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2006年7月23日 (日)

「延宝金沢図」

Img_29260s 金沢の江戸時代の古地図は、復刻版にしろなかなか市販されてないが、大桑のショッピングセンターの書店でやっと見つけた。「人文社」の出しているものだが、社のサイトで紹介しているより実際たくさんの種類を出版している。
図は延宝年間(1673年~1681年)の金沢図で、5代藩主前田綱紀の時代である。幕府献上の正保絵図(1644~1648)の系譜を持ち、狩野派の画家によって描かれた。城郭部分は例によって白抜きされている。
延宝期は幕藩体制の確立期で、徳川家綱の時代。武断政治により改易が連発されていた家光の時代から、末期養子を認め文治政治へ移行することによって、各地の藩主・城下町の確定期でもあった。加賀藩は当時、越中の新川郡・婦負郡を富山藩に、加賀の江沼郡を大聖寺藩に分藩してもなお、表高102万5020石余であった。江戸・大坂・名古屋に次ぐ第四の都市としての風格も垣間見える。
寛永8年・12年(1631・1635)の大火により城下町を再編し、侍地を城周辺に配し、1万石以上の八家の重臣の屋敷地を、城内から主要地に分散させた。のちにその重臣の家臣団の集住する家中町に発展する下地もみえる。侍たちの役目ごとに集められた町名や職人町、寺町が構成されたのもこのころ。町人居住地は本町・地子町・相対請地・寺社門前地に格分けされた。
江戸時代と一口にいっても約260年間もあり、どんな都市でも発展により初期のころから随分と様変わりしているはず。金沢も年代別に地図を手に入れてつぶさにその様子を観察したいものです。しかしこの復刻図は残念ながら印刷が荒く網点がはっきり見えてしまっている。

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