畔の者として見ておかずにいられなかった。

Img_77529z 道路の反対側は犀川である。造成当時は石垣のそばまで分流してたようで、その水流から用水を守るためでもあったろうとか。
雪が激しくなってきた。この間他車に一台も遭遇せず。近在の人もこの重要な発見にピンとこないのではないかというくらい、普段も人通りは少ないところだ。
しかしちゃんと、多分今朝のうちに、市は除雪車で道路交通を確保している。でなかったらこの辺、閉じ込められてしまいそうな雪だった。

Img_77533z 上の写真の先にある「ほたる橋」の上で。この道路は最近できた立派な橋だ。
1年半前の夏の探訪では、静かでのどかな空間だったが、やはり雪深くなると住むにも厳しい土地だ。家から5kmほどしか離れてないのだが。








Img_77553z 戻りしなの犀川沿いの道で。花里ゴルフセンターの前だが、雪のないときでもいつも気になっていたお地蔵様だ。
たぶん昔の水害での犠牲を弔うとかかも。下菊橋の対岸でもお地蔵様がいるし、昔は橋が流されたとかよく水害の話も聞いた。近年はダムもあり、生まれた後めだった話は聞かないが、市の出すハザードマップでは、自宅のある一帯は第一級の危険地帯だって。
今日は雪ニモマケズ上流を探訪したよ。

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2008年2月17日 (日)

2年ぶりに積もりましたぞ!

Img_77477s うっひゃぁ、こりゃ積もった! 一晩で20cmくらい降りましたかね。朝から雪かきで腰がいたくなるなぁ。
こんなに積もったのは2年ぶりですな。青空がちょうど家の前に現れたので、思わず撮ってしまったが、さぁ今からすかしますか!

Img_77480s やれやれ、30分掛けて家の前の道路含めてすかしたぞ!どうだ!!
腰がいたい。犀川の堤防を兼ねる道路は細く一方通行。当然消雪装置などない。ほっとくとアイスバーンになるからひどいときは氷を削り割ってでもよけとかなきゃいけない。今日はそんな必要なかったけど、昔は水撒いたりして割ってたなぁ。
Img_77482s せっかくだから、ブログアップのため川原に下りて撮影してみる。スッポリはまるくらいだから、累積で40cmくらいあるだろうか。
このへんは犀川の河岸段丘の底だから、吹き溜まりで市内の中でも積雪が多いほうだ。会社は海のほうだから、いつもまだ少なめでうらやましい。
カメラ片手だったから、新雪の中にバターンはやめた。ちょっと積もりすぎで、微妙な雪景色を撮るシチュエーションが探しづらい。
Img_77495s それより、この真っ白な世界の風景をご覧戴くことにしよう。2年前は青空の澄み渡ったシーンを撮ってあるのをストックで確認した。今日はいまのところそういうわけにはいかないが、午後の天気次第で行きたいところもあるので、うまくいったらそのレポートをみてもらおう。
しかしこれはしばらく根雪になるな。明日の早朝会議の早起き、さらに早く起きなきゃいけないかなぁ。しんどい・・。

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2008年2月16日 (土)

最後の金貨オークション

Img_77463s 財務省の近代金貨インターネットオークション。最後の第7回もこの間終了した。第6回時に落札した、明治4年後期の旧1円が、今日無事到着したよ!
13.51mmと非常に小さいけど、1.67g。明治4年の「新貨条例」時代のもので、その後明治30年の「貨幣法」時代の金貨より倍の価値がある。前回秋に、新金貨の10円を落札したけど、「貨幣法」時代の図柄は銀貨・銅貨ともほぼ共通。それらはすでにたくさん持ってるので、なんとしても旧金貨の図柄がほしかった。
Img_77467s あまりに小さくてちょっと手ブレたけど。表は本来龍紋なんだけど、それが入ってる2円以上はあまりに高価なので買えず、1円の表は文字だけ。でも裏は写真のように、[日章][八稜鏡][菊紋][桐紋][錦旗][菊桐の枝飾り]とどれも共通。わずか13.51mmの中にこれだけ精緻な刻印がされているだけでも貴重でしよう。これが欲しかったんだ!

