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2007年8月

2007年8月27日 (月)

ミリオンスターズ、久しぶり観戦

Img_62387s 今日も暑いには暑かったが、雲も多かったので、久しぶりに野球観戦。石川県立野球場で珍しくデーゲームだ。
昼は用事があったので13時開始の試合に14時30分入場した。スタ坊も暑さでぐったり、かと思ったら等身大?のぬいぐるみ。西部緑地公園はサーカスと中古車フェアもやってて駐車場は満杯。だいぶ奥にやっと停められた。
Img_62390s 休日のデーゲームなので観客はそれなりに。あとで1430人とわかる。以前球団社長の講演会で、無料券は配らない、ということだったが、今日はたしか子供たちは無料。少年野球のユニフォームを着た数十人はいた。
一時間半経ってるのにまだ4回裏。一方的に相手に7点先取されてるけど4点返して追い上げてるところ。陽射しに負けず熱い試合になりそうだ。
Img_62403s 今日の試合は「人権擁護委員会」などの協賛で「人権啓発試合」。グッズも何種類かもらったが、イメージキャラクターの「人KENまもる君」「あゆみ」ちゃん。アンパンマンのやなせたかし氏デザインだ。他にもせつない調のテーマソングなども流れてイニングごとにアピール。たいせつなことだけど、「いじめ」問題とも絡めてるのはちょっと違うんじゃないかと思う。
こうやって各種団体に試合協賛してもらって(今回は無料かも)、少しでも盛り上げていかないと・・。そういえば外野フェンスのスポンサー幕が枚数増えてる。スポンサー獲得の努力を続けられているようです。
Img_62430s 金森監督。夏の陽に焼けて男前が真っ黒でよくみえないですね。厳しい首位争いが続いて苦労なさっています。
先日のダブルヘッダーも雨で流れて、本来週末だけの日程が、9月はなんと18試合と月の半分以上。この先まだまだ苦難が続くでしょう。なんとか初年度優勝を期待してます!

Img_62435s 応援団ブースは満員!開幕以来の観戦で、選手ごとのテーマ音楽も決まってるようでもりあがってますね。
試合は7回に逆転。点差も広げて4時間になったので8回終了で帰りました。サーカスなどで車が混むのもいやだったし。
しかし後で確認したら、9回同点に追いつかれ引き分け・・。5時間にも及び、選手・観客ともお疲れ様・・。11対11、でももう少し締まった試合にしてほしいですね。

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2007年8月26日 (日)

明後日朝顔PG21

Img_62309s 残暑お見舞い申し上げます。土曜の朝、NHKニュースで「金沢21世紀美術館」の朝顔を取り上げていたので、早速撮りに行きました。
デザイナーの日比野克彦さんが提唱する、「明後日朝顔プロジェクト21」で、全国の建物を朝顔で覆うイベントで、「金沢21世紀美術館」の丸い建物も2000株の朝顔で包まれました。
暑くなる前に・・とか思ったけど、元々朝顔は朝しか咲かない花って失念してました(笑)。
Img_62280s 金沢城へ行く前にチャリでひとっ走り。テレビでしてたように、今まで見たこともないような種類の朝顔がたくさん色とりどりに咲き乱れてます。夏に相応しい花ですね。
いつの間に、丸いガラスの美術館が緑のカーテンにくるまれてたのか気づきませんでしたが、9時過ぎなのに、既にテレビを見て来た何人かがカメラを向けていました。








Img_62295z 斜めになってる蔓が巻きついてる縄と、ガラス壁の間に入り込んで撮影。ガラスに映りこんで面白い図柄になりました。
陽影にもなり少し涼しく感じるのは、建物の中の省エネにも効果があるようです。










Img_62297s どれも意外に大柄の花で、こんなに種類があるとは思いませんでしたが、まったく名前などわかりませんね。
朝顔など、小学1年生の花という印象でしたが、奥が深そうです。



Img_62275s 9月上旬まで植えているようですから、毎朝咲いているはずなので、お近くの方はぜひ朝の散歩に寄ってみたら?






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2007年8月25日 (土)

金沢城石川門太鼓塀「解体修理現地説明会」

Img_62386s 石川門の土塀の解体修理の現地説明会に行ってきました。ようやくこの手の説明会に初めて参加。朝から暑い日差しの中、やはりお年寄りが多く、帽子を忘れたのが痛い。
その前に日本100名城のスタンプをやっと押せました。案内所のおやっさんは無愛想で無口でしたが、僕は地元だからいいけど、観光客にもこれをやられたら印象悪くしますね。
説明会は午前10時から。先着25人ずつから組になって順番にガイド。組数から言って100人ほど来場したでしょうか。
Img_62333s 僕はNo16で最初の組でしたが、工事「現場」とあってヘルメット着用。帽子の心配はなくラッキーです。
石川門は門一帯の部分だけでなく、左右に長い土塀の太鼓塀があり、今回外から向かって右の「附属右方太鼓塀」の解体修理についての説明会でした。
石垣の上の土塀は、明治維新で封建社会の象徴である多くの「城」が破壊される中、特に城を隠すものとして壊され、全国でもここ金沢城のように漆喰の白が美しく長く残されているのは数少ないです。
Img_62347s そんな金沢城でも藩政期から火事や地震などでたびたび土塀は再建・修理されています。文献などで天明8年(1788)再建後、寛政11年(1799)の地震で大破。右方太鼓塀は弘化5年(1848)に解体修理。明治以後でも石川門の各櫓の屋根部分の修理などを再三実施。そして太鼓塀は大正・昭和初期に、当時城域に駐屯していた陸軍の手によって鉄筋コンクリートの斜めの控柱が施されました。その後昭和32年前後に石川門全体の解体修理が行われ、今回写真の木の骨組の貫材はそのときに更新されています。
Img_62354s 地元新聞でも既報のとおり、今回の修理で藩政期には、木製の控柱が2本の地面に平行な貫により繋がっていたのが確認され、それに忠実に復元することが検討されています。
今回の解体修理は全体で平成25年まで長期にわたり、特に太鼓塀は土台の痛みが激しく、かなりの部材更新をするようですが、写真の柱のように能登のアテの木などが使われていた藩政期の部材は頑丈で、なるべくそのまま残して使用するようです。江戸時代の四角い釘の痕なども数多くあり、時の流れを感じさせます。真ん中を通る貫はわりと新しく見え、「昭和32年度修補」と焼印されていました。下地になる小舞竹も昭和の大修理のときに更新したようですが、腐らずわりとしっかり残っていたので再利用するようです。最近のことと思いましたが、もう50年も経っているんですね。

