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2007年10月

2007年10月31日 (水)

「GT-R」のカタログがきたよ。

Img_67404s GT-Rのカタログが着きました。東京モーターショーの発表に合わせて、スピリッツ誌上の連載「GTR」でもそのベールを脱いだ。それによるとゴーンは従来の広告展開はしないという。なるほど、漫画と同時進行というのも新しい手法だ。CFもメインでは取り上げずクーペのCMでイチローがちょっと言うだけみたいだ。
日産の社員も戸惑わせる新型GT-Rは、6気筒ツインターボVR-38エンジンは最高出力480馬力。ずば抜けたハンドリングの四駆システムに独創的なトランス・アクセルレイアウト。セーフティにも配慮した時速100kmから40m以内で停止できるブレーキシステム。
パフォーマンス評価のベンチマーク、ドイツのニュルブルクリンクサーキットでの恐怖の高速コーナー、「Kesselchen」のウェットタイムで驚異的な安定性を実現したとカタログにある。今までと違い世界市場に向けて展開する予定のこのニューマシンに、ぜひ東京モーターショーで逢いに行きたい。

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2007年10月25日 (木)

ニューGT-R発表!

Gtr_640 「東京モーターショー2007」がいよいよ始まります。今日はPressDayだったようで、いろいろなレポートがネット上を駆け巡りましたが、中でもNISSANが新しい「GT-R」を発表しました。ゴーン体制になって5年ぶりのニューマシン。今回の熱い意気込みがひしひしと伝わってきます。既報ですが、このニューGT-Rをどうプロモーションするか、小学館「ビッグコミックスピリッツ」誌上で漫画連載しながらその実情が届けられています。
コンセプトは「いつでも、どこでも、誰にでも」だそうで、ともすると今までユーザーを選んでいたGT-Rにはない新機軸が窺えます。丸テールを復活させたのも大きいです。ゴーンの鼻息も荒く、新しいNISSANのフラッグシップマシンに相応しいスポーツカー。価格はとても買える値段ではないですが、早速webでカタログ申請。当然今後のレースシーンへの発展も期待します。今年こそ来月、ぜひGT-Rをメインに逢いに、東京モーターショー2007へ行きたいと思います。

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2007年10月22日 (月)

「富山城」の現在

Img_67271s 「地図力検定」の前に時間があったので会場隣の「富山城」公園に入った。仕事やプライベートで何度も訪れている富山だが、城をまじまじ眺めたり入ったりするのは初めてだ。
富山藩は加賀藩の支藩として寛永16年(1639)成立したが、富山城の天守は実際このようでなく、今あるのは戦災から立ち直る記念に昭和29年富山産業大博覧会を開催し、そのとき建設されたいわゆる模擬天守だ。今は「富山市郷土博物館」として一昨年耐震改修工事も終わり、国の登録文化財となっている。
改修間もない、見た目に美しい模擬天守は、やはりそこに存在するだけでも都市のシンボルたりうる。金沢にも早くほしいものだが、世界遺産を目指すには史実になるべく忠実であるべきという縛りがある。ならば本丸の森林も撤去すべきと思うがどうか・・。

Img_67284s 展示では、中世の富山の成り立ちから解説があるが、隣県のことなのに今までよく理解していなかった。戦国時には信濃同様、自国に強力な勢力が存在しなかったため、神保長職よって初めて築かれた富山城も、上杉謙信や一向一揆勢、そして織田信長の勢力と、入れ替わり立ち替わりその支配者は変わっていった。
そして佐々成政が治めたあと、秀吉が征討してから一旦富山城は破却された。
Img_67287s 江戸時代になり加賀前田家の勢力下になると、一国一城令によりまた廃城、そして富山藩分藩の1639年に初代藩主前田利次が入城した。この富山藩の4代目が僕と同じ名前であるので親しみは以前からあった。前田利家の祖父も別名が同じ名前である。
この富山城下の絵図は、地図展や博物館で購入した史料本にもさまざまのが載っていたが、神通川が城の真北に蛇行している。明治時代に河道改修されまっすぐになり、現在は県庁や地図展会場の県民会館など、全くの市街地だ。
Img_67293s 天守の上から鉄門(くろがねもん)石垣を見る。近年の改修時に内部調査された石垣だ。富山城は門周辺にのみ石垣があり、あとは土塁が主だった。
それはともかく内堀がかなり改修され、水もまるでプールのような色をしていたのがちょっと人工的で気になった。まぁ城自体人工的なものではあるが。
まだこの内側の、今地下駐車場になっている内郭が耐震工事中で鉄骨がむき出しになっている。明治以来城域はさまざまな公共機関の建物が林立していた富山城だが、古の姿を取り戻すバランスをとるのはなかなか労苦がありそうだ。

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2007年10月21日 (日)

「地図力検定」受験!