Old02 これが旧金貨の龍紋。16.97mmの直径にこんなに刻印されてるんだから綺麗でしょう。
この明治10年旧2円金貨は、1,500万円以上で落札されてる。発行枚数が少なかったからでもあるんだけど、トンデモない額だ。
そしていよいよ2月24日に、財務省が最後のオークションをする。これは銀座で公開形式。ここで政府が1枚しか保有してない明治13年の旧2円を出品する。2,000万円は下らないだろうという話だが、全く夢の世界だ。他約1400枚出品されるので、ネット参加の僕にも案内状は来たが、丁重に遠慮させていただこうw。

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2008年2月15日 (金)

河北門、寄進の平瓦「完売」?

Img_37142s 平成22年春の完成を目指す金沢城河北門復元整備に合わせ、復元工事に使用する海鼠塀の平瓦壁板に県民が記銘する寄進事業で、平瓦の申込件数が、予定した350口に達したため受付を終了した。
1口5,000円で、昨年9月から受付を開始。僕も即申し込んだ。内訳は個人296口、団体54口。って言うか全くもって少ない。
熊本城では、1口一人城主と言って寄付を募り、何億も集まったらしいが、金沢城は今後も復元事業が続くのに、県民のみならず、広くその意義と理解を全国に深めてもらうためにも、もっと大規模に募集したらいいだろうに。
一方の壁板が、分割して2,940口用意されてるがまだ456口応募にすぎない。当然僕は真っ先に応募したが、やっと最近になって受付返事のメールが来たくらいおっとりしている。
寄進の瓦や板の裏に、自分の名前など好きな文言を記銘し、復元する河北門にはめ込むのだが、その希少性をもっと内外にアピールしてほしい。
写真は重要文化財の三十間長屋。壁に見える格子模様が平瓦だ。その間の白く盛り上がった漆喰が"なまこ"に似てるから「海鼠塀」という。
河北門は、暖かくなったらようやく石垣の積み上げが始まるだろう。5月から順次、工事見学会が行われる予定だ。今から待ち遠しい。

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2008年2月14日 (木)

北陸新幹線vs航空便

Img_51971z 北陸新幹線問題の新聞コラム、「ふるさと探査2014年」は、いよいよ[対 飛行機]問題に特集が移った。
あなたは、同じ時間掛かるとしたら、何時間以上で飛行機・鉄道の選択を換えますか?
一般的には2時間半のラインで、それより長いと飛行機が多くなるそうです。そして新幹線開通により、羽田便がなくなった仙台新潟は2時間強で新幹線で行けます。空港が市内から遠いため、飛行機でもそのくらいとか。
Img_52003z_2 そして北陸新幹線開通後の金沢が、まさにそれに当るわけ。小松-羽田で金沢市内-都内を考えると、2時間半予定の新幹線とそう変わりません。すると、現在の小松-羽田便が、全廃される危機があるとか。
それはそれで別にいいんじゃない? っと鉄ちゃんは無責任に思うわけですがw、仙台・新潟とも、現在利用者は当時よりも増やしています。それは、大阪便の増加によるもの。しかし金沢-大阪はサンダーバードで既に2時間40分。現在でさえ大阪便はありません。
Img_65037s また、仙台では昨年、空港と仙台駅を直通する鉄道を開業。車で40分掛かってたものが、17分で接続できるようになりました。
金沢-小松空港も、小松駅から鉄道敷設で、直通乗入れすると便利だと思うけど、どうでしょう。
いずれにしても、新幹線開通後は、羽田便の減便は免れないところ。航空業界は戦々恐々としてるって。どういう手を打ってくるか楽しみです。
ちなみに開業以来なんとか順調な能登空港は、その画期的な便利さから減ることはないと思いますよ。

