2011年8月16日 (火)

「鈴木大拙館」間もなく完成!

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21美の帰りに、工事中の「鈴木大拙館」の様子を見に行った。

去年の秋から工事してて、鈴木大拙の誕生日である10月18日が開館予定。
あと2ヵ月だから、どうやら外観はもうほぼできたらしい。旧本多家屋敷の上下を分つ崖の下に、忽然と現れた近代的な白いコンクリート打ちっぱなしの角ばった建物は何かしら異質。

鈴木大拙は「金沢ふるさと偉人館」に名を連ねる20人のうちの一人である、世界的仏教哲学者。個人名を冠した記念館では、金沢3文豪と竹久夢二に次ぐ5番目となる。

文学以外では初だけど、鈴木大拙の偉大さは僕としてもピンとこない。家からも近いんで開館後じっくりと魅せていただこう。
「鈴木大拙館」の設計は同じく「偉人館」に名を連ねる文化勲章建築家「谷口吉郎」氏の息子谷口吉生氏。完成が楽しみだ。

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2011年8月15日 (月)

北陸のビミョーな「大鉄道展」

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巷はお盆、夏休み。
いきなり暇なくなったんだけど、唯一時間見つけて、21世紀美術館の「大鉄道展」見てきました。

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連日、新聞で大盛況ってことだったけど、盆の夕方にはもうがらがらだった。

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北陸本線を賑わした列車のヘッドマークやサボがズラリ並んでて、とってもなつかしい。

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しかしこれらはマニアの個人蔵を集めたもののようで、北陸のJRが保存してるのは松任本所でわずかに展示してたの見たことあるけど、あれくらいかなあ。

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名古屋で「リニア鉄道館」できたように、北陸でも鉄道博物館が欲しいけどどうだろう?

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国鉄だけじゃなく、旧北陸鉄道とかの歴史もんも満載。

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懐かしいと同時に、僕もサボの一つくらい欲しいものだった。

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写真も数多く並んでて、子供のころ今廃線になってる電車にもっと乗っておきたかったなあ、ってノスタルジーが募るww。

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そういう意味でも、もっと年配の人が見に来てもいいのに、だいたい子供向けに告知されてたのが残念。

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ステージの真ん中に大きいジオラマがあったけど、この時間は誰も回りにいなくて寂しそう。

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んで、ちゃっちゃと帰ってきたよ。

七尾線の電化20年を記念した入場券セット。発売一週間後でも限定1000セットが余ってたのが、どうなの?ってとこだけどね。。

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2011年8月 7日 (日)

「北前船」が金沢にやってきた!

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北前船日本海文化交流事業で10道県14港を周航中の復元北前船「みちのく丸」が6日、9カ所目の寄港地となる金沢市の金沢港に到着。
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江戸時代に北海道や北国の物産を、日本海沿岸各地を巡りながら大阪まで運んでいた木造帆船。
金沢でも海運業者銭屋五兵衛の名とともに知らぬものはいないくらいです。
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6年前に青森で復元された「みちのく丸」は全長32m、帆柱の高さ28mの、いわゆる千石積の弁財船。
「北前船」の地元でもあるからよくは聞いたものだが、実際どれくらいの大きさなものか実感できてなかった。
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正直、あまり大きくないなぁ、って感じだけど、太い帆柱が一本、天をも貫く高さでビックリ。けどこれ一本で強風に翻弄される航海を想像するとやっぱ怖いだろうなぁ。
大黒屋光太夫や高田屋嘉兵衛の気持ちもちょっとわかった気がする? 帆柱を1本に規制した幕府はおろかだよね。
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東日本大震災復興支援事業として今回、青森から小樽に寄ったあと、一気に日本海を南下して島根県松江市の美穂関港から、順に北上しながら日本海沿岸の港に寄港。福井県の三国港から6日午後に金沢港に着いたばかり。
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船の造りや意匠も面白いですね。今まで模型でしか見たことない北前船の特徴が、現物として目の前にあるのがフシギです。
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今日から見学会や歓迎のセレモニー。9日には待望の展帆が行われます。
皆さんぜひ足をお運び下さい。

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2011年7月19日 (火)

熱闘! 金沢市民球場☆

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では試合の観戦に行ってきたよ。
金沢伏見vs小松市立 金沢市民球場

台風前の小雨がそぼ降る中、球児たちにはそれも関係なくプレイボール。
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雨に祟られながら、選手のお母さんのためにも、いっぱい撮ってきましたよ。
試合は5回まで互いにチャンスを潰したりして0-0。拮抗してるけどミスが多いな。

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まだ一回戦で観客も少なく、1塁側から3塁側まで自由に動けたから、シャッターチャンスもうまく撮れたよ。

先行されて、攻撃前に円陣だ。まだ笑顔があるぞ。
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ついに得点。同点だ。

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ベンチも大喜び! 俄然盛り上がってきた!!

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選手のお母さんたちも黄色い声援で大はしゃぎ★

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4番が打って、

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ホームに帰って大逆転! 4-1と8回に逆転して楽勝ムード。

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エースが力投して勝ちが見えてきた?

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しかしじわじわと追い上げられ、9回ヒットが続いて1点差の大ピンチ!

大丈夫だ、なでしこのようにあきらめるな!

ってあれ? あきらめるな、ってのは相手チームに当てはまるかな??
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と思ったら、パキーンとサヨナラヒットを打たれてなんと逆転負け!
諦めずに最後まで粘ったのは相手チームの方だった。

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試合終了。高校生たちの熱い夏は一瞬にして終わってしまった。なんとも劇的なことよ。

さっきまで騒いでたお母さんたちがうそのように静まり返って、まるで葬式のようで近寄りがたかった。
んでそそくさと帰ってきた。

スポーツって感動も呼ぶけど、勝者と敗者という残酷な一面もあるよね。
このあと雨が激しくなって、涙雨のようだった。。

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2011年7月17日 (日)

熱い高校球児たちの夏が石川にもやってきた!