Img_67325s いよいよ「地図力検定」の日がやってきた。試験勉強はイマイチ進まなかったが、深夜まで本を読んでいたら寝付けなくて、浅い眠りのまま朝を迎えてしまった。
早めに出発、富山まで普通列車に揺られて1時間。早い分、会場の富山県民会館の隣の「富山城」を見学。今日は現在の3大趣味[鉄道・城・地図]のフルセットだ。
会場では「地図展2007」が開催。検定はそのオマケだ。
Img_67301s 今年は立山の北面、「剱岳」の測量100年記念の年だ。江戸時代、信仰のため登山禁忌だった「剱岳」を、測量のため明治40年に陸地測量部柴崎芳太郎が登頂に成功した。当時はこのような厳しい山に登るのは困難を極めた。この数々の苦難のドラマが再来年映画になるという。そのとき山頂で見つかった修験者の「銅錫杖頭」の実物が展示されていて感動した。
Img_67299s 実物で感動といえばもう一つ。明治時代に三角測量で使われた経緯儀(トランシット)、ドイツ製のカールバンベルヒ一等経緯儀も展示していた。教材本「地図と測量のQ&A」に写真も載っていた、三角測量で水平角・高度角を観測できるこの経緯儀は、測距儀が開発されて三辺測量が主流になる戦後まで使われただろう。

Img_67308s ちょっと専門的すぎたろうか。一般の人にはこの伊能忠敬の地図の方がとっつきやすいだろう。伊能図は縮尺の違いから大図・中図・小図とあり、ほぼ東日本を網羅したこの「伊能小図」は3枚、中図は8枚、大図は214枚で日本をカバーしている。ここ北陸道の伊能大図が床に並べられていたが、「大日本沿海輿地全図」の名が示すとおり、沿岸部において詳しいが、内陸になるとトンと詳らかでない。特に金沢は伊能測量隊に協力的でなく(軍事的理由からか)、宮ノ越(今の金石)から宮ノ越往還と金沢城周辺に集落を点で示すのみとなっている。
「地図展」最終日、スタッフが往来に盛んに呼び込み掛けてる成果もあり、大勢の来場者で賑わっている。剱岳100年の記念イベントの一環で、もちろん富山県にまつわる展示・地図も多く、皆さんの関心も高い。来場者の自宅位置情報の登録もあったが、石川から来てるのは僕ぐらいだった。
Img_67322s 今年はこの北陸で地震も多発したので、それらの地図情報についても多くの展示があった。能登沖地震で複雑な隆起、地盤移動があったのをお聞きになった方もあると思うが、即時にその情報がつかめたのも、GPSや衛星からの合成開口レーダー干渉画像などの成果による。これらは現代のデジタル情報が地図や地球の測地系に貢献している例だが、僕らが学生のころでは考えられなかったこと。こういった技術の知識が今後主流になるだろうから、今日の検定でもしっかり押さえておく必要があると思ったら案の定だった。
ところでじっくり展示を堪能したあと、メインエベントの「地図力検定」だが、ここ富山会場では受験者19人、全国6会場計210人はちと少ない。地図に関心のある人はこの来場者数からいっても決して少なくないと思うが、より深くとなるとやはりマイナーなジャンルなのだろうか。

Img_67317s 試験は50問。いちおう教本で押さえた内容がメイン。地図記号やなんとか図法というのは基本中の基本なので出ませんよ。やはり今年は富山が記念会場ということもあり、北陸の問題が多くてよかった。石川県の県旗の問題もあってラッキー。過去問と全く同じ問題もあって簡単なものもあったが、やはり時勢をよくつかんでいないと解けない問いも多かった。今年になって法律になったり自治体で決まったことなど、情報をもってないと解けないことや、全くわからなかったものもあり、4択の不確実な回答は悉く間違えてしまった。終了後問題と回答をもらえたので、帰りの列車で答え合わせすると、13問も間違えて74点だった。80点は行くかと思ったが、これで2級合格ラインだと思う。11月下旬に発表はあるけど、まずは1つ試験クリア!
次は11月4日の「江戸文化歴史検定」だ。