Img_62367s 平成の大修理とも言える今回の解体修理の説明会に、熱心な多くの参加者が説明員の話を聞き漏らすまいと終始静かに進みました。しかしやはりマスコミが我が物顔でちょこまかと動き回るのには閉口しました。工事現場で足元が危険なのに人を退けようとする態度はいかがなものでしょう。
今度は10月にシンポジウムがあるので、またぜひ参加してみたいですね。


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2007年8月24日 (金)

名古屋出張 仕事の合間に!?

Ricoh_130s 木曜は急な名古屋日帰り出張でした。メーカーの展示会に、仕事では初の尾張なので代理店各社さんめぐりもしました。初顔あわせの意味もあり、移動も含め、みなさんホントにお世話になりました。
しかしここでは仕事の話はヌキです(笑)。分刻みの移動の隙、夕食の待ち合わせの僅かの時間を衝いて、ちょこちょこ動いてみました。
まずは名古屋駅に着いたときの、駅前のトヨタ本社ビル。ここに何千人もの社員が大陸移動するといって名古屋では大騒ぎだったよう。社員の住居のマンション建設ラッシュや消費拡大など、万博からこのかた名古屋の景気は天井知らず? 駅も数年前から高層ビルに様変わり。帰りは新幹線でしたが東海道新幹線は引っ切り無しに着発。山をはさんだ日本の南岸は地球の裏側のようでした。
Ricoh_136s 夕方、栄の交差点で下ろされて、待ち合わせまでの時間、「ロボットミュージアム」から。ここはトヨタをはじめロボット研究先進国?名古屋ならではのスポット。最近はやりの自立歩行ミニロボットの紹介や販売、再生品を使ったデザインロボットの展示、昔のTVヒーローロボットの展示などがありました。有料エリアはなんだか子供向けのような気がして入りませんでしたが、なにしろ前日まで30度後半の猛暑(この日は朝までの雷雨ですこし気温は下がってた)、涼みたいのが優先でした。
Ricoh_141s そういえばこういった2足歩行のミニロボットは、最近いろいろな種類が出ていて、手頃なのがあったら是非欲しいと思ってましたが、値札を見てびっくり! 10万単位はしてます。やっぱりそれなりはしますね。もちろん組み立てから必要なキットに、どれだけ時間をかけられるかわからないのでヤメました。学研のお茶汲み人形も、買ってもまだ作ってないですしね。

Ricoh_133s そこから歩いてすぐだったし、まるで登って来い、と言わんばかりの「名古屋テレビ塔」へ吸い込まれるように向かいました。中腹の展望台まで約90m、600円也です。
平日の夕方ではもちろん人はまばら。夏休みなので1組だけ親子連れが居ましたが、いつもこういった塔に登る料金は高いなと思ってましたが、こういうガラガラな時間帯もちゃんと案内のレディがエレベータの前後に配置されていて、やむないのかなと・・。ここも「クレヨンしんちゃん」の映画みたいに外周りの階段がありますが、東京タワーでは階段もエレベータと同じ料金だって知ってました? ここは確認しませんでしたがたぶんそうでしょう。

Ricoh_147s 展望台から都会のビル街を睥睨。よくNHKの東海地方ニュースで見る図ですね(これは北向きだから違うか)。名古屋は海の南側以外は遥か先に山すそが見え、そこまでずっと平坦で建物が続くように見えます。東京とはまたちょっと違うけど、向こうは高いビル群や意外に起伏がある土地だけど、ここはずっと平坦に感じられます。織田信長が400年後にこうなると想像できたでしょうか。

Ricoh_164s テレビ塔の下に見えたフシギな空間に下りてみました。大丈夫、まだ少し時間がある。
ここは「オアシス21」というらしい。楕円形のガラスの屋根に水が張ってあり、その下は憩いの空間。周りはショッピングセンターにバスターミナル。暑いこの時期でも、一息つくにはピッタリの場所のよう。ここも万博に合わせたのかな。大規模なイベントがあると地元の街は今までに見たこともないような、先進なスポットを作りがち。新幹線を目前にした金沢駅のもてなしドームとかもそう。そうやって街はまた変わっていくものとつくづく感じさせられました。
さて、ここで仕事の内容を手帳に控えて、もう時間なので待ち合わせに向かいます。

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2007年8月19日 (日)

夏休みの最後はやはりダム!

