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2007年3月

2007年3月31日 (土)

「能登半島地震」その後

「能登半島地震」のその後だが、余震は回数も少なくなってきているが、1週間は気を抜けないということなのでまだ不安は拭えない。余震の間に倒壊した家も多くガケ崩れの危険も続いている。しかも明日午前までのこのまとまった雨で地盤の緩みも気になる。そのため家に入れずまだ大勢の方が避難生活をされています。
被害の範囲も七尾の田鶴浜-志賀町のラインから北部に広範囲に亘って建物・道路が崩れたようだ。300棟の住宅が倒壊し、なんらかの被害を受けた住宅も約2000に及ぶ。学校なども耐震設計かどうかで、距離の遠近に係わらず被害に逢っている(震源域からわずか1キロでも、耐震補強でビクともしなかったり)。全国の学校のうち4割ほどしか耐震基準満たしてないようですよ。
しかし序々に水道・道路などライフラインも回復してきているし、各地からボランティアの方々も来て頂いて、少しずつ明るさは取り戻せているみたい。ただ、お年寄りの多い過疎地、長引くといろいろ影響はこれから出てくるところか。自治体も正直かなりの負担増になるはずだし、旅館など観光地も、個々の復旧より地域全体の復興なくして観光客は呼べないだろう。
全国のニュースで毎日トップクラスで伝わっているかと思いますが、地元にいると遠方ではわからない(必要ない?)情報も綿密に報道されます。特にNHKは痩せても枯れても公共放送、番組の合間を縫って生活情報も教えてくれます。どこそこの浴場施設がいつ何時無料開放してるとか、自治体ごとの災害ゴミの収集予定とか。特に「罹(り)災証明書」(災害の被害を受けたことを証明する書類で、自治体の役場や出張所で発行されます。保険会社に保険金を申請するときや、行政の支援を受けるときに必要になる大切な書類です)が自治体によって申請方法が全然違うんですね。ここでも行政の力の差が歴然として、人口の少ない過疎地では住民も手間隙がかかってしまいます。
人口といえば、今回中央政府の対応が手厚いのかどうか見ものだと思います。被害エリアは広範囲なのに、過疎のために被害件数は少なく思えるかもしれません。実際、「一人しか亡くならなかった」なんて表現をした大臣が居たとかいないとか・・。統一地方選とも重なり、冬柴国土交通相が来たのはやっと5日後の昨日。まだ策定中とはいえ、激甚災害の指定もされるのかどうかはっきりしません。安倍首相は果たしてくるのかどうか?
いずれにしても、一日も早く安寧な日々が訪れるのを祈るばかりです。

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2007年3月27日 (火)

「平成19年能登半島地震」の地殻変動

Gaikyouzu 国土地理院は、電子基準点を全国に展開し連続的な地殻変動観測を実施しています。
 3月25日9時42分ころ能登半島沖(輪島市の南西約30Km)で発生した地震(M6.9、深さ約11km、最大震度6強)に伴う地殻変動が、能登半島に設置されている電子基準点で検出されました。
 電子基準点で認められた水平変動は、志賀町富来[基準点コード960575]で南西方向へ約25cm、穴水町大町[同020972]で北西方向へ約13cmでした。
 この地殻変動から、震源断層モデルを推定しました。断層の形状を長方形と考えて推定したところ、断層の向きは、ほぼ北東-南西方向、大きさは、長さ約21km、幅約14㎞で、北西から南東に傾き下がる右横ずれを含む逆断層(傾斜角56度)であることが分かりました。上端部の深さは約1km、すべり量は約1.4mです。これは、南東側の地塊が北西側にのり上げるような断層運動によるものと考えられ、余震域ともほぼ対応します。この断層運動から導かれるモーメントマグニチュードは約6.7となりました。 (国土地理院発表より抜粋)
また、地震による輪島市周辺の斜面崩壊の地形的特徴が50mメッシュ標高データ地図より具体的に把握できる。今回の地震は能登の方々より災害の状況が次第に詳らかになっているが、思いのほか広範囲に亘っているようだ。余震も不気味に続いているので、被害の拡大に気をつけていきたいと思う。

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2007年3月26日 (月)

能登地震の影響

みなさんにまたまたご心配おかけしている、能登の地震ですが、金沢市内の影響はたいしたことは無く、奥能登、特に輪島近辺の被害が気がかりなところです。
しかし揺れたときは驚きました。まず大きく縦揺れし、一瞬「また遠くで大きな地震でもあったかな?」と他所の地域の地震と勝手に思い込み(近在では大きい地震ありませんでしたからね)、続いてゆっさゆっさと横揺れしだしたときは、「やばい!このままいくと家もつぶれるか?」と、2階の部屋からいつでも出られるようドアを開け廊下に出ました。咄嗟に出来たのはここまでですね。幸いここで揺れは収まりましたが、地震があると時計を見るクセは生きていて、時間は9時42分。約30秒ほどの揺れでした。すぐにNHKは番組中断してニュースに、能登沖と報じてたまげました。
ところがそこから約2時間たっても、被害状況はいまいちつかめないニュース。官房長官の記者会見も情報収集中と。やはり北陸、特に能登は陸の孤島というべきか、午後になってやっとわかる被害の甚大さが、早いタイミングではつかめない様子だったのが今回の感想。能登有料道路や能登空港、国道や水道の分断が明日からの社会生活にどう影響するのか、今後が心配だ。家屋被害も多そうで、能登の観光シーズンに向けてホテルや旅館も大変な事態になってしまったようだ。JRも徒歩や試験車走行などで、点検にかなり時間を掛けて復旧に時間を要している。数年来の災害被害の多さから、近年富に慎重だ。
家は食玩がけっこう倒れたり写真パネルが落ちたりしてましたが、ガラス食器が割れることはありませんでした。そうそう、3階のロフトの鉄道模型が全て脱線転覆してましたね。あれはひどかった。暫く電話も繋がらず、副次的被害?のほうが多かったかな。
午後6時12分にも大きな余震があって、金沢でもかなり揺れた。まだしばらく予断を許さないが、とりあえず身辺には被害ありませんでしたので、みなさんお気使いありがとうございました。

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2007年3月25日 (日)

東京の夜・・風が冷たかった

Ricoh_042s 順序は逆になってしまったけど、17日の夜は久しぶりに六本木ヒルズに寄りました。冷たい風がつよくてセキも出だしたのでちょっとそれどころではありませんでしたが、オープン間際の頃仕事でちょろっと寄っただけでしたので、いろんなスポットを駆け足で見ることができてよかったです。みやび☆ミさんありがとうございました。
最近買ったコンパクトデジカメ、RICOHCaplio R5でヒルズなど撮りましたが、寒さとつよい風でブレてどうしようもありません。なもんでテレビ朝日の中に入って、ちょうど始まる世界水泳のステージを撮影。ここの広間では放送中の各番組紹介のボードなども展示してあり、移転当初はタモリ倶楽部はじめさまざまな番組をここでもしてたなぁ、としみじみ。
Ricoh_058s_1 ヒルズの東京タワーを見られるスポットから、この日ちょうど19時に、東京タワーが不気味なライティングにチェンジされた。後日わかったのが、アイルランドとの国交樹立50周年記念ということで、こんなグリーンにしたそうだけど、いくらアイルランドの国の色が緑だからって、ちょっと不気味すぎ。まぁ事前テストなんてできないだろうけど、東京タワーのライティングはさまざまなイベントに利用されて(オリンピック招致とか)、人気はあいかわらず不滅ですな。
結局今回の東京行は、目的半分、なにやってたかわからないみたいになってしまった。インフルがうつってなかったのがなによりです。これに懲りずまたみなさんお付き合いください。とくにみやび☆さんお世話かけました。ありがとうございました。

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2007年3月24日 (土)

「PASMO」供用開始!

Ricoh_062s 長らくご心配おかけしましたが、ようやっと回復いたしました。熱があって眠れなかった2日間は朦朧としてて、夢と現実が区別つかないような幻覚も経験しました。その後萩尾望都の「バルバラ異界」も読んだため、なおその意を深くしました。ぜひみなさんもこの日本SF大賞受賞作を読んでみてください。
写真は先週発症中に撮影したカウネットラッピング山手線です。急遽日中帰宅するために上野駅ホームに上がったら偶然入線してきました。今回の主目的のひとつが2編成しかないカウネット電車を撮ることで、心身疲労の中、間を置かず撮れたのはラッキーでした。4月8日まで走ってるので、関東の方々ぜひ見つけてくださいね。
Img_47079s 熱でフラフラの中、上野駅で行列ついて買ったのはコレ!
3月18日から「PASMO」が導入され、「Suica」と供用開始記念のカードが発売されました。これ1枚で関東のJRと私鉄・地下鉄・バスなど共通して乗れてしまうICカードなわけです。今までJRは往復フリー切符で只で乗れてたので「Suica」はいらなかったけど、私鉄も乗れるので買ってしまいました。上野駅では発売開始の9時には既に300mほどの行列。買えるかわからなかったけど約1時間後には購入できました。私鉄側で発売したカードは図柄のペンギンとロボットは逆向き、バックの街も微妙に各社で違うらしい。でももう他社を廻る時間も元気もなかった。せんべいさんに多めに買ったカードを渡して早々に退散です。よくこの後無事帰れたと思います。おつかれさんした・・。

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2007年3月19日 (月)

インフル発病!

Ricoh_070s これがうわさの「タミフル」か・・・。
またみやこへ行ってたんだけど初日にセキが出て夜中は熱にうなされてよく眠れなかった。翌日の予定はほとんどキャンセルして(でもPASMO-Suica供用記念カードは行列ついてゲット)早めに帰ったけど、荷物も空けずにバタンキュー、冥界と現世をさまよった感じ。
翌日休んで医者へ行ったらインフルのA型で「タミフル」を処方されちゃった。処方箋にあるように、幻覚・妄想の心配ありとはっきり書いてあるし、2日ほど監視してもらいなさいということだけど、そんなのムリですな。飛び降りるベランダはないですが、階段から落ちないようにみなさん祈っててください。
それと、みやこで会った方々、うつってないか心配です。くれぐれもご用心ください。じゃ、またベッドでぶっ倒れてます・・。

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2007年3月15日 (木)

カウネットが山手線で車体広告!

K013_n_070219_cm_08 今度自社でも扱っている「カウネット」がTVCMや新聞広告など、広告出稿をようやく始めました。某、富山出自の有名文具メーカー(バレバレだけど公式には言うなと言われてるので・・)出資の「カウネット」は、PLUS出資の「アスクル」に次いでの通販文具カタログ。ずっと後塵を拝してるので、今回のCM展開は期待してます!
TVは15秒パターンが2種。ユースケ・サンタマリアが若社長の小さい事務所で、ベンガルはじめユニークな4人の社員がラッキイ池田振り付けのダンスを踊ったりする、楽しい?CMのようだ。しかし関東・関西・東海限定で4月いっぱいということで、金沢では放送されない!!(T_T)
しかも写真(載せていいのかな?)のようなデザインで、3月12日から山手線で車体広告を展開する。56編成(だったかな)ある山手線のうち、2編成で4月8日まで出稿だ。関東の人はぜひチェックしてみてくだされ。発見レポート求む!!
そういえばJR東日本と言えば、3月18日から新幹線・特急は全車両[禁煙]になるんだった。やっとそういう世の中になってうれしい。。。早くJR西日本も取り入れてほしいものです。

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2007年3月11日 (日)

甦る?「辰巳櫓」

Img_25468s 金沢城の復元計画の中で、将来的に目玉となるであろう、「辰巳櫓」について、財団法人北國総合研究所がCGで再現した。この週末から金沢ケーブルテレビの「北國新聞ニュース24」のときめきQふるさと講座で、「金沢城『再現・辰巳櫓』と石垣の美」と題して1時間番組が放送されている。
写真のように広坂交差点、(兼六園真弓坂入口と21世紀美術館・石浦神社)という、街中から一番金沢城を望む目立った石垣の頂点が辰巳櫓の跡地である(辰巳というからには南東である)。ここに櫓が立てば、石川門続櫓に負けない金沢のシンボルタワーとなるだろう。高さ27mの高石垣上に、14mの高さの二層櫓が宝暦9年(1759)の大火まで存在していた。僅かな絵図面などの資料によると、南面の宮守堀(いもりぼり)側に唐破風と千鳥破風の出し(出窓)がある珍しい構造になっていたようだ。
Img_34113s しかし写真を良く見ると、石垣が4段構えになっているのがわかるだろうか。明治40年ころに大崩落があり、当時城内にいた陸軍第九師団によって今のような形に組みなおされた。そのため実際の櫓は下から二段目の石垣が延長していった先にあったようだ。
今では石垣上まで登ることが出来る。そこからの街の眺めは絶景だ。左奥は兼六園、下は宮守堀跡、右は県庁跡から香林坊など繁華街が見える。しかし足元の石垣は当時の応急処置というか明治の技術の拙さでガダガタだ。ここに立派な櫓を組むためには石垣から研究して積みなおさなければならないだろう。新幹線には間に合わないが、新たな金沢のシンボルが屹立するのはいつのことになるでしょうか?

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2007年3月 9日 (金)

新刻「日本輿地路程全図」

Img_46155s 久しぶりに古地図を求めました。最近は金沢でも売っている書店があって便利です。勢い余ってちょっと奮発したのが、新刻「日本輿地路程全図」。復刻版でも4,000円するこの図は江戸後期の全国地図のスタンダード。安永7年(1778)原刻、天保4年(1833)四刻とあり、長きに亘って利用されていたのがわかる。
伊能図とは比べるべくもないが、それまでの全図よりは飛躍的に正確になり、経緯線が初めて描かれたのも特徴だ。また国別に色分けされ、郡名・主な村名もあり、昭和時代の図と比較すれば、かなり地名の比定もできよう。水戸藩の地理学者「長久保赤水」の作で「赤水図」とも言う。後年の改正版が、シーボルトによって国外に持ち出されたことでも有名だ。
自然色奉書に復刻印刷されているが、細かい文字なども楷書明瞭で読みやすい。版形もかなり大きく(897×1376)、4,000円の価値も充分ある。伊能図はその正確さから国家機密だったから、庶民はこの図を正しいと認識し、明治期まで長い間日本列島はこの形と思われてたろう。そういった意味でも手元に持っていたい1枚である。

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2007年3月 8日 (木)

今度はしっかり積もったよ。。

Ricoh_004s とうとう、一ヶ月ぶりに雪は積もりました。今回は日中も降り続き、一日中雪景色です。
今シーズン最高の積雪とニュースは言いますが、それでもわずか11cm。普段の冬ならどうと言うこともない雪だけど、タイヤをノーマルに替えた車も多く、各地で渋滞。僕は丁度車検に出していて、写真の雪に埋もれた車は台車です。
暖かい日が続いていて、その反動で各所で堪えてましたね。市内のスキー場は雪がなくて4日間しか営業できず、昨日リフトを下ろして閉鎖したばかりだったし、JAFの呼び出しは朝の段階で200件越えてたそう。高松(かほく市)ではスリップ事故も。仕事では名古屋の代理店の営業が、よりによって今日明日で3人も車で来る。
兼六園の梅も凍えているだろう。8日まで天気はぐずつくけど、それでもその後はすぐ消えてしまいそうだ。これしきで結局このくらいしか積もらなかったら、やっぱり豪雪地帯の名は返上かな。

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2007年3月 7日 (水)

開田裕治展「怪獣と20世紀の夢」

Ricoh0012s 金沢21世紀美術館では、「開田裕治原画展」[怪獣と20世紀の夢]を見に行った。
氏は20数年前から特撮物やアニメなどのイラストを手がけ、主にLDやプラモデルなど商業商品のパッケージイラストレーターでは第一人者である。
ウルトラマンシリーズやゴジラ、ガメラなどのリアリティ溢れる描画と独創性の高い構図構成は、単なる子供向け商品としての位置づけを超え、世界に誇るパッケージアーティストとしてその名を馳せている。
今ではその芸術性の高さから、こういった美術館で展覧会が開かれるまでになった。80年代のリキテックスで描いたゴジラの空や轟天号などの海の青は今でも鮮やかで、中でもLDボックスのパッケージになった、夕暮れの中に凛と立ち尽くす「帰ってきたウルトラマン」の色あいは感動的だった。
Img_46153s この「金沢21世紀美術館」での展覧会を記念して、特別に作成された「21世紀美術館とホワイトドラゴン」は、円形の美術館に乗るドラゴンも秀逸で、金沢を描いてくれたのも相まってすごく好きな絵だ。サイン入りポスターも1000円と少し値が張ったが思わず買ってしまった。しかし最近はPhotoshopでCGで描かれているが、リキテックスほどの質感が原画(そもそも原画というものがない)に出なくて残念だが。
氏は10年ほど前ワンフェスでコスプレイヤーの先駆けとして有名な[開田あや]奥様とともにお見かけした。開幕の2月24日には奥様ともども来沢していたようで、会えなくて残念だった。しかし3月24日と4月7日に、雑学王として敬愛する「唐沢俊一」氏が来場されて[怪獣]について講演される。ぜひにも行ってみたい。
また、展覧会は3月下旬に一部展示入替の上、4月8日まで館内の[デザインギャラリー(無料エリア)]で開催されている。まだの方もぜひ足を運んでみてください。ガンプラのパッケージやイラストと同じ模型なども展示していますよ。

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2007年3月 6日 (火)

現在の「河北門」工事現場

Img_46140s 金沢城内に入ると、いよいよ各所で工事の準備などが始まっている。河北門に限らず、それに続く北面の三の丸の土塀の解体修理などもある。金沢城の土塀はそのある程度が破却されずに残され、漆喰土塀としては姫路城に次ぐ長さを誇っている。
明治になって全国の城は封建社会の遺物としてかなりの建物や構造物が政府によって破壊された。とくに土塀は城内の秘匿性を守るものだとしてかなりが撤去され、代わりに松や桜などが植えられた。今各地の城跡の石垣上を枝ぶりのいい松・桜が並んだりしてるが、それは決して城本来の姿ではないのだ。
Img_46141s さて「河北門」だが、冬の間雪を想定して工事などを休んでいたが(その必要はなかった)、礎石など土台の発掘調査から、新年度にはいよいよ二の門の石垣工事にはいる。
ここをほぼ30m四方の空間に、石川門相当の荘厳な枡形門が平成22年春には完成予定だ。宝暦大火前のニラミ櫓も作られると豪勢なのだが、さすがにそこまでは予算がまわらない。それでも橋爪門とともに、新幹線金沢開通に間に合わせて金沢城は各所で復元が予定されている。将来は二条城にも劣らぬ二の丸御殿や各方位の櫓なども計画中だが、今年は各地の城が築城400周年、熊本城や彦根城などでは大掛かりな復元やイベントが進んでいる。日本の城はこれからが楽しみになってきた。

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2007年3月 5日 (月)

いよいよ兼六園でも梅満開!!

Img_46135s 今日は快晴の18℃、3月下旬の陽気とあって兼六園の梅園へ撮りに行った。ウインドブレーカーを羽織ってチャリで行ったがさすがに暑かった。
兼六園は今日は県内在住者無料の日だったが気づかず300円払ってしまった。看板はもっと手前に置いて欲しい。園内の観光客は満開の観梅に恵まれた今日も大勢であふれている。老いも若きもコンパクトデジカメや携帯でバシャバシャ。このふくよかでかぐわしい梅のかをりをゆっくり楽しむ風情もない。
Img_46131s まぁ斯く言う自分も写しているけど。白い梅はやはり「白加賀」。ネットで調べても一番栽培されている梅酒に適した品種としかでてこないが、名前から多分ここに関係があるだろう。加賀藩前田家の家紋も菅原道真の梅鉢紋だし。ただしここの梅園は明治になってから整備された。
紅梅と雪吊りの画はここでしかお目にかかれないだろう。今年は雪吊りの活躍はほぼなかった。駅前ではもう外しにかかってるし。
このあと金沢城に廻ってから21世紀美術館へ行く。。

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2007年3月 4日 (日)

ひな祭りの日に・・

姪の結婚相手を紹介されました。24歳の姪は小さいときなど、たまに遊びに行ったら駆けてきて僕の足に抱きつくなど、とてもかわいいものでした。家庭環境もあり一時期父親代わりを覚悟したときもあるその子は、僕にとって俗に言う"目に入れても痛くない"娘のようなもので、どんな顔をして会いに行けばいい・・・複雑な気分でした。
この日は滋賀の姉が会いたいと、無理やりセッティングしたもので、母と計5人だけ。市内の同業者系の小さな製紙会社に勤める姪の同僚ということで、同じ業界人なので共通の話題もありますが、それ以外は大分無口になってしまいましたね。まぁこれからもしょっちゅう会うわけではないので、平凡な家庭を穏やかに築いてくれるのを暖かく見守ってあげることしかできませんが、子供を巣立たせる父親の気分をちょっと味わったようなひと時でした。ん~、誰やらの時もなんかそんな気持ちになるかもな~。。
甥姪7人の中からトップで結婚を決めたけど、まだ上に30代をはじめ3人の甥が片付いてない。まぁ、自分もそうですがね。

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