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今年も、高校野球の季節がやってきたね!
かと言って炎天下、そんなつもりはなかったのに、石川県の開会式に行ってきたよ。

前々日、突然前の前の会社の姉(あね)さんから、我が息子を撮ってきてくれって。
今年が3年最後の年だからって言うんだが、突然すぎやないかい!

仕方ないから、10時開始に合わせて、8時半からやってきてやったぜよww。
すでにあちこち、選手や父兄たちでいっぱい。場外も熱気であふれてた。

駐車場で整理に立ってたのは、ユニフォーム着た補欠の選手たち。帽子を脱いで礼儀正しく大きな声で「おはようございます!」と誰彼となく掛けてくれる。思わずこっちも大声で返事しちったよww。
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そういや、開会式はもちろん、石川の高校野球をジカで見るのは初めてだった。

バックネット裏最前列に陣取ったら、ジリジリとした陽射しに、イスも焼けるように熱い!!

グラウンドでは式の準備の合間に、女子マネージャーたちの記念撮影。
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何かと思ったら、入場行進に「がんばろう!日本」の横断幕や旗を掲げて、先頭にこの子たちが行進する演出。最近は凝ってるんだなぁ。

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いよいよスタート!

最初は前年優勝校、遊学館。ユニフォームがうすいピンクがかったんは、今年からなんかな。
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金沢高校。金沢では(きんちゅう)と言うよ。

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有名校、星稜。

金沢私学の雄3校が先頭。羽咋とともに、シード校4校が先に行進するようだ。
今年どこが勝ち上がるのか?
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七尾高校。旗手もしてるこの主将が選手宣誓をするようだよ。

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いよいよ目的の伏見高校!
10年ほど前まで金沢女子高だったんで、今でも男子生徒数が少ないらしい。
貴重なおのこたちよ、頑張ってくれい。

突然言われたんで、顔も知らないからうまく撮れたかあせってわからんかった。
後で見たら、各場面でそこそこ捉えてたけどね。
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石川県は、50校が11日間の熱戦を繰り広げる。

雲ひとつない熱い夏が今年も彼らを汗と涙で焼き尽くすんだねぇ。
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全チームが出揃うと壮観。わずか10分ほどで行進終了。

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「君が代」独唱は泉ヶ丘高校合唱部、ホンダマリコさん。
「栄冠は君に輝く」も独唱。場内シンとして彼女の唄だけが響く。素晴らしい!
カラスがじゃましなければ・・。

しかし観客含め全員起立脱帽なのに、なぜ報道だけは脱帽しなくて平気なのだろう?
彼らには式次第への敬意が感じられない。。
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んでなんと、今年から式辞には選手たちがその場で座ることに。
場内、少しざわついたけど、去年は熱中症で倒れた子が出たらしい。
子供たちがヤワくなったのか、温暖化が差し迫ったとこまで来ているのか・・・。

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優勝旗、返還!
遊学館は、今年も取り戻せるのか??

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そして選手宣誓!七尾高校主将、寅松侑生君。
被災地の選手たちを思いやり、
「友と野球が出来る幸せを噛み締めながら、元気と勇気を届けられるよう精一杯プレーし、最高の熱い夏にすることを誓います!」

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最後は会場全体で「栄冠は君に輝く」の大合唱。
スタンドには、各校の補欠の選手たちが勢揃いしてて迫力あったよ。

初めて開会式に参加したけど、やっぱり暑いからか45分ほどで終了。
陽にやられて汗だくになったけど、若い元気な子たちの姿をみると励まされるね。
なかなかよかった。

えっ、次は19日の試合を撮りに来い?
台風だ台風ww。

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2011年7月16日 (土)

「花咲くいろは」の精緻(聖地)なロケーション!

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アニメ「花咲くいろは」観てもらってますか?

僕は久しぶりに連続テレビアニメ観ています。まぁ「へうげもの」も同時に見てるんですが。

ストーリーはなんだか去年やってた昼ドラ「花嫁のれん」の女子高生版みたいな感じで。

あれも金沢が舞台でしたが。

アニメのおかげでご当地歴訪、いわゆる聖地探訪というのがブームになって、湯涌温泉は原発風評被害からGWにはV字回復したそうです。

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それで僕も、友人と聖地探訪? 行ってきましたよ。車で一走りですからね。

よくマニアさんたちはアニメのシーンとロケ地同定を厳密にやってるブログとかありますが、

まぁ僕はそこまでこだわってないんで、大目にみてください。

それでも上記2箇所の写真は、まんまそのとおりじゃないですかね。

それも僕のほうが先というか、写真を撮ったあとでアニメをみたもので。

上は女将さんが入院した病院の建物(のつもり)。中は温泉街の俯瞰。

このP.A.Worksはロケハンがしっかりしてるなぁって、ビックリしましたよ。

ここだけじゃなく随所にリアルな建物や風景を丁寧に描き込んで。

しかしここで、ネタバレしていいんかな。
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ここが喜翆荘!

なんと空き地の公園です。

というか、ここは以前はとても由緒のある、白雲楼というモダンかつ古い旅館があった場所でした。
市内定期観光バスも訪れ、昭和天皇がお泊りになった部屋、とか公開して僕も子供のころ観たりしましたよ。

しかし10数年前に倒産して、耐震建造物でもなかったんで取り壊されてしまいました。

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けど確かにこの奥に、ここまで登る階段状の坂があったりして、アニメは虚実おりまぜてロケーションしているのはサスガだと思いましたよ。

そういや市内から喜翆荘のある温泉街まで続く鉄道も・・・。

アニメでやった神社の祭りとかも、実際に取り入れて街おこしに盛り上げようと、

温泉街は今予想外のバブル?に意気揚々です。

おかげで僕ら市民はひなびたいつもの雰囲気が味わえなくなりそうなんですがww。
ま、いっか。

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先日、無事氷室開きがありましたね。年々やりにくくなってるのも事実。

冬に雪が少なかったり、大雪でも夏に暑すぎて7月まで持たなくて。今年も冷蔵庫から出したのを江戸は板橋まで持っていったそうで。

この氷室の件も花いろでやってくれたらうれしいですね。
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白雲楼の奥の、江戸村の跡地にも行ってみました。往時の影もないですね。いや少しはありましたが。

僕も子供の頃来ただけですから、懐かしさもありません。かつてはここも定期観光バスのルートだったんですが。
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当時の料金表が残っててビックリ!1,100円は高い?