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2008年2月12日 (火)

白山と北陸特急

Img_76821z ライトアップを撮りに行った昼間は、実は美川の手取川橋梁まで「撮り鉄」しに行ってた。久しぶりの晴れ間だったので、なんとか白山とコラボしたかったが、あいにく写真のように曇天、ときおり小雨というていたらく。
白山を撮りたい、と思うといつもこうだ。前回取り付いた美川駅側川岸は、工事のため橋に近づけない。そこで小舞子側に立ったが、ここのほうが線路により近づけた。
しかし、橋梁より小舞子方は逆光のためうまく写せない。しらさぎならそちら側が非貫通先頭となるし、陽の加減でイマイチな場所だとわかった。
Img_77143z あきらめきれずに、翌日も陽が射してきたので再チャレンジ!
向かう途中から、なんとか白い白山を捉えながらやってきた。僅かに頂上に雲がかかるが、いいロケーションだ。道路橋の脇の人道橋から撮ると絶好のアングルだ。
実際、もう少しすっきりと晴れると、白い雪を戴いた白山もはっきり姿が見えるのだが、まぁ今日は充分としよう。
Img_77190z 485系白山。ピッタリのタイミングでシャッターが下ろせた。まもなくこのコラボは見ることができなくなるのか。。
あきらめずに、今日来てよかった。




Img_77386z 小舞子駅に向かって、陸橋があるのでいいロケーションと想像して登ってみた。バッチリだった。鉄橋からゆるくカーブして全体が見える。この際架線柱はお目こぼし願おう。ここで写真の485系パノラマグリーンと681系サンダーバード12両編成、457系普通車を撮った。反対側は下りの列車が正面から捉えられるが逆光だ。金網もないここをベストとしたい。
バイクがあれば小回りきいて、この県内北陸本線のロケハンとかしやすいんだけど、車だと駐車スペース考える分機動力に欠けるからね。
Img_77432z 河川敷の駐車場に戻ってきたら、雲もすっきり晴れていた。
霊峰白山の神々しい姿だ。存外、平地からじっくり認識して見たのは今日が初めてかも知れない。今まで違う山と勘違いしてたか、よく見てなかったと思う。金沢市内からじゃよく見えないからね。特に犀川沿いでは全く見えない。犀奥の山も全貌は現さない。

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2008年2月11日 (月)

金沢城・兼六園ライトアップ 冬の段

Img_76908z フードピアの後は、季節ごとにやってるライトアップの兼六園と金沢城に来ました。18時30分の開場を待って、薄暮のうちから撮影。いい具合に撮れた。この日は細い下弦の月もミックスできて、ときおりの小雨が夜になってちょうど晴れてよかった。
でも実はこの周りは大勢の人。外国語もまざって、やはり国際都市になってきたか?最近はアジアからの観光客がかなり増えてるって聞く。
Img_76921z 兼六園って言ったら、やっぱりこのアングル。雪吊りは関東の公園でもするらしいが、あっちは飾り雪吊りと言って用をなさないらしい。このように「りんご吊り」を各枝に直接縛り付けないと。しかし最近は金沢でも用なさない?
今日もせっかくなのに雪がなくて、観光客もザンネンだろう。

Img_76927z 園内のこの噴水は、サイフォンの原理を使った無動力のもの。伝えでは日本最古というが。火事の多い金沢城と兼六園に水を引いた、辰巳用水工事を指揮した板屋兵四郎の考案によるものだ。



Img_76959z やはり三脚はなくてはならぬが、雪がないと秋に撮ったときとなんら変わらないなw。
街中はフードピアもあってか、車で乗りつけたら駐車場はどこも満杯。入るのに時間かけるのもどうかと思い、自転車で出直した。家に帰るころには小雨が降り出したので、急いで撮りに回って正解だった。