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2007年10月17日 (水)

ついに優勝!石川ミリオンスターズ

Img_67062s プロ野球独立リーグ「北信越BCリーグ」初代チャンピオンに、我が「石川ミリオンスターズ」が決まりました!!
石川・富山・新潟・長野の4県で、各県独立採算制の不安の中、試行錯誤で始まった地域野球リーグですが、輝ける初年度の優勝を、ついにここ石川が勝ち得ました。
残り2試合でマジック1。2位の富山と直接対決。平日夜でもこの決戦を見逃すまいと、大勢(それでも3400人は営業的には少ないか)の観客が訪れました。
Img_67036s リーグ終盤を6連勝で迎えたこの日、そのままの勢いでライバル富山を押さえてほしいもの。
初回から地元の熱い応援に応えるべく、畳み掛けた攻撃で一気に4点を先取。序盤から硬さも無くこちらのペースで進みます。
声援もヒートアップしてこの夜は肌寒さも吹き飛びました。

Img_67014s 5番松岡が今日も見事なホームラン!なんと4試合連続。この好調さをシーズンもっと早く出してもらったら苦心はしなかったが。
夏は打線が繋がらず、チャンスに凡打も多く、チーム打率は下降線だったが、秋も深まってこの大事な時期に皆生き生きと打ち出した。この連勝中は打棒でも他チームを圧倒して安定していた。
Img_67106s 今日も剛打富山のお株を奪う猛打で、18安打16得点。夏はフラストレーションもたまったが、スカッとする連打で完勝だ。
そして22時11分。シーズン通してきっちり抑えてきた守護神、金沢大学医学部院生の高田がショートゴロに打ち取って、ゲームセット!
独立リーグという初めてのことで戸惑いを隠せなかった、金森栄治監督のハレの胴上げ。地元に戻って苦労も見事結実した、うれしい瞬間だ!Img_67144s
選手たちも、いわゆる寄せ集めの中、言いし得ぬ苦労と努力があったろう。それが報われた25人におめでとう!
次は20日(土)から行われる、四国アイランドリーグの覇者、香川オリーブガイナーズとの日本シリーズ、「グランドチャンピオンシップ(仮)」が早くも待っている。

Img_67164s 四国はシーズン中の交流戦でも、先達の強さを見せていた。胸を借りるつもりで頑張ってきてほしい。
今日の見事なスコアです。好きなチームの優勝の瞬間に立ち会えた久しぶりの興奮は、チームの公式応援歌、「一番星」にもあるように、地震などで打ちのめされた地元の人々に勇気と希望をホントにくれたような気持ちです。
Img_67212s BCリーグの村山代表と、石川の端保社長も囲んでチャンピオンフラッグを掲げ記念撮影。
あとは営業面でどこまで軌道にのせられるか・・。残念ながら、優勝したとはいえ石川の観客動員は4県最低に近いものがある。今日も優勝戦にしては少ない。選手にもインタビューで、「こんなに石川に人がいるとは思わなかった」とちょっと皮肉られた(笑)。この成績をもって、県にもまずこの県立球場を改装してもらうなど、もっと観客を呼びやすい環境づくりを今後期待したい。

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2007年10月16日 (火)