ここは、アニメ絡みだとなんといっても「めぞん一刻」。響子さんが一人旅で金沢に来て、別な女性と連れ立ってわざわざ市内からタクシーで訪れたのが思い出されます。

あれは高橋留美子氏が取材旅行したんじゃなくて、資料だけで済ましたのはガッカリでしたけどねww。

ではまた。

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2011年7月15日 (金)

金沢市内の神社めぐり 3

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続いて、円光寺の白山社(しらやましゃ)
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ここでは、残念ながら注意書きの看板が。
子供たちが以前には石灯籠に登ったりいたずらしたりしてたんでしょう。そういったことで事故って問題になったことがあったのかな。
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本殿?拝殿? が、アルミサッシの窓枠で全面囲われています。
いわゆる風除室になるわけだが、北陸は温暖化とはいえまだまだ雪国。風雪から歴史ある木造建築を守るために、こんなふうに全面を囲う工事を取り入れてる神社が金沢では多いです。これからもたくさんご覧入れることになります。
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そこからほど近い、寺地の八坂社。先の白山社もそうですが、神社庁では[社]。それぞれの神社の碑では[神社]となってますね。どっちが正解なのか。
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拝殿の表には、平成25年の伊勢神宮式年遷宮を奉賛した垂幕が。現在、神社庁管轄の神社にはほぼ例外なく掛けられています。
再来年ですね。ぜひ行ってみたい。
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サクサク行きます。横川の横川神社。
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古くは横川八幡宮と呼ばれ歴代藩主の崇敬も篤かったようで。掲額の字が鮮やかな青なのが特徴的でキレイですね。
神社マニアは、狛犬や紋章、もちろん建物など、神社の何を見るかというのがそれぞれ違いがありますが、僕は歴史含めた全般ながら、特には掲額に興味がありますね。石製だったりなかったりと、さまざまですよ。
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西泉の井手神社。古くは國造社と言ったそうで。
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3組もの石灯籠が。寄進された年代ごとに特徴があって面白いです。こういうのも深く研究するといいのかもね。
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米泉へ行って米日吉神社。御祭神は大山咋神などなれど、創立のころの記録は裏を流れる伏見川の度重なる氾濫などで散逸されたらしい。
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昭和39年に再建された社殿の屋根が山小屋ロッジ風でユニークですね。
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國造神社(こくぞうじんじゃ)。藩政期初頭、利家所蔵の虚空蔵菩薩が奉納されたことから虚空蔵之宮(こくぞうのみや)ともいわれた。
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神社の正面には、ちょうど前の月に設置されたばかりのまちしるべ標柱[旧北国街道]が。旧北国街道標柱はこれで5つ目だ。
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なんとこの日は偶然にも、お祭りの最中だった。後日調べてみると、30年に一度の式年祭が、まさにこの日にあたるんかな?
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國造神社の拝殿の破風と、苔むす神木にいにしえの重みを感じますね。
各神社それぞれの特徴は全然違うから、その神社の良さが現れてるところも千差万別。たとえば狛犬だけを追いかけてもそういったとこが見えないと思うから、僕は何か決まったものを見る、というのはしないのかも。
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有松の貴船神社。富樫氏の一族が祀った水の神様で、おかげで昔から有松は火災がなかったと伝えられています。
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夕方になって、熱心なたぶん氏子さん? 相次いでお参りにきています。
昼間全く人気(ひとけ)のない神社でも、地元の崇敬が昔から深いんだな、と改めて感じさせられますね。
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野町の泉野菅原神社。二代利長の正室、信長の娘永(玉泉院)が利長の死後高岡より遷座。この隣はその永を弔う玉泉寺。
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10年ほど前の火災で拝殿が焼け、今は跡地に小さいプレハブが建ってるだけのみずぼらしいお姿。しかしそれでも[天満宮]という掲額が掛けられているのがその貴重さを思いますね。掲額はその神社の顔でもあるから、だから好きなのかも知れません。
このほどみごと再建が決まったようで、表には寄付の氏名板が立てられてます。
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この日の最後は、寺町通りに出て諏訪神社。室町時代に創建された八幡宮が起源。信州諏訪の神は鷹の守護神でもあるらしく(建御名方)、利常の時代に鷹匠頭が勧進したので明治まで通称「諏訪八幡宮」と言ったらしい。
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これでこの日は19社、約20kmを走破。写真はもっとこまめに撮ってるし、謂われは神社庁HPですべて調べ済ですが、ここでは一般の方も多く観られてるんで、そんなに専門的な話はカンタンに済ませることにします。
これからもたびたびお伝えすることとなりますが、いやがらずにお付き合いいただけたら幸いです。

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2011年7月13日 (水)

金沢市内の神社めぐり 2

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それでは久しぶりに金沢の神社をレポートする。
前回5月のの続きで同じ4月13日に廻ったものだ。あれから80以上も廻ってるんで、ストックがたまってしょうがない。ゆっくりおつきあいください。