Img_76964z 鶴丸土塀の前の堀は、ほとんどが凍りついてたようで、水面がにごってた。どうせなら、キンキンに寒い気温も演出できたら、雪がなくても少しは違ったものが撮れたかも。幾分今日は暖かかった。立入禁止区域を管理してるおじさんには、「あんたら素手で寒くないかね」って言われちゃったけど。遅くまで僕らのために、ご苦労様です。



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2008年2月10日 (日)

フードピア金沢2008

Img_76875s 毎年この時期に開かれる、「フードピア金沢2008」のフードピアランドに行ってきました。「フードピア」って、ここ北陸独自のおいしい味覚の食材が冬に多いことから、この金沢の食文化の紹介や食談義を、各界の有名人も呼んでそれぞれ有名な料亭やレストラン、酒蔵などで開催される統一イベント。
そしてここ金沢中央公園では、全国の味覚(と言ってもファストフード)が屋台で出店。たくさんの店を大勢の家族連れなどが囲んだ。全国のラーメン(鹿児島黒豚・旭川・喜多方・和歌山・博多・米沢など)、広島焼き、たこ焼き、明石焼きなど、はてはシシカバブみたいのも。初めて広島焼きを食べてみたけど、粉の替わりに焼きそばが入ってるわけ?
しかし店によって人気の差があるみたいで、行列が途切れないのと、閑古鳥のところと極端だった。並んでまで食べたいかというと、そうでもないし、広島焼きも作り置きで冷たかったし、こんなイベントだとこういうもんか・・ってちょっとザンネン。となりのおばさんも、「広島焼きって初めて食べたけどたいしたことないね」みたいなこと言ってたけど、たぶん違うと思う。本場で食べればね。
Img_76883s ここは地元の海産物をその場で炭火焼きできるところ。牡蠣やカニを買って、ここで焼く。よくニュースでも出るとこだ。子供連れなど皆おいしそうにくつろいでる。
僕などわざわざここで食べなくても、食材はスーパーで買って家で食べれば・・って思うが。
あいにく前日の雨などで、中央公園の地面はぬかるみでドロドロ。靴をよごさないためにビニルカバーが50円で売ってるくらい。この時期は天気がわるいのが常なので、こういったイベントも正直厳しいと思う。もう少し条件のいい時にすれば、もっと広まるんじゃないかな。けど今日は人がいっぱい。ここでやるには充分かなぁ。

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2008年2月 8日 (金)

城下に30超す「小城下」

Img_70175s 金沢市史の資料編、「絵地図」を買って久しいが、なかなか熟読できなくて。昨日の北國新聞で、金沢城調査研究所副所長の木越隆三氏のコラムが載っていたので、関連して紹介したい。
1674年(延宝2年)に製作された「延宝金沢図」である。旧金沢城下全体がわりと整然とわかりやすく把握できる、見やすい絵地図だ。
城下を縦横に流れる用水や、総構堀(そうがまえぼり)という外堀、そして犀川・浅野川の二川の位置もよくわかる。「の」の字のように城を囲む総構堀は、江戸城下をも彷彿とさせる。
さて表題だが、「加賀には殿様が九人いた」とも言われるが、百万石の前田の殿様の他に、八人の一万石以上の家老(加賀八家)が存在した。彼らは城下に、大名並みの広大な屋敷地を与えられ、多くの家臣も抱えていた。それらがそれぞれまるで金沢城下に、さらなる城下を形成しているようで、これを複合城下町とも言う。他の高禄の家臣の屋敷地もあわせ、およそ30以上もの「小城下」があった。
五十万石以上の城下町(仙台・広島・名古屋・熊本など)は、同様の構造を持ち合わせていたというが、どこも現在、都市の近代化によってあまりその姿が残っていない。しかし戦災に逢わなかった金沢は、今でも往時を偲ぶ街路や街並が色濃く残っており、この点が日本で数ある城下町の中でも、金沢がその代表として世界遺産の価値があると強調される部分なのです。
まだまだこの研究は深く掘り下げる余地があり、先日結成された、加賀八家のご子孫たちが中心の「加賀藩歴史文化護持協力会」がさらなる調査の中で、このテーマの研究も進むことでしょう。そうやって見ると、金沢の絵地図はより興味深く見ることが出来る。

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2008年2月 6日 (水)

センスオブワンダー

パタリロがまた新しいシリーズを出したよ。「ビストロ温泉パタリロ!」。少女マンガ界に燦然と輝く長期連載コミック「パタリロ!」。本連載は80巻を数えるけど、作者も飽きてきたか、アナザーストーリーのシリーズも増えてきた。「パタリロ西遊記!」や「パタリロ源氏物語!」などだ。本連載も続けてほしいが、今回の「ビストロ・・」も面白い。
魔夜峰央のもう一つの得意分野、妖怪変化の奇怪なムードもふんだんに取り入れ、「家政夫パタリロ!」で培った[アラファト家政婦派出協会]での経験を生かして、先輩家政婦の「おクマさん」と開いた「ビストロ温泉」。[ビストロ(パリ風のこじゃれた居酒屋?)]と[温泉]がどう繋がるのか?、本編を見てもらいたいが、まぁそこで起こるフシギな現象と相変わらずのドタバタ。最近、なにも考えずにカラカラ笑えるマンガも少なくなってきてるが、魔夜峰央が長年健在なのは、まさに「センスオブワンダー」、つまりオドロキである(本編引用w)。いやいやそんな中でも光る教養と薀蓄が散りばめられているよw。
パタリロのギャグセンスは僕と通じるところがある、と言ったら変わり者に思われる?


ビストロ温泉パタリロ! (花とゆめCOMICS)

ビストロ温泉パタリロ! (花とゆめCOMICS)

著者:魔夜 峰央

ビストロ温泉パタリロ! (花とゆめCOMICS)

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2008年2月 3日 (日)

山中温泉、散策

Ricoh_08020318 週末は会社の旅行で、石川県内の山中温泉へいったよ。去年は別として、最近はずっと近隣の温泉宴会。まぁいいんだけど、相変わらず単調だよね。
山中温泉は2年前に、母親の傘寿の祝いで兄弟と一緒に泊まりに行ったのが実は初めて。そのときは、中でも一番奥の旅館に泊まったから、街中は行ったことがなかった。
夕方来て朝早く帰る旅程だけど、だからなんとしても外を歩いてみたかった。
Ricoh_08020309_2 総湯の前だけど、どこの温泉にも、銭湯のように地元の人も入れる中心の湯場があるよね。
旅館から歩いて5分ほどで、「あやとり橋」に。川の谷あいに連なってる山中温泉で、有名な木橋の「こおろぎ橋」があるけど、これは近年造られた鉄橋。鉄骨があやとりの「橋」のように組まれている。橋自体もくねらせて、しかもゆるく傾斜してるから、雪が残って足元がすべって大変だった。橋の上から落ちたらど~すんだ?
Ricoh_08020313 対岸に下りて、下から見上げると、こう。ここは「こおろぎ橋」より街中から近いので、紅葉とかいい季節になったら人も多いかもしんないけど、冷たい冬の早朝では全く人影なし。
しかしもっと雪深いかと思ったのに、ぜんぜん。これじゃ金沢市内と変わらない。よそからの観光客は、どっちがいいのかな?

Ricoh_08020315 今日は東京のほうが雪積もったようだけど、大勢ころんですごかったらしい。横浜で7センチだって。以前学生のころいた藤沢で、7センチの積雪で午後の授業打ち切りって言われてあきれたのを思い出したよ。
でもみなさん気をつけてね。
こっちはやっぱりもう少し積もらないと冬って感じしないけどね。
今日は午前のうちに帰ってきて、家の整理でもしてました。


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