現在の「塩硝街道」と刀利ダム

Img_66883s 日曜の午後は久しぶりに「塩硝街道」を走ってみた。現在の県道10号で湯涌温泉から刀利ダムへ抜けて富山県の五箇山方面へ繋がるルートだ。[えんしょうかいどう]と読むが「援蒋ルート」ではない。
自宅から4kmほど上流の涌波町で「土清水塩硝蔵」が発掘調査され、このたび金沢市埋蔵文化財センターなどにより説明会があった。「塩硝」とは黒色火薬の原料で、江戸時代に加賀藩がもちろん幕府に内密で、越中の五箇山で製造させ、この塩硝街道を通して金沢まで運ばせていた。
Img_66959s 硫黄・木炭・塩硝で作られる黒色火薬は鉄砲には無くてはならなず、塩硝はここのものが国産最良の品質で生産量も最大だった。以前は金沢城内に塩硝蔵があったが度重なる火災で万治元年(1658)に、土清水に移設された。絵図などの史料で知られていたがこのたび、発掘の上存在が確かめられた。
街道、山奥の途中には現在、忽然と採石場が現れた。山二つがなくなるまで掘られるのか?
Img_66888s 富山県境の峠である。ずっと登りの続く細い林道を抜けてようやくたどり着いた。ここを通ったのは20年ぶりくらいだが、かつて藩政期には幕府の目を盗んで、荷駄を担いで塩硝を運んでいたのに想いを馳せると感慨深い。
途中、前後数km何も無い道に突然、古い民家が二件あったが、昔はなにか役割を担っていたのかとよけいな想像も働いてしまう。
Img_66907s 県境を越えるとそこは、小矢部川の「刀利ダム」湖が眼前に広がった。
湖岸を撮るためここで車を降りて、ダムサイトまで1.5kmほど歩く。20年前と同様満水ではなく、水際にわずかに草木も生えていることからほぼいつもこの状態なのかと思う。真ん中の島は神社のあった跡だって。

Img_66916s 刀利ダムまでやってきた。高さ101m、堤長229.4mのドーム型アーチ式ダム。アーチ式ダムといえば富山県では当然黒部第四ダムが有名だが、やはりこの姿はかっこいい。石川だと重力ダムやロックフィルダムしかなく、この垂直に切れる高度感に乏しい。
昭和35年から7年の歳月をかけて昭和42年に完成した、小矢部川を治水する多目的ダム。富山は大きな川が数多いから水力発電が豊富な県だ。北陸電力が本社を置く意義もある。
Img_66940s 吸い込まれるような高度感だが、高所が決して好きでもないのに(高速道路や閉所では目眩もする)、怖いものみたさなのかダムの高低差は魅力的だ。いずれ黒四ダムもレポートしたい。
このルートは県道ということもあって(富山県側も10号)車の往来は数度あったが、いずれにしても静寂感の深い谷、巷の喧騒にかかわりなく、この20年ほとんど変わらない自然(と重厚な建造物)の姿は浮世の憂さを忘れさせてくれる。そういうものを感じに奥地に訪れたがるのかも知れない。



Img_66965s 帰りに犀川の大桑橋たもと。夕焼けが台地のシルエットを写して綺麗だったので思わず車を停めた。少し雲が多かったが、休日に晴れる秋が少ない北陸、貴重なので何枚も撮ってしまった。
こんなことばかりしてるから検定の勉強は進んでいない・・・。

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2007年10月15日 (月)

月見光路2007

Img_66683z 金沢の中心部、広坂の振興会が企画し、金沢工業大学の建築系の学生たちがオリジナル作成した灯りのオブジェが、今年も秋の金沢の街を照らした。
5年目になる今回は初めて広坂緑地にステージなど設け、音楽ともコラボする観客が滞留できるイベントとして、ようやくメジャーとなりつつある?
Img_66712z 金沢21世紀美術館の前で去年と同じ星のオブジェをまず撮ったが、美術館のカフェが外から見てかっこよかった。こんな日でないと三脚で外から撮影すると怪しまれるかも知れないしね(笑)。


Img_66727z 広坂緑地に今年はさまざまなオブジェをまとめて、土曜の夜はかなりの観客であふれていた。初めてこの広場が役に立ったと感じたかな。
去年は一つの場所に一つのテーマだったので、いろんな種類を一度に画面に納められる今回はなかなかよかった。

Img_66760z ステージではサックスを奏でる女性チームが、ジャズじゃなく一般でも親しめるナンバーで演奏してかなり受けていた。
サックスは以前からチャレンジしたい楽器だったが、静音練習が出来ないので断念して今に至る。今からでもなにかやってみたいが・・。

Img_66784z







Img_66802z 辰巳櫓石垣をバックに。この上に櫓が建てば、夜景はさらにいい雰囲気となるだろうに・・・。







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2007年10月14日 (日)