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野田にある日吉神社。創立は不詳だが往古からの産土神とある。
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およそ本殿の体をなしていない建物だ。扉にもカギが掛かっていて、神社名の掲額もないのがザンネン。
そこそこの敷地の半分は日当たりもよく、満開の桜が鮮やかに美しかった。開発された大桑への新しい道がすぐ脇を通って、静かな環境とは言いがたくなってしまったようだ。
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野田から一気に山側環状を長駆チャリを飛ばして山科までたどり着いた。
山科神社だ。だいたい神社は深い森を今だ有してるから遠くからでも場所の見当はつく。
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ここも創立年は不詳。元は八坂社といったようだ。金沢の名の由来になった芋掘り藤五郎の像を祀る祠があるようだが見落とした。この先の満願寺山の麓にある藤五郎を祀った神社とも関係があるらしいんで行ってみる。
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山側環状を跨ぎ、伏見川を越して坂を登ると、中腹に見えた藤五郎神社。
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金沢の名の由来となった芋掘り藤五郎を祀ってある。
山芋掘りの藤五郎が、今は兼六園、金澤神社の脇にある金城霊沢で山芋を洗ったら砂金が出てきたというのが顛末。
藤五郎はここ山科村の出身で、昭和になってから先の山科神社にあった碑をここに祀ったらしい。それでか神社庁の管轄とはなっていない。
社殿造営は昭和63年と新しい。
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山科の奥の谷、伏見川には珍しい甌穴という天然記念物がある。そこへの道には藤五郎夫婦の仲睦まじい像があった。
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ここは2~300万年前の大桑砂岩層にある化石と、甌穴で国指定天然記念物のエリアになっている。
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甌穴というのは、写真ではちょっとわかりにくいが、石ころが川の流れで回転して河床の岩肌を削って穴を作っていく現象。竹やぶに阻まれていいアングルで撮れなかったが、なかには大きなのもあってたくさんの穴が両岸に見える。
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そう、あたりはうっそうとした竹やぶで町からも離れ静か。いや、風で竹がこすれあって時折バキバキ!という音だけが響いてちょっとブキミ。熊がいつ出てきてもおかしくないww。
早々に退散しよう。
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街へ降りて三馬(みんま)の白山神社。
石川県には、白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)が加賀一の宮として、全国3000ともいわれる白山神社の総元締として君臨している。当然金沢にも白山神社は多くて18社ある。
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しかし白山神社と書いて(はくさんじんじゃ)と読むか(しらやまじんじゃ)と読むかは分かれるところだ。ここ三馬は(しらやま)と読む。そして創立はここも不詳。なんとも頼りない。
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久安まできて御馬神社(みうまじんじゃ)。ここは古い由緒がはっきりしている。
平安時代の律令制にまとめられた延喜式神名帳に記載された石川郡十座のひとつ、とある。
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古くは国幣社とか社格などもしっかりと細分制定されていた。延喜式とかこむつかしい話はおいおいするとして、そのわりには住宅地のただ中にあって境内はさほど広くなくなってしまっている。
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それでも社殿は立派で、年中行事など看板に書かれ、地元の崇敬が深いのは偲ばれる。
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境内に加賀国守護の富樫氏から勧進された稲荷も祀られている。
市内の神社は、近い距離にあっても千差万別だ。昔の郷里、村集落ごとにさまざまな神社が大切に祀られて今日まで来てるんだなぁ、としみじみしつつ、けふはここまで。

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2011年7月12日 (火)

スマホデビュー! Xperia acro

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携帯を4年ぶりに新しくしました。

それもスマートフォン SO-02C Xperia acro 

予約開始日の開店時間10分後なのに、各色5台の予約枠にもう最後の1台。なんとか滑りこみでaquaしか残ってなかったのをどうにかゲット。

そしてこの日曜に無事手に入れました。

これまで持ってたのはSH903isでもう電池が一日しか持たず、早いとこスマホに換えたかったんですが機能的に今一歩。
ワンセグ、赤外線などこの夏モデルでようやく満足いきそうなフル機能が揃ったと思って予約しました。

そしてこの一、二日はガイド本を買って使い方を熟知するための研究に没頭?

ipod touchに慣れてたとはいえ、スマホは今までのガラケーと全く違うんで戸惑いましたね。

アプリメインのGUIといい、大きくて重たいくせに口から遠くなって聞き取りにくい?

架かって来たら電話を受けるのにキーをスライドさせなきゃいけないなんて、肝心の使い方がガイドの後のほうにあって分かりにくかったとか。

電話帳も50音順だけになってグループ別が解凍されてしまって非常に使いづらい。

それになにより電池の消耗がやはり激しいですね。なにもしなくても4時間ほどで5%も消えて。アプリをなんやかやで20個ほどインストールしたら、早くも無くなってしまいました。

それで電池の件は友人からも聴いてたんで、ポケットチャージャーを買っておきました。
eneloopが内蔵されてて、外出先でもイザというときにこれで充電できます。

アプリはとりあえず無料のばっかり入れましたが、それでも山ほどあるんですね。こりゃ金沢でもアプリだけを作るベンチャーソフトハウスが増えてんの、なるほど分かりますわ。

マイナスのことばかり書きましたが、もちろん高機能を使いこなせば、かなり便利になるのは間違いない。外出先でネットをフルで利用したかったですしね。
これからじっくり使い込んで、またレポートしてみたいです。

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2011年7月 5日 (火)

活動再開。神社めぐりでスペシャルトピック!

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また久しくごぶさたしてしまいました。やっぱり気分がすぐれないとなかなかにやる気が続きませんね。まぁそこそこ活動はしていましたがブログにまで書く元気がなかったというか。これからボチボチとアップしていきます。

先日の日曜はまた暑い中チャリで神社めぐりしていました。6時間で今まで最大の26箇所。これで金沢中の神社約350のうち115箇所です。春からの歴訪記録はおいおいアップするとして、この日の特別なトピックを先に。
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金沢市北西部の南塚町。一面の田んぼが開けたところに新しい道と住宅地も多い場所に、なんと「雉」のつがいを発見!

野生?の雉は初めて見ました。海の近い市街地に雉なんて珍しいんじゃないでしょうか。すぐに逃げるなんてことはなく、近づいても一定の距離をたもちつつひょこひょこと畦を歩いてる姿はユーモラス。最望遠のレンズを持ってこなかったのがザンネン。
しかしオスとメスがこれほど違うのもフシギですね。
犀川ではアオサギやゴイサギはよく見かけますが、某アニメのように人に寄ってくることはありませんよ。雉は飛ぶのがヘタというんであまり逃げないのかな。

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もうひとつ。市街の神社めぐりしてると、日曜でも境内であまり人を見かけることはありませんでした。
ところが、高畠神社に来てみたら、どうやら僕と趣味を同じくする人が。

同様に折り畳みチャリで来て、ビシバシ撮影しています。訊いてみると、地図片手にやはり金沢市内の神社を廻るのだと。おんなじような方もいるもんですね。
しかしこの方は、金沢へ赴任してきて1年ばかり。まだこれからだそうですが、ずっといる僕はもっと先進んでなきゃいけませんね。
やっぱり市街を廻るにはチャリでないとですが、山間部とかは自動車は無論だけど狭いとこなら軽かバイクですね。それがいまのところ難問です。