Img_62185s 夏の休みの最終日(昨日一昨日と出勤したが、今日までみたいなもの)、家での整理や作業も終わらないが、このまま暑いといって外に出ないのも、と思いまたダムに向かった。
家から実質いちばん近いダムといえば、犀川の支流、内川のそのまた支流、平沢川の終端、「平沢川砂防ダム」。地図ではこんなうっそうとしてる森のダム湖とは思わなかったが、周辺は結構起伏に富んでいる。石川県埋蔵文化財センターの正面の農地を入ってすぐにある。
Img_62216s 砂防ダムと言いながら結構大規模で、堤長109m、堤高25.5m。昭和57年11月に出来た重力式コンクリートダム。満砂するまで貯水ダムとして、簡易放流管も設備されている本格的なダムだ。
満砂というが湖もかなり大きく、ここが砂で埋まるなど信じられないくらいだ。ここも農地の奥にあり、展望台などもないので訪れる人は近隣に住んでいる人以外皆無に等しい。景観としてもいいものがあると思うんだけど・・。

Img_62225s 農道の奥に入って崖の上から撮ったわけだが振り返るとこの図になる。稲穂がそろそろ頭(こうべ)を垂れて黄金のさざ波が見えるのも間近だ。野鳥やトンボが稲穂の上をまるで群れなして飛んでいるが、やはり早くてカメラに収まりきらない。連日暑いが間違いなく秋の気配も見えてきている。






Img_62266s ここまで来たからついでに「石川県埋蔵文化財センター」に寄った。以前もこんな暑い日だったから一年ぶりか。夏休みの日曜というのに、閉館時間が近いがここもやはり子供や人の数が少ない。まぁ人気(ひとけ)の少ないところが好きなのは今に始まったことじゃないが。中の展示はクーラーが効いてて一服できたが、DVD映像を流していたのが、金沢城の発掘調査のソフトだった。平成9年というからもう10年前だが、復元前の菱櫓下石垣など各所の石垣の研究報告をしていて面白かった。
Img_62240s 近年、ここを始め上流域の道路がよく整備されて、わりと気軽に行けるようになっている。この後も秋に向けてたびたび訪れてみたい。せまい林道などを行くのにバイクが便利だと思うので、50ccのオフロードタイプで安い中古でもないかなぁ。
さてさてところで、実は急遽23日(木)に名古屋出張を仰せつかっています。急なことなので自分の予定が立たずポシャるかも知れませんが、名古屋の代理店の方々、これを見てたらよろしくお願いしますカモ。

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2007年8月18日 (土)

2014年問題!

今、地元の「北國新聞」の1面で面白い連載をやっている。「ふるさと探査2014年」という題で、北陸新幹線の金沢開業予定の2014年に向けて、そのときまでに対策しておく必要があろう問題点を、ちょっとしたSF仕立のコラムにしている。タイムマシンに乗って、いろんな可能性の2014年に飛んだりして、対策した場合とその逆とで、予想される現実の違いが面白いし身につまされる。
まず問題視されてるのが「ストロー現象」だ。都会の人はわからないだろうが、新幹線が通じて便利になるのは、なにも都会からこちらへ呼び込むだけじゃなく、こっちから都会へ行きやすくなるということ。購買行動も都会へ流出してしまうのでは、という懸念だ。現に金沢駅前などに新しいショッピングスポットができたら、富山など近隣から大勢を呼び込むことになった。次は金沢、とも限らない。
また、北陸新幹線は、どうしても高崎までは上越新幹線と同じ路線。大宮までは東北新幹線とも重なる。東京-大宮間は線路容量に限界があるので、単純に増便できるわけではない。今上越新幹線の越後湯沢で乗り換えている北陸方面の乗客は、上越新幹線に乗らなくなるので、上越新幹線の減便は避けられない。だが、新潟がただ手をこまねいているわけではなく、2014年問題として「新潟県」の魅力を引き上げるのに必死のようだ。来年のサミット、労働担当相会合の場所として今から盛り上げている。線路容量の問題は、高崎までは秋田新幹線のように、上越・北陸が連結して運行するかも、とか今後の課題になっている。 タイムマシンでは、上越新幹線の始発が高崎だったり(つまり東京まで行かない)、その逆で北陸新幹線がそうだったりと仮定してて笑った。しかし笑い事じゃないぞ。。
まだまだ連載は続くようなので、興味深いコラムがあったら続報します。

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2007年8月17日 (金)

「金沢都市計画図」

Img_62181s 金沢市役所へ行った際に、市政情報コーナーに「金沢都市計画図」も展示してあった。そうそう、これもかねてからほしかったんだっけ。これは地下の売店で買えと書いてある。
早速降りて、売店で購入。ここはショップだから若い女性店員は「ありがとうございます」と言ってくれた(笑)。
3種あって「土地利用編」「都市施設編」「高度地区編」とあり、区域・地区・用途のわかる「土地利用編」を1,790円で購入。あとの二つは1,250円だ。一般の人も必要に応じてよく購入される場合があり、前の会社だと店舗出店計画のときには必需品だった。
毎年4月には調製といって更新発行されるが、ベースとなっている地図は国土地理院の1/25000地形図。しかしよく見るとどうやらかなり古い。「金沢」は平成17年に更新され平成18年1月付で新しいのが発行されているが、それを利用していない。欄外の石川全県図など、能登線がJRか国鉄扱いではっきりと記載されている。都市計画部分以外はどうでもいいらしい。
土地利用は主に「住宅地域」「商業地域」「工業地域」と分かれていて、それがさらに細分化されている。旧金沢城下の端にある自宅は「第一種住宅地域」「準防火地域」。前の川原は「風致地区」でいわゆる旧くて閑静な・・ってとこか。
都市計画道路も赤く示されていて、山側環状など現状大分完成した道も多いが、海環など未完成なところは、ここで国道と繋がるんだ・・と理解できる。
あなたの自治体のも、ぜひご自宅まわりなどがわかると便利ですので、いかがですか。

