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2007年10月16日 (火)

現在の「塩硝街道」と刀利ダム

Img_66883s 日曜の午後は久しぶりに「塩硝街道」を走ってみた。現在の県道10号で湯涌温泉から刀利ダムへ抜けて富山県の五箇山方面へ繋がるルートだ。[えんしょうかいどう]と読むが「援蒋ルート」ではない。
自宅から4kmほど上流の涌波町で「土清水塩硝蔵」が発掘調査され、このたび金沢市埋蔵文化財センターなどにより説明会があった。「塩硝」とは黒色火薬の原料で、江戸時代に加賀藩がもちろん幕府に内密で、越中の五箇山で製造させ、この塩硝街道を通して金沢まで運ばせていた。
Img_66959s 硫黄・木炭・塩硝で作られる黒色火薬は鉄砲には無くてはならなず、塩硝はここのものが国産最良の品質で生産量も最大だった。以前は金沢城内に塩硝蔵があったが度重なる火災で万治元年(1658)に、土清水に移設された。絵図などの史料で知られていたがこのたび、発掘の上存在が確かめられた。
街道、山奥の途中には現在、忽然と採石場が現れた。山二つがなくなるまで掘られるのか?
Img_66888s 富山県境の峠である。ずっと登りの続く細い林道を抜けてようやくたどり着いた。ここを通ったのは20年ぶりくらいだが、かつて藩政期には幕府の目を盗んで、荷駄を担いで塩硝を運んでいたのに想いを馳せると感慨深い。
途中、前後数km何も無い道に突然、古い民家が二件あったが、昔はなにか役割を担っていたのかとよけいな想像も働いてしまう。
Img_66907s 県境を越えるとそこは、小矢部川の「刀利ダム」湖が眼前に広がった。
湖岸を撮るためここで車を降りて、ダムサイトまで1.5kmほど歩く。20年前と同様満水ではなく、水際にわずかに草木も生えていることからほぼいつもこの状態なのかと思う。真ん中の島は神社のあった跡だって。

Img_66916s 刀利ダムまでやってきた。高さ101m、堤長229.4mのドーム型アーチ式ダム。アーチ式ダムといえば富山県では当然黒部第四ダムが有名だが、やはりこの姿はかっこいい。石川だと重力ダムやロックフィルダムしかなく、この垂直に切れる高度感に乏しい。
昭和35年から7年の歳月をかけて昭和42年に完成した、小矢部川を治水する多目的ダム。富山は大きな川が数多いから水力発電が豊富な県だ。北陸電力が本社を置く意義もある。
Img_66940s 吸い込まれるような高度感だが、高所が決して好きでもないのに(高速道路や閉所では目眩もする)、怖いものみたさなのかダムの高低差は魅力的だ。いずれ黒四ダムもレポートしたい。
このルートは県道ということもあって(富山県側も10号)車の往来は数度あったが、いずれにしても静寂感の深い谷、巷の喧騒にかかわりなく、この20年ほとんど変わらない自然(と重厚な建造物)の姿は浮世の憂さを忘れさせてくれる。そういうものを感じに奥地に訪れたがるのかも知れない。



Img_66965s 帰りに犀川の大桑橋たもと。夕焼けが台地のシルエットを写して綺麗だったので思わず車を停めた。少し雲が多かったが、休日に晴れる秋が少ない北陸、貴重なので何枚も撮ってしまった。
こんなことばかりしてるから検定の勉強は進んでいない・・・。

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