これからまた、春に戻って時系列順にお伝えしていきます。

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2011年6月 6日 (月)

60回記念「百万石まつり」パレード 後編

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いやしかし暑い日だった。後で確認したら気温29度だって。日陰だったけど汗が止まらなかった。
そんな中、パレードも例年通り間延びして、14時半出発から2時間近く、ようやく藩主利家公の出立だ。
「皆の者、出発じゃ!」そうマイクで叫んでからもまだなかなかやってこなかった村上弘明氏が、やっと顔を見せて祭りも最高潮に!
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各ポイントで演技しながらの長い行列で、出発してからも滞留することが多く、村上利家が目の前に来る前に間があったけど、いざ進んだらあっという間に通りすぎてった。
最後尾は赤母衣衆の騎馬隊だが、それを待ちかねたように駅前の人だかりは一斉にバラけて、駅へ帰る人もあれば、僕らのように利家公を追いかけて。
すると武蔵が辻のだいぶ手前で、やはり立ち止まってる村上利家を追い越してしまうくらい。ここでも廻り中にファンサービスを振舞ってるとこをパシャリ!
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そして武蔵が辻交差点でも意外に近づけたんで、今日のベストショット!
これだけ機動的に追いかけられたのは初めてだ。さて今度は一気に金沢城内へ入って行列を待ち構えよう。
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街の繁華街を一周してる行列を尻目に大手門から城内に入ると、長い行列で既に入ったのはまだ加賀鳶梯子上りの演技中だった。
しかしこのときは気がつかなかったが、奥のほうの梯子で落下した上り手がいたらしい。大怪我をして重症のようだが、大事にならなければいいが。
この10年で3回目の落下というんで、よほどみなさん気をつけていただきたい。
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その後、順々に行列が城内に入城してくる。これは利家公を祀る尾山神社の御鳳輦(ごほうれん)。たまたま運良く、迎え入れる最前列に陣取れた。
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この子たちは3代利常と奥方珠姫、とその遊び相手。珠姫は今の大河ドラマ「江」と徳川秀忠の次女。3歳で嫁いできた。各地の「江」展では名前も出てないがww。
こうやって利家・利長・利常は毎年出てるけど、4代以降は今年初。歳が合わないけどね。
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最後に村上利家公が入城して、入城セレモニーをしてクライマックス!
でも毎年たくさんの人で埋め尽くして、背の低い僕はマトモに見たことがない。後ろのほうで腕を伸ばしてなんとかやっと。
ステージまでのルートが毎年変わるから、どこに陣取ればいいかもわからないんでいつも苦労する。
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出入り約5時間にも及んだ一大セレモニーが終わった後は、さすがに疲れたけれどもうひと踏ん張り。ライトアップで夜の幻想的な兼六園を撮る。しかし人がいっばいすぎて入り込まないようにするのはムツカシイ。
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七福神山前の曲水には、加賀友禅流しの演出。
しかし思ったより幅が狭くてあまり絵にならなかった。
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霞ヶ池の内橋亭。最近は管弦楽演奏もしてて厳かでいい雰囲気。しかしちょっと疲れもあって落ち着かない。メモリカードの残り容量も少なくなって、最後はちょっと適当になってしまった。

近年は梅雨前で晴天に恵まれる百万石パレード。暑さも加わってヒートアップした一日でした!

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2011年6月 5日 (日)

60回記念「百万石まつり」パレード 前編

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4日は年に一度の金沢の最大イベント「百万石まつり」パレードでした。
前田利家公の金沢入城を記念した祭りだからと、パレードのゴールを金沢城に変更してから6年目。友人に誘われて初めてスタートの金沢駅前で待ち構えることに。
駅前の鼓門での一斉太鼓演奏が威勢よく始まりを告げた。
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1時間半前に来たのに沿道はもういっぱいの人だかり。スタート地点100mあたりでようやく路地前の最前列にすわった。そしたらちょうど報道陣のスタッフたちが僕らの視界の邪魔をする。
来月にせまった地デジ完全移行を前に、地デジカくんがアピールにやってきた!。金沢の地元放送局女性アナの地デジ大使5人と仲良く行進だが、同じ白い服でもみんなそれぞれだなぁww。NHKの片山千恵子アナの「NHK」が主張しすぎ?
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百万石まつりに合わせて選ばれる「ミス百万石」3人もオープンカーで。民放テレビのゲスト石田純一氏も近寄ってインタビュー。こちらの2人は完全ムシで面白かったww。
でも石田純一氏、ホントに靴に裸足だったよww。
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元々商工まつりだったこのパレード。学校や警察などの音楽隊や獅子舞とか長い行列が続いたあと、加賀鳶火消し梯子上りの伝統演技が。いつ見ても迫力あるシーンだ。
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木遣り唄の合唱も威勢がいい。かなり耳に残る唄で帰ってからも頭の中で響いてた。
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女の子たちのあやめ隊。今年久しぶりに衣装を新調したそうで鮮やかでかわいい。
子供のころは各小学校順繰りでいろんな参加が回ってくるが、僕のいた頃は母校がした記憶がない。
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大人奴は顔に朱塗りをして、挟箱や毛槍を担いで独特の振り所作をして練り歩く。
今や粟崎の若衆にだけ許されて地元で伝えていってるんだろうけど、今年は例年より人数が少ないと思ったが。
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利家奥方の「お松の方」。地元デパート2店の女性が交互に演じてたが、人材不足?で女優を呼んで4年目。今年は藤谷美紀さん。やっぱ女優になると沿道からの声援が違う。
けど乗せてる車の覆いをもう少しデザイン工夫したらどうだろう?
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この百万石まつりも今年で60回。記念して今年は4代以降の歴代藩主の騎馬行列が追加された。さすがにそれだけうち揃うとたいしたものだったが、その藩主たち在任時にふさわしい年齢層になってたか疑問だww。
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そうそう、パレードに来る前に金沢城内の河北門で歴代の百万石まつりポスター展を見てきた。毎年アイディアに卓越してると思うが、このデザインコンペはいつどうなってんだろう。一般参加できないのか。
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大勢の武者行列も一般参加だが、募集要項がよくわからない。重い甲冑を着て長時間歩かなきゃならないから大変だが、一度やってみたいもんだ。
草鞋やすね当てのヒモもゆるめば、こうやってスタッフの人が付いていて直してくれる。裏方の人も一緒になってパレードの表舞台に見えてるのが却っていい。
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いよいよメインエベンターが近づいてきた。
2代利長公だ。近年、金沢駐屯の陸上自衛隊から、第14普通科連隊の連隊長が勤められている。この方宮城県の方で、震災にも尽力されているよう。
利長夫人、信長の娘「永」も、利長ゆかりの高岡から参加してるはずだが、見つけられなかった。