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2007年8月16日 (木)

自治体刊行物がやっと買えた。

Img_62145s 今日も連日の暑さ・・。早朝に墓まいりを済ませて、さてどうしようかと思ったら、銀行は開いていた。もしかしたら役所って開いてるのかな。かねてから欲しかった本を買えるかも知れないと、市役所と県庁に電話してみると、業務してるって。15日なのにご苦労様だ。
早速まず、金沢市役所の2階、市政情報コーナーへ、「金沢市史 資料編18 絵図・地図」を購入に。ここは各種受付窓口の隣に、資料閲覧コーナーといった感じの一角で、大正時代の「石川郡史」なども置いてあったので思わず読みふけってしまった。「金沢市史」は昨年再編纂が完成した、通史編3巻、資料編19巻にも及ぶ壮大な市史。1冊7,000円もするので、古地図マニアとしては「絵図・地図」編を買うのがやっと。これからじっくり読ませていただくが、分厚く重たいこの本を、受付の若い女性職員が頑丈な手提袋に入れてくれて渡すとき、なんて言うかな(店じゃないからね)と思ったら、「ご苦労様です・・」だって。教師と間違えたのかも(笑)。。
続いて写真の石川県庁へ。行政情報サービスセンターは、県が発行する書籍・パンフ、行政資料全般を扱っている。閲覧だけと、購入できるものがある。ここで石川県文化財課「金沢城調査研究所」(今年、室から所に格上げ)が発刊する「研究紀要 金沢城研究1~5」をやっと購入できた。ここまで5年間の研究成果が大要されていて、金沢に限らず、日本の城郭研究においても価値ある書物だ。これは1冊数百円だから助かるが、県の発刊物はこれに限らず皆表紙が「レザック66」の平綴じ。このうちどれかはうちの社から出した紙に違いない。。
Img_62138s 久しぶりに県庁19階の展望コーナーへ。都庁みたいに4方向遠望できるスポットだ。晴れてるが今日も遠くは霞んで、白山はやはり見えない・・。丁度12時となり終戦の黙祷を案内する館内放送が。来場者は少なかったがそのほとんどの方と黙祷・・。
今年の盆休みはほとんど単独行動出来たが、暑くて動き回るのも億劫になりつつ買出しと家での作業で落ち着かない日々となった。

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2007年8月15日 (水)

金沢BOOK戦争!

Img_62087s いゃぁ、何しろ暑い。14日は七尾城山やそれなりを出歩こうと思っていたが、外に出ただけで汗が滴る。これはたまらん。それに先週の腰の痛みが未だに治まらないので、車での遠出はムリだと断念。そこでプリント用紙やクリアブックが欲しかったので、100満ボルト(福井資本)や書店めぐりをすることにした。
御経塚の100満から近くの書店へと考え、野々市上林の「うつのみや」(金沢資本)へ。しかし求めるクリアブックが無かったので北上。すると新しい野々市町庁舎の周りに「明文堂」(富山資本)「勝木書店」(福井資本)と相次いで発見。そういえばここ1~2年で、金沢近郊は県外資本の書店のオープンラッシュ。その余波で一時県内最大手だった「王様の本」(金沢資本)がなんと倒産するという事態も。そこで、求めるものが無いこともあって順に新店めぐりをした。
野々市の両店ともムダに広いというか、今日は盆の中日でもあって逆にお客は少ないようだ。新店オープン時によくある見せ在庫がまだまだ席巻してて、本当にほしいものがうまく探せるようになっているか、これからが見物だがまぁ綺麗なのは確かだ。
示野の「文苑堂」(富山資本)は以前にも行ったが、ここも広い割にはマンガは充実してるとは言えないと思う。物販にも力を入れてるようだが、いくら大規模店として開いても、書店は自分の生活圏よりあまりに遠かったら人はやはり行かないだろう。基本的に並んでるものは同じだし、よほど突出してるものがないと。。
そこで先月オープンした写真の、県庁前にある「金沢ビーンズ明文堂」に入った。ここは駐車場も満杯の盛況。富山から進出したこの店は今のところ県内最大だそうだが、確かに天井も高く、3階までつき抜けのようなエスカレーターも、白い壁とともに明るく開放的だ。通路も広いしマンガ単行本も一部立ち読み解放にしている。子供向けには絵本読み聞かせコーナーもあるし、いろいろ考えてあるようだが、やはりこの広さを現状はもてあまし気味だと思う。1階のカウンター周りの壁面には、届きもしないのに同じ雑誌?を一面にオブジェのように広げ、ピーナッツ型に湾曲した外観に、陳列展示棚の並びも一貫性を持たせにくくなっている。
辛口を書いたが、ここにも求めるクリアブックが無く、結局「ブック宮丸」諸江店(金沢資本)で購入。やはり慣れた店がイチバンってことか。
この後も県外資本の出店が相次ぐようだが、県内各社には様本の二の轍を踏まずに頑張ってほしい。

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2007年8月14日 (火)

とことん「押井守」だっちゃ!

