« ピークを過ぎたカキツバタ | トップページ | 金沢「まちなか彫刻」 超酷? »

2006年6月13日 (火)

「石川縣里程元標」

Img_27635s_1 みなさん、よく、[○○市まで何km]というような表示を道路で目にしているだろう。その[○○]って具体的にどこだ? って思ったことはありませんか?
現在は「国土交通省道路局」に、その答えはありますが、昔は[道路元標][里程元標]というものがありました。
江戸時代の街道を元に、明治6年に東京の日本橋と京都の三条大橋に[里程元標]を置き、それを日本の道路の基点としました。さらに各府県庁所在地に[縣里程元標]を設置し、そこから各市町村に置いた[里程標]までの距離を記載しました。
さらに大正8年には、各市町村に距離を記載しない[道路元標]が置かれ、普遍的な座標軸として明治・大正と旧街道から新たに道路が整備される中で、新しい道路網体系が整えられていったのです。
金沢では、尾張町1丁目、橋場町交差点そばに[石川縣里程元標]の石柱が復元されています。江戸時代は金沢城の大手門側はこちら方向で、北國街道の金沢中心として、商人の町としても栄えたこの周辺の様子が伺えられます。
このほか石川県は、旧各市町村に[道路元標]が結構健在のようです。背の低い四角い石柱のそれらは、戦後昭和27年の新[道路法]でその法的意味を失いましたが、今各地で往時を偲ぶ象徴として、立派な姿に復元されたりしています。あなたの地域もぜひ探してみてください。

|

« ピークを過ぎたカキツバタ | トップページ | 金沢「まちなか彫刻」 超酷? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/4808/2207690

この記事へのトラックバック一覧です: 「石川縣里程元標」:

« ピークを過ぎたカキツバタ | トップページ | 金沢「まちなか彫刻」 超酷? »