さて、やっと利家公の登場が迫ってきたが、それは後編のおたのしみにしませう。

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2011年6月 3日 (金)

百万石まつり「加賀友禅燈籠流し」初見参!

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「百万石まつり」がいよいよ今年も始まりました。
今動けるこれもなにかの縁なんで、初めて金曜夜の浅野川「加賀友禅燈籠流し」に行ってきたよ。
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家から会場の橋場町まで40分歩いて、早めに着いて川べりの下の土手に場所を確保。
6月になってかなり陽も長いんで、開始時間の19時になってもかなり明るい。
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黄昏ていよいよ燈籠流しが始まった。いつのまにか人がギッシリ集まってて。
テントがあるからあそこがメインと思って対岸に陣取ったが、今年は川の水量が多くて流れが早いようだ。
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それで川の真ん中までなかなかやってこない。こちら岸からも流しだしてようやく賑やかな川面になった。暗さも増して来て、
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雰囲気も幻想的になってきたかな?
1500個もの燈籠が、天神橋や梅の橋下から、
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浅野川大橋を経て、中の橋まで流される。
今まで平日で浅野川でと遠かったんで敬遠してて、初めて見るのに感動するかと思ったんだけど、
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思ったほど燈籠がバラけなくて迫力に欠けてたかなぁ。
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撮るのも、あえて低感度のままにしたので、シャッタースピードを得られぬまま。
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思ったほど、いいシャシンを撮ることができなかったのがザンネン。
場所もあそこにこだわるのもどうかと、引き上げて中の橋までやってきた。
そしたらもうここでネットを張って回収してるじゃない。
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みんなも寄ってたかって撮りまくってた。女性が多かったのも面白い。
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最後に、「おわり」と書いた燈籠が流れてきてオシマイww。
なんかあっと言う間の2時間だったが、思いの外心に来る物がなかったなぁ。
金沢の初夏の風物詩、ということにいちおうなるんだろうけど、浅野川だからってことはないけど、ちょっとビジュアル的にも期待したほどでなし。

犀川でもなにかやればいいのに・・ww。

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2011年6月 2日 (木)

南運動公園のバラは真っ盛り!

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兼六園のあとは、金沢南運動公園のバラ園へ。今が盛りの彩り豊かな花たちを写しに。
こちらはちょうどピークでどれも美しさをまき散らしてましたよ。
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やっぱりここも大勢の人たちが来てました。近くのケアセンターなのか、ご老人たちを連れた一団も。憩うにはピッタリの場所ですからね。
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ここではマクロレンズを使って接写がメイン。もう毎年の恒例だけど、回を重ねるごとに進歩できてるかな。
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少しは花の名前も気にしなきゃねぇ。バラは品種改良でたくさんの種類があふれてる。
これは美智子皇后を記念してアメリカで作られた「プリンセス ミチコ」だって。
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これは日本の「天津乙女」

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「フレンチ レース」
バラの花びらの重なりっていつ見てもフシギですね。
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みんな思い思いにカメラや携帯で撮ってました。それだけ惹き寄せるものがあるんだろうけど、正直僕にはよくわからんw。
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この気品ある紫のバラは「シャルル ド ゴール」。真澄様の贈っていた花にフランスの大統領の名前がついてたなんて、なんか合わないでんな。
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「ツルサマースノー」

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「ゴールドバニー」

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あとはよくわからないw。
花を撮るのは簡単でもあり、難しくもある。
豊かな表情があって、身近に置けるから絵にしやすいわけだが、それだけに魅力を引き出す工夫がいる。
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それに花を好きになれればそういうの見つけやすいんだろうけど、基本あまり興味ないんでねw。
いっぱしの機材で撮ってたじいさんもいたが、入っちゃいけないと看板があったのに花壇に侵入。モラルを守れん者には容赦なく注意してしまうサガがまた出てしまって、後味がちょっと悪かったのがザンネン。

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2011年6月 1日 (水)

兼六園のカキツバタ、またピーク逃した?!

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31日の午後に梅雨の晴れ間が見えたので、急遽兼六園にカキツバタを撮りに出た。

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中国からの観光客の集団もちらほらと見えて、日本への観光も復活したようでよかった。

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しかし肝心のカキツバタは、トウが過ぎたようで、今年もまた絶好の時期を逃してしまったようだ。
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兼六園の曲水の、風景としてのカキツは良いが、アップに耐えうる花弁をさがすのは大変だった。
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平日は日本人より外人の方が多いくらいだ。

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おかげでこの定番のアングルも人が入らずじっくり撮れる。これからは割りきって人の少ない観光写真も撮りに出かけようか。
しかし梅雨で天気は芳しくない日々が続くだろうが。

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2011年5月31日 (火)

「加賀八家と本多家」特別講演会

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29日は加賀八家の筆頭である本多家にまつわる講演会に友人と大雨の中行ってきたよ。
加賀藩には一万石以上の家臣が幾家もあり、中でも由緒ある家柄の八家を加賀八家と呼して特別な家格と扱われていた。
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今回のテーマは二部構成で、まず本多家末裔当代のご子息、本多俊彦高岡法科大准教授「知行宛行状と叙爵にみる『加賀八家』」から。
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最初に当代、本多政光氏のごあいさつが。最初の写真の藩老本多蔵品館の館長である。
今回は当館での特別展を記念しての講演。
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続いて本多俊彦氏。本多家は代々『政』の字が継がれてきたのに、突然関係ない名前に。それにこの親子全然似てないww。
まぁそれはさておき本題に。