校下の防災訓練参加

Ricoh0710141 今日はさっきまで、地元菊川校下の防災訓練に参加してました。
町会のわが班で3人しか出ないというので駆り出されました。全体で200人くらい居ましたが、毎年やってる大事な行事になんと初参加です。
前の勤めの関係で防火管理者の資格も持ってますが、20年ほど昔になるのでだいぶ要領もかわったでしょう。
Ricoh0710142 なんと最初から「AED(自動体外式除細動器)」の使用訓練です。今は街中にかなり普及したAEDですが、ほとんどの方は使い方ご存知ないでしょう。そんなの誰でも取り出せますよ、ってな感じで設置するのもどうかと思いますが、使い方を習ってない人はやっぱり触らないでほしいですね。
訓練でも、まずはオーソドックスに気道確保と人工呼吸、心臓マッサージが基本で、心肺停止で(街中でそうそう出くわしませんが)どうしようもないときにAEDを使うようにすること、だそうです。でも大切なのはすぐ救急車を呼んでくださいって。
Ricoh0710143 外に出て、消火器で消火訓練のあと、天ぷら火災消火体験。過熱で火が出てもあわてず、シーツを濡らして手前から覆って空気を遮断すれば大丈夫、とのことですがこれも最終手段ということで、必ず消防を呼んだり消火器などでトライするようにと。
基本はプロに任せることですが、初動にあわてず自分で出来ることを、周りと協力しながら・・、というのが普段しない防災の訓練の意義のようです。
今日は集合場所からグランドまで、担架を担いだのが唯一で、あとは撮影班?に回りました。
Ricoh0710144 今やネットなどで、各会場と無線で繋ぐことなど簡単なようで、ご年配の防災担当者でもキカイを操作しながらデモってました。
最後に炊き出しのアルファ米のごはんをいただきましたが、ただの白米より味があって、避難生活になったらよくよくこういうものがありがたいんだなぁ、とつくづく思いましたね。
写真はポンプ車の操作部。みなさんも普段から何かあったら動けるよう、心がけが大切ですので頑張りましょう!

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2007年10月13日 (土)

石川ミリオンスターズ、マジック2!

Img_66821s とうとう大詰めのBCリーグ「石川ミリオンスターズ」の試合観戦に行った。今日を含め残り4試合、すべて石川県立球場という好条件。1ゲーム差つけ首位、金森監督は全部勝ちに行く、と心強い宣言!
昨日敵地で「富山」を破ってついにマジックが点灯した。ここに来てチャンスに弱かった打線が繋がるようになって、少し安心して見られる。夜景を撮りに行った続きで、試合開始1時間後に球場入り。3回表終わって2-0でリードしていた。
Img_66826s 直後に加点後、5回には待望のホームラン松岡のバットから初めて目の前で見せてもらった。このチームは極端に長打力がない。HRは背番[1]の松岡がこれで6号。あと山出三宅が1本づつだけだ。それでもここまでこれたのは、金森監督の徹底した守備力の基本練習の賜物だ。防御率もリーグダントツである。
Img_66863s 試合は7-1と、安定した試合運びで勝利。先日好投した蛇澤が今日も完投してくれた。ついにマジック2となり、早ければ14日にも胴上げだ!優勝の瞬間にも、ぜひ立ち会いたいので毎日目が離せなくなった。
BCリーグ初代王者に向けて、みなさんも注目してください。



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2007年10月10日 (水)