先週から一週間NHKBSでアニメギガスペシャル「とことん押井守」が放送されていた。平日夜だったり週末の不在で、全時間HD録画。13日一日掛けてDVDに落としつつ、今一部を見た。
ここまで一人のクリエーターを特集するのも珍しいが、そこはアニメに限らず映像の世界に多大な影響を与えてきた「押井守」。彼の原点から最近の新作「スカイ・クロラ」の情報まで、たっぷりDVD10枚にもなった。(最近NHKは過分にマンガ・アニメ関連の番組を制作している。[マンガのゲンバ]や[アニメギガ]など。)
久しぶりに彼の肉声を聴けた「自作を語る」も良かったが、なんと言っても彼の出世作である「うる星やつら2 ビューティフルドリーマー(BD)」について「アニメ夜話」特番含めて濃く紹介されていてハマった。
NHK金沢放送局にも在籍したことのある里匠アナの熱のこもった司会に、ガンになったのかと思うくらい激ヤセした岡田斗志夫、朝生と全く同じ姿なのに語る中身の違う宮崎哲弥などが出演。BD演出の西村純二とラムの声の平野文が当時のウラ話を暴露してくれる。
この不条理な名作を超えるものはないと思っていたが、今でもその魅力は一つも色あせていないと多くが認めていると、改めて感動させられた。もう24年も経っているから、熱中したというFAXの便りは40代が多かった。この年齢の幅がアニメ(を特集する)番組が増えた要因か。BDはLDで持っているので今回本編は録画しなかったが、この休みのうちにもう一度観直して見たくなった。

押井守全仕事―『うる星やつら』から『アヴァロン』まで Book 押井守全仕事―『うる星やつら』から『アヴァロン』まで

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2007年8月13日 (月)

炎天下の公園で楽しい一日

Img_60643s 翌日は炎天下の外で撮影。都内とは思えないほど大自然の中。写真だけなら北海道?と見まごうここは立川市と昭島市にまたがる「国営昭和記念公園」。旧立川飛行場跡地に昭和58年開園。昭和天皇在位50年を記念して現在148haが開放されている巨大な緑の空間。ここはイザとなったら防災避難の場所としても活用される、プールやレジャー施設も豊富な都民の憩いの場で、今日も大勢の家族連れなどで賑わっていた。
Img_60645s 人工ながら川沿いには、真夏の虫たちが飛び交って、シオカラトンボなども追っかけて撮りまくり?暑さに本来の目的も忘れかけそうになった。やはり陽射しはきつく、出掛けに東京メトロの上野駅で、メトログッズのキャップを買っておいてよかった。熱射病になるところでしたよ。









Img_62073s 昼過ぎからは、みんなでバーベキュー。ここは手ぶらで来ても、道具一式すべてレンタル、食材もすぐ食べられるよう刻んだ野菜・肉が豊富に用意されている。皆で待ち望んでいたBBQに、なれない手つきで炭起こしに時間が掛かったけど、付いてしまえば意外に早かった。
都内のこんな空間に、自分が居る現実と非現実のハザマに、楽しさと満腹が相まって、すごく満ち足りたふわっとした気分になってしまった。みなさんホントにありがとう。

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2007年8月12日 (日)

真夏の都電一周!

Img_59034s 会社の半分より一足早く、盆の夏休みに入って、早速東京の友人たちに会いに行きました。
今回は新潟中越沖地震の影響で夜行は月内運休で、始発と最終のはくたかでの往復です。「北越急行」のサイトでは、はくたか全編成の編成表が掲出されているので、11日出発「はくたか1号」は北越急行所有683系だったので、少し時間の余裕を取って非貫通先頭車を激写。地元に居ても出会うタイミングは難しいのでじっくり撮影しました。この夏は「北越」なども青海川などで撮ろうと思っていただけに、地震の被害に胸がいたみますね。
Img_60552s 東京で1日友人たちと久しぶりの出会いと撮影を楽しんだ後、Mさんと帰りしな、都電荒川線を乗ろうということに。ボクは前の仕事がらもあり何度も乗っていましたが、関東のMさんは意外にも初めて。大塚駅から早稲田に向かって折り返し、結局終点の三ノ輪橋まで完乗してしまった。1時間ほど乗っている間時折車窓から沿線を撮ると、東京のど真ん中でも時間の流れのゆっくりした場所が確実にあることが改めて発見できて、ホッとしますね。
暑い都内の日差しに負けながら、でもちょっと癒された一日でした。(明日はもっと陽射しとの戦い・・笑)

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2007年8月 8日 (水)

金沢城石川門「平成の大修理」

Img_25496s 金沢城の国重要文化財「石川門」は、昨年度から「平成の大修理」に入ったが、左右に延びる土塀の太鼓塀を補強する控柱を、江戸中期の形状そのままの姿に復元されることが決まった。
現在の斜めに地面に刺さった控柱は、確かにこういう形状の控柱を採用していた城もあるが、ここのは明治後期から昭和初期に、城内にいた旧陸軍に改造されたコンクリート製の柱の周囲に木の板で覆ったものだ。
世界遺産の暫定リスト入りを目指す県教育委員会は、その前提となる金沢城の史跡指定を得るためにも、今回の調査でわかった、上下二ヶ所の貫穴を介して、垂直に立てられた控柱の形状を、本来の木造構造によって復元することを来月文化庁に申請する。
Img_37162s 上の写真は今は工事中の石川門右方太鼓塀(延長148m)。来年度には下の写真の近年復元された鶴丸土塀のような垂直の控柱の構造になる(貫は3本でなく2本)。
実はこの構造の方が、能登半島地震の際に倒壊を免れる事例が多かったことがわかった。接続部分の多い組み方が揺れの衝撃を分散させるようで、文化財の耐震研究でも貴重な史料となる太鼓塀は、史実に忠実に復元することと相まって、歴史的価値が一層高まることとなった。いずれにしても金沢城の復元修復は、2014年の新幹線開業前を目標に、その全貌が序々に見えてきた。