知行宛行状(ちぎょうあてがいじょう)とは藩内において主君から家臣に与えられた知行(領地や給与)の割り当てを示す文書。知行地の場所や知行高が明示されている。代が替わるごとにも発行された。
これに加賀藩独特の特徴があると解説。

形態が折紙から五代綱紀時に竪紙になったり、紙質も米粉を混入した白い奉書紙から檀紙、そして黄色い料紙になるなど。時代が下るにつれ大きな変化があった。
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そして与えられる者の身分によって、形式や文言、果ては文字の崩しまで厳密に決められ差を付けていた。
「殿」の字のバリエーションにもいくつもの崩しがあるとは。下位の者には「方へ」とかで済まされてるとか・・。
加賀藩はかなり公式の文書が各家に残されている(戦災に遭っていないのも大きい)ので、最近は博物館で見る機会も増えてきたが、まだまだ古文書の崩し字はよく読めない。同じ字でもこれだけ違うのだからムリもない。
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書面にはもちろん、藩主の署名にも差をつけてる。八家には実名と花押がちゃんとあるが、平士には印判だけとか。
宛名書の高さも細かいほんの僅かの段差をつけている。

それと叙爵。武蔵守とかいうあれだが、参議もしくは従三位以上の高級貴族を公卿というが、公卿は宮中に参内する際、諸大夫に任官した家臣を供奉する。大名が公卿になると、その必要性から大名家家臣が従五位下に叙されて諸大夫に任じられた。
これを陪臣叙爵(ばいしんじょしゃく)という。江戸時代通してとなるとその陪臣叙爵があったのは、徳川御三家と加賀前田家だけだった。
前田家当主は極官で従三位参議[宰相]。最大4名の叙爵陪臣を持てた。
そして八家の中で最大五万石の本多家と、宗家に近い前田土佐守家の二家が別格として優先されてほぼ常に叙爵されていた。
本多家は主に安房守。前田土佐守家はもちろんその通称どおり土佐守だ。土佐守資料館には歴代の、朝廷よりの任命書である「口宣案」と「宣旨」がいつも陳列されているよ。
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後半は長谷川孝徳、北陸大学教授の「八家の職務内容」。
他藩ではナンバー2以下を家老と言うが、加賀藩では年寄とか人持組頭という。江戸時代は軍政。戦国時代の軍制をそのままに行政組織として整え臨戦体制に応じられるようにしたので、そういう軍役の名称がついた。
加賀藩の家老とはその下にいて、いわゆる官僚の仕事をしていたし、年寄が合議で重要な決定事項を決めていた。時代が下るにつれ藩主の意志は直接には反映されず、そういった官僚構造は幕府の老中機構はもちろん、明治から現代に至るまで、なんとも変わらないものだったよう。

話はそれるが江戸期も九十歳以上生きた者も多かったようだし、今と同様老齢報奨金みたいのがあった。
藩財政のうち半分、多い藩で7割もが参勤交代や江戸藩邸での経費で、地方の藩は財政難になりながらも、道中や江戸にかなりの金を落とし経済に貢献してきた(週刊『江戸』によると加賀藩は参勤交代だけで銀330貫、約8億2500万円にも及んだって)。今、東京都に地方へ文句言われる筋合いないってww。

最後は脱線したけど、ちょっと専門的すぎて難しかったかな?
たまにはいいでしょう。それでも、古文書はゆくゆくはもっと読めるようになりたいね。

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2011年5月30日 (月)

今度はアイスクリーム作りました☆

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先日、姉の家庭菜園から、りっぱに出来たいちごをたくさんもらってきた。ネットを張っとかないと、鳥はもちろん、人にも盗られちゃうって。

まぁそれはさておき、そんなら以前から作ってみたかったアイスクリームを仕込んでやろうじゃないか。
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今はネットをみれば、一般の方のいろんなおいしいレシピが溢れてるから初めてでも作り方の心配はない。

けど牛乳がいらないなんて、知らなかった。

メレンゲや生クリームを泡立てるのに、やっぱハンドミキサーだけは必須みたいだから、それを購入して格闘してたら、作ってる最中の写メを忘れた(^^ゞ

生クリーム200cc

卵 2ケ (卵黄と卵白を分ける)

砂糖50g

んで いちご適宜

それだけ。それぞれグルグルとハンドミキサーで泡立てて、混ぜて冷やすだけ

や、それだけじゃつまらん?
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しかしそれでできたんだからしょうがない。

いろんな方のレシピを見て工夫せねばと思ったのは、生クリーム、卵黄、卵白を別にボウルに移して、それぞれに砂糖を入れてから、氷を敷いたボウルの上で冷やしながら泡立てること。

混ぜる順番は、生クリームに卵黄を入れて、ほどよく混ぜてから卵白を入れる。

いちごはあえてザク切り。一晩冷やして完成したよ。
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初めてにしてはフワッとした食感でけっこう美味しくできたかな?

ザク切りいちごはシャキシャキしてて、却って違う食感を楽しめて正解!

けど今回は味より実は、食品撮りにチャレンジ! が一番の目的。

自宅でライトボックスを自作してて、まだ本格的に使ってなかったから、いい実験として写してみたがどうだろう?