「白山総合車両基地」予定地

Img_66529z 晴れた7日は、北陸新幹線「白山総合車両基地」建設予定地ともなる、北陸本線[松任]-[加賀笠間]間、石松踏切地点にやってきた。
ここは鉄道の下をくぐる主要道の線路脇に駐車できるスペースもあるのでよく来る。ずっと直線だがまぁいい。午後は松任方面が順光になるので写しやすいが、小松方面は当然写しにくい。683系は富山方面が非貫通の顔なのでそれを撮るには午前がベスト。今日の目的はそれじゃないのでいいだろう。
Img_66263z 来るなり「雷鳥」のサロンカー先頭車が来た。485系国鉄色の見る事が出来る数少ないケースだが、前日6日と翌日8日は「雷鳥」臨時列車のオンパレード(連休だからか)。天気のよかった6日は多くの鉄道ファンでにぎわったろう。もはや定期運行は北陸スジでしか見られない。
実はこの日はここじゃなく、「SL北びわこ号」を観に米原へ行くつもりだったが、少し寝過ごしたのと、往復1万円も掛かるからやっぱり足が遠のいた。
Img_66334z 人もうらやむ北陸本線を、まだ充分踏破してないのだから、いずれ東側の撮影スポットも巡りたい。
写真の419系はご存知583系の成れの果て。この姿のほうが車歴が長いとくる。北陸本線の普通列車はこのタイプもまだあり、新幹線が予定されてるから新型車両が供給されない。座席やドアも旧来のままに近く乗降が著しく不便だ。JR西日本も予算がここまで回せず、各地での事故や災害も影響してるだろう。
Img_66425s ここへ来たのは別に理由がある。ここで「白山総合車両基地」は田圃の中に作られるわけだが、写真のようなしっかりした用水も数多い。これらを暗渠にして土盛して造成するというが、地元の町会などで管理が出来ない、と「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」に再検討を求めている。
地元農家の言い分も尤もだし、地下に通さず迂回させる手はないだろうか。
Img_66347s このことでまた遅れが出ても問題のようだし。しかしここ一帯の農地が失われると、写真のような「しらさぎ」(実際はアオサギ)の来訪も減るのかな。列車の「しらさぎ」がちょうどバックになれば画になったが。




Img_66432s ここいらはホントにのどかで静かな農地だが、車両基地が出来たら毎週のように撮影しに来ようかな。そんな人たちで騒がしくなるのでせうか。
なぜにいつも田圃の畦にヒガンバナが咲くのでしょうね。可憐な姿は再来年度ここが工事現場になるのを感じさせてくれない。

Img_66568z 最後は「トワイライトエクスプレス」。隔日で大阪から札幌まで行くこの豪勢な列車は日本海スジの最長列車。
新幹線が通っても、豪華寝台の旅は永遠の憧れとして決してなくならないでほしいですね。


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2007年10月 9日 (火)

秋のバラ園

Img_66155s 7日は天候に恵まれ、金沢南運動公園のバラ園にまた行ってみました。実は前日来たんだけど、多くのスポーツイベントで駐車場は満車。やむなくやり過ごしたら、本日は前日に増して気温も高く、汗をかきかきの撮影。
秋でもバラは満開だけど、全体もう峠は越した感じで、いい具合の花を撮るには被写体を探すのがたいへんだった。
Img_66171s 相変わらず品種は覚えきれないけど、花屋で売ってるものとは確実に違いますね。
夏前のときと違って秋風がときおり強く、50mmマクロで撮るのにちょっと苦労した。




Img_66184s ブルーなんとかって言うバラ。"紫のバラのひと"を来月演じたいんだけど・・。
昔バラは青や紫は作れないって話だったけど、最近の技術はもうおかまいなしなんだっけ。いろんな色であふれてますね。



Img_66197s これが一番正統派って感じ。






Img_66208s きもちいい晴天はこの日が最後。翌日から北陸の秋?らしくよどんだ雨模様。まぁ全国雨だったみたいだけど。
また週末いい天気は望めなくなるのか?急遽14日は校下の防災訓練に出なければいけなくなった。雨なら中止かな。次の21日はいよいよ地図力検定、まだ勉強できてませんが。

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2007年10月 8日 (月)

ミリオンスターズ、大詰め奪首!

Img_66631s BCリーグ「石川ミリオンスターズ」の応援に石川県立球場へいきましたよ。今夜で5試合目。ファンクラブの入場引換券は7枚だから、あと2試合見られる。5ポイントということでピンバッジがもらえたよ。リーグはいよいよ大詰め、残り7試合が雨中が多かった分地元金沢での試合がほとんどですごく有利だ。
試合前に円陣を組んで必勝を誓い合うメンバー、今日勝てば再び首位だ。
Img_66649s 試合前の守備に着くとき、スタンドにサインボールを投げ入れるが、バックネット裏にいたので、ベンチ裏に皆投げるので意識してなかったら、今日先発のエース蛇澤が最後にこっち目掛けて投げてきた。不意をつかれてそのために用意してきたはずの帽子も取らず、失速したボールを素手で取り損ねてしまった。中指にさわったがバウンドして隣に取られてしまった。貪欲さが欠けてしまったのを悔やんでしばらく試合にも集中できなかったね。
Img_66669s ゲームは蛇澤の立ち上がりを攻められ初回に1失点したが、その後は8回までパーフェクト、1人のランナーも出さなかった。5回に集中打で逆転。エースの完投で見事首位に返り咲いた。時間も2時間25分と、19時開始でも21時半には終わる理想的な展開。これなら安心して子供たちにも観せられるだろう。1752人は終盤の休日にはそんなに多くはないが、今日で主催3万人目達成。でも厳しい現実は続く。昨日の富山での首位攻防は、8000人以上入った記録だった。8日はまた雨中となったが、16日の石川県立球場の対富山首位最終決戦は、たくさんの観客であふれてほしい。

