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2007年5月 8日 (火)

「高岡」古刹と鉄道

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昼前に高岡へやってきた。高岡駅氷見線城端線の接続駅。広い構内は健在だ。最大24本もの配線が平行している。
氷見線は地元の藤子不二雄氏のキャラクターをラッピングしたキハ47が走っている。小学5年の時は僕は氷見に住んでいたが、そのときはこの氷見線の列車には乗れなかった。バスで30分で高岡に着いたしそっちのほうが便利だった。今日も乗らずに駅で撮り鉄に徹しよう。

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高岡鉄道部のキハ軍団だ。氷見線・城端線ともこのカラーリング。城端線と言えば国鉄末期には「伊藤敏博」という歌手が城端線で車掌しながらフォークを歌ってたの知ってるかな?金沢駅でさよならイベントしてたときにグッズをもらった覚えがあるよ。今はどうしてるんでしょうね。(今ネットで調べたら地元中心にまだまだご活躍中。富山で知らない人は居ないくらいみたい)


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さて、一旦高岡駅を離れて、かねてから行きたかった「瑞龍寺」へ。
ここは前田家2代、前田利長の菩提寺。3代利常が兄を敬して、兄が隠居して亡くなったここ高岡に大規模な寺院を建てた。
国宝にもなった有名な寺に、これも今まで行ってなかったが、最近の情報で利長が地元高岡の人に今でも慕われていると聞いて今回行ってみることにした。ちょっと寂しい駅南口から15分くらいの徒歩で着く。

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瑞龍寺正面、東西方向に長い参道が出来ていて、反対側は後で行く利長の墓地がある。伽藍の敷地はかなり広く、回廊で囲った芝生が敷き詰められた中に、山門・仏殿・法堂と国宝が続く。
地方都市の寺としては異常に広く、創建時はまだこの数倍広く、堀を巡らし36,000坪だったという。


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屋外には分骨廟があって、本能寺の変後、利長が織田信長父子の分骨を迎えたという。本能寺で遺体が見つからなかったのに分骨とは此れいかに?ではあるが、利長・利家なども加えたこの5基は、金沢で前田家の墓地が公開されない代わりに、地元大名家の墓蹟としてぜひとも敬いたいものだった。なぜに金沢にこういったものがないのか。(尾山神社で利家を祀ってあるが)

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なかなかに広い伽藍である。回廊の途中に大庫裏なども近年復元され、その威容はまとまった完成を見た。
建坪186坪の法堂はその大きさもさることながら、内部の彫刻や天井の絵画(狩野安信)もすばらしい。左右に広がる前面の板廊下とその下の土間の構造も大柄な造りで驚かされる。
いちどぜひ皆さんにも観てもらいたい。

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さて瑞龍寺の正門を抜けて東に八丁道を行くとその突当りに南面して、まるで古墳のように前田利長の墓が建てられている。三代利常が利長の三十三回忌にあたる正保三年(1646)に創建。基壇は加賀戸室石。その上に花崗岩笠付墓標をたて、墓頭から平地まで約39尺、三重基壇の前面に12段の石段を設け、石段の参道があり、石の玉垣で囲み、濠をめぐらし、大小数十基の石灯篭が配されている。

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大名の墓としてはおそらく日本一大きい利長の墓地だが、前面の堀にはこのように、禁止の立て札にかまわず子供たちがザリガニ釣りに精を出していた。右奥には学校のテニスコートがあって、学生たちはまるで学校の一部のように、この敷地に入って休憩や練習したりしていた。まぁ地元に愛され・・ということでは良いだろうが、まがりなりにも世界遺産を標榜するのなら、もう少し管理できるようにしたらどうだろう。

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駅前に戻ってくると、万葉線の路面電車がやってきた。ここも富山市のポートラム同様、先進低床連接車に「アイトラム」の名をつけて2編成が運行している。
かつて加越能鉄道が路面電車を走らせていたが経営難から廃止を申請すると、存続を願った地元の努力で第三セクター「万葉線株式会社」が平成14年にスタートした。万葉線とは、この地に大伴家持が赴任した万葉集にちなんだ土地であることからついた、風情のある名前だ。

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2編成とも鮮やかな赤い車体が駅前を颯爽と走ると、30年ほど前、父の関係でよく通ったこの街が(基本的にあまり変わってないんだけど)、駅前のデカいビルとこの電車ですごくインテリジェントな街に変わったと感じるのは気のせいだろうか?
内装は富山のポートラムにかなり似ている。運転席周りも非常に単純化されているのは、のと鉄道のNT200でもそうだったが、最近の一環した配慮なのだろうか。

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