ちゃんとレタッチもした上でだが、それがまだ甘いかな。

これからどんどん練習していきたいね。

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2011年5月29日 (日)

金沢大学公開講座「城と歴史を活かしたまちづくり」

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先週末には金沢大学公開講座の「城と歴史を活かしたまちづくり」セミナーに行ってきました。
前半は城郭研究で有名なNPO法人「城郭遺産による街づくり協議会」理事長・滋賀県立大学人間文化学部准教授 中井均氏の講演。
午後には中井先生と金沢大学人間科学系地理学類の伊藤悟教授とともに金沢城内と城外の旧陸軍建造物を3時間ものエクスカーションを行いました。
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中井先生が一貫しておっしゃるには、城跡の復元には今生活している街と一体のまちづくりが重要と。それには架空の模擬建造物よりは史実にあわせた復元に、地元住民によるイベントがユニーク。
そして復元もはたしてどの時代に(江戸時代?)戻すものか、明治以降も歴史の一部ではないのか?という問題定義をされました。
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午後のエクスカーションでは金沢城を大手門から隅々と、伊藤先生のゼミの学生たちも交え総勢40人もが、陽がさして暑い中に大集団となって廻りました。
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翌日は金沢城リレーマラソン大会。新丸では準備が進行中。雨予報の中明日はきっと大変だな~。
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大手門の石垣にも、柱のための溝が彫られていたし、ここ河北門石垣にも、鬼門としての五芒星が彫られていた。隅石の両側に彫られるのは全国的にも珍しいそう。
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河北門一の門。再建して一年経つが、まだ白木の部分は美しさが保たれててホッとした。
鉄板が貼られた門のコントラストと黒鉄(くろがね)の輝きがまばゆい。
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一般参加者は12人ほどで、テーマからさすがに金沢の歴史に興味がある人達だから、城内には何度もいらしてるでしょう。
しかし学生たちは、本来は地理学。課外授業みたいなもんなんで、金沢城に入るのは初めての子たちがむしろ多かった。
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石垣の博物館といわれる金沢城。他ではなかなかない亀甲形の石垣とかももちろん紹介。
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築かれた年代によって、特徴が大きく違う。こんなふうに、四角く並列に並べられたのなんて幕末近くだ。
造営担当した?紋などが多く表面に刻まれている。
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有名な?玉泉院丸の色紙短冊石垣。
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玉泉院丸の現状。北陸新幹線開業前に、庭園を仮整備するが、なんか人工的な池を模した溝が掘られてるね。排水槽みたいのがもう設えてる。
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菱櫓の三階にも登った。復元して10年ほどになるが、案外に内部はキレイさが維持されていてよかった。
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金沢城内の中井先生の解説は、残念ながら僕らレベルでは既知のことばかりだった。中には曲解されてることも。
しかし学生たちは、熱心にメモを取り続け。まぁこれも試験とかに出るのかな。
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普段の勉強の範疇外だろうから、最後のほうは興味なさに手持ち無沙汰してる子もいたけど、終わりまで熱心に着いてきてる子がほとんどだった。
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金沢の場合、明治以降の旧陸軍第九師団の施設が城内外にいろいろ残されているのに、その活用が殆どなされていないのが残念とのこと。確かにそうだし、市民に知らされていないことも多い。今後の課題ですな。
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僕としては、辰巳櫓跡地にあるはずの三角点の存在箇所がナゾだったのを、地理学類の伊藤先生の見解を教えていただいたのが(唯一の?)収穫。
土盛りに埋もれてしまったらしい。三等三角点「金沢城」TR35436657201 で現行の基準点なのに。土をはらって柱頭を出してもらったが、説明板の前にある写真の真ん中のがそうらしい。
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最後に修了証書をいただいた。いろいろ質問しようかと思ったけど、暑くて疲れたのもあってよした。こういうのなら、何度受けてもいいが、正直もうすこし勉強になるのが良かったかな。金大の先生で地元を語れる方はいないものか・・。

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2011年5月28日 (土)

巨大貨物船のハーフカットを見た!

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突如金沢港に、半分にカットされた巨大貨物船が現れた~!

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実はこれ、1月30日の嵐で、防波堤に座礁した大型貨物船の撤去作業。

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あまりにも巨大なため、半分に切って埠頭に持ってくると聞いたんで、
その様子をウォッチしにきました。

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話には聞いてたけどトンデモなくデカイ!

10階建ビルはあるだろうか。見上げても15mmで入りきらない。

4ヶ月も防波堤に放置されてたんで、喫水線より下に貝やらがいっぱい付着して、普段あまり匂わない港なのに、スッゴク磯臭い!

バルバス・バウ(下の丸まってるとこ)も超巨大だ。戦艦大和の偉大さは今も生きてるな~。
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切断面見てもなんかスゴイ。これを半日で切ったってんだから・・。

報道を聞いてこの昼休み時間、何人も見物人が寄ってきてたよ。
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後ろ半分はまだ事故現場に。この日の午後からまた、昨日同様大型クレーンで台船に載せて持ってくるらしい。

全長120m、8700トンもの巨体を、半分ずつとはいえ持ち上げてしまうんだからすごい話だ。
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この冬のあいだ、何kmもある西防波堤に、貨物船があるのが金沢港の風景になってたけど、ようやく平穏ないつもの姿に戻るわけですね。
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今回、活躍したかどうかわからないけど、海上保安庁第9管区の大型巡視船PL43「はくさん」 これで79mだからいかに貨物船が巨大かわかる。
日本海の安全を、これからもよろしく!

あっ、あの貨物船はこの後、船主のある韓国まで輸送される予定です。

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2011年5月27日 (金)

この春も「あぶりもち」で厄除けだ!

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石巻から戻ってきた月曜日は、昼から半年に一度のあぶりもち神事に行ってきた。

金沢は野町の神明宮で、全国でも珍しい、あぶったお餅を食べて厄をはらうという行事。

いつもはチャリをひと飛ばしで駆けつけるのに、さすがに疲れてたんで自動車にした。
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小さく平たい四角に切った餅を串にさして、あぶって生姜醤油につけていただく。

お宮でもおまけで一本もらえてその場で食べるのもおいしい!

他に、焼かずにお札にして玄関や神棚に飾って魔除けにするものある。

半年に一度取り替えるわけだけど、不思議とカビたことは決してないね。

お神明さんは氏子の地域は広いけど、僕は地域外だが好きでやってる。
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この日も平日なのにときおり大行列。

縁起物だから、氏子の建設会社とかでも、社長が朝から社員つれてお参りして、みんなにあぶりもち振舞うのが恒例になってるんだって。

金沢の古くからの年中行事のひとつ。

5月と10月の15・16・17日に行われてるんで、目がけていただきにきませんか。

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