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2007年8月 7日 (火)

白山麓、山歩き顛末③

Img_58887s 旧白峰村に向かう途中、「手取川ダム」に寄った。ここは昭和55年に出来た、多目的のロックフィルダム。石川県最大のダムで、高さ153m、堤長420m。水力発電は36.7万kW、当時の石川県の1/3をカバー。水道用水としては、遠く能登の七尾市まで供給している。
造る当初は、桑島をはじめ白峰村の多くの集落の移転を余儀なくされ物議をかもしたが、出来てみるとその規模と活用範囲の大きさに、今ではなくてはならないものとなった。
しかしこの最大のダムも、できた頃はそれなりに見学者も多かったが、今やこの日曜の午後、やはり僕らだけの姿が。1件あったレストハウスも潰れている。某前長野県知事のおかげで「ダム」全般が否定的に見られているかわからないが、もう少しその有用性を冷静に見て、もっと人々の関心を持ってもらいたいと思うがどうか。
Img_58925s 白峰村の集落を過ぎて市ノ瀬までの途中に、手取川の川原に異常に大きな岩を発見。これは有名な「百万貫の岩」と言って、昭和9年の大洪水の時に、なんと3km上流から流出したって。この規模は日本最大級であることから、石川県の天然記念物にも指定されていて、平成7年に実際に測ったら、高さ16m、重さ4,839トン(129万貫)で、昔から呼ばれていたとおりの「百万貫の岩」であることが証明されたそう。
写真ではちょっと大きさがつかめないかも知れないけど、近くで見ると5階建てのビル相当というすごさ。10月にはこの岩に誰でも登れるイベントをしてるんだって。
Img_58945s さらに市ノ瀬まであと少しのところで、白山眺望ポイントが。今日はホントによい天気に恵まれ、若干霞むがやっと白山を間近で望むことができた。いずれ近いうちに到達してやろうと、闘志が沸いてきた。
右が最高峰「御前峰」左が「大汝峰」だ。白山は上の室堂で一泊するなど、2日掛りくらいでないと登れない。バス終点の「別当出合」からでも標高差1,500mはある。
Img_58946s 市ノ瀬に着いたら13時を回ってたのでちょっと腹ごしらえ。案内所の中には白山の立体模型地図が。岩間は白山の北側。そこからの登山道で10時間で到達とあるが、とてもそんな健脚ではない。ここ市ノ瀬からならいくつかルートがあるが、一目でわかりやすい。自宅にも欲しいくらいだ。
Img_58909s 市ノ瀬では8月最初の日曜ということもあり、駐車場に入りきらないくらいたくさんの自家用車が。おそらく1,000台は超えてるだろう。シーズンではここからはバスなど以外は進入禁止。登山口の別当出合まで片道400円のバスで皆さん向かうため、多くの駐車となるが、Y氏もここまで多いのは初めて見たって。
ぼくらはおとなしく周辺を散策して、昆虫を激写? 175ライダーやスカルマン(バッタやトンボ?)ばかりが異常に目立った。
Img_58970s 水辺が好きな僕は、市ノ瀬上流の大規模な堰堤に惹かれた。この市ノ瀬堰堤は昭和29年竣功。幅50mはありそう。思わず中に入りたくなったが、腰も痛いし冒険はやめよう。人に見られたら怒られそうだし(危険ですからゼッタイしてはいけません)。
この先上流には、無数の砂防堰堤があって、渓流とは言えないくらいだが、それくらい頻繁に土石流があって危険ということ。治水のためにも必要で、毎年どこかで工事が続けられている。そのおかげで皆さん安心して登山も出来るので、工事関係者の方々にはお礼申し上げて、いつかチャレンジしたい白山登山の安全祈願に代えたい。

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2007年8月 6日 (月)