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2007年10月 7日 (日)

兼六園・金沢城ライトアップ秋の段

Img_66040s 講演会から出直して、毎年恒例の兼六園金沢城のライトアップを写しにきた。
今日は日中少し暑さが戻るくらいのいい天気。空気も澄んで鮮やかに写せた。やっぱり三脚とリモートスイッチは必需品だ。
兼六園はまだ大勢の入場者が、霞が池の水面にも映る幻想的な夜の姿に感嘆していた。ライティングの妙で意外にもいろんな色が映し出されている。
Img_66014s しかし皆さん気軽に携帯で記念撮影してるが、ブレブレ間違いなしだよ。暗い中歩きながら携帯覗き込まれると、特に女性は顔がぼ~っと携帯の灯りに浮かび上がって、ちょっとこわい・・ということになってるの気がつかないかな?


Img_66113s 金沢城に場所を移してビシバシ撮った。前年はなにかのイベントのついでに撮りにきたが、手持ちではやっぱりダメだったもののリベンジはなんとかうまくいった。しかし漆喰の壁面は唯でさえ白いのに、ライティングがきつすぎてこれ以上あけると白く飛んでしまう。もう少しシャッターを開けて空も取り入れた違った雰囲気も出してみたかったが・・。
Img_66130s 反対を向くと「河北門」の工事現場が。まだ発掘中という段階で、いつになったら石垣を積み出すのか。
夜の発掘現場にぼぅ、と浮かび上がる石川門隅櫓。ちょっといい感じかな。夜景はまたいろんなシーンにチャレンジしてみたい。






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2007年10月 6日 (土)

金沢城大学公開講座「金沢城と伝統技術」

Img_65974s 世界遺産登録を目指して、石川県の金沢城調査研究室が研究所にこの4月から格上げになったのを記念して、金沢城大学公開講座「金沢城と伝統技術」が開かれました。
金沢城大学とは、一般の人たちに金沢城の発掘や文献などの調査研究の成果を講義する、無料の勉強会なのだが、年間の登録制でしかも平日日中開講が主体。とてもリーマンは参加できなくて、リタイヤーや自営業の方たちばかり。
今日は特別の公開講座で誰でも参加できる土曜の開催とあって、広い講堂のある県文教会館に約150人ほど集まった。しかしやはり内容から御歳を召した方が多くて、若者?は僕と城好きの外部SEのS氏くらいだった(笑)。
Img_65967s それでもS氏によると、公開講座の割りに参加者は少ないらしく、テーマがいまいちぼやけていたからか。カラーの多ページのパンフももらい、講演内容はそれを読んだだけで充分、というぐあいであまり真新しさを感じなかった。やはり日本歴史研究の欠点が、この金沢城ひとつ取っても顕れたみたいで、石垣、襖絵、建築、庭などのパネラー専門分野と、江戸時代前期後期の違いなど、トータルに結びついた全体研究はまだまだこれから、という気がした。
写真は5代前田綱紀が収集した「尊経閣文庫」内の「百工比照」にある建築工藝資料の一部、柱や梁などに施される[釘隠し]の例である。二の丸御殿の復元の際には、再現のための検討材料になるのは間違いない。
Img_65949s パネルディスカッションの前、京都造形芸術大学の中村利則教授の講演の中に、先日新聞発表もあった、金沢城辰巳櫓の造形についてのレポートがあった。二層の櫓に、全国でも珍しい[唐破風][千鳥破風]の出し(出窓)が並んで設けられていたという。現存する中では、京都西本願寺の「飛雲閣」しか例がなく、城郭ではみあたらない。
新聞で見たCGではなんだかみっともない気もしたが、繁華街から一番目立つ高石垣の上に鎮座するはずで、早期の復元をしてくれたらまた名物が増えることとなるだろう。

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2007年10月 4日 (木)

新スカイライン クーペ発表!

日産自動車新型「スカイライン クーペ」を4年9ヶ月ぶりに発売した。今年は初代スカイライン登場から50周年、意気込みが伝わってくる。
カルロス・ゴーンが日産の建て直しに加わり、前回他社から呼んだデザイナーが作ったスカイラインV35は正直??物だったが、今回は全く違うようだ。
実は今週の小学館「ビッグコミックスピリッツ」GTRと題して日産自動車実名で新型スカイラインGT-Rの広報展開をマンガ化する(と思う)新連載が始まった。
スカイラインと言うとどうしてもハコスカ・ケンメリはもちろんだが、最近でもせいぜいR32のイメージから離れなれないが(R32は今でも正直ほしい)、丸いテールランプを払拭した前回から野暮ったい大人のイメージがついてしまった。しかし時が経つと慣れとは恐ろしいもので、それもアリかなとも感じてきた。実際購買ターゲットはこのクーペはスポーティタイプだけども30歳代から嘗てのスカイラインユーザーの50歳代を目論んでるようで、昔のR32以前は若者がメインだったと思う。団塊リタイヤーは去年出たセダンなんかピッタリなんだろう。
プラモやミニカー、安いラジコンとかスカイライン物は山ほど持ってる、日産ユーザー(サニー)だが、いずれにしても高い買い物(3,696,000円からって・・)、夢見るだけとしてカタログは取り寄せることにしたので、スペック他はそれを見て楽しみます(笑)。

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2007年10月 3日 (水)

石川門太鼓塀、修復は現代工法とコラボ

Img_62344s 金沢城石川門の太鼓塀修復に、控柱を江戸期の形態に復元する工法の検討に、現代的な工法と材料を採用する見通しとなった。
以前記事にしたとおり、現在は写真のように明治期の陸軍が施工した斜めにコンクリート棒でつっかえした、いかにも、という支えになっているが、発掘の結果、平行な貫を通した地面に垂直な控柱だった江戸中期の形状に復元されることになった。
しかしそのままでは、木製の柱が地面に差し込まれ根元が腐食しやすく、さらに引き抜きの力に弱いという問題点があった。
Img_37162s そこで石川県教育委員会では、控柱の根元を石製柱として上部の木製柱と金属製の心棒でつなぎ、地下はコンクリート製基礎を置いて石製柱をしっかり固める復元案を作った。史実とは異なるが、木製のままだと腐食や破損が進み、耐用年数が短くなることから維持管理費も嵩み、文化財保護の観点にも悖る(もとる)ということで文化庁にも理解を得る、としている。
写真は先年復元された鶴丸塀だが、この控柱も実際土台には石を用いて木製柱の掘っ立てにはなっていない。石川門太鼓塀の復元イメージはこれに近しくなる(貫は2本だが)。「けっして石川門の風格を損なうことはない」ということだが、当然だ。むしろこの腐食対策をどうするか注目だったが、現代工法とのコラボに落ち着き、安心している。なにしろ早期の復元完成を望む。

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2007年10月 1日 (月)

ふたりの「あすか」!

Img_65807s 郵船クルーズ「飛鳥Ⅱ」を観にいく前に、金沢にはもう1人の「あすか」がいた。
JR西日本のジョイフルトレイン、12系和式客車「あすか」である。武生-京都の団臨運用のあと、ここ金沢総合車両所に留置かれていた。午前9時だかこの後まもなく、ホームグラウンドである大阪の宮原総合運転所へ帰っていく。
JR西、初のジョイフルトレインで1987年運行。前年餘部鉄橋事故で落ちた和風列車「みやび」の代替で誕生した。
Img_65813s 金沢総合車両所は撮影スポットとして魅力だが、今まで駐車のこともあり寄っていなかった。今日は雨で本格的な撮影は出来なかったが、ロケハンも兼ねて確認できたので、天気のいい休みの早暁またチャレンジしたい。車両所を跨ぐ乙丸陸橋の上に、とうとう新幹線の高架が繋がる。3日の未明で接続工事だ。これでかなり先まで高架は繋がり、開通までの準備は白山車両基地までのルート工事に集中する。7年先は長いようで短い。
実は今日はもう1人の「あすか」が富士で頑張ってたね。悪天候、体調大丈夫だったろうか。

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