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2008年1月14日 (月)

左義長は今日ですか?

Img_74662s 今日は左義長 です。いわゆる「どんど焼き」?あなたの地方ではどう呼ばれてますかね。1月15日に地元の各神社で行われていたこれも、成人の日が月曜になってからその日になったりまちまちのようで困りますね。Wikiで調べたら江戸じゃ火事のタネとして廃れたとか。今はダイオキシンのため混ぜ物に神経質になってますね。正月の注連飾りなど、普通に捨てるわけにはいきませんから、左義長はなくなってもらうとたいへんですw。
それに、ここ金沢では、写真のように鏡餅の上の餅は赤いのです。子供のころからそれが当たり前だと思ってましたが、他の地方では全くなく、金沢独自のようですね。最近はサトウ食品越後製菓 でパックの鏡餅が売ってますが(中に小さな丸もちがたくさん入ってる)、金沢ではちゃんと上を赤く染めています。これはわざわざ金沢だけのために製造しているとか!一部だけどこかへ僅かに供給してるみたいですが、地方地方の風習は、なにも正月だけに限りませんが、尊重しなきゃいけない企業側も大変ですね。

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コメント

おもしろいですね、竹の櫓が燃えるのは。大都市近郊の住宅地は、在郷の人と新しい人との融和が難しいとよく言われますが、それでも住宅地化してすでに何十年のところもあり、もう老齢化問題も深刻とか。大阪の門真・茨木あたりもそうだと人に聞いたことがあります。
左義長は神社主体かとも思いましたが、そういった地縁も少なくなってきているということでしょうか。

投稿: joker | 2008年1月15日 (火) 13時13分

地元の小学校の左義長は、先日早々と終わってしまいました。
左義長自体も大分減ってきましたからね。
僕ら小学生の頃は毎年やってたんですが、やはり環境面(黒い煙が
風に流れて住宅地を舞う)ってので規模を縮小したり廃止にして
伝統が失われつつあるのが、ここ数年新興住宅地として急成長した
『加古川』という街の現実です。
僕の実家周辺も、昔は周りが溜め池や川重の爆薬?戦闘機?工場であって
約30年で溜め池も川重の工場も全て住宅地に変わりました。
だから、住宅地に変わった頃にどっと人(核家族)が増えてしまって
昔の伝統を知らない同世代と昔から居続けてる家庭に生まれた
同世代がミックスされた中に居ました。
僕も、あと少し早ければ広島に、さらにもうちょっと早ければ
岡山のどちらも市街地で誕生するところでした。
だから、28年生まれ育ったこの地の伝統もあまり知りません。

脱線しましたが、『左義長』と言っても一応は竹などでヤグラ
建てて書初めやお飾りとかも燃やすんですが、学校のグランドで
学校の一つの行事として行われたんで、早く終わらすために途中で
先生達がバケツに入ってる灯油をかけていたのを覚えてます。
その瞬間と竹が爆発する時とヤグラが崩れかける瞬間に歓声が
上がってました。

そんな感じですね。我が故郷の左義長は。

投稿: ナベちゃん | 2008年1月15日 (火) 11時22分

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