白山麓、山歩き顛末②

Img_58843s さて、いよいよ「噴泉塔」に向かって山登り、というか谷下り。しかしこの晴天下、林道は日向で暑かったがこの山道は日陰側。前日までの大雨の痕、すべてが濡れていた。崖の途中にか細い道筋、時折崩れかかった土砂に板を這わしているなど、のっけから悪路だった。暫く登りが続くが、峰の反対側に廻ると急な下り坂がより厳しい道となり、引き返す人も多いと聞く。
正直ここまできついと思わなかったが、それでもいけるところまで、と進んでいたら、道を塞ぐ大きめの石が。Y氏は避けて跨いだが、僕はこれくらい乗り越えようと登った瞬間! 濡れた石にツルっと滑って大きく尻餅をつき、崖下に落ちそうになった!!
幸い事なきを得たが、しこたま腰を打ってかなり痛い。まだすこし歩けると進んでみたが、この先谷下まで200m以上標高差があり、道程も1km強。ちょっとたどり着くのはムリと判断し、引き返すことにした。
Img_58867s なんとも情けない仕儀となったが、命には代えられぬ。途中もっと軽装なおじさんとすれ違ったが、このルート、秘境とはいえガイドする情報が少ない中、チャレンジする人の安全を考えてもっと県が情報提供や道の整備をしてくれたら気軽に行ける人も増えると思うが・・。
ちなみに行けなかった「噴泉塔」とはどういうものか。他人のサイトで申し訳ないが、以下のボタンでジャンプして参考に見てください。
Img_58877s 戻りも林道をなんとかゆっくり歩く。下りの視界は行きとまた違ったものが見えたりする。あんな目にあっても、意外と谷底を見るのは好きだ。高所は怖いほうだが、普段見えないものを見る好奇心のほうが勝る。
谷底までこんなに距離がある。あんな場所にも砂防堰堤が。どうやって工事したのだろう、感心してしまう。
同行Y氏にも申し訳なかったが、虫もやはり今日はいいものが見つからないらしい。パッと見でよくすぐ同定できるものだなぁ。Img_58859s 対岸の谷筋を望むが、崖崩れの痕も度々見かけるけど、写真の急斜面には、充分な水が流れています。この沢ぞいを登るのは極めて危険だろうけど、犀川べりで生まれたせいか、わりと水辺は好きなので、沢登りはいずれチャレンジしてみたい。元湯にあった渓流でも下に降りて撮影してしまってた。




Img_58881s 林道徒歩入口、新岩間温泉の山崎旅館前まで戻ってきた。案外に大きいこの山崎旅館だが、昨シーズンから休業しているようだ。ハイカーには根強い人気があったみたいだが、夏なのに窓という窓すべてに板を打ち付けている姿を見ると、なんだかせつない。事情はわからないが、なんとか復活してほしいものです。
さて、わりと時間があまったのでw、白山登山道のメイン玄関、市ノ瀬まで、虫を追いかけ向かうことにした・・・つづく。

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2007年8月 5日 (日)

白山麓、山歩き顛末①

Img_58789s 今日は白山山系の林道を山歩きしてきました。取引先の印刷会社の虫マニアのY氏に案内してもらって同行。
目的地は「岩間の噴泉塔群」と言って、谷底の川に温泉が湧き出て、石灰成分が塔のようになっている、国の特別天然記念物のあるところです。
旧尾口村の一里野から、白山スーパー林道の脇に岩間温泉へ向かう林道を、途中の温泉宿のあるところまで車で到達。そこからは車両通行止めのジャリの林道をひたすら1時間以上掛けて徒歩で登りました。Y氏は道すがらの珍しい「虫」を撮影するのが主目的、僕は風景を収めるためゆっくりとした登攀。しかしながら台風一過の今日は山までこんなに晴天になるとは予想せず、早朝7時に出て、8時半には歩きだしたのにもう玉の汗となりました。
Img_58818s ここは林道といってもひっきりなしに「落石注意」の看板、現実に生々しい落石の痕があちこちにあり、毎年整備してもすぐ痛むことからガードレールなども取り外しされていたりします。車も危険なため、石川県の森林管理署しか進入していません。
既に谷底は遥か眼下に。こんなに標高あっても気温は容赦なく高いようで、お目当ての虫たちもあまり珍しいものは見当たらないようです。温暖化の影響もあるやなしや?
1時間のダラダラした登りは、陽射しもあって早くも疲労が出てきた感じ。老人の集団とすれ違いましたが、この時間に下るとは、この先のことを考えると不思議な気がしましたが。

Img_58815s 時折見かけるこの塔のような人工物は?
よくよく見上げると、谷に向かってライトとカメラがにらんでいます。これはどうやら土石流を監視するカメラのようです。白山は神の山、どの谷も土石流が頻発し、砂防ダムや堰堤を多数作ってもすぐに土砂で満杯。この後市ノ瀬も行きますが、たくさんの砂防ダムを見てきました。自然の摂理と人のくらしのせめぎ逢いですね。
Img_58840s さて1時間以上かけてやっとたどり着いたのは「岩間温泉元湯」。ここはこの谷川沿いに自噴する温泉を引いて露天風呂に仕立てたところ。出入り自由です。なるほど先の老人たちはここに入りに来たのか。でも10時前の今の時間は誰も入っていません。触ると丁度いい熱さだけど、僕たちはまだこれからが本番なので、ここには入りません。しかし汗だくなのでちょっと休憩です。
Img_58827s ここから山手を望んだ図。ここの標高は1000m越えたところ。このあたりはなにもなく、まさに山奥の秘湯!
(実は戻りには数人のハイカーが湯船を占領。かなりの人気スポットのようです)
この先は白山登山道のひとつ「岩間道」と、目的の「岩間噴泉塔」の中ノ川谷底へ行く山道になります。写真の正面の山も尾根ぞいに「楽々新道」という白山登山道があるようですが、名前のとおり楽々ではないらしいですよ。
ここまでは青空も見え順風満帆(やっぱり晴れ男ですね)だったんですが、さて無事に噴泉塔までたどり着けたでしょうか・・・つづく。

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2007年8月 4日 (土)

「花火」初挑戦で失敗!

