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2006年8月19日 (土)

真夏の遺跡めぐり

Img_31809s 今日は暑かった! 外へ出ると溶けるようだった。36度だったようだ。冬は温暖化で雪も減ったと言えど雪国の端くれ金沢だが、夏は太平洋側にも負けない暑い日が当たり前だ。予報では8月一ヶ月真夏日が続くらしい。
そんな日に何を思ったか、前回埋蔵文化財センターへ行った勢いで、市内の縄文遺跡を廻ることにした。野々市町の[御経塚遺跡]と金沢市内新保本の[チカモリ遺跡]だ。両者は直線で1キロほどしか離れていない。僕の普段活動する行動半径にも近く、今まで行かなかったのがおかしかったくらいだ。
国道8号脇にある[御経塚遺跡]は、実際は公園化したエリアよりさらに広く、国道を含めた周辺部も、発見された昭和29年より平成8年まで27次に渡り発掘調査された、縄文時代後期~晩期(3500~2300年前)の大集落の跡だ。
Img_31813s北陸で縄文時代後期の集落発掘の先駆けで、発見された土器は「御経塚式土器」として基準とされた。公園化にあたって10棟の住居跡と1棟の復元住居を造り、発掘土壌の花粉分析を基にして、当時の植生を復元するように植栽した。
住居跡になっている穴のくぼみに沿ってコンクリートが埋め込まれているが、風雨の浸食に耐えるためとはいえ、ちょっと公園化が人工的すぎやしないかとも思う。林はいろいろなセミの合唱で、耳鳴りのようでクラっときた。倒れる前に、次いってみよう。。。
Img_31821s 新保本の[チカモリ遺跡](旧称八日市新保遺跡)だ。ここも年代は3000年ほど前の縄文後期~晩期だが、なにより前回書いたとおり、巨柱根が数多く発見されたことで有名となった。特に丸太だけでなく、半円形に半裁された木柱が250点以上見つかった。これを当時一体どのように加工したのか想像をするのもムツカシイだろう。

Img_31826s こういった形で並んでいたようだが、どういった建物であったかまだまだ仮説の域を出ていない。しかし真円で線対称に配置されており、円の描き方、直角を既に知っていたと考えられる。




Img_31872s 敷地内に、[埋蔵文化財収蔵庫]があり、発掘された土器・石器類が展示されている。そして出土した木柱類も水槽の中で保存していた。実はこの木柱は主にクリなどであり、タンニンなどを多く含み耐湿性がよいので今でも高級建築材として使用されているほどだが、すると古代の人々がそれを知っていたことになる。
しかしやはりここを訪れる人もまばらで、受付で記帳しなければならないが、今日は午後2時の自分で二人目だ。中でもらった白黒のパンフに、半裁加工の想像図が載っていたが、石の楔(くさび)を大人数で打って割っている。そうかもしれないが、だとすると江戸時代の城の石垣用に大石を割る方法となんら変わらない。人類は縄文時代で既に人力で出来る進歩は終わっていたのか??
Img_31870s 再度表に出て、バルタン星人の接写に成功! 虫でも目にピントを合わせにかかるのはやはり性(さが)か?
足元がごぼごぼすると思ったら、イガグリを踏んでいた。ここも当時の植生を再現しているようだ。まだ緑だが、もう既にイガグリがそこかしこに落ちている。秋はもうじき・・と思うがジリジリとした暑さだ。。。 もう帰ろう。

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