Img_58711s 今日は金沢で北陸中日花火。暑い夏苦手で、家のそばから開催場所が移動して数年、ずっと見てなかったが、せっかくデジタル一眼レフあるのに撮らないのも・・、で花火撮影に初挑戦してみごと玉砕してしまった。
遠慮して一脚しか持って行かなかったがこれが失敗、犀川川原へ降りれば充分スペース取れたので三脚でよかった。ブレブレで一脚でも用をなさない。最初バルブで撮影したが話しにならず、結局1/10くらい。なるべく動きの少ない画は何枚か撮れてるけど、とても満足には程遠い。川面と橋(御影橋)もはいると絵になるかと思ってここに腰を据えたが、遠慮せずもっと近づけばよかった。
まぁなんでも経験だが、先週の北國花火は暑くて億劫になって出なかったが、それを実験に今回本番にすればよかったと後悔。あとはまた来年ということか。懲りずにまた挑戦してみたい。

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2007年8月 3日 (金)

鉄道もハイブリッドの時代に!

7月31日に、世界初の営業運転として、JR東日本ハイブリッド車キハE200系小海線[小淵沢-小諸間]を運行開始した。トヨタ自動車のプリウスのように、環境負荷低減をコンセプトに、ディーゼルエンジンと蓄電池を併用し、窒素酸化物(NOx)・粒子状物質(PM)を60%削減、ディーゼル燃料を10%削減を実現する。
すでに2003年から試作車キヤE991で実験を繰り返し、今回3両投入、量産先行車という位置づけで小海線で実績を重ね、ゆくゆくは各非電化ローカル線に投入する予定。
原理はプリウスと全く同じで、始動時は蓄電池からの電力でモーターを回し駆動、加速時はディーゼルエンジンが発電機を回して電力を得、モーターが駆動装置を動かす。ブレーキ時はエンジンを止めモーターが抵抗となって減速力となり、さらに発電機の役割を持ってそのエネルギーを充電する(回生ブレーキ。すでにこの技術は最近のほとんどの電車で導入されている)。そのため始動時はすごく静かで、走行時のエンジンの切り替えの音がわかって[鉄音]マニアにはたまらないようだ。
[キハ]を名乗りながら駆動はいずれの場合もモーター。架線のいらない電車みたいで、新交通システムの必要な金沢市内公共交通機関として、LRTの変形として導入を検討してみたらどうだろう。
[こうみ]と名づけられたこの列車、当面[野辺山-小淵沢]主体の4.5往復だが、ぜひその音と乗り心地を体験に行ってみてください。

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2007年8月 2日 (木)

加賀藩、松本藩と密約!

越中黒部奥山の木材搬出ルート確保のため、加賀藩が信州松本藩との間で、1838年(天保9年)に塩の供給を条件に[信州-飛騨]間の新道を通行する密約を結んでいたことが、富山県立立山博物館の研究でわかった。
「御番所」(関所)の新設を示した絵図と、加賀藩家老、本多政和の覚書から明らかとなった。加賀藩の山林管理「奥山廻り」の一端を示す新事実で、館長の米原寛氏は「物流経済が政治に先行し、幕藩体制が緩み始めた江戸時代後期を象徴する出来事」としている。[北國新聞より抜粋]
江戸時代、越中(富山県)も加賀藩を始め前田家の領地であったのはご存知と思うが、その山間部の木材を消費地である江戸などに搬出する際、山伝いに峠越え南下して運んだ方が費用も少なくて済むのは理解していただけると思う。このとき飛騨から焼岳峠を経て松本に至る新道が開通され、安全なルートとして使うため、加賀藩と松本藩の交渉が始まった。当然幕府に無断で各藩同士の交渉ごとなど禁止されている時代、幕府の目を盗んで交渉成立。国境には御番所が建てられ木材の盗材監視や塩の闇流通[洩塩]の摘発にあたった。[信濃飛騨境見取図][新道筋明細絵図]には交渉前後の推移、御番所の位置なども描かれ当時の様子が窺える。
8月26日まで、立山博物館の「奥山巡見-奥山廻りのダイナミズム」展で展示されている。

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著者:山口 隆治
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2007年8月 1日 (水)

「ホントの能登は旨いがや」

小学館の「ビッグコミック」で連載中の「築地魚河岸三代目」に今月、能登編が登場する。能登のNPO法人の幹部が、このマンガのモデル・協力者となった築地で仲卸・居酒屋を営む夫婦と親しく、能登半島地震の復興に頑張る元気な能登をアピールし、交流人口の拡大につなげたいと提案したのがきっかけ。
2000年から連載して単行本も20巻出ている人気漫画の「築地魚河岸三代目」は、妻の実家の築地の仲卸で三代目として働くことになった素人の主人公が、魚河岸の仲間に教えられ、徐々に魚の知識を深めていく物語。このモデルの小川貢一さんの奥さんとは、なんとアニメ「うる星やつら」のラムこと声優の平野文さんだって!ビックリ☆彡
マンガでは、能登から築地市場に送られた魚に「ホントの能登は、さらに旨いがや」と書かれたチラシの真偽を確かめるため、主人公らが能登空港から輪島市に入ってストーリーが展開する。郷土料理「いしりの貝焼き」や朝市、千枚田などの観光地も描き、地元で味わう魚のおいしさや能登の人の深い人情を紹介して、少しでも震災復興に役立てば、と編集部もイチオシしてくれている。
8月10日と25日発売の本誌に前後編で掲載される。ぜひ大勢の方に見てもらいたいですし、おいしい料理を食べに来ていただきたいです。

築地魚河岸三代目 20 (20) Book 築地魚河岸三代目 20 (20)

著者:鍋島 雅治
販